新作映画1000本ノック 2020年5月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
 
 「ミッドサマー」 「ラスト・サンライズ」

 

「ミッドサマー」

 Midsommar

Date:2020 / 05 / 25

みるまえ

  この映画の評判は、ずっと前からいろいろ聞いていた。これまた評判高かったホラー映画「ヘレディタリー/継承」(2018)の監督の最新作であること、 真っ昼間の明るさの中で展開する怖い話であること…もっと詳しく言うと、アメリカの大学生が北欧の村を訪れて、その村で行われている奇祭に巻き込まれる恐 怖の物語…とのこと。僕はその設定を聞いた段階で、実は「1本の映画」を思い浮かべていた。ほぼほぼ「その映画」と同じ設定ではないか。これって「その映 画」みたいな結末じゃないのか。そうなっちゃうと、もうそれしか頭には浮かばなくなって来る。そんなこんなしているうちにコロナ・ウイルス蔓延で、世間 じゃ何もかも自粛ムード。映画を見るのも肩身が狭い。それでも本作の「実態」を知りたくて、夜の映画館へと駆けつけた訳だ。

ないよう

 申し訳ない。正直言って、もうストーリー書く気になれないんで以下省略。どこかの本か別のサイトででも読んで欲しい。
ここからは映画を見てから!

みたあと

 もう大体分かっている人には分かっていると思うので、ズバリと言っちゃった方がいいだろう。本作はイギリス映画の怪作「ウィッカーマン」(1973)に非常に似通ったお話である。この作品はニコラス・ケイジ主演でハリウッド・リメイク(2006) もされているから、カルト作とは言ってもどんな映画かはかなり知られているのではないか。「ウィッカーマン」の場合は「島」であったが、主人公が人里離れ た土地に赴いてみたら、何とも奇妙な風習を持つ場所であった…というお話。そういう意味ではわが日本の新東宝映画「九十九本目の生娘」(1959)や悪名高いM・ナイト・シャマランの「ヴィレッジ」 (2004)などにも通じる作品とも言えるが、話の構造はほぼ「ウィッカーマン」に近い。「ウィッカーマン」のスウェーデン・バージョンとでも言うべきほ どに似たお話である。まぁ、ここまで言っちゃうと「ウィッカーマン」を知っている人ならば、ほぼどんな話が分かってしまうのだが…。

みどころ

 だから、この映画はこの発想でほぼ勝負あったと言っていい。本作の世評がかなり高いのも、この発想の面白さを評価しているからだろう。本作を評する時に 必ず言われる「真っ昼間の明るさの中で展開する怖い話」という点が「それ」である。そして、「明るいのに怖い」のは確かだが、それはむしろ「明るいから怖 い」というべきかもしれない。何より「明る過ぎる」。過剰に不自然な程に明るい。そして過剰に素朴でクリーンな村と村人である。ここまで素朴でクリーンだ と、かえって気持ちが悪い。案の定、実際に気持ち悪くて怖い状況になっていく訳だ。そのあたりの不自然な気色悪さも、どこか「ウィッカーマン」に通じる感 じである。というか、「ウィッカーマン」をより誇張したパロディみたいな感じである。「ウィッカーマン」と違うのは、主人公の立ち位置だ。それが、実は本 作の巧妙な「仕掛け」となっているのである。

こうすれば

 ならば面白かったのか…といえば、正直に言わせて もらうとあまり面白くなかった(笑)。これは衝撃的な話なはずで、少なくとも作り手は観客に対して「衝撃的な話だぞ」という構えで作っている。にも関わら ず、実は先の展開が最初から読めちゃう話である。それは、ひとつには僕が「ウィッカーマン」を見ているから…ということはあるかもしれない。先にも述べた ように本作は「ウィッカーマン」のスウェーデン・バージョンと言うべきほどの似通ったお話なので、当然のことながら展開もほぼなぞっていく。だから、驚き がない訳だ。だが、そもそも本作は「ウィッカーマン」を知らなかったとしても衝撃的なんかじゃないのではないか? 最初から「こうなるしかない」展開の読 める話だったような気がするのである。「発想の面白さ」が命の題材なのに、実は驚きも衝撃もない…というのが、ぶっちゃけこの映画の致命傷である。そし て、気の毒なヒロインを取り巻く男たちが俗物でくだらない奴らと断罪されて、ラストに彼女の恋人までが制裁されていく…というのもどうなんだろう。男ども の中で雑に扱われているヒロインを救済する、女性から見ると「胸のすく」ラストである…と見ている女性観客も結構いるようで、確かに一見するとそのように 見えなくもない。だが、何となくそれって今時の流行りめいた、とってつけたような「女性賛美」的結末のような気もする。例えばアルフォンソ・キュアロンの 「ROMA/ローマ」(2019)に見 られるような「それ」である。なぜ、僕がそう感じたのか…というと、本作の男たち(特にヒロインの恋人)への「制裁」とヒロインの「救済」が、必ずしも妥 当とは思えないからだ。確かにヒロインは気の毒な境遇で、それに対する男たちの接し方は非常に雑な感じはする。だが、少なくとも恋人の男はそうではなかっ たではないか。何とか彼女に誠実に接しようとしていたはずである。映画の後半からは仲間の論文テーマをパクろうとするなど俗物感を発揮するが、それはむし ろそこまでの彼のキャラクターからするとちょっと違和感を感じるくらいだ。最後に村の女と絡むくだりも、よくよく考えると彼のせいではない。他の男たちは ともかく、彼は「制裁」までされなきゃならない人物には思えないのだ。で、もっと突っ込んだことを言ってしまうと、確かにヒロインはお気の毒な状況だとは 思うのだが、彼女自身がよせばいいのに居たたまれない状況を作っている点もある。正直言って、ちょっとアレな扱いにくい人物なのである。むしろ…これを 言っちゃ女性のみなさんに怒られそうなのだが、自分があの恋人の男だったら正直言ってあまり関わりたくない女なのだ。繰り返して言えば、彼はあんな彼女に 対してそこそこ誠実に接しているように見えるのである。僕などは自分が男だからなのか、むしろ彼が気の毒になったほどだ。実際、仮に自分が女性だったとし ても、あのヒロインはちょっと困った女には見えないか? 本作は、くだらない男への「制裁」とヒロインの「救済」という今時ウケそうな設定になっているの だが、それ自体が何となく不自然なのである。ヒロインの恋人が他人の論文テーマをパクろうとする部分も、彼の好感度を下げるために無理矢理付け加えたよう に見える。大体が、ヒロインはあまり好感の持てる人物とは思えない。実はいろいろの仕掛けでごまかされているが、あのヒロインにはついていけない…と思う 人は多いのではないか。一見、本作の物語はヒロインに寄り添ってるフリをして、どうも違うんじゃないかという気がする。明らかに「困ったちゃん」として描 かれているからである。だとすると、映画全体がまったく違って見えてくる。ヒロインの「救済」映画ではなくて、その恋人の男の「受難」劇と見えて来るので ある。主人公はヒロインではないのかもしれないのだ。仔細に見ていくと、実は作り手はヒロインに共感も同情もしていないからである。そして本当にそうだと すると、作り手は観客がそれに引っかかってるのを見て、ひとりでほくそ笑んでるかのようにも見える。この映画の作り手たる監督アリ・アスターが「男」だと いうことを、ここで思い出していただきたい。さらに、もっと突っ込んで言わせてもらえば、女性観客をいい気分にさせといて、あの程度のウソ臭い共感で理解 されたと喜ぶようなチョロい連中だ…と上から目線で嘲笑しているようにも思える。つまり、観客を二重に騙しているような気がするのである。本質的にアリ・ アスターの共感はヒロインではなく、散々ひどい目に遭わされるその恋人の男にある。これは邪推の域を出ないが、おそらくアスターって人は過去に付き合った 女にでも酷い目に遭わされたのではないか(笑)。その「仕返し」をしているような、性根の悪さを感じるのだ。本作は、実は女を見下した映画に思えるし、ア スターは女が嫌いなんじゃないかとさえ思える。そのウップン晴らしをしつつ、それをまるで女性「救済」映画と偽装したカタチでやり遂げる根性の悪さ。才人 かもしれないが、人間的にはかなりいただけない男ではないか。女性はこの映画見たら、ちょっと怒った方がいいと思うよ。作品自体はネタ勝負の話でしかない ので、題材に鮮度がなければどうってことのないシロモノである。だから、元から大した話じゃない。そこに姑息な仕掛けをして、観客に対して「この程度で 引っかかりやがって」と溜飲を下げているのが見える…というあたりが、さらにイヤな感じなのだ。だから、僕は本作は大した映画ではないと思うし、まったく 好きになれないのである。

さいごのひとこと

 東京五輪の聖火採火式を見ていたら、この村を思い出した(笑)。

 

「ラスト・サンライズ」

 最后的日出 (Last Sunrise)

Date:2020 / 05 / 11

みるまえ

 前に「デビルズ・ソナタ」 (2018)の感想文でも書いたことだが、日本劇場未公開の作品を連続上映するという毎年恒例のイベントでは、思わぬ珍品に触れることができるから嬉し い。今回は何と中国のSF映画の登場である。まず、この未知の分野に触れる機会を作ってくれたことに感謝! 実は世間の事情には疎いものの、僕もここ最 近、中国で「流転の地球」(2019)なる宇宙SF映画が製作されたことや「三体」なるSF小説が評判になっていることを耳にしていて、どうも中国のSF が面白いことになっているらしい…と興味を持っていた。そこにこの作品である。これは見ない訳にはいかない。詳細は例によってあまりよく分からないが、ど うやら未来社会で太陽にトラブルが起きる話らしい。監督名も俳優の名前もまったく分からないが、とにかくSFなら楽しめるはず。巷では中国発の新型肺炎が 猛威を奮っている中、中国発の新型SF映画を見るというのも何かの巡り合わせといえよう(笑)。そんな訳で渋谷の映画館まで駆けつけた訳だが…。

ないよう

  カップ麺、コーヒー、酸素、日の出…それら貴重な恩恵を、当たり前に甘受できた日々はもう来ない…。何年も前に人類は化石燃料を使い果たしたが、すぐに新 たなエネルギーに転換することができた。それは太陽を源とする核融合エネルギー。そのシステムを開発したのが、ヘリオス社の社長であるワン・スン(ワン・ ダーホン)だ。現在、ヘリオス社の提供するエネルギーが、地球上のすべての人類の営みを支えている。それ故、人々はワン・スン社長のことを「太陽神」とさ え呼んでいた…。その日もいつもと同じ朝が訪れ、若きアマチュア天文学者スン・ヤン(チャン・ジュエ)は彼の身の回りの世話一切を引き受けているコン ピュータのイルサに叩き起こされる。この日は「太陽神」ワン・スン社長が一般の疑問にネットで答えてくれる日。スン・ヤンはかねてより抱いていた疑問をワ ン・スン社長にぶつけてみた。最近、太陽の光に異変があり、何やら不気味な明滅が起きている。スン・ヤンはこれが最近消滅した天体「KIC846」と何か 関わりがあるのではないか…と思っていたのだ。そこで、そんな素朴な疑問をワン・スン社長にストレートにぶつけてみる。すると、なぜかワン・スン社長は絶 句。さらに出し抜けにスン・ヤンに奇妙な問いを投げかける。「今日が地球最後の日だったら、君はどうする?」…何とワン・スン社長いわく、あと8分で太陽 は消滅するというのだ。その言葉に唖然とするスン・ヤンだったが、絞り出すようにこう答えた。「僕は、生き抜く!」…その言葉を聞いたワン・スン社長は、 もし可能ならば自邸に来いと誘って通話を切る。こうなると、もうスン・ヤンは躊躇できない。彼が住むマンションでは隣の住人の部屋が最も太陽が見える部屋 と聞いて、居ても立ってもいられずいきなり飛び込む。そこは、チェン・ムー(チャン・ユエ)という女が住んでいる部屋だった。何やら男出入りが激しく、一 度エレベーターで一緒になった時にはさめざめと泣いていた女。そのチェン・ムーはスマホで誰かに電話中だったが、驚く彼女にはお構いなしにスン・ヤンは部 屋に飛び込んだ。部屋の大きな窓いっぱいに照りつける太陽。スン・ヤンと慌てふためくチェン・ムーの目の前で、太陽の光が急に点滅したかと思えば、突然一 気に消えた。それまで部屋に闖入してきたスン・ヤンに文句を言っていたチェン・ムーだったが、目の前の太陽消滅に怯えて思わず彼に抱きついて来る。何も分 からず質問攻めにしてくるチェン・ムーだったが、スン・ヤンは無慈悲に彼女を置いて部屋を出る。もう一分一秒も無駄には出来ない。刻一刻と地球の気温は下 がり、都市機能のすべてを動かしていた太陽電池も間もなく消耗する。スン・ヤンは近くのコンビニに飛び込むが、すでにキャッシュレス決済は不能になってい て現金対応のみ。幸い現金を手元に残していたスン・ヤンは食料品などを買えたが、それ以外の人々は買い物もできず右往左往。だが、それがとんでもない事態 を招くとスン・ヤンも気づくべきだった。路地に入ったとたん、後ろから近づいてきた男がスン・ヤンを棒で殴る。賊は気絶した彼から現金を奪って逃げたが、 食料品は盗まなかったのが幸いだった。しばしの失神の後で部屋に戻ったスン・ヤンだが、すでにマンション全体で上を下への大騒ぎ。怯えきった隣室のチェ ン・ムーも部屋の扉を叩いていたが、スン・ヤンは無視。こんな非常時に足手まといは要らないのだ。だが、やがて乱暴に扉をこじ開ける輩がやってきて、いよ いよ絶体絶命。…と思いきや、後ろからその男を殴り倒した者がいた。あのチェン・ムーである。怯えきってどうしていいか分からない彼女は、第二地区に住ん でいる両親のもとへ連れて行って欲しいとせがむのだった。その代わり、彼女にはクルマがある。本当は彼女を捨てた男が置いていったモノだが、この際どうで もいい。商談成立である。気難しく人間嫌いのスン・ヤンとおめでたいお人好しのチェン・ムーは見るからに「水と油」だが、ここは手を組むしかない。二人は クルマで住んでいた第一地区を脱出し、第二地区経由でワン・スン社長を目指すことを決意。かくして大渋滞のハイウェイを第二地区に向けて出発した二人だっ たが…。

みたあと

 まずはお断りしてお きたいのだが、僕にとっては本作が珍しい中国製のSF映画というだけで点数が甘くなる。何より僕はSF映画好きだし、珍品映画好き。本作のような作品は完 全に僕の管轄である。だから、評価が甘アマになることはお許しいただきたい。そして、この作品を見たのはもう2か月前の2月16日である。この時点ではす でにコロナウイルスが蔓延し始めていたとはいえ、まだ「ダイヤモンド・プリンセス」号ですったもんだしていた段階だった。申し訳ないが、僕はまだまだ対岸 の火事の感覚であったと認めねばなるまい。だから、見ていても「楽しいSF映画」として見ていたに過ぎない。もし今、本作を見ていたらどうだろうかと改め て考えると、感慨もひとしおである。「中国発」の全世界滅亡ストーリーは、まったく違った意味合いに見えていたに違いない。感想を書いてアップするまで長 く時間が経ってしまったので、そうした事情についてご考慮いただければ助かる。
ここからは映画を見てから!

こうすれば

 珍しいから点が甘くなるが、そんな僕でも本作の穴はいくらでも散見できる。まずは最大の穴としては、太陽の光がなくなってしまったら、あの程度の冷え込 みで済むのだろうか…という素朴な疑問である。アレが実際に起こったら、もっと早くもっと酷い状況になっているのではないか。見る限りでは北海道より寒く なさそうだ(笑)。また、ハッキリ記憶はしていないが、途中の説明では太陽系がバラバラになるとか宇宙の彼方に飛んで行ってしまうとか、そのようなことを 言っていた気がする。これまた、本作で描かれていたような穏やかな状況で済む訳はない。というか、一瞬で主人公たちは瞬殺されてお話もオシマイである。だ から科学的根拠を云々するのは野暮とはいえ、ちょっとそのあたりの裏付けはいいかげん過ぎる気がする。見ていてすぐにアホらしくなるほど裏付けがないのは マズいのである。また、ヒロインがアホ過ぎるのにイライラさせられるし、何より主人公がどうにも好きになれないキャラクターだ。その主人公が徐々に人間性 を取り戻すのがストーリー上のミソとしても、あまり観客が感情移入できない設定なのは困る。テメエ勝手な上にスカした奴だから、見ていてイラっと来てしま うのだ。主人公を好きになりにくい構造になっているのは、本作の致命的な欠陥ではないか。

みどころ

 ただし、「科学的裏付け」のなさを考えずに人類終末モノとして見る限りは、本作はなかなか悪くない。例えば、「ワールド・ウォーZ」(2013)みたいなA級大作からニコラス・ケイジ主演の一山いくら映画「ヒューマン・ハンター」(2017)、さらにはネトフリ・オリジナルの「すべての終わり」 (2018)など人類終末モノやディストピアSFに出て来るような、殺伐とした終末的状況はここにもフルコースで出て来る。そして当初実にイヤな奴ではあ るのだが、徐々に主人公が人間性を取り戻して来る…という定石のストーリーラインはそれなりにちゃんと出来ている。ヒロインもアホ過ぎながら、健気さは悪 くない。お話としては、アメリカ映画によくある「ダイバージェント」(2014)や「フィフス・ウェイブ」(2016)などのSFプラス青春モノという路線だが、それらアメリカ製が若者に媚びようとしてチャラく出来ているよりは、ずっと良質な出来映えである。映画を見終えた後味も悪くない。SFXなども良く出来ているし、僕としてはオススメと言ってもいいかもしれない。

さいごのひとこと

 今となっては中国発人類終末モノはシャレにならない。

 


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