新作映画1000本ノック 2020年2月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
 「雪暴/白頭山の死闘」 「カット/オフ」 「マザーレス・ブルックリン」

 

「雪暴/白頭山の死闘」

 雪暴 (Savage)

Date:2020 / 02 / 24

みるまえ

  最近、あっちでもこっちでも劇場未公開作の連続上映が行われるようになって、個人的にはちょっと嬉しい。どうせいきなりDVDやブルーレイ発売される作品 にハクをつけるための劇場公開と分かっていても、かつてその手の作品を一手に引き受けていた銀座シネパトスなき後はこういうイベントしかない。そんな訳 で、時間がなくてロクに新作映画も見に行けないくせに、そういう機会があると出来るだけ足を運ぶようにはしていた。本作もそんな1本で先日、モーリッツ・ ブライブトロイ主演のサスペンス映画「カット/オフ」 (2018)を上映したイベントで見つけた作品。チラシには例によってちっこい写真と簡単な説明しかないが、どうやら中国映画ながら雪山を舞台に刑事と金 塊強奪犯との戦いを描くアクション映画らしい。これだけで、僕は猛烈に見たくなった。前にも何度も語ってきたように、僕は雪と氷が出て来る映画に弱い。先 日見たマッツ・ミケルセン主演の「残された者/北の極地」 (2019)だって狂喜乱舞しながら見た。「遊星からの物体X」(1982)も大好物だし、「スター・ウォーズ」シリーズでも「帝国の逆襲」(1980) が一番好きなのは、冒頭で雪の惑星が出て来るからかもしれない。おまけに犯罪者と刑事の死闘と来れば、ジョン・ヴォイトの怪演が印象深い「暴走機関車」 (1985)やら、昨年見て大いに気に入った「ウインド・リバー」 (2017)、それに三船敏郎のデビュー作「銀嶺の果て」(1947)みたいな感じもする。僕はスタローンの「クリフハンガー」(1993)ですら大好き だから、これは期待できるではないか。おまけに主演が台湾のイケメン男優チャン・チェンと聞いて、決してB級C級の作品ではないと確信。絶対にメジャー感 あふれる雪山アクションになるぞ…と期待した。午前中にチョロっと雪模様となった日、夕刻にはそれも雨に変わった頃に劇場に足を運んだ次第。

ないよう

  その町は、かつて切り出した木材を道まで運ぶためのケーブルがあちこちに点在している。だが、彼がそこに赴任した頃は、林業もすっかり下火になって寂れた 町になっていた。彼の名はワン・カンガオ(チャン・チェン)。彼は、この寂しい雪山の町で刑事として働く男。雪深い林道を走る彼のクルマには、リボンがか かったプレゼントの箱が積まれていた…。その林道からそう遠くない雪深い山道を、護衛車に先導された警備会社の運搬車が走っていた。そこに積まれていたの は、金鉱から運こばれてきた金塊。しかし山道の前方をゆっくり走る木材トレーラーに阻まれたため、まずは先導車がこれを追い越そうとする。だが、これがク セモノだった。追い越しを許すと思いきや、いきなり木材トレーラーがハンドルを右に切り、先導車を崖から突き落としてしまった。一気に緊張がはしり、その 場に停車する木材トレーラーと金塊運搬車。すると、彼らの上にあたる山腹から、貯木されていた木材が一気に落下してくるではないか。この木材が金塊運搬車 を直撃。金塊運搬車も崖下へと転がり落ちていく。木材トレーラーから降りた2人と、山腹から木材を落とした1人は、崖下に突き落とした金塊運搬車に駆け 寄っていく…。その頃、町の居酒屋ではささやかな宴会が開かれている。その主役は、町の病院で外科医として働く美しい女性スン(ニー・ニー)。その場を盛 り上げようとハン(リー・グアンジエ)が声を張り上げ歌をうたうが、彼の想いはその場にいる誰もが気づいている。ハンは今日こそスンに思いの丈を打ち明け ようとしていたのだ。だが、そんなところにワンが登場すると、空気は一変。ワンもまたスンに思いを寄せていたのだ。ワンとハンはお互い刑事としての同僚。 もちろんお互いのスンへの気持ちは分かっていて、それぞれ意識し合っていた。そして、誕生会がお開きになった後、スンと一緒にクルマに乗って帰るのはワ ン。彼女はどちらかといえばワンを意識していたのだった。そんな訳で、二人きりになると「いい雰囲気」になるワンとスン。顔と顔がどんどん近づいて…とい うところで、近くにやってきたクルマから無粋なハンの声が割って入った。「おい、早く来いよ!」…。ワンとハンはこれからまた仕事。その車内で、ハンはワ ンにスンへの想いをぶっちゃけて話す。実はハンは近々都会への栄転が決まり、スンにプロポーズして一緒に連れて行こうと思っていたのだ。そのための指輪も 準備していた。だが、ハンはその指輪をワンに渡す。「これはオマエが使え」…ハンはスンといいムードのワンを見て、自分の出る幕ではないと身を引く決心を したのだった。そんな二人を乗せたクルマは、雪深い山道をひた走る。無線が金塊輸送車が襲われたとの連絡を流していたが、ワンもハンもそんな大事件が我が 身に関わって来るとは夢にも思っていなかった。やがて二人のクルマは、道の途中で立ち往生しているクルマと3人の男の横を通り過ぎる。どうやらエンコらし いと思ったハンは、持ち前の親切心からクルマを停める。だが、それが運命の分かれ道だった。親切にクルマに近づいていったハンを迎えたのは、何食わぬ顔の 3人の男。リーダー格のヒゲの男ダーマオ(リャオ・ファン)とその金髪の弟(チャン・イーツォン)、そしてもう一人の男(ホアン・ジュエ)…それは誰あろ う、あの金塊強奪犯の3人だった。彼らは現場をトンヅラする途中で内輪もめして、たまたまここに停まっていたのだ。だが、突然のハンの登場に3人とも顔を 強ばらせる。事情を知らないハンは笑顔で彼らに近づいて話しかけたが、そのうちダーマオの足元に特徴的な紙片が落ちていたのに気づく。何も気づかなかった フリをしてその場を立ち去ろうとしたハンだったが、そうは問屋が卸さなかった。次の瞬間、銃弾を浴びて路上に倒れるハン。何も知らずにクルマで待機してい たワンも、銃声で一瞬にしてすべてを悟ったが時すでに遅し。逆に金塊強奪犯たちから銃撃を受けて、手も足も出なくなる。何とか車内から脱出するが、銃撃の 雨をかいくぐって崖下に転落するしかなかった。それからしばらくして…何とか崖から這い上がってきたワンだったが、すでにその場に強奪犯のクルマはない。 呆然と立ちすくむワンは、ただその場に倒れたハンの遺体に雪が降り積もっているのを見つめるだけだった…。それから1年の時が過ぎて、またその町に冬が 巡ってくる。ある日のこと、工場の高い足場の回りに多くの人々が心配そうに集まって来る。幼い娘を道連れに無理心中を図ろうとしている男が、足場の上でわ めいているのだ。いつ娘に手をかけるか分からない状況に、警察も遠巻きにするしかない。ところが、そこに現れたのがあのワンだった。男は狂気に囚われてわ めいているが、ワンはまったく動じない。ズカズカと近づいて男を拘束すると、娘の命を救うことに成功した。それを遠目に見守っている人々の中に、あのスン もいた。彼女には分かっていたのだ。「死ぬ!」とわめいていた男の狂気よりも、ワンの狂気の方が勝っていたことを。「あの日」から、ワンは変わってしまっ た。居酒屋でスンと一緒に飲んでいても、ワンは心ここにあらず的な様子だ。運の悪いことに、そこに酔った客たちが絡んできたのがマズかった。いきなりワン は酔客たちをボコボコにし始める。あわやというところでスンが止めたから良かったものの、そうでなければ殺しかねない勢いだ。実は、スンは都会の病院への 異動が決まっていた。だから、彼女はワンとの関係がハッキリさせたいと思っていたのだ。だが、スンの家まで送っていくワンだったが、何とも煮え切らない態 度。いきなり彼女のアパートに乗り込んで抱きしめるかと思いきや、あと一歩…で引き下がって帰ってしまうワンだった…。こうして、スンがこの町を離れる日 がやって来る。だが、ワンは彼女を顧みずひたすら仕事だ。今日も今日とて若手警官(ワン・タイリー)と組んで、密猟者を探しにクルマでパトロールである。 だが、そんな雪深い山の中に…なぜか1年前の金塊強奪犯が舞い戻っていたとは…!

みたあと

 「牯嶺街少年殺人事件」(1991)でデビューし、「カップルズ」(1996)、「ブエノスアイレス」(1997)、「グリーン・デスティニー」(2000)…と注目を集めた台湾のイケメン俳優チャン・チェン。その後も「2046」(2004)、「愛の神、エロス」(2004)、「百年恋歌」(2005)、「レッドクリフ Part I」(2008)、「レッドクリフ Part II/未来への最終決戦」(2009)、「グランド・マスター」(2013)…などなど中華圏の巨匠の作品に次々出演。最近ではオールスター映画「ヘリオス/赤い諜報戦」 (2015)にも顔を出していた安定のスターぶりである。僕はそのチャン・チェン主演の雪山アクション…ということしか知らずに本作を見に行った訳だが、 その印象は決して間違ってはいなかった。ただ、単に雪山アクション…というよりは、本作に明らかにモデルとなる作品があった。全編に漂う西部劇志向や後半 に舞台が山小屋内での話になるあたりからして、どうやら本作の脚本・監督を手がけたツイ・シウェイは、クエンティン・タランティーノの「ヘイトフル・エイト」(2015)にヒントを得たのは間違いないようである。これが凶と出るか吉と出るか…。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

  そんな本作ではあるが、実はそのチャン・チェンと「ヘイトフル・エイト」…という2大要素が実はウィークポイントだったとは…。先のストーリー紹介でも書 いたように、チャン・チェン演じる主人公は同僚刑事のリー・グアンジエと女医ニー・ニーを巡る恋の鞘当てを演じている。ところが偶然に金塊強奪犯に遭遇し てしまったことから、同僚リー・グアンジエは殉職。なす術もなかったチャン・チェンは、その後ずっとそのトラウマを引きずる…という設定である。スタロー ンの「クリフハンガー」と同じように、本作のストーリーは1年前の犯人と再び対峙することによる、主人公のトラウマ克服がテーマという訳だ。先に「クリフ ハンガー」と同じように…と書いたのを見てもお分かりの通り、これは娯楽映画の「定石」。アメリカ映画などによくあるパターンで、主人公の「成長」ないし は「リベンジ」は王道ストーリーなのである。だから、それ自体は間違っていない。ただ、本作の場合は脚本のせいなのかチャン・チェンという俳優の資質なの か、どうやらそのクスリが効き過ぎている。話が本題に入ってから、主人公は陰々滅々…あまりに刹那的になり過ぎているのだ。おそらく冒頭の事件の1年後… 父娘の無理心中を阻止するくだりは、自殺願望を抱えた刑事としてメル・ギブソンが登場してきた「リーサル・ウェポン」(1987)から持ってきたのだろ う。だから設定は必ずしも悪くないはずで、これはやはり役者の資質なのだろうか。僕は正直言って、チャン・チェンという役者さんにそれほど詳しくはない。 だが、ネットでの本作の感想を見ても「毎度おなじみ」のチャン・チェン「らしい」展開らしいので、どうやらこれが彼の芸風らしいのだ(笑)。だから合って いるはず…とキャスティングしたのだろうが、不幸にもこの役柄に「合い過ぎていた」ということなのだろうか。過ぎたるは及ばざるがことし…である。また、 この同僚刑事の死と女医を挟んだ三角関係が事の発端であるため、話が強奪犯との対決という本題に入ってもこの面倒くさい設定を引きずっていく。よせばいい のに女医が単身雪に埋もれた山小屋に乗り込んで行く…というお話になって、スッキリしないムードが持続するのだ。そして話の後半は山小屋の中に舞台が移っ てしまうので、雪の野外で展開するアクション…という開放感が一気に減退。これはちょっともったいなかった。考えてみれば「ヘイトフル・エイト」という作 品自体、タランティーノ作品の中でも陰々滅々ぶりが際立って爽快感がないのだから、これは避けられないことだったのかもしれない。出来の悪いチンピラ弟と 主犯の兄の歪んだ兄弟愛を、ネチネチやっているのもいただけない。僕のホンネを言わせてもらえば、もうちょっと雪山で派手に暴れて欲しかった。また、雪が 吹きすさぶススキの原っぱでの主人公と犯人の対決など、肝心のアクション場面で変に甘っちょろい音楽を流したり叙情的な処理をしてしまうのも、個人的には 不満である。ウジウジしたり女との恋愛模様や重いドラマを引きずったりしないで、もっとハードにクールに決めて欲しかったと言ったら贅沢な注文だろうか。 結果的にユーモアを欠いてウジウジ感増量した「ヘイトフル・エイト」…となってしまった感じなので、さらに残念さが増してしまった。ジャッキー・チェンの 「ポリス・ストーリー/REBORN」(2017)の脚本家だったというツイ・シウェイという監督さん、いいところも少なくないので実に惜しいのだ。

みどころ

  だが、それでも僕は本作が気に入った。何だかんだ言っても、実際の雪に埋もれた山の中で展開するアクションは見応えがある。それを話の中盤までは徹底して 見せてくれるので、悪くは思えないのである。「ヘイトフル・エイト」が元ネタだから…ということもあるのだろうが、全編に漂う西部劇テイストも悪くない。 チャン・チェンについてもウジウジし過ぎな点はドン引きしてしまったが、アクション自体は悪くない。しかも、寒い中でカラダを張って頑張っているのが好感 持てる。これでトラウマ成分を半減させてもらえればなぁ…。そもそも恋愛が余計なのである。また、強奪犯の主犯を演じているのが、あの傑作サスペンス「薄氷の殺人」(2014) の主役を演じたリャオ・ファンだったこともポイントが高い。この役者の屈折感が、冷えきった雪山にピッタリ。彼が主犯役を演じていたから、後半の山小屋に 閉じこもるくだりも何とか最後まで見れた。いろいろ文句ばかり並べてしまったが、もちろん本作には美点も少なくない。そもそも「リーサル・ウェポン」だの 「ヘイトフル・エイト」だの西部劇だの…がチラつくというあたり、作り手の映画ファンぶりには好ましいものがある。ツイ・シウェイ監督には次回作を大いに 期待したいところだ。

さいごのひとこと

 もっといい時のタランティーノをパクって欲しい。

 

「カット/オフ」

 Abgeschnitten (Cut off)

Date:2020 / 02 / 03

みるまえ

  毎年、渋谷でやっている未公開映画の上映イベントだが、最近はよそでも似たようなことをやり出したみたい。これもそんな中で上映されている1本だ。…とい うのは、実は僕は気づかずに劇場に足を運んで、その場でそんな事情を知ったというんだから僕も情報に疎くなった訳だ。僕がこの作品を見たいと思った理由 は、ただモーリッツ・ブライブトロイが主演という一点のみ。この人、存在自体が地味なんであまり知られてはいないかもしれないが、気になる映画に多く出て いたドイツの役者さんだ。正直言って未公開映画の大会なんぞで上映される作品は9割がたがクズだと相場は決まっている。だから出来映えはまったく期待しな いが、それでも掘り出し者や珍しい作品が見られるのではないかと足を運ぶ訳だ。何となく「フェイス/オフ」(1997)のバッタもんっぽいタイトルもご愛 嬌である。今回はモーリッツ・ブライブトロイ主演のドイツ製サイコ・サスペンス…という一点に惹かれて、「殺し」があれば退屈はしないだろう(笑)ぐらい のことしか考えていなかった。そのくらいハードルを下げて見に行ったと思っていただければ結構である。

ないよう

  寒風吹きすさぶ中、遠目からは灯台の光だけがかろうじて人の営みを伺わせる北海洋上の孤島…ヘルゴラント島。闇夜の激しい嵐で鳴りを潜めている島内では、 島の社交場となっている一軒のバーにかろうじて人々が集っていた。折りからの嵐でドイツ本土との交通はすべて遮断され、島の唯一の病院は屋根が壊されて使 用不能。島民たちは避難もできず騒然としていたが、そんな人だかりを店内で遠目に見ていた若い娘がひとり。リンダ(ヤスナ・フリッツィ・バウアー)という その娘はマンガ家志望で、今もそんな人々の姿をダヴィンチの「最後の晩餐」よろしく絵に描いていたところ。そんな彼女のテーブルに、島のアンチャン二人が 近づいていく。ニヤニヤ笑いながらナンパという訳だが、リンダはそんなもの相手にしていない。ところが彼女のスマホにメッセージが届くや、それまでウンザ リしながらも二人の相手をしていた態度が豹変。そのメッセージとは、ダニーという相手からの「どこにいるか分かった」という簡潔なもの。だが、一目見たリ ンダの顔からはスッと血の気が引いた。慌てて荷物を持ってトイレに駆け込んだリンダは、慌ててダチに電話をかける。どうやらそのダチにダニーという男の見 張りを頼んでいたようだが、そいつは頼りにならず見失ってしまったらしい。さらに追い打ちをかけるようにスマホにメッセージが入ってくるに至って、リンダ はすっかり動揺。トイレの外にも人の気配を感じて、慌てて窓から外に飛び降りる。激しい夜の嵐に吹かれて、町をウロウロするリンダだが、相変わらずスマホ にはダニーからのメッセージ。おまけに後ろからつけてくる男が現れ、行く手にも道を塞ぐように別の男が現れるに至って、リンダは慌てて横の塀をよじ上って その場を逃れる。だが、男二人もそんな彼女を追いかけるからタチが悪い。逃げに逃げる彼女はついつい塀をブチ破ると、そこは崖っぷちだった。崖から転がり 落ちるリンダは海岸に倒れるが、男二人はまだまだ追って来る。すると、海岸の隅っこにひとりの男が横たわっているではないか。明らかに死体である。だが、 この際文句は言えない。リンダはその死体の傍らに横たわって隠れ、様子を伺っていた。すると、やってきたのは例のナンパ二人組。彼らは周囲を見回していた が、やがて諦めるとリンダのバッグを放り出して立ち去った。やっとのことで自宅に戻ってきたリンダは、安心と絶望とでその場に泣き崩れるのだった…。一 方、ここは大都会ベルリン。清潔なオフィスで、ある事件の示談交渉が行われていた。男が別の男を殴ったという案件で、殴ったのはポール(モーリッツ・ブラ イブトロイ)という紳士。殴られた方が明らかに柄の悪い男で、ポールが殴った理由も柄の悪い男が犬をいじめていたから…という正当なものだが、女弁護士は やたらにその時の心理状態を探って来る。実はその直前、ポールは娘のハンナ(バーバラ・プラコペンカ)と喫茶店で話をしていた。父娘で久々にスキー旅行に 行こうと持ちかけていたのだが、ハンナはまったく乗って来ない。今まで仕事一筋で放っておきながら、今さら何だ…というのがハンナの言い分。言うだけ言っ て立ち去ったハンナの後を追いかけて行ったら、例の犬イジメの現場に出くわしたという訳である。つまりは、キレた勢いの憂さ晴らしだった訳だ。そんなこん なでムシャクシャしながら職場に戻るポール。彼の仕事はベルリン警察の検死官だ。今日、彼のもとに届けられた死体は中年女性のもので、発見者いわく「顔か ら空気が抜けた死体」とのこと。その理由は、死体を見たらすぐに分かった。アゴの骨が抜かれて、顔の下半分がクシャおじさん(笑)みたいになっているの だ。ポールは早速、検視を始めようとするが、そこにとんだ邪魔が入る。警察上層部からねじ込まれた若いインターンのインゴルフ(エンノ・ヘス)だ。何でも 市長の息子とかで、コネで無理矢理ねじ込まれた様子。おまけにどうにも要領が悪く、死体の上にメガネを落とすという案配。そこにいられるのも邪魔だとばか り、ポールは彼に適当な用事を言いつけて解剖室から追い出してしまう。こうしてやっとこ検視を進めると、死体の頭部に何かの異物が打ち込まれていることが 分かる。取り出した「それ」は、ごくごく小さい金属製のカプセル。解剖室片隅の顕微鏡で見ながら中身を開けると…出てきたのは小さな紙片。広げてみたポー ルは、その内容に戦慄した。「ハンナ」の名前の後に並んだいくつもの数字、それは彼女の携帯番号だ。慌ててトイレに駆け込んだポールは、ハンナの携帯に電 話を入れる。すると、そこには怯えきったハンナの声が…。「パパが指示に従わないと殺される」「誰にも連絡しないで」「エリックからの指示を待って」…そ んなハンナの叫びにも似たメッセージを聞いて、絶望のドン底に叩き込まれるポール。彼はとりあえず自宅に戻ろうしたが、あいにくとタクシーはなかなか来な い。そこに、高級車に乗った例のインゴルフがやってきた。「送りますよ」とドアを開ける彼に、ポールは断る理由もない。自宅に戻ると「エリック」からの指 示を待ちきれないポールは、ハンナの携帯に再び電話をしてしまう。しかし、ノイズしか聞こえて来ないので、キレたポールは思わず「殺すぞ!」と罵倒。その 後、すぐにマズいと思って前言取り消し…という情けなさである。ところが、電話の向こう側から声が返ってきた。それも若い娘の声である。それは、ヘルゴラ ント島のリンダだ。彼女がブチまけられた自分の荷物を探しに来て、例の死体のところにやってきた。たまたま死体の持っていた携帯が鳴ったので、それをとっ たのである。犯人かと思いきや若い娘が出てきて驚いたポールは、彼女からの話を聞いてさらに驚愕せざるを得なかった。まず、問題の「エリック」は着ている Tシャツに書かれた名前から、島の海岸で死んでいた男のようである。そして、なぜか電話は辺鄙なヘルゴラント島に飛ばされている。さらに、ヘルゴラント島 へは悪天候のために今は交通手段がない…。さすがに暗澹とした気持ちになったポールだが、落ち込んでばかりはいられない。彼は自宅を出てインゴルフが待つ クルマまで戻りながら、携帯でリンダに頼み事を始めた。「島の病院の用務員でエンダーという男がいるから、彼に頼んで死体を病院に運んでくれ。それから死 体を解剖だ」…!

みたあと

 モーリッツ・ブライブトロイ主演と聞いて僕が食指をそそらせた理由は、この人が大活躍した時が本サイトを開設した年だったからだ。1999年、この年は映画大豊作の年だった。「シン・レッド・ライン」(1998)も「アイズ・ワイド・シャット」(1999)も、「ノッティングヒルの恋人」(1999)も「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(1998)も、「マトリックス」(1999)も「シックス・センス」(1999)もこの年の日本公開…と言えば、何となくお分かりいただけるだろうか。そんな最中、このブライブトロイの出演作が、やたらに目立つカタチで立て続けに公開された。それも、「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997)、「ラン・ローラ・ラン」(1998)という粒ぞろいの作品だ。イヤでも強烈な印象を受けた。さらに「ルナ・パパ」(1999)、「es」(2001)と快進撃は続き、いつの間にか「ミュンヘン」(2005)、「スピード・レーサー」(2008)、「ワールド・ウォーZ」 (2013)などアメリカ映画にも出て来るようになったから大出世である。だが、マスクは暑苦しくて野暮ったく、体型もずんぐりむっくり系(笑)。およそ 華やかさには欠けるので、こちらではあまり話題にならない人でもある。そんな彼の主演作で、しかも猟奇サスペンスと来れば見ない訳にはいかない。大して期 待もせず「彼が見られればいいか」…と見始めた本作だが、実はこれが意外や意外の拾いモノだったから世の中分からない。まずは、映画が始まったらいきなり ワーナー・ブラザースのマークが出てきたからのけぞった。ただ、日本の「るろうに剣心」シリーズ(2012〜2020)だってワーナー作品だから、おそら くは世界中で映画を作っているのだろう。そのあたりを考えてみればお分かりの通り、本作は完全なエンターテインメント作品である。ヨーロッパの映画イコー ル「アート系の作品」と考えてしまう向きには食い足りないかもしれないが、本作は王道も王道、直球ストレートの娯楽サスペンス映画に仕上がっている。とに かく面白い。まずは、これにビックリさせられた。
ここからは映画を見てから!

こうすれば

  まず白状すると、本作は笑っちゃうくらい「ありえない」設定の映画である。まず、冒頭に海岸に転がってる死体が出て来るが、本来ならこれだけで「ヒェ 〜ッ」となっちゃうのが普通なのに、まるで日常的なオブジェみたいな扱いで誰も驚かない(笑)。それから終盤になって「犯人」の犯行動機などが明らかにな るのだが、これまた実に不自然そのものである。そんな面倒臭いことやるかね…という設定だ。つまり、奇妙な状況を作るための不自然な設定なのだ。そもそ も、たまたま電話に出た素人の姉ちゃんに、電話からの指示で死体の解剖をやらせる(!)というムチャクチャさ。やらないよ普通は(笑)。頼む方も頼む方で ある。だから、見終わった後よく考えてみると無茶な設定なのである。これはそもそも、原作小説にある設定なのだろう。ドイツのベストセラー作家セバスチャ ン・ フィツェックとMichael Tsokos(読めない!)の共作によるミステリー小説が原作らしい。このフィツェックという人は結構人気作家らしいが、向こうの森村誠一みたいな人じゃ ないのか。不自然で無茶な設定は文章なら成立するかもしれないが、映画にしてみるとキツいことが多いように思う。だが、本作はそれをウィークポイントには していない。無茶な話なのに何とか映画にしちゃっている。まずはそこから評価しなければいけないだろう。

みどころ

  嵐に見舞われている夜の孤島…最初からサスペンス映画としては「つかみはオッケー」である。どうやら何者かに追われて怯えているらしい女が出てきて、何が 何だか分からないまま本題に入る。本題に入ってから、ようやく冒頭に出てきたリンダという娘がストーカーに追われていて、その話は本作の枝葉の部分である ことが分かる。主人公をクルマで運ぶ市長のボンボンが、最初から怪しい人物として臭わされるあたりもスパイスが効いている。だが、これだけとっ散らかした 話なのに、それらをスッキリ見せていく手腕は大したものだ。そして、お話の途中でもいろいろ盛りだくさんな趣向があって、池の氷が割れてボンボンが水に落 ちたり、怪人物が病院で解剖中のリンダに襲いかかってきたり…とサービスも満点。山中に迷い込んでどうしたって主人公は孤島には渡れないだろうと思ってい たら、アッと驚くウルトラCのワザを使って不可能を可能にするなど、原作もそれなりに面白いんだろうが映画も大したもの。そのウルトラCのくだりは見てい て笑ってしまったよ。また、携帯一本で主人公が何とかかんとか真相に迫り、難問を次々解決していくあたりは、トム・ハーディ主演の「オン・ザ・ハイウェイ/その夜、86分」(2013)やデンマークの「ギルティ」 (2019)あたりに通じる味もある。このあたり、娯楽映画のアレコレを盛り込んだ欲張りセットになっているのが嬉しい。最後の最後まで楽しめる映画とい う点も素晴らしいのだ。やたらに死体を切り刻む場面が出てきて猟奇味もたっぷりなのだが、見終わった後で意外にグロでもないという不思議な映画でもある。 それは、無理矢理に解剖をやらされるリンダを演じるヤスナ・フリッツィ・バウアーが、サバサバ系でユーモアのある女優さんだからだろう。いやぁ、こんなこ となら彼女が「男と女、モントーク岬で」(2017)のニーナ・ホスと一緒に出演した「東ベルリンから来た女」(2012)を見ておくんだったと大後悔である。そしてわれらがモーリッツ・ブライブトロイも、「96時間」 (2008)のリーアム・ニーソンみたいに愛娘を助けるべく大奮闘。あの暑苦しい顔とずんぐりむっくり体型が効いている。監禁された娘の描き方にもひとひ ねりあって、あの手この手でハラハラさせてくれる。そして、何より本作が娯楽映画として優れている点は、ちゃんとすべての話に決着がつくところ。それも、 単に事件が解決するというだけではない。やたらにキレやすい主人公は、携帯で見ず知らずの他人に無理難題を頼んだり煙たい相手に助けられたりした経験か ら、忍耐力と寛容さを身につけることになる。主人公と娘の冷えきった関係は、必死の救出作戦の成功でめでたく復活する。ストーカーに怯えて孤島に引っ込ん でいた娘は、死体解剖やら悪漢の襲撃やらで度胸も腹もすわってきた結果、逃げ隠れをしない積極的人生を選択するようになる。…というように、まるで風呂敷 を次々キチンと縛っていくように話がまとまっていくあたりが、娯楽映画として丁寧に作っていて好ましいのだ。毎度毎度繰り言みたいに言っているので本サイ トを読んでいる方は耳にタコならぬ目にタコだろうが、最近のマーベルやディズニーが徹底的にダメにしたハリウッドでは、これがまったく出来ていない。お客 をもてなすということがなっていないのだ。その点では、本作は隅々まで神経が行き届いていて素晴らしい。脚本・監督のクリスティアン・アルヴァルトという 人は、ティル・シュヴァイガー主演の「ニック」というテレビシリーズを手がけてきた人らしいが、なかなかの手練と見た。次回作も期待したい。

さいごのひとこと

 「カット/オフ」ってちゃんと意味あったんだね。

 

「マザーレス・ブルックリン」

 Motherless Brooklyn

Date:2020 / 02 / 03

みるまえ

  エドワード・ノートン…この名前を聞くと、誰しも「久しぶりだな」と思うのではないか。自分の中では、1999〜2000年ぐらいのエドワード・ノートン の勢いはスゴかった。だが、どうもその後は意外に伸び悩んだ感じがする。何となく作品もあまり見なくなっていた。そんなノートンの久々の主演作、しかも監 督も兼任と来れば、これは注目せざるを得ない。おまけに監督までして撮ったその映画の題材が、ハードボイルド探偵映画と来る。「動く標的」(1966)の ポール・ニューマンを例に挙げるまでもなく、アメリカ映画の男性スターは探偵をやらせたらみんないいんだよねぇ。だから本作も大期待だ。さらに、脇を固め るのはブルース・ウィリス、ウィレム・デフォー、アレック・ボールドウィンとは地味に豪華ではないか。そんな訳で、久々にワクワク胸騒ぎしながら劇場へと 馳せ参じたという訳である。

ないよう

 1950年代のニュー ヨーク。街路にクルマを停めて、二人の男が待機していた。助手席に座っている方がライオネル・エスログ(エドワード・ノートン)、ハンドルを握っている方 がギルバート(イーサン・サプリー)。ライオネルは少々困った「クセ」があり、時々チック障害の発作を起こす。いきなり「イフ!」と奇声を上げたり暴言を 抑えきれなかったりして、本人も「僕は少し壊れてる」と自覚している。また、何かが整っていないと我慢できないこだわりもあって、今日もセーターの袖のほ ずれをイライラといじくり回し、ギルバートに毛糸を切ってもらう羽目になる。この日二人がここにいるのは、ボスのフランク・ミナ(ブルース・ウィリス)を 待っていたから。フランクはボスというより兄貴分と言った方が適切だろう。彼らは「探偵」だ。やってきたフランクは詳しく説明はしてくれなかったが、どう やらデカいヤマを掴んでいたようだ。理由は説明しなかったが、この日の段取りをライオネルに説明する。これからフランクは近くの建物に一室に行き、そこで 何者かの来訪を待ち受けるらしい。「3時ちょうどにオレに電話をしろ」「トイレ…が合図」「外に出たらオレを尾行しろ」…フランクはライオネルに矢継ぎ早 に説明するが、彼に全幅の信頼を寄せているようだ。それもそのはず、ライオネルは困った発作を抱えてはいるが、その記憶力は抜群。しかも、本来は頭脳明晰 だ。少なくとも、少々ニブいギルバートとは段違いである。かくしてフランクは近くの建物に入り、ライオネルとギルバートはクルマでじっと待つことになる。 しばらくして3時になったので、電話ボックスからフランクのいる部屋に電話。すると、何人かの男たちが建物に向ってやって来るではないか。電話に出たフラ ンクはライオネルからの報告を聞くと、受話器をそのままにして放置して部屋の物音をライオネルに聞かせる。やがて男たちが部屋にやってきたが、どうやら仕 事のことでフランクと揉めているようだ。フランクに頼んでいた調査について報告を求めたが、フランクも「ただ」では教えられないと主張する。ホロウィッツ とかいう女の名前が出てきたり、「黒人女」について云々という話が出てきたが、結局、フランクに「手に入れたネタ」を出せと要求。ここでフランクは「トイ レに行かせろ」と言ったので、ライオネルは指示通りクルマに戻って尾行に備えた。果たしてフランクは、男たちと共にクルマに乗せられてどこかへ出発。ライ オネルとギルバートもクルマで尾行を開始する。ところが途中で見失ったため、ライオネルとギルバートは大いに焦ってクルマを探しまわる。すると…ある横丁 を通過した時に、例のクルマと男たちの姿が見えた! その瞬間、銃声が聞こえるではないか。慌ててその場に駆けつけると、男たちはクルマに乗って逃げて行 くところ。そして…フランクは腹に銃弾をくらっていた。慌ててフランクをクルマに乗せて、一路病院へと駆けつける。その間も、フランクはライオネルに「帽 子」…と何かを言い聞かせるように告げていた。手術台に寝かされた時も「彼女が危ない」と言いつつ、「フォルモサ…」とナゾの言葉をつぶやく。だが、結局 それも遅かった。フランクは病院で息を引き取り、ライオネルはフランクの妻ジュリア(レスリー・マン)に彼の死を告げに行くのだった…。翌日、フランクの 探偵事務所にライオネル、ギルバート、トニー(ボビー・カナヴェイル)、ダニー(ダラス・ロバーツ)の部下4人が集まる。彼ら4人は元々は同じ孤児院に いた仲間で、フランクに引き取られて暮らしをたてる術を身につけさせてもらった。いわばフランクは「恩人」だ。それだけに、フランクの死によって彼らは虚 脱状態になっていた。やがてジュリアもやってきて、その後の業務はトニーをリーダーに継続することになる。従来の探偵業務はライオネルにはムリ…というこ とで、他の3人がそれらを続行。クルマによる送迎業務をライオネルが行うことになる。ただ、フランクが追っていた例の「ヤマ」だけが宙ぶらりんになってい た。ただ、それがどんなものかは誰も知らされていない。そこで時間に余裕があるライオネルがそれを調べることになったが、正直言って他の3人はライオネル に多くを期待してはいなかっただろう。もちろんライオネルも例のチック障害の発作があったので自信はなかったが、彼には抜群の記憶力があった。フランクの 形見として彼の拳銃をもらったライオネルは、いささか心許ないながらもフランク殺しの捜査に乗り出すのだった…。

みたあと

 先にも述べたが、このサイトを開設した当初の頃、エドワード・ノートンの勢いはスゴかった。若手演技派として知られてはいたが、「ラウンダーズ」(1998)のヨタ公役を見て僕も「こいつはタダ者じゃない」と思わざるを得なかった。そして、「ファイト・クラブ」(1999)、「アメリカン・ヒストリーX」 (1998)…と怒濤の快進撃。完全にクセモノとしての評判を決定づけた。ちょうどその頃、主演も兼ねた初監督作品「僕たちのアナ・バナナ」(2000) も公開されたから、こりゃこのまま、かつてのロバート・デニーロみたいになっちゃうのか…と空恐ろしさすら感じたものである。ただ、その勢いはなぜかその 後続かなかった。いつの間にかノートンの話題を聞かなくなった。作品にはそれなりに出ていて、例えばスパイク・リーの「25時」(2002)など悪くない出演作もあったはずなのだが、どうも記憶に残っていない。そんな中、久々にノートンの作品が注目を集めたと思ったら、何とマーベルの「インクレディブル・ハルク」 (2008)。さすがに地味なイメージばかりじゃマズいと開き直ってのアメコミ映画参戦かと思いきや、やはりノートンとマーベルじゃ肌が合う訳がなかった のだろう。「アベンジャーズ」(2012)ではノートン版ハルクはなかったことになっていて、マーク・ラファロに交代させられていた。確かに「アベンジャーズ」にノートンじゃあまりに座りが悪過ぎる(笑)。辞めて正解である。ただ、ノートンの印象はその後も薄いままで、久々に「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」 (2014)に出てきたと思いきや、やはりあまり記憶には残っていない。イマドキのアメリカ映画じゃなかなか活躍できないタイプだよなぁと思いながら、こ れほどの人なのになぜ…と残念な気がしていた。それが、いきなりの主演作である。しかも「僕たちのアナ・バナナ」以来の監督第2作。おまけに脇を豪華キャ ストで固めての作品だから、本人の気合い十分、満を持しての登板だ。さらにアメリカ映画で探偵映画と来れば、これは「男性スターが必ず辿らねばならない 道」と言ってもいい。これはフルスイングで狙いに来たな…と、こちらも覚悟を決めて見に行った訳だ。結果…これはまさに大ホームランである。久々にアメリ カ映画で見応えのある作品、そして俳優エドワード・ノートンを堪能できる作品に仕上がっていたのである。
ここからは映画を見てから!

こうすれば

 映画が始まってすぐ、1950年代の時代色を出した映像が出てきてグッと映画に引き込まれる。クルマの中には待機中の二人の男。その片方がノートンであ る。いかにもハードボイルドな探偵映画の雰囲気。つかみはオッケーだ。だが、すぐにそれは強烈な違和感にとって代わる。主役であるノートンがチック障害の 発作を起こすと説明され、いきなり奇声を発するからである。映画の主人公としてこういう人物がいてもまったくおかしくはないが、本来ならば渋くキメてるは ずのハードボイルド映画の主人公がこれというのは、さすがにアッと驚く。なるほど変化球を放ってきたな…と、クセモノのノートン「らしい」監督主演作と納 得。しかし正直に白状させていただくと、これから映画が始まろうとしているところでこの設定に、本作の出来に対する漠然とした不安を感じずにはいられな い。こちらとしては、本格的ハードボイルド探偵映画を堪能しようと思っていたから、どうしたってアレレ…と思ってしまうのだ。また、細かい発作の演技をや りたかったんだろうと「演技派」ノートンの意欲は理解できるものの、いちいち小賢しい小芝居を見せられるのはちょっと困ったなという気になって来る。お話 が進み始めてからも、典型的ハードボイルド映画の語り口で酔わせてくれるかと思ったそばから、ノートンが「イフ!」と奇声を上げてサッと覚めさせられる有 様。演技派俳優の悪いクセが出たかと、見ていてちょっと気が重くなってきた。大丈夫なのかこの映画は…。

みどころ

 ところがこのノートンの発作演技が違和感を感じさせるのは、映画の最初の方だけだ。執拗に繰り返されるうちに、徐々に観客も慣れて来る。さらにノートン は巧妙に発作の頻度を少しずつ減らしている。演出上の巧みなウソをついているのである。実はノートン演じる主人公は探偵稼業とはいえ、映画の最初の方では この発作のせいであまり重要な仕事は与えられていない。だが、彼には他人も本人も気づいていない探偵の素養があった。捜査を進めていくうちに、彼は徐々に 自信を深めていくのだ。それが、彼の発作を徐々に緩やかなものにしている…とも見えてくる。このあたりのサジ加減が実に絶妙なのだ。そして前述のようなプ ロセスを踏んでいくため、本作はアメリカ映画の常道である「青二才が試練を乗り越えて一人前になる」というドラマを形作っていく訳だ。ハードボイルド探偵 映画も、「青二才」ストーリーも、いずれもアメリカ映画の王道である。クセ球を放っているようで、実は王道というアクロバティックな作戦なのである。これ はとても役者の余技とは言えない、本格的な映画作家の仕事なのだ。例の発作演技も、本作が典型的ハードボイルド映画のストーリーにすっぽりハマってしまう が故の工夫と言えなくもない。これがないと、ありきたりの手垢がついたようなハードボイルド映画になってしまう。そんなクリシェに陥らないための歯止めと して、発作を持ち込んだのかもしれないのだ。そしてこの発作があるが故に、映画全体に不思議なユーモアも漂うし、また主人公がいつ重大な局面で発作を起こ すか分からないという緊張感も張りつめる。これまた実にうまいのだ。ただ、主人公がジャズクラブでダンスする場面など、時折、冗長かな…と思わせる部分が ない訳でもない。そのへんは役者出身の監督ならではの自己満足的部分かとも思わされるのだが、雰囲気が重要な本作にはあの長さは必要なのかもしれない。少 なくとも僕はそう受け取ったし、全編に漂う不穏な空気も気に入った。ノートン自身にとっても久々に堂々たる主演作で、おそらく自分のやりがいを満たす企画 が今のハリウッドにないから、それなら自分で作る…と乗り出したのだろうと思わされる。それにしたって、若手演技派などと言われてからもかなり経ってい て、調べてみたら彼は僕の10歳下だからもう50歳だ。それで「青二才」役を演じるのだから驚かされる。実際、彼はまだまだ若々しいのである。それも演技 力の賜物なのだろうか。出て来る役者もブルース・ウィリス、ウィレム・デフォー、アレック・ボールドウィンとみんないいが、中でも目を惹いたのはブルー ス・ウィリス。最近ではすっかり陳腐になってしまった彼だが、ハードボイルド映画にピタリとハマって、久々にいいのである。見直してしまった。アレック・ ボールドウィンも堂々たる悪役で味わい深いが、この人って確か本国でトランプ大統領のそっくりさんが専門になっちゃっていたはず。本作での役どころでも、 何だか「アメリカを再び偉大にする」だか何だかいうセリフもあって、ちょっとそこは残念かなぁ…と思ってしまった。テーマは確かに今日に通じるモノもあ り、言いたいことも分かるのだが、そこで「これはトランプの風刺です」と見せられちゃうとちょっと作品が矮小化しちゃうんじゃないだろうかと思わされたの だ。いきなり覚めちゃうのである。「ブラック・クランズマン」 (2018)でもそのあたりを買われて起用されたアレック・ボールドウィンだから、たぶん同様の意図で起用されたんじゃないだろうか。ただ、このボールド ウィンとノートンとの終盤の「対決」は、ありきたりの結末ではなくて見応えがあった。しっかり「大人の映画」のクライマックスになっていて見事なのであ る。その一点は気になったものの、本作の価値を減じるものではまったくない。ノートンの監督作…というだけでなく、近年のアメリカ映画の中でも屈指の出来 映えではないかと大いに評価したい作品である。

さいごのひとこと

 役者同様に監督としてもクセモノ。

 


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