新作映画1000本ノック 2019年7月

Knocking on Movie Heven's Door


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 「COLD WAR/あの歌、2つの心」

 

「COLD WAR/あの歌、2つの心」

 Zimna wojna (Cold War)

Date:2019 / 07 / 29

みるまえ

  今年のアカデミー賞で話題になった作品はいくつかあるが、この「COLD WAR」もそのうちのひとつだろう。外国語映画賞のポーランド代表としてノミネートされているにも関わらず、なぜか監督賞にまでノミネート。あの小賢しく 立ち回った(笑)アルフォンソ・キュアロンの「ROMA/ローマ」 (2018)さえなけりゃ、外国語映画賞もとれたんじゃないか? そんなこの映画の内容については、ポーランド(とヨーロッパ)の戦後史を背景に、一組の 男女のほぼ10年間を描いた作品…という荒っぽい筋書きは聞いていた。なるほど、そういう意味での「COLD WAR(冷戦)」というワケか。その重要なファクターとして、音楽が出て来ることも聞いていた。それって…何となくクロード・ルルーシュの「愛と哀しみのボレロ」(1981)みたいな話のような気もする。いずれにせよ、相当な超大作で上映時間も長尺なはずに違いない…。というようなワケで、僕は勝手にこの映画は上映時間3時間ぐらいあるものと思っていた。それこそ「アベンジャーズ/エンドゲーム」 (2019)を見る前みたいに、気が重くなっていたというのが正直なところだったのだ。ところがそこに朗報。すでにこの作品を見ている知人から、何とこの 映画の上映時間が90分に満たないという報告が入って来たのだ。えっ、戦後史を縦断するような物語で1時間半を切るってホントなのか? どうやってそのサ イズに押し込んだんだ? 正直、ちょっとビックリ。そして、これは見なければ…という気になった。そんなスケールの大きい話をどうやってそんなにコンパク トに描けるのか、ひどく興味が湧いたからだ。それに、トイレを気にせず見に行けるのも魅力だ(笑)。そんなワケで、慌てて映画館に駆けつけた次第である。

ないよう

  ある者はフィドルで、ある者はアコーディオンで。またある者は楽器も伴奏もなしで…思い思いの歌をさまざまな場面で歌う老若男女の人々。時は1949年、 場所はポーランド。雪深い村から村を、小さいクルマに録音機を載せて渡り歩く彼ら…ヴィクトル(トマシュ・コット)、イレーナ(アガタ・クレシャ)、カチ マレク(ボリス・シィツ)の3人は、ポーランドの民族音楽収集の旅を続けていた。収集した素朴な歌声をプレイバックしては聞き惚れるヴィクトルとイレーナ は、その中のある少数民族の男の歌に注目。「うまいねぇ」とシビレているが、党から派遣されて参加していたカチマレクは「言葉が違うから」とにべもない。 そんなカチマレクも、ふと立ち寄った教会の廃墟に、戦後の荒廃した故国の現状を見る。やがてかつての領主の巨大な屋敷に、多くの農村の若人たちが集められ て来る。ここで彼らに歌や踊りを披露してもらい、オーディションによって民族歌舞団を結成しようというのだ。若者たちは面接まで思い思いに部屋で練習をし ているが、そんな中に若い娘ズーラ(ヨアンナ・クーリク)もいた。彼女はどんな歌をうたうか決めかねていたが、近くにいた娘に話しかけるうちに、一緒にや らないかと持ちかける。かくして面接官として彼らを見ることになったヴィクトルとイレーナは、ズーラたち二人の歌を聞くことになる。ヴィクトルはいたく彼 女に感銘を受けたらしく、もうひとりの娘を帰してズーラだけもう一曲歌わせた。だが、イレーナはズーラに難色を示す。どうやら彼女は父親殺しの前科者らし いのだ。だが、それでもヴィクトルはズーラを強く推した。こうしてズーラは歌舞団のメンバーとして、日々、歌に踊りにレッスンを重ねることになる。音楽の コーチはピアニストのヴィクトル、踊りのコーチはイレーナの担当。党から派遣されていたカチマレクは歌舞団の運営を任されていた。こうしてついに迎えたデ ビューの日。民族衣装をモチーフにしたきらびやかな衣装に身を包んだ彼ら彼女らは、人呼んで「マズレク歌舞団」。1951年のワルシャワ、巨大なホールで の歌と踊りは観客たちを大いに魅了する。それは、音楽監督であるヴィクトルにとっても勝利の日であった。そんなヴィクトルとズーラは、いつしか秘かに愛を 交わす仲となっている。万事めでたし…のはずだったが、好事魔多し。マズレク歌舞団大好評に気を良くした「党」では、カチマレクを通じて歌舞団でもっと積 極的に「党」のアピールをしたいとの希望を伝えて来た。純粋に民族音楽をやりたいイレーナは、これに不満を隠しきれない。だが、元来がノンポリのヴィクト ルは、ただただ黙りこくるばかり。ヴィクトルとズーラの逢瀬にも、いつの間にか陰りが忍び寄る。原っぱで二人で寝転がりながら、ふとズーラが漏らした言葉 がその陰りをさらに深めた。彼女はカチマレクの命令で、ヴィクトルを監視してその行動を報告させられていたというのだ。「前科者」の彼女としてはそうする しかなかったというのだが、ヴィクトルの心は穏やかではない。かくして1952年、マズレク歌舞団がその成果を広く東側諸国に広めるべく遠征に出かけた東 ベルリン公演。ヴィクトルはズーラに秘かに「亡命」を持ちかける。今夜公演が終わった後で、二人で外で合流して「西側」へ行こう…。ヴィクトルのそんな言 葉に、「向こう」へ行ってから自分は何をやればいいのか…と漠然とした不安を口にするズーラ。そんな彼女に「うまくいくよ」と言って承諾させたヴィクトル だが、彼はズーラの胸の内を分かっていたのだろうか。そんなこんなで公演後、東ベルリンの「国境」近くの街角にカバンを持ってやって来るヴィクトル。しか しその頃ズーラはカチマレクに捕まって、東ベルリンのおエラいさんの接待に駆り出されていた。いや、果たしてそうだろうか。ズーラとて、その場を抜け出そ うとすれば出来たのではないか。待ちに待ちくたびれ、何本もタバコを灰にしたヴィクトルは、意を決してひとりで「西」へと歩き出して行った…。

みたあと

  今年のオスカーで、「ROMA/ローマ」と本作という2本の非アメリカ・モノクロ映画が大暴れしたのは興味深い。しかも70ミリで撮影した「ROMA/ ローマ」と違い、本作はシンプルの極みとも言えるスタンダード・サイズ。非常にミニマルなフォーマットの映画である。しかも、本作が「ミニマル」なのはそ れに止まらない。前述のごとく、上映時間90分に満たない長さなのだ。何度も言うように、本作はポーランド(とヨーロッパ)の現代史を背景にしたお話であ る。誰がどう見たって、本来ならば長尺の大河ドラマするような題材だろう。それでは、本作ではどのようにこの題材でこの短さを獲得したのか。それこそが、 本作を真に「ミニマル」というべき点なのである。
こ こからは映画を見てから!

みどころ

  これは本作を見た100人が100人とも指摘することだろうからエラそうには言えないが、本作には上映時間が短くなる理由がある。とにかくエピソードとエ ピソードの「つなぎ」がない。ポ〜ンと話が飛ぶ。その間の説明がまったくない。つまり普通の作品ならば重要なエピソードとエピソードの間にブリッジ的なス トーリーが入るところを、本作では気持ちよく割愛してしまっている。それどころか、他の作品ならばそここそが重要なエピソードになりそうなところまで割愛 しているようなのだ。だからいきなりパ〜ンと話が飛んで、状況が変わっちゃっているのに見ているこちらはよく分からない…という瞬間が何度も訪れる。本来 なら説明に割かれるべき時間がないのだから、そりゃ短くなるワケである。まるで詳細に書き込んだ脚本から、あちこちランダムに場面をカットしていったよう な感じである。そういう意味では、僕は本作を見た後で、まったく別のある映画を脳裏に浮かべていた。ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフが長編第一作と して発表した「父、帰る」である。あの作品もあっちこっち「あるべき説明」を間引いて、観客にとって「分からない」部分を多く作っていた。ただ、本作も 「父、帰る」と同じような作品かと言えば、これは明快に違うと言い切れる。ざっくり言えば「父、帰る」は数日の物語だが、本作はほぼ10年間に渡るお話で ある。それぞれの時間の流れの中で場面を「間引く」ということが、同じ働きをするワケがない。乱暴に申し上げると、「父、帰る」は本来なら見えなくする必 要もないことをわざと観客から見えなくすることで、「意味ありげ」なイメージを作り出す働きをしていると思う。なぜ父親は帰って来たのか、なぜ息子たちを 連れて旅に出るのか、箱の中身は何だったのか…それを見せちゃったらおそらく単なる犯罪映画みたいなモノにしかならないお話を、何かそれよりもっと「高 級」なモノに見せかけることに成功している。案の定、神話的なお話だの寓話だの…と大げさなレビューがネット上に氾濫したような記憶がある。正直ここだけ の話、僕にはちょっと茶番に思えた。だが、本作はまったくそれとは異なる。分からないことは単に語られないから分からないだけで、それがナゾとして意味あ りげな雰囲気を醸成したりしない。単に登場人物が長いこと留守にしていて、その間のことが分からない…的なニュアンスでしかない。それは、こういう事情が あったからこうなった…的な、「因果」みたいなモノをお話から徹底的に排除する効果をもたらした。説明は要らない、とにかくこうなった…的な語り口であ る。ある意味でぶっきらぼうとも言える。だが、本作はそこが最大のミソだ。そして、その説明やら因果やらを間引くということは、本作では非常に特異な効果 をもたらす。何しろ本作は「COLD WAR」という映画である。それで共産圏ポーランド(とフランス)の1950年代を舞台にした恋愛モノである。当然のことながら恋人たちは政治や社会、時 代に翻弄され、悲劇的な運命を辿らなければならない。それはある程度は予想通りにそうなっているのだが、政治が悪いから時代が悪いから、こんな酷い目に 遭っている…という印象はない。監視、拷問、監禁、脱出…といったサスペンスや恐怖がほとんどない。もしくは、それは「ある」んだろうが割愛されている。 むしろこの時代背景、この舞台を選んで「これ」ということに驚愕してしまう。西ベルリンへの脱出も、カバン持ってスタスタ行けちゃう。その後、恋人とは長 い長い別離の時を経てから、年老いての再会…みたいになるのかと思いきや、意外と2年後ぐらいには余裕で再会できてるし、さらに2年経ったら一緒に暮らし たりしている。もちろんそうなるにはそれなりの代償も払っていて、女はしたくもない結婚をして西側に出て来ているし、その後にポーランドに戻った男の方 だって、強制収容所に監禁されて丸刈りにされたりピアノを弾けない指にされたりしている。ただ、その描き方もサラッとしたものだ。これが普通の映画だった ら、指をペンチでへし折られる場面あたりを「政府がいかに悪辣だったか」を示すためにコッテリ見せていたはずだ。それが「ない」ということは、そうは描き たくなかった…ということなのだろう。むしろお話としては、主人公二人が政治や社会、時代に翻弄された…というより、むしろ彼らの周囲の人々の方が主人公 二人に翻弄されている印象すらある(笑)。普通なら「敵役」になるべき「党」の側の人間であるカチマレクという男も、野暮なことを言ってはいるが、さほど 悪辣な男には描かれていない。むしろヒロインとの間に子供まで作っているのに、気持ちはピアニストの男に持って行かれているのは明白。おまけに、将来的に は子供ごと捨てられちゃう運命みたいなのだ。いっそお人好しとさえ言った方がいいくらいである。だから作り手は、主人公二人の運命がモミクチャにされるの は、政治や社会、時代のせいではない…と言っている。それはあくまで、彼ら自身のせいであると言っているのだ。大抵が主人公が社会と時代の犠牲者であっ た…と描くところを、徹底的に他人のせいにしていないところが非凡なのである。彼らが善人だとすら言ってないあたりが驚くべき点だ。あまりにも潔い。潔い から好感が持てる。そもそもここでの「COLD WAR」って東西両陣営のなんちゃら…ではなくて、男女の間に生まれる抜き差しならない緊張関係のことではないか。女のしたたかさや男の世事に長けたとこ ろ…などなどが、その都度二人に味方したり分け隔てたりする訳で、政治はあまり関係ない。そして、「冷戦」だから時々雪解けやデタントもある(笑)。その くらい、男と女の間柄ってのはガチだとヤバいことなんだよ…ということではないか。しかもエンディングも秀逸で、もうこの世では幸せになれない…と思い詰 めながらも、「こっちに行ったら景色がいいよ」と見方をちょっと変えればやっていけないことはないじゃないか…という、クロード・ルルーシュあたりも真っ 青の人生肯定で終わるからビックリ仰天。ルルーシュの名前が出たからついでに言うと、本作を見ていて、これって本当はルルーシュが前述した「愛と哀しみの ボレロ」でやりたかったことだったんだろうなぁ…とシミジミ感じた。しかし、所詮は一筆書きで足し算の映画しか作れないルルーシュは、センスと実行力はあ るけど残念ながら計算と深い洞察に欠けている。おまけに生まれつきの根アカなおめでたさ。なまじフランシス・レイの心地よい音楽を手に入れたのが仇となっ て、結局「あれ」どまり…ってことだったんだろう。そうは言っているけど、僕は決して「愛と哀しみのボレロ」はあの大味さも含めてキライじゃないけどね (笑)。それにしても、饒舌じゃなくてミニマル…を売りにする映画は古今東西いくらでもあるが、ミニマルな映画にありがちなやせ我慢的狭苦しさがまったく ないというのは特筆すべき点ではないだろうか。ミニマルなのに、かなり贅沢感が感じられるのである。…などなど、いろいろ並べて来たが最後に指摘したい点 が2つ。まずは本作を見た人なら10人が10人とも指摘したくなる。「オヨヨ〜」という歌について。我ながらバカな疑問だが、アレって泣きの擬音を日本で 「ヨヨヨ」というのと共通しているんだろうか(笑)? あと、主人公二人が心中を決意する終盤の教会で、ロウソクの火だけパートカラーになっていたように 思ったのだが、本当にそうだったのか? 今となってはどうだったか覚えていないのだ。ただのモノクロだったのかねぇ…。

さいごのひとこと

 オヨヨの桂三枝も男女の冷戦は避けられなかった。

 


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