新作映画1000本ノック 2019年1月

Knocking on Movie Heven's Door


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 「おかえり、ブルゴーニュへ」

 

「おかえり、ブルゴーニュへ」

 Ce qui nous lie (Back to Burgundy)

Date:2019 / 01 / 07

みるまえ

  セドリック・クラピッシュの新作が公開されると聞いたのは、かなり前のことだ。その時はちょうど僕の仕事が忙しくなって来た頃で、正直言って映画のことな んて考えてられなかった。それに、そもそもクラピッシュ監督の作品自体が久々すぎた。前にどんな作品を見たか…さえ記憶も定かではない。それでも、僕が最 初に見たクラピッシュ作品「猫が行方不明」(1996)の鮮烈な印象は忘れることができない。そのフレッシュさから、僕はまったく新しいフランスの映画作 家の登場を痛感した。それから日本に到来したクラピッシュの旧作やら「家族の気分」(1996)などの作品にも大いに興奮。このサイトを僕が開設してから は、まず「パリの確率」 (1999)が公開された。本作は初のSF仕立ての作品、何と伝説的スターのジャン=ポール・ベルモンドが出演…と嬉しい要素もあり、僕も大いに楽しんで 見た記憶がある。だが…今考えてみると、楽しんで見てはいたものの、この作品あたりから何となく違和感を感じていたような気もするのだ。続く「スパニッシュ・アパートメント」(2002)も気に入った、そして群像劇「PARIS/パリ」 (2008)も楽しかった。どれも好きだったはずなのだが…今となってはほとんど記憶に残っていない。しかも「スパニッシュ・アパートメント」はその後の 「ロシアン・ドールズ」(2005)、「ニューヨークの巴里夫」(2013)…を合わせて三部作を形成しているのだが、なぜか僕は2作目、3作目を見逃し てしまった。それもあって、「PARIS/パリ」以降の彼の作品をずっと見ていなかった。そのうちクラピッシュという映画作家の存在すら忘れかけていたよ うな訳だ。あんなに好きだったクラピッシュなのに、今じゃその記憶すら曖昧。これでいいのか…と思っていたある日、映画情報を見たら何とその日が最新作 「おかえり、ブルゴーニュへ」の公開最終日と気づいた。こりゃマズい。何となくこの新作は見なくちゃいけない。僕は他の予定を全部うっちゃって、慌てて劇 場へと駆け込んだ。

ないよう

  子供の頃、窓を開けて外を見ると、毎日変化があった。窓の外に広がるブドウ園。それは四季折々に変化を続けていた。だが、彼…ジャン(ピオ・マルマイ)が 成長するに従って、ここでは何も変わらないと悟り始める。友人たちは大学に行くため、この土地を出て行った。ジャンは父親にブドウ園を継ぐように言われて 嫌々留まったものの、やがて耐えきれずにこの土地を飛び出した。それから10年…。世界を見て回ったジャンは、再びこの土地に戻って来た。父親が重い病い に倒れたと聞いて、今やヒゲづら男となった彼は実家に戻って来た訳だ。懐かしい家の門をくぐると、出迎えたのはこのブドウ園で長く働くマルセル(ジャン= マルク・ルーロ)。彼に招かれて、ジャンは久々に実家の中に入って行く。翌朝、そこにやって来たのは妹のジュリエット(アナ・ジラルド)。二人は久々の再 会を大いに喜ぶ。だが、次いでやって来た弟のジェレミー(フランソワ・シビル)の場合は微妙だった。何しろ10年の間ほとんど音信不通。母親の葬儀にも 帰って来なかったのだ。今頃ひょっこり戻って来て、大歓迎されると思うなよ…とイヤミのひとつも言いたくなる。だが、それもつかの間のこと。マルセルが倉 庫で重い機材の移動に力を貸してくれ…と呼びかけ、3人で力を合わせて機材を動かすうち、お互いのわだかまりも徐々に溶けて消えていく。実はジェレミーの 妻(ヤメ・クチュール)は別のブドウ園のオーナーの娘で、義父は少々高圧的な男だった。それ故、時々苛立ちを隠せなくなるジェレミーではあった。だが、そ れから間もなく事態は急転。ある朝、眠っているジャンのもとにジュリエットとジェレミーが沈痛な表情でやってくる。父親がついに亡くなったのだ。こうして 葬儀が営まれることになるのだが、その際にジャンは母親の葬儀に行けなかった理由を語り始める。ジャンの子供の誕生が、ちょうど同じタイミングだったの だ。実はジャンの妻子が地球の裏側にいるという事実に、軽い衝撃を受けるジュリエットとジェレミーだった。そんなジャンたち兄妹とマルセルはブドウ園に分 け入り、その実を口に含んで収穫する日を決めようとする。その成熟度を見極めるには、経験とセンスが必要だ。ここでジュリエットとジャンの意見が割れる が、とりあえずは今週の木曜日…と日にちが決まった。一方、ジャンたち3人が法律事務所に呼び出され、父親の遺産の相続問題を話し合うことになる。その場 で彼らが聞かされた話は、何とも微妙な話だった。いわく、3人は相続税を払わなければならないが、そのためには在庫のワインを売っても足らない。しかし土 地を処分しようにもそれには3人全員の合意が必要で、土地を3人で分割することはできないというのだ。そんなジャンたち兄妹だったが、ブドウ園の状況は彼 らを待ってはくれない。そこには収穫を待つブドウが待っていた…。

みたあと

 まずは白状しな くてはならないのだが、僕に常識がないのか教養がないのか、本作のことを書いたレビューやら何やらにやたら出てくる「ドメーヌ」という言葉を知らなかっ た。これってブルゴーニュ地方におけるワイン生産者のことを表す言葉なんだそうな。恥ずかしながらワインをたしなむ習慣もない僕は、まったく知らなかっ た。知ってるフリをしても仕方ないので、ハッキリと言わせていただく。いやぁ、まったくモノを知らないねぇオレは(笑)。それはともかく、僕は本作に好感 を持った。今までもセドリック・クラピッシュの映画はいつも気に入っていたのだが、本作には年齢を重ねたからこそ分かる部分も少なくなかった。まずはその ことを最初に言わねばならないだろう、「ドメーヌ」なんて言葉よりも(笑)。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

  そんな訳で、僕はこの作品を好意的に見たのだが、正直に言うとちょっと困ったところもない訳ではない。まず見ていて気になったのは、オーストラリアに妻子 がいて、しかもそこにブドウ園まで持っているという長男が、1年もの間それらを放ったらかして故郷でウダウダしていていいのか…という素朴な疑問。途中、 その妻子がフランスまで来ちゃうのだが、それはそれでブドウ園はどうなるのか?…と、もっと気になってしまう。つまりは、これは不自然な設定なのだ。もう ひとつ気になる点といえば、長男や次男のプライベートは掘り下げられているのに、長女に関してはその手の説明が一切ないところか。ブドウ摘み要因の男にナ ンパされているだけで、なぜかスルーになっているのは解せない。それを言ったら、あれほど主人公たちを悩ませた相続税の問題が、ラストでアッサリ解決して ハッピーエンドってのもどうなんだと言いたくなる。アレもコレも、たぶんツジツマ合わせによるホコロビなのだろうと思うのだ。

みどころ

  そんなアレコレを挙げたら、本作の脚本はガタガタでヌルい出来映えの映画だと思われてしまうかもしれない。確かに脚本にはあちこち無理はあるのだが、本作 にはそれを埋めて余りある美点がある。それは、映画始まってすぐのオープニング・タイトルバックですでに現れている。高速度撮影やコマ撮り撮影によって、 時間の流れを猛スピードで表現。ブドウ園の緑があっという間に茶褐色になり、さらにそれらの葉が落ちて辺り一面雪化粧。その後、再び瑞々しい緑が戻ってく る…という、季節の移り変わりを見せる手の込んだショットが何度も積み重なる。このオープニングだけに限らず、本編もほぼ1年かけてブドウ園とワインづく りの実際をじっくりと描いていくのだ。この手間ひまかけた贅沢な撮影ぶりに驚かされた。絶対に、これは実際に1年かけなければ撮れない。そして、こうした じっくりした撮影でなければ、本編のドラマもうまく描けなかっただろう。大人にはどうしても現実がかぶさって来てしまうことや身内の煩わしさ、それでも何 とかしていくしかないというメッセージ…これらはじっくりと描かれたブドウ園の営み、ワインづくりの描かれ方がなければ語り得なかった。このじっくりと1 年かかって撮ったという「リアル」があるから、多少の話の甘さがあっても許せる。説得力が出てくるのである。本来なら兄弟の話に愛憎ドロドロのクソリアリ ズムが出てきそうなものなのだが、ここではそうはなっていない。「それが現実だ!」なんて野暮な話になっていないところが個人的には嬉しい。じっくりとし たワインづくりの描写にも通じる「大人の映画」になっているのである。だから、結論も甘いと言えば甘いのかもしれないが、逆に「それこそが成熟なのだ」と いう気になる。あのセドリック・クラピッシュがこんなに成熟したのか…と感慨に耽ってしまった。長男が1年も自分の家を放っておくのは不自然…と先に述べ たが、あえて不自然さが出てしまっても、このワインづくりを1年じっくり追いかける…というところから生まれる映画としての「うまみ」の方を優先した結果 なのだろう。そして、クラピッシュは見事に勝利した訳である。僕らが知らないワインづくりの実際の詳細に描いてくれるのも、見ていて大変面白い。

さいごのひとこと

 ワイン好きじゃなくても味わい深い。

 


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