新作映画1000本ノック 2018年6月

Knocking on Movie Heven's Door


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 「アンロック/陰謀のコード」 「さよなら、僕のマンハッタン」

 

「アンロック/陰謀のコード」

 Unlocked

Date:2018 / 06 / 11

みるまえ

  本作の存在は、知人から言われるまでまったく知らなかった。イマドキ、スパイ・サスペンス映画など地味〜な扱いである。だが、これが意外に豪華な顔ぶれな ので驚いた。ヒロインがノオミ・ラパス。元祖「ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女」(2009)で国際的に売り出し、「プロメテウス」(2012)、「パッション」(2012)、「デッドマン・ダウン」(2013)、「チャイルド44/森に消えた子供たち」 (2015)…と快進撃を続ける彼女である。…といっても、これらの作品はさして派手さのあるラインナップではないのだが(笑)。映画好きなら気になる作 品ばかりに出演する、クセ者女優さんだ。そこに出て来る出て来る…オーランド・ブルーム、トニ・コレット、ジョン・マルコヴィッチ、マイケル・ダグラスと いった面々。これまたクセ者揃い。それでいて…華やかさにはチト欠けているあたりもノオミ・ラパスにピッタリ(笑)。これを知人に聞かされた段階で見る気 マンマンだった僕だが、監督の名前を聞いて絶対に見ようと決めた。マイケル・アプテッドである。この人のことは後ほど詳しく述べるとして、ともかく僕は劇 場へ飛び込んだのだった。

ないよう

  ロンドン、そこは現在では人種のるつぼと化している。その一角にあるコミュニティーセンターでは、今日も女性職員が移民に就職の斡旋をしていた。その職員 アリス(ノオミ・ラパス)は、やって来た移民のひとりアムジャド(トシン・コール)から奇妙な話を耳にする。彼女は早速エミリーという女(トニ・コレッ ト)と連絡をとり接触。彼女にこの情報を流す。実はエミリーは、英国情報局MI5の捜査官。そしてアリスもまた、コミュニティーセンターでの仕事は世を忍 ぶ仮の姿だった。アリスは元は米国CIAのエージェントで、尋問のプロ。しかし数年前にパリで起きたテロ事件を阻止できず、責任を感じて現場を退いた。今 はこうして、エミリーの「情報屋」として活動する他はヒッソリと暮らしている。かつての上司ラッシュ(マイケル・ダグラス)はそんなアリスを今でも気に留 めて時々会いに来るが、もちろんラッシュとアリスの仲は上司・部下のそれだけではなかったことは言うまでもない。それでも…いまだにラッシュは現場復帰の 声をかけてくるが、それには乗って来ないアリスではあった。そんな折りもおり、イスラムの指導者ハリム(マクラム・フーリ)が、とあるアラブ系の青年に何 やら「指示」を与える。「指示」を与えられた青年は早速バイクで街に出て行くが、途中の道路上でマイクロバスに拉致されてしまうではないか。実はこれ、 CIAによる行動だった。ロンドンにやって来た作戦部長のハンター(ジョン・マルコヴィッチ)は、部下たちに今回の作戦の趣旨を手短かに説明する。例の指 導者ハリムはここロンドンで生物化学兵器によるテロを計画しており、テロリストのマーサー(ミヒャエル・エップ)がそれを実行に移すことになっていた。そ のための「指示」を伝えるのが、先ほど拉致されたアラブ青年。CIAはこの連絡係のアラブ青年から、実行犯マーサーに伝える情報を聞き出さなくてはならな い。では、果たして誰にやらせるのか? どの人物も帯に短し襷に長し。浮上して来たのが、尋問のプロであるアリスの名前だ。だが、アリスは頑に復帰を拒む だろう…。ハンターはそんな意見を一顧だにしなかった。もはや選択の余地はない、アリスにすべてを託すより他ないのだ。翌朝、バスで出勤途中のアリスは、 ナゾの人物に接触を受ける。それも、古巣CIAからの頼みとなれば無下に断れない。結局、連絡係の尋問を引き受けたアリスは、あるホテルの一室に連れて来 られる。そこにはエージェントたちが詰めていて、隣の部屋には例の連絡係が拘束されていた。アリスはプロの意見として「相手との信頼関係を築くのが肝心」 だと説得し、連絡係の手錠をはずして監視カメラも止めさせる。こうして隣の部屋で連絡係と一対一で対面、現場から離れていたブランクも何のその、アリスは たちまち相手の信頼を勝ち得た。たちまちアリスは、問題の情報を難なく聞き出してしまう。一定の収穫を得たと判断したアリスは、すぐにエージェントたちの 部屋に戻って状況を報告。どうやらうまくいったと話そうとしたその時…、不意にアリスのスマホに電話が入るではないか。「母親」から電話…と慌ててトイレ に入って話を始めるアリス。だが、もちろん相手は「母親」ではない。電話はCIAからのもの。しかも、アリスに連絡係への尋問を頼みたい旨の連絡ではない か! その時にアリスは瞬時に悟った。このホテルで連絡係を拘束している人物たちは、テロ計画の情報を奪おうとしている何者かであるということを…!

みたあと

 この映画の監督であるマイケル・アプテッドは、僕にとってちょっと特別な監督である。そのあたりの詳細は、本サイト開設直後に作ったコンテンツである「My Favorite Director」の中の「マイケル・エイプテッドの巻」、ならびに「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島」 (2010)感想文でも触れている。ちなみに「マイケル・エイプテッド」との表記は、本国ではこちらの発音が正しいらしいからで、一時期は日本でも「エイ プテッド」表記されたことがあった。だが、結局は「アプテッド」に戻ってしまったようなので、今回はこちらで統一させていただく。この人が日本に紹介され たのは、ダスティン・ホフマンとヴァネッサ・レッドグレーブ主演によるアガサ・クリスティの失踪を描いた「アガサ/愛の失踪事件」(1979)が最初。そ の時から、僕はこの人のファンになっていた。その後の「Oh! ベルーシ絶体絶命」 (1981)、「歌え!ロレッタ愛のために」(1980)、「家族の絆」(1984)…なども、期待を裏切らない出来映え。何より僕がこの人を好きになっ たのは、人間の描き方にデリカシーがあったこと。かなり後になって知ったのだが、アプテッドはイギリスのテレビ・ドキュメンタリー番組「UP」シリーズで 有名になった人らしい。このシリーズは、さまざまな社会階層にいる同年齢の子供たちを、何年かの間隔を空けて追いかけるという異色のドキュメンタリー。お そらくアプテッドはこの番組からそのデリカシー溢れる描き方を身につけたのではないかと思う。だが、上品でデリカシーがあるが故に、アプテッド作品は強烈 なインパクトに欠ける。だからそれなりの実績を重ねていても、アプテッドの印象は今ひとつ地味なのだろう。007シリーズの「ワールド・イズ・ノット・イナフ」 (1999)や「ナルニア国」の「アスラン王と魔法の島」を撮っても、それはいまだに変わらない。ノオミ・ラパス以下の異色豪華キャストを配した本作にしても、その点では一貫しているのである。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  しかし本作はこんな地味な印象にも関わらずかなりの豪華キャストなのだが、キャストの中心がノオミ・ラパスであるあたりが、良くも悪くも趣味性の高さを感 じさせる(笑)。前述したように、今回もマイケル・アプテッド作品は「通好み」の渋い出来映えなのだ。この話自体はロンドンでのバイオ・テロを扱ってい て、ネタとしては大作になっておかしくない。おまけに豪華キャストなのに、キッチリ小品としてまとまっちゃってるのがこの人「らしさ」。テロリストの連絡 役を尋問してあげくハメられたと気づいた主人公が、2丁拳銃撃ちまくって脱出するくだりはすごくカッコいい。次々に主要登場人物が裏切ったり退場したり で、アッと驚く展開も多く面白さも盛りだくさん。だから、息もつかせぬ面白さ…となりそうなものなのだが、なぜかその「裏切り」や「どんでん返し」もチマ チマと細かすぎてダイナミズムに欠ける。何度も言うが、それこそがアプテッドの資質なのだ。そんな彼らしさを強く感じさせるのが、作中のそこかしこでちゃ んと人が死ぬ痛みを描けてるところ。ただ、それがまた少々災いして、良くも悪くもダイナミックな娯楽大作を撮れない。アプテッドは個人の小さい感情を無視 できないのだ。しかもこの映画って細かくデリケートに作っているくせに、ドサクサに紛れてすごく雑なところもある。例えば、オーランド・ブルームがいきな りノオミ・ラパスを助けるくだりとか。いくら何でもアレはおかしい(笑)。だから、これほどのキャストであれだけ楽しませてくれるのに、B級映画に見え ちゃう。じゃあダメ映画なのかと言えば、そうも言えないのが悩ましいところなのだ。ノオミ・ラパスはアクションも含めて大車輪の大活躍。髪をショートにし てクールにイメチェンのトニ・コレットもなかなか良かった。ただ、久しぶりのオーランド・ブルームが役柄といい見てくれといい、あまりのやさぐれっぷりに 唖然としてしまった。「エリザベスタウン」 (2005)じゃあんなに素晴らしかったのに、犬に噛み殺される最後まで情けなくなる落ちぶれっぷりだった。ジョン・マルコヴィッチは観客をミスリードす るためのキャスティングだろうが、ラストでノオミ・ラパスに「復帰するよな?」と言うあたりの顔が愛嬌あって嬉しくなる。それに対してうなずくノオミ・ラ パスも可愛らしくて、こういう演技をすくいとるアプテッドの見事さにまたまた感心。また、例のノオミ・ラパスの2丁拳銃ブッ放し…のカッコ良さなど、本格 的な娯楽映画を作ろうという心意気も十分感じられた。確かに結果的には地味な小品としてまとまっちゃってるが、地味でも「山椒は小粒でも」的な良さがあ る。ファンとしてはマイケル・アプテッドらしさを十分堪能させてくれた本作は悪く思えない。いや、映画好きなら絶対に楽しめるはずだ。

さいごのひとこと

 オーランド・ブルームだけが先行き心配。

 

「さよなら、僕のマンハッタン」

 The Only Living Boy in New York

Date:2018 / 06 / 11

みるまえ

 「(500)日のサマー」 (2009)を見た時の興奮は、今もちょっと忘れられない。僕は昔は青春映画や恋愛映画がかなり好きだったのだが、いつの間にかまったく関心がなくなって いた。それが「(500)日のサマー」を見て、久々に何かを思い出した気になったものだった。そして、監督のマーク・ウェブの名前も強烈に脳裏に焼き付い た。そんなマーク・ウェブの次作は、何とサム・ライミが撮っていた「スパイダーマン」 (2002)三部作の焼き直し。最初はもう「スパイダーマン」はたくさん…とウンザリしていたのだが、主演が若手成長株のアンドリュー・ガーフィールドで 監督がマーウ・ウェブと聞いて、驚きつつも「これはイケるかも?」と思った。「驚き」…はあの「(500)日のサマー」の監督が特殊効果もふんだんに使っ たアメコミ・ヒーロー映画の大作を撮るなんて大丈夫か…という意外さ、そして「イケる」…はフレッシュなガーフィールドがマーク・ウェブと相性が良さそう だと思われたこと。何より、そもそも「スパイダーマン」ってどこか青春映画的なニュアンスがあったではないか。ならば、SFXを駆使した超大作でもマー ク・ウェブの手の届く範囲内にあるんじゃないかと思った訳だ。果たして出来上がった「アメイジング・スパイダーマン」(2012)は、いい意味で「青春映 画」として出来上がっていた。なるほどマーク・ウェブがやる必然性はあったな…と、僕としては大いに安心し、かつ満足した。だが、好事魔多し。続篇「アメイジング・スパイダーマン2」 (2014)はどうかと言えば、何だか主人公に悲劇的要素が無闇矢鱈に襲いかかる。まるで「橋田壽賀子ドラマ」を見せられているようで、さすがにゲンナリ してしまった。ハッキリ言って、マーク・ウェブにとっては「スパイダーマン」のネタは1回で十分だったということなんだろう。海の向こうの人々も同じよう なことを考えたらしく、「アメイジング・スパイダーマン」シリーズは2作で打ち止め。マーベルは性懲りもなく2度目の仕切り直しで「スパイダーマン/ホー ムカミング」(2017)を発表。マーウ・ウェブはお払い箱になってしまった。さすがにこれは痛手だったか、マーク・ウェブはしばらく鳴りを潜めていた が…ついにようやく彼の新作が登場。ホントのことを言うと「ギフテッド」(2017)ってのがつい先日公開されたんだけど、僕はこいつを見逃してしまった し、マーク・ウェブの新作とも気づいてなかった。そんな訳で、本作が久々にマーク・ウェブとの再会となる。しかもまたまた瑞々しさのある青春映画と聞い て、ちょっと嬉しくなった。今度こそこの人らしい映画が見られそうとあって、イソイソと劇場に出かけて行った訳だ。感想が大変遅くなって、まことに申し訳 ない。

ないよう

  まぁ、いろいろあるけど…早い話が近年、ニューヨークはつまんない街になってしまった。ここに登場する作家志望の青年トーマス(カラム・ターナー)も、ど うもそう思っている。作家志望だから自分の洞察力や感性に自信あり。しかし、実際はそれがいかほどのものかは分からない。何しろトーマスは若い。今日も美 術館でイケてるミミ(カーシー・クレモンズ)とデート。美術館なんてとこでデートするあたりが「ひと味違う」二人…と言いたいところなのだが、実際のとこ ろは女に夢中な若い男の頭の中なんざどれもこれも似たりよったり。彼女の心はオレのモノと言いたいところだが、逆に翻弄されっぱなし。そもそもミミはトー マスの「恋人」かと言えば微妙なところ。実はミミにはバンドマンのカレシがいる。だがツアーに明け暮れているため、その隙を狙ってトーマスが頻繁にミミと 会っている状態。そんなトーマスも1回だけミミと「いい事」に漕ぎ着けることが出来たものの、それからどうも距離を縮めることがままならない。おまけにミ ミはクロアチアに留学するかも…と言い出すので、軽くショックを受けるトーマスであった。そんな彼がアパートに戻って来ると、何やら得体の知れない初老の 男W・F(ジェフ・ブリッジス)が階段に座り込んでいる。この男、自分もこのアパートに越して来た…と話しかけてきて、トーマスに「悩んでるな」「相談に 乗るぞ」とヤケに馴れ馴れしく近づいて来る。最初は煩がったトーマスだったが、考えてみればW・Fの指摘はまさに「図星」。結局、W・Fの部屋にお邪魔し て、ミミとの仲を相談することになる…。しかしターナーも、このアパートに住み始めたのはごく最近の話。実家は、山の手のちょっとイイとこのアパートであ る。彼の父イーサン(ピアース・ブロスナン)は出版社の社長。正直言って、トーマスとの折り合いはあまり良くない。母のジュディス(シンシア・ニクソン) は最近やっと鬱病から立ち直ったものの、まだ本調子ではない。トーマスはそんな母親が心配だ。時々、イーサンとジュディスはお知り合いを何人も自宅に招い て昼食会を開き、そんな時にはトーマスも呼ばれる。「知的」な会話が交わされるお品のいい昼食会だが、トーマスはどうにも居心地が悪い。ちょっとうるさい ところを見せようと「もうニューヨークは退屈、今はフィラデルフィアがキテる」などとホザいたりするが、結局は浮きまくってテメエのアホさ加減を露呈させ るだけだ。そんなこともあって、トーマスはアパートの隣人であるW・Fとますます親しくなっていく。むろん話題はミミのことだ。W・Fも色恋沙汰には一家 言あるようで、ミミのことでもいろいろアドバイスを与える。それは男なら誰でも言いそうなことだが、「彼女に君を失うかもしれないという不安を与えろ」と いうことだった。ハッキリ言って今のトーマスは余裕なさ過ぎ…と、完全にW・Fに見抜かれているのである。そんなある日、トーマスがミミを連れてレストラ ンに行くと、何と店の中に父イーサンがやって来る。トーマスのことに気づいていないイーサンは、何と美しい女を連れているではないか。それがどうにも「た だならぬ仲」を匂わせる様子なのだ。こうなると、もうミミとのデートどころではない。トーマスはこれが母親に知られたら…と不安になっていた。思い余った トーマスは後日、勇気を出して父イーサンをランチに連れ出したものの、肝心の話は切り出せずじまい。逆に「早く帰って来い」だの「就職しろ」だのお説教を くらう始末。こうなったら独力で何とかしなければ…と、ミミまでパシリに使ってイーサンの出版社前で張り込む。すると…案の定、例の女が現れるではない か。こうして女を尾行したトーマスは、彼女の住んでいるアパートまで突き止めた。さぁ、これからどうする? W・Fに相談してみると、彼は「ともかく会っ てみろ」などと言い出す。ついにトーマスは次の尾行の時に女に声をかけるが、何と彼女ジョアンナ(ケイト・ベッキンセール)はまったく驚かない。彼女は トーマスが尾行していたことにも気づいていたし、トーマスがイーサンの息子であることも知っていたのである…!

みたあと
  見た当時は決して悪いとは思っていなかったが、こうして本作を見た後だとハッキリ分かる。やはり「アメイジング・スパイダーマン」は、少々マーク・ウェブ の身の丈に合ってはいなかった。なぜなら、本作はまるで水を得た魚のようにイキイキした作品に仕上がっているからである。これは間違いなく、あの 「(500)日のサマー」の監督の作品だと分かる映画になっている。

みどころ

 どこから言えば いいのか分からないのでとりとめもない話になるが…ウディ・アレンがニューヨーク一辺倒でなくなってからも長いので、久々にニューヨーカーの映画を見たと いう気がした。映画の構えとしては「小品」にあたるのだろうが配役は意外なほど豪華で、ピアース・ブロスナン、ジェフ・ブリッジス、ケイト・ベッキンセー ル…といった大物がゴロゴロ。これらのスターたちがイイ味を出している。中でも目を見張るのがブロスナンで、大人の無骨な男っぽさが実にいい。自らの薄っ ぺらさも分かってる達観ぶりが、「ゴーストライター」 (2010)での好演を思い出させる素晴らしさである。ジェフ・ブリッジスはちょっとやり過ぎちゃっててこれまた晩年の森繁みたい(笑)な感じもするが、 これはこれでこの人らしくていい。ベッキンセールは大人の女として構えていながら、秘めた純情を見せて新生面を発揮してるのだ。彼女はヴァンパイアとか じゃなくて、普通のドラマに出てる方がいいような気がする(笑)。アッと驚いたのが母親役のシンシア・ニクソンで、この人は近年はもっぱらテレビの「セッ クス・アンド・ザ・シティ」で有名だが、僕は「リトル・ダーリング」(1980)でテイタム・オニールのサマーキャンプでの仲間役の頃から見ているので、 ほとんど親戚みたいな感じで見ちゃって感慨深かった。お話は先に述べたように非常にウディ・アレンのニューヨーク映画にも共通する味わいがあって、作家志 望の青年の話だから知的人種の話。これまたウディ・アレン映画同様に、さりげなくスノビズムをからかってもいる。主人公もどこか背伸びしている男の子だ。 しかしスノビズムを恥ずかしいことと分かっていて、オチョクってはいるんだけど、決して上から目線であざ笑ってはいない。そのへんのサジ加減が好ましく感 じられた。また、主人公が最初につき合おうとしていた彼女も、彼を翻弄する小悪魔でなくて「イイ女っぽく背伸びしてた」だけの子として描いていて好感が持 てた。このような人物を描く時の優しい眼差しが、マーク・ウェブの「らしい」ところである。結局、万事めでたしで終わらせるあたりも、この人の優しさだと 思えるのだ。タイトルとなったサイモン&ガーファンクルの歌も好きだったので、私は本作をとても気に入った。

さいごのひとこと

 「スパイダーマン」なんてクビになって良かった。

 


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