新作映画1000本ノック 2018年5月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
 「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」 「パシフィック・リム/アップライジング」 「レッド・スパロー」 「ブラックパンサー」

 

「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」

 Jumanji : Welcome to the Jungle

Date:2018 / 05 / 28

みるまえ

 僕はザ・ロックことドウェイン・ジョンソンの大ファンである。「ハムナプトラ2/黄金のピラミッド」(2001)で初めて見た時から気になる存在だったが、主演作を撮るようになるとその芸達者ぶりに驚かされた。そのうち彼は堂々たる映画スターとして次々作品を発表するようになっていったが、何と言っても彼の魅力が大爆発したのは「センター・オブ・ジ・アース2/神秘の島」 (2012)ではないだろうか。さらに彼の主演作はどんどん格が上がって、大作、話題作の部類になっていった。そしてついに発表されたのが本作である。ア メリカ本国でかなりの大ヒットを記録したらしいのだが、そのタイトルが「ジュマンジ」…それを聞いて、僕はちょっと驚いた。あのロビン・ウィリアムズ主演 の「ジュマンジ」(1995)のリメイクだろうか。やたら古風なゲームを始めたら、これがただのゲームじゃない。ゲームでの出来事が現実のモノとなって実 際に現れて来る…という話だったと思うが、正直言ってあまりよく覚えてはいない。まぁ、ソコソコ面白かった映画ではあるが、特にビックリするほど面白かっ た訳ではないはずだ。ましてリメイクするほどの映画だとも思わない。それが、何とドウェイン・ジョンソン主演の映画となって大ヒットするとは。その後、 ジャック・ブラックらが共演していると聞いて、ジョンソンやブラックらのキャスティングが成功したのか…とは思ってみたものの、やはりイマイチ大ヒットが 腑に落ちない。そんなこんなで大好評の理由が分からないながらも、大好きなドウェイン・ジョンソン主演ということで映画館に駆けつけた。感想文をアップす るまでかなり遅くなったのは、例によって僕の怠慢である。

ここからは映画を見てから!

ないよう

 1996 年、夕暮れ時の海岸をジョギングしていた男が、砂浜に埋もれた「何か」に気づいて近づく。それは、「ジュマンジ」という名が刻まれた古びたボードゲーム だ。興味を持った男はそのゲームを拾って自宅に持って帰り、二階の自室にいる高校生の息子に手渡す。だが、息子は「イマドキこんな古くさいゲームなどやれ るか」と一顧だにせず、目の前のテレビゲームにのめり込む。「ジュマンジ」は放り出されたままだ。だが夜中に太鼓の音に気づいた息子が例の「ジュマンジ」 のボードゲームを広げてみると、中にはテレビゲームのカセットが入っているではないか。これなら遊べる…と早速カセットを装填して遊ぼうとした息子だった が、突然、部屋はまぶしく発光し始めて…。それから20年の歳月が流れて、ゲームオタクの高校生スペンサー(アレックス・ウルフ)が自室で例によって格闘 ゲームで遊んでいると、スマホに幼なじみのフリッジからのメッセージが入る。それは「宿題は終わったか」というもの。フリッジはフットボールの部活で忙し く、その他プライベートも充実しているので宿題などやっていられない。そこで幼なじみのよしみでスペンサーが代理でやっているという訳だが…。実はフリッ ツの宿題であるレポートはまだ書き上がってなかった。そこで慌てて残りを書き上げたスペンサーは、その足でスペンサーとの待ち合わせ場所である通称「お化 け屋敷」の前へ。クルマでやって来たフリッジ(サーダリウス・ブレイン)はカノジョとイチャつきながら宿題のレポートを受け取り、一応スペンサーに礼を 言って去っていく。だが、大して感謝されてもいないとはスペンサーも察していた。何しろフリッジはフットボールの花形選手。「学内カースト」ではオタクの スペンサーなど遥かに下々の者なのだ。仲良くしていたのは、ずっと昔の幼い頃でしかなかったのである。だが、スペンサーがそんな感傷的な気分に浸れたのも つかの間。近所で有名な「お化け屋敷」から、家主がわめいて出て来るではないか。ちょっと気がふれたような家主から、スペンサーは慌てて逃げ出す。この荒 れ果てた「お化け屋敷」はいわくつきの物件で、20年前に息子が行方不明になってからこの状態だとか…。その頃、同じ高校生の女の子ベサニー(マディソ ン・アイスマン)は、スマホによる自撮りに余念がない。何しろ「インスタ映え」命の彼女は、自撮り写真のちょっとしたアングルにも気を使う。学校に行って も万事この調子で、テスト中にも関わらずスマホでしゃべりまくる。そりゃあ先生に呼び止められる訳である…。さらに学校の体育の時間、ガリ勉でちょっとネ クラなマーサ(モーガン・ターナー)は、少々取っ付きにくい女の子。体育なんて苦手でやりたくないから、何かと理屈をつけて先生にゴネまくる。その口の回 りっぷりに目を見張っていたのは、先ほどのスペンサーだ。なかなか言うな…と感心して見ていたが、マーサはついつい調子に乗り過ぎて口がスベってしまい、 先生に反抗的な態度と受け取られてしまって運の尽き…。だが、今度はスペンサーの番。なぜか校長室へと呼び出されて当惑していた彼だが、実はそこには先客 がいた。あのフリッジがそこに座らされているのを見て、スペンサーはすぐにすべてを察した。慌てて仕上げた宿題のレポートが、あまりにスペンサー自身のレ ポートと似過ぎていると言われてしまったのだ。そうなれば、さすがにすべてを白状せざるを得ない。こうしてそれぞれ先生に呼び出された問題児4人…スペン サー、フリッジ、ベサニー、マーサは、先生から罰として地下室の片付けを命じられてしまう。まったく気心も知れず、スペンサーとフリッジ以外は付き合いも なかったような4人だったが、ゴミや不要なモノで埋もれた地下室でやりたくもない整理整頓をやるハメになってしまったのだ。そんなゴミの山の中に…古いテ レビゲーム機と「ジュマンジ」という名のゲームソフトもあった。いい加減片付けにも飽きたスペンサーとフリッジは、こんな時代遅れのテレビゲームでも遊べ るだろうといじり出す。ベサニーとマーサは気乗りしないものの、片付けにはウンザリし始めていたからイヤイヤながら参加することになった。すると、テレビ にゲームのオープニング画面が表示され、キャラクター選択の画面が出て来る。そこで4人は大した考えもなく、それぞれ適当にキャラクターを選んだ。する と…いきなりゲーム機に異変が起きて火花を放ち始めるではないか。慌ててコードを抜いたスペンサーだったが、ゲーム機は止まらない。いきなり激しい光線を 放ったかと思えば、スペンサー、フリッジ、マーサ、ベサニーの順で光線もろとも飲み込んでしまった! やがて遥か高い場所から物凄いスピードでジャングル の真っただ中へと落下していく自分に気づくスペンサー。だが地面に落ちた時には、スックと二本の足で大地に仁王立ちすることが出来た。日頃の自分とは似て も似つかぬ逞しさ。妙な気配に気づいたスペンサーが頭に触れてみると…そこには髪がない! おまけに腕は筋肉が盛り上がり、見るからに強い大男になってい た。やがてそのジャングルに、リュックを背負った小柄な男と露出度の高いコスチュームのセクシー美女も落下。さらにメガネとヒゲの小太りな男も落ちて来 た。大いに当惑する一同ではあったが、やがて彼らも何となく事態を掌握し始めた。スペンサーはスキンヘッドで逞しい「冒険家スモルダー・ブレイブストーン 博士」(ドゥエイン・ジョンソン)、フリッジは小柄な「動物学者ムース・フィンバー」(ケヴィン・ハート)、ベサニーは小太りで中年男の「地図専門家ジェ リー・オベロン教授」(ジャック・ブラック)、マーサはやたらセクシーな「美女戦士ルビー・ラウンドハウス」(カレン・ギラン)…になっていた。それらは みな先ほど選択したキャラクターで、彼らはゲームの世界の中にいるらしい。だが、このジャングルは一体何だ? みんなの手首に入っている三本線のタトゥー は何の意味なのか? そんな時、川からいきなり出現したサイにジェリー・オベロン教授ことベサニーがガブリと食われてしまう。あまりのことに唖然呆然の他 の3人だったが、すぐに死んだはずのオベロン教授=ベサニーが上空から落ちてくるではないか。戻って来たオベロン教授の手首のタトゥーは、いつの間にか二 本になっていた。どうやらこれは、ゲーム内でのキャラクターの「ライフ」数を表しているらしい。つまり、ゲームの中では2回は死んでも甦るようなのだ。だ が、それでも限りある「ライフ」だ。またまたサイが襲って来たので、4人は慌ててその場を逃げ出す。ジャングルから逃げ出してみると、そこには1台のクル マが停まっていた。クルマに乗っていたのはナイジェルという男(リス・ダービー)。ナイジェルは4人を見ると、明るく話しかけてきた。「ようこそ、ジュマ ンジへ」…!

みたあと

 今回の新作「ジュマンジ」公開にあたって、映画メディアではロビン・ウィリアムズ主演のオリジナル「ジュマンジ」がカル トな名作だったみたいな扱いで紹介されている。だが、同時代的に見ていた我々としては、「それはない」というのが正直な気分だ。たぶん普通に話題作として 公開され、普通にソコソコ評判になった程度。「アビス」(1989)や「ターミネーター2」 (1991)、「ジュラシック・パーク」(1993)で本格的に使われるようになったCGを、この作品でも大々的に使用。ゲームから現実に飛び出して来た 猛獣たちをCGで描いたが、そこでライオンの毛並みをリアルに表現したのが新技術だと評判になっていた気がする。だが、記録的な大ヒットでもなければ批評 的に高く評価された訳でもない。一部にニッチでディープな需要があった訳でもなかったと思う。「カルトな名作」は、だから少々過大評価な気がするのだ。だ が、この作品の原作は有名な絵本だったらしく、姉妹編として宇宙ゲーム版の「ザスーラ」(2005)まで作られた。この作品、当時は何てことない映画だと思っていたが、実は「アイアンマン」(2008)のジョン・ファブローが監督、「宇宙戦争」 (2005)などスピルバーグ作品御用達のデビッド・コープの脚本、何と売り出し前のクリステン・スチュワートまで出ているので、今見たらそれなりに感慨 はあるかも。…と、前置きがやたら長くなってしまったが、アメリカ人には「ジュマンジ」に対する並々ならぬ思い入れがあるのかもしれない。でなけりゃ20 年以上経った今ごろ、人気絶頂のザ・ロックことドウェイン・ジョンソン主演で新たに「ジュマンジ」が作られることもないだろう。おまけに、そこにジャッ ク・ブラックが共演。この作品の直前にドウェイン・ジョンソンと共演の「セントラル・インテリジェンス」 (2016)で大当たりをとったケヴィン・ハートまで投入という具合。案の定、本作はアメリカで予想以上の大ヒットになった模様。ただ、モノがそもそも 「ジュマンジ」だけに、そんなに大当たりをとる作品になるようには思えないんだがなぁ…。その理由が、見る前の印象ではよく分からない。そんなこんなでと にかく劇場に駆けつけた訳だが…まず最初に断っておかねばなるまい。本作はロビン・ウィリアムズの「ジュマンジ」のリメイク…ではない。アッと驚いたのだ が、本作はあの「ジュマンジ」の正統な続篇にあたる作品だ。そして今回はゲームから猛獣が飛び出して来るのではなく、主人公たちがゲームの世界に飛び込ん でいく話なのだ。だが、実はそれより大きい仕掛けが、本作には施してあったのである。

みどころ

 すでにストーリー紹介を読んでいただければ…そして すでにどこかで本作の解説をお読みになっていればお分かりのように、主人公たちはゲームの世界に吸い込まれる。そこで彼らはゲーム・キャラになりきる訳 で、そのキャラがドウェイン・ジョンソンやジャック・ブラックたちなのである。だから、「本当の主人公」は別にいる。今回はありふれた高校生たちが「本当 の主人公」だ。すでに本作の設定は公表されているし、もったいつけていても仕方がないので結論から言えば、本作の設定は懐かしのジョン・ヒューズ青春映 画、その代表作のひとつである「ブレックファスト・クラブ」(1985)が原型である。「プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角」 (1986)などを見ても分かる通り、ジョン・ヒューズの青春映画では「学内カースト」の落差が大きなテーマだったが、「ブレックファスト・クラブ」もそ の典型。本来なら交わるはずもないカースト落差のある連中が、放課後居残りを命じられてイヤイヤ一緒にいざるを得なくなり、そこでお互いに何かを見出だし ていく…というお話である。この「ブレックファスト・クラブ」の設定をまんま頂戴して、それを「ジュマンジ」の世界に移植したという発想がまず秀逸。「ス パイダーマン/ホームカミング」(2017)の脚本家クリス・マッケナによる原案が、まず抜群に冴えている。何しろ、マーサの役柄あたりはジョン・ヒュー ズ映画でのアリー・シーディーが演じた役どころそのものみたいなのだ。ついでに言うなら、スペンサーはアンソニー・マイケル・ホールあたりの役どころとい うことになるだろうか。これらの設定を臆面もなく「まんま」持って来ちゃったのもスゴい。そして、そこからの…ドウェイン・ジョンソンらとの「ギャップ」 がまた楽しめるという点がミソなのだ。ひと粒で二度オイシイ設定なのである。さらに言うなら、ドウェイン・ジョンソンの「ギャップ」もケヴィン・ハートと のコンビネーションも「セントラル・インテリジェンス」と比べて段違いに強力になっているあたりからも、本作の設定の巧みさが伺える。ドウェイン・ジョン ソンらの「ギャップ」という素晴らしい発想を得ながら活かしきれていなかった「セントラル〜」の、「敗者復活戦」になっているのである。単にオリジナルの 「ジュマンジ」を繰り返しても面白くも何ともなかっただろうから、この発想は大成功だった。だから、ゲーム世界に出て来る悪役がまったく面白味がないとい う批判もあるが、僕はそこはどうでもいいと思っている。本作の魅力は先に述べたギャップであり、主人公4人のコンビネーションであり、冒険を通じてのキャ ラクターの変化にある。本作は冒険アクション映画なのは間違いないのだが、実はドラマの基本は4人の関係と心の中の変化にある訳だ。さらに素晴らしいのは この4人を演じる俳優たちの魅力で、ドウェイン・ジョンソンは言うまでもなくギャップが最大限に活かされていて、ケヴィン・ハートとのコンビネーションも うまくいっている。ジャック・ブラックは一時期は絶好調だったものの、「ガリバー旅行記」(2010)あたりではそのアクの強さがいいかげん鼻についてきていた。そこで軌道修正とばかりに「ビッグ・ボーイズ/しあわせの鳥を探して」(2010)や「バーニー/みんなが愛した殺人者」 (2011)で方向性を変えて来たが、あの絶頂期の快進撃ぶりは望むべくもなかった。ところが今回は…何と今風女子高生からの変身という「手かせ足かせ」 をハメられることによって、絶好調時のジャック・ブラックの持ち味が帰って来たではないか(笑)! これはまさに卓抜した発想である。そして「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」 (2014)では強烈なメイクで出てきたカレン・ギランが主役4人の中の紅一点を演じているが、これがまたなかなか魅力的なのだ。彼女は本作で一気にブレ イクするのではないか? この主役4人の組み合わせが実に絶妙で、なおかつ相性もいい。見ていて無条件に楽しめる、最高のケミストリーを発揮しているので ある。ともかく、今のハリウッド映画は飲み屋の与太話みたいにワンアイデアででっち上げちゃう「知恵の出し惜しみ」映画が大半だが、本作には「一捻り」の 芸がある。そこが非凡なのだ。本作の監督は一体誰だと思ったら、ジェイク・カスダン…何とあのローレンス・カスダンの息子というではないか。作風はかなり 異なるようだが、語り口の見事さは父親譲りなのか。本来なら親の七光り…とバカにしたいところだが、ジェイク・カスダンなかなかの映画巧者ぶりを見せて、 実に頼もしいのである。これには心底驚かされた。

こうすれば
  そういう訳でジョン・ヒューズ映画からの「ジュマンジ」…という発想もいい、ギャップを楽しむ構成もいい、配役とそのコンビネーションもいい…と娯楽映画 としての楽しさを満喫させられる作品。本国での大ヒットぶりもうなずける出来映えである。まったく文句はない…いや、果たして文句はないだろうか。実は本 作、確かにそこかしこに「良い話」になるポイントが埋まっている。例えばスペンサーとマーサがお互いの想いを打ち明ける場面だとか、ベサニーが他人のため に献身することを知る場面だとか、ツボにハマればグッといい感じになるポイントが、あちこちに用意されているのだ。だが、それらがちゃんと機能していたか と言えば…残念ながら今ひとつと言わざるを得ない。正直に言うと、どれももうちょっと丁寧に段取りつけてくれればいい感じになりそうなのに、あと「ひと手 間」が足りない。段取りをちょっと惜しんでしまってせっかちに話を進めてしまうから、ツボにハマり切れていない気がするのである。だから厳しい目で見せて もらうと、本作はソコソコ楽しい映画にはなっているのだが真に面白い作品にはなりきれていない。決して出来は悪くはないだけに、実に残念な作品なのであ る。それがかくも大成功を収め、日本で見ている僕でさえも見ていて嬉しくなってしまうというのは、やはりイマドキは真に面白い映画が少なくなって来たか ら…ではないか。今日では「この程度」の映画ですらいかに少なくなってしまったか…と、改めて大いに痛感させられてしまうような映画なのである。それって いかがなものかとは思うが…。

さいごのひとこと

 モリー・リングウォルドも出してあげたかった。

 

「パシフィック・リム/アップライジング」

 Pacific Rim : Uprising

Date:2018 / 05 / 21

みるまえ

 ギレルモ・デル・トロの「パシフィック・リム」 (2013)は、それまでのハリウッド映画にないようなユニークな快作だった。これについては前作の感想文で語り尽くしたので、ここで繰り返すつもりはな い。僕は決して日本の特撮映画、怪獣映画のファンという訳ではなかったが、それでも前作を見た時の爽快感は忘れ難い。だから続篇が製作されたということは 大変喜ばしいものの、それに無条件に期待するという気持ちは僕にはなかった。何しろ前作は特異な映画作家ギレルモ・デル・トロの監督作品である。プロ デューサーとして留まるとはいえ、デル・トロが監督から離脱するというのは心配だ。前作自体がユニークな作品だからである。そしてもうひとつの不安材料 は、アレをもう1回見せられてもな…ということであった。怪獣が出て来て巨大ロボットと戦い、街が破壊されるという点はどうしたって同じ。だとすると、ま た同じモノを繰り返すだけではないだろうか。しかし昨今、僕の周辺は鬱陶しいことばかり起きている。そういう時には面倒くさいことを出来るだけ考えずに済 む、現実逃避できる映画を見たくなるもんだ。僕は何も考えずに期待値ゼロで、思い切りハードルを下げた状態で本作を見に行った訳である。

ないよう

 太平洋の 海底の裂け目を通じ、宇宙人たちが時空を超えてカイジュウたちを送り込んで来た「あの危機」が去ってから10年。人類は復興に向けての努力を重ねていた が、まだその爪痕はそこかしこに遺されていた。そして、いつかまたカイジュウたちの脅威が人類を脅かすかもしれぬ…と、今もイェーガーの開発や防衛軍の訓 練は続いていた。そんな中、黒人青年ジェイク(ジョン・ボイエガ)は今日も今日とて遊びほうけている日々。このジェイク、実は父親は例の災厄の時に身を以 てカイジュウから人類を救った英雄イドリス・ペントコストの息子。だが、ジェイクは父親とは別の道を選び、毎日自堕落な生活を送っていた。遊ぶカネ欲しさ にヤバい橋を渡ることも二度三度。今夜もヤバいお仲間を引き連れて、イェーガーの廃棄場に現れる。廃棄イェーガーのパーツの一部には、高いカネで買い取っ てもらえるものもある。そこでヤバい連中とツルんで、こんな場所へとノコノコやって来たという訳だ。しかし、目指すブツがあるべき場所に辿り着いてみる と、それはすでに奪われたあと。ダマされたと怒り出した悪いお仲間を放り出して、ジェイクはイェーガーの残骸の中を逃げ回る。さらに、目的のブツを先に盗 んだ奴がいるはず…と、ジェイクは廃棄場の中を追いかけ回す。さらに不審者が廃棄場に忍び込んだと、警備員が彼らを追い回す…と三つ巴の大混乱。そんな 中、怒り心頭のお仲間をワナにハメたジェイクは、警備の網をかいくぐって廃棄場を抜け出し、ブツの行方を追う。すると…行き着いた先は巨大な倉庫。その中 には、廃品を集めて作り上げたお手製のイェーガーがあるではないか。そこに現れたのは、まだ小娘のアマーラ・ナマーニ(カイリー・スパイニー)。このお手 製イェーガーは、どうやらこのアマーラが作ったらしい。盗まれたブツも、彼女がこのイェーガーを仕上げるために必要だったのだ。ところが、そこに何やら大 きな物音と地響きが! 倉庫の外には、ジェイクをつけて追いかけて来た警備の巨大イェーガーが仁王立ち。二人に出頭せよ…と警告するではないか。警備 イェーガーを引き連れて来たことに怒るアマーラだったが、ジェイクは蛙のツラに小便。アマーラと共に彼女のお手製イェーガーに図々しく乗り込んだ。こうし てお手製イェーガーと巨大な警備イェーガーの鬼ごっこが始まる。アマーラの手作りにしてはなかなか善戦するお手製イェーガーだったが、結局は警備イェー ガーに捕らえられてしまう。こうしてジェイクとアマーラのふたりは、あえなく連行されてしまうのだった。こうして留置場にブチ込まれたジェイクの元にやっ てきたのは、「環太平洋防衛軍(PPDC)」のイェーガー・パイロットだった森マコ(菊地凛子)。彼女は現在は「PPDC」の幹部になっており、かつての イドリス・ペントコストとの縁もあって、ジェイクの後見人のような立場になっていたのだ。こうして留置場にジェイクを引き取りにやってくるのも、これが初 めてではない。そんなマコは、ジェイクにある取り引きを持ちかける。彼を留置場から出す交換条件として、「PPDC」で働くことを提案したのだ。実はジェ イクはかつて「PPDC」でパイロットを勤めていたが、ある時を境に辞めてしまっていた。マコはそんなジェイクに復帰を呼びかけたのである。それと引き換 えに無罪放免とあれば、ジェイクとしても選択の余地はない。イヤイヤながら「PPDC」への復帰を決めることになる。また、一緒に捕まったアマーラも イェーガーを手作りするなど「有望」ということで、これを機会に「PPDC」に入隊することになった。だが、ジェイクが離れている間に「PPDC」も変 わった。中国のシャオ産業などという大企業が、女社長リーウェン・シャオ(ジン・ティエン)自ら陣頭指揮を執って新型無人イェーガーの売り込み攻勢をかけ てくる始末。ジェイクの元同僚だったネイト・ランバート(スコット・イーストウッド)も、何かと冷ややかな目でジェイクを見ている。そんな折りもおり、そ の無人イェーガーの導入を巡って「PPDC」の会議がシドニーで召集されることになった。ところがその会場に向って、突如、ナゾの巨大イェーガーが出現す るではないか…!

みたあと

  まずはハッキリ言わせてもらうが、僕は本作をそれなりに楽しんだ。イライラすることも多い日常を逃避するには、本作みたいな映画はもってこい。何も考えず に見ていたから、そんなに悪い映画だとは思わなかった。そもそもギレルモ・デル・トロが監督を降板した時点で、メチャメチャに期待値は下がっていたのだ。 そうそう失望しようがなかった。続篇に「アップライジング」という新しいネーミングが出たのもちょっと新鮮(笑)。ネット上では本作を見たファンの罵詈雑 言が溢れているが、どうせ文句を言ってるのは特撮映画や怪獣映画のオタクどもばかり。この手の連中は例えどう作ったところでガタガタ言うに決まっている。 しかも、突くところも一般の映画ファンにしてみたら「どうでもいいようなこと」ばかりだろう。ハッキリ言って関わりたくない。ただ、ボケッとストレス解消 に見ている分にはそれなりに楽しい映画だが、あの素晴らしかった「パシフィック・リム」を思い出してみれば、申し訳ないが到底それには及ばないのは明らか だ。唯一、見せ場が昼間ばかりなのは、前作より良かった数少ない点。これはスペクタクル場面をハッキリと見せてもらえて、トクしたような気になった。だ が、それ以外は続篇の宿命とはいえ、かなり前作より弱体化していると言わざるを得ないのである。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
 まず、登場人物の配置が良くない。今回の主人公は、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」 (2015)から売り出し始めたジョン・ボイエガ扮するジェイク。これが前作ラストで壮烈な殉職をしたイドリス・ペントコストの息子という設定だが、無理 矢理継ぎ足した設定だから当然ピンと来ない。しかも、こいつがあまりアタマが良さそうに見えない。結構、お話の中でチョンボをやらかすのだ。劇中で甘いモ ノをパクつく場面が出て来るが、そのへんのメタボ感もこいつのニブさを増している感じ。ボイエガという役者の持つニブさなのか脚本のせいなのか分からない が、とにかく主人公の魅力の無さは致命的だ。実は今回は主要登場人物が多くて、小娘にも関わらず「PPDC」に入隊するアマーラとそれを取り巻く新人パイ ロットたちにも焦点が合わされている。彼らが反目したり友情を育んだり切磋琢磨して成長していく物語が、もうひとつのメインストーリーなはずだ。だが、新 人パイロットたち一人ひとりがキメ細かく描かれていないから、イマイチそのドラマも弾まない。途中で犠牲になる若手パイロットなども、まるで雑魚扱いだか ら盛り上がらないのだ。メタボのジェイクに時間を割き過ぎているのである。その相棒として出て来るスコット・イーストウッドのネイトも、イマイチ活躍の場 がない中途半端な扱い。前作に引き続いて出て来た菊地凛子も、ただ引継だけやって消えていくという酷い扱いである。もっと困っちゃうのが兵器メーカーの女 社長で、これが「キングコング/髑髏島の巨神」(2017)、「グレートウォール」 (2016)…とレジェンダリー・ピクチャーズの怪獣映画に連続登場の中国女優ジン・ティエン。レジェンダリーが中国企業に買い取られたが故のキャスティ ングであることは分かるのだが、別にこれといった魅力もないこの女優が、レジェンダリー作品に3連チャンで出演するというのもいかがなものだろうか。彼女 を国際的に売り出したいということなんだろうが、レジェンダリーの中国側パトロンの誰かに気に入られてるのか、それとも愛人か何かなんだろうか。役だって どうでもいいような役だし、取ってつけた感しかない。最初はやたら偉そうな態度でアメリカ人科学者をアゴでコキ使ってるイヤな女なので、わざとアメリカ人 の反感買わせようとしてるのか…とレジェンダリーにいるアメリカ人スタッフの悪意を感じたくらい(笑)。ただ、途中からまるで別人のようにキャラが確変し て善人化。終盤はなぜか自らイェーガーを操作して無理矢理話に割り込んでくるあたり、中国のパトロンが脚本に手を入れたんじゃないか…と邪推したくなるほ どの不自然さである。何だか違和感しかないんだよねぇ。サッサと菊地凛子を殺しちゃったのも、そんなに東洋人ばかり要らないってことなんだろうか(笑)。

さいごのひとこと

 次のレジェンダリー作品にもジン・ティエン出るの?

 

「レッド・スパロー」

 Red Sparrow

Date:2018 / 05 / 07

みるまえ

 さすがにSF大作「パッセンジャー」(2017)はコケちゃったけど、「世界にひとつのプレイブック」(2012)、「アメリカン・ハッスル」 (2013)、「ハンガー・ゲーム」(2013)…と、ジェニファー・ローレンスのイケイケの勢いはまだまだ続いている感じだ。そこに、この新作の到来。 現代のロシアを舞台に、色仕掛けを武器にする女スパイのお話だ。もうそれを聞いただけで、僕はワクワクが止まらない。僕は旧ソ連やらロシアやら東欧の話が 大好き。それも、西側で作ったロシア・東欧の話が大好物なのだ。明らかに西欧と異なるデザインや色使いや文字が好きだし、どこか暗くて胡散臭いムードも好 き。その暗さを誇張して西側で作ったような、ロシア・東欧モノ映画が好きなのだ。古くは「ドクトル・ジバゴ」(1965)、「レッズ」(1981)、「ホ ワイトナイツ/白夜」(1985)あたりから、最近ではトム・ハーディ主演の「チャイルド44/森に消えた子供たち」 (2015)まで、どれもこれも僕好みの作品ばかり。だから、ロシアのスパイの話…というだけで胸がといめいた。それにしても、冷戦の頃の旧ソ連の話なら いざ知らず、現代ロシアで女スパイの話ってのはどうなんだろう? そして、ロシア女を典型的なアメリカ娘であるジェニファー・ローレンスが演じるというの も驚きだ。いろいろな意味で興味尽きない本作、いろいろ仕事で立て込んでいたものの、何とか時間をやりくりして映画館に飛び込んだという訳である。

ないよう

  ドミニカ・エゴロバ(ジェニファー・ローレンス)は、モスクワのアパートで病弱の母親(ジョエリー・リチャードソン)とふたりで暮らしていた。狭いながら も母娘がこのアパートに暮らせて、母親に看護師をつけてやれるのも、ドミニカの「特殊技能」があったればこそ。彼女はボリショイ・バレエ団のトップバレ リーナとして、まさに絶頂を迎えようとしていたのだ。そんな彼女を見たさに、有力政治家の政治家ディミトリー・ウスチノフ(クリストフ・コンラッド)まで が公演に駆けつけるほど。まさに我が世の春を謳歌しようというドミニカだったが、好事魔多し。パートナーであり恋人でもあるコンスタンティン(セルゲイ・ ポルーニン)のミスによって、ドミニカは足首を骨折。急遽、病院へと運ばれて手当を受けるが、もはやバレリーナとして活躍出来るほどの完治は望むべくもな い。そんな失意のドミニカがようやくアパートのわが家へと戻って来ると、そこには近年疎遠になっていた叔父のワーニャ(マティアス・スーナールツ)が珍し く訪れているではないか。ただドミニカの母親は、ワーニャの訪問をあまり快くは思っていないようだった。それもそのはず、ワーニャはロシア情報庁に勤める 胡散臭い男。マトモな人間なら関わるべきではないと、ドミニカの母親もワーニャのことをそう思っていた訳だ。そんなワーニャはドミニカに「いつでも力にな る」と語ったが、奇妙な封筒を手渡すや否やすぐにアパートを退散する。その封筒に入っていたのは録音機で、中に保存されていたのは例のコンスタンティンが ある女と交わした会話の一部始終。それを聞く限りでは、相手の女の正体はボリショイ・バレエ団の新進バレリーナだ。彼女からすれば、トップ・バレリーナの ドミニカは目の上のタンコブである。どうやらこの女がコンスタンティンを丸め込み、ドミニカの骨折を企んだらしいのだ。ショックを受けたドミニカは、松葉 杖姿で古巣ボリショイ・バレエ団の建物へとやって来る。シャワー室に忍び込むと、そこではコンスタンティンと例の新進バレリーナがハダカでイチャついてい る真っ最中。ドミニカを追い落とすことによって、このバレリーナはまんまと後釜に座っていた。逆上したドミニカは無防備なふたりを松葉杖で叩きのめし、半 殺しの目に遭わせてしまう。こうして精神的に追いつめられたドミニカは、その足で叔父のワーニャのもとを訪ねた。出迎えたワーニャは、病気の母を抱えて今 にもボリショイ・バレエ団から与えられたアパートを追い出されようとしていたドミニカに、ひとつの提案を行った。それはドミニカ目当てにバレエ公演を見に 来ていた例の政治家ウスチノフを誘惑し、情報を手に入れるというミッションだった…!

みたあと

  僕は本作の感想文を書く前に、世間での評判をネットで探ってみた。すると…実は本作は意外に不評でビックリした。その理由っていうのが、メリハリがなくて 長すぎる…とか、ダラダラしてる…とかそんな類いのもの。総じてあまりホメている人がいないのである。そもそも、こうした不評ぶりを見て「ビックリした」 と書いたのは、実は僕は本作について好感を抱いたから。僕はこうした悪評とは裏腹に、本作を結構気に入ったのであった。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  ただし僕が気に入った点というのは、先にも述べた「ロシア・東欧モノ映画」好きという僕の嗜好によって多分に加味されている部分もあることを認めなければ ならないだろう。まず、そのことについては最初にハッキリ言っておく。それを認めた上であえて言わせてもらえれば、僕は本作に「久々に真っ正面から作られ た大人向けのハリウッド製娯楽映画」を感じて嬉しくなった。CGも訳が分からないハイテクもチャラいアクションもない、極めて真っ当な映画なので気に入っ たのである。そういう意味で、僕は何年か前に見たアンジェリーナ・ジョリー主演の「ソルト」 (2010)のことを思い出した。「ソルト」は女が主役のスパイ映画…という点しか本作との共通点はなさそうだが、あの作品を見た時も本作を見た時と同様 に、久しぶりにちゃんとした大人のハリウッド製娯楽映画…というような感想を持ったように思う。こう言っちゃ何だが「メリハリがなくて長すぎる」などと意 外に世評が芳しくない理由も、実はイマドキの観客がメリハリありすぎで4コママンガみたいな映画に慣らされ過ぎちゃってるからではないのだろうか。本作 は、少なくとも「なんとかマン」が出てこないだけでもポイントは高いと思うのだ(笑)。少なくとも、僕は久々に懐かしい語り口の映画だなと感心したような ところがある。また、役者たちの芝居で見せようという映画自体が久しぶりだと思うのだ。ジェレミー・アイアンズやシャーロット・ランプリングなど、役者に 品が感じられるあたりも嬉しい。ランプリングは映画の中盤に出てくる「色仕掛けスパイ学校」(笑)の教官役だが、こういう設定ってどこかで見たな…と思っ たら、そういやリュック・ベッソンの「ニキータ」(1990)ではないか(笑)。もっとも「ニキータ」は「永遠の中2」みたいなベッソンの映画だけに、あ まりお色気系のレッスンはなかったが…。その「ニキータ」でのジャンヌ・モロー的ポジションの役を本作で演じているのがシャーロット・ランプリングという のもなかなか面白い。ちなみに蛇足で付け加えるなら、「ニキータ」のハリウッド・リメイクである「アサシン」(1993)ではこのポジションをアン・バン クロフトが演じていたのだから、こちらもお国柄と言うべきだろうか。「卒業」(1967)のミセス・ロビンソンだからね(笑)! 閑話休題…ともかく本作 はこうした脇の人物もイイ味出しているが、最も印象深かったのがヒロインをヤバい世界に引きずり込む叔父。姪に自分と同類の何かを嗅ぎとって、倒錯的な愛 情をつのらせたあげく、自分の世界へと引きずり込む…という設定もなかなか興味深いが、ラストに見事にハメられた時にすべてを悟って観念するあたりもいい 感じである。演じたマティアス・スーナールツも素晴らしい。本作の監督は誰かと思ったら、「コンスタンティン」(2005)や「アイ・アム・レジェンド」(2007)を撮って、本作の主役ジェニファー・ローレンスとも「ハンガー・ゲーム2」(2013)以降の同シリーズの作品を撮ったフランシス・ローレンス。正直言って大した監督さんだとは思っていなかったので、本作の出来映えにはちょっと感心した。

こうすれば
 そんな訳で、僕は本作が結構気に入っている。だが、あまり感心しない点もいくつかあって…中でも冒頭近くでジェニファー・ローレンスが見せたバレエ場面 はちょっとキツかった。あのガタイの良さで、トップ・バレリーナはさすがにないだろ(笑)。また、どうせスパイの話をするなら、時代背景を冷戦下のソ連時 代にしたらもっとパンチが効いたのに…とも思ってしまった。映画を見ていて、「あれっ、これって現代の設定だよな?」と何度も確認し直したくらいである。 むしろソ連時代の話にした方が、もっと話がスッキリしたのではないか…と思えてならない。

さいごのひとこと

 突然出て来る痛そうな場面にご用心。

 

「ブラックパンサー」

 Black Panther

Date:2018 / 05 / 07

みるまえ

 この映画のことは、前々から話題に上ってはいた。マーベルのスーパーヒーロー映画初の黒人ヒーローもの…といった体のものである。実際に、一足先に「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」 (2016)でお披露目もしている。ただ、これがそんなパッとした存在になるとは、その時には思っていなかった。ところがいざフタを開けてみたら、これが 大変な大ヒット。興行成績も次々塗り替える当たりを見せて、批評家の受けも異常にいい。まことにおめでたいことではある。だが、その評価の高さがいささか バケツの底が抜けたみたいにスゴいとなると、僕本来の天の邪鬼の血が騒ぎ出す。そもそも、これってそんなにスゴい映画なの? 黒人初のスーパーヒーローと いうことで、黒人コミュニティから圧倒的にウケてるのはよく分かる。そういう普段この手の映画を見ない連中が、大挙して押しかければ興行記録だって塗り替 えるだろう。それはそれで大変結構なことである。ただ、だからといって、本作がアメリカ映画史…いやいや、歴史を塗り替える作品であるというカネやタイコ はいささか言い過ぎではないのか。オバマのヨメさんまで大絶賛っていかがなものなんだろう。そういやここんとこアカデミー賞では、やたら黒人差別だとか白 過ぎるだとか盛んに言われていた。正直言ってこちとら日本にいる者としては、かつて黒人主演スターと言えばシドニー・ポワチエだけ…とか、せいぜいそれに 加えて1970〜80年代のリチャード・プライヤーぐらい。あとは一段低い扱いのいわゆるブラックスプロイテーション・ムービーの役者たちがいるだけだっ た。それに比べれば、今はデンゼル、サミュエル、ウィル・スミス、モーガン・フリーマン、フォレスト・ウィテカー、ローレンス・フィッシュバーンなど人気 もコマも揃って来た。女優ならハル・ベリーとか…あとはう〜んと、確かに少ないかな…(笑)。でも、一頃と比べれば…という感じはあった。だが、やはりこ ちらから見ているのと、あちらでじかに感じるそれとは違うのだろう。日本にいる僕などが想像できないレベルで、「それ」が厳然として存在していたのに違い ない。だからこそ、昨今これほどの勢いで主張が出て来ている。そのあたりハリウッドも敏感に感じてか、いきなり「それでも夜は明ける」(2013) や「ムーンライト」(2016)がアカ デミー作品賞を取ってしまう。非常に分かりやすい反応だ。だが、ちょっとそれっておかしいんじゃないの? だって、オスカーって「一応」その年の優秀な作 品にあげる賞じゃなかったの? 黒人差別が騒がれてるから黒人映画にあげる…って体のものだったのかい。何だか「ブラックパンサー」圧倒的絶賛って、それ に似た何かを感じてしまう。あるいは…近年のハリウッドでやはり女性差別問題やセクハラが騒がれ、それと前後して女性監督が撮ったDCコミックス映画「ワンダーウーマン」 (2017)が大ヒット…というのも何となく似てる。興行的な成功と同時に批評も大絶賛。まるでフェミニズム映画みたいな見なされよう…というあたりが似 ているのである。確かに面白いことは面白いけど、「歴史的大傑作」とまでホメ讃えるのはどうなんだろうか? オレが差別主義者で偏見に満ちているってこと なんだろうか。そのベタホメぶりは、かつて日本の映画ファンの間で「クレヨンしんちゃん/嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」(2001)がムチャク チャに持ち上げられたのに似ている気がする。あの時も、映画ファンの中には「戦後日本映画最高の作品」などと過剰にヨイショする向きもあったけど、それっ てまさか「クレしん」が成瀬巳喜男の「浮雲」 (1955)をも超える作品とでも言いたいのだろうか。もしそうなら、オレにもそれなりの意見があるぜ(笑)。もっとも、僕はこれらの天井知らずの持ち上 げにヘキエキして、結局「クレしん」自体を見ることを回避してしまったのだ。一事が万事である。ホメるにも技術やセンスってものが要る。ハッキリ言って、 ここまで言っちゃったら贔屓の引き倒しなのである。何よりイヤなのが、「一言だってケナすことは認められない」という無言の圧力が感じられること。この映 画を批判する奴は「悪い奴」と見なされそうなことである。そりゃちょっとヘンだろう。「ワンダーウーマン」効果は残念ながら悪い方向に働いているようで、 同じDCで企画中の「バットガール」では最初は「アベンジャーズ」 (2012)を監督したジョス・ウェドンが撮る予定だったものが途中で降板。どうやら女性ヒーローを扱った映画を男であるウェドンが撮ると批判される恐れ があるため、ビビって降りたらしい。これに対して女性映画人の雇用のチャンスが増えたと喜ぶ向きもあるようだが、果たしてどうなんだ。イマドキだったら、 あの女性映画の名手と言われたジョージ・キューカーですら「炎上」しちゃうんだろうか。女性の映画だから女が撮らなきゃっていうのなら、宇宙人の映画は宇 宙人に撮らせるのか。猟奇殺人者の映画ならサイコパス野郎が撮らなきゃいけないのか。これってどこかおかしくないか。そんな調子で、「ワンダーウーマン」 もこの「ブラックパンサー」も、同じヒーロー映画ってせいなのか似たようなニオイがするのだ。ハッキリ言うと胡散臭いのである。おまけにこの映画のあらす じみたいなモノを見ると、主人公はアフリカの王国ワカンダの華も実もある王様らしく、このワカンダという国は「ヴィブラニウム」なる鉱物のおかげで古くか ら先進技術を獲得している、世界のどこよりも進んだ「ハイテク先進国」なのだそうだ。「ワカンダ」と聞くとこちとら「ウガンダ」がすぐに頭に浮かんでしま うが、失礼ながらウガンダと言えばアミンしか思い出さない。「待つわ」を唄った「あみん」ではない(笑)。「食人大統領」アミンである。野蛮だとか後進国 だとかと殊更にネガティブに描く必要はないかもしれないが、描くに事欠いて「世界一のハイテク先進国」ってのはどうなんだ。そこまで黒人層に対して「忖 度」しなくちゃいけない映画なのか。何をやらせても、アメリカ人ってのは極端にやらなきゃ気が済まないのかねぇ。やっぱり「禁酒法」なんて誰が考えてもお かしな法律が通る国だからか。オレが思ってることって差別なんだろうか? そこまでヨイショしなくちゃならないって、やっぱりヘンなんじゃないのか。大体 そこまでムキになってホメ抜かれたら、自分が黒人だったらバカにされてる気がしちゃいそうなんだが、どうなんだろう。大体がそんなに必死に持ち上げてるん じゃ、単純に娯楽映画として楽しめねぇんだよ。そんな訳で腰が退けちゃって、公開されてもなかなか見に行けなかったらいつの間にか劇場が先細りして来た。 ありゃっ、大ヒットしてるんじゃなかったのかよ? そこで、慌てて映画館へと飛び込んだ訳である。

ないよう

  遥か昔のこと、アフリカの奥地に巨大な隕石が落下。その隕石は「ヴィブラニウム」という特殊な鉱石で出来上がっていたため、その地域の民と大地はその多大 な恩恵を受けることになる。当初は5つの部族がそれぞれ対立していたが、ある戦士が「ヴィブラニウム」の影響を受けたハーブの実を口にすることで超人的な 力を得て「ブラックパンサー」となる。彼は部族を平定して王となり、出来上がった王国ワカンダは「ヴィブラニウム」によって目覚ましい発展を遂げた。彼ら は「ヴィブラニウム」が悪用されることを恐れ、ワカンダを徹底的に鎖国状態に置いた。その頃、ワカンダ以外の世界では戦争に次ぐ戦争の時代を経験していた が、ワカンダは平和と繁栄を享受する「ハイテク先進国」として発展。だが、それは世界の誰にも知られることはなかった。ワカンダは他国と一切外交も貿易も していなかったが、自国の秘密を守り平和を維持するために世界各国にスパイを派遣していた。そのうちの一人は、アメリカにも派遣されていたのだった…。そ れは1992年、アメリカはオークランドでの出来事である。団地の前のコートで、子供たちがバスケで遊んでいる。その頃、彼らの頭上の団地に一室では、男 ふたりが穏やかでない会話を交わしていた。その男ふたりとは、年上の方がウンジョブ(スターリング・K・ブラウン)、年下の方がズリ(デンゼル・ウィテ カー)。ふたりは銃を持ち出して、何やら襲撃計画を練っているところだった。ところが、そんな部屋の扉をノックする音がする。慌てて覗き窓から外を見てみ ると、そこに立っていたのは槍を持った女。それを知ったウンジョブは、抵抗せず扉を開いた。入って来たのは槍を持った女ふたりと…ひとりの威厳ある男。そ の男ティ・チャカ(アタンドワ・カニ)はアフリカの国ワカンダの国王である。ウンジョブはそのティ・チャカを前にして、観念して頭を垂れた。ウンジョブは ティ・チャカの弟で、アメリカにスパイとして送り込まれた男。だが、この国で虐げられている黒人を見て我慢ができなくなり、彼らに肩入れして揉め事を起こ そうとしていたのだ。それは、王ティ・チャカの命に背いた反逆だった。だが次の瞬間、ウンジョブはズリもまたワカンダのスパイであり、自分のことを本国に 報告していたと知って激怒。ズリを殺そうとしたあげく、ティ・チャカに殺されてしまう。それはティ・チャカにとって苦渋の決断だった。アメリカの地にウン ジョブの幼い息子を残して、ティ・チャカたちは慌ただしく本国に戻って行ったのだった…。それから歳月が流れて、時は現代。国王ティ・チャカが亡くなり、 その息子であるティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)が王となるためにワカンダに戻って来た。彼を迎えるのは、母ラモンダ(アンジェラ・バセット) と天才科学者の妹シュリ(レティーシャ・ライト)。だが、そんなティ・チャラのもとに不穏な知らせが届く。夜の闇に乗じて、人身売買の一味が近くのジャン グルにやって来たというのだ。それを聞いたティ・チャラは、親衛隊長のオコエ(ダナイ・グリラ)らを引き連れて、自ら現場に駆けつける。近隣の国から人々 を連れ去り売り飛ばそうとしていた一味の前に現れたのは、全身黒づくめでヒョウのようないで立ちのスーパーヒーロー「ブラックパンサー」。それは、ティ・ チャラのもうひとつの顔だった。このブラックパンサーことティ・チャラやオコエ、そして一味に連れ去られていた人々に秘かに紛れ込んで様子を伺っていたナ キア(ルピタ・ニョンゴ)の活躍によって一味は撃退。だがナキアの姿を目にしたティ・チャラは、何とも複雑な心境となった。実はナキアはティ・チャラの幼 なじみにして恋人だった。だが、スパイのナキアはいつしかティ・チャラと疎遠になっていたため、ふたりの間には気まずい雰囲気が流れていたのだ。だがそん なナキアも、翌日のティ・チャラの国王即位式には出席すると言ってくれた。即位式は、断崖絶壁の滝のてっぺんで行われる伝統儀式。式を執り行う高僧ズリ (フォレスト・ウィテカー)は、若き日にアメリカのオークランドに派遣されていた例の人物である。ワカンダの国はいくつかの部族の集合体から形成されてお り、国王就任の際にはそれぞれの部族の長が新国王の就任に異議があるかどうかを伝えるという儀式がある。どこかの部族の長が異議を申し立てれば、その場で 新国王となるはずの人物と決闘を行う。その結果、勝った者が真の国王となる決まりなのだ。ただし、従来からほとんど異議が申し立てられることはなく、ほと んど形骸化していた儀式であった。ところがこの日は異例なことが起こった。普段は国政から一線を引き、山奥に隠れ住んでいるジャバリ族の長エムバク(ウィ ンストン・デューク)が、ティ・チャラに挑戦してきたのである。こうして即位式はいきなり対決の場となる異例の事態が発生したが、ティ・チャラは辛くもエ ムバクに勝利。こうして、めでたくティ・チャラの国王への就任が決まるのだった…。それから間もないある日のこと、大英博物館にキルモンガーという黒人男 性(マイケル・B・ジョーダン)がやって来る。彼は博物館の学芸員を呼んで来て、展示品の説明を求めた。だが、それはワナだった。その場に武器商人ユリ シーズ・クロウ(アンディ・サーキス)の一味が現れ、展示されていたワカンダ製の斧が盗まれてしまうのだった…!

みたあと
  とにかくこの作品については、ケナしてる映画評を見たことがない。テーマがテーマだからケナすと人種差別主義者扱いされることを恐れているのか、「歴史的 大傑作」だの「社会現象化」だの何だかとにかく無闇やたらにホメちぎっている。それでなくてもマーベル映画はメディアがベタホメだから、もう絶賛の嵐であ る。だから、いくら何でもちょっとヘンなんじゃないの?…などと難癖つけてる僕あたりは、もうKKKかトランプ支持者みたいに思われそうである(笑)。で も、そういう「反論は許さない」的なムードが、ちょっとイヤなんだなぁ。大ヒットしたことでマーベルがハシャぐのは分からないでもないが、「歴史を作っ た」的に自画自賛されると、こちとら生まれつき天の邪鬼なだけに「オマエらそのへんでやめとき」と言いたくもなる。それほどのもんじゃねぇだろう。いやい や…確かに黒人が主役で製作陣も俳優陣も黒人主体の、巨額の制作費を注ぎ込んだ娯楽超大作がハリウッドのメインストリームの作品として製作されたこと、さ らにそれが興行的な大成功を収めたことは、黒人の文化史的には「歴史を変えた」事件だったのだろう。黒人の人々からすれば「社会現象化」も間違いないだろ う。だがそれらのことと、映画として面白いか良質なのか…ということとはまた別である。ズバリ言うと、「ブラックパンサー」は1個の娯楽映画としては決し て抜群に傑出した作品ではない。歴史に残る大傑作でもない。ビックリするほど面白くもない。ただし、これがまた駄作という訳でもないのだ。ある意味では、 実に巧みに作られた一面もある。だが、娯楽映画としては極めて普通の平凡な出来映えで、それ以上でも以下でもない作品なのである。

みどころ

  まず本作は、黒人層(とそれ以外の観客層)に向けての一種のメッセージ映画としては実によく出来ているということは言わざるを得ない。マーベルのスーパー ヒーロー映画というフォーマットを用いながら、実に巧みに黒人層が主張したいであろうことをストーリーに組み込んで見せている。ワカンダという実際には存 在し得なかった国を中心に据えて、別の見方で黒人問題を見てみようという発想は、決して悪くはない。世界をリードするテクノロジーと知性を有していながら それを隠しているワカンダから、世界が…特に黒人とのそれ以外の人種との相克を抱えていたアメリカを見ることによって、観客は黒人問題を新鮮な切り口で考 えることになる。また、ワカンダが他の国々より遥かに優れた文明を持っていて云々…という設定は、本作のメイン観客層となる黒人の人々に何とも言えない優 越感を与えるだろうことも想像できる。そういう意味では、本作は最初からヒットを想定した作り方をしているとも言える訳だ。確かに今までこの手の映画を積 極的に見ようとしていなかった層を強力に吸引できるのならば、観客動員力は絶大なモノになることが想像出来る。それは確かにそうだ。だが、それって出来そ うでなかなか出来ることではない。本作は今まで黒人メインの映画を作って来なかったハリウッドの映画会社の、いわゆる「盲点」を突いた作品なのだ。そうい う意味で、本作の製作を断行したマーベルの製作陣は度胸もあったし、クレバーだったと言うことが出来るだろう。そこんとこは認めておかないとフェアじゃな いわな。

こうすれば

 そん な訳で、本作は「黒人問題のメッセージ映画を娯楽映画のフォーマットに入れ込んで提示する」という狙いを、ある程度まで達成することに成功している。ま た、これは一種のプロパガンダ映画でもあることは間違いなく、そのプロパガンダとしては大いに成功した作品だと言えるだろう。だが、プロパガンダ映画とい うものは、映画本来のカタチとしてはどこかイビツなものだ。その定めからは、残念ながら本作も逃れることができない。本作のコンセプトや作品構造は極めて 巧みである。だが、まずメッセージ性ありきであることや、それを成立させながら観客から文句を言われないためにアリバイにアリバイを重ねていることなどか ら、どうしてもお話が窮屈になってしまっている。おまけにワカンダという国についての設定を説明し、出来るだけ現実世界との矛盾が起きないようにするため に劇中でクドクドと言い訳しなくてはならない。こちらのアリバイ工作にも話術のパワーをかなり割かれるために、さらにお話は窮屈さを増していくのである。 結果的に、アリバイで塗り固めたような脚本が本作のダイナミズムを削いでいることは、どうしても否めない。で、本作ではこの点が最後まで祟っている印象が ある。つまり、いわゆる「文系」脳的(笑)には評価できるのだろうが、映画としてズバッと来る魅力やパワーにかなり欠けているのだ。何しろ本作はアクショ ン大作なのに、印象に残るアクションやスペクタクルがない。一番強烈に思えるのは映画中盤の韓国におけるカーアクション場面なのだが、これにしたって見た ような場面ばかりであまりピンと来ない。とにかく記憶に残る鮮烈なビジュアルがない。ただ、登場人物たちがずっとしゃべっているような場面が満載なのであ る。大体が、本作のタイトルともなっているヒーロー「ブラックパンサー」の特徴なりアドバンテージなり、強さやキャラクターなどを理屈抜きで観客に分から せることが出来てない。視覚的に印象づけられていない。アイアンマンやスパイダーマンのように、ブラックパンサーはこんなスゴいヒーローであると見せられ ていないのだ。ただ王様が世を忍ぶ仮の姿で暴れてるという、最後で桜吹雪を見せない「遠山の金さん」みたいな奴(笑)に見えちゃうのである。あの大ヒット 作を見事に再起動させた「クリード/チャンプを継ぐ男」 (2015)のライアン・クーグラー監督が、これほどまでに映画的魅力に乏しい作品を作ったのにビックリ。抜群の安定感はあるのだが、見事に活力や鮮度の ない映画になってしまっているのである。確かに見ている間は退屈せず、危なげない安定感もあるが、ハッとさせる瞬間も映画ならではの楽しみも感じさせては くれない凡庸な作品なのだ。だが、本作がそうなるにはそうなるだけの理由もある。そもそも主人公は王になる男で生まれも育ちも良く、アタマも良ければ見て くれもいい。おまけに強くて度胸もあって、みんなに慕われているという「完全無欠マン」。その彼が統治するワカンダは世界よりも先んじた高度な文明を持 ち、それ故に他の劣った人類たちに悪影響を与えないように鎖国状態にするくらい、優れた人々しかいない。何だかもはや「宇宙人」みたいな存在である (笑)。ついでに言えば、主人公ティ・チャラの妹に至っては、まだ10代なのに他の国々の科学者たちよりずっと賢い天才と来る。本作の悪役ですらそうなる には理由があって、決して極悪非道な奴ではない。おまけに「クリード」で主役を演じたマイケル・B・ジョーダンが演じているのだから、これまたカッコ良い 奴という設定。そりゃあ黒人観客は見ていて気分が良くなるだろうが、あまりに彼らに過剰な「忖度」をし過ぎだろう(笑)。さすがにヨイショし過ぎだよ。そ れとも…これまでずっと差別されてたのだから、これくらい過剰にヨイショしないと釣り合いが取れないとでも言うのだろうか。本作を見た後で、何だかガイジ ンに「日本スゴい!」と言わせて優越感に浸っている日本のテレビ番組を見ているような居心地悪さを感じた。本作は見ている間はあまりネガティブな点に気づ かないのだが、見終わってみるとアレコレとアラが目についてしまう。それはアリバイを重ね過ぎていることに加えて、このような「忖度」の行き過ぎも災いし ているのではないだろうか。こんなに無理矢理ヨイショしたら、どう考えたって不自然でおかしいぜ。そして、映画っていうものは整っていることよりもむしろ ダイナミズムやサプライズの方が大事なものだから、その力を削いでしまっているというのも問題だろう。これが黒人の主張を前面に出していくビッグウェーブ に乗っかるカタチで大ヒットして、批評的にも褒める以外あり得ない…みたいな、これまた「忖度」めいた扱いを受けて大絶賛されるに至ったというのは、果た していいことだったのかどうか。何だか僕には、ハリウッドにとってもマーベルにとっても、いわんや黒人の人々にとってでさえも、本当はいいことなんかじゃ なかったような気がしてならない。そんなことを言っている僕は、やはり心が狭かったり差別主義者ということになるんだろうか。

さいごのひとこと

 映画のパンサーはピンクに限る。

 


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