「夜の浜辺でひとり」

  On the Beach at Night Alone

 (2018/07/30)



見る前の予想
 それから(2017)でまたしても始まったホン・サンス作品4本の連続上映だが、その「それから」感想文にも書いたように、実は僕は最初あまりいい印象を持っていなかった。
 4本とも現在進行形で話題の愛人キム・ミニ主演作。別に不倫だろうが何だろうが僕の生活に影響はないからどうでもいいが、テメエのお手つき女を主役にし た映画を次々見せられても「なんだかなぁ」というのが正直なところ。若い愛人は可愛いだろうから自分は楽しいかもしれないが、見せられてるこちらは別に面 白くも何ともない。そんなもん4本もつき合わされても…というのがホンネだ。
 そして、4本のうち少なくとも半分が外国ネタというのも、国際映画祭づいているホン・サンスっぽくてちょっとイタそう。私の映画の真価は外国…特にヨーロッパじゃないと分かってもらえませんなぁワッハッハ…ってのも冷え冷えしてくるモノがある。
 そもそも、自由が丘で(2014)の出来映えがあまりよろしくなかった。ホン・サンス作品を高く買ってた僕でも今一つどころか今二つ、三つぐらい落ちちゃってる感じだったから、イヤな予感しかなかった訳だ。
 そんな期待ダダ下がりの僕だったが、知人からのオススメで見に行った「それから」はやっぱり面白いではないか。そうなったら、元々はホン・サンス大好き なこの僕だ。残りの3本にも期待がかかる。本作は不倫騒ぎで外国に逃げ出した女優の話…というまことにシャレにならないお話だが、果たして実際にはどう か。
 そんな訳で、期待しないで期待する…という非常に微妙なスタンスで、劇場に駆け込んだ次第。

あらすじ
 ここはヨーロッパの港町、ハンブルク。韓国の映画女優ヨンヒ(キム・ミニ)は、この街に住む先輩のジヨン(ソ・ヨンファ)のマンションに転がり込んでいる。いわば「訳アリ」の洋行だ。
 ヨンヒの「カレシ」は映画監督、しかも妻帯者。近々こちらにやって来るというが、本当に来るかどうか。さまざまな煩わしさから逃れてここにやって来たヨ ンヒは、先輩ジヨンに一緒に住まないかと冗談半分で頼んだりする。だが、ジヨンは笑いながら答えをはぐらかす。ジヨンにだって、これまでいろいろあったの だ。
 そんなジヨンは、ヨンヒを連れてあちこち街を歩き回る。その途中、こんな遠く離れた国で同じ韓国男に何度も出会ったのは気持ち悪かったが、他は淡々とし たもの。子供向けのピアノ曲の楽譜本を自費出版している男から自作曲を弾いてもらったり、ジヨンの知り合いのドイツ人夫婦の家に呼ばれてパスタを御馳走に なったり…。外国暮らしが長くて慣れているはずのジヨンが、いざとなると英語も話さず引っ込み思案だったのは意外だった。その点、ヘタだろうが何だろうが 度胸があるヨンヒはズケズケしゃべる。
 その後、二人はドイツ人夫婦に海辺に連れて行ってもらう。そこで砂浜にせっせと「カレシ」の似顔絵を描いたりするヨンヒ。だが、ふとジヨンが彼女から目を離すと、ヨンヒは何者かに背負われて「お持ち帰り」されてしまうではないか…。
 それからしばらく経ったある日のこと、とある名画座で映画を見て、感動のあまり椅子からなかなか立てずにいたヨンヒがいた。
 ここは韓国、海辺の街・江陵である。結局、ヨンヒはあれから帰国。女の「先輩」ジュニと会うためにこの街にやって来て、時間つぶしのために映画を見ていたのだった。
 ところが名画座のスケジュール表を見ているヨンヒに、話しかけて来る男がひとり。「何だよ知らんふりして、水臭いな」
 その男は、かつての「先輩」であるチョンウ(クォン・ヘヒョ)である。チョンウはヨンヒに盛んに話しかけて、自分たち仲間が経営する喫茶店へと誘う。そこでチョンウはしばらくしヨンヒとしゃべっていたが、用事があるため途中で店を去る。
 その後、彼に呼ばれた別の「先輩」ミョンス(チョン・ジェヨン)が登場。だが、ミョンスが店を切り盛りしている女ドヒ(パク・イェジュ)を「単なる友だち」扱いしたために空気は一変。実はドヒはミョンスとそれなりの仲だっため、すっかりその場がこじれてしまった。
 それでも、夜にジュニ(ソン・ソンミ)をも交えて、ヨンヒ、チョンウ、ミョンス、ドヒ…の5人で居酒屋で飲み会を催す頃には、そんな雰囲気も収まったか のように見えた。「先輩」たちはみな一様にヨンヒを「魅力的になった」とホメそやす。ヨンヒは「外国の男」ともいろいろあったことを臭わせたりもする。 酔ってイイ気分になったヨンヒは酒癖が悪いらしく、男の「先輩」方に言いたい放題いい始めるが、ジュニと女同士のキスをしてその場が収まったりもする。ヨ ンヒとジュニは、結構意気投合しているようだ。
 そんなジュニから、ヨンヒは「先輩」たちの実際のところを話されたりもする。「結局、私たちはソウルじゃ使い物にならなくて、こっちに流れて来たようなものよ」。それはジュニはじめ「先輩」たちのホンネだったのか…。
 翌日、街にしばらく留まることにしたヨンヒは、チョンウとジュニにホテルに連れて来てもらう。そうなれば、早速ヨンヒが取った部屋で酒盛りだ。
 ヨンヒが席を立った時、ジュニがチョンウにチラリと打ち明けたのは、ヨンヒの女優復帰の可能性だ。その際にはジュニがヨンヒの世話をすることになるとい う。有望な女優だったヨンヒのマネージメントに関わることができれば、自分もいい目を見られるかも…といつの間にかジュニの夢は勝手に広がっているのだ が…。
 そんなジュニとチョンウがホテルを去った後、ヨンヒはひとりで砂浜を歩き回ってみた。打ち寄せる波の音に誘われたせいなのか、いつしか浜辺に横になって眠ってしまったヨンヒ
 そのヨンヒは、若い男(アン・ジェホン)の声で目を覚ます。このまま寝かせておいては危ないと、彼が見かねて起こしてくれたのだ。
 その若い男は、ヨンヒが誰だか分かって起こしていた。彼は映画の助監督で、サンウォンという映画監督(ムン・ソングン)の作品のため、ロケハンにやって来たという。もちろん他のスタッフたちと共に、サンウォンもこの街に来ていた。
 そのサンウォンこそ、ヨンヒがつき合っていた「カレシ」だったのだが…。


見た後での感想

 この作品の前に見た「それから」は、語り口も洗練され、さすがホン・サンスのうまさが堪能出来る一作となっていてすっかり感心させられた。
 いろいろ計算が行き届いていて、ホン・サンスお得意の「時制のいじり」をうまく使っているのもお見事。あまりうまいんで、文句も言えないアリサマ。だからこそ僕は、見る前はイヤな予感しかしなかったこの連続上映に今回もつき合う気になった訳だ。
 ところが「それから」の成熟したうまさを念頭に置いて本作を見ると、おそらく大半の人は戸惑ってしまうのではないだろうか。
 実は本作、見始めた当初はハッキリ言ってよく分からなかった。「分からない」と いうのは作者の意図が分からない…という意味でもあるが、それだけではない。文字通り、「分からない」ことが多いのだ。さすがにヒロインがハンブルクにい て、映画監督との不倫が原因で逃げ出している…という設定は知っていたから、「そうなんだな」と分かって見ていた。だが、これってそんな事前情報がなけれ ば、最初はヒロインがどこにいて、どうなっているのかはなかなか分からないのではないか。さすがに不倫していることはすぐに分かるにしても、彼女がいるのがハンブルクってのはたぶん分からずじまいだろう
 しかも、ある程度ホン・サンスとキム・ミニが不倫騒動の真っただ中ということ前提で、「それは皆さんご存知ですよね?」とすべて織り込み済みで、映画全 体が作られているようにさえ思える。もしこれがホン・サンス映画を見る最初の1本だった場合には、大いに戸惑うかもしれない作品なのだ。僕なら入門編とし ては本作をオススメしない。
 その他にも、突然現れて時間を尋ねてくるナゾの韓国人や、中盤の飲み会で先輩の一人がいきなり借金返すくだりなど、何の意味があるのかまるで分からない。しかも冒頭などは、黙って見ていたらヒロインが浜辺で何者かに「お持ち帰り」されてしまうではないか!
 どうなっちゃってるんだ、この映画は?


 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 



ゴツゴツとした感触の作品

 まずハッキリ言わせてもらうと、前述した「分からない」点は「分からない」まま放置されてしまう
 伏線回収などされないし、そもそも伏線としては作っていないようだ。
 そして、「難解」だから「分からない」という訳でもなさそう。いろいろな映像的象徴やらアイコンがあちこちに埋め込まれている訳でもない。ただただ、「分からない」ことが放ったらかされたままになるから「分からない」。だからストーリーテリングという点でいうと、ある意味で破綻しちゃってるんじゃないだろうかとも思うのだ。
 例えば、今までの映画ならホン・サンスはちゃんと計算づくで何らかの効果を出している。「それから」だって見ていて「分からない」点はいくつかあった が、見ているうちに「ははぁ、なるほど」…とその仕掛けに気づかされたりする。そういう効果を出すために、時制をいじくったりしている訳だ。
 ところが本作では、そんな仕掛けはほとんど見受けられない。例えば 従来ならば…前編・後編2部構成になっていて、それらが非常に似通った設定になっているものの、両者には微妙な差異が生じてそこが映画のうまみになってい る…とか何とか、絶妙な計算による仕掛けがあったりする。それがいかにもの「ホン・サンス流」なのだが、今回はそんなテクニックは一切ほどこしていない。 少なくとも、ほどこしていないように見える。
 強いて言うなれば、唯一それらしいのが終盤に出て来る「夢オチ」(笑)である。
 いやぁ、サイレント映画でもあるまいし、イマドキ夢オチではとても「仕掛け」とは言い難い。しかも、そこでブライアン・デパーマキャリー(1976)みたいにアッと驚くスゴいことが起きる訳でもない(笑)。まぁ、ホン・サンス映画じゃそれはあり得ない話なのだが…。
 ハッキリ言って、技巧を凝らして観客を操ろうとか誘導しようとか、何かを強く伝えようという意志があることさえ疑わしい。ホン・サンスの映画にしては珍 しく、何となく行き当たりばったりな印象がある作品なのだ。それこそ「それから」のような洗練された語り口や軽妙な話術とは対照的な、ゴツゴツとした感触の作品なのである。


四方八方にケンカを売るようなスタイル

 「分からない」ばかりの作品ではあるし、いつもみたいに登場人物を上から意地悪く観察して、クスクス笑わせてくれない作品。今回のホン・サンス作品に感じた違和感は、そんなところだろうか。
 何より顕著なのは、今回出てくる奴らがみんなロクなもんじゃないこと。そんなこと、いつものことじゃないか…と言うなかれ。確かに常に上から見下ろす感じで、アリンコの営みを観察するように登場人物を描くホン・サンスではあるが、それでもどこか微笑ましく、苦笑まじりで見つめていたではないか。そこには、一種の「オレと同じ」というような「共感」があったようにも思う。ところが、今回の作品にそれはあまり感じられない。むしろ突き放したような乱暴な描き方なのである。
 そもそも、ヒロインであるキム・ミニがあまり良い人物に描かれているように見えない。 江陵の街で先輩と彼女の間がこじれた時の、キム・ミニの態度は決していいとは言えない。その夜の先輩たちとの飲み会でも、「外国の男」のカラダについて得 意げにまくしたてる下品さ。酒グセも悪くて、周囲に悪口言いたい放題である。その場の先輩たちは彼女のことを「魅力的」と褒めそやすが、正直いって非常識 でアホな女にしか見えない。
 おまけにその後、問題の「愛人」だった映画監督に酒の席で挑発的に絡むタチの悪さ。まぁ、映画監督も未練タラタラで情けないのだが、彼女も彼女…と見え てしまうのだ。そもそも最初のハンブルクの場面で、子供向けのピアノ曲の楽譜本を見てるあたりでも、「気に入った」ってな感じでその場で購入していたが、 オマエちゃんとその内容分かってんの?…と言いたくなる。砂浜に「愛人」である映画監督の顔を描いたかと思えば、その場にいた誰かに「お持ち帰り」される 始末。ハッキリ言ってこれに共感はできそうもない。ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)受賞って、みんな意味が分かって賞をあげたんだろうかね (笑)? 本作を見た人はみんな、これが素晴らしいヒロイン像だとでも思ったのだろうか? ハッキリ言って、ロクな女じゃねぇなとしか思えないんだが
 このキム・ミニについては、ホン・サンスが「オレは映画を撮る時は決して惚れボケなんかしない」という強がり(笑)とも思える。だからウットリと可愛ら しく描いたりしなかったのかもしれない。だが、こんな突き放した描き方は、周辺の人物も同様。どいつもこいつもロクなもんじゃねぇという描き方である。
 特に、第2部に出てくる先輩たちのグダグダ感がスゴい。しかも、先 輩たちがみんながみんな「都落ち」したみたいになっていて、その落ち目同士でツルんでいるというしょうもなさである。驚くべきはキム・ミニと意気投合した はずの女の先輩も、その後の場面ではキム・ミニとツルむことで成功したいなんて打算をハッキリと口に出してる。男の先輩たちの俗物ぶりを笑ってこの女先輩 を肯定的に描くのかと思えば、実は女先輩の方がもっと俗物というテイタラクである。
 そういえば、冒頭でキム・ミニが転がり込むハンブルクの女の先輩も、海外生活が長くて西欧に溶け込んでるはずなのに、英語もロクに話せなくて外国人に尻込みしている変な人物。ヒロインの理解者や守護者として好意的に描かれるはずなのに、これまたバカにされている。
 もっとひどいのは「愛人」だった映画監督で、情けない言動もさることながら、見た目もパッとしない。自虐なのかどうなのか分からないが、本当に冴えない のだ。その「パッとしない」のは見た目だけではなくて、登場の仕方にも言えることだ。本作の展開ならば冒頭からこの人物の存在がチラついているので、当然 ここで本人登場となれば一種の「ヤマ場」的な描き方になるはず。ところが妙に素っ気ない感じで、「お相手ご本人がついに登場!」ってムードがまったくない。あまりに素っ気ないので、僕は最初、この監督がキム・ミニの「お相手」だとはなかなか思えなかったくらい。あれっ、これってそうなの? そうなんだよな?…ってな感じで、終始戸惑って見ることになってしまった。これって一体どうなんだろう。
 その中でも最も印象的だったのは、キム・ミニが宿にとったホテルで男女先輩が一緒に酒を飲むくだり。そこで先輩は、どうやら世間から糾弾されているらしいキム・ミニの「不倫騒動」を擁護するような発言をしている。「プライベートなんだから放っておいてやれよ」と、「不倫カップル」にとっては実に嬉しいことを発言してくれているのである。
 これだけなら、ホン・サンスが自らの苦しい状況を自ら弁護しているようにも見える。まぁ、周囲は当然厳しいことばかり言ってきて「炎上」しているのだろうから、せめてテメエは自作の映画の中で自己弁護したいはず…ここは誰しもそう思うことだろう。
 ところが妙なのは、本作ではそんな風に弁護してくれている先輩たちのことを、軒並みコキ下ろして描いていることだ。ホン・サンスは自画像である映画監督や自分のつき合っているキム・ミニだけでなく、彼らを擁護する人間まで残らずケナす、四方八方にケンカを売っているような案配なのである。
 この、まるでヤケクソのような描き方って一体何なのだ?


ヤケクソ感漂うが故の魅力

 実は本作のヤケクソのような語り口を見ていて、僕はある有名監督がやはり私生活の岐路に立った時に放った、本作とはまったく関係のない1本の怪作を連想していた。
 それは、中国映画界の巨匠チャン・イーモウキープ・クール(1997)という作品である。
 この作品はチャン・イーモウが彼の「ミューズ」であり「愛人」でもあったコン・リーと揉めて別れた直後の作品のようで、珍しくアナーキーなコメディに なっていて大変興味深い。女に捨てられた男が何とか彼女を取り戻そうとジタバタする話なのだが、パンクな頭の姉ちゃんは出てくるし、色恋沙汰で頭に血が 上ったオッサンはメガホンで好きだの何だのと吠えまくるし、もうメチャクチャ。どちらかと言えばウェルメイドで洗練された語り口の映画作家であるチャン・ イーモウの作品としては、かなりの異色作である。主人公役ではないもののチャン・イーモウ自身も役者として出ており、その物語の内容からしてかなりプライ ベートが色濃く反映された映画に見える。そもそもテメエで「キープ・クール」などという時点で頭に血が上ってる感じ(笑)なのだが、その全編に漂うヤケクソ感が、どこかホン・サンスによる本作と共通するものを感じさせるのだ。クールさを装おうとしているあたりの強がりのやせ我慢みたいな点に、本作と通じるものを感じるのである。
 実際のところ、この当時のホン・サンスはキム・ミニとのスキャンダルでかなり追いつめられていたらしく、だからテメエのことを開き直って描いたような本作は、一見ホン・サンスの「したたかさ」を演出すべく作られたようにも見える。だが実際には、そうしたプライベートのアレコレはかなりホン・サンス自身にダメージを与えていたのではないか。文字通りクールを地で行くはずのホン・サンスが、狼狽してこんなバランスを崩した作品を作ったのは、そういうことなのではないだろうか。
 あるいは取り澄ました「上手い映画づくり」では、今の心境をリアルには描けない…描いてもそうは受け取ってもらえない…と思ったんじゃないだろうか。でなければ、こんなガタガタな映画にはなっていないはずだ。
 興味深いのは、もうこの時点でヒロインと「愛人」映画監督とは終わった関係だと描いていること。それを一種の「予知」みたいな夢オチで描いているのが暗示的だ。
 あるいはそんな描き方をしたというのは、「お相手」であるにも関わらず本作中で意地悪く描いてしまったキム・ミニに対して、「オマエもオレに言いたいことあるだろうから言わせてやる、ただし夢の中だけな!」…みたいな彼なりの配慮だったのだろうか(笑)。それはそれでふざけた話だが、四方にツバ吐きまくりみたいなムチャな内容でも、今回はそれはそれでいいような気がして来る。
 それどころか、今まではアリンコの生態観察みたいに映画を作って来た「ミスター・クール」のホン・サンスが、大いに狼狽した結果、初めて血の通った人間味を見せてくれたような気さえしてくる。本作は決して完成度が高いとも思えないし、むしろ映画としては破綻しているとさえ思えるのだが、それ故にホン・サンスがホンネを見せた愛すべき作品ではないかと思えてくるのである。

 


 

 

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