「ランペイジ/巨獣大乱闘」

  Rampage

 (2018/07/09)



見る前の予想
 この映画を予告編で見たのは、つい先日のこと。見てビックリした。
 怪獣たちが街で大暴れしていて、タイトルが「ランペイジ」。実はそのタイトルに、僕は見覚えがあったのだ。
 これって、あの「ランペイジ」なのか…?
 まぁその話は後でゆっくりするとして…主演がまたまたドウェイン・ジョンソンと来た。えっ、またしてもザ・ロックの主演作? 僕はドウェイン・ジョンソンの大ファンだが、つい先日、ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル(2017)があったばっかりだったのに、早くも新作の登場。ちょっと出過ぎじゃないか?…と人ごとながら心配になる。さすがに飽きられはしないか。
 だが、怪獣が大都会で大暴れ…というお話にザ・ロックって、僕の大好きなモノばかり入っている映画じゃないか。しかも…思わせぶりで大変申し訳ないが、前述したように僕としてはこのタイトルに個人的に大いに思い入れがある。この映画は絶対に僕が見なければならない映画なのだ。
 そんな訳で、珍しく公開からまだ長く経っていないうちに劇場に駆けつけたという訳である。

あらすじ
 大気圏外の宇宙ステーション、そこでは想像を絶する事態が起きていた。
 真っ暗で無重力状態の船内には、さまざまなゴミや破片…そして乗組員の遺体が漂う。明らかに、そこでは何か異変が起きていたのだ。
 そんなステーションの片隅で、船員の一人ケリー・アトキンス(マーレー・シェルトン)が、必死に地球と連絡をとろうとしていた。彼女によれば、実験用ラットが突然変異を起こしたとのこと。今すぐにでもステーションを脱出したいと連絡したのだが、地球からは実験サンプルを持ち帰れとの命令。そうしなければ、脱出用ポッドの扉を開かないという無茶な話だ。仕方なく、ケリーは渋々船内の奥へと入っていく。
 必死にサンプルを取り出し容器に詰め替えていたケリーは、奥から近づいてくる物音に気づく。それは何ともおぞましい生き物…実験用ラットが巨大化し、イノシシほどの大きさになると共に凶暴化した姿だった。慌ててサンプルを持って脱出用ポッドに乗り込むケリー。間一髪でポッドのガラス扉が閉じて、アタックして来たラットをかわすことが出来た。ラットは大暴れして何度もガラス扉に体当たりするが、ポッドはステーションと切り離されて無事に地球へ帰還する軌道へ。
 だがケリーがホッとしたのもつかの間、ラットの激しい体当たりを受けたポッドのガラス扉は、ダメージを受けたのか気圧によってミシミシとヒビが入り始め るではないか。悲鳴を上げるケリーにも、もはやどうすることもできない。こうしてガラス扉の破損から機体全体が破壊の危機に見舞われたポッドは、分解しながら地球へと落下していくのだった…。
 舞台変わって、ここはアメリカはサンディエゴの野生動物園。その森林の中を歩いている4人の男女がいた。先頭を歩いているのは、ベテラン霊長類学者のデ イビス・オコイエ(ドウェイン・ジョンソン)。他はデイビスの相棒であるネルソン(P・J・バーン)、そして新人のエイミー(ブレアンヌ・ヒル)とコナー (ジャック・クエイド)のふたり。コナーは美人のエイミーの気を惹こうとしてか勇ましい話を盛んにしているが、デイビスにちょいとからかわれたらビビって しまった。
 そんな彼らがやって来たのは、野生動物園内のゴリラの居住区。そこにやたら苛立つ雄のゴリラがいた。デイビスは何とかこのゴリラを落ち着かせようとするが、そこに新たなゴリラの登場でさらに興奮する。
 その新たなゴリラこそ、この野生動物園が誇る白いアルビノのゴリラであるジョージだ。
 いきなり緊迫した状況に、ビビりまくるコナー。「動くな!」というデイビスの静止も聞かず、大慌てで逃げ出した。案の定、例のゴリラが襲いかかるが、それを止めたのがジョージだ。
 ジョージは古参だけあって、このゴリラ居住区の主。そしてデイビスとも極めて親しい関係を築いていた。そればかりでなく、ふたりはお互いに手話で意思の疎通が出来る仲。憎まれ口まで叩き合える「友人」同士であった。デイビスはジョージに「新入りゴリラに優しくしてやれ」と諭してやる。その様子を見て、エイミーなどはすっかりデイビスに魅了されてしまった。
 だが、デイビスの相棒ネルソンに言わせれば、それはそれで問題だった。ゴリラとは固い絆を結べるデイビスなのに、肝心の人間同士とは親しくなれない。仕 事帰りに飲みに行こうと誘われても、サッサと帰ってしまう。浮いた話ひとつないというもったいなさ。それを大いに自覚しながらも、人間に深入りしたいとは 思わないデイビスだった…。
 その夜のこと、星空の彼方から燃える破片が猛スピードで落下して来る。それは明らかに、あの分解した脱出ポッドのなれの果てだった。
 3つに分解したポッドのうちひとつは、例のサンディエゴの動物園に落下。高熱を発している黒焦げの破片には、例のサンプル容器があった。そこに好奇心にかられてやって来たのが、例のジョージ。たまたま容器が開いて中から発散された緑の煙を、ジョージはウッカリ吸い込んでしまう…。
 同じ頃、ワイオミングの山中に2つ目の破片が落下。これには1頭のオオカミが近づいて、同様に緑の煙を吸ってしまう。また、3つ目の破片はフロリダの湿地帯に落下し、水の上に浮いているサンプル容器をワニが飲み込んでしまう…。
 こうして不穏な空気を漂わせた一夜が明けて…翌朝早々のこと。
 デイビスは緊急連絡を受けて、野生動物園に駆けつける。何やらジョージの身に起こったらしいのだが、まだ何が起きたのかは分からない。デイビスを迎えた ネルソンは、ジョージが熊の居住区に潜り込んだと説明する。早速、その場に行ってみると、熊が無惨に殺されているではないか。まさか、あの優しく知的なジョージがこんなことをするとは…と呆然とするデイビスだが、ジョージは洞穴の中に隠れてひたすら何かに怯えていた。
 そんな動揺するジョージをなだめて、デイビスは何とか洞穴から出て来るように説得する。すると、ジョージも信頼するデイビスの言葉を聞いて、やっと洞窟から出て来た。ところが次の瞬間、デイビスは目の前のジョージの姿を見て驚愕せざるを得なくなった。
 なぜかジョージは、昨日より確実に一回りは大きくなっていたのである…。

ゲーム「ランペイジ」との関わり

 この感想文の冒頭に「このタイトルに個人的に大いに思い入れがある」と書いたが、それは別にハッタリでもウソでもない。
 実は「ランペイジ」というタイトルで、巨大なゴリラが都会で大暴れ…という予告編を目にした時点で、僕は思わずハッとした。本作は同名のテレビゲームを原作にした映画らしいのだが、僕はこのゲームに縁があるのだ。
 ただし、そうは言っても僕は別にゲーマーではない。その由来は、今から18年前にさかのぼる。
 当時、僕はいろいろな経緯を経て、某印刷会社の企画室に籍を置くコピーライターになっていた。当時はバブル期最末期で、まだ世の中に浮ついた気分が漂っていた頃。僕のような人間でも一応コピーライターを名乗れていた時 点で、自分もまたバブルの恩恵に多少なりとも浴していた訳だが、わずか数年後にはそのしっぺ返しをしっかりとくらうことになる。それでもまだこの時点では 世の中華やいでいて、僕のようなパッとしない男でも、商品のプロモーションについて聞いた風な口を叩ける余裕はあった訳だ。
 そんな中に、「リンクス」というポータブルゲーム機の仕事もあった。
 それは、アメリカ製のカラー・ポータブルテレビゲーム機のこと。だから何なんだ…と今なら言われてしまいそうだが、当時の事情は今とは大きく違っていた。
 何しろ、まだ任天堂の「ゲームボーイ」が出たばかりの頃の話だ。みんなが「テトリス」を夢中になってやっていた。「ポータブル」のゲーム機と言えば「あれ」だった。
 そこに登場した「リンクス」は、「ポータブル」なのにカラー液晶画面を実現。それ以外にも、当時としては先端のアドバンテージを持っていた。まぁ、あの 時期としては相当な技術ではあったのだろう。正直言ってゲームなどまったく詳しくないのでこれ以上語るのはやめておくが、僕はコピーライターなりたてホヤ ホヤで、この「リンクス」の仕事を手がけることになったのだ。
 ただ僕もコピーライターとしては駆け出しだったし、僕のいた会社も広告やプロモーションについてはまだまだ専門とは言い難かった。そんな僕らでもこんな 仕事を手がけることが出来たのは、ここだけの話、バブルの余韻がまだまだ尾を引いていた時期だったからということもあるが、「リンクス」を日本で売り出し たアタリ・ジャパンという会社自体もどこか素人臭い会社だったからだろう。
 何しろ万事大雑把だったし、深く考えていないところがあった。何よりこの「リンクス」を売り出すにあたって、「アメリカ製」を 前面に出そうとした時点で分かっていなかった。そもそもバブル最末期のこの時点で、どんなモノでもすでに「アメリカ製」はアドバンテージではなく、むしろ 大味でネガティブなイメージしかなかった。ましてゲームと来ればなおさら。市場はすでに任天堂の「ゲームボーイ」が席巻していたのは前述した通り。同じ 「ポータブル」ゲーム機でもこちらはカラー液晶画面でビジュアル表現がもっと豊か…といっても、そこには埋めきれないウィークポイントがあった。
 何しろこの「リンクス」、とにかくバカでかい。長さが30センチ近くあるのだ。これで「ポータブル」である。手がデカいアメリカ人なら楽々持ち運びながらプレイできるんだろうが、日本人じゃチト持て余す。さらに「ポータブル」なのにコンセントで家庭用電源をつながないと何かと使いづらい。何しろ電池はブッとい単三乾電池を何と6本も入れなければならない。ひどく重たい。おまけにこれで2時間程度しか持たない。ゲームの途中ですぐに電源が切れてしまう。やたらデカくて燃費が悪いという、文字通りアメ車のような「アメリカン」仕様なのだ。この時点で、日本市場にこいつを持って来るのはヤバいと気づくべきだった。
 最初はこの「リンクス」本体と、専用ゲームの「クラックス」をセッ トで売り出した。「クラックス」は一種のパズル的なゲームだ。「ゲームボーイ」は「テトリス」というパズル・ゲームで大人気を博しているが、こっちはカ ラーでおまけに立体的表現なんだから売れるに決まっている…はず。この「すべて増量」という発想が間違っているとは、最初は誰も気づかなかった。
 売れない。致命的に売れない。
 先ほど書いたように、アメ車並みに大味な「リンクス」本体が売れっこないのだから、実はどうしようもないのだ。幕張でお金をかけてお客さんを呼んで「内覧会」とやらをブチかましたものの、そこに「アメリカ」ってことで金髪姉ちゃんを呼んでプロモートと いうのが、またどこかズレていた。この姉ちゃん自体はタケシだかツヨシだかいった日本人のボーイフレンドがいるという面白い女の子(笑)だったが、そうい う問題じゃない。パツキン姉ちゃん呼んだら「アメリカ」…というトランプ大統領並みに単細胞な発想がイケてないのだ。だが、それはアタリ・ジャパン側の意 向だからどうしようもない。
 次から次へと出すゲームのソフトも、やればそれなりに楽しめるのだが、カネを出して買うかと言えば「???」となるものばかり。地底の広大な洞窟を探検してスライム状の怪物を倒していく「スライム・ワールド」、宇宙船内でどんどん増えるエイリアンと戦う「ゼノフォーブ」、どこかの惑星を舞台に戦闘機でとにかく敵の要塞やら敵の軍勢やらをメッタやたらに撃って破壊していく「ザーラー・マシナリー」、新聞少年になりきって自転車に乗り、建ち並ぶ家にどんどん新聞を投げ込んでいく「ペーパーボーイ」…今思い出すだけでも、僕らは仕事でタダでやるからそれなりに楽しんだりしたものの、あれを買うかと言えば難しいところ。何よりテイストがトコトン日本人に向いていない。どこを切っても何から何まで「アメリカン」なのである。
 そんな中に、あの「ランペイジ」もあった
 四の五の言わず、まずは当時の僕がこのゲームのマニュアル用に書いた冒頭の紹介文を読んでいただきたい。ここでは1990年の6月12日に作った原稿そのまんまで再録してみる。

巨大モンスターが街に出現!
化学研究所でおそろしい事件が起こりまし た。研究所内のカフェテリアで、新米の店員がまちがって実験用の化学薬品を食べ物に混ぜてしまったのです。不幸にもその犠牲になったのは、カフェテリアの レジ担当のLARRY、用務員のRALPH、マーケティング責任者のLIZZY、そして工場長のGEORGEの4人でした。
4人は体が変化して巨大なモンスターとなり、気が狂って研究所から脱走。街を破壊し始めました。軍隊が出動して攻撃を開始。しかし、常に腹をすかした彼らは、街で見つけたものは手当たり次第に口に運んでいます。人間もその例外ではありません。
唯一の望みは、ある科学者がひそかに開発した解毒剤。科学者はこの薬を持ったまま、どこかに隠れています。はたして彼らは軍隊の攻撃の前に倒れてしまうのか? はたまたこの研究者を見つけて無事に助かることができるのでしょうか?

 ゲームは自分が4頭のモンスターのどれかを選んで街で大暴れしてビルを破壊し、攻撃して来るヘリを叩き落としたり、人間を食ったりする…というもの。大味そのもの、大味過ぎる。モンスターはジョージがゴリラということは分かるが、あとはハッキリしない。リジーはトカゲ?…ラリーはネズミ、ラルフはオオカミと思われる。これもきっと売れないだろうなぁ…と当時僕らが思っていたのは間違いない。
 そもそも…自分がモンスターになってひたすらビルを壊しまくるなんて単純極まりないゲームは、当時の日本じゃ受けそうになかった。こちらもタダでやっているからソコソコ楽しんだものの、これを買うかと言えばノー・サンキューだ。「ランペイジ」もまた、「アメリカン」な…あまりに「アメリカン」過ぎるゲームだったのだ。
 結局、万事がそんな調子。僕らがゲームのマニュアルを5〜6作こしたえたあたりで、リンクスのプロジェクト自体が打ち止めとなったように記憶している。そりゃそうだ。アレはさすがに日本で売るのは無理だろう。
 だからほとんど忘れかけていた「ランペイジ」を、それから28年近く経って大スクリーンで見た時の衝撃たるや…。その時、僕の胸に去来した感慨をどうかお察しいただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 



映画「ランペイジ」の見どころ

 というわけで、本作の感想文はかなり長いものとなったが、正直に言うと作品そのものについては多く語るところはない(笑)。単純明快。典型的ハリウッド娯楽大作である。おまけに主演はドウェイン・ジョンソン。それだけで、見る前から内容が分かる。僕も、映画にかこつけて何十年か前の思い出を書きたかっただけだ。
 だが、実はこのゲームの話が本作の本質をズバリ捉えてもいる
 日本のゲーム市場で「ゲームボーイ」の対抗馬として売るにはキツい…と思った特徴が、すべて「典型的ハリウッド娯楽大作」を作るにはプラスに働いている。大味こそが正義だ。これはそういう映画なのである。
 怪獣が出現して、街をバカスカ壊していく。途中で人も食い殺す。ただ、それだけの映画である。そこにドウェイン・ジョンソンをプラスしただけだ。この「アメリカン」ぶりが素晴らしい。このゲームを映画化しようとしたのは正解だった。
 本作など見ていると、パシフィック・リム(2013)、ゴジラ(2014)、キングコング/髑髏島の巨神(2017)…も含めて、ハリウッドがいよいよ「怪獣映画」を本腰入れて作り始めたような気がする。…というか、ワーナー・ブラザース映画が「怪獣映画」にご執心みたいなのだが…。これからは、ひとつの映画ジャンルとして頻繁に作られるのではないだろうか。
 ドウェイン・ジョンソンはいつものドウェイン・ジョンソン。海兵隊員上がりの霊長類学者…なんてあり得るのかどうかは分からないが、とにかくドウェイン・ジョンソンならそれはアリ、だ。そして、ゴリラのジョージと心を通わす設定が、本作をとても後味のいいモノにしている。ドウェイン・ジョンソン映画なら、そうでなくてはいけない。
 ゲームでは人間が薬品で変身する設定みたいだが、映画は生き物を巨大化、凶暴化させるという風にアレンジさせてある。元が人間だと簡単に倒す訳にもいかないし、シャレにならないってことだろう。だが、ジョージとドウェイン・ジョンソンが意志を通わせることが出来る…というあたりが、おそらくゲーム設定の名残だと思う。
 そういう名残はあちこちに散りばめられていて、解毒剤探しが後半のポイントになってくるあたりもそうだろう。本編の悪役たるクレア(マリン・アッカーマ ン)をジョージが食ってしまう…のもジョージを最終的に善玉として活かすには少々キツい展開のはずだが、本来のゲームにある設定としてあえて残したのだろ う。
 ヒロインとして出て来るケイト・コールドウェル(ナオミ・ハリス)とのやりとりも楽しいし、最初は敵役と思いきや徐々に「いい奴」になっていくラッセル 捜査官(ジェフリー・ディーン・モーガン)の設定なども、娯楽映画としては嬉しい。ドウェイン・ジョンソン映画は見ていてイヤな気分にならずに済むからい い。実は、これが脚本を作る上で意外に難しいのである。試しにやってみれば分かる。エグい話やイヤミな話なら、いくらでも作れるからねぇ。
 本作の監督は、カリフォルニア・ダウン(2015)ですでにドウェイン・ジョンソン映画を演出済みのブラッド・ペイトン。だから、今回もハズさない。というか、今回の方がうまくいってるんじゃないだろうか。
 難があるとすれば、悪役がふざけた設定で、かつ小物臭がするキャラクターということだろうか。クレアとブレッド(ジェイク・レイシー)の姉弟はコミカルなところばかり強調されて、あまり悪辣さは感じられない。そのあたり、カタルシスが今ひとつ大きくならなかった所以かもしれない。
 また、アレだけ大暴れして犠牲も出していながら、解毒剤で治ったからといってジョージがすぐに人々から受け入れられるとは思えない。ラストでジョージが 建物の上に取り残された人を降ろしてあげたりしているが、そんなことを人々がすぐに受け入れるとは思えないのだ。そのあたりの脚本の「もうひと手間」も、ちょっと足らなかったように思う。
 だが、実は僕は本作を見ていてもっと大きな問題を感じ取ってしまった。
 こちらはそもそもこれがゲームである…と僕が知っているところに、お話の舞台が地球に戻ったらドウェイン・ジョンソンはじめとする4人の人物が森林を進む展開になっていたので、何だか「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」の「既視感」がハンパなかった。確かに、どこか似ている。それでなくてもドウェイン・ジョンソン映画はいつも毎度おなじみドウェイン・ジョンソン・キャラクターが出て来るだけに、ある程度の数を作っていけば似て来てしまうのは仕方がない。すでに、その兆しが本作に出てきているのではないか。
 だとすると、
ドウェイン・ジョンソン映画は最終的にどれもこれも代わり映えしないモノになりかねない。これでは今後ちょっと飽きられてきやしないかと心配になったのも事実だ。
 目下は絶好調で僕も大好きなドウェイン・ジョンソンではあるが、課題があるとしたらたぶんそこらあたりではないだろうか。

 


 

 

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