新作映画1000本ノック 2017年11月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
 「アフターマス」
 「ファウンダー/ハンバーガー帝国のヒミツ」
 

「アフターマス」

 Aftermath

Date:2017 / 11 / 13

みるまえ

  「アフターマス」…と聞けばローリング・ストーンズのアルバム・タイトルを思い出してしまう僕は、古い人間である。だが本作のことを某劇場でチラシを見て 初めて知った時、僕は思わずそんなくだらないことを思い起こしていた。絵柄はアーノルド・シュワルツェネッガーの大きな顔と飛行機。だがシュワの顔は近年 の彼の作品に顕著なように、老齢を強調したヒゲづらである。そして、やたら苦悩したような苦々しい顔。これを見ると、今回はいつものように重火器で武装し たりはしていないようだ。そして気になるコピー一本。「飛行機同士の衝突事故。上空で何が起こったのか?」…飛行機ファンとしては、胸騒ぎがしてくる宣伝 コピーではないか。シュワと航空機事故。これで見るなと言われても無理だ。そして「老け」を強調するシュワということは、今回は暴れるんじゃなくて飛行機 事故のナゾを執念で追及して戦うのか? ともかく、アクションでないことは間違いない。では、サスペンス色の強い映画なのか? ただ、チラシをチラチラ見 ると(ジックリ見ないのは、イマドキのチラシにはガッツリとネタバレしちゃってるものがあるからだ)、「実際に起きた悲劇の航空事故を基に描かれる」など と書いてあるではないか。実話の映画化? そこにシュワ? これは何とも腑に落ちない。おまけにチラシの作りから何から、どうにも作品の佇まいがチマッと しているのが気にかかる。確かに近年のシュワはイマイチ好調の波に乗り切れていない。だから本作も小規模の作品である可能性は否定出来ない。そんなこんな がどうにも気にかかって、僕はあまたある話題作大作を仕事のために放置したままにも関わらず、公開間もない本作を見に劇場に飛び込んだ。

ないよう

  慌ただしく作業が進む工事現場。そこでは現場監督のローマン(アーノルド・シュワルツェネッガー)が今日も忙しく働いていた。とにかく自分が見なきゃ気が 済まない性格だ。だがそんなローマンに、長年の相棒マット(グレン・モーシャワー)は「今日は早く帰れ」と促す。実は彼の妻オレーナと娘ナディアが、今日 久々に彼のもとへ帰って来るのだ。しかもナディアのお腹には待望の赤ちゃんが…ローマンは「おじいちゃん」になるのである。そんな訳で家に楽しげな飾り付 けをしたローマンは、イソイソとふたりを迎えるために空港へとクルマを走らせた。だが、空港の到着案内を見ても、ふたりが搭乗した便の詳細が表示されてい ない。不審に思ったローマンは、空港のカウンターに尋ねる。だがローマンが口にした便名を聞くや、空港職員は彼を奥の打合せ室へと連れて行く。すると、そ れらの打合せ室には他にも何人かの人々が連れて来られているようだ。どうも様子が変だと思い始めたローマンだが、それでもまだ彼は事態を楽観していた。だ が、やがてイブと名乗る別の担当者(マリアナ・クラヴェノ)がやって来ると、そんな彼の気持ちは完全に打ち砕かれることになる。何と妻と娘が乗った飛行機 が、未曾有の航空機事故に見舞われたというのだ。そして、乗員乗客の生存はほぼ絶望的とも告げられた。その時に至って、ローマンは周囲の打合せ室から泣き 叫ぶ悲痛な声や、激しく壁を叩く音が聞こえているのに気づく。それに気づくと同時に、ローマンはその場に崩れ落ちているのだった。医者の応急処置を受け て、何とかその場を離れるローマン。だが、彼の気持ちが回復する訳もなかった…。一方、航空管制官のジェイクは、その日も平凡な一日を過ごすはずだった。 幼い息子サミュエル(ジュダー・ネルソン)の寝顔を妻のクリスティーナ(マギー・グレイス)と一緒に見守りながら、ささやかな幸せを噛み締める。やがて出 勤した職場の空港管制室で、休憩に入った同僚と交代。ジェイクはこの同僚からある航空機の着陸地点変更の電話連絡を託され、ひとりで管制塔を切り盛りする ことになる。ただ、それは日常のありふれた業務のはずだった。いつもと違ったことと言えば、たまたま電話の修理屋がやって来て「ちょっとつながりにくくな るかも」と言って来たことぐらいか。案の定、電話はなかなかつながらない。航空機とのやりとりの合間にチョコチョコ電話をかけてみるが、いつまで経っても つながらない。ジェイクはついにヘッドセットをはずして電話をかけ、つながると少々話し込んでしまう。その頃、管制中の航空機からの交信も入ってはいたの だが、ヘッドセットをはずしていたジェイクには聞こえない。電話を切って管制用コンソールの前に戻って来たジェイクは、その瞬間、驚愕で凍り付いてしまっ た。ディスプレイに映る2機の航空機のイメージが、今まさに真っ正面からぶつかろうとしているではないか…。

みたあと
 チラシを見た時に感じ た予感は間違ってなかった。この映画は、今までシュワが出ていた娯楽映画とは、かなり様相が異なる。そもそも、作品の佇まいが違う。まず、カタルシスが まったくない。話が話だから仕方ないが、本当に滅入る話なのだ。そして、実話だからシュワが銃器を手に取って暴れる訳でもない。おまけに…実はシュワは一 枚看板の「主役」という訳でもない。見るまで気づかなかったのだが、本作には2人の「主役」がいる。片方は家族を飛行機事故ですべて失ったシュワ、もう片 方は事故を引き起こすキッカケを作った航空管制官だ。この段階からして、従来型のシュワ映画でないことが分かるだろう。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  この映画は、第1章がシュワ、第2章が管制官、第3章が両者…のような構成で語られていく。つまり、これまでシュワが出演したような類いの作品ではない。 僕が本作を見た理由は、単純に飛行機事故を題材にした映画だから。航空ファンとしては航空事故も気になるところだし、実際に航空機事故を題材にした映画に は佳作も多いからだ。だが、シュワ云々を考えずに見たとしても、本作はいろいろ見ていて困惑させれられる作品なのだ。まず、事故が起こった当日の空港側や 航空会社側の対応が不可解だ。それぞれの被害者家族を個室に案内して説明など、果たして出来るのだろうか? 2機の旅客機の衝突事故で百人単位の被害者が 出ているのである。実際問題としてそんなこと出来るのだろうか? まだ死骸累々の事故現場に素人のボランティアを入れてしまうということも考えにくいし、 またそこに実際の遺族であるシュワがやすやすと入り込めてしまうのも信じられない。おまけにこれほどの悲惨で重大な事故にも関わらず、シュワは簡単に娘の 亡骸を発見できてしまい、なおかつそれは大したダメージを受けていない。これもどうにも納得できない部分だ。実際の飛行機事故ならこんなものではないだろ う。すべてはシュワが娘の亡骸を抱きしめて泣き崩れるという「絵」を撮りたいがためにやったことなんだろうが、リアリティがないにも程がある。その後も シュワに慰謝料の交渉をする航空会社側弁護士が、いかにも観客の怒りを誘うような「悪役」然とした演出のされ方なのもリアリティを削いでいる。さらにさら に、後半でアッと驚く展開になってしまうのだが、女性ジャーナリストがシュワにいとも簡単に管制官の個人情報を与えてしまうのには口がアングリ。いやぁ、 こりゃひどい。ムチャクチャやがな…と言いたくなってしまう展開なのだが、問題はこれが「実話」だということである。一番リアリティのない部分である ジャーナリストによる情報の漏洩が、本当にあったことらしいのだ。そうなると…文句言いたいけど黙らざるを得ない感じになってしまうのだが、これが「実 話」の映画化だと言うならそれはそれで問題が大きい。まず、前述したジャーナリストのくだりは仕方ないとして、ここまで挙げて来たリアリティを削ぐ要素と いうのは何とかならなかったのか。「実話」をこんなに作り物っぽく描いちゃって良かったのか。そして、これを言っちゃオシマイなのだが…こういう話にシュ ワを持って来ちゃっていいのだろうか。そもそもシュワの演技力では、この主人公がああならざるを得ない心の動きを演じきれない。だから観客は終始「悲し い、苦しい」と言葉に出して言いそうで、見るからにツラいシュワの顔を見せられながら、その内面で本当はどんな葛藤があるのかはまったく分からない。悲痛 で怒りを溜め込んだシュワ…というだけなら従来の彼の俳優イメージでもいけるだろうが、本作ではロケットランチャーを担いで航空会社を襲撃したりする訳で はない。そもそもシュワというのは存在自体が「過剰」な俳優で、それゆえにマンガみたいなカリカチュアライズされた面白味が身上だった。早い話が「コマンドー」 (1985)みたいな映画でこそ真価を発揮できる俳優なのだ。荒唐無稽なアクションやコメディやSF映画でないと活かせない役者なのである。いわばリアリ ティの極北にいる役者であり、そんな役者を「実話」のワクの中に押し込めてしまうことがそもそも無理なのである。そして「そもそも」論で言うならば…この 映画は確かに「実話」を基にした映画ながら、元ネタであるユーバーリンゲン空中衝突事故はドイツで起きた事件であり、その舞台をアメリカに移している時点 であまりに無神経なのだ。起きたこと自体はそのまま映画で描かれた通りらしいのだが、これでは根本的にリアリティなど生まれるはずもない。お話としては 「謝罪」というものを基本的にしたがらない欧米(何でもかんでも謝ればいいと思いがちな日本人もいかがなものかとは思うが)の映画にして、「謝罪」するこ とを中心に据えているという点が題材として興味深い。だが、「実話」を映画化しながらもリアリティを軽視した描き方をしたため、せっかくの題材が台無しに なってしまった。監督のエリオット・レスターをはじめとするこの映画の作り手は、いろいろな意味で勘違いしてしまったのだろう。この映画にはやたらに数多 くのプロデューサーが関わっているが、そこに「ブラック・スワン」 (2010)などを監督したダーレン・アロノフスキーがいるのもビックリ。どうしてこんな映画に関わっちゃったんだろう。それにしても、今回は主人公のモ デルがロシア人だったということで東欧移民であるシュワが起用されたのだろうが、「何でシュワ?」という疑問はどうしたって残る。俳優復帰してからのシュ ワは本当にうまくいっていない。さすがに同情してしまったよ。

さいごのひとこと

 主人公も映画もまったく大丈ブイじゃない。

 

「ファウンダー/ハンバーガー帝国のヒミツ」

 The Founder

Date:2017 / 11 / 13

みるまえ

 マイケル・キートン主演で、マクドナルドの創業にまつわる秘話を映画化。面白そうではないか。マイケル・キートンといえば一時期くすぶっていたけれど、近年「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014)や「スポットライト/世紀のスクープ」 (2015)など、ちょっとアレな感じのする俳優(笑)。もちろん典型的アメリカンなアイコンである「マクドナルド」を皮肉に描いた作品なんじゃないだろ うか。マクドナルドというネタ自体、映画にしたら面白そうだ。前々から見たいと思っていたがなかなか実現できず、上映開始からしばらく経って何とかようや く劇場でつかまえたという訳である。

ないよう

  何でわざわざ5本も軸のあるミキサーが必要なのか、これはニワトリと卵の話と同じです、供給が増えれば需要も増えていく、賢明なあなたならお分かりいただ けますよね? 重いシェイク用ミキサーを抱えながら、セールストークを熱弁するレイ・クロック(マイケル・キートン)。彼が熱弁をふるっている相手は、田 舎町のハンバーガーショップの店長である。だが、その反応はつれない。結局レイは重いミキサーをクルマのトランクに戻し、田舎のハイウェイを走る旅がらす の道中を続けなければならない。レイご自慢の5軸ミキサーは、残念ながらまったく売れない。折れそうになる心を励ますために、レイはモーテルの部屋で「自 己啓発」メッセージの入ったレコードを聞く。「忍耐」「継続」こそが力なり。今はその言葉を信じるしかない。途中の公衆電話から自分の事務所に連絡を入れ ても、秘書ジューン(ケイト・ニーランド)が伝えてくれる伝言はショボい話ばかり。中にひとつだけ「ミキサーを6台注文」という景気のいい話もあったが、 どう考えても信じられる訳がない。どこに行っても門前払いのミキサーである。どうせ間違いだろう…と、レイは注文した相手に確認の連絡を入れることにし た。たった今、追い出されたばかりのバーガーショップの店の前で、公衆電話からカリフォルニア州にある問題の店に電話をかけるレイ。だがその結果は…注文 は間違いではなかった。それどころか、「いつ届く?」とさえ聞かれた。何よりも電話の向こう側から聞こえる、忙しさが伝わってくる騒音がすべてを物語って いた。電話を切ったレイはその日の予定をかなぐり捨て、その場から遠く離れた問題の店にクルマをかっ飛ばす。飛ばして飛ばしてアメリカ大陸を横断して、辿 り着いたのはドライブイン形式のバーガーショップ。それがまた、実に混んでいる。見るからに活況を呈している。早速、レイも並んでみた。すごい長蛇の列で 待たされると思いきや、あっという間に自分の番。しかも、注文したハンバーガーを紙袋に入れてすぐに渡されたから驚いた。思わず「これは何?」と問い直し てしまうほどだ。しかも、皿もお盆もなくナイフもフォークもない。紙で包んで素手でかぶりつく。飲み物も紙コップだ。それでも誰も文句も言わない。むしろ スピーディーなことに喜んでいる。衝撃だった。レイはハンバーガーにかぶりつきながら、雷に打たれたようなショックを受けていた。そして、レイは一瞬にし て心底惚れ込んでしまったのだ、そのハンバーガーショップ…「マクドナルド」という店に…。

みたあと
  最近はマンガの映画化じゃなければ「実話」というのが映画界の相場である。こちらはマクドナルド・ハンバーガーの舞台裏のお話。1950年代から始まるお 話の時代背景は、僕の好きな時代なので個人的には嬉しい。最近またまた陽が当たって来たマイケル・キートンも、割とキライじゃないので結構期待して見に 行った。「マクドナルド」誕生秘話…かと思って見に行った訳だが、それは半分正しくて半分間違っていた。そもそも、キートン扮する主人公が登場した段階で 「マクドナルド」はすでに存在していた。そして、本作がマクドナルド批判の映画かも…という予想もはずれていた。本作は、僕が想定していたような映画では なかったのである。実は前述のストーリー紹介は、そこの部分までまったく触れていない。お話はこのずっと後に、思いもかけぬ展開を見せるのである。

みどころ

  そもそも僕は本作のことを、『マクドナルド」が代表するファスト・フードや画一的なフランチャイズに対する批判の映画かとも思っていた。そうしたファス ト・フードやフランチャイズを通じて、一種のアメリカ文明批判を試みるような映画かと思っていたのだ。まぁ、それなら「ありがち」な視点である。だが、本 作はそんな映画じゃなかった。まぁ、フランチャイズ批判と言えばそう言えなくもないが、ストレートにそうだと言える内容にはなっていない。むしろ途中まで 見た印象では、「マクドナルド」のオートマティックに合理化したやり方やコンセプトを無条件に肯定しているような感じに思える。あまりの賛美ぶりに、さす がに見ていて居心地が悪くなるくらいだった。そして、一体この話はどこへ行ってしまうのだ…と僕が思い始めたあたりで、本作はその正体を現し始めるのであ る。そもそも、僕は「マクドナルド」の沿革などまったく知らなかった。だから、まさかこの映画のような経緯をたどって巨大に拡大して行ったとは知らなん だ。そういう意味では、非常に興味深いお話ではある。
ここからは映画を見てから!

こうすれば

 マイケル・キートン扮する主人公は、実に複雑怪奇で興味深い人間である。冒頭近くで売れないセールスマンをしていることが描かれるが、自己啓発レコード をかけて自分を鼓舞しているあたり、少々危うい人物でもある。マイケル・キートンが演じているから、なおさらアブなさが強調されているところはあるのだ が…。それから「マクドナルド」と出会って一気に心酔。フランチャイズ化に猪突猛進するあたりも、一種の躁状態のハイテンションでキートンらしさが全開。 ただ、このあたりで見ている側としては、作り手がキートンも「マクドナルド」も、肯定的に見ているのか否定的に見ているのかよく分からなくなってくる。先 に「見ていて居心地が悪くなってくる」と書いたのは、まさにこのあたりのことだ。結果的にキートンは「マクドナルド」の一号店をスタートさせた兄弟に対し て実に悪魔的な振る舞いをするに至ってしまうのだが、実は本作の最大の居心地の悪さはそこにあって…一体キートンは、そうした邪悪な振る舞いを最初からし ようとしていたのだろうか、それともどこかの時点でそうしようと決意したのか、自分じゃどうにもならない巡り合わせでいつの間にかそうなっていたのか、そ もそも邪悪な振る舞いだと最初から最後まで思っていなかったので葛藤も迷いもなかったのか…そのあたりの描き方が非常に曖昧なのである。仮にわざと曖昧に した…と言えば聞こえはいいだろうが、果たしてどうなんだろう。キートン扮する主人公がそもそも悪い奴でした…というのなら問題は何もないのだが、だとし たらこんなにつまらない話もない。本当はどこかで分岐点みたいなモノがあったり、知らず知らずのうちにそうなってしまった避けられない運命みたいなモノが あったはずなのだが、そういう描き方はされているように見えない。途中から単なる悪人みたいになってしまうのである。そこらへんがちゃんと描けていないか ら、人間というものの不思議さや縁というものの不思議さ、運命の不思議さ…みたいな感慨に、本来は辿り着くはずがまったく辿り着けない。ただただ胸クソ悪 くなってマクドナルドのハンバーガーなど二度と食いたくないという気分にさせられるだけで、結論としては「だから何なんだ?」と思ってしまう映画になって しまった。これはマイケル・キートンの演技設計のミスなのか、それとも演出のミスなのか、脚本がダメなのだろうか。面白い題材で意外性は十分だったのに、 本当にもったいない。残念な映画である。

さいごのひとこと

 昔流れたネコ肉使ってるデマより怖い秘密。

 


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