「トランボ/ハリウッドに最も嫌われた男」

  Trumbo

 (2016/09/26)



見る前の予想

 「トランボ」と聞いてピンと来るあなた…そんなあなたは間違いなく1970年代アメリカ映画のファンに違いない。
 そもそも映画ファンの間でも脚本家は監督ほど知名度のある人は少ないし、ダルトン・トランボ(当時は「ドルトン」と表記されていた)という脚本家は、当時でも決して「メイン・ストリーム」の映画人ではなかった。では、なぜこの男の名が当時のファンの脳裏に刻印されたかと言えば、彼が唯一監督まで手がけた作品「ジョニーは戦場へ行った」(1971)が公開になったからだろう。
 それはちょうど、僕が劇場に映画を見に行くようになった時期とほぼ同じタイミングだった。時期的には1973年の春。ポセイドン・アドベンチャー(1972)、ゲッタウェイ(1972) などの大ヒットで湧いていた映画街で、ちょうど予告編がかかっていたのがこの映画だった。ちょうどニワカ映画ファンになりかかりで映画雑誌「スクリーン」 なんかも買い始めた僕としては、映画ファン界隈で話題になっていた「ジョニーは戦場へ行った」に興味しんしん。大いに期待して見に行った。考えてみると、 「映画館でロードショー映画を見る」という行為をハリウッド・スペクタクル映画への回帰である「ポセイドン・アドベンチャー」とビッグスター・マックイー ンとヴァイオレンスの巨匠サム・ペキンパーのコラボ作「ゲッタウェイ」、そして本来ならば大ヒットするような作品ではないはずの異色作「ジョニーは戦場へ 行った」…という3本でスタートさせたということは、その後の僕の映画ファン人生に大きな影響を与えたのではないかという気がする。
 そんな脚本家トランボを描いた映画が上陸…となれば、僕としては見ないという手はあり得ない。この人が悪名高い「赤狩り」と戦った話も有名だし、映画にするエピソードには事欠かないはず。「ハリウッドに最も嫌われた男」とは、まさにそのことを言っているのだろう。
 主演はブライアン・クランストン。海外ドラマはまったく見ない僕としてはハリウッド版「ゴジラ(2014)で初めて認識した俳優だが、まぁまぁ悪くないキャスティングだ。そして「バックステージもの」が大好きな僕としては、当時のハリウッドの様子がうまく描かれていれば申し分ない。
 僕は昔なじみに会いに行くような気分で、いそいそと劇場に出かけたのだった。

あらすじ
 戦前のアメリカでは、大恐慌を背景にして労働者の権利を勝ち取るための試みが盛んになり、共産党に入る人々も少なくなかった。第二次 大戦中はアメリカとソ連が同じ連合軍側で戦ったこともあり、共産主義アレルギーはさほど表面化することもなかった。だが、戦後になると…東西冷戦のあおり を受けて、アメリカ国内の共産党員たちは微妙な立場に追い込まれることになるのだった…。
 ハリウッドの脚本家ダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)は、オールラウンドに娯楽映画をモノにする確かな腕前からスタジオの信頼も厚く、業界での確固たる地位を築いていた。今日も今日とて、スタジオで撮影中の彼の盟友エドワード・G・ロビンソン(マイケル・スタールバーグ)主演映画の撮影現場に待機して、何か問題が生じたらその場で助言したりリライトしたりという大活躍。シナリオライターとしてのトランボは、俳優、監督…さらにはスタジオ上層部の全幅の信頼を勝ち得ていた。
 だが、これがプライベートとなるとそうもいかない。今日も今日とて妻クレオ(ダイアン・レイン)を連れて華やかなパーティーに出ると、サム・ウッド監督(ジョン・ゲッツ)とよせばいいのに政治の話でひと揉めしてしまう。分かっちゃいるけどやめられない。そんなトランボのことを、冷ややかな目で見つめているのは、ハリウッドでそれなりの発言力を持つゴシップ記事コラムニストのヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)。彼女は共産党員を目の敵にして、それらを告発するべく各方面に働きかけている最中。それは、すぐに具体化した。
 トランボが家族と一緒に映画を見に行くと、ニュース映画でハリウッドでの共産党員の存在が報じられ、トランボがその筆頭として挙げられる。そして近々、共産党員を調査する下院非米活動委員会が設立されるといわれるではないか。映画が終わってトランボが家族と一緒に帰ろうとすると、客のひとりがニュース映画で見た彼の顔に気づき、手に持ったコーラをぶっかけてくる始末だ。
 これはさすがに末娘のニキにとっては強烈な記憶だったのか、ある日、トランボに「パパは共産党員なの?」と聞いて来る。つまり、「悪人なのか?」と尋ね ているのである。そんなニキに対してトランボは、自分は共産党員だがそれは間違ったことではない…と優しく告げるのだった。
 だが、トランボはまだ事態の深刻さに気づいていなかった。トランボや共産党員の仲間たちは、今までも事あるごとに仲間のエドワード・G・ロビンソン邸に 集まっては、いろいろ意見を戦わせて来た。そんな彼らの目下の最大の話題は、例の下院非米活動委員会のこと。これで自分たちが告発されたらどうする…とい う話だ。しかしその時は、トランボもロビンソンも…他の誰もがまだ大して心配はしていなかった。
 そんな彼らの思惑をよそに、彼らを敵視する側は大人しくしていなかった。ヘッダ・ホッパー率いる映画人同盟の会合では、大スターのジョン・ウェイン(デ ビッド・ジェームズ・エリオット)が出て来て「共産党員の告発」を大いにアピール。負けじとその会合にやって来たトランボと仲間たちは、そこで「自由を守 る」べくビラを配るが、当然のことながら受け取る者はいない。それでもめげないトランボは、事もあろうにウェインにそのビラを突きつける。これにムッとし たウェインは、ビラをトランボの前で引き裂いた。こうなると売り言葉に買い言葉ではないが、黙ってられないのがトランボの性分。国のために戦う兵士たち… 云々と愛国者ぶりを語るウェインに対して、「自分は実際に兵役に就いていたが、アンタはどうなんだ?」とウェインのウィークポイントを鋭く突いて来る。一触即発の状況は何とか回避されたものの、ホッパーはトランボに脅しを入れることを忘れなかった。
 それでも、トランボはそんなものを意にも介さなかった。売れっ子ライターのトランボは、MGM撮影所でルイス・B・メイヤー(リチャード・ポートナウ)に破格の契約を持ちかけられ、もちろん悪い気はしない。メイヤーはヘッダ・ホッパーの記事のことを云々していたが、トランボはそんなもの…と一笑に付すのみだった。
 しかし、笑っていられるのもそこまで。トランボは他の9人の映画人と共に、例の下院非米活動委員会の聴聞会に呼び出しを受けることになった。いわゆる「ハリウッド・テン」である。
 最近、仕事も不調なアーレン・ハード(ルイス・C・K)はこんな状況につき合えないと言い出すが、トランボはそんな彼を経済的にバックアップするから… と励ました。裁判になっても、自由主義者たちが自分たちを守ってくれるはず。こうして彼らは聴聞会ではのらりくらりとやり過ごし、あくまで戦う決意を固め た。
 こうして始まった聴聞会では、トランボやアーレンはのらくらとつかみ所のない発言を繰り返す。こうやっているうちに、何とか切り抜けられると思っていたトランボだったが、残念ながら少々読みが甘かった。結局こうした言動が問題視され、「ハリウッド・テン」は議会侮辱罪で告発されてしまったのだ。
 その陰でヘッダ・ホッパーはメイヤーにも圧力をかけ、「ハリウッド・テン」をクビにすると宣言させる。こうしてトランボは、経済的にも苦境に追い込まれていった…。

ダルトン・トランボ作品の思い出と「パピヨン」

 実は僕がダルトン・トランボ脚本作品をリアルタイムで見たのは、たったの3本しかない。
 前述の監督兼任作「ジョニーは戦場へ行った」と「ダラスの熱い日」(1973)、そしてパピヨン(1973)…がその3本だ。だから、あまり偉そうにトランボを語れるわけではない。しかし映画ファンになったその最初の時期に「ジョニー」に出会った衝撃はかなり大きく、おかげでダルトン・トランボは僕が一番最初に名前を覚えた脚本家となった(次に覚えたのがアルヴィン・サージェントだ)。そのくらい、「ジョニー」のインパクトは強烈だった。
 第一次大戦に駆り出され、戦傷で両手両脚、目も舌も失って「植物人間」と見なされている主人公に、実は豊かな感情と意識が生きていた…というお話。イマドキ「反戦映画」などというとネットで血祭りに上げられそうな勢いだが、頭の中でこねくり回したそれらの反戦映画ととは違って、生理的に問答無用で迫って来る作品。イデオロギーだの政治論争とも無縁の、見ている者に感覚的にストレートに訴えてくる衝撃作だっ た。今、冷静に考えて「映画のテクニック」的にそんなにスゴかったのか…といわれると、少々怪しくなってくるのも事実。何より題材の衝撃度がデカくて、そ れに圧倒されてしまった観が否めない。だが、何よりも脚本・監督(しかも元々の小説まで)を手がけたダルトン・トランボの、「これを言わねば」という「熱さ」は認めざるを得ないと思う。映画を見た人は、みんなその有無を言わせぬ熱気に圧倒されたに違いない。
 また、トランボが悪名高い赤狩りの時代にコテンパンな目に遭っていた…という情報も、にわか映画ファンの僕の脳裏には強烈に焼き付いた。「だからこそ」の、監督まで兼任しての主張なんだな…と僕は思ったものだ。
 その後、トランボ作とは知らずにテレビで見ていた「いそしぎ」(1965)、「ホースメン」(1971)なども含めるとそれなりにこの人の作品を見たことになるが、その不完全な鑑賞体験で感じたトランボ像はというと…やはりその「人」が作品に色濃く反映されているということだろうか。
 僕が見たトランボ作品で最も古いものは、本作「トランボ」でも触れられているカーク・ダグラス製作・主演の「スパルタカス」(1960)。何とこれはスタンリー・キューブリックの監督作品でもあって、確かキューブリックは自分の思い通りに撮れずにボロクソに言っていたような記憶がある。確かにこの作品にキューブリック作を期待してしまうと、「普通に面白いスペクタクル史劇」の域を出てはいない。だがこれをダルトン・トランボ作品と見れば、「なるほど」と思わされる作品に一変するから不思議だ。弾圧にも横暴にも徹底的に抗議し抵抗する主人公は、誰がどう見たってトランボその人がダブってくる。だけどトランボとキューブリックじゃあ、確かに食い合わせは悪いわな(笑)。
 アラン・ベイツ主演の「ホースメン」も反骨の人っぷりが活かされた内容だったと思うし、「ダラスの熱い日」オリバー・ストーン「JFK」(1991)をさかのぼること18年…のケネディ暗殺真相暴露モノ。ハッキリ言ってオリバー・ストーンの押し付けがましい主張がいささか鼻についた「JFK」より、こっちの方が衝撃度も面白さも一枚も二枚も上手だった気がする。
 本来、ハリウッドの脚本家はあまり目立った「作家性」を見せたりはしない。大抵が「職人」として、大衆や映画会社、あるいは監督から求められているモノを的確に描いているからだ。だが、トランボには明らかに「作家性」がある。「作家性」という言い方が大袈裟なら、この人ならではの強い個性が作品ににじみ出ていると言えるだろう。
 ただ、これまで言ってきたこととは真逆になってしまうのだが、トランボはもう一方で腕のいい「職人」としての側面も兼ね備えている。確かにその作品に彼 の「個性」が色濃く反映しているのは間違いないが、それでも出来上がった作品は決してメッセージだけが突出することはない。まず第一に、野太い面白さを 持った作品として出来上がっている。そういう意味で監督兼任の「ジョニーは戦場へ行った」だけは例外と言えるかもしれないが、それ故にトランボはそれ以後 監督をすることはなかったのだろう。あれはきっと、彼にとって一生に一度のことだったに違いない。それ以外では、トランボはあくまで面白い脚本を書くことを第一に考えていたように思える。彼は娯楽映画の作り手としての自分のポジションを、決して忘れることはないのである。
 だから僕にとっての「脚本家」ダルトン・トランボは、何より「パピヨン」の印象が強い。
 「パピヨン」はスティーブ・マックイーンダスティン・ホフマンという2大スターの顔合わせによるビッグな娯楽映画だったし、何しろ「大脱走」(1963)のマックイーンに「十八番」の脱獄をやらせようというんだから期待は高まるばかり。監督のフランクリン・J・シャフナー「パットン大戦車軍団」(1970)でオスカーをとっていたものの、正直この人にはあまり関心はなかった。だが、「ジョニー」を見た後だったから、脚本のトランボには注目した。
 普通、期待が高い場合には大抵実物を見ると失望するもの。ところが今回は違った。ダスティン・ホフマンは後日、「カネのために引き受けた仕事だったが、出来上がった作品は素晴らしかった」と語っていたが、まさに言いたいのはそれ。単に面白いでは済まさない、骨太のパワフルな作品が仕上がった。特に素晴らしかったのは、マックイーン演じる不屈の男である。
 ここでのマックイーンの役どころは囚人だが、本人はあくまで無実だと言っている。だが、この男はそっちの界隈ではかなり「イイ顔」だったようで、胸に バッチリ蝶の入れ墨まで入れている。そこで「パピヨン」と呼ばれている訳だ。本人はあくまで濡れ衣と言い張っているが、映画では正直いって微妙な扱い。本 当にやっていないかどうかは明らかにしていないし、捕まった罪は濡れ衣かもしれないが捕まっても仕方がないことはたっぷりやっていそうだ。つまり、捕まったことに対してお気の毒とは描いていない。無実の不運な男…という描き方はしていないのだ。
 だがこの男、この牢獄に閉じ込められていることを良しとはしない。あくまで脱出しようと奮闘する。脱獄が失敗すればペナルティは厳しい。何度も脱獄を試みてそのたびに失敗しているから、毎度毎度キツい罰ゲームを課せられてしまう。しかし主人公は、それでも決して脱獄を諦めないのだ。
 劇中で印象的な場面がある。牢獄に閉じ込められたパピヨンは、ある夜眠っていて夢を見る。その夢の中で法廷に立たされた彼は、ここでも裁判官に「有罪!」と言われてしまうのだ。だが、その理由がふるっている。「この牢獄に閉じ込められたままで、脱出しようと努力していない」ということに対して「有罪」だというのだ。それを宣言されたマックイーンは、反論もせずその場を離れるしかない。
 法律を犯したからではなく、為されるがままにしているから「有罪」。ただ生きているのではダメだ、自由のために戦い続けなければ人生とはいえない…これ はやはり、ダルトン・トランボならではの主張なのだろう。こんなビッグスター共演の娯楽大作においても、面白く作った上でどうしても自分の痕跡を刻印して しまうのがトランボという脚本家なのである。
 というわけで、僕の映画ファン事始めの際に忽然と現れた反骨の人が、ダルトン・トランボという脚本家なのだ。そして僕にとって彼の持ち味が最大限活かされたと思えるのが、「遺作」となった「パピヨン」なのである。

見た後での感想

 先にも述べたように、「バックステージ」ものが大好きな僕だから、本作はたまらなかった。
 まして映画ファンなりたての頃から知っているトランボの伝記となれば、なおのことだ。おまけにエドワード・G・ロビンソン、カーク・ダグラス、オットー・プレミンジャーなんて知っている映画人が実名で出て来ることも嬉しい。特にプレミンジャーはイメージ通りのクセの強い変なオッサンだった(笑)。それだけで嬉しいのである。
 そんな訳で本作はキライになれる訳がない。感想は?…と言われたら「好き!」としか言えない。以降は、その好きな点を思いついたまま並べてみたいと思う。


トランボの人となりを見事に再現
 トランボという人を知らないので、ブライアン・クランストンがトランボの感じを出しているかと言えば、そこは何とも言えない。だが、硬骨漢で反骨の人ではあるが、愛嬌がある…というのは作品そのものとピタリと符合しているので、見ているこっちとしては違和感はない。
 本作は脇に至るまで役者が充実していて、それだけでも見ていて嬉しい。ジョン・グッドマンのB級映画会社社長やエル・ファニングのトランボの娘…さらにヘレン・ミレンの ヘッダ・ホッパーなど本人の縁者から文句が出ないかと心配になるほど憎々しげに演じている。っていうか、縁者も擁護できないほどのクズだったのか(笑)。 「スパルタカス」の試写だか公開だかでケネディ大統領がインタビューで映画をベタホメしているのを聞いて、「キィ〜〜〜ッ」とヒスを起こしているあたりな んか演じている方も楽しそうだ。
 だが、そんな脇役陣ではダントツでダイアン・レインが素晴らしい。そもそも近年の彼女は、シワまで美しいいい女っぷり。この余裕たっぷりな感じは他の女優では見られない。見るたびに、もっと映画に出て欲しいと思ってしまう。
 面白いのは、トランボに来る脚色の依頼がどれもこれも「小説の出来はくだらない、でもストーリーは面白い」…ばかりなこと。実際そんなもんかもしれないな…と笑ってしまった。「パピヨン」も本としては本人の手記だから、読んだらつまらなそうだ(笑)。
 そして、トランボは自分の個性を脚本に反映させると言っても、あくまでプラカードみたいにメッセージを押し付けない…というトランボの姿勢が、本作から も伺えたところが嬉しかった。だからこそ、当座はB級映画のシナリオを書いて食いつなぐという芸当が出来たのだろう。このあたりのトランボの人となりの描 き方には、「実際そうだったんだろうな」と思わされるリアリティがあった。
 しかし、本作でのカーク・ダグラスには正直惚れ直した! 独立プロであんなスペクタクル超大作を作る度胸も大したもの。だが、そこにトランボ脚本を起用するとは、あまりにギャンブラー過ぎる。まぁ、キューブリックを監督に雇う時点で普通じゃない(笑)。大したサムライだったんだな…と感心してしまったが、それは本作とは関係がない話だった。失礼。
 そういう意味で、もう一人の映画人…ジョン・ウェインの描き方はデリケートな部分だっただろう。ある意味でアメリカ映画のアイコンであり、ヘッダ・ホッパーのようにバカにして叩く訳にもいくまい。人は悪くないのだが、ちょっと頭が悪い(笑)…的な
本作での描き方は、節度のあるギリギリの線だったように思う。
 そんな本作の監督は誰かと思いきや、何と「オースティン・パワーズ」(1997)のジェイ・ローチ! これにはビックリしてしまったが、考えてみると「オースティン・パワーズ」もノスタルジーをバカにしてお下品に笑い飛ばしていると見えて、意外に真面目な一面を見せていたところがある。そういう意味では、本作「トランボ」と一脈通じるところがあるのかもしれない。
 そんな訳でネットでも巷でも絶賛なこの作品、映画としての出来映えよりも、どちらかというとダルトン・トランボその人の人間像を「立派だ」「勇気がある」とホメられているようだ。確かにその通りなのだが…実際、トランボのような人物が僕らの前に現れた時に、みんな
映画同様に「立派だ」「勇気がある」と評価できるのか。ひょっとしてトランボにコーラをぶっかけちゃう奴の側に回ったりはしないだろうか。
 はたまた…自分がトランボのように振る舞えるだろうか。僕はハッキリと自分にはそんな勇気はないと断言できるが、みなさんはいかがだろう? そういうことは言っちゃいけない約束なのかな(笑)?

 

 

 

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