新作映画1000本ノック 2015年11月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
「アクトレス/女たちの舞台」 「ミケランジェロ・プロジェクト」 「ジョン・ウィック」 「サバイバー」 「アントマン」

 

「アクトレス/女たちの舞台

 Sils Maria (Clouds of Sils Maria)

Date:2015 / 11 / 30

みるまえ

  ジュリエット・ビノシュ、クリステン・スチュワート、クロエ・グレース・モレッツという新旧3人の女優が共演。こう聞いたら、ビノシュはオスカーも穫って いるしアメリカ映画だろうと誰しも思うはずだ。ところが、これは驚くなかれフランス・スイス・ドイツ合作のヨーロッパ映画なのである。だが、ビノシュが女 優を演じるバックステージものということだから、この手のジャンルには目がない僕としては必見。むしろ、このメンツで撮るヨーロッパ映画という点に大いに 興味をそそられた。

ないよう

  ヨーロッパを走る長距離列車の車内で、大雑把な服装の若い女が携帯電話をかけている。化粧っけもないその女の名はヴァレンティン(クリステン・スチュワー ト)。列車に同乗している国際的大女優マリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)の個人秘書として、彼女のスケジュール調整をしているところだ。列車 が向かっているのはチューリッヒ。そこではマリアをスターダムへと押し上げてくれた恩師、劇作家の巨匠ヴィルヘルム・メルヒオールの業績を称える賞を授与 するイベントが行われる。老作家であるメルヒオールはこの授賞式への欠席を表明したが、代理としてその賞を受け取る役割を、かつてのメルヒオールの「秘 蔵っ子」マリアが引き受けたというワケだ。列車がチューリッヒに近づいている最中にも、仕事の話がどんどんヴァレンティンの携帯に舞い込んで来る。その一 方で離婚話が進んでいるマリアの携帯にも、夫と所有していたマンションの売却についての話がかかって来る。そんな慌ただしい最中、マリアは授賞式でのス ピーチ原稿も書いているというてんやわんやぶりだ。マリアがメルヒオールに見出だされたのは約20年前。彼の芝居「マローヤのヘビ」に主演し、評判をとっ たのがキャリアの始まりだ。そんな過去を振り返りつつスピーチ原稿を書いていたマリアと秘書のヴァレンティンに、衝撃的なニュースが飛び込んで来る。何と 当のメルヒオールが亡くなったというではないか。これにはさすがに狼狽せずにいられないマリア。さらにイベント主催側からの連絡で、メルヒオール作品常連 俳優だったヘンリク・ヴァルト(ハンス・ツィジシュラー)もその場にやって来ると知らされる。これにはマリアも顔をしかめざるを得ない。確かにヴァルトは メルヒオール作品常連の名優だったが、正直マリアにはいい思い出がない。彼女に言わせるとゲスな男でしかなかった。こうしてチューリッヒに到着したマリア は、イベント主催側と打ち合わせ。そんな忙しい中にも、マリアがイメージキャラクターとして契約している企業のために、わざわざ広告写真を撮りに来たス タッフたちが待ち構えている。マリアがこのような混沌の中を何とかやっていけるのも、ヴァレンティンの献身的な努力があればこそ。彼女はいわゆるマネ ジャーとしての仕事だけでなく、公私ともにマリアを支えるパートナーとして常に彼女と同行していた。そんなこんなでイベント当夜に会場するマリアたち。マ リアはヴァルトたちと共に壇上に上がり、無事に大役を果たすことが出来た。その後の関係者のレセプションへとなだれ込むが、正直言ってマリアはヴァルトら との酒の席は気が進まない。そんな彼女の気持ちを見透かしたように、ヴァレンティンはマリアに「ある人物」がやって来たことを知らせる。その人物は、新進 演出家のクラウス(ラース・アイディンガー)。実はこのクラウス、マリアの出世作である「マローヤのヘビ」再上演を狙っているところ。しかもクラウスは、 この「リメイク版」にマリアの出演を願っていたのだ。そしてヴァレンティンも、この企画へのマリア出演を推していた。実はマリアは乗り気ではないが、ヴァ ルトらとの同席はもっと気分が乗らない。そこをまんまとヴァレンティンに読まれて、クラウスとの顔合わせを仕組まれた訳だ。こうして若いクラウスと会うこ とになったマリアだが、出演する気にイマイチなれないのは変わらない。その理由は、彼女の役どころにもあった。「マローヤのヘビ」は若く奔放な娘シグリッ ドに会社社長の中年女性ヘレナが惹かれ、翻弄されたあげく自殺に追い込まれるという物語。20年前の初演時にはマリアがシグリッドを演じて、大人気を博し た。だが今回の「リメイク版」では当然マリアがシグリッドを演じられるはずもなく、「脇役」であるヘレナ役としてオファーされているのだ。これは確かに、 マリアとしては心境複雑なところだろう。そこをクラウスはさすがに才気煥発な若手実力派だけに、言葉巧みにマリアを説得。マリアも何となく悪くない気分に はなってきた。そんなマリアに、クラウスは今回のシグリッド役のキャスティング・プランを打ち明ける。クラウスはそこに、現在ハリウッドの若手として活躍 するジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)を起用するつもりらしい。これを聞いたマリアは、またまた気持ちがグラついたが、今さら後戻りできな い空気にもなっていた。そんなクラウスとの会見を終えたマリアは、レセプションの席に戻って来る。ヴァルトらとのしょうもない話も、酔って聞き流せば聞け なくもない。たまたまホテルに帰るタクシーをヴァルトと相乗りしたマリアは、どうした風の吹き回しか彼にホテルのルームナンバーを教える。だがその夜、マ リアの部屋を訪ねる者は誰もいなかった…。その後、豊かな自然に囲まれたスイスの景勝地シルス・マリアを訪れる、マリアとヴァレンティンの姿があった。こ こシルス・マリアのそばには例の「マローヤのヘビ」のタイトル名にもなっている場所マローヤがあり、何より故・メルヒオールの山荘があった。マリアとヴァ レンティンはこの場を借りて、リメイク版「マローヤのヘビ」への準備にじっくり取り組もうとしていたのだが…。

みたあと
  劇場に到着してチケットを購入してから、僕はようやく本作の監督について気がついた。オリビエ・アサイヤス…この名前を僕はどこかで聞いたはずだと思って いたのだが、映画を見る直前にようやく気がついた。何と香港女優マギー・チャンが主演したフランス映画、「イルマ・ヴェップ」(1996)の監督ではない か。マギー・チャン初の海外出演、共演はあのジャン=ピエール・レオ、「映画づくり」に関する物語…と三拍子揃えば、これは期待するなというのが無理。僕 などは「アメリカの夜」(1973)へのオマージュ映画なんじゃないかという予感すらして、喜び勇んで劇場に駆けつけてしまった。ところがこれが…イマド キ田舎の高校の映研でも撮らないような、まさしく文字通りのトンデモ映画(笑)。それ以来、アサイヤスと聞くとロクなもんじゃねえ…と見る気が起きなかっ た。またこんな奴なのにマギー・チャンも結婚しちゃって、案の定すぐに別れちゃったしなぁ…。そんなアサイヤスが本作も撮っているとは…もうイヤな予感し かしない!

ここからは映画を見てから!

みどころ
  いきなり出て来るのは、携帯で仕事の電話をガンガンこなすクリステン・スチュワート。化粧っけもなくサバサバした感じで出て来るのがちょっと意外。正直 言ってこの人ってイケメン・ヴァンパイアと仲良くなる…みたいな映画で売ってて、いつも目の下にクマつくって顔色が悪いな…としか思っていなかった。 まぁ、血を吸われる役じゃしょうがねぇな…などと思っていた(笑)のだが、今回はズケズケズバズバとジュリエット・ビノシュとほぼ互角でやり合う役どこ ろ。これがなかなかイイ。いやぁ、彼女ってこんなにイイ女優だとは思わなかった。何でもフランスのアカデミー賞と言われるセザール賞の助演女優賞をアメリ カ人で初めて穫ったらしいが、それも当然という感じ。確かにこれまでも「イエロー・ハンカチーフ」 (2008)など悪くはなかったが、こんなに彼女がイイと思ったのは初めて。正直、クリステン・スチュワートを見るだけでも、本作の価値はある。これは ちょっと予想外の収穫だった。映画自体はすでに地位を確立したジュリエット・ビノシュの大女優が、何だかんだと自らの「老い」に焦る姿を描いて秀逸。本編 の最初から最後まで、何だかんだと言い訳して難癖つけて、「老い」を認めずジタバタする往生際の悪さ。目一杯もがいたあげく、結局は何かを手放していく… というのが「老い」なんだなと実感させられる。このあたり、実際に今、いろいろなモノを手放さざるを得ないと自分が実感しているだけに、なかなかシャレに ならない。特に終盤になってクロエ・グレース・モレッツが登場して来ると、ビノシュのやり切れなさはますますハッキリして来る。それでも…そうなったらそ うなったでやっていかねば…と、ビノシュが腹をくくるところがエンディングだ。これは自分でもいい歳ぶっこいて来ただけに、グッと来たねぇ。この気持ちは 何となく分かる気がするからね。実は、チョコチョコ出て来るクリステン・スチュワートの不審な行動とか、中盤で彼女が唐突に消えてしまうところとか、正直 言って本作のクリステン絡みの場面では僕はよく分からないところが少なからずある。そのへん「イルマ・ヴェップ」のアサイヤスならではのトンデモ感はいま だ健在なのかもしれない(笑)のだが、それでもビノシュ、スチュワート、モレッツ…の3女優を見事に操った手腕は相当なもの。特に、何度も繰り返すようで 申し訳ないが…これまでは単に顔色が悪くて「血行促進のクスリでも飲んだら?」と言いたくなっていたクリステン・スチュワートが、これほどイキイキと見え たのは初めて。それだけでもオリヴィエ・アサイヤスを見直した。何か血行を良くするマッサージでもしてあげたんだろうか(笑)? そういう意味では映画の 役どころ同様に母屋を取られちゃった観もある(笑)ジュリエット・ビノシュだが、こちらだって堂々たる主演ぶりでイイ味出してた。

実 は白状すると、ジュリエット・ビノシュって僕は長らく苦手な女優だった。それというのも…彼女が最初にレオス・カラックスの「汚れた血」(1986)で出 て来た時には、何だか分かってないくせに頭でっかちなことばかり言うバカな若手女優って感じだったんで、ついつい敬遠してしまっていたのだ。実は「汚れた 血」劇場パンフには、パリの新聞「リベラシオン」1986年11月25日号に掲載されたカトリーヌ・ドヌーブとジュリエット・ビノシュの対談の抜粋が転載 されていたのだが、この内容がひどかった。元々は「汚れた血」を見て感心したドヌーブがビノシュとの対談を希望したらしいのだが、何を勘違いしたのかビノ シュは思い切り上から目線発言を連発。それも何を言ってるのか分からない屁理屈ばかり並べて、ハッキリ言って頭が悪そうだったのだ(笑)。ドヌーブもド ヌーブで人が悪いというのか古狸というのか、そんなビノシュを思い切りヨイショ。「あなたは信じられないほどしっかりしていて、明晰で知的…私はこういう ふうに考えるのに時間がかかった」などと謙遜しまくり。調子に乗ったビノシュがますますバカをさらす…という読むに耐えない対談だった(笑)。今ではハリ ウッド版「ゴジラ」(2014)にまでチョ イ役出演しちゃうビノシュだが、この対談を今呼んだら顔から血が出ちゃうんじゃないだろうか(笑)。後半のクロエ・グレース・モレッツとビノシュのやり取 りは、この時のドヌーブ=ビノシュ対談を彷彿とさせる。つまりは…ビノシュも、そして僕も、歳をとったということなのだろう。そのへんもいろいろ感慨深 かった。そしてこれまでは悪印象が先行していたアサイヤスだったが、今回のキャスティングを見ても分かる通り、フランス映画らしからぬボーダーレス感が素 晴らしい。考えてみれば…出来映えは最悪ながら「イルマ・ヴェップ」の時に、すでにマギー・チャンを起用していた段階でそんなボーダーレスな感覚は持って いたのだろう。本作でもハリウッド映画を冷笑しているように見えながら、クリステン・スチュワートの口を借りて弁護しているあたりがフランス映画らしから ぬところ。さらにはそんな頭でっかちなフランス映画やヨーロッパ映画を、旧態依然としたビノシュの発言で批判しているようにも見えたのが興味深かった。 ヨーロッパでこういう感覚の人って、全然テイストは違うけどジャン=ジャック・アノーあたりぐらいしかいないような気がする。オリヴィエ・アサイヤス、 ちょっと見直さなくちゃいけないかもしれない。

さいごのひとこと

 今、甦るドヌーブ=ビノシュ対談の記憶(笑)。

 

「ミケランジェロ・プロジェクト

 The Monuments Men

Date:2015 / 11 / 23

みるまえ

 こ の映画のことはだいぶ前から知っていたように思うが、公開延期だか中止だかになっていたと記憶している。それが唐突に公開。ジョージ・クルーニー以下豪華 キャストの大作なのに、どうしてそんなことになったのか分からないが…まずは公開されたことはめでたい。第二次大戦中にナチスが奪った美術品を連合軍側が 奪い返そうとして、戦争には素人だが美術品のプロを特殊部隊として戦場に派遣する…という、ちょっと面白そうなお話。ジョージ・クルーニーにマット・デイ モン…と来ると「オーシャンズ11」(2001)がどうしてもチラついてしまうが、これも戦争版「オーシャンズ」みたいな感じなんだろうか。ただ、今回は監督もクルーニーと来る。クルーニー監督は「グッドナイト&グッドラック」(2005)なんて骨のある映画も撮っているから、なかなか侮れないのだ。そんな訳で、すごく期待する訳じゃないけどソコソコは楽しめそうということで、空いた時間にイソイソと劇場に足を伸ばした。

ないよう

 1943 年、ベルギーの古都ヘントにあるシント・バーフ大聖堂。夜の静けさの中、大聖堂の中では司祭たちが忙しく動いていた。彼らが集まっているのは、この大聖堂 が所蔵する有名な美術品「ヘントの祭壇画」の周囲。彼らはこの絵画群が描かれている何枚ものパネルをはずして、大聖堂の前に停車したトラックに積み込ん だ。こうしてトラックは発車し、「祭壇画」はいずこかへ運び出されたはずだったが…。当時、第二次世界大戦の最中のヨーロッパでは、ナチスドイツが各地の 貴重な美術品を略奪し続けていた。先ほどの「祭壇画」も、そんなナチスの略奪から守るためだったのだ。その他にも戦火の中で破壊されている美術品も数知れ ず、人類文化に対するダメージは計り知れないものになりつつあった。この状況を憂慮したのが、ハーバード大学付属美術館長のフランク・ストークス(ジョー ジ・クルーニー)。ストークスはルーズベルト大統領に直訴して、美術品の救出を提案。軍の人手を割いてもらうことを要請する。大統領は事態の深刻さは理解 したものの、戦争の最中に人手を割くことには同意できなかった。そこでストークス自身が戦場に赴き、美術品を救出することになったのだ。大統領から全権を 委任されたストークスは、まずアメリカで『仲間」を集め始める。こうしてメトロポリタン美術館のグレンジャー(マット・デイモン)、建築家のキャンベル (ビル・マーレイ)、彫刻家のハンコック(ジョン・グッドマン)、美術史の専門家サヴィッツ(ボブ・バラバン)らといった、兵士としてはズブの素人ながら いずれ劣らぬ美術の専門家が集められる。彼らはイギリスに向かって、英軍基地で新たに英国人の歴史家ジェフリーズ(ヒュー・ボネヴィル)、フランス人の美 術学校主任クレルモン(ジャン・デュジャルダン)が合流。総勢7名となった彼らは、ここで軍事訓練を受けながら作戦を建てることにする。その名も、誰が呼 んだか「モニュメンツ・メン」。時はナチスドイツの敗色が濃くなってきた1944年。彼らは慌ただしく戦場へと旅立つことになる。まずやって来たのは、フ ランス・ノルマンディの海岸。ここから何組かに別れて美術品の探索・救出を図ろうと考えていたストークスたちだが、現地の司令官に協力を要請しても剣もほ ろろ。それもそのはず、彼らはまさに命のやりとりをしている訳だから、美術品を守るために人員を割けとか攻撃を控えろとか言われても聞くはずもない。そん なこんなで困り果てたところ、ストークスはたまたまクルマに乗った若い兵士サム・エプスタイン(ディミトリ・レオニダス)と出会う。偶然にも、彼はストー クスと旧知の仲。たまたま一台空いていたクルマを動かしていたこともあり、彼の上司に掛け合って「モニュメンツ・メン」に合流してもらう事になった。その 一方で、ジリ貧に焦るナチスドイツは、ますます美術品の略奪を加速させていく。ここパリでも、親衛隊のシュタール(ユストゥス・フォン・ドホナーニ)があ またある美術館から絵画や彫刻を根こそぎ略奪。フランス側の秘書としてシュタールの略奪の手助けをさせられていたシモーヌ(ケイト・ブランシェット)は、 苦々しい思いを噛み殺してその仕事に就いていた。しかもレジスタンスに加わっていたシモーヌの弟がナチスに殺され、彼女の立場は一気に危ういものとなる。 そんな折りもおり、連合軍の猛攻で敗走を続けるナチスは、略奪した美術品をすべて持ち去ることを決める。不穏な気配を察知して駅へと駆けつけたシモーヌ に、美術品を積んだ列車から銃弾を浴びせるシュタール。去って行く列車を鋭い表情で見つめながら、シモーヌはその場に呆然と立ち尽くすのだった…。

みたあと
  「グッドナイト&グッドラック」などを見ても分かるように、ジョージ・クルーニーは監督としてもなかなかセンスがある。骨のある映画を撮るだけでなく、 「ちょっと前の過去」に格別の関心があるようだ。本作もまさにそんな映画で、戦時中にも関わらず美術品を守るべく立ち上がった男たち…という「知られざる 裏面史」を描くあたりも野心的な企画だ。それを前述したようにオールスターで描く。このあたりは、さすがジョージ・クルーニー。彼が一声かければすぐにこ れだけのメンツが揃うんだろうが、本来ならちょっと地味な題材だっただろうに、このオールスター・キャストで華やかさが出た。それにしても、これだけのメ ンツの映画で突然公開が中止になったというのは、一体いかなる理由だったのだろうか? このあたりも実に不思議だ。

みどころ
 ただ、華やかなメンツが出演してはいるが、映画の構造は「オーシャンズ」みたいなハラハラドキドキではない。さらに戦争が背景にあるが、「ブラックホーク・ダウン」 (2001)のようなイマドキの戦争映画みたいに観客が常に緊張を強いられるような超リアルな描写もない。そういう意味ではどこかおっとりしてユーモアも あり、昔の戦争映画の雰囲気がある。おそらくそのあたりは、ジョージ・クルーニーも狙っているのではないか。明らかにそんなかつてのアメリカ戦争映画を意 識してか、舞台も「史上最大の作戦」(1962)でおなじみノルマンディとか「バルジ大作戦」(1965)の舞台などを転々とする。アメリカ軍はじめ連合 軍が「正義」だった頃の第二次大戦映画の気分が濃厚なのである。それも、本作の題材が政治的だったりドキュメンタリー的なリアリズムでなく、「美術品を守 る」という問答無用に正当化できる内容だからだろう。逆に言うと、イマドキの映画ではこのような変化球的題材や「外伝」的内容でなければ、連合軍の戦いを スカッと肯定的に描けなくなっているとも言える。さらに映画的スタイルから見ても、戦争映画は「プライベート・ライアン」(1998)以前と以後でかくも 劇的に変貌してしまった…ということを改めて思い知らされた。また、残念ながら僕は教養もなく美術品には詳しくないので、この映画がどの程度そのあたりに リアリティを持っているのかは分からない。しかし戦争でこうした貴重な文化財がダメージを受けてしまうあたりは、たまたま今、自分が制作している本がこう した題材を扱っているので、非常に身につまされる思いで見てしまった。「ラブ&マーシー/終わらないメロディー」(2015)や「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」 (2013)などの感想文でも繰り返し書いているのでしつこくて申し訳ないが、戦争ってのはホントにかけがえのないモノを破壊しちゃうんだよねぇ。中学生 の感想文みたいで恥ずかしくて申し訳ないのだが…。そのあたりも含めて、僕は「美術品」を命を賭けて救い出そうとする主人公たちに大いに共感したし、興味 津々で楽しめたのである。

こうすれば
 そんな訳で割と僕は楽しめた作品だったのだが、例のジョージ・クルーニーを巡るオールスター・キャストはちょっとお腹いっぱいな気も…。例の「オーシャンズ」が3回も繰り返されたあげく、その後も「バーン・アフター・リーディング」 (2008)などがあったりするので、何となく似たりよったりの印象がある。実際にはクルーニーとブラピ、クルーニーとマット・デイモン…ぐらいしかか ぶっていないのだが、なぜか毎度同じような顔ぶれでツルんでいるような印象があるのだ。こうなってしまうと、せっかくのオールスター・キャストも「いつも の」顔ぶれになってしまって有り難みがない。何かというとツルむのもいいけれど、クルーニーはもうちょっと出し惜しみをした方がいいと思う(笑)。

さいごのひとこと

 元・絵描きとか映画好きの国家元首なんてロクなもんじゃない。

 

「ジョン・ウィック

 John Wick

Date:2015 / 11 / 09

みるまえ

  僕はつい最近までこの作品のことを知らなかったが、どうも巷ではキアヌ・リーブスの名前と共に話題になっていたようだ。キアヌ・リーブスは「スピード」 (1994)や「マトリックス」(1999)など、ツボにハマると大ホームランをかっ飛ばすが、それ以外はどうも昼行灯みたいにパッとしない作品群でお茶 を濁してしまう。今回だって「キアヌ・リーブス完全復活」という宣伝コピーを付けられているあたり、みんな長らく彼がパッとしなかったということでは意見 が一致しているはずだ。考えてみると、そのフィルモグラフィーでは宇宙人を演じたり仏陀を演じたりしているくらいだから、どこかつかみどころのない個性の 持ち主ということなんだろう。そんなキアヌの最新作である本作は、引退していた凄腕の殺し屋が復讐のために復帰する…というようなお話らしい。当然、そ の「凄腕」ぶりが見どころとなってくる。…となれば、イキのいいアクション映画が見れるというワケだ。これは見ない訳にはいかないだろう。

ないよう

  夜の波止場。走り込んできたクルマが、建物にぶつかって停まる。中からヨロヨロと降りてきたのは黒づくめの男、彼の名はジョン・ウィック(キアヌ・リーブ ス)。腹にキズを負っているらしく血まみれの彼は、ポケットからスマホを取り出す。そこには、彼と美しい女性が一緒に収まったムービーが映し出された。激 しい出血と疲労で意識が遠ざかりつつあるジョン・ウィックの脳裏に、ここまでの事の成り行きが浮かんで来る…。彼女との楽しかった思い出…だが、それは長 く続かなかった。突然、病魔に倒れた彼女は、間もなく帰らぬ人となってしまう。葬儀には多くの客がやって来たが、ジョンはまるで虚脱したような状態。その 姿を遠くから見守っていたワケありの旧友マーカス(ウィレム・デフォー)も、思わず声をかけそびれるほどの憔悴ぶりだった。そんな虚脱状態になってしまっ たジョンに転機が訪れたのは、ある朝のこと。突然、犬の入ったカゴが配達されたのだ。そこには亡き妻からの、「あなたには愛する対象が必要よ」というメッ セージが付いていた。この犬こそ、妻のジョンへの置き土産だったのだ。こうしてジョンと犬との生活が始まった。朝はベッドのジョンにむしゃぶりついて起こ し、どこに行くにもついて回る。それでなくても愛くるしいこの犬が、亡き妻の思いがこもる贈り物となれば愛さずにはいられない。この犬のおかげで、ジョン の暮らしにある程度の安らぎと安定がもたらされたのだが…。その不穏の兆しは、ジョンが愛車マスタングで外出した時に端を発する。給油のためにガソリンス タンドに立ち寄ったジョンに、たまたま居合わせた胡散臭い連中が近づいて来る。それはいかにもドラ息子然とした生意気な若造ヨセフ(アルフィー・アレン) とそのお仲間二人。ヨセフは馴れ馴れしくジョンに近づくと、ヴィンテージ・カーのマスタングに目をつけて話しかける。「これスゲエな、売らねえか?」「売 らない」…と、いたく簡単で素っ気ないやりとり。しかし、これがマズかったのか。その晩、愛犬がやたらに吠えるのに目を覚ましたジョンは、家に何者かが侵 入したのに気づく。しかし、相手は複数でいきなりバットでジョンを殴った。その場に崩れ落ちるジョンをさらに何発か痛打。愛犬もブチ殺された。相手は、例 の昼間のドラ息子ヨセフとそのお仲間たち。連中は勝ち誇った様子でその場を立ち去り、ジョンは血まみれのまま気を失った。ヨセフたちがジョンのマスタング を奪い去ったのは、言うまでもないことだ。ところが、ヨセフが調子こいていられたのはそう長い間ではなかった。その足で盗難車の改造工場にマスタングを持 ち込んだヨセフたちは、工場オーナーのオーレリオ(ジョン・レグイザモ)が意外にもシビアな反応を見せるのに驚いた。実はヨセフはロシアン・マフィアのボ スの息子。裏稼業の工場オーナー風情なら、ひれ伏すのが当然の相手だ。それなのにオーレリオは「一体、誰のクルマだと思ってるんだ?」と叱責するだけでな く、調子こいてるヨセフを容赦なくぶん殴る。もちろん、オーレリオにはそのクルマが誰のものかよく分かっていたのだ。頭に来たヨセフは、この件を父親であ るロシアン・マフィアのボス、ヴィゴ(ミカエル・ニュークヴィスト)にチクる。それを聞いたヴィゴは早速オーレリオに電話をかけてくるが、オーレリオは慌 てず騒がず一喝だ。「息子さんはジョン・ウィックのクルマを盗んで、犬を殺したんですぜ」…。それを聞いたヴィゴの顔色が変わった。下っ端の取引をまとめ て得意顔のヨセフは、事情を分からないままヴィゴの元に報告にやってくる。するとヴィゴはヨセフに例のクルマの件について、最初はごくごく穏やかに…そし て徐々にドスを効かせてグイグイと問いつめていく。「オマエは誰のクルマを盗んで、誰の犬を殺したのか分かっているのか?」「ど、どうせどっかの名無し野 郎だろ?」「オマエのその名無し野郎はな…“あの”ジョン・ウィックなんだ!」…いずれ劣らぬ札付きどもを震え上がらせ恐れさせるジョン・ウィックとは、 一体いかなる人物なのか? その頃、当のジョン・ウィック本人は…自宅のコンクリート床をハンマーで叩き割り、埋め込んで捨てたつもりだった銃火機を掘り 起こしていた…。

みたあと
 映 画界には、「誰もが恐れる伝説の無敵な男」映画というジャンルがある。この長ったらしいジャンル名はたった今、僕が命名した(笑)が、実際にこういうタイ プの映画は今までも数多く作られて来た。ザッと挙げれば三船敏郎が無敵だった「用心棒」(1961)に始まり、アーノルド・シュワルツェネッガーが大暴れ の「コマンドー」(1985)、娘のためにリーアム・ニーソンが孤軍奮闘の「96時間」(2008)、トム・クルーズが奇妙な流れ者を演じた「アウトロー」(2012)、デンゼル・ワシントンの「必殺仕事人」ぶりが見ものの「イコライザー」 (2014)…といった作品がズラリと並ぶ。いずれも引退していた凄腕が戻って来た…とか、流れ者が大暴れする…といった設定で、とにかくめったやたらに 強い。暴れ出したら誰も手がつけられない。常人ではない、怪物のような強さ。笑っちゃうくらいの強さ。「コマンドー」の中で暴れ出したシュワの足取りを追 う米軍兵士が上官に「これからどうなるんです?」と尋ねた時の、上官の答えがとにかく秀逸だった。いわく、「第三次世界大戦だ!」(笑)。つまり、そいつ 一人で戦争になっちゃうくらい、手を出しちゃいけない存在なのである。ところが、大体そういう男にバカな奴が手を出してしまう。本作でも…盗難車の改造工 場オーナー(ジョン・レグイザモ)がジョン・ウィックの愛車を見つけて、盗み出して来たロシアン・マフィアのボスのバカ息子を「ボスの息子だというのに」 容赦なく叱ってぶん殴る。当然、ボスは改造工場オーナーに「なんで息子を殴った?」と電話をかけてくるが、オーナーは「息子さんはジョン・ウィックのクル マを盗んだんですぜ」とまったく動じない。ボスもボスの方で、オーナーを咎めるどころか「なんてこった…」と絶句するアリサマ。これだけでもジョン・ ウィックがどれだけスゴいか、どれだけヤバいかが分かる。その後、このボスは調子こいてるバカ息子を怒鳴り倒し、自分のセガレにも関わらず「オマエやっち まったな」と突き放した態度をとらずにいられない。見ているこっちとしては、「ジョン・ウィックとは何者なんだ?」「これからどれほどスゴいことが起きる のか?」…とワクワクしてくる。ここまでの大げさな描かれ方で、僕らにはキアヌ演じるジョン・ウィックが、前述した数々の「無敵の男」たちの系譜に間違い なく連なる人物だと分かっているからだ。

みどころ
  これだけ盛り上げに盛り上げてハードルを上げまくった手前、実際のジョン・ウィックによる復讐劇が大したことなかったら、僕ら観客としてはどうしてもガッ カリしてしまう。この手の映画では、「スゴい奴アピール」はいいのだが、それに見合ったアクションの見せ方や復讐ドラマの構築の仕方がちゃんと出来てない といけない。「スゴい奴」と盛り上げるハッタリは、そういう諸刃の剣でもあるわけだ。だがその点、本作は合格と言えるのではないだろうか。本作の主人公 ジョン・ウィックは確かに強い。ただ敵をバッタバッタと倒していくだけでなく、その戦いの見せ方がうまい。それなりの強さの裏付けに見える説得力と、観る 者の目を楽しませる派手さ面白さがあるアクションを展開しているのだ。基本的に拳銃を用いることが多いが、にも関わらず接近戦というユニークさ。格闘技と 銃撃をミックスした…というべきだろうか、非常にユニークで、かつリアルな戦い方なのである。銃と武術のミックスという点では、クリスチャン・ベール主演 のSF映画「リベリオン」 (2002)での「ガン・カタ」と呼ばれるアクションを想起させるところもある。ただし、あちらはほぼ見てくれの良さを重視した舞踏・舞踊のような連続 ポーズだったのに対して、こちらはぐっとリアル。それでも、今までのアクション映画ではあまり見られなかったユニークな戦い方なのは間違いない。このアク ションのおかげで、見ている僕らにジョン・ウィックがそれまで語られていたような「無敵な男」であることが裏付けられることになる。また、見ていて面白 く、痛快さ小気味よさを味わえるので、先の展開が楽しみにもなる。まぁ、「無敵の男が復讐する」というだけなら凡百の映画が存在しており、そもそもアク ション映画で「銃で戦う」なんて設定はゴマンとある。正直言って大半の映画は、それほど面白くもおかしくもない。その点、この作品は主眼となるアクション 場面でこのような工夫を行っているので、他の「よくあるアクション映画」とは一線を画している。このアクション場面だけでも価値があると思えるのだ。ま た、ジョン・ウィックが派手な殺しを演じた後で呼ぶ、「掃除屋」の存在が面白い。その痕跡を死体ごと抹消してくれる、実に便利な存在なのだ。さらに、殺し 屋が仕事のために泊まるホテルの存在もなかなか秀逸。殺し屋のためのホテルではあるが、ここで殺しを行うのは御法度…という厳しいルールもある。こうした 「殺し屋」界隈の掟というか風習というか、そういうものを描いているくだりが楽しいのも、本作の魅力のひとつだ。近所の通報によってジョン・ウィックの自 宅に様子を見に来た警官が、チラッとその場に死体があることを目撃しながら、「現場復帰ですか?」などと尋ねただけで帰って行く(笑)ことといい、ちょっ としたドライなユーモアがあちこちに散りばめられているから、本作は一本調子な復讐劇にならずに済んでいるのである。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
 しかしながら、いささか注文をつけたくなる点も少なくない。そもそも引退して油断していたとはいえ、主人公がロシアン・マフィアのチンピラ風情にあれほ ど一方的に痛めつけられるというのはいかがなものだろうか? それを言ってしまうと本作の土台そのものが成立しなくなってしまうので、これは仕方がないと して…主人公はあれほど「伝説の男」「歩く恐怖」のように恐れられている人物なのに、戦いの中で結構キズを負ったりボコボコにされたりしている。「コマン ドー」のシュワや「イコライザー」のデンゼルなどのように、相手はほぼ壊滅状態なのに自分はカスリ傷程度…みたいな圧倒的な強さが感じられないのだ。これ は、キアヌという人がイマイチあまり強そうに見えないところからそうなっちゃったのだろうか? しかし…いくら現場から離れて腕がナマっているとしても、 前半であそこまで煽っているだけに合点がいかない。本来だったら、彼がクシャミでもしようものなら10人ぐらい即死しないと帳尻が合わない。また、ウィレ ム・デフォー演じる主人公の親友も、ただただ主人公に味方する「イイ人」ってのもどうだろう? 同業の「殺し屋」としては、こういう厳しい業界に生きる男 としてのドライな態度を見せた方がよかったような気がする。あくまで復讐成就まではバックアップして、最後に「殺し屋」としてのスジを通して主人公と対決 する…とか。そうでないと、この男はこういう仕事に就いていながら、ちょっと「甘い」と感じられてならない。途中で出て来る女殺し屋も、面白く使えたはず なのにつまらない役どころ。何しに出て来たのか分からないというのは困ったものだ。さらには主人公は愛車マスタングに愛着があったはずなのに、それがまっ たく活かされていなかったことも残念だ。本来ならば、奪ったロシアン・マフィアのバカ息子から直接奪還する描写が必要なはず。見ている限りでは、主人公は それほどこのクルマに愛着を持っているように思えない。このあたりは監督のチャド・スタエルスキ、脚本のデレク・コルスタッドの力不足だったと言わざるを 得ないだろう。しかしながら、前述のような魅力も決して少なくない作品で、穴だらけではあるが見ていて面白いことも事実。というか、むしろその穴を突っ込 んでいくのも楽しいのだが(笑)。すでに続編制作が決定しているらしいが、ぜひ次の作品ではこれらの穴を克服して見せてほしい。

さいごのひとこと

 完全復活は次回に持ち越し。

 

「サバイバー

 Survivor

Date:2015 / 11 / 02

みるまえ

  突然ポコッと時間が空いて何か映画が見れる…となった時、よほどのヘソ曲がりでもなければ好きこのんでアート系の映画を見る奴などはいないだろう。だから 僕も、手近な劇場でかかっているアクションやSFやらを必死に探したわけだ。すると…あったあった、ミラ・ジョボビッチとピアース・ブロスナン主演「サバ イバー」。タイトルがタイトルであんまりな気もするが、絶対このタイトルならアクション映画以外ない。お話はどんなのかまったく見ていないが、チラッとス チール写真を見たら、銃を構えたピアース・ブロスナンがいつになく厳しい表情を見せている。おまけに角刈り白髪頭の老けメイク。これがなかなかいいではな いか。ブロスナンと言えば、最近ではポランスキーの「ゴーストライター」(2010)でいい味出してて、「スパイ・レジェンド」(2014)でアクション もまだまだいけることを証明していた。不安は…何となく全体に「公開直後、即ビデオ・リリース」的なかつての銀座シネパトス公開作品っぽい雰囲気が漂って いることだが、そもそも「スパイ・レジェンド」だって最初はそれっぽくてまったく期待値が低かったではないか。だとすると、少なくともブロスナン見るため だけでも、この映画は見る価値があるかも。僕はちょっぴりだけ期待して、劇場へ駆けつけたのであった。

ないよう

  ここはアフガニスタン。燃料も弾薬も尽きかけた米軍の軍用ヘリが、闇夜の中を基地に戻ろうとしている。ところが前方で、友軍がゲリラと交戦中。かなり劣勢 で押され気味なのを見てとったヘリのパイロットは、ゲリラたちに向かって攻撃を加える。しかし、これが余計だった。ロケットランチャーで砲撃されて、あっ という間にヘリは墜落。ヘリのパイロット二人は、ゲリラたちにその場で取り押さえられた。たちまちその場で処刑…となりそうな時、ゲリラの中でも知恵者が ひとり現れ、パイロットたちが首から下げた金属の認識票を弾きちぎる。それを持ってパソコンの前に向かった例の知恵者は、ネットで二人の身元を探る。片方 はどうやらあまり価値のない奴、しかしもう片方は…「こりゃあ使えそうだぞ」…。二人の前に舞い戻った知恵者はパイロットたちに頭から油をぶっかけると、 その片方に火を放った。さて、残されたもう片方は…。それからしばらく経って、ここはロンドンの米国大使館。新たに配属された職員のケイト・アボット(ミ ラ・ジョヴォヴィッチ)が、今日もバイクでご出勤。彼女はかなりの切れ者で、テロリストのアメリカ入国を阻止するためにわざわざこの地に派遣されて来た人 物だ。実際、ここ最近は強燃性ガスの開発に関わる人間が、アメリカ入国を図ろうとして未然に発覚するというケースが頻発。大使館内の緊急ミーティングで も、何かあったらケイトに報告するように…という話になっていた。すると…早速、怪しげな人物がやって来る。アメリカ入国ビザの発行を求めてやって来た、 ルーマニア人の医師がそれだ。アメリカで開かれる小児科医の学会への出席が入国目的だが、そもそもこの医師は小児科ではない。何より可燃性ガスにも詳しい というあたりが怪しい。早速、ケイトが対応にあたるが、どうもスッキリしない。ところがビザ発給を止めて事情聴取していると、同じ大使館の同僚であるビル (ロバート・フォスター)が文句を言ってくる。こんなところで作業を止めたら、大使館業務に支障を来たすというのだ。それでもなんとかその場をやり過ごし たケイトだが…実は彼女の予感は当たっていた。このルーマニア医師はある怪しげな男の元へと出向き、ビザ発給が難航していることを告げる。するとこの男か ら指令が飛んで、ある謎めいた人物の元に「あの女を消してほしい」との依頼が届くのだった。その人物はとある時計店の奥の部屋でコツコツと時計修理に根を 詰めている人物…白髪頭の「時計屋」と呼ばれる人物(ピアース・ブロスナン)だった。さて、例の怪しげな男の指令は、別の方面にも伝わっていた。米国大使 館にロンドン警視庁のアンダーソン警部(ジェームズ・ダーシー)がやって来て、例のルーマニア医師のビザ発給の圧力をかけてきたのだ。なぜか例の医師はイ ギリス政府高官にコネがあるらしく、そこからアンダーソン警部に命令が下ったのだ。イギリス高官からの圧力は在英アメリカ大使のクレイン(アンジェラ・バ セット)にもかかってきたようで、ケイトはアンダーソン警部とクレインの二人から責められて針のムシロ。見かねた同僚のサム・バーカー(ディラン・マク ダーモット)が助け舟を出したから何とか落ち着いたものの、アンダーソン警部はケイトに最後っ屁みたいなイヤミをブチまける。いわく、問題のルーマニア医 師は以前も米国大使館の官僚主義的な対応に遭って、米国での治療が受けられなくなって妻を亡くしていたというのだ。テロリストのアメリカ入国阻止のために 呼ばれたというのに、キチンと仕事をしていたら大ヒンシュクを買うとは…思わずボヤきが出るケイトだったが、何とかサムに慰められて気を鎮めるのだった。 さて、その一方で…「時計屋」も静かに動き出した。何やら仕掛けをこしらえて、宅配便でどこかへ発送。果たしてそれは何なのか。そんなこんなで昼メシ時、 大使館員数人で同僚ビルの誕生日を祝おうと近所のレストランへ。もちろん、あのケイトもメンバーの中にいた。ビル本人はというと…なぜか電話がかかって来 て、後から合流という段取り。ところがビルは、ひそかに例のルーマニア医師や怪しい人物のデータを消去するではないか。さらにゆっくりと大使館を出るが、 わざわざゆっくり歩いているとしか見えない足取りだ。その頃、レストランの裏口には…あの「時計屋」から送られた小包が到着。それは「食材」の入っている 容器として、厨房から客室へと運ばれた。その頃、食卓に就いていた大使館の同僚たちは、誰もビルへのプレゼントを買っていないと気がついた。慌てて店を出 たケイトは、ちょうど向かいにあるアクセサリー屋に入る。同じ頃、仕事の守備を見に来た「時計屋」がレストランのすぐそばにやって来て、リモコンのスイッ チを入れた…。大爆発。轟音と振動と衝撃。レストランはたちまち木っ端微塵。向かいの店にいたケイトも、激しい爆風で床に投げ出された。あたりは戦場のよ うに騒然となり、「してやったり」と満足げな「時計屋」がゆっくりレストランに向かって歩き出すと…。向かいの店から、自分が消したはずのケイトがヨロヨ ロと出て来るではないか! 周囲に助けを求めるケイトは、近づいてくる「時計屋」が自分に銃を向けるのに気づいた。その時、現場に投げ出されたガスボンベ に引火して爆発。「時計屋」が衝撃で倒れた隙に、ケイトは慌ててその場を逃げ出した。例のアンダーソン警部もアメリカ大使館のサムも、事態を把握に努める が何が何やら分からない。ただ、緊急事態時の大使館員の対応の仕方はマニュアル化されていて、当然、ケイトもそれに合わせて行動。レストランから少し離れ た公園にやって来た。すると、そこにはビルもいるではないか。知った顔を見つけて安堵の表情で近づくケイトに、ビルは銃を構えて脅す。「余計なことをしや がって」…このビルの暴挙に愕然とするケイトだったが、ビルは構わず彼女を殺そうと迫って来る。慌てたケイトはビルと揉み合いになってもつれたあげく、一 発の銃声の後…その場によろけて倒れたのはビルだった。しかし、何とも間が悪い。公園にいた一般人が見たものは、血を流して倒れたビルと銃を持っているケ イトの姿。しかも、それを無数の群衆がスマホのカメラ機能で撮っていた。ツキの無さを大いに嘆きながらも、その場から逃げ出すケイト。しかしいまや彼女 は、頭から疑ってかかっているアンダーソン警部らロンドン警視庁、半信半疑の米国大使館スタッフ、そして失敗を挽回しようと躍起になっているプロの殺し屋 「時計屋」の三者に追われる身となっていたのだった…!

みたあと
  同僚が全員爆殺されながら、たった一人生き残ったイギリスの米国大使館員。自ら命を狙われながら犯人と疑われ、たった一人で孤独な戦いを強いられる…。何 となくロバート・レッドフォードとフェイ・ダナウェイが主演したシドニー・ポラック作品「コンドル」(1975)を想起させる設定。見始めた段階で、 ちょっとワクワクする。主役のミラジョボとブロスナンの他にも、アンジェラ・バセット、ディラン・マクダーモット、ロバート・フォスター…と脇も地味に豪 華(笑)。見るまで知らなかったのだが、監督は「Vフォー・ヴェンデッタ」(2005)のジェームズ・マクティーグ…というわけで、これは意外に「当た り」なのではないか…と期待が膨らんでいく。すっかり白髪の髪を短く刈り込んだ、イメージ一新のピアース・ブロスナンも悪くない。これはひょっとしたら拾 いモノではないのか?…と映画の前半部分は思い始めたのだが…。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
  まず、結論から申し上げよう。さすがにこの脚本はマズい。凄腕の殺し屋ブロスナンなのに…実際に背筋も凍るようなコワい男の設定なのに、この男はあまりに 何度もヒロイン殺しを失敗しすぎる。周囲の人間に対してはバンバン殺すほど非情でクールなのだが、自分に対しては極めて甘い(笑)。何度も失敗しているの に、雇い主にも全然引け目を感じていない。単なるツラの皮が厚いだけの無神経な強心臓に見えてしまう。これはさすがにマズいのではないか。逆に、まったく の素人さんという設定のはずのミラジョボが何でこんなに次々危機突破できて、大胆に行動できるのかが不思議。普通の大使館員…と見えて、実はCIAの潜入 捜査官…という設定かと思ってしまった。ブロスナンが失敗しすぎるのと対照的に、ミラジョボには安定感がありすぎ。だから、孤立無援の緊迫感がゼロ。これ は「バイオハザード」 (2002)などでアクションをガンガンやっているミラジョボではなく、もっと素人臭の強い頼りなさそうな女優が演じるべきではなかっただろうか。お話は 後半に向けてどんどんスケールアップ。最後のヤマ場はニューヨークのタイムズスクエアでのニューイヤーズ・イブという派手な設定なはずなのだが、なぜか今 ひとつ盛り上がらないしスケール感も出ない。ここまで来ちゃうと、さすがにこれは監督ジェームズ・マクティーグの責任だろう。わざわざニューヨークに舞台 を移して派手な見せ場にしようとしているはずなのに、仕上がりはまるでテレビムービーみたいにチマッとしている。これは単にお金のかけ方とかの問題ではな いだろう。残念な出来映えである。

みどころ
  というわけで、サスペンス大作を作ろうとしたらB級の出来映え。かつて即ビデオ落ち作品を専門に上映していた銀座シネパトスという映画館があったが、いか にもそこでかかるような作品になってしまった。それでは見るべき点はまったくない作品かと言えば、これがたったひとつだけある。それは…本格的悪役を演じ たピアース・ブロスナンである。前述したように脚本・演出の不手際によってトホホな殺し屋になってしまったブロスナンだが、彼本人の役作りはほぼ完璧。非 情で辛口な、「スパイ・レジェンド」の主人公にも相通じるようなクールな役どころ。ヘアスタイルからして一新してのイメージ作りも素晴らしい。途中まで 「これはイケる!」と僕も思っていたのだ。その結果は前述したように無惨な結果だったのだが、それでもブロスナンそのものは悪くなかった。例えば先に挙げ た「コンドル」や「ブラス・ターゲット」(1978)といった作品でクールな殺し屋を演じた、マックス・フォン・シドーを思わせるような素晴らしさ。これ でいい脚本といい監督さえ持って来れればなぁ…と残念至極。次にはぜひいい作品で、カッコいいブロスナンの殺し屋を堪能したいものである。

さいごのひとこと

 駄作でも際立つブロスナンはさすが。

 
 

「アントマン

 Ant-Man

Date:2015 / 11 / 02

みるまえ

  このサイトでは何度も同じことを言っているので、みなさんにとっては耳にタコかもしれないが、僕は正直言ってハリウッドに氾濫するアメコミ映画には批判的 である。正直言ってこんなものなくなればいいと思っている。たまにならいいけど、毎度毎度マンガ原作の映画ばかり製作されるってのは、どこか間違っている 気がするのだ。だがシャクなことに…マーベルが作るマンガ映画だけは、毎回楽しまされてしまう。どんなに意地悪く見てやろうと思っても、切り口がいいのか 発想がいいのか、すっかり感心させられてしまうのだ。マーベルの映画部門で企画をやっている奴は、よほどセンスがいいのかもしれない。昨年も「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」(2014)や「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(2014)ではキッチリ楽しませてもらった。残念ながらマーベルとしては主力商品であるはずの「アベンジャーズ」(2012)や「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」 (2015)はあまり面白いと思わなかったが、これはおせち料理が見た目豪華だけど食べると美味しくない…というのと同じなんだろう。そんなマーベルから ニュー・ヒーロー登場と聞いて、僕はちょっと複雑な気持ちがした。確かに作品が登場するたびに手を替え品を替え楽しませてくれるマーベルだが、それにし たってヒーローが多すぎ。それに今度は小さいヒーローだという。確かにこれだけヒーローが飽和状態で群雄割拠している状態だと、それくらい個性的じゃない と売れない。だが、それにしたって超小型ヒーローってのはどうなんだろう? 個性的…と言いながら見せ場は割とありきたりになるんじゃないか? おまけに 主役の俳優もよく知らない奴。これって大丈夫なのか? そんな半信半疑な気分ながら、やはりマーベル作品だから化けるかも…と劇場に駆けつけた次第。実は この作品を見るために、それまで何となく敷居が高くて見に行かなかった新宿歌舞伎町のTOHOシネマズ新宿に初めて足を運んだというオマケつき。感想文を 書くのがこんなに遅れたのは、いつものように僕の怠慢のせいである。

ないよう

  時は1989年。実はこの時すでにヒーローを統括する組織S.H.I.E.L.D.が存在していたのだが、その本部にズカズカと乗り込んで来た男がいた。 頭から湯気を立てそうに怒るこの男は、自らもS.H.I.E.L.D.の一員であるハンク・ピム博士(マイケル・ダグラス)。彼はハワード・スターク (ジョン・スラッテリー)らS.H.I.E.L.D.の面々を罵倒し、自らが開発したアントマン血清なるモノを彼らが盗み出したことを責め立てる。そし て、どんな理由があったにせよハワード・スタークらが口ごもる様子を見る限りでは、彼らが血清を盗み出したのは間違いない。それなのに、 S.H.I.E.L.D.メンバーのミッチェル・カーソン(マーティン・ドノヴァン)はつまらないことをピム博士に口走って殴られてしまう。怒り狂ったピ ム博士はS.H.I.E.L.D.を去り、そのまま血清の存在も世の中から消えてしまった。それから幾年月…現在でのこと。ある刑務所の中で、あまり強そ うに見えない受刑者のスコット・ラング(ポール・ラッド)が、むくつけき男たちに絡まれている。やがてやたら体格のいい男から殴られるが…スコットは別に 他の囚人たちから「かわいがられて」いる訳ではない。それは囚人仲間の風習みたいなもの…出所する仲間に対する「はなむけ」みたいなものだ。ラングは刑務 所仲間に愛されていた。そんな訳で無事出所できたラングだが、そんな彼を迎えに来た人物がひとり。一足先に出所していた刑務所仲間のルイス(マイケル・ ペーニャ)だった。この男、なかなかに気のいい男なのだが、どうもまた悪さしたそうで言動が危うい。だが、ラングはもう刑務所の中に戻る気はなかった。そ もそもラングが捕まった理由も、そもそもが彼が務めていた会社の悪事を暴露したいがため。反骨精神から義憤にかられての行動で、問題はそのやり方がちょっ とばかり合法的じゃなかっただけのことだ。そんな訳で堅気の仕事で何とか働こうと頑張るラングだったが、世間はなかなか甘くない。前科者だとバレると使っ てもらえない。今日も今日とて素性がバレて、やっとありついたアイスクリーム屋の仕事をクビになってしまった。するとルイスがそんなラングの気持ちを見透 かしたかのように、ルームメイトのデイブ(ティップ・“T.I.”・ハリス)やカート(デビッド・ダストマルチャン)とのヤバい話を持ちかけてくる。しか し、そこを何とか必死にこらえるラングではあった。その頃、広大なピム・テクノロジー社の研究所に、見慣れない人物が現れる。社員たちが戸惑い驚きながら 挨拶するその人物こそ、年老いたハンク・ピム博士その人ではないか。彼は自分の設立した会社に、何と20数年ぶりで戻って来たのだ。しかし、今頃何のため に? さらに、周囲がコワゴワと遠巻きに見つめるピム博士を、微妙な表情で見つめる若い女性の姿もあった。彼女の名はホープ・ヴァン・ダイン(エヴァン ジェリン・リリー)。ピム博士と妻の間に生まれた実の娘だ。だがピム博士の妻の死後は、その関係は極めて冷えきったものとなった。母親の死についてピム博 士に何らかの責任があるはずだ…と、ホープは内心思っているようなのだ。そこで、かつてはピム博士の下で学び、現在はピム・テクノロジーズ社の実権を握っ ているダレン・クロス(コリー・ストール)とツルんでいる。そのクロスも、突然のピム博士の来訪は驚きだった。ピム博士の目的はひとつ…クロスが開発を進 めている新たな技術について、正面切って聞こうというワケだ。そんなピム博士の思惑に応えるように、クロスは自分が進めている計画についてブチ挙げた。実 はクロスはピム博士がかつて開発した「ある技術」を継承することを熱望していたが、ピム博士はあまりに危険な技術なので公表を拒んで会社を去ったのだっ た。クロスはその事をいまだに根に持っていて、自力でピム博士の「技術」を再現しようと思っていた。いや、再現ではなく凌駕だ。クロスが開発したのは「イ エロージャケット」と呼ばれる戦闘用スーツ。ただ、これは単なる戦闘用のスーツではない。これのミソは、着る者がまるでアリのように縮小されても大丈夫 で、しかも強力なパワーで戦えるというところにある。クロスはこの「イエロージャケット」で、小さく獰猛な軍隊を作りたいと抱負を語った。それを聞いて、 暗澹たる表情になるピム博士。もちろんピム博士は、こうなることが分かっていたからこそ例の「技術」の公開を拒んだのだ。だが、クロスの「技術」は完成に 近づきつつあったものの、実はいまだ肝心なところが出来ていなかった。それは人や生き物の安全な状態での「縮小」だ。だからこそ、クロスは内心大いに苛 立っていた。一方、ラングはというと、別れた妻マギー(ジュディ・グリア)の家を訪れていた。すでにマギーは再婚していたが、今日は娘の誕生日ということ でプレゼントを抱えてやって来た。しかしマギーの再婚相手であるパクストン(ボビー・カナヴェイル)は、そんなラングをボロクソに叩く。養育費もロクに払 えないくせにノコノコ来やがって…というところなんだろうが、そもそもパクストンが警官というのも良くなかった。娘には祖末なプレゼントを渡せて良かった ものの、クソミソに言われてお先真っ暗なラングは、さすがにガックリしてルイスたちのアパートに戻った。仕事もない、カネもない、かつての妻からの信頼も ない。何とか更生しようとしていたラングだったが、もはや万策尽きた。気持ちが最大限にクサクサしていたラングは、ついにルイスのヤバい「儲け話」に乗る 気になった。そうなると、ルイスは満面の笑みを浮かべてその話を説明し始めるのだが、とにかく脱線が多くて回りくどくていけない。単純に言ってしまえば、 留守で誰もいない家にデカい金庫があって、その中にはデカい儲けが眠っているという話だ。早速、ラング、ルイスにデイブ、カートの一行はワゴン車で問題の 家までやって来る。結局、肝心の金庫破りをやれるのはラングなので、他のメンバーはワゴン車からモニターしているだけでラングの独り舞台ということになっ た。誰もいない家、楽勝な仕事…のはずだったが、アレコレと予想外の事態が発生。しかしラングは慌てず騒がず難関をクリア。見事に金庫をブチ破って中に 入ってみるが…そこには「デカい儲け」なんかない。カネもなければ宝石も金もない。いくらかの図面と特殊なスーツしかない。アテは大ハズレだ。当惑するラ ングは、仕方なく特殊スーツを奪ってその場を離れるのだった。そんなわけで、わざわざ危険を冒して超えてはいけないラインを超えたのに、手にしたものは スーツだけ。多少拍子抜けしたラングは、アパートにみんながいない時にバスタブの中でそのスーツを着用してみた。何やらものものしいスーツだが、何の用途 で着るのか分からない。特に奇妙なのは両手袋の部分に妙なスイッチがあること。不思議に思ったラングがそのボタンを押すと…あっという間にカラダが縮小!  それも縮んだなんてもんじゃない。ほとんどアリのサイズまで小さくなってしまったではないか。当然のことながら、彼はバスタブの底に、まるでチリのよう にへばりついている存在になってしまった。驚愕するラングに追い打ちをかけるように、スーツに仕掛けられたスピーカーからあのピム博士の声が響く。「どう だ、その着心地は?」…それでなくても冷静さを失ったラングは、ますます当惑するばかり。そこに運悪く、ルイスたちが戻って来たからたまらない。ルイスは シャワーを浴びようと風呂場に入って来て、バスタブの上にあるシャワーの蛇口をひねった。すると、ラングにとっては凄まじい水量の水が降って来て、大洪水 のようにラングに向かって押し寄せて来るではないか! 必死に逃げるラングだったが、水の勢いに吹っ飛ばされてバスタブからはじき飛ばされてしまった。そ のままなす術もないまま、ラングは風呂場の排水口から下へと流し出されてしまうのだった…。

みたあと
  正直言って、他のマーベル作品と比べるといささか地味なキャスティング。かんしゃく持ちみたいな役どころをマイケル・ダグラスが演じているのはちょっと 笑ったが、超メジャーどころはこのダグラスぐらいか。後のおなじみさんもマイケル・ペーニャぐらい。そもそも肝心の主人公アントマンを演じるポール・ラッ ドを知らない。だから、僕は正直ソコソコの期待ぐらいで見に行ったワケだ。ひとつだけ懸念があるとすれば、本作が人間をアリの大きさに縮めるという「縮小 もの」であること。実はこのアイディアは、決して目新しいものではない。古くはリチャード・マシスンのペシミスティックな小説の映画化「縮みゆく人間」 (1957)から、手塚治虫の「鉄腕アトム」の1エピソードからアイディアを借用したと言われる「ミクロの決死圏」(1966)、アーウィン・アレンのテ レビ・シリーズ「巨人の惑星」(1968〜1970)、さらにリック・モラニス主演のコメディ「ミクロキッズ」(1989)や、「ミクロの決死圏」のコン セプトを再度焼き直したようなジョー・ダンテの「インナースペース」(1987)…など、SF映画の世界では結構何度も使い回されているアイディアなの だ。いかに「マーベル」とはいえ、今さら何か新しいものを付け加えられる余地があるとは思えない。果たしてそのあたりはどのように克服するのだろうか。実 際に見始めると、本作は他のマーベル作品とは少々肌合いが異なることに気づく。本作はプロローグでいきなりマイケル・ダグラスがかんしゃくを爆発させて始 まるのだが、お話が本題に入るとガラッと雰囲気が変わる。もちろん作品としては全然違うものなのだが、強いて言うなれば、昨年公開された「ガーディアンズ・オブ・ギャラク シー」が最もテイストが近いと言えるだろうか。本作はマーベル作品の中でも、コメディ的要素が最も強い作品なのである。

みどころ
  そもそも「ヒーロー」が前科者…という時点で極めてマーベル映画として異例だが、これをシリアスにやってしまったら確かにシャレにならない。だから…とい うこともないのだろうが、全編をコメディ・タッチにしたのが効いている。主演のポール・ラッドからして…僕はこの人のことを知らなかったのだが、コメディ 畑の人らしい。そもそも監督のペイトン・リードが、青春コメディ映画「チアーズ!」(2000)なんかを撮っている人ではないか。正直言って「チアー ズ!」はキルスティン・ダンストは可愛かったものの、確かイマイチな出来映えではあったが…。だからこういう人選で本作が作られているということは、最初 からコメディ・タッチを狙っていたということだろう。結論から先に言うと、本作はそれで正解だった。そもそも人間をアリの大きさに圧縮する…なんざ、どう 見たってマンガだ。それを言うならマーベル含めてアメコミ映画の大半の設定がマンガである…というツッコミはこの際抜きにしても、バカバカしさなら本作の 設定は抜きん出ている。そもそも日常のどうって事のない風景がたちまちスペクタクル化する…という「縮小もの」の見せ場は、どこか笑っちゃう要素を含んで いる。前述した「縮小もの」作品群にしても、そのうちの「ミクロキッズ」、「インナースペース」はコメディ仕立て。ビートルズの「HELP! 4人はアイドル」(1965)の劇中でもポール・マッカートニーが縮小されるという場面が出て来るが、こちらも当然コメディとしての扱いだ。逆に言うと、 この題材はコメディと相性がいいのである。また主人公を巡る人物として一緒に刑務所に入っていたルイスとその犯罪者仲間も出て来るが、彼らを仲間に引き入 れて結果的に更生させる…というのもコメディならではの設定。そして、犯罪者仲間といっても気のいい連中が物語の後半でちゃんと更生しているからこそ、映 画そのものの後味もいい。主人公に辛く当たっていた元妻の再婚相手ですら、ラストでは彼の味方となるのである。イマドキ後味のいいアメリカ映画を探すのも 難しいから、ここは大いに評価したいところだ。また先に触れた「縮小もの」としての見せ方…についても、本作は一工夫している。普通は単純な実写と縮小し た人間のブルースクリーンによる切り貼り光学合成で処理し、縮小した人物と元の大きさの世界とを絡ませる場合に巨大なセットを作るのが定石だった。例えば 人間より大きな巨大な電池やら巨大なハサミのセットに俳優を絡ませる…という、単純素朴な技法である。ところがさすがに21世紀のハリウッドでは、もう ちょっと高等テクニックを使っているようだ。巨大セットは使っていたとしても最小限のようで、基本的には超広角レンズを使用して「巨大な世界としての実 写」と俳優を絡ませ、CGを交えて合成している場面が大半。その「実写」の撮り方にセンスがあるので、「縮小された」感が非常にリアルなのだ。さらに、こ こで昨今大流行りの3Dを使って、「縮小もの」としてのスペクタクルを強調。確かにこれはなかなか新しい感覚だ。ちょっとこの3Dの使用には感心してし まった。正直言ってあまり期待していなかったから、本作にはすごく得した気分になった。後半のアクション、特にきかんしゃトーマスのオモチャが巨大化して 家を突き破るくだりは、ちょっと笑ってしまったよ。マーベルの娯楽大作にこういう言い方もどうかと思うが、これはなかなか拾いモノだと思う。

さいごのひとこと

 主人公がアントマンというネーミングをバカにしてるのも笑える。

 

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