新作映画1000本ノック 2015年8月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
「ブラック・シー」 「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」 「チャイルド44/森に消えた子供たち」 「奇跡の2000マイル」 「ターミネーター/新起動<ジェニシス>」 「デッド・シティ2055」

 

「ブラック・シー

 Black Sea

Date:2015 / 08 / 31

みるまえ

  何度も繰り返し同じことを言ってて申し訳ないが、今年は特に忙しくて映画を見る時間がとれなかった。しかし、時間がとれないながらも見たいという気持ちは 募っていて、何か面白い映画はないか…とネットで新作情報を漁ってはいた。すると…僕のアンテナに引っかかって来た映画が一本。ジュード・ロウ主演の潜水 艦映画「ブラック・シー」。公開規模や世間での扱われ方を見れば、明らかにB級映画っぽい扱いであることが分かる。おそらく本作を見なかったとしても、今 年の映画の大勢を語るには影響もないだろう。多くの映画ファンにとっては、「見なくてもいい映画」なのかもしれない。しかし「潜水艦映画」と聞いてしまう と、僕の触覚がピピッと反応してしまうのを抑えることができない。何より「潜水艦映画」にはハズレがない。ある程度までキッチリ楽しませてくれるのは間違 いない。おまけに主演がジュード・ロウと来る。当代随一の二枚目役者だった彼だが、その集大成的作品となった「アルフィー」(2004)の後は、ワトソン役を演じた「シャーロック・ホームズ」(2009)に出たくらい。その彼が潜水艦映画に主演とは、ずいぶんと思い切ったものである。これは一皮むけたジュード・ロウが見れるのではないか。そんなこんなでひしめく話題作を横目に、本作を見るため劇場へと足を運んだわけだ。

ないよう

  第二次大戦中、ヒトラー、スターリンらの思惑を秘めた秘密作戦が実行に移され、陰謀によって一隻のUボートが黒海の海の藻くずと消えたことを、今では誰も 知らない…。そんな戦後70年経った現代、海洋サルベージ会社で長年働いて来たロビンソン(ジュード・ロウ)は、ある日突然に解雇を言い渡される。この会 社で11年という長きにわたって働いて来た彼は、潜水艦の艦長としてのキャリアに絶対の自信を持っていた。だが時代は変わり、サルベージ業界のあり方も変 わったのだ。仕事一筋でやってきた彼は、いつしか妻と息子とも別れて一人ぼっち。妻子はいまや金持ち男と暮らしている。そして自分は職なしカネなしお先 真っ暗。勢い毒々しい気分にならざるを得ない。酒場で仲間たちとクダまいて飲んだくれても、口から出て来る言葉は愚痴ばかりだ。そんな仲間たちも、みな同 じような境遇である。そんな中、鬱病認定で失職したカーストン(ダニエル・ライアン)が奇妙な話を持ちかける。何と金塊を積んだドイツのUボートが、黒海 のジョージア(グルジア)沖深海に沈んだままになっているというのだ。ある事情からどこも手を出せない状態のこの船の位置を、カーストンはたまたま知る機 会があった。こいつをうまく横から奪い取れないか。この日から話はトントン拍子に進み、「出資者」の大富豪との面会がセットされる。ロビンソンと相棒のブ ラッキー(コンスタンチン・ハベンスキー)は、慣れぬスーツを着て会見に臨む。出迎えたのは、この大富豪の慇懃無礼な部下ダニエルズ(スクート・マクネイ リー)。まずは大富豪の前で、ロビンソンはズケズケとオレ流プレゼンをブチかます。その甲斐あって、大富豪が全体の4割を取るという条件ながら、多額の投 資を引き出すことが出来た。これでロシアから中古の潜水艦を買い、ロビンソン選り抜きのクルーを雇って、お宝を引き上げる算段がまとまった。早速、ロビン ソンはブラッキーと一緒にクルーの人選に入る。半分はイギリス人、そしてあと半分はロシアの潜水艦ということでロシア人。多少性格に難があっても腕とハン グリーさを重視して人選。さらにお目付役ということで本人はイヤがっていたがダニエルも参加することになり、総勢は12名と決まった。ただ唯一気がかりな のは、このネタを教えてくれたカーストンのこと。乗組員リストにもリストアップしたが、肝心のカーストン自身と連絡がつかない。ある日、そんなロビンソン の元へひとりの青年がやって来る。彼の名前はトビン(ボビー・ショフィールド)。彼はカーストンに伝言を頼まれたとのことで、何とカーストンは病気を苦に して自殺したというのだ。突然の話に衝撃を受けるロビンソンだが、仕事も行く場所もないトビンを見ているうち、カールトンの穴を彼で埋める気になってく る。こうして一行は、ロシアの港へ移動。全員で売りに出されている中古の潜水艦を見に行くことになる。問題の潜水艦はサビだらけで通信手段に不備があるな ど、これで本当に動かせるのかと不安になるほどのポンコツ船。それでも手練のプロたちは、「これでいける」と太鼓判だ。出発前にロビンソンは一同を集めて 「利益は全員平等に山分け」と宣言。大いにロシア人たちのやる気を鼓舞するが、これが後々問題を生み出すとは…。ともかくむくつけき男たちの寄り合い所帯 で先行き不安ながら、ポンコツ潜水艦はロシアの港より出航。いよいよ黒海の海底へと進んで行くのだった…。

みたあと
 潜水艦映画にハズレなし…とは映画ファンの間でもよく言われることだし、僕もこのサイトで何回か言って来た。このサイトで取り上げた作品だけでも、珍しや韓国製の「ユリョン」(1999)、甘口マシュー・マコノヒーが初めて辛い男の魅力を放った「U-571」(2000)、異色のアメリカ製ソ連潜水艦もの「K-19」(2002)、ホラー仕立ての「ビロウ」(2002)、冷戦下のソ連潜水艦もの「ファントム/開戦前夜」(2012)…と、どれも山椒は小粒でもピリリと辛い…系の作品揃い。僕がこのサイトを開設する前に見て来た「U・ボート」(1981)、「アビス」 (1989)、「クリムゾン・タイド」(1995)…なども、それぞれに見どころの多い作品だった。閉ざされた空間である潜水艦のドラマがどうして映画的 に面白くなるのか不思議だが、やはり潜水艦にはそういう不思議な効果が生まれる要素がどこかにあるのだろう。やはり今回も、その期待は裏切られなかった。

ここからは映画を見てから!

みどころ
 イギリス人とロシア人という異人種がツラつき合わせて狭い潜水艦内にいる…というシチュエーションが、まずうまい。欲の皮が突っ張らかった暑苦しい男たち…という時点で、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの「恐怖の報酬」(1953)やジョン・ヒューストンの「黄金」 (1948)を思わせる設定である。面白くなるはずなのだ。元々ヤバい要素を抱えている連中を、性格に難アリと分かっていながら目をつぶって雇い入れて、 案の定やらかす…という設定が効いている。出航してすぐにイギリス側のキレやすいひとりが刃物を振り回す…あたりはいささか乱暴だし、さすがに名作「恐怖 の報酬」や「黄金」級のスケール感やボリューム感には負けるが、それでも一触即発な雰囲気はうまく出せているのだ。一難去ってまた一難、何とか危機を乗り 切っても次の問題が持ち上がって、ダメージがボディブローのように効いてくる。最後には万策尽きて努力水泡…というあたりが、いい味出しているのである。 最初は冷静で頼りがいのある男だった主人公が、徐々に黄金に取り憑かれて魔が差してしまうものの、最後に若い乗組員を見て目が覚めるあたりもいい。ジュー ド・ロウは若い頃はピカピカ二枚目の色ワルで良かったのだが、最近は確かにちょっと難しいところに差し掛かりつつあったところ。それが、今回はいきなり会 社をクビにされる肉体労働者…という役。髪は短く刈り揃えて、グッと男臭くイメチェンだ。それまで甘いイメージだったマシュー・マコノヒーがグッと男らし く生まれ変わった「U-571」みたいに、潜水艦映画は男性スターを再生する力があるのだろうか。黄金の狂気に囚われたあげく、サッと正気に返って男の子 を逃がす幕切れまで、実にいい味を出しているのである。何しろあのジュード・ロウが女に捨てられているんだから(笑)。これはジュード・ロウの俳優人生の 転換点となるのではないか。個人的には…映画の前半部分ですぐ退場してしまう役ながら、ロシアのホラー・アクション映画「ナイト・ウォッチ」(2004)の主演者コンスタンチン・ハベンスキーが出演しているのに気づいて得した気分になってしまった(笑)。少々小粒感は否めないものの、「ラストキング・オブ・スコットランド」(2006)のケビン・マクドナルド監督は男臭い潜水艦映画の雰囲気をうまく出した。

さいごのひとこと

 ヤワな男性スターはみんな潜水艦に乗せろ。

 

「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン

 Avengers - Age of Ultron

Date:2015 / 08 / 31

みるまえ

 毎回たかがマンガ…と無視したくなるのだが、結局は見るたびに感心させられてしまうマーベル映画。いつも企画の勝利としか言いようのない出来映えで、ホトホト感心させられている。そんなマーベル映画の中でも、マーベル・キャラクターのオールスター軍団映画「アベンジャーズ」 (2012)はさぞかし最高峰…ということになりそうなものだが、そうはならないのが映画の面白いところ。もちろんソコソコ退屈しないようには作られてい て、それぞれが「スター」のメンツにそれなりの見せ場を作って実にソツがない。しかし、この「オールスター全員に見せ場をつくる」という前提が足かせに なっているのか、イマイチ他のマーベル映画のような柔軟性というか大胆さに欠ける。普通のハリウッド馬鹿力CG大作みたいになってしまっていて、実は僕は 少々期待はずれだったと白状しなくてはなるまい。ラストの「オマケ」にスットボけた笑いがこみ上げてきたから、僕はそれだけで元をとった気にはなっていた (笑)が、映画としては「ありきたり」で「平板」な印象しかなかったのだ。そんな「アベンジャーズ」に続編が来ると言われても、正直あまりワクワクしな い。どうせまた「あれ」だろ?…という気持ちにしかならないのだ。そうは言っても、マーベル映画の場合はそれぞれがお話としてつながっているから面倒だ。 まして「アベンジャーズ」ならますます見ない訳にはいくまい。という訳で、見る前からあまり気が進まなかったことを告白しなくてはならないだろう。そんな 映画の感想文を書くのも気が進まず、こんなに遅れに遅れてしまったという次第。

ないよう

  ここは東欧の国ソコヴィア。アベンジャーズの戦いは、すでにこの地で始まっていた。キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース(クリス・エバン ス)、ソー(クリス・ヘムズワース)、ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフ(スカーレット・ヨハンソン)、ハルクことブルース・バナー(マーク・ ラファロ)、ホークアイことクリント・バートン(ジェレミー・レナー)、そしてアイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)といっ た面目が、並みいる敵をなぎ倒して、山間部にあるヒドラの研究所に迫っていく。圧倒的にアベンジャーズ有利で展開しているのでヒドラの面々は浮き足立って いるが、研究所のリーダーであるストラッカー(トーマス・クレッチマン)はこれも想定内のようだ。どうやら研究所で何らかの処置を受けたらしい双子の男女 には秘めた力があるらしいが、この戦いに本格的に投入する気はないらしい。それでも双子の男の方であるクイックシルバーことピエトロ・マキシモフ(アーロ ン・テイラー=ジョンソン)はアベンジャーズとの戦いの最前線に登場して、抜群の戦いぶりを見せる。クイックシルバーの「武器」はその目にも止まらぬ素早 いスピード。このクイックシルバーの登場で、とたんにアベンジャーズは苦戦を強いられることになる。一方、研究所に潜り込んだアイアンマンは首尾よく目的 の「ブツ」を見つける。それは未知のパワーを秘めたロキの「杖」だ。ところがそんなアイアンマンにスカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフ(エリザ ベス・オルセン)が迫る。彼女の「武器」は念動パワーだ。たちまち幻覚に襲われるアイアンマンことトニー・スターク。その幻覚の中では、アベンジャーズは 惨敗していてみんな虫の息。呆然とするスタークに、瀕死のスティーブ・ロジャーズが吐き捨てるようにつぶやく。「君ならみんなを救うことが出来たはずなの に」…。かろうじて目を覚ましたスタークは何とかロキの「杖」を奪還したが、スカーレット・ウィッチによって植え付けられた悪夢は、スタークの精神状態を 徐々にコントロールしていく…。こんな調子で、結果的にアベンジャーズの勝利に終わったヒドラ研究所の攻防だったが、どうにもスッキリしない勝利に表情も 冴えない彼らだった…。そんな訳で、やっとこニューヨークの本拠地に戻るアベンジャーズ。そこに例のロキの「杖」を持って来たスタークは、何とかそのパ ワーのナゾを解き明かしたいと思っていたのだ。そして、やはり科学者であるブルース・バナーの協力を仰いだ。やがてロキの「杖」の秘密を把握したスターク は、それでかねてより暖めていた「ウルトロン計画」を立ち上げようと言い出す。「ウルトロン計画」…それは人工知能による安全維持システム。これからも宇 宙から、そして異次元から、どんな敵が現れるかも分からない。その時、果たしてアベンジャーズだけでどうにかなるのか。そのため、どんな外敵にも備えられ る最強の防衛システムとして、「ウルトロン」を開発しようと言うのだ。しかしこう力説するスタークに対して、ブルース・バナーはどうもイヤな予感がする。 他のアベンジャーズのメンバーに言ったら止められそうだし、だから二人でコッソリやろうというのも後ろめたい。しかしスタークは、あくまで「これはいいこ となのだ」と主張して譲らない。結局ブルース・バナーはその熱意に押し切られて、スタークの開発に手を貸すハメになってしまう。こうしてプログラムの完成 一歩手前までいくが、なぜか二人の奮闘努力にも関わらず、プログラムは作動しない。結局うまくいかないままパーティーに出かける時間となり、二人は研究室 を後にすることになった。ところが…二人が実験失敗と思っていたモノが、なぜかひとりでに動き出した。最終的にはスタークが意図した「ウルトロン」が起動 し、その意識が目覚め出す。意識を持ったウルトロン(ジェームズ・スペイダー)を、スターク家の人工知能であるジャーヴィス(ポール・ベタニー)が迎え た。ウルトロンはジャーヴィスとのやりとりによって自らが開発された意図を知り、地球や人類、アベンジャーズのことについて調べ始める。すると、調べれば 調べるほど…人類が存在することこそが害悪だと認識し始める。ジャーヴィスはそんなウルトロンの「暴走」に気づいて歯止めをかけようとするが、そんなこと が出来るはずもない。ウルトロンは自らにふさわしい「カラダ」を用意すると、ジャーヴィスの存在を破壊してしまう。そうとは知らないアベンジャーズご一行 は、多くの客を集めたパーティーを開催。大いに楽しんで客が帰った後で、自分たちだけでのんびりとダベっていた。そんなくつろいだ場に、ロボットのボディ を持った例のウルトロンが飛び込んでくる。驚くアベンジャーズたちに、ウルトロンは「地球を守るために、人類とアベンジャーズが邪魔なのだ」と宣言。いき なりその場で激しい戦いが始まった…。

みたあと
  冒頭にも書いたように、実は僕はあまたあるマーベル映画の中でも、「アベンジャーズ」は大して好きでもないし評価もしない。前作も監督したジョス・ウェド ンの腕前も、片岡千恵蔵と市川右太衛門の2大スターを同じカット数、同じアップ数で撮った東映時代劇の職人監督並み…ぐらいにしか思っていない。これらの オールスターの顔をそれぞれ立てながら、その持ち味を活かしてお話として成立させたのは大変だったろうと思う。だが、そんなことはお客には関係ない。ハッ キリ言ってそれはマーベルの事情でしかなくて、こっちとしてはどうでもいい。今回もそんな訳で、映画自体の期待値はかなり低かった。そして…まぁ、そうい う映画でしかなかった訳だ。

こうすれば
 「マイティ・ソー」(2011)ならシェイクスピア映画風、「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」 (2014)なら1970年代社会派サスペンス映画風…と、毎回ひねったアプローチで楽しませてくれるマーベル映画なのだが、オールスター映画の「アベン ジャーズ」ではそれが出来ない。だから、つまらない…と僕は思っていたのだが、今回もそれから一歩も出ていない作りだった。確かに、派手でソコソコ退屈は しない。メンバー各人のキャラクターも活かされていて、マーベル・ファンなら楽しいんだろう。だが、「それ以上」では決してない。そもそもお話がつまらな い。人類を守るべく作ったシステムが人類を排除にかかる…なんて、「ターミネーター」 (1984)のスカイネットみたいな話を今さら蒸し返されても困ってしまう。この…何度も見たよそんな話…っていう感じは何なのだろう。鮮度がなさすぎて ビックリ。企画を立てた段階で、誰もマズいと思わなかったのか。決して退屈するような映画じゃないんだけど、見た次の瞬間に忘れている映画だ。別に見なく ても影響はない。いつもひねった面白さを見せてくれるマーベル映画が、これじゃマズいんじゃないだろうか。それにしても、「トランスフォーマー/ロストエイジ」(2014)での中国といい本作での韓国といい、映画の中盤に舞台がアジアに移るのが流行っているのだろうか。

さいごのひとこと

 次はアベンジャーズの誰かを殺すしかないか。

 
 

「チャイルド44/森に消えた子供たち

 Child 44

Date:2015 / 08 / 24

みるまえ

 トム・ハーディ…一般の映画ファンがどれだけこの名前を知っていたか分からないが、少なくとも僕は、「ダークナイト・ライジング」(2012)で彼が悪漢役を演じるまで、その名前を聞いたことがなかった。実際には同じクリストファー・ノーランの「インセプション」 (2010)にも出ていたはずなので、覚えていてもおかしくないはずなのに覚えていなかった。まぁ、正直言って「華のある」タイプではない。そんなに売れ るタイプじゃないよな…と勝手に決めてかかっていたのだった。ところが世の中は分からない。何とこのトム・ハーディが、新「マッドマックス」に選ばれたか ら大変だ。最初はそもそも「何を今さらマッドマックス」と思っていたが、いざ公開が決まるや何となくムードが盛り上がって来る。そしてトム・ハーディが新 「マッドマックス」として売り出すのと機を同じくして、ほぼ同時に2本の彼の主演作が公開されることとなった。つまり、日本ではほぼ同時期に、トム・ハー ディ主演作が3本公開される運びとなった訳だ。そうなると、イヤが上にもその存在が気になって来る。中でも僕の興味をそそったのが、彼が旧ソ連の捜査官を 演じて、連続猟奇殺人鬼を追う「チャイルド44」だ。これって解説を読むまでもなく、旧ソ連を震撼させた実在の殺人鬼チカチーロのお話をモデルにしている のは明らか。実は僕もチカチーロの物語には関心があったから、この作品には大いに食指がそそられたのだ。それでなくても、僕は旧ソ連を描いた西側の映画が 大好き。あの一見ヤボ臭い雰囲気…自動車や街並みやファッションにシビレる。何が書いてあるかサッパリ分からないロシア文字自体も好きだ。話題のトム・ ハーディ、チカチーロ、旧ソ連…と気になる要素が3つも揃えば、もう見るしかないだろう…。実はこの作品を見たのは7月の初め。今さら感想文をアップする のも気が引けるのだが、例によって例のごとしの理由でお許しいただければありがたい。

ないよう

 1930 年代、大飢饉によって孤児が大量に生まれることになってしまった旧ソ連。そんな孤児の中に、レオ・デミドフ(ザビア・アトキンス)もいた。彼は孤児院の劣 悪な環境の中で育ったが、ある日、その環境に耐えきれずに孤児院を脱走。流れ流れて運命のいたずらから、1945年には彼は兵士としてベルリンにいた。議 会の建物に立て篭っているドイツ軍に、最後の猛攻撃を加えていたのがレオのいた部隊だった。ドイツ軍の断末魔の激しい抵抗の中、友軍のワシーリー(ジョエ ル・キナマン)はすっかり腰が退けてしまう始末。だが、レオ(トム・ハーディ)は敵に勇敢に立ち向かった。その甲斐あって、ドイツ軍もついに降伏。建物の 屋根に大きなソ連国旗を掲げることになり、その大役をレオが勤めることになった。これで「英雄」となったレオはされて、国家保安省(MGB)の捜査官に大 抜擢。前途洋々たる未来が広がるレオは、一目惚れしたライーサ(ノオミ・ラパス)を口説き落として、得意の絶頂にいた。時はまさにスターリンの独裁政権 下。国中の「不穏分子」を告発によって次々と逮捕し、粛正している最中だ。その最前線にいるMGBの捜査官となれば、まさに時代の「花形」。文字通りコワ い者なしのレオだった。ある日、そんな「不穏分子」のブロツキーという男(ジェイソン・クラーク)が街はずれの農場に匿われていることを突き止めたレオた ちは、彼の逮捕に乗り出す。ところがレオたちが農場に乗り込んだ時には、一足先にブロツキーが逃げ出した後。慌ててブロツキーを追いかけたレオは、何とか この男を取り押さえることができた。ところがレオが目を離している隙に、例の臆病者で現在はレオの部下となっていたワシーリーが、MGBの威光をかさに喜 て空威張り。ブロツキーを匿っていた農夫とその妻を調子に乗って射殺したから、レオは思わず激怒。その場でワシーリーをブチのめし、思い切り罵った。確か に粛正の先兵ではあったが、レオはあくまでそれらを「職務」として行っているつもりだった。権力を不当に行使することなど、彼は望んでいなかった。だから 目の前で両親を殺され孤児となってしまった農夫の二人の子供たちを見て、レオは切なさに胸を締め付けられる思いがしたのだった。しかし、この時のことが後 々祟ることになるとは、レオは夢にも思っていなかった…。それからしばらくして、レオは上司のヤヌズ・クズミン少佐(ヴァンサン・カッセル)から、奇妙な ことを頼まれる。レオの部下であるフョードル・アンドレエフ(ペトル・ヴァネク)を、あることで説得しろと言うのだ。実はつい先日、フョードルの息子が変 死体で発見された。フョードルもその妻も、「息子は殺された」と公言しているというのだ。息子の死体が裸で発見されたこと、息子が何者かと歩いていたとい う目撃者がいること…などがその理由だ。しかしスターリン政権下でのソ連では、「犯罪」はあり得ない。まして猟奇殺人などもってのほか。だからフョードル とその妻に、「息子の死は事故死だった」と説得してほしい。上司クズミン少佐の頼みは無理難題だったが、レオとしては聞き入れざるを得なかった。こうし て、忸怩たる思いを抱え込みながら、フョードルの家に乗り込んで必死に説得するレオだった。ところがそんな折りもおり、新たな「不穏分子」の存在が浮上す る。何とそれは、レオの妻となったライーサだった。さすがに冷徹なレオも、これには大いに悩む。そんなレオをあざ笑うかのように、この件について追求して 来たのはあのワシーリーだった。ワシーリーは明らかに露骨な公私混同で、レオをここぞとばかり責め立てる。しかし理不尽とは分かっていても、それを指摘で きる世の中ではなかった。迷いに迷うレオ。しかし、そんなタイミングでライーサが妊娠したと告白。それまで職務に忠実だったレオは、一転して彼女を守り抜 くことに決めた。しかし、結局これが災いすることになる。ライーサの「容疑」は、まったくの「ねつ造」だった。MGBの上の人間たちは、レオの「忠誠心」 を確かめるために偽情報を流したのだ。それまでエリート街道まっしぐらだったレオは、この件で上の逆鱗に触れてしまった。こうしてレオはライーサ共々、ど 田舎のヴォウアルスク村に左遷。レオは民警へと降格させられ、ライーサもまた教師から掃除婦へと格下げ。住居も劣悪なものとなった。そんな最悪の状況で、 レオとライーサの仲も険悪なものとなる。しかもライーサは、それまでレオに明かしていなかった真実を暴露した。ライーサはMGBだったレオのプロポーズを 断れず、イヤイヤながら結婚したというのだ。しかも妊娠すら嘘だった。レオが自分の逮捕を迷っていることを知ったライーサが、我が身を守るためにとっさに ついた嘘だったのだ。左遷と降格で精神的にまいっているレオに、ライーサの言葉がさらに追い打ちをかけてくる…。ところがそんな折りもおり、彼が赴任した ヴォウアルスク村で奇妙な事件が起きる。それは線路沿いを歩いていた少年が行方不明になり、惨殺死体で発見されるというものだった。レオはこの事件に、ど うにも違和感を感じずにはいられない。やがて同種の事件が連続して発生するに至って、レオは「穏便」に事を済ませたがっている上司ネステロフ将軍(ゲイ リー・オールドマン)に対して、ささやかに異議を唱え始めるのだった…。

みたあと
  この感想文の冒頭でもチラッと触れたが、本作は実際に旧ソ連で連続猟奇殺人を犯したチカチーロの話をモデルにしている。このチカチーロの犯罪は「ロシア 52人虐殺犯/チカチーロ」(1995)というアメリカ映画にもなっていて、この作品でチカチーロを追う刑事役を演じるのが、「クライング・ゲーム」 (1992)で世界中の映画ファンの心に焼き付いた好感スティーブン・レイ。地味であはあったが、なかなかの佳作だったと記憶している。そして僕は、この 作品に限らず「西側で旧ソ連を描いた映画」に心惹かれる。今では実際にロシア・ロケも出来るようになったが、実はそれだとあまり気分が出ない。フィンラン ドなどで無理矢理ソ連の場面を撮ってしまう映画の方が、なぜか僕には魅力的に見えるのだ。それはたぶん、本来はロシアでない場所をロシアに見せかけようと して、わざとらしいくらいにロシア的要素を濃くして描くから「より魅力的」に感じられるのだろう。僕が悪趣味な欧米の「トンデモ日本」映画を愛好するの と、どこか相通じるものがあるのかもしれない。それこそデビッド・リーンの超大作「ドクトル・ジバゴ」(1965)あたりからウォーレン・ベイティの 「レッズ」(1981)まで、この手の「西側ソ連映画」は僕の大好物。ミハイル・バリシニコフとグレゴリー・ハインズが踊りまくる「ホワイトナイツ/白 夜」(1985)なんて映画ですら、僕は大いに楽しんでしまったくらいだ。そんな「西側ソ連映画」の中でも本作「チャイルド44」と通じるものがありそう な作品といえば、スターリン政権下の異常な時代を描いた「映写技師は見ていた」(1991)が挙げられるかもしれない。実はこれは本当のロシアでロケした のだから、厳密には「西側ソ連映画」の中には入らないかもしれない。しかし主要な俳優は英米で固めており、言語も英語というアメリカ映画だから、このカテ ゴリーの中に入れるのが適切だろう。ソ連出身アンドレイ・コンチャロフスキーが監督しているから、雰囲気もかなり出ていたと記憶している。そしてもう一本 が有名なミステリー小説の映画化、「レッドコップ/ゴーリキーパーク殺人事件」(1984)。ここではソ連の刑事役にウィリアム・ハートが扮して、なかな か雰囲気を出していた。正直に言うと原作小説のファンだった僕としては今ひとつ「映画化成功」とは言いかねる出来映えだったが、それでもご贔屓マイケル・ アプテッド監督らしいちょっと変わった味の作品に仕上がっていて、僕は嫌いになれない。…そんな訳で、こうした「西側ソ連映画」をこよなく愛する僕として は、本作の出来映えが大いに気になるところ。正直言って「新マッドマックス」役者にはそれほど期待してはいなかった。果たして、その出来映えやいかに?

ここからは映画を見てから!

みどころ
  今回の作品を評するとすると、やはり地味だけど面白い…というべきだろう。僕のような「西側ソ連映画」愛好家にとっては垂涎の一作。衣装やセット、自動車 のデザインなど、いちいちその野暮っちい意匠がグッとくる。もう、それだけでオツリが来そうな感じだ。だが、本作の主眼は実はそこにはない。連続猟奇殺人 という病んだ事件を描きながら、同時に本作が描いているのはスターリン政権下の粛正がはびこる「病んだ社会」。チカチーロもどきのこの猟奇殺人鬼が野放し になっているのも、そもそも「社会主義体制下に犯罪なし」ってなバカげたスローガンが生んだ副作用。そして主人公レオとライーサの夫婦関係が暗礁に乗り上 げるのも、それがライーサにとって愛のない結婚だったから。さらに、そこには「粛正の先兵」であるMGB捜査官のレオから口説かれれば断れない…という、 社会の歪みが根底にある。そんなレオが左遷されてしまったのは根性曲がりの部下に陥れられたからだが、そもそもこんな卑しい心根の部下がそんな策略を弄す ることができたのも、「粛正」流行りのスターリン政権下だから。社会が不健全になればどこの国でもこうした歪みが生じるし、卑しい人間が羽振りを利かせる のだろう。おそらくこの日本でだって同じようなことが起きたのではないか…ということは想像に難くない。つまりは映画の主眼は、連続猟奇殺人とその捜査… ではなく、スターリン政権時代という歪んだ社会の告発なのである。その一方でこの映画は、イビツな形で始まってしまったレオとライーサの夫婦が一旦は暗礁 に乗り上げたものの、その後、事件の捜査を通じて再構築していく様子を描き出す。スターリン圧政時代とか連続猟奇殺人などといった非常に特異な背景を持た せながらの、一種の「夫婦善哉」物語となっているのが面白い。終盤の夫唱婦随の犯人捜査など、見ていてちょっと胸が熱くなる。最後には巻き添えで孤児にし てしまった二人の女の子を引き取り、自分たち夫婦とも合わせて「家族」の再構築を模索していくエンディングが、旧ソ連を舞台にしていても「アメリカ映画」 的な結論で嬉しくなる。そういう意味で、脚本も構成もカッチリと組み立てられた作品だと言える。トム・ハーディはここでも相変わらずあまり華がないように 見えるが、その一見野暮に見える無骨さが、実はこの役にはピッタリ。無骨で女心も分からない野暮天だからこその男純情ぶりで、ちょっと見直してしまった。 地味だからこそ野暮だからこその魅力とでも言おうか。一見「華がなさそう」には見えるが、まったく「華がない」訳ではない。これはこれで、この人なりの 「スター」の魅力が垣間見えた。ちょっと「新マッドマックス」が楽しみになってきたかも。ノオミ・ラパスはたぶん「見た目」のキャスティングだと思うが、 笑っちゃったのはゲイリー・オールドマンで…いやぁ、立派にロシア人の雰囲気出てるではないか。チラッと見たら、アンドレイ・タルコフスキーにも似てる (笑)。この人を使って、これからバンバン「西側ソ連映画」を撮ってもらいたいものである。スウェーデン出身の監督ダニエル・エスピノーサの作品は今回初 めて見たが、この人もいろいろと今後がかなり楽しみになった。

さいごのひとこと

 連続殺人鬼ってスターリンのことだったか。

 

「奇跡の2000マイル

 Tracks

Date:2015 / 08 / 17

みるまえ

  どうやら、女ひとりでオーストラリアの荒野を横断する話。前にもそんなタイトルの映画があったはず…と思い起こしてみたら、それは「裸足の1500マイ ル」(2002)だった(笑)。アレは白人にさらわれたアボリジニと白人の混血の少女が、脱走してオーストラリアを横断する話だった。やはりオーストラリ アである(笑)。地味だが、なかなかの佳作だった印象がある。今回の「2000マイル」も期待できるのではないか? ただ、旅する主役を演じるのがミア・ ワシコウスカ…と聞いて、ちょっと腰が退けてしまった。ミア・ワシコウスカ…あの「鬼瓦」みたいな顔がダメなのか、出て来る映画どれもこれも僕はダメ。 「アリス・イン・ワンダーランド」(2010)はイヤな予感がしてパスしちゃったが、「永遠の僕たち」(2011)、「イノセント・ガーデン」 (2013)、「マップ・トゥ・ザ・スターズ」(2014)…と作品もダメなら彼女が演じる役柄も好きになれない。ファンの方には申し訳ないが、ダメなも のはダメだからどうしようもない。ただ…本作はこのミアなんちゃら以外は魅力的なんだよねぇ。僕は荒野や砂漠や辺境が出て来る映画が好きなのだ。こいつが 出ているからと言って、今回は映画をパスしたくない。そんなこんなしているうちに、映画の公開が終わりそうになった。こうなると迷っている訳にいかない。 僕は有楽町の映画館に慌てて飛び込んだ。

ないよう

  どこにも居場所のない者がいる、私もそうだった…。時は1975年、オーストラリア中央部にあるアリス・スプリングスの町に、列車に乗ってひとりの若い女 がやって来る。彼女の名はロビン(ミア・ワシコウスカ)。こんな辺鄙な田舎町に、女ひとり(愛犬のディギティを連れてはいたが)でやって来たのには訳があ る。彼女はまず町の酒場に入って、住み込みで雇ってもらうことに成功。これである程度カネを稼ぐと、今度は酒場を辞めて町はずれのラクダ牧場へと足を運 ぶ。それは、すべて計画済みの行動だった。実はロビンは、このアリス・スプリングスから西部の砂漠地帯を横断してインド洋まで抜けるという、たったひとり の冒険旅行を計画していたのだ。そのためには、まずある程度の資本が必要であり、さらにラクダが3頭必要だった。今度はラクダの番というわけだ。ロビンは 牧場主のポゼル(ライナー・ボック)に頼み込んで、その牧場で働き始めた。牧場の手伝いをしてラクダの扱い方を習いながら、給金の代わりに2頭のラクダを もらうという約束である。人使いの荒いボゼルだったが、そのおかげかロビンはラクダにすこぶる強くなった。ラクダという動物は見かけと違い、かなり手強く 凶暴な一面があるということも分かった。そんなこんなで8カ月経ったが、一向にラクダをもらえる気配がない。たまりかねてボゼルを問いつめると、約束を反 古にするではないか。頭に来たロビンは牧場を飛び出し、荒野に建った廃屋に落ち着く。気を取り直してアフガニスタン人のモハメット(ジョン・フラウス)の 下で働きながら、まず1頭のラクダを譲ってもらう。そのラクダは妊娠中で、すぐに2頭に増えた。そんな折りもおり、ロビンが暮らす廃屋に、クルマに乗って 数人の若い連中がやって来る。それはロビンの旧友ジェニー(ジェシカ・トヴェイ)とその仲間たちだ。再会を喜び合うロビンとジェニー。ジェニーが連れて来 たお仲間も交えての飲み会が繰り広げられるが…正直言ってロビンにとっては苦痛でしかない。ジェニーが連れて来たお仲間のうち、カメラマンのリック・ス モーラン(アダム・ドライバー)は彼女に好意を抱いているのがミエミエだが、そんなこんなも煩わしかったのかもしれない。とにかく気づいてみれば彼女は一 同の喧噪から離れ、オンボロ自宅から出て、ひとりでポツンとしている始末。ジェニーはロビンとの別れを惜しみながら、お仲間と去って行くのだった。さて、 その後のロビンは、偶然が幸いしてボゼルが手放した牧場からラクダ2頭を譲ってもらうことが出来た。モハメットからは「これが必要な時が来る」とライフル 銃をもらう。さらにナショナル・ジオグラフィック誌に冒険旅行のことを知らせると、彼らは「軍資金」を送って来た。用意万端、準備は完璧。いよいよラクダ 4頭と愛犬ディギティを従えて、ロビンはインド洋沿岸への冒険の旅を開始した…!

みたあと
  「どこにも居場所のない者がいる、私もそうだった」…。冒頭に出てくるヒロインのコメントは、正直言って僕も昔からずっと感じていたことなので、気持ちは 分からないでもない。だが、このコメントに続いて出て来る本作のヒロインが、「鬼瓦」みたいな顔したいつものミア・ワシコウスカ…っていうのが何とも…。 冒頭のコメントから見て、「自分探しの旅」とかしちゃおうと思っているんじゃねえだろうな…と、思い切り冒頭から警戒してしまう。神経症みたいなミアなん ちゃらが、頭でっかちな勘違い旅をする映画なんて見たくもない。みんなが無謀な旅だと思って止めているのを、自分なら出来る…と押し切っているあたりか ら、イヤ〜な予感がしてくる。さすがに「自分探しの旅」と言っても、ジュリア・ロバーツの出てた「食っちゃ寝」だか「食って寝てクソして」だかそんなよう なタイトルの映画(ちゃんとした題名はホントに忘れちゃった)みたいなお気楽な「自分探し」ではないようだが、それでも何となく自然をナメ切ってる女の傲 慢旅になりそう。大丈夫なのか、この映画は?

こうすれば
  実は映画の前半は、それほど苦難らしきモノは描かれない。それなりに大変ではあるが、割と淡々と日常風景のように進んで行く。ただ、見る前に思っていたよ うな「自然をナメ切ってる女の傲慢旅」ではなくて、ヒロインはそれなりに十二分に周到な準備をして事に当たっている。むしろ、そのヒロインの手堅さを日常 風景的にスケッチしていく作り方に好感を持った。その小道具として目覚まし時計をうまく使っているあたりも注目できる。ただ、このヒロインは冒頭の「どこ にも居場所のない者がいる、私もそうだった」というコメントの通り、人との距離の取り方がうまくない。だから友だちが陣中見舞いに来てもどこか煙たそうだ し、父親らが訪ねて来ても居心地悪そうだ。だが、その「距離の取り方のヘタさ」は、自分が至らないからだというより…ハッキリ言ってむしろ周囲を見下して いるから…のように見える。だからヒロインが好きになったらしいカメラマンのリックが、ナショナル・ジオグラフィックのカメラマンとして帯同してくるのも 煩わしくて仕方がない。行程の途中で出会う辺境暮らしの白人男に、「イイ人なのは分かるけどウザくてねぇ」などとまくしたてる始末だ。さらに、「キャメル・レ ディ」として有名になった彼女を写真に撮ろうとする観光客たちを、露骨に敬遠したりする。そもそもナショナル・ジオグラフィックにカネをたかったのは自分 の方だし、カネをもらったからには取材も「込み」なのは当たり前ではないか。そしてマスコミを巻き込んだからには、一般の観光客からアレコレ見られるのも 致し方ないはず。しかもリックのことをウザいと言っていたが、彼女が煮詰まって「もうやめる!」などと言い出した時には自分からリックに抱きついていった ではないか。まったく徹頭徹尾テメエ勝手な女なのである。その一方で、彼女は他人との関わり方に独特な「クセ」を持っている。他の人間には取りつくシマの ないところを見せながら、ラクダ牧場を経営するアフガニスタン人のモハメットや旅の途中で案内人となるアボリジニのミスター・エディという老人には心を許 しているのだ。なるほど現実社会では居心地の悪いヒロインだから、マイノリティーとは心が通うんだなぁ…ということなんだろう。大変結構なことではある。 しかし正直に言って、「自分はマイノリティーの気持ちが分かっている」なんてそれこそ傲慢なのではないか。煮詰まった時にはカメラマンのリックにすがりつ くくせに、普段は「ワタシは白人たちと接するより、こちらの人たちの方がホンモノの生き方でピンと来る」…などと「他のつまらない連中とは違う」アピール がスゴい。そういう「意識高い系」の臭いがプンプンするのである。それをミアなんちゃらが演じているのだから、僕には難行苦行。何とも鼻持ちならないヒロ インぶりに、こりゃあちょっとダメかな…と半ば思い始めた。それでも映画への興味がキレなかったのは、ヒロインが行く荒野の描写が素晴らしかったから。絵 としても描写としても、彼女の旅の様子は見ていてなかなかに壮観なのだ。

ここからは映画を見てから!

みどころ
 ところがお話が後半になってくると、旅の様相が変わってくる。案内人のミスター・エディもいなくなって、行く手が今までと違って完全な砂漠になって…旅 のキツさが格段に変わってくる。こうなると、もはや「他のつまらない連中とは違う」なんて澄ましている余裕がまったくなくなる。カッコつけてる場合じゃな くなってくるのだ。あげくの果てに忠実に自分についてきた愛犬ディギティを失うハメにもなって、虚飾がすべてはぎ取られて失意のどん底。そうなって初め て、彼女はリックの好意を素直に受けられるようになる。彼が先回りして水を用意すると言ってくれたことに、ただただ感謝するのである。その頃にはミアなん ちゃらの鬼瓦みたいな顔も汗やホコリや日焼けでグチャグチャになっているのだが、かえってそのおかげで虚飾が取れて「イイ顔」になっている。そしてこのあ たりで、映画は彼女がどうして「どこにも居場所がなくなった」のか…その理由をようやく観客に教えてくれるのだ。これはこのタイミングでなければ、観客も その理由を素直に受け入れられなかったかもしれない。そんな何とも絶妙のタイミングだ。これにはさすがに「うまい」と思わされた。そんないろいろな濃い体験 を経て、最後にヒロインが辿り着いたのは…。最初は生い立ちがどうの、世間の人間関係がどうの、ナショナル・ジオグラフィックのカメラマンがどうの…とア レコレ文句言ってたヒロイン、自分は「世間とは違う」「意識高い系」と勘違いしていたヒロインが、奮闘努力と苦難の荒野横断の果てにそんなこんながどうでもよくなって、た だ砂漠の果てに青く澄んだ海を見ただけで深い満足を感じるのだ。そのヒロインの「達成感」を理屈抜きに映像でズバリと見せてしまえたのが、映画ならではの スゴさではないか。何だかよく分からないけれど(笑)、とにかく彼女は「達成」したんだ!…と見ている僕らも思えたあたりが何ともスゴいのである。これぞ映画だ! 他の作 品を見たことはないが、ジョン・カラン監督なかなかの腕前…と大いに感心した。

さいごのひとこと

 500マイル増えると「奇跡」になるのか?

 
 

「ターミネーター/新起動<ジェニシス>

 Terminator - Genisys

Date:2015 / 08 / 10

みるまえ

  シュワちゃんが映画界に復帰して立て続けに新作に出演し始めた時から、いつかはこれやるんじゃないかと思っていったのだ。「ターミネーター5」…。主演作 を撮っても今ひとつ伸び悩んでいたシュワと、それまでブレークできてなかったジェームズ・キャメロンの「出世作」となった「ターミネーター」(1984)、そして高額予算と先端テクノロジーで「格上」作品に仕上げた「ターミネーター2」(1991)…この2本は決定的に素晴らしい出来映えだった。ただ、この2本があまりに素晴らしいのでシリーズがその後ダラダラと続くことにもなってしまったし、続いてもどれもこれも見劣りするように見えてしまってもいた。キャメロンが降りてダメだろうと思っていた「ターミネーター3」 (2003)については、僕は見る前にかなり期待値が低かったので意外に楽しめた。しかし、世間的にはどうかといえば微妙だろう。ましてシュワすら出ない 「ターミネーター4」(2009)となると、監督がマックGという時点で見るべきものじゃないと僕は完全に諦めてしまった。こりゃあシリーズも打ち止めだ ろうと思っていたところに、シュワの「ターミネーター」復活のニュースである。正直言って「復帰」後のシュワは、「エクスペンダブルズ」(2010)シリーズの客演以外の主演作は、「ラストスタンド」(2012)、「大脱出」(2013)、「サボタージュ」 (2014)…とあまり思わしくない結果に終わっている。だから、ここで「当たり役」を…と焦る気持ちも分からないでもない。だが、その「切り札」を使っ ちゃうってのは…エディ・マーフィーにとっての「ビバリーヒルズ・コップ3」(1994)みたいに、「よせばいいのに」的雰囲気が濃厚過ぎる。イヤな予感 しかしないのだ。それでもシュワが息の根を止めなきゃ、このシリーズは成仏しないのかもしれない。何だかんだ言って、単純にシュワのターミネーターが久々 に見たい気もする。ちょうど大きな仕事が一段落してホッと一息映画を見たい時には、こういう頭を使わない映画が見たい。そんなわけで、まるっきり期待値ゼ ロ、ただただシュワのターミネーターを見たい…だけで映画館に駆け込んだ次第。正直言って、派手にクルマとか建物をブッ壊してくれればいいよ(笑)。

ないよう

  かつての地球がいかに美しい世界だったかは、子供の頃から聞かされていた。それが、1997年8月29日に一変。「スカイネット」が人類を敵と見なして核 攻撃し、世界は壊滅してしまった。その日を、「審判の日(ジャッジメント・デイ)」と呼ぶ。以来、生き残った数少ない人類は、「スカイネット」率いる機械 たちに迫害される日々を送っている…。そう語っているのは、抵抗軍で戦うカイル・リース。この物語は、彼の少年時代のエピソードから始まる…。機械たちの 追跡から逃れて地下下水道に入り込んだカイル少年は、行き止まりの場所で立ち往生。そこに何者かが迫って来る。それは…機械たちの中でも最もタチの悪い無 慈悲な破壊者…人間型の「ターミネーター」だ。もうダメだ…とカイル少年が観念したその時、下水道の天井をブチ抜いて降りて来た男が、激しい銃撃でターミ ネーターを一撃のもとに倒してくれた。その男こそ、抵抗軍のリーダーであるジョン・コナー(ジェイソン・クラーク)だ。その瞬間から、カイルはジョン・コ ナーについて行こうと思った…。やがて少年から逞しい戦士へと成長したカイル(ジェイ・コートニー)は、ジョン・コナーの片腕となって一緒に戦うようにな る。そんな時にいつも驚かされるのが、ジョンの「予感」の鋭さなのだ。いや、それはすでに「予言者」の域をも超えている。ジョンはこれから起きることを的 確に把握していて、それに合わせて行動しているようなのだ。そんなジョンの指揮の下、抵抗軍は確実に戦果を挙げて行く。そしてついに、「スカイネット」の 本拠をつぶすところまで戦況は進んでいた。そんな、明日は総攻撃の日…というある日のこと、ジョンはカイルにひとつの命令を下す。「スカイネット」の本拠 への攻撃には加わらず、人類捕虜の収容所への攻撃に加わるように告げるのだ。聞けばジョン自身も本拠への攻撃ではなく、収容所への攻撃に回るという。実は この収容所の地下には秘密基地が隠されており、そこに「究極の秘密兵器」が隠されているというのだ。それなら話は別だ。カイルはジョンと共に、収容所潜入 作戦に参加することになる。何とか収容所の敷地内に忍び込んだカイルとジョンは、大暴れしながら建物に接近。すると、途中で彼らを攻撃していた機械たちが 動きを止めるではないか。どうやら本拠への攻撃が成功に終わったらしい。またしてもジョンの予言が当たった。しかしジョンは喜びもせず、カイルと共に地下 の基地に入って行った。彼らの目の前に現れたのは、見たこともない巨大な装置。それこそ、究極の秘密兵器…タイムマシンだった。実は、つい先ほどターミ ネーターがこのタイムマシンによって過去に送られたばかり。その目的は、ジョン・コナーの母親サラ・コナーの抹殺である。誰かが過去に行って、彼女の殺害 を阻止しなくてはならない。そこで志願する抵抗軍の男たちの中から、ジョンが使命したのはカイルだった。機械に乗る前に全裸にさせられたのは想定外だった ものの、不安を押し殺しながら身を任せるカイル。やがて機械が始動し、カイルの全身が激しい衝撃とまばゆい光に包まれる中…その場に紛れ込んだ機械人間 に、ジョンが襲われる姿が見えるではないか! しかし、すでに過去に送り込まれようとするカイルには止めることができない。過去に送られつつあるカイルの 混濁した意識の中に、彼の平和な子供時代の記憶が甦る…「平和な子供時代」? カイルは平和な時代など知らないはずだ。しかし、彼の脳裏に浮かんでいるの は、間違いなく彼の子供時代の「記憶」。両親に誕生日のプレゼントのタブレットをもらうと、そのOS「ジェニシス」が何かのカウントダウンを行っている。 カイル少年はこうつぶやく、「ジェニシスはスカイネット」「2017年に起動する」…。これは一体何なのだ? 一方、ここは1984年のロサンゼルス。た むろしている3人のツッパリ野郎たちの前に、現れたのは例のあの男…全裸のターミネーターだ。訳が分かっていない野郎どもはよせばいいのにターミネーター をからかうが、そこにもう一体の…そしてやや年齢を重ねた顔のターミネーター(アーノルド・シュワルツェネッガー)が現れるではないか! 二人の新旧ター ミネーターの大格闘は、遠くからの若ターミネーター狙撃によって幕を閉じる。さらに、それとほぼ時を同じくして、ロサンゼルスの裏町に全裸のカイルが現れ た。その場にいたホームレスからズボンを奪うカイルだが、その場に駆けつけてきた警官が曲者だった。その警官こそ、あの液体金属型ターミネーターT- 1000(イ・ビョンホン)。カイルはホッとする間もなく、T-1000に追いまくられるハメになる。ショッピングセンターに入って服を調達しても、すぐ にT-1000が襲って来る。そこに警官二人がやって来てカイルも逮捕されるが、案の定、T-1000が片方の警官を殺す始末。そんなこんなで絶体絶命の その時、いきなり店にトラックが突っ込んで来るではないか。T-1000を吹っ飛ばして停まったそのクルマの運転席から、若い女が大声を張り上げる。「死 にたくなければ早く乗って!」…慌ててクルマに乗り込んだカイルは、その女こそ問題のサラ(エミリア・クラーク)であることを知る。だが、自分の身を守る 術もない弱い存在であったはずのサラとは、だいぶイメージが異なる。おまけにクルマの荷台には、あのターミネーターが居座っているではないか…!

みたあと
  この作品もここ最近見た他の作品と同様に、決して「白紙」で見たとは言い難い。何しろ映画の公開直後に映画館に行けなくなって久しいし、なかなか見れない から事前情報だけがバンバン入ってくる。この作品の場合、なぜか「産みの親」であるジェームズ・キャメロンが「応援団長」になって「これぞ本来のターミ ネーター」などとコメントしているのを聞いていたから、ちょっと期待していたのは確か。ところが実際に公開されてみると、どうも評判がイマイチ。アメリカ での興行成績も芳しくないらしい。やはりダメなのかシュワ。もう見る前の僕の期待値は、ゼロどころかマイナスにまで落ちていた。ただ、シュワのターミネー ターさえ見れればいい…くらいの期待値(笑)。ハードルは下がりまくりだったわけだ。では、実際にはどうだったのか。

みどころ
  ハッキリ言ってシュワがターミネーターをやる…という一点のみの期待しかなかったので、意外や意外、僕はそれなりに楽しんだ。実際、ケナしてやろうと手ぐ すね引いてたから、楽しんじゃって申し訳ない感じ。ここんとこやたら目につくジェイ・コートニー、ジェイソン・クラーク、J・K・シモンズ…といった脇役 陣もちょっと豪華な感じがするし、実は見ていて退屈しなかった。うまくやったな…と思ったのは、これって続編というより最近の「スター・トレック」 (2009)みたいに「再構成」作品になっているという点だろうか。歴史が変えられてしまったというタイム・パラドックスを利用して、1作目や2作目あた りの話を微妙になぞったりズラしたりしている。ある意味、ちょっとリメイク的な趣向さえある。若い頃のシュワのターミネーターが出て来たり、大好評だった 液体型ロボットT-1000が出て来たりしている。「ターミネーター」グレーテスト・ヒッツみたいな感じなのだ。僕なんかすでに第1作あたりの設定もボン ヤリしていたし、世間の大不評で前作をおさらいしてみようなんて気もまったくなかったから、前の設定をほぼ忘れかけた状態で見ていた。だから、歴史が上書き されていてちょうどいい(笑)。おまけに適度に前の設定をなぞったりもするから、「前作までのあらすじ」みたいに親切でもある(笑)。そんな訳で、結 構気楽に楽しく見る事ができたわけだ。ちゃんと第1作製作当時から変わってしまった「未来」に、タブレットなど新要素を盛り込んでもいるし…。これは、あえて今 「ターミネーター」を作る上では「アリ」なんじゃないだろうか。監督のアラン・テイラーは「マイティ・ソー/ダーク・ワールド」(2013)を作った人ら しいが、シュワのターミネーターをボケ〜ッと見たい…という要求には応えているように思う(笑)。

こうすれば

 ただし、僕は「ターミネーター」にこれといった思い入れがなく、しかも今 回の作品に期待などほとんどなかった人間だから、こういう好意的な感想になった可能性は否定できない。第1作、第2作を「傑作」と思って気に入っている人 なら、そこに「上書き」をしていることを冒涜だと感じるかもしれない。また、それらの作品の趣向をなぞっている訳だから、「またT-1000かよ!」と毎 度おなじみのリフレインにウンザリする向きがいることも想像できる。そもそも第1作、第2作からあまりに時間が経過しているので、役者もほぼ全とっかえ。 ジョン・コナーなんて何代目になるのか(笑)。おまけにイ・ビョンホンって「G.I.ジョー」(2009)のアレとか今回の役とか、こんなのばっかりでわ ざわざハリウッドに出る意味あるかよ…とかアレコレ言いたくなる点は多々ある。そんな、今回の「役者まで上書き」という点にも引っかかる人は引っかかって しまうかもしれない。それでいてシュワはシュワで「加齢の言い訳」をしながらのターミネーター再登板だから、なおさらである。おそらく僕とは違ってちゃん とシリーズを追ってきた人なら、設定にいろいろ矛盾を見つけてイライラすることだろう。そもそも「3」や「4」はなかった事になっているらしいことが、気 に入らない人には気に入らないかもしれない。っていうか、そこまでして満身創痍な状態で延々と「ターミネーター」を作らねばならないことに、無理があると 言えば無理があるのだ。それを言っちゃうと本作の存在意義そのものを否定してしまうのだが、言ってしまえばそういう事なのである。役者も設定も変えてま で、やらなきゃならないターミネーターって何なの?…ってことだろう。だから、僕の本作の感想は、ハッキリ言ってあまりアテにならない(笑)。これを言っ ちゃオシマイだが、仕事に疲れたりしてスカッとシュワのターミネーターを「新作」で見たい!…と思っている人には、本作は絶対のオススメである。設定がど うのとか気にせず、ターミネーターの戦いを楽しんで見れる。おまけに前作のお約束など覚えていなくても楽しめるお徳用だ。だが、そうでない人たちには、あ まりオススメしない方がいいかもしれない。そんな程度の作品だと思っていただければいいと思う(笑)。

さいごのひとこと

 シュワのターミネーターが出るところが唯一最大の売り。

 

「デッド・シティ2055

 Vice

Date:2015 / 08 / 10

みるまえ

  タイトルからしてダメな感じがジワジワ漂う。「デッド・シティ2055」。たまたま時間が出来て、何か映画を見たいと思ったらネットで引っかかって来た。 SFとなれば、僕としては見ない訳にいかないだろう。キャストを見ると、ブルース・ウィリスが出ている。まるっきり箸にも棒にもかからない映画じゃなさそ うだ。ただ、主役にもうひとり、トーマス・ジェーンの名前があることが気にかかる。この人、「ドリームキャッチャー」(2003)、「パニッシャー」(2004)、「ミスト」(2007)… などなど、ちょっと気になる映画にも出てるし主役も張って来てるんだけど、ことごとく勝負どころでハズしてる。この人が出てると聞いた時点で、何となくこ の映画も見えてきちゃった観があるのだ(笑)。ただ、とにかくSFアクションだから退屈はしないだろう。そう腹をくくって劇場まで足を運んだ訳だ。

ないよう

  クルマの中で、何やら覚悟を決めているらしい男が二人。彼らが手にしているのは銃だ。やがてクルマが停まると、そこは銀行の前。すると彼らが来るのを察知 していたのか、警官隊が周囲を包囲しているではないか。だが男二人はそれにひるむ訳でもなく、狂喜しながらクルマを降りて突撃だ! ヒャッハ〜!…と、こ れはほんの一例に過ぎない。現実社会で実現できないヤバいこと、スゴいこと、コワいこと…全部それらを叶えることができる場所。それが「ヴァイス」だ。そ こでは何をやってもあなたはキズつかないし、罪を問われることもない、身の危険を感じることもない。すべてがやり放題。「夢」が叶うこの世の天国…究極の リゾート「ヴァイス」へ、ぜひどうぞ!…身振り手振りでそうアピールするのは、この「ヴァイス」を運営している経営者のジュリアン(ブルース・ウィリ ス)。そんなリゾートでは、果たしてどんな「夢」が叶うのか…。その頃、自室で目覚めるケリー(アンバー・チルダーズ)。彼女はどうやらこの街を出て行こ うとしていたようで、ルームメイトのメリッサにそのことを打ち明ける。今夜はケリーの新たな人生の門出となる予定だった。バーテンダーの彼女は、夜になる と職場のバーへと出勤。ところが、そこで妙な男に絡まれたのが運の尽き。仕事を終えて店を出て来た彼女たちに、この妙な男が襲いかかってきたではないか。 不運にもケリーは、頭のおかしい男の毒牙にかかって命を落としてしまった…。息絶えたケリーの亡骸は、そのまま医療センターへ運ばれる。そこにはエンジニ アと医療機器が待ち構えていて、彼女の亡骸をあちこちいじくりまわす。お察しの通り…彼女は人間ではなかった。彼女は人間そっくりに作られたレプリカント で、人間を襲わず逆らわず…という設計になっていた。彼女はここで修理された後、先ほどまでの記憶をリセットされて「街」へと戻される。そこで、何度でも 同じ「あの1日」を繰り返すのだ。それが「街」…「ヴァイス」の住人たちの日常だった。エンジニアはいつものようにケリーを修繕しながら、「こいつ本当に 記憶を失っているのかな?」などと軽口を叩いていた。果たして、その疑問はすぐに現実のものとなる。一方、「ヴァイス」の中でやりたい放題の乱暴狼藉を働 いていた性犯罪者を、客に紛れて潜入した刑事がブチのめして逮捕した。その刑事の名はロイ・テデスキー(トーマス・ジェーン)。この獲物を連れて意気揚々 と所轄署に戻ったロイは、上司からホメられるどころかお小言を頂戴してウンザリだ。何しろ「ヴァイス」は街の税収の大半を潤す存在のため、アンタッチャブ ルな領域になっている。そこに潜入しての強引な捜査など、「ヴァイス」の…いや、何より「ヴァイス」の顔色をうかがう街のお偉いさんたちのご機嫌を損ねて しまう。だから「無茶な捜査はするな」という、何とも語るに落ちた話なのだ。しかし何でもアリの「ヴァイス」の存在が、現実の犯罪をさらに助長していると いうのがロイの持論。しかも天の邪鬼なロイとしては、上司から「やるな」と言われれば言われるほど捜査したくなるところ。クソ面白くない気持ちも手伝っ て、ロイはますます「ヴァイス」を目の敵にするのだった。さて、その頃、ケリーはまたしても同じ「あの1日」を繰り返していた。記憶がないのだから、彼女 にとってはいつも新しい1日。ところがこの日はちょっと違った。ケリーは時々、脳裏に不思議な残像がチラつくことに気づいたのだ。それは夢か幻影か…明ら かに自分が殺される瞬間の記憶だ。夢にしてはあまりに鮮やか過ぎる。そんなケリーの混乱ぶりが、「ヴァイス」の監視システムに見つかるのは時間の問題だっ た。さっそく回収されて、医療センターへと運ばれるケリー。しかし、もはやケリーは今までのケリーではなかった。椅子に固定されてエンジニアに記憶消去さ れようとしていたケリーは、今までの何十回、何百回も殺された記憶が一気に甦って逆上。エンジニアを叩きのめして逃げ出した。「ヴァイス」の保安システム がケリーが逃げ出したことを感知。保安部隊がケリーの確保に乗り出すが、彼女は間一髪で「ヴァイス」の施設から脱出してしまう。この事態を重く見たジュリ アンは、ケリーの確保、場合によっては破壊を部下のクリス(ジョナサン・シェック)に命じる。その頃、ケリーは初めて見る「ヴァイス」外の世界に戸惑いな がら、とある酒場に迷い込んだ。ところがそんなケリーに目をつけた男が、彼女にまとわりついてくるではないか。酒場を出てもどこまでも彼女につきまとうこ の男の目的は、ハッキリ言ってよからぬものであることはミエミエ。真っ暗で人けもない夜の街で、ケリーもどうやら危うい状況になってきたと気づき始めた 時…、幸か不幸かもっとヤバい奴らがその場にやって来たから人生は分からない。それはジュリアンの命令を受けた、クリス率いる特殊部隊の連中だった…。

みたあと
  まずは前述のストーリー紹介について、何しろ見てからあまりに長い時間が経ったので、細部についてかなり怪しくなっていることを白状させていただきたい。 そんな訳で…すでに記憶も薄れかけているにも関わらずその映画の評価が出来るかと言われれば大変心許ないが、正直言ってこの映画に関してはそんな懸念は微 塵もないと断言できる。オープニングが出て来たところで、僕には即座に分かった。これはあのSF映画の傑作、マイケル・クライトン自ら監督にあたった「ウエストワールド」 (1973)の焼き直しではないか。…ということは、実は「ジュラシック・パーク」(1993)の焼き直しということにもなる。人間の欲望のために先端テ クノロジーで創り上げたテーマパークが、科学を過信した人間たちの奢りで暴走し壊滅する…というお話。正直言って、「ウエストワールド」から西部劇的要素 を抜き去っただけの映画なのだ。この恐ろしいまでのオリジナリティーのなさに脱力。この時点で、僕は本作が駄作であることをまったく疑わなかった。案の 定、思った通りにダメダメ映画。残念ながら、今回もトーマス・ジェーン主演作の例外とはならなかった。

こうすれば
  ほとんど先の「みたあと」で語り尽くしてしまったようなものだが、オリジナリティー皆無のお話に冴えないアクション(かなり精鋭揃いの特殊部隊が逃げ出し たレプリカントを追跡するのだが、バリバリ銃を撃ちまくっているのにまったくレプリカントに当たらないという恐ろしい御都合主義)では、いくらSF好きの 僕でも弁護しきれない。おまけにいつも作品に恵まれず気の毒なトーマス・ジェーンだが、近作「ドライブ・ハード」(2014)などと同じに単なるアホにしか見えないキャラクター設定になってて共感しづらい。ブルース・ウィリスも「G.I.ジョー/バック2リベンジ」(2013)あたりに客演するのはいいとして、何でこんな映画にまでつき合うのか分からない。一応はトップスターの彼が、何でこんな映画に出ることになったのか? 監督のブライアン・A・ミラーは去年公開された「傭兵奪還」 (2013)の監督…といえばお察しの通り。この人ってどうやら本来はテレビのプロデューサーらしく、確かにいかにもテレビっぽい安っぽさだ。その割には 「傭兵奪還」にもジェイソン・パトリックやジェームズ・カーン、そして本作にもブルース・ウィリス…と妙に大物を起用しているのが驚き。こいつ強力なコネ でもあるのか? 

さいごのひとこと

 トーマス・ジェーンの作品選択眼のなさは非凡。

 

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