新作映画1000本ノック 2015年2月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品
「二重生活」 「ホビット/決戦のゆくえ」 「イロイロ/ぬくもりの記憶」 「スパイ・レジェンド」

 

「二重生活」

 浮城迷事 (Mystery)

Date:2015 / 02 / 23

みるまえ

  ロウ・イエといえば中国でも最も注目すべき映画作家。「ふたりの人魚」(2000)を最初に見た時の衝撃は、今でも忘れることが出来ない。その後も作品を 発表するたびに見に行って、新作を見るたびに感心。しかし「天安門、恋人たち」(2006)ではその「天安門」を持ち出したのが仇となって、中国国内で5 年間も映画が撮れなくなってしまう。これにはさすがにロウ・イエもダメージ受けるだろうと、僕も遠く日本から少なからず心配をしていた。ところがどっこ い、ロウ・イエはそんなヤワなタマではなかった。何をどうかいくぐったのかは知らないが、チャッカリとデジタルビデオで「スプリング・フィーバー」 (2009)を撮っちゃうのだから、ほとんどダメージはゼロ同然。アレって映画じゃなくてビデオです…とでも言い張ったのだろうか。とにかく映画は出来た しおとがめもなかったのだから、ロウ・イエは賭けに勝ったと言えるんだろう。ところがピンチは思わぬところからやってきた。中国で大っぴらには撮れないと いうこともあり、資金源でもあるフランスへ渡っての映画づくり。この「パリ、ただよう花」(2011)がマズかった。単なる白人オトコ狂いの勘違い東洋女の話になっ ちゃってて、見るも無惨。ロウ・イエほどのツワモノですら、海の向こうに行くとこうなっちゃうんだろうか。それまで彼の映画には毎回感心させられて来たか ら、失望も大きかった。そんなこんなでもうロウ・イエもダメになっちゃったんだろうか…と思ったりもして、今年に入って同じ中国から「薄氷の殺人」 (2014)なんてイキのいい作品も出て来て、いよいよ僕の中でロウ・イエも過去の人って感じが強まった今日この頃…。そんな折りもおり、当のロウ・イエ が中国当局の制裁も解除され、堂々新作を発表である。しかも僕の気持ちを見透かした(笑)かのように、「薄氷の殺人」と同じくミステリー・ タッチの作品だ。おフランス気取りがマズかったと悟って、思い切りジャンル映画に軌道修正してきたのか。こうなると、一刻も早く見ないわけにはいかないだ ろう。

ないよう

  天から降ってくるような歌声で、ベートーヴェンの「歓喜の歌」が聞こえてくる。そんな歌声とは裏腹に、地上ではチャラい連中が2台のクルマを暴走させてい る。お互いのクルマを煽って、公道であることなど構っちゃいない。トンネルからクルマが抜け出すと、目の前に若い女が雨の中をずぶ濡れで突っ立っている。 クルマのスピードはそれを避けられるようなもんじゃなかった。若い娘はすっ飛ばされて、あっという間に路面に叩き付けられた。さすがに慌てふためいて、急 停車したクルマからは若造どもが降りてくる。血だらけの女はまだ生きていて、彼女を惹いた当人の脚を必死に捕まえる。しかし若造はこの女を振りほどこうと して蹴りを入れまくり、そのうちに土砂降りの中で女は息絶えた…。ここは中国中央部に位置する大都市、武漢。好景気を繁栄してか高層ビルが林立し、巨大な 高級住宅が建設されている。そんな大都会の片隅に、ルー・ジエ(ハオ・レイ)と夫ヨンチャオ(チン・ハオ)も暮らしていた。ヨンチャオは会社を経営。元は 「やり手」のルー・ジエと共同経営だったが、可愛い娘のアンアンが生まれてからは主婦に専念していた。すべてはうまくいっている。彼らは典型的な中国富裕 層の一家だった。そんなある日、ルー・ジエは娘アンアンを幼稚園に迎えに行って、アンアンと仲のよい男の子ユイハンと、その母親サン・チー(チー・シー) と出会う。サン・チーは何かとルー・ジエに近づいて来て、二人はスッカリ仲良くなった。そんなある日のこと、ルー・ジエはいつになく深刻な表情のサン・ チーに相談を持ちかけられ、とあるビルの二階のコーヒー・ショップへ。窓際の席に座ってからサン・チーが語り始めた相談は、自分の亭主が浮気しているとい う話だった。しかしルー・ジエは、すぐに気もそぞろになってしまう。それと言うのも、彼女は窓の外に意外な光景を見てしまったからだ。何と当のルー・ジエ の夫ヨンチャオが、若い女を連れて歩いているではないか。しかもその女とツルんで、目の前のホテルに入ってしまう。こうなると、もうサン・チーの相談どこ ろではない。具合が悪くなったと言い訳してサッサと彼女を帰させてしまい、ルー・ジエ自身はその場にとどまった。しばらくすると、夫ヨンチャオと例の女が ホテルから出てくる。それを見て呆然自失のルー・ジエは、ホテルのトイレから知人に電話を入れた。ところがルー・ジエが携帯で話しているうちに、その場に 例の若い女スン・シャオミン(チャン・ファンユアン)がトイレに入ってくるではないか。何食わぬ顔でスン・シャオミンを見ていたルー・ジエは、トイレを出 て行った彼女を追いかけた。それはもう、何かに取り憑かれていた…としかいえない。歩いて行くスン・シャオミンの後を、ルー・ジエはただならぬ表情で追い かける。そのうちスン・シャオミンも追ってくる何者かの存在に気がついて…。激しい雨が降っている。ルー・ジエから呼ばれた知人の女は、クルマで郊外の小 高い丘へとやってくる。そこには、ズブ濡れになったルー・ジエが一人。知人のクルマに乗り込んだルー・ジエはそのまま自宅へと帰ったが、果たしてルー・ジ エの身に何が起きていたのか…。土砂降りの中、クルマに撥ねられて死んだ娘…スン・シャオミンの死を巡って、警察の捜査が始まる。事件を担当するトン刑事 (ズー・フォン)は、有力者のドラ息子だという撥ねた男にヘキエキ。その一方で、撥ねられた女スン・シャオミンの頭部に打撃を受けた跡があることに注目し た。さらに彼女の携帯に、頻繁にメッセージを残した人物が判明。それは、あのヨンチャオだった。会社にやって来たトン刑事から話を告げられ、青ざめるヨン チャオ。アリバイは何とか証明できそうなヨンチャオは、トン刑事に「この件は他言無用」と懇願するのだった。しかしヨンチャオにもう一つの顔があることを 知ったルー・ジエは、もう今までのようにはいかない。ある日、彼女は夫ヨンチャオの跡を黙って尾行して、あるアパートに彼の「別宅」があることを突き止め た。その「別宅」で、帰って来たヨンチャオを迎えたのは…。

ここからは映画を見てから!

みたあと

 … と、まぁここまで書いたら分かっちゃうよね(笑)。何しろ映画のタイトルが「二重生活」なんだから(笑)。この後は推して知るべしで、妻ルー・ジエ、夫ヨ ンチャオ、愛人サン・チーの三人の間に緊張感が高まっていく。その一方で、ヨンチャオがちょっかい出していた若い娘スン・シャオミンの事故死のナゾが暴か れていく。こちらの方もどんどん救いようのない方向に話がなだれ込んでいく…という訳で、お話の体裁としてはまるでテレビの火曜サスペンス劇場みたいな展 開になっていくのだ。元々、ちょっとアートな香り…が売りだったロウ・イエだったが、前作「パリ、ただよう花」ではついにおフランスまで行っちゃってその 傾向を極限まで持って行った観があった。ところが今回はそんなアートの香りは一気に影を潜め、ミステリー・サスペンスにドロドロ三角関係のメロドラマ。日 本の松本清張とかその手の、まさに火曜サスペンス劇場的な世界が展開しているのだ。正直言ってこれには驚いた。これは一体、どういう風の吹き回しなんだろ うか。

みどころ

  考えてみるとロウ・イエって、ここ何年か中国で映画を発表できないから、フランス資本に頼るしかなかった。フランス資本の需要を満たすとなると、やっぱり おフランスなテイストでお高くとまったアートな作品にならざるを得ないってことだったんじゃないだろうか。その方向性が行き着くところまで行っちゃった 「パリ、ただよう花」は、さすがに「やっちまった」感が強かった。僕もあそこまでいくとついていけない感じだった。それはおそらくロウ・イエも分かってい たんじゃないだろうか。一転して中国で発表できるようになった本作は、いきなり火曜サスペンス劇場(笑)。その化けっぷりに驚かされたが、まず今度は中国 市場のニーズを満たそうってことなんだろう。おフランスやってても中国市場じゃ商売になりそうもない。どうしたって通俗的な作品になるのは必然だったかも しれない。この方向転換は分からないでもないのだ。しかし、そういうニーズへの対応だけでつくってたら、そうそう面白い映画がつくれるタイプとも思えな い。しかし今回の作品、やはり面白いのである。俗っぽいしコテコテだし、同じ中国でアート風のミステリー映画を撮った「薄氷の殺人」と比べて も、こっちの方の通俗風味が2倍3倍。結構ちゃんと娯楽映画つくってるから驚いた。クルマにはね飛ばされて空中を舞う女の子のスローモーション映像なん か、ちょっとブライアン・デパーマを思わせるケレン味。それでも映画全編にみなぎるノリの良さは、市場とか需要とかだけを考えてつくってるとは思えない。 そもそもこの人は売れる前に「危情少女 嵐嵐」(1995)なんて作品を撮っている人だから、本来こっちの映画がキライじゃないはず。出世作の「ふたりの 人魚」あたりだって、ミステリアスな面白さで売ってるところもあったからなぁ。だから今回だって、意外にもノリにノッて撮ってる様子がアリアリと伺える。 それがまた旧来のファンとしては嬉しいのだ。そんなこんなで火サスのテイストで見せてくれる本作だが、無責任に楽しんで見ていると徐々に重いエンディング が近づいてくる。何と主人公三人はいずれも手を汚してしまうが、映画の中では裁きを受けることがない。法律的にもそうだし、天の裁きも受けない。将来的に はどうせロクなことにはならない…と想像はつくものの、彼らはとりあえず目で見て分かるかたちでのダメージは受けないで終わる。一方、社会的成功者である 主人公たちに踏みつけられた連中は、どう見たって社会では弱者の側。彼らは踏みつけられたまま、報われずそのまま消えていく。冒頭で命を落とす女子大生が まるで幽霊のように姿を見せるエンディング(しかもその前の場面では、貧しい階層に属する女子大生の母親が、彼女を殺したドラ息子から慰謝料をもらって高 級マンションに入るというオチまでつく)は、そういう意味でかなり象徴的だ。だが、裁かれてはいない…と言ったものの、主人公たちは無傷かというとこれも 難しいところなのだ。おそらくお互いが信じられないし、手を汚してしまった記憶からは逃れられない。これはこれで生きた地獄だろう。ベートーヴェンの「歓喜の歌」がテーマ曲みたいに使われているのが、この映画の最大の皮肉だ。誰一人幸せになれない 結論で、その背景に「一人っ子政策」だとか「格差社会」だとか「拝金主義」だとかがかなり露骨に見え隠れしている。そのあたり、ロウ・イエの姿勢はまった く丸くなっていない。それどころか口当たりのいい娯楽映画の体裁をとっているだけに、社会批判としては一層強烈なのだ。「天安門、恋人たち」ぐらいで ギャーギャー騒いだのがまったく理解できない。今回の映画の方が、よっぽどヤバいのである。中国共産党は一体何を考えているのか。オレならむしろこっちを 取り締まる(笑)。おフランス症候群も克服したロウ・イエ、さすがである。それにしてもヒロインのハオ・レイの脇で出てくるチー・シーという女優、何とな く「天安門、恋人たち」でやはりハオ・レイの脇に出て来たフー・リンという女優に似ていて、ちょっと笑ってしまう。どちらもどこか筋張ったパサパサした感 じの女優なのに、なぜか「いい女」っぽい扱いで濡れ場も与えられている。おそらくロウ・イエ好みの女のタイプなのではないだろうか。そのあたりを本人に問 いただしたい(笑)。

さいごのひとこと

 今回の女優の脱がせ方はヌルかった。

 
 

「ホビット/決戦のゆくえ」

 The Hobbit - The Battle of the Five Armies

Date:2015 / 02 / 23

みるまえ

 「ロード・オブ・ザ・リング」 三部作(2001〜3)の後、よせばいいのにまた始めたのか…と思われた「ホビット」三部作。ところが…やっぱり面白いんだよねぇ、これがまた。やはりこ の世界はピーター・ジャクソンの体質に合っている。まことに残念ながら、「ロード〜」以降ピーター・ジャクソンがつくった映画より面白いんだから仕方がな い。特に2作目の「ホビット/竜に奪われた王国」 (2013)は、一番いいとこでお話が終わった感じで続きが待ち遠しかった。それでは昨年末公開されたのに何で見るのがこんなに遅れたかと言えば、まずは 「小」の方がやたらに近くなったから。最近、2時間を超える映画を見るのがまことにシンドイ。本当に生理的にキツいのだ。だが、今回の場合はもうひとつ理 由がある。三部作モノの場合、2作目は最高に面白いのだが、期待しまくって見た3作目はイマイチなことが多い。それは何をどうやってみても、そこまで広げ たお話の大風呂敷を畳んで結ぶしかあり得ないからだ。つまり「何をどうつくっても結論は同じ」…の、その結論部分だけを見せられるからだろう。「スター・ ウォーズ」の最初の三部作も「マトリックス」も、判で押したように3作目はイマイチだった。唯一「ロード〜」がそれから免れていた感があったが、果たして 今回はどうか? 何となくイヤ〜な予感がして、なかなか劇場に足が運ばなかったのだ。そこを何とか割り切って、そろそろ上映も終わろうという映画館に駆け 込んだ。

ないよう

  巨大な竜のスマウグ(ベネディクト・カンバーバッチ)が、怒り狂ってエレボールから飛び立って行く。向かっているのは、湖に浮かぶ町エスガロスだ。ホビッ トたちの突撃が、スマウグをカンカンに怒らせてしまったのだ。スマウグ襲来を察知した町の人々は、慌てふためいて一斉に逃げ出す。町はたちまち阿鼻叫喚。 町の交通手段である水路は、非難する舟で一杯になってしまう。弓の達人バルドの家でホビットのキーリ(エイダン・ターナー)を看護していたタウリエル(エ ヴァンジェリン・リリー)も、キーリや他のホビットたち、それにバルドの子供たちを連れて舟に乗り込んだ。町の統領(スティーヴン・フライ)もありったけ の財産を舟に乗せて、補佐官アルフリド(ライアン・ゲイジ)と共に逃げ出す。そんな大パニックの中、アッという間にエスガロスの上空にやって来たスマウグ は、口から炎を吐いて町を炎上させていく。その頃、バルド(ルーク・エヴァンス)は牢屋に閉じ込められ大いに焦っていたが、知恵を使って何とか脱出。得意 の弓矢を手にして、町で一番高い鐘楼に登って行く。もちろん、竜を倒して雪辱を果たすためだ。早速、飛来するスマウグに矢を射るバルドだが、矢はスマウグ の硬い鱗に跳ね返されてしまうだけ。射っても射っても跳ね返されて、ついに手持ちの矢はなくなってしまった。そこに不敵な顔をしたスマウグが襲いかかって くる。絶対絶命。そんな様子を舟の上から見ていたバルドの息子バイン(ジョン・ベル)は、止めるタウリエルをよそに舟を飛び出す。パインは町の広場に飾っ てあったいわくある黒い矢を取って、バルドのいる鐘楼へと急いだ。鐘楼はスマウグに破壊されるが、かろうじて崩壊せずに建っている。危機一髪のバルドのも とにやって来たパインは、例の黒い矢を手渡した。バルドは壊れた弓もパインの肩で「代用」して、あざ笑いながら突っ込んでくるスマウグにむけて渾身の矢を 放つ。命中だ! それまでの余裕の態度とは裏腹に、もがき苦しんで町に落下するスマウグ。そのままスマウグは、頭領の舟を巻き添えにして川に墜落した。こ うして竜の脅威は去ったものの、すでに町は完全に炎上。人々は途方に暮れるのみだった。一方、そんな一部始終を固唾を飲んで見守っていたビルボ・バギンズ (マーティン・フリーマン)たち。スマウグの最後を見届けて一同は大いに喜んだが、リーダーのトーリン(リチャード・アーミティッジ)だけはニコリともし ないで引きこもってしまう。彼は竜の黄金の呪いに囚われ、人が変わってしまったのだ…。翌朝、湖のほとりに避難してうなだれる町民たちを、竜を倒して英雄 となったバルドがリーダーとなって導くことになる。頭領の手下だったアルフリドは危うく町民にリンチされそうになったが、バルドの一声で難を逃れた。とり あえず町民の居場所を確保しなくてはならないバルドは、全員でエレボールに移動することを決意する。また、キーリたちもエレボールにいる他のドワーフたち と合流することになり、レゴラス(オーランド・ブルーム)と行動を共にすることになったタウリエルとは離ればなれになることに…。しかしその頃、魔法使い のガンダルフ(イアン・マッケラン)は荒れ果てた城郭の残骸で、カゴに囚われて弱り果てていた…。

みたあと

  このストーリー紹介は、映画のほんのさわりだけ。それも正しいかどうか極めて疑問だ。何しろアレコレと聞き慣れない固有名詞が山ほど出てくるし、三部作だ から前のディティールも細部まで覚えていない。ともかくこの後の展開を簡単にサラッと言うと、せっかくエレボールを奪還したのにドワーフのリーダーである トーリンは富に目がくらんで迷走。ドワーフ、人間、エルフの内輪もめ真っ最中に悪党の化け物軍団が襲ってきて、成り行きで連合軍を組んで戦うことになる。 映画で見ていれば特に説明する必要もなく分かりやすいのだが、これを文章で説明するのはかなりシンドイ。なので、ストーリー紹介はこれで勘弁していただき たい(笑)。

みどころ

 そんなわけで、結構ゴチャゴチャと込み入ったお話になっているにも関わ らず、観客にはちゃんとお話を伝えられている点、ピーター・ジャクソンの話術は見事と言わざるを得ない。しかも、これで面白くつくってしまうのだから、ま さに神業。3D効果も相変わらず素晴らしい。つくづくピーター・ジャクソンは「指輪」の世界が合っているんだなぁ…と痛感した。これで「ホビット」も終 わっちゃったら、この人って後はどうすればいいんだろうか。…って、あまりにも言うことが少なくて申し訳ないが、正直言って僕が改めて言うことはほとんど ない。言うべきことはこの映画が大好きな人やファンの方が言い尽くしているだろうから、僕はこのへんでやめておきたい。そういう人たちの方が、もっとうま くホメるだろう。

こうすれば

 先にも述べたようにまたまたボリュームたっぷりに楽しめる作品にはなっているのだが、残念ながら三部作の悪しきパターンから逃れられているかと言うと、否…と言わざるを得ない。やはり本作も広げた風呂敷をまとめて結ぶ…的な展開にしかなり得ないのだ。「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」 (2003)の時にはかろうじて踏みとどまった感じだが、あの時も三部作、そして今回も三部作。これだけ見せられていると、正直言ってもう新たな驚きはな い。破綻なく、それなりに面白いまま終わってよかったな…というのが本音だ。今回の作品は大部分の上映時間を戦闘シーンで費やしているが、今まであれだけ 戦闘シーンを見せられていると、さすがに鮮度が落ちたと言わざるを得ない。そうなってくると、ドワーフのお仲間の中に何のためにいるのか分からない奴がい る…とか、補佐官アルフリドのゲスっぷりを周囲の連中が見抜けない間抜けさ…とか、いろいろ気になる点も目についてくる。頑張ってはいるしピーター・ジャ クソンだから持ちこたえているが、もうここらが潮時…という感じだろうか。それでも作品として高品質を保ったし、これだけの長尺、大長編が完結を迎えたわ けだから感慨もある。ただただお疲れさま…と言いたい。

さいごのひとこと

 竜にはもっと頑張ってもらいたかった。

 

「イロイロ/ぬくもりの記憶」

 爸媽不在家 (Ilo Ilo)

Date:2015 / 02 / 09

みるまえ

  この映画のことは、実はまったく知らなかった。恥ずかしながら公開されていたことすら知らなかったのだが、ある知人から強く勧められて、初めてその存在を 知った次第。珍しいシンガポール映画…おそらく、あの「フォーエバー・フィーバー」(1998)以来ではないだろうか。おそらく映画産業もちゃんと整備さ れていなければ、映画作家もあまりいないあの地域から、また注目すべき映画が出て来たことにビックリ。時間がとれずになかなか見に行けなかったが、何とか 終了間際に劇場に滑り込むことができた。

ないよう

  一人の少年が、部屋の窓枠に必死に両手首をこすりつけている。そこに入ってきた教師は、慌てて彼を窓側から引き離した。手首はキズ跡がついて、ムチ打たれ た跡のように見える。こいつの狙いはそれだった。問題を起こして呼ばれたのに、そこでまたこれとは何たるガキか。このクソガキの名はジャールー(コー・ ジャールー)。このガキが学校で問題を起こすのは、これが初めてじゃない。その頃、とある会社のオフィスに一本の電話がかかる。ジャールーの学校から、母 親(ヤオ・ヤンヤン)への呼び出しだ。しかし折からの不況で、この会社でも首切りが相次ぐ。ジャールーの母親とて絶対安定した地位を築いている訳ではな い。彼女は上司の留守を見計らって、コワゴワ会社から出かけて行った。学校でジャールーを引き取る母親は、さすがに毎度毎度のことにさすがに頭が痛い。だ が、小言を言おうが何をしようがフテ腐れたツラのガキはこたえない。しかも父親と母親は共働きで、二人ともジャールーの世話をする時間がない、さすがにマ ズいと思ったジャールーの母親は、夫(チェン・ティエンウェン)にメイドを雇いたいと言い出す。夫も夫で自分のことで手一杯だから、妻からの提案を丸呑み した。そんなわけでやって来たのが、フィリピン人メイドのテレサ(アンジェリ・パヤニ)。しかしジャールーは、最初から事の成り行きが気に入らなかった。 しかも彼女は住み込みだから、ジャールーと同じ部屋に寝泊まりすることになる。これがジャールーには我慢ならなかった。それでなくてもワガママなジャー ルーは彼女を邪険に扱い、一緒にスーパーに買い物に行った時もこっそり商品を彼女のカゴに入れて出て行ってしまう。何も気づかなかった彼女は、スーパーを 出る時に万引きの疑いをかけられて立ち往生だ。しかしジャールーをキッチリと叱りはするが、告げ口はしなかったテレサ。それは、ジャールーにとって意外な 反応だった。そんなテレサは、夜になると公衆電話から故国に電話をかける。貧しい彼女は幼いわが子を置いて、単身シンガポールまで出稼ぎに来ているのだ。 カネを稼ぐためにはヘコんでいる訳にはいかない。ジャールーに嫌がらせをされているくらいで、退く訳にはいかないテレサだった。一方、ジャールーの父親の 方も、元々器用な立ち回りが出来ないのか営業職がうまくいかない。そのうち彼も多くのサラリーマンと同じく会社をリストラされたが、家ではそんなことをお くびにも出せなかった…。

みたあと

  まったくノーマークの作品だったから、事前情報もなし。監督もキャストも知らない人ばかりで知人からのオススメの 言葉だけで見に行ったから、久々に映画を白紙状態で見た。その結果…いやぁ、これには驚いた。「フォーエバー・フィーバー」の時にも思ったのだが、映画小国であるはず のシンガポールからこんな映画が出てくるとは! 一言でズバッと語れない映画だが、そのくらい複雑な味わいを含んだ作品に仕上がっているのだ。その「大人 な」語り口に、僕は本当に驚かされたのである。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  だからこの映画は、本当に語りにくい。一言で「ここがイイ!」と単純に評せない魅力の作品なのだ。例えば主役のジャールーは、いわゆる可愛い子役ではな い。リアルなのはいいとして、そのリアルさも普通にいそうなリアル。出て来た当初なんてまったく可愛げのないクソガキなのだ。ツラも決して良くないし、正 直言ってちょっとバカっぽい(笑)。しかし世間のガキなんざ、大半はあんなものだろう。かくいう僕だってそうだった。そこに無類のリアリティがある。自分 のことでテンパってて家庭どころでない父親、同じくテンパってて息子を構ってやれない母親。だからメイドを雇ったのに、そのメイドが息子とあまりに親しく なると我慢ならない親心。万事うまくいってる時だったり人ごとだったりすればダメな親だな…とフラットに見れるが、テンパってる時ならそりゃおかしくもな るよ。人間だもの、みつを…じゃないが(笑)、見ていてそういう実感が湧いてくる。僕も可愛げのないガキで、その一方で親の至らないところにイライラして いた。親なんだから完璧で人格者じゃなければいけないと思っていて、自分の親の欠点を見つけてはイヤな気分になったりしていた。その時って子供の僕は「オ レは完全でない人間だから至らなくても仕方ないけど、親は親なんだから完璧じゃないとダメだ」…と思っていたりもしたのだ。でも、親だって人間だし欠点 だってあるんだよねぇ。それは僕も、かなり年齢がいってからじゃないと実感できなかった。当たり前のことが当たり前と分かるまでは、かなり時間を要したの だ。この映画には、そんなリアルな「実感」に満ちあふれている。大体、この手の映画では徹底的に美化されがちな「ヒロイン」のテレサですら、ご主人である ジャールーの母親不在の時にはその口紅を勝手に使ったりもするし、空き時間を見つけてはコッソリとアルバイトをしたりもする。決して精錬潔白清く正しく美 しい人…ではないのだ。そのへんが残念ながら、わが国の山田洋次の映画なんかとはまるっきり違ってる。だからこそキレイごとには見えず、誰もがわが事のよ うに共感できるのだ。この成熟ぶりというか「大人」な視線は本当に非凡だ。結局、家族みんながギスギスしていたのも、世の中の不況と仕事環境や経済状態の 悪化によるものだったのだろうか、ジャールーの父親が自らの失業を認め、母親がインチキ宗教めいた自己啓発セミナーにダマされたことを悟って初めて、それ まで失礼な態度をとっていたテレサに優しくなれるようになる。ケチなプライドや虚栄が粉々に粉砕されて、ようやくみんな人間らしくなれるわけだ。しかしそ の時には、みんなに別れの時が迫って来る…という皮肉さ。格差社会や不況が現実のものとなっている日本では、この映画は一際リアルに受け取れるのではない だろうか。初めて名前を見るアンソニー・チェン監督、おそるべし…である。

さいごのひとこと

 メイドと言っても萌え要素はナシ。

 
 

「スパイ・レジェンド」

 The November Man

Date:2015 / 02 / 02

みるまえ

  昨年末より映画館に置いてあったチラシで、この作品の存在を知った。ピアース・ブロスナン主演、「スパイ・レジェンド」。共演は「007/慰めの報酬」 (2009)のオルガ・キュリレンコ。この時点で「007」シリーズの経験者たちが「昔の看板で一稼ぎ」の雰囲気が漂ってしまう。作品自体の佇まいも何と なく地味〜な感じ。こりゃあ寂しい作品になっちゃってるかなぁ…と思ってチラシを手に取ったら、監督はロジャー・ドナルドソン。この人、ビッグヒットに恵 まれたり作家性に富んだ作品を発表したりはしていないものの、撮る映画撮る映画地味ながらキッチリお客を楽しませてくれる作品ばかり。実は僕はひそかにご ひいきだったりする。だとすると、こりゃあ見ないわけにはいかないか。ブロスナンも、歳をとってから妙に味わい深くなってそうだし、ひょっとするとひょっ とするのではないか? そんなわけで、公開初日に映画館に駆け込んだわけだ。

ないよう

 2008 年、モンテネグロ。街角のカフェでイチャつくカップル。その女の方が席を立って去って行くと、残された若い男メイソン(ルーク・ブレイシー)のもとに一人 の男がやってくる。その男の名はピーター・デヴェロー(ピアース・ブロスナン)。デヴェローはメイソンと女がイチャついていたのを見ていて、すっかり渋い 顔だ。「いいか、重要な任務を任された男が女と愛し合うが、やがて女は誘拐される。そして男は、女の命と引き換えに言うことを聞かされるハメになって…」 とメイソンをたしなめるデヴェローは、冷徹そのもののCIAエージェント。後輩であるメイソンを指導しながら、今もミッション進行中だ。ミッションは、暗 殺の恐れがある米国の要人を守ること…。デヴェローは要人のクルマに乗り込み、スーツを取り替えて要人になりすます。メイソンはスナイパーとして周囲に目 を配り、暗殺犯を狙撃する役目だ。やがて、クルマで広場にやって来たデヴェロー。メイソンは広場を見下ろす建物から銃を構える。クルマから降りたデヴェ ローが人々の歓声に応えて歩き出すと、不審な男が動き出した。ビビりまくるメイソンは、その男を仕留めようと焦り出す。男の銃弾を受けてデヴェローが倒れ た次の瞬間、メイソンの銃弾が暗殺犯を仕留めた。しかし同時に、流れ弾を受けた少年が血まみれでその場に倒れてしまう。それを見ながら苦々しげな表情のデ ヴェロー…。2013年、スイスのローザンヌ。湖のカフェにやって来たのは、今では引退生活を送っていたデヴェローだ。そんな彼を待ち構えていたのは、か つてのCIAの同僚ジョン・ハンリー(ビル・スミトロヴィッチ)。彼はデヴェローに、忘れかけていた「生臭い話」を持ちかけた。デヴェローのかつての同僚 たちが、次々と殺されているというのだ。殺しているのは、冷徹非情なロシアの殺し屋アレクサ(アミラ・テルツィメヒク)。その黒幕は、ロシアの次期大統領 候補最有力であるアルカディ・フェデロフ(ラザル・リストフスキー)だというのだ。フェデロフは大統領就任を前にして、彼の「旧悪」を知る人間を次々消し ているのだという。フェデロフにはそれくらい致命的な「過去」があるのだった。そして、そんなフェデロフの決定的な「過去」を握る女が一人…。その女ナタ リア・ウラノワ(メディハ・ムスリオヴィック)は、フェデロフを葬ることのできる「ある人物」の名を知っているのだ。ナタリアをモスクワからサンクトペテ ルブルグまで連れて来て、その「人物」の名を聞き出す…それが今回、ハンリーがデヴェローに持ちかけて来た頼み事だった。では、なぜ引退していたデヴェ ローをそんな任務に引っ張り出すのか。その理由は、デヴェロー自身が誰よりもよく分かっていることだった…。舞台変わってモスクワ。演説のために議会に出 かけるフェデロフを見送るのは、ハンリーの話題にのぼっていた「問題の女」ナタリア。彼女はフェデロフの秘書だったのだ。フェデロフが部屋を出て行くのを 見届けると、ナタリアは部屋の金庫を開けて中から何枚かの写真を取り出した。そして、手早く携帯でそれらの写真を撮影する。その頃、フェデロフは演説を終 えて拍手喝采を浴び、意気揚々と引き上げて来た。フェデロフが部屋に戻って来た時には、間一髪何もなかったようにナタリアが出て行く。こうしてナタリアは ゆっくり建物から出て来てクルマに乗り、万事うまくいっているように思えたが…。フェデロフが金庫がわずかに開いたままになっているのに気づくまで、それ ほどの時間はかからなかった。一方、セルビアのベオグラードにあるアメリカ大使館では、衛星を使ってナタリアの状況を確認。例のハンリーが作戦の指揮を 執っている。その指示に従って、CIAのモスクワ現地スタッフがクルマで行動を開始。その現地スタッフの中には、何の因果かあのメイソンもいた。ナタリア はクルマで移動している最中だったが、後方から2台のクルマが追いかけてくる。明らかにフェデロフが放った刺客だ。慌ててクルマを加速するナタリアだった が、徐々に追いつめられていくのは避けられない。いよいよ追いつめられたその時、追っ手をやっつけてナタリアを救ったのは、あのデヴェローだった。この予 想外の展開に、ナタリアは驚く。デヴェローとナタリアは昔なじみ…しかもただの「昔なじみ」ではなかった。何と二人は恋仲であり、二人の間には娘も生まれ ているのだった。しかしセルビアのアメリカ大使館では、一体何が起きているのか事態がまったく掴めていなかった。ナタリアが誰に助けられたのかも分からな い。そこに彼らの上司であるベリー・ワインスタイン(ウィル・パットン)がテレビ電話で介入。この不測の事態に「特殊指令」を発した。それはたちまち現場 スタッフたちにも伝えられる。「特殊指令」…それは工作員の抹殺だ。今やデヴェローのクルマで移動中のナタリアを、メイソンはじめとするCIAスタッフが 追っていた。そして建物の屋上駐車場にクルマを停めた彼らは、デヴェローのクルマを待ち構えて待機。そうとは知らぬデヴェローはナタリアからある名前を聞 き出していた。「ミラ・フィリポヴァ」…それが「問題の人物」の名前だ。デヴェローは電話でハンリーを呼び出し、この名前を知らせるとともに事態がどう なっているのかを尋ねた。しかしハンリーも、この事態をうまく説明できないでいるようだ。やがて屋上から狙撃され、ナタリアは銃弾を受けてしまう。彼女は デヴェローの目の前で息絶えると、彼に自分の携帯電話を預けるのだった。愕然とするデヴェローは、しかしこれで意気消沈したままになる男ではなかった。や がて駐車場の建物からCIAスタッフのクルマが降りて来たが、出口から出て来たとたんにスタッフたちは次々デヴェローの銃弾に倒れた。残ったのはあのメイ ソンただ一人。デヴェローとメイソンは、クルマを挟んでお互いに見つめ合う。こんな場所こんな状況で再会するとは…お互いに信じられないといった様子で見 つめ合うしかない。結局、二人とも武器を置いて、お互いその場から呆然と離れるしかなかった…。同じ頃、ベオグラードでは、ソーシャルワーカーのアリス・ フルニエ(オルガ・キュリレンコ)がいつものように職場に出勤していた。「ミラ・フィリポヴァ」を知っている唯一の人物である彼女は、自分にどんな危機が 迫っているかをまだ知らなかったのだが…。

みたあと

  やはりスパイ映画はいろいろ難しいので、ここまで書いたストーリー紹介も映画のほんの「さわり」でしかない。だから、この文章だけ読んだらひどく複雑なお 話だと思われるかもしれないが、実は見ている間はほんの一瞬だし、見ている側としてはまったく混乱も感じない。逆に、むしろ非常に分かりやすいストレート なお話に見えるのだ。今こうやって自分で映画のストーリーを書いていて改めて思ったのだが、この入り組んだ仕掛けのお話を一気に見せて、しかも混乱させな い手際は素晴らしい。本作の監督であるロジャー・ドナルドソンの語り口が、いかに見事だかよく分かった。その点を見ただけでも、本作が良く出来たスパイ・ アクション映画だとすぐ分かるのである。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  実際の話、面白い娯楽映画…ことにアクション映画を評価する場合、そんなに並べられる言葉はない。ブロスナン、キュリレンコ…という顔ぶれから、 「007」卒業生の二番煎じモノ…なんて思っていたらさにあらず。これって近来にないクールでイキのいいアクション映画なのだ。先にも述べたようにいろい ろ約束事が多いお話ながら、サクサクと説明を済ませて観客をアクションに専念させる語り口は、まさに職人技。実は監督のロジャー・ドナルドソンは昔から僕 のご贔屓監督。日本初お目見えの「バウンティ/愛と反乱の航海」(1984)は完全に黙殺された映画だが、僕はこの作品が好きだった。その後も、「カクテ ル」(1988)、「スピーシーズ/種の起源」(1995)、「13デイズ」(2000)などなど、世間じゃ大して評判にならないけれど、映画好きとしては嬉しくなる作品をいくつも発表。そのキャリアの最高作としては、ケビン・コスナー主演のサスペンス映画の傑作「追いつめられて」(1987)を挙げるべきだろう。近作「ハングリー・ラビット」 (2011)も、キッチリと面白い映画作りをしてくれていた。今回もその点はぬかりなく、しかも彼の作品の中でも高水準の面白さとなったから大したもの だ。また主演を勤めたブロスナンも、ジェームズ・ボンドの再演みたいになりそう…と思ってたら、予想を覆す好演ぶり。例えば敵対するかつての「教え子」に 対しても、彼の惚れた女にナイフまで振るうなど容赦なし。シビアで非情な男っぷりが素晴らしい。「ゴーストライター」(2010)での彼も良かったが、本作はまさに円熟しきっていると言っていい。久々に本当に面白いアクション映画を見せてもらったと大いにホメたい一作だ。

さいごのひとこと

 卒業後の方がイイなんてAKBに妬まれそう。

 

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