「ワイルド・スピード SKY MISSION」

  Fast & Furious 7 (Furious 7)

 (2015/08/10)


  

見る前の予想

 最初のワイルド・スピード(2001)を見た時、これがこんなに長寿シリーズになるとは夢にも思わなかった。
 僕は単に第1作のロブ・コーエン監督が好きだから見たので、続編が出来るとも思っていなかったし、出来ても関心などあろうはずもなかった。ましてシリー ズ化しても、3作目「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」(2006)までいったらそこでシリーズ終焉だろうとも思っていた。大体「がんばれ!ベアーズ」シリーズだって「ウルヴェリン」だって、日本 ロケしたらシリーズが危うくなるのがいつものパターンだし(笑)。僕もこのシリーズに大した期待もなかったから、続編も3作目も見なかった。
 ところがこのシリーズは、そこからが他と違った。そこから起きた異変については僕よりみなさんの方が詳しいだろうが、結局、5作目ワイルド・スピード  MEGA  MAX(2011)からは僕もこのシリーズに戻ってくることになる。それは大好きなドウェイン・ジョンソンが加入したことが大きいのだが、それ以上に作 品のスケールがデカくなって、とてもじゃないが映画ファンとして無視し難くなったというのが正確だろうか。
 ともかくこの「MEGA  MAX」を見たら、スケールはデカくなっているし映画としての格も上がってるし…で、僕もビックリの大満足。さらに次のワイルド・スピード EURO MISSION(2013)を見て、またまた満足。しかもラストに次に続くオマケがついているというマーベル映画みたいなエンディングになっていて、そ れを見たらまた次を見ずにいられない仕掛けが施されていた。こりゃあ楽しみだ…と、僕も他のファンたちと一緒にシリーズの新作を心待ちにしていたワケだ。
 それがまさか、あんな事になってしまうとは…。
 シリーズの要というか…ヴィン・ディーゼルとコンビで主役を張っていたポール・ウォーカーが、まさか事もあろうにクルマの事故で死んでしまうなんて…。 シリーズ最新作は撮影中と聞いていたが、果たしてウォーカーの出番はすべて撮り終えたのかどうかが気になった。後になってから代役とCGで撮り残しを終わ らせたと聞いたが、ブルース・リー「死亡遊戯」(1978)の頃とは技術が違うから、ある程度見れるものにはなっているだろう。そうは言っても、撮影途 中でのウォーカー離脱が作品にどれほどダメージを与えるかが想像つかない。
 そんなこんなで非常に気になるこの最新作が、ついに日本にもやって来た。僕は公開からかなり遅れてこの作品を見たが、実はその時期(6〜7月)は仕事の追い込みにかかってい て、とてもじゃないが感想文を書ける状況ではなかった。書いたら書いたでハードディスクが壊れるというアリサマ。そんなこんなで、何とアップが8月までズ レ込んでしまった。
 まさに気の抜けたビールどころじゃなくタイミングのズレた感想文になってしまったが、どうか諸般の事情からこうなったことをご理解いただきたい。

あらすじ

 「オマエをこんな目に遭わせた奴らに、キッチリ復讐してやるからな
 窓の外に広がるロンドンの景色を見ながらつぶやく、いかにもコワモテな男。ここは病室で、ベッドには昏睡状態に陥っているオーウェン・ショウ(ルーク・ エヴァンス)が横たわっている。オーウェン・ショウはヨーロッパを股に賭けた犯罪組織のリーダーで、ドミニク(ヴィン・ディーゼル)やブライアン(ポー ル・ウォーカー)たちの活躍により倒された。ベッド脇に立つ例のコワモテ男が「キッチリ復讐してやる」というのは、つまりドミニクやブライアンたちのこと なのだ。
 この男の名はデッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)。彼はオーウェンの兄だった。
 デッカードは病室を出て病院の建物から去って行くが、その病室の外には大勢の警官たちが倒れ、建物も激しく破壊されていた。この厳重な警戒を突破して、 デッカードは病室までたどり着いたのか。どうやらドミニクやブライアンは、とてつもなく恐ろしい相手を敵に回したようだが…。
 さて、そのドミニクは現在アメリカに戻って、レティ(ミシェル・ロドリゲス)と仲良く暮らしている。時にドミニクは彼女を荒野で行われているレースの喧 噪に連れ出し、昔のことを思い出させようとした。しかし、どうしても今の自分にどこか違和感を感じるレティ。結局、彼女はドミニクの前から姿を消すのだっ た。
 一方、ミア(ジョーダナ・ブリュースター)との間に息子ジャックをもうけたブライアンは、すっかり家庭人に生まれ変わったように見える。クルマもファミリーカーのミニバンに乗る様変わりぶりだが、時々そんな自分に戸惑いを感じてもいた。
 その頃、FBI本部では…ルーク・ホブス捜査官(ドウェイン・ジョンソン)が部下のエレナ・ネヴィス(エルザ・パタキ)を見送り、残業を片付けようと自 分の席に戻って来る。すると何者かが建物内に侵入して、ホブスのパソコンをいじっているではないか。それは、あのコワモテ男デッカードだ。
 ホブスが声をかけても、デッカードは平然たるもの。こいつの不敵な態度、さすがにタダモノではない。たちまちホブスとデッカードの間で大格闘が始まる が、そこに異変を察した部下のエレナも戻って来る。するとデッカードは手榴弾を投下。ホブスはエレナをかばって抱きかかえると、そのまま窓ガラスを破って ビルの外に飛び出した。そのまま建物の近くに駐車していたクルマの屋根に墜落して、エレナを守ったホブスは重傷を負ってしまう…。
 デッカードが探っていた情報は一体何だったのか。すぐにドミニクとブライアンは、それをイヤというほど思い知ることになる。
 ドミニクがブライアンとミアの家にやって来た時、ドミニクの携帯に電話がかかる。それは東京にいるデッカードからの電話だ。デッカードはたった今、ドミ ニクたちの仲間であるハン(サン・カン)を血祭りに挙げたところ。それを聞いたドミニクは、すぐにイヤな予感を感じた。すると、ブライアンたちの家の玄関 に、東京から届いた大きな小包が置いてあるではないか。
 「危ない!」
 あっという間に小包は爆発。家は木っ端みじんに吹っ飛んだ。先ほどまでの「ほのぼの家族」的な雰囲気は、あっという間に雲散霧消。間一髪で彼らは無事だったものの、恐ろしい敵が現れたことに今さらながら気づかされた。
 入院したホブスの見舞いに行ったドミニクは、そこでホブスからデッカードのことを聞く。何とオーウェン・ショウの兄デッカードは、元々は特殊部隊の隊員 だったらしい。とても一筋縄ではいかない相手だ。病床にいって動けないホブスは、ドミニクにデッカード退治を頼むのだった。
 次にドミニクが向かったのは、ハンが死んだ東京の街。わずかに遺されたハンの遺品を受け取り、彼の無念を晴らすべく意を新たにするドミニクだった。
 こうして、改めてロサンゼルスの墓地でハンの葬儀が行われ、ブライアン、ローマン(タイリース・ギブソン)、テズ(クリス・“リュダクリス”・ブリッジ ス)などのおなじみの仲間たちも集まった。しかしドミニクは、そこに招かれざる客もやって来たことを知る。墓地に滑り込んできたクルマには、あのデッカー ドが乗っていたのだ。
 すぐにドミニクは自分のクルマに乗り込み、走り去るデッカードのクルマを追跡する。たちまち二人のクルマのデッドヒードが始まった。
 そんな追跡は、トンネル内での両者の衝突で幕を下ろす。ドミニクとデッカードの直接対決になるかと思われたところ…そこに武装した特殊部隊の面々が登場。ドサクサに紛れてデッカードは逃走する。果たしてこの特殊部隊の正体は…?
 ドミニクの前に現れたのは、特殊部隊を率いるフランク・ペティ(カート・ラッセル)。どうやらこのペティたちはドミニクの敵ではないらしく、彼を自分た ちの本拠地へと連れて行った。何と彼らはドミニクにデッカードを倒すための切り札を提供できると持ちかけ、そのために協力するよう求めて来たのだ。
 ドミニクがふと気づくと、いつの間にかこの本拠地にブライアン、ローマン、テズ、さらにレティまでが集められていた。ペティたちは一体、彼ら「ワイルド・スピード」チームに何をやらせようというのか?
 ペティが彼らに持ちかけた話は、またしてもとんでもない話だった。事の発端は、「神の目」なるコンピュータ・プログラムをラムゼイというハッカーが開発 したこと。この「神の目」というプログラムは、街の監視カメラから往来を行く人々のスマホまで、ありとあらゆるデジタル機器とアクセスすることができる。 それによって、ある特定の人物を世界のどこにいても探り出すことができるというのだ。これに目をつけたテロリストのモーズ・ジャカンド(ジャイモン・フン スー)が、開発者のラムゼイを捕らえた。こんなプログラムがテロリストの手に渡ったら、深刻な事態になることは想像に難くない。そこで「ワイルド・スピー ド」チームにラムゼイとこのプログラムを奪還してもらいたい…というのが、今回のペティからの要望だ。
 無論、そんなことをタダでやらせる訳ではない。この「神の目」を使えば、今や「ワイルド・スピード」チームの脅威となっているデッカードの潜入先も分か る。居場所が分かれば、今までやられっぱなしだったデッパードに一矢報いることができるかもしれない。彼らにも、これを奪還するメリットがあるというワケ だ。
 そうなれば、善は急げだ。どうやってラムゼイを奪還する?
 どうやらテロリストたちはラムゼイを連れて、ロシアのコーカサス山脈を通る高速道路をクルマで移動するらしい。奪還の可能性は、おそらくここしかない。
 しかし、道路の周囲は切り立った崖や山岳地帯。その道路に合流する道も何もない。どうやってテロリスト一行を急襲するのか? そこで彼らは、他の誰もが思いつかない作戦を決行することにした。
 どこからも合流できないなら、空から行け…!


 

 

 

 

 

 

 

こ こからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 

 



見た後での感想

 これは前作、前々作の感想文でも言っていたことかもしれないが、またまた繰り返さずにはいられない。このシリーズはどんどんスケールアップして、当初の作品とはまったく別モノへと変貌しつつある。
 元々がロサンゼルスの裏町で若造がやってる公道レースのお話だったのに、なぜかどんどん大げさな話になってきて、FBIから協力を依頼されたり大っぴらに戦ったりする。舞台も世界を股にかけて、敵も犯罪組織やテロリストに格上げ(笑)。まるでOO7シリーズみたいな派手なものになってきた。
 メンバーもどんどんレギュラーが増えて行って、まるで風車の矢七やうっかり八兵衛を擁する「水戸黄門」状態。さらにドウェイン・ジョンソン加入あたりから配役も豪華になり、今回はジェイソン・ステイサムだけでなく、ジャイモン・フンスーカート・ラッセル、さらにはわざわざタイからマッハ!(2003)のあのトニー・ジャーまで連れて来るという豪華版。オレは彼のことスッカリ忘れてたから、得した気分になっちゃったよ(笑)。そんなこんなで、何だかとてつもなく巨大な作品になってしまっているのである。
 言ってみれば「たかがカーアクション映画」なのだが、それでこれほどの「大きさ」を感じさせる作品になっちゃってるのも、極めて異例ではないか。
 そしてこの手の「増量」をエスカレートさせていくと、普通はハリウッドの凡百のシリーズ作品同様に、どんどん大味化していくものだ。ところが本シリーズは…ちょっとそのルーティンからは外れているように思えるのである。一時は間違いなく失速して息の根が止まりつつあったのに、奇跡的にシリーズのリスタートに成功しているのである

やるならトコトン…のエスカレートぶり

 アクションやスペクタクルの見せ場については、今さら公開すら終わっちゃった段階で、改めて僕が偉そうに語るものでもない。
 ただ、単なるカーアクションというのはやり尽くしたから…という訳でもないだろうが、「空から降って来る」…ってのはさすがにスゴい。確かに似たような趣向はそれこそ007シリーズあたりでもやっていたような気もするが、あれほど何台ものクルマを、しかもデカいやつばかり何台も落っことすというバカバカしさには唖然呆然。さらに、本作はそれをどうやらCGではなく実写でやりきっちゃってるから呆れ返る。ここでの「呆れ返る」はホメ言葉だ(笑)。空からクルマが降って来て道路に降りて来る…なんて実際にはやっても出来る訳もないだろうが、それを無理矢理なんとか実写で撮っちゃってるからアレコレ文句を言う気にもなれない。見ていて思わず爆笑してしまったよ。
 そしてもうひとつの「空」絡みの見せ場は後半、アブダビでの場面にも出て来る。ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル(2011) に出て来たドバイのブルジュ・ハリファみたいな高層ビルから、隣の高層ビルへとクルマでジャンプして脱出する…というマンガみたいな趣向だ。しかもこちら は、猛スピードで隣のビルに向かってジャンプしているから、飛び移ってからなかなか停車できないというサスペンスつきだ。これも、ちょっとした見せ場の工 夫である。
 さらに映画の終盤は、ロサンゼルスでの市街戦だ。テロリストとの戦いが単なるカー・アクションの域を超えて、まるで世界侵略:ロサンゼルス決戦(2011)みたいな状況まで拡大。もうムチャクチャである。ここでわがご贔屓のドウェイン・ジョンソンが、墜落したヘリに取り付けられていたマシンガンをちぎり取って撃ちまくるというバカバカしい展開になるから嬉しい。
 いずれもマンガみたいな設定だが、やるならハンパでなくここまでクレージーにやるしかない… という姿勢が素晴らしい。映画はとにかく、信じられないような事やモノをカメラの前で見せなきゃ始まらないのだ。元々、映画は見世物なんだから、これのど こが悪いのだ。僕も映画サロンみたいなところで気取って映画を見るタイプではないから、やるならトコトン…というスタンスには強く賛同する。バカ映画、大 いに結構だ。
 本作は、ここのところのスケールアップした何作かを監督して来たジャスティン・リン監督に代わって、新たにジェームズ・ワン監督がシリーズに登板。この人の作品はあのソウ(2004) しか見ていないし、シリーズ化した「ソウ」にずっと関わり続けたこともあって、正直あまりいいイメージは持っていなかった。「ソウ」はホラー好きには好評 だったが、オレはどうも痛いのはダメだからねぇ…。しかし本作を見た限りでは、そんなイメージは微塵もない。ちゃんとシリーズ存続の重責を果たしたのではないだろうか。

作品全編に影響を与える「ウォーカー効果」
 その一方で、レギュラー・メンバーはすっかり「ファミリー化」している。
 これも前から指摘しているが、リーサル・ウェポン(1987)のシリーズに似た感じになって来ている。シリーズが進むごとにエスカレートする、派手でバカバカしいアクションと「ファミリー化」という特徴が、この両シリーズには共通してみられるのだ。これは、果たして偶然なのだろうか。
 しかしそんな「ファミリー化」が物語の要となってきたところでの、ポール・ウォーカーの例の事故と離脱は、本シリーズにとってあまりにも痛い。今回もそれがどう作品に影響を与えるかと、僕は見る前からずっとヒヤヒヤしていた。
 だが、それはまったく杞憂だったようだ。
 いや、むしろ…こう言っては不謹慎かもしれないが、完全にプラスに働いたようにさえ見える。
 元々の脚本にあった設定なのかどうかは分からないが、ウォーカー扮するブライアンは映画の前半部分で家庭への思いを前面に出しており、妻であるミアに「きっと帰ってくる」「これが最後の冒険だ」…的なコメントを何度も語っている。これが、一度や二度じゃないからたまらない。これって元の脚本から何も考えずに入っていたとしたら、すごい偶然だ。
 見ているこちらはどうしたって「あの出来事」を思い起こさずにはいられないから、作中で彼が不幸な結末を迎えるのではないかと気が気ではない。すでに亡 くなっている役者に「気が気ではない」…っていうのもおかしいのだが、そうとしか言いようがないのだから仕方がない。すでに前作「EURO MISSION」でジゼル(ガル・ガドット)やハン(サン・カン)がレギュラー陣から退場しているので、ブライアンも本作で退場するかも…との不安が拭えないのだ。
 おまけにそんな観客の気持ちを煽るような場面も劇中に何度か出て来るから、「今度こそ来るかな?」「次はヤバいぞ!」…と見ている間、ずっとハラハラしっぱなし。ストーリーラインとは別の領域で、見ている者は常に妙な緊張を強いられるのだ。これは、作り手が思ってもみなかった「効果」だろう。
 だが、「ウォーカー効果」が本作に影響を与えているのは、そんなサスペンスの醸成だけではなかった。


本作に本来以上のものを与えた「不幸な偶然」

 良くも悪くもポール・ウォーカーの身に降り掛かった「あの出来事」なしには、見ることができなくなってしまっている本作「SKY MISSION」。
 それが作品に終始一種のサスペンスを醸し出していることは、ここまで説明してきた通りだ。だが、「ウォーカー効果」はそれだけにとどまらない。予期せぬ…望まれなかったアクシデントが、皮肉にもこの作品に本来はなかったはずの「格」をもたらしているようにさえ見えるのだ。
 結局、映画の最後まで、ウォーカー扮するブライアンは無事だった。彼は約束通り妻子のもとへ戻って、映画はそこで幕となる。その最後の最後、ヴィン・ ディーゼル扮するドミニクがクルマで去る時に、ウォーカー扮するブライアンも途中までクルマで伴走する。そして分かれ道まで来たところで、二人のクルマは ゆっくりと左右に分かれていくのである。まるで二人の人生が、そこで二つに分かれていったように…。
 見ている僕らは映画を見ている間ずっとウォーカーの身に起こった出来事を片時も忘れていないから、このエンディングには涙せずにはいられない。特につい最近に肉親の死を体験した身には、いろいろな思いがこみ上げてくる場面だ。人生について、ある種の「感慨」を抱かせるような幕切れなのだ。
 ここで安易に作中でブライアンの死を演出しなかった作り手たちの見識は、大いに認めていいと思う。そんなことでドラマを盛り上げたりファンに共感を強いたりしたならば、この「感慨」は決して得られなかったに違いない。そこには一種の「見識」や「品格」を感じるのである。
 こう言っては語弊があるが、そこには単なる娯楽アクション映画を超えた「人生を感じさせる一瞬」が、作り手の技量、作品そのもののレベルや佇まいを超えて生じていたように思える。本来のコンセプトや企画、脚本上で想定された出来上がりを超えて、それを一歩も二歩も上回る仕上がりを見せていたように思えるのだ。
 これは、計算して出来るものではない。作り手の能力でもセンスでも、努力でも不可能だ。今回の「不幸な偶然」が、本作にそういう神がかった瞬間を生み出しているのである。逆にそれだからこそ、本作は「映画そのもの」だとも言える。
 映画というものは本来は記録のメディア的な性格を持っているから、アップトゥデートでどこか「水もの」なところがある。キッチリと計算してロジカルに組み立てることも可能だし、ある程度の規模の作品ならば実際そのように工夫や仕掛けを行って作っているはずだが、そんなモノより行き当たりばったりに作った方が面白いってことはよくある話だ。あるいは計算づくで用意万端整えて作ってみても、ちょっとしたアクシデントでまったく別のモノに化けることだってあり得る。映画ってのは、そんな不思議なものなのだ。
 この作品にも、「それ」が作用したのではないか。
 一生懸命に頭を使っても手を使っても、あるいはお金をかけても辿り着けない何か…焼き物も釜に入れてみないとどう出来るかは分からないというが、そんな「人知を超えた何か」がこの映画に「本来以上のもの」を与えているのではないだろうか。
 「ワイルド・スピード SKY MISSION」は動く物体であるクルマを作品のメインに据えている時点で、「映画の原点」だと言える。それだけでも、それなりに面白い映画にはなっているだろう。実際に、映画としてそう作られてもいる。だが、本作はそれだけにはとどまらない
 ウォーカーの死が映画のあちこちに刻印されることで、
図らずも単なる「面白い映画」以上のものにまで昇華しているように思えるのである。


 

 

 

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