新作映画1000本ノック 2014年12月

Knocking on Movie Heven's Door


こ のページの作品
「マップ・トゥ・ザ・スターズ」 「自由が丘で」  「ガガーリン/世界を変えた108分」 「天才スピヴェット」 「監視者たち」 「サボタージュ」 「ラスト・デイズ・オン・マーズ」  「エクスペンダブルズ3/ワールドミッション」
 

「マップ・トゥ・ザ・スターズ」

 Map to the Stars

Date:2014 / 12/ 29

みるまえ

 デビッド・クローネンバーグの新作である。クローネンバーグといえば、近年はヴィゴ・モーテンセンとのコラボが有名…と思っていたら、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」(2005)、「イースタン・プロミス」 (2007)、「危険なメソッド」(2011)と続いたモーテンセンとの3作の後に、すでに「コズモポリス」(2012)なんて作品も挟んでいたのだっ た。僕は残念ながら「危険なメソッド」も見逃したので、クローネンバーグ作品は本当に久しぶりに見ることになる。 これはそろそろ見ておかなきゃならんだ ろう。今回はジュリアン・ムーアやジョン・キューザックなどが出てくる豪華版で、ハリウッドや映画界のお話…とくれば、僕の大好物だ。ひとつ不安材料があ るとすれば、出ると作品にケチがつくミア・ワシコウスカも出演していることか。この女、本当に苦手なのだ。果たして久々のクローネンバーグ作品はいかなる 出来映えだろうか?

ないよう

  夜行バスに揺られている人々…その中に映画「バッド・ベイビーシッター」のジャンパーを着た若い娘がいた。彼女の名はアガサ(ミア・ワシコウスカ)。降り 立ったのは、太陽燦々カリフォルニアはロサンゼルス。夜はハッキリ分からなかったが、陽光の下ではアガサの横顔にヤケドの跡が見える。バスを降りた彼女 は、近くに停車している一台のクルマに向かう。どうやらアガサは、事前にハイヤーを予約していたらしいのだ。だがリムジンを頼んだはずなのに、あいにくと リムジンは出払っていて普通のクルマ。運転手のジェローム(ロバート・パティントン)は、そのことをアガサに詫びた。早速、クルマに乗り込むアガサ。ジェ ロームはなかなかのイケメンで、案の定、俳優の卵で脚本も書いているという。一方、アガサの目的はハリウッドスターの家巡りか、はたまたここで一旗揚げよ うという目論みか。何でもツイッターでキャリー・フィッシャーと知り合いになったとか言っているが…。一方、ここはとある病院の一室。容態が重そうな少女 のもとに、子役スターが付き人を伴ってお見舞いにやってくる。まぁ、よくある人気とりの一環だ。その13歳の子役スターの名はベンジー(エヴァン・バー ド)。しかしこの女の子が患っている病気がエイズだと聞いていたら全然違っていたので、狼狽してヘロヘロ。幼い頃から持ち上げられて増長した子役の常とし て、口汚く付き人を罵る見苦しさだ。そんなベンジーに控えている仕事が、ヒット作の続編「バッド・ベイビーシッター2」。しかし彼がドラッグに溺れていた ため、母親でマネジャーのクリスティーナ(オリビア・ウィリアムズ)ら周囲はピリピリ。一応クスリについては治療を終えているが、ベンジーの傲慢な態度は どこか危なっかしい。そんなクリスティーナの夫でベンジーの父親である人物は、ハリウッドでセレブ相手のセラピストをやっているスタンフォード(ジョン・ キューザック)。一家三人とも何不自由ない暮らしをしている典型的ハリウッド人種だが、この家庭にはなぜか冷ややかな空気が漂っている印象が否めない。一 方、そのスタンフォードの治療を受けているのが、いささか落ち目の女優ハバナ・セグランド(ジュリアン・ムーア)だ。彼女はあるトラウマに悩んでいて、ス タンフォードの治療を受けているのだ。そのトラウマとは、大女優だった母親の影。焼死して伝説と化した母親クラリス・タガートを超えられないことが、彼女 の強迫観念となっているのだ。そんな時、まさにクラリスの全盛期の作品のリメイク企画がスタート。ハバナはこの映画で母親の演じた役を自分がやることこ そ、トラウマ克服の道…と思い込む。こうして役を熱望するハバナだが、どうもそれはいろいろ難しいようだ。そんなこんなの精神的プレッシャーから、若き日 のクラリスの幻影(サラ・ガドン)が現れては彼女を苦しめる。そんなハバナが、たまたまキャリー・フィッシャー(本人)と遭遇。たまたま秘書に逃げられた ばかりのハバナに、フィッシャーは「良さそうな娘」を推薦してくる。こうしてハバナを訪ねてきたのが、あのアガサだった。ハバナはアガサの顔のヤケドに焼 死した母を思い出し、浅からぬ縁を感じて採用することになる。こうしてハリウッドに居場所を作ったアガサは、例の運転手兼俳優の卵兼脚本家志望のジェロー ムと親しくなる。「近親相姦とか薬物とかを題材にした脚本とかどう?」などと語る彼女には、どうやら訳アリの過去がありそうだ。さて、舞台変わって「バッ ド・ベイビーシッター2」の現場。ベテラン子役のベンジーは、共演の子役の小賢しい芝居に苛立ちながら自分のトレイラーに戻ってくる。すると、そこに現れ たのは…あのアガサ。彼女の姿を見て、ベンジーは思わず狼狽する。何とアガサは、ベンジーの姉だった。かつて二人で結婚のまねごとをしたあげく、弟ベン ジーに睡眠薬を飲ませて家に火をつけた…というのが、その訳アリの過去だったのだ…。

みたあと

  クローネンバーグ映画と思って見に行ったから、その地味で静かなタッチにちょっと戸惑った。近作の「危険なメソッド」、「コズモポリス」を見ていないので 何とも言えないが、えらく語り口が変わった印象がある。さすがに「スキャナーズ」(1981)、「ザ・フライ」(1986)の頃とは比べ物にならないが、 ヴィゴ・モーテンセンと組んだ最初の2作にも、クローネンバーグ独特のグロテスク趣味を活かした場面は必ずあった。ところが今回は、お話としてはグロテス クなイメージが漂ってはいるのだが、彼特有のグロい場面はほとんどない。わずかにある重要な登場人物が鈍器でボコボコに殴られて、血まみれになる場面ぐら いのものだろうか。そういう意味では全編が静かな印象なのだが、そのダークさはある意味で今まで以上とも言えるのである。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

 映画の前半はミア・ワシコウスカ演じるナゾの女を中心に、ミステリアスに物語が進む。そういう意味では…映画の題材とも相まって、「マルホランド・ドライブ」 (2001)から訳の分からなさが減ったような作品に仕上がっている感じだ。ただ、ミア・ワシコウスカがらみのナゾもすぐに解けるし、先にも述べたように 「マルホランド・ドライブ」ほどの訳の分からなさもない。おまけにクローネンバーグ印ともいえる見た目のグロさもあまりない。そうなっちゃうと…これって そもそもクローネンバーグの映画という感じがどこか乏しい。そもそも、今さらながらさほど新味もない「ハリウッド・バビロン」話をやるのもどうかって気が するし、これであのアクもクセもなしではやはり物足りないと言わざるを得ない。ハリウッドが堕落している…なんて、言われなくても分かってるよ。ヴィゴ・ モーテンセンと組んだ一連の作品にはクローネンバーグの成熟を感じたものだが、ここへ来てちょっと迷走しちゃっているのか。映画としてのインパクトもひ弱 なのが気になる。そもそもミア・ワシコウスカなんて鬼瓦みたいな顔した女と組んだからケチがついたのか。出来が悪いというより、単に元気がなくなっちゃったみたいなのが残念だった。「ラスト・デイズ・オン・マーズ」(2013)、「サボタージュ」(2014)と連続登場のオリビア・ウィリアムズがまたまた出演しているのにビックリ。そしてジョン・キューザックは…彼ってもうこういう変な役しかやらなくなっちゃったのかねぇ…。

さいごのひとこ と

 これじゃクローネンバーグもただの人。

 
 

「自由が丘で」

 Hill of Freedom

Date:2014 / 12/ 29

みるまえ

 ホン・サンスの新作がまたまた…またまたやって来た。しかも今回は、日本の加瀬亮が主演だという。ホン・サンス映画の国際化ぶりに目を見張るべきなのか、それとも加瀬亮の国際スターぶりに感心するべきなのか。イーストウッドの「硫黄島からの手紙」(2006)やガス・ヴァン・サントの「永遠の僕たち」(2011)、アッバス・キアロスタミの「ライク・サムワン・イン・ラブ」(2012)に続いての海外監督とのコラボは興味津々。特にキアロスタミ作品の彼はなかなか良かったので、今回も大いに期待できる。もちろん「江原道の力」(1998)以来ずっとごひいきで、今年やって来た新作「ヘウォンの恋愛日記」(2013)、「ソニはご機嫌ななめ」(2013)も絶好調だったホン・サンスの演出ぶりも楽しみだ。しかも共演がムン・ソリとは何と豪華な! 僕は公開間もなく劇場に駆け込んだ。

ないよう

  ここはある語学学校。ナップザックを抱えた旅姿の女クォン(ソ・ヨンファ)が、封筒に入った何枚もの手紙を手渡される。それは彼女の恋人だった、日本人青 年モリ(加瀬亮)からの手紙。その手紙を見たクォンの表情は複雑だ。「僕はソウルに向かう飛行機の機内にいる。会えるかどうか分からないが、君に会いに行 く」…。ソウルに着いたモリは、クォンの住んでいた場所のすぐそばにある下宿屋に泊まり込む。しかし彼女は不在のようだ。さらに、日本の地名からとった 「自由が丘8丁目」という店名の喫茶店に寄ってみる。店ではオーナーのヨンソン(ムン・ソリ)が親しく接して来て、韓国語のできないモリに英語で話しかけ てくれる…。モリからの手紙を読みながら階段を降りてきたクォンは動揺して、手紙をうっかりまき散らして落としてしまう。それらを慌てて拾ったクォンだっ たが、すでに手紙の順番はバラバラ。おまけに一枚の手紙を拾い忘れて来てしまった。クォンは「自由が丘8丁目」にやって来て、そこで改めて手紙を読み始め る…。「自由が丘8丁目」のヨンソンが、モリを夕食に誘いに来た。こうして飲みつつ食いつつ会話を交わす二人。ヨンソンがモリの持っている本について尋ね ると、モリはそれを「時間」という題名の本だと説明する。「僕もあなたもここに実在する。しかし時間は流れているという観念は、僕らの脳がそう認識してい るだけで…」などとその内容を語るモリ。そのうちモリは酔った勢いでか、ヨンソンの恋人らしき男のことをケナし始めた。どうもヨンソンは昔、女優だったら しく、その男は舞台のプロデューサーだったようだ。モリは彼女に「あなたはもっとイイ男とつきあうべきだ」と力説する…。飼い犬のクミ(夢)が見つかっ て、狂喜乱舞のヨンソン。彼女がちょっと眼を離した隙に、クミが逃げ出してしまったらしい。サンウォン(キム・ウィソン)に「あなたが見つけてくれたの か?」と尋ねるヨンソンだが、サンウォンは「自分ではなくモリだ」とモリを指差す。ヨンソンはモリに感謝感激だ。サンウォンとモリは親しくなり、一緒にウ ロつく仲になる…。「自由が丘8丁目」でくつろいでいると、ヨンソンが何かと話しかけてケーキを振る舞ってくれる。すると、隣にいた男チ・グァンヒョン (イ・ミヌ)がモリに妙に絡んでくるではないか。その男は舞台のプロデューサーをやっているらしいが、モリが今は仕事をしていないと知るや、バカにしたよ うな口調で「働け」などと言ってくる。頭に来たモリはケーキに手を付けず、そのまま店を飛び出してしまうのだった…。

みたあと

  今までもこのサイトをご覧になってきた方はお分かりかと思うが、僕はホン・サンスの映画にずっと感心させられてきた。その初期の頃はもっぱらエリック・ロ メール風だったが、最近ではそれはもはやホン・サンス独自の芸風として確立されてきた。お話自体はグダグダと大したことのないモノばかりだが、ありふれた 男女のくだらない右往左往を身につまされるリアルさで…しかしあくまで第三者のちょっと距離を置いた視点で描いていく。そこでは人々は口ではもっともらし い事を言っているが、実際には必ずしも言った通りには行動できないし、期待したようなことにもならない。そのちょっとショボくれた展開を見て、我々はク スッと笑ったり我が身を振り返ったりさせられるのだ。今回そんなホン・サンス・ワールドに日本の加瀬亮が参戦とあって、さらに登場人物たちのリアルさが人 ごとじゃないレベルになるんじゃないかと妙な期待があった。ホン・サンス作品がロメール・タッチを売りにしていた頃からロメールよりも切実な身につまされ 方をするというのは、やはりアジア人ゆえの効果が出ているのではないか…と内心思っていた。だから今回主人公が日本人ということで、それがますます身近さ を増すのではないかという気がしていたわけだ。そんな予想と期待を胸にスクリーンに対峙してみると、意外や意外な展開になっていくではないか。
ここからは映画を見てから!

こうすれば
  まぁ、一言でいうと、今回ばかりはホン・サンス作品に違和感を感じた…ということになるだろうか。これが本音である。いつものパターンでどうということも ないエピソードが並び、ごく普通の人物が登場する。そして視点のズレや時制のズレを使ったユニークな構成がある。そういう意味ではいつものホン・サンス作 品と何ら変わりないのだが、なぜか違和感がある。その最も大きい原因は、やはり主役の加瀬亮にあると言わざるを得ない。実は僕は最初そんな違和感の理由 を、単純に「日本人」の加瀬亮が主役をやっているせいだと思っていた。それまでは韓国人俳優がやっていたから何となくリアルに感じられたものが、自分と同 じ生活感覚を持った日本人が出て来たことでアラが見えてきてしまった…そんな風に違和感の理由を解釈していたのだ。ただ…それでは、これまでのホン・サン ス作品のリアルさは何だったのかということになってしまう。そんなわけで…映画を見た後でアレコレ反芻してみると、結局、加瀬亮演じる主人公がいつものホ ン・サンス作品と同じように見えて、実はどこか微妙に違うからではないか…と思い直した。結論から言うと、加瀬亮演じる主人公にはいつものホン・サンス作 品の主人公たちのような人間としてのだらしなさが感じられない。コッケイ味や卑しさがにじみ出て来ない。やっている事は「女を探してやって来たのに別の女 にフラフラ」…という無責任さで、それだけ見ればホン・サンス作品の主人公の資格は十分だ。なのに、加瀬亮という役者の個性なのか演出のせいなのか、何と なく飄々として妙にさわやかに見えてしまう。本当は相当だらしなくて、もっともらしい事を言いながら無責任で偽善者なはずなのに、なぜか全然そうは見えな いのだ。これはかなり誤算だったのではないか。そういえば…インタビューなどを読んでみると、加瀬亮はホン・サンスの現場を言い過ぎぐらいにベタホメして いて、コワいくらいの持ち上げようだった。これがマズかったのではないか? 海外の有名俳優にこれだけ派手にヨイショされちゃったホン・サンスは、加瀬亮 のことを意地悪く描いたり悪意で見つめたりできなくなってしまった気がする。その結果、彼が演じる主人公への突っ込みが、どうしても甘くヌルくなってし まった。それが、今回の作品全編に漂う違和感につながっているのではないか。そのせいか…例えば加瀬亮がムン・ソリのつきあっている男の悪口を執拗に繰り 返すのも、食事のことで下宿屋のオバチャンにいきなり「不公平だ!」とキレるのも、飄々とした主人公のキャラからして違和感アリアリで唐突に感じられてし まう。ものすごく不自然な感じなのだ。加瀬亮とムン・ソリがベッドインしてしまうくだりも、この男の無責任さやだらしなさより「何を考えているのか分から ない」という得体の知れなさの方が勝ってしまっている。これは明らかに演出ミスではなかったか。その他にも、いきなり家出娘にキレまくるサンウォン(キ ム・ウィソン)の奇妙な言動とか、加瀬亮が読んでいる本の内容を「僕もあなたもここに実在する。しかし時間は流れているという観念は、僕らの脳がそう認識 しているだけで…」などとミエミエのセリフで説明してしまう饒舌さなど、いつものホン・サンスならやらないであろう計算違いがあちこち散見される。ちょっ と意地悪く言うと、イザベル・ユペールが出た「3人のアンヌ」 (2012)、ジェーン・バーキンが出た「ヘウォンの恋愛日記」、そして本作と、外国人スターに崇拝されながらの映画づくりが、そろそろホン・サンスに悪 い影響を与えつつあるのではないか…と僕は思っている。あんなに辛辣な目でバカにしていた主人公たちの行動パターン(もっともらしい事を言っているが実は バカ丸出し)に、ホン・サンス自身が陥っているのではないかと思えてならないのだ。

さいごのひとこ と

 人のふり見て我がふり直せ。

 
 

「ガガーリン/世界を変えた108分」

 
 
(Gagarin - First in Space)

Date:2014 / 12/ 29

みるまえ

  「人類初の宇宙旅行」を実現した男、旧ソ連のガガーリンが映画になった。こういう作品って意外にありそうでなかったから、突然の登場に驚いた。昔のソ連 だったらプロパガンダで大いに「英雄」として持ち上げただろうに、今これをロシアで制作することにどういう意味があるのだろうか。正直言ってすでに「お正 月映画」モードに入っている映画興行の中で、本作は決して注目を集めている作品ではない。しかし、「宇宙開発」「ロシア」「1960年代」とくれば、僕に とってのごちそうと言っても過言ではない。何だかんだ言ってワクワクしながら、公開初日に劇場に駆け込んだ次第。

ないよう

 1961 年4月11日夜、ソ連の「宇宙の都」バイコヌール。宇宙飛行士宿舎に、宇宙開発プロジェクトの設計主任セルゲイ・コロリョフ(ミハイル・フィリポフ)が やってくる。彼がやって来た理由は、宇宙飛行士とその補欠飛行士が、ちゃんと眠れているかを確認するためだった。宿舎は数多くの兵士や職員たちに守られて いて、どこか物々しい様子。それでも二人の飛行士はグッスリ眠っているようで、コロリョフは安心した。しかしコロリョフが扉を離れると、二人は低い声で話 し始めた。そもそもこんな緊張感溢れる前夜…しかもこれだけ物々しい警備を受けて、グッスリ眠れという方が無理だ。ベッドを隣り合わせで横になっている二 人は、明日、人類初の宇宙飛行士として打ち上げられる予定のユーリー・ガガーリン(ヤロスラフ・ジャルニン)とその補欠ゲルマン・チトフ(ヴァディム・ミ シマン)。二人はこの命がけのミッションのため、共にしのぎを削り切磋琢磨し合った仲であった。だが、「宇宙一番乗り」がガガーリンと決まった今、チトフ はガガーリンに複雑な思いを抱かざるを得ない。そしてガガーリンもまた、常に人のトップを走っていた存在ではなかった。元々は空軍のパイロットとして空を 飛んでいたが、残念ながら着陸には難アリと上官からは思われていた。しかし、それも彼がパイロットとしては背が低く、そのせいで視野が狭かったから…と原 因が分かると、たちまちその欠点は克服される。そんな努力と負けん気は人一倍の男だった…。一方、宇宙服に身を固めたガガーリンとチトフは、バスに乗って 発射台に。その際にカメラマンの他、宇宙飛行士候補として一緒に訓練を受けていた仲間たちが乗り込んだ。陽気にはしゃぐ仲間たちを見ながら、ガガーリンは 彼らと出会った日のことを思い出す。ガガーリンたちは3000人の中から厳選された20人の候補者だった。彼らが初めて一堂に会した日、このプロジェクト の総指揮者であるコロリョフ氏とも顔を合わせることになる。「君たちが宇宙に乗り出すためには、ロケットが使われる。決して魔女のホウキを使うわけではな い」…コロリョフはそんなジョークをニコリともせずに語るのだった…。こうして、ついに機上の人となったガガーリン。途中、扉の締め方が甘いため急減圧が 起きる可能性がある…とのアクシデントも起きたが、現場の献身的な努力で扉を締め直して事無きを得た。かくして巨大ロケットのエンジンが点火。一同が緊張 して見つめる中、ソ連の国家の威信を賭けて建造されたボストーク1号は、激しい火柱を上げて大空へと飛び立って行ったのだが…。

みたあと

  ボストーク1号発射前夜から始まる本作は、そのまま発射当日、打ち上げ、宇宙へ、さらに地球への帰還…と、「その日」のガガーリンを丁寧に追って行く。そ してその合間に、宇宙飛行士候補生としての訓練、恋人との出会い、空軍パイロット時代、子供時代…などのガガーリンの過去を挟んでいく。非常にオーソドッ クスな構成で、淡々とガガーリンの「その日」と過去を綴っていく作品になっている。

みどころ

  そんなわけで「その日」と過去がパララルで出て来て、時系列的に行ったり来たりするような構成の本作。実直と言えば実直な手堅い作り。ビックリするような 仕掛けやケレン味がある訳ではない。例えばハリウッド映画なら、もっと盛り上げ方を心得ているはずだ。しかし本作は、野暮天とも言えるロシア製。そんな シャレたことは何一つやっていない。ただ、そこがかえって「ロシア的」な魅力にもなっている。正直言って少々「面白み」に欠ける点も伺えるのだが、その誠 実な作り方は認めざるを得ない。さらに過去の旧ソ連時代だったならもっと英雄的に描くことも出来ただろうが、そういうプロパガンダ臭も一掃している。むし ろプロパガンダと受け取られそうな要素を排除したために、このような素っ気ないまでのヤボな感じに仕上がったのかもしれない。まずはその淡々とした語り口 が最大の特徴だ。映画としては当時の時代色の再現など、「ソ連」「1960年代」ファンとしてはたまらない点も少なくない。宇宙基地のどことなくショボい 点まで「いかにも」な感じで、リアリティもたっぷり。さらにボストーク1号と発射台をかなり大掛かりなセットで作っているあたりも好感が持てる。CGや特 撮技術も安っぽくなく、宇宙場面も手抜かりなしだ。何より少々「行き当たりばったり」だった計画の全容を分かりやすく描いている点が素晴らしく、アメリカ の宇宙開発秘話を描いた「ライトスタッフ」(1983)と並べて見てみたくなる作品に仕上がっている。ただ残念なのは、肝心のガガーリンに「個性」が感じ られないこと。作品同様に素朴な男として描かれてはいるが、ただただ誠実で「気は優しくて力持ち」みたいな青年になっていて、ネガティブな部分やダークサ イドがまったく見られない。遺族に配慮したのかどうか分からないが、こういう描き方だとどうしたって平板な人物にしか思えなくなる。エンディングでは字幕 でガガーリンの「その後」が語られ、名声に押しつぶされて悲劇的な最後を遂げるらしいことが分かるのだが、肝心の映画での彼を見ていてもそんな兆候がまっ たく感じられない。これは映画としていかがなものだろうか。「面白み」に欠ける…というのはまさにそんな点だ。あのロシア製パニック映画「メトロ42」 (2012)にも出演していたというヤロスラフ・ジャルニンも好演しているだけに、パヴェル・パルホメンコ監督の描き方には少々疑問を感じざるを得ない。 しかし、旧ソ連時代の有名人を変にヒロイックに盛り上げて描かなかっただけでも、ロシア映画としては評価すべきところなのかもしれない。ただし僕個人とし ては、ソ連の宇宙開発をあくまで「ソ連側」から描いたというだけで、とても興味深く見ることができた。

さいごのひとこ と

 ここは問題児が更生するための施設か。

 

「天才スピヴェット」

 The Young and Prodigious T.S. Spivet
 (L'extravagant voyage du jeune et prodigieux T.S. Spivet)

Date:2014 / 12/ 15

みるまえ

 あの「アメリ」(2001)で人気大爆発したジャン=ピエール・ジュネの新作が、いきなりやって来た。前の作品「ミックマック」 (2009)もなかなか楽しかったが、今回は何と3D映画だというからビックリ。考えてみると、この監督は最初からSFXを多用するユニークな作風が売り だったので、3Dに手を出すのは時間の問題だったかも。風変わりな家庭に生まれ育った天才少年の話らしいが、注目すべきはどうやらアメリカが舞台の英語映 画であること。忙しい合間を縫って、何とか公開後ひと月以内に劇場へと駆けつけることが出来た。

ないよう

  どこまでも広がるモンタナの大平原。そこが10歳の少年T.S.スピヴェット(カイル・キャトレット)の生まれ育った場所だ。彼には二卵性双生児の弟レイ トン(ジェイコブ・デイビーズ)がいて、二人で一緒によく遊んだ。もっとも、二人はその外見同様、内面も決して似ていたわけではない。いや、むしろ対照的 だと言っていいだろう。T.S.は生まれついての天才で、この若さにして科学に対する造詣が深い。しかしそんなT.S.の才能を、家族が「スゴい!」と 思っている気配はなかった。レイトンは典型的な「西部の少年」で、生まれてくるのが100年遅すぎた根っからのカウボーイである父(カラム・キース・レ ニー)のお気に入り。それでもT.S.とレイトンは、彼らなりの流儀でいつも楽しく遊んでいた。T.S.の他の家族は…といえば、昆虫学者で部屋に所狭し と昆虫の標本を広げている母(ヘレナ・ボナム=カーター)、学校のクリスマス劇主演から女優に目覚めたちょっとミーハーな姉(ニーアム・ウィルソン)と いった顔ぶれ。思い切りオールド・ファッションな父と学究肌でマイペースな母がどうして出会い、どうして結婚したのかは全く不明。現在の二人の仲もいいの か悪いのかよく分からない。それでも家の中ですれ違う際に、サッと手と手を触れ合わせるような瞬間をかいま見ることができる。何より3人も子供を作ってい ることからして、まったく合わない二人であるはずがなかった。そんなアンバランスでバラバラに見える一家だったが、それでも何とか仲良く暮らしてはいたの だ…「あの日」までは。「あの日」、T.S.とレイトンは例によって二人で遊んでいた。それはライフルから発射される弾丸に関する実験のようなものだった のだが、運悪く「事故」が起きてしまった。レイトンが銃の暴発によって、命を落としてしまったのだ。それを境にして、家族を取り巻く空気は一変してしま う。やはりレイトンは、家族の中でも大事な一人だった。少なくとも父は、レイトンを自分の分身のように思っていたはずだ。母親だって研究に没頭しているよ うに見えるものの、やはりいつもとは違う。そんな折りもおり、なんとワシントンのスミソニアン協会からT.S.に電話がかかってくる。電話をかけてきたの は協会の次長(ジュディ・デイビス)。何と、T.S.が送った「永久機関」のアイディアが同協会が主宰する権威あるベアード賞を受賞。ついてはその授賞式 に出席してほしいという申し出だった。しかし、この「永久機関」を10歳の子供が作ったなどと言っても、たいていの大人は理解などしない。そんなことなど T.S.にはハナっから想像がついた。もし賞を取ったと言ったら、あるいは受賞式に行きたいと言ったら、電話の向こう側とこっち側で、えらく面倒くさい話 になることは間違いない。おまけに賞をもらうことなど、T.S.にとっては二の次三の次のことでしかない。そこでT.S.は、アイディアは父のもので今回 は授賞式に出られない…と次長に告げるのだった。しかしその後もT.S.の周辺は、レイトンの死の影響かどんより。特に父はかなりこたえているようで、牧 場仕事の手伝いにT.S.を連れて行ったりもする。しかしレイトンが生きていた頃なら、明らかに役不足なT.S.に声がかかる訳がなかった。それが誰より 分かるだけに、T.S.もつらくなる。何とか自分の得意分野で父を手伝いたいと思うが、彼が一生懸命作った牧場の地下水脈に関するジオラマは、父から一顧 だにされることもなかった。母もさらに研究にのめり込むばかりで、T.S.の存在など眼に入らないようだ。おまけに学校でも理科の先生に毛嫌いされて叩か れ、反論として有名な科学雑誌に掲載された自分の原稿を引き合いに出したら、火に油を注ぐように一層キレられた。自分の居場所が見つからない。自分の存在 意義を見いだすことが出来ない。思い余ったT.S.は、父親と偽ってスミソニアン協会に「授賞式出席」の電話を入れた。デカい旅行カバンに周到に「必需 品」を入れ、地図で行程を綿密に計画。早朝から密かに行動開始。レイトンの遺した台車も使わせてもらって、自分のカラダぐらいデカいカバンを引きずって家 を出る。ところが出発早々に父がクルマで出かけるところに出くわすが、止められなかったのは彼に気づかなかったのか、それとも止める気がなかったのか…。 ともかく何度か線路際までたどり着くと、信号機に細工してやって来た貨物列車を止めさせる。その際、駅員たちに見つかったT.S.だったが、走り出した列 車に辛くも乗り込むことが出来た。こうしてT.S.の、アメリカ横断一人ぼっちの旅が始まったわけだが…。

みたあと
 映画が始まると、いきなり「飛び出す絵本」が登場。本作は第1部「西部」、第2部「大陸横断」、第3部「東部」…の3部構成となっているが、それぞれの 部のオープニングにこの飛び出す絵本が登場。ここでまずガツンと3Dの効果を遺憾なく発揮する。このオモチャ箱感覚こそが、ジャン=ピエール・ジュネ作品 の真骨頂。これは期待できそうだという予感がしてくる。その期待は、映画本編に入ってもはずされることはなかった。先に述べた「飛び出す絵本」だけでな く、映画全編にわたって3D効果が最大限に生かされている。今まで見て来た3D作品の中では「アバター」(2009)、「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」(2011)、「サンクタム」(2010)、「ヒューゴの不思議な発明」(2011)、「センター・オブ・ジ・アース2/神秘の島」 (2012)…などがその効果を最も引き出していたが、本作はそれらに匹敵する素晴らしさだ。さらに今回は、フィドルなどを使ったカントリーやフォークっ ぽい音楽が全編を彩る。「アメリ」で使われていたヤン・ティルセンによるアコーディオンやバンドネオンを使った個性的な音楽のように、本作ではアメリカの 草の根っぽい音楽が効果を上げている。まさに本作はジャン=ピエール・ジュネらしい作品となっているのである。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  そんなわけで3Dという新しい魅力を付加した映像とちょっと風変わりなユーモア…というジャン=ピエール・ジュネ作品ならではの楽しさを大いに味わった本 作だが、正直言って見終わった直後はそれなりに面白いとは思ったものの、この映画が描こうとしているモノについてあまりピンと来てはいなかった…と白状し なくてはなるまい。見ている間は鮮やかな3D映像で頭が一杯になって、映画が語りかけているモノにまで考えが及ばなかった。こうして感想文を書こうとして 作品を反芻しているうちに、その内容についてやっとこ考える余裕が出て来たのである。では、ジャン=ピエール・ジュネが本作で描こうとしていたものは何 か?…と改めて考えると、それは子供の頃に味わう「不安」なのではないか…と思い当たった。不安という言葉があまりに曖昧…というなら、「自分の存在意義 への疑い」とでも言うべきだろうか。そのあたりをうまく表現できないので困っているのだが、自分の子供の頃を思い出すと確かに思い当たるフシがある。こう いう感情が誰しも等しく持つ普遍的なものなのかどうか…は分からないが、僕は子供の頃…そして実は今も…なのだが、どこか「居心地の悪さ」というか「居場 所のなさ」を感じていたのだ…。僕の両親は、どちらも真面目な人だった。父親が実直なサラリーマンで、昔は土日も会社で働くほどのハードワーカー。漢字も 詳しく計算も得意だったが、最終学歴が小学校卒だったために苦労することも多かった。母親も田舎から出て来て苦労した人で、昔からカラダに叩き込んだ和裁 の腕を活かして家計を助けた。父親は典型的な男尊女卑の考え方で母親も昔の人だったから、子供の眼から見たら夫婦仲が良いようには思えなかったが、そこに は子供には分からない何かがあったようだ。父親は子供に野球を教えたかったし母親は女の子が好きではなかったので、二人とも当初から息子が生まれることを 望んでいた。だから男の子が生まれたのは二人の望み通りだったわけだが…その息子である僕は運動神経も良くないし性格も「男らしい」ものではない。むし ろ、本を読んだり物書きをすることを好む子供だった。だから僕は、幼い頃からどこか望まれていない子供であるような気がしていた。少なくとも「親を失望さ せている子供」であるという自覚を持っていたのだ。しかも本を読んだり文章を書いたり映画を見たり…というキャラクターは、わが家の中では明らかに浮いて いた。体育などはいつも苦手で、その代わり算数などの勉強を頑張るわけでもない。だから僕が絵を描いたり文を書いたりしても、あまり親は喜んでいなかった ような気がする。実際、「風変わりな子」でしかなかったわけで、親からすれば期待はずれだったのではないだろうか…。大陸横断旅行に乗り出す主人公の姿を 見ていて、僕はそんな自分の子供時代を思い出していた。これが本作の正しい見方かどうかは分からないが、少なくとも僕は、主人公の気持ちにかなりシンパ シーを持って見ていた。そういう意味では、本作は僕にとってリアリティのある作品なのだ。

さいごのひとこ と

 天才でもバカボンよりハジメちゃんに近い。

 

「監視者たち」

 Cold Eyes

Date:2014 / 12/ 08

みるまえ

 ちょっと前までソル・ギョングと言えば、韓国映画が世界に誇る名優だった。今さら「ペパーミント・キャンディー」 (2000)の衝撃を云々するのも空しいが、一時期は日本に来る作品来る作品がことごとく素晴らしい出来映え。ソル・ギョングの演技も冴え渡り、韓国のロ バート・デニーロとでも言いたくなる名演を次々見せてくれた。ところが韓国映画大攻勢の上げ潮が退き始めた頃から、彼の作品を見る機会がパッタリと減る。 それはちょうど、「力道山」 (2004)での熱演を見た後ぐらいからだろうか。日本に彼の作品が来なくなっていたのか、来ても僕の目に止まらなかったからなのか、とにかく僕自身がソ ル・ギョングの存在を忘れていた。それがここへ来て、彼の主演作品が立て続けに日本上陸。しかし、やって来た作品はいずれも「娯楽大作」ばかりで…おまけ に「ザ・タワー/超高層ビル大火災」(2012)が「タワーリング・インフェルノ」(1974)、「ザ・スパイ/シークレット・ライズ」(2013)が「トゥルーライズ」 (1994)…と、アメリカ映画の露骨なパクり企画ばかり。当然、ソル・ギョングも彼の名優ぶりを発揮できるわけもなく、何とも無惨でもったいない出来に なっていた。そのソル・ギョング主演作としてチラシだけは目にしていたのが、本作「監視者たち」。またしても娯楽大作らしき雰囲気だが、なぜか今回はソ ル・ギョングもやってくれるのではないか…という予感があった。しかも9月ぐらいに公開されたのに、細々と上映が続いているではないか。だから忙しくて見 ることができないながらも、ずっとこの作品の存在は気になっていた。いよいよ上映が終わりそう…となった11月後半に、何とか劇場に駆け込むことが出来た 次第。感想文もさらに遅くなってしまい、申し訳ない限りだ。

ないよう

  満員の地下鉄に、メガネをかけた冴えない中年男ファン・サンジュン(ソル・ギョング)が乗っている。それをじっと観察している若い女が一人…その女ハ・ユ ンジュ(ハン・ヒョジュ)は、なぜサンジュンをじっと見つめているのか。その車両にたまたま乗り込んで来て、サンジュンとすれ違う男…ジェームズ(チョ ン・ウソン)。だが、ユンジュはサンジュンのことをじっと観察してはいたが、通りすがりのジェームズのことは一顧だにしなかった。サンジュンとユンジュ、 ジェームズはそれぞれ地下鉄を降りて、地上へと出てくる。そこからの両者の行動はまったくバラバラだ。サンジュンと彼を追うユンジュとは別に、ジェームズ はとあるビルの屋上へと上がっていく。そこから下の街角を見下ろしつつ、ジェームズはノート・パソコンを広げて何やら指示を始めた…。一方、サンジュンを 尾行してハンバーガー屋に入ったユンジュは、そこで当のサンジュンが近寄って来たので当惑。何とサンジュンは警察の特殊犯罪課監視班の班長。ユンジュは新 米刑事で、これはサンジュンによる彼女のテストだったのだ。そこでサンジュンは、尾行中にユンジュが見てきたことを聞き出す。指でテーブルを叩きながら、 何とか記憶の糸をたぐって記憶の隅々まで思い出そうとするユンジュ。彼女は驚異的な記憶力と観察力の持ち主で、それが彼女が今回オーディションされた最大 の理由だった。その結果、ユンジュはサンジュンのオーディションに合格することになる。しかしそんな二人をよそに、外では大事件が発生していた。屋上の ジェームズの指示によって、強盗団が銀行を襲っていたのだ。サンジュンとユンジュは、そうとは知らずにジェームズとすれ違っていたのだ。強盗団のやり口は 極めて迅速。綿密な計画と大胆な実行力が際立っていた。一人がもたついたため駆けつけた警察に追われることになったものの、そんな番狂わせにも慌てず対 応。いきなり太った男(ソン・ソンチャ)が運転するトラックが割り込んで、追跡する警察のクルマを遮断。太った男はそのままトラックを乗り捨てて逃走し た。結果、強盗団もまんまと逃げ果せてしまったわけだ…。翌日、普通の「商社」に初出勤してくるユンジュ。しかしこの「商社」は、特殊犯罪課監視班の仮の 姿だ。そこでは、多くのスタッフが街中の監視システムから送られてくる映像や情報を収集・分析。そして、専門の尾行・捜査チームが犯人を追いつめる。全体 を統括するのは、少々ヒステリー気味のイ室長(チン・ギョン)。そして実働隊のリーダーが、例のサンジュンというわけだ。「初出勤」のユンジュは、ここで 実働隊の面々に紹介された。彼らはそれぞれ別名で呼ばれており、例えばサンジュンが「ハヤブサ」などといった具合。早速、ユンジュに親しげに話しかけてき た青年は「リス」(ジュノ)と呼ばれていた。ユンジュは自分の異名を「子鹿」と希望したが、サンジュンは彼女を「子豚」呼ばわり。だが、それも彼なりの 「可愛がり方」だった。さて、イ室長は昨日の銀行強盗のことで上役からアレコレ言われて、早速機嫌が悪くなっている。確かにあまりに鮮やかな手口で、警察 はぐうの音も出なかった。しかし、どこかにほころびがあるはず…と探してみれば、例の最後にトラックを運転してきた太った男が監視カメラに写っているでは ないか。この男を各所の監視映像から探して行くうちに、監視班はこの男が住む地域らしい一角を絞り込んでいく。だが、まだ住居の特定には至らない。そこで 実働隊がこの周囲に張り込んで、男の住処を見つけようということになる。タクシー運転手や通行人など、さまざまなキャラクターになりきって捜査にあたる実 働隊の面々。サンジュンとユンジュは、ワゴン車に乗って全体を統括だ。やがて問題の太った男を見つけたユンジュは、ワゴン車から降りて尾行を開始するのだ が…。

みたあと

  まず、ズバリと言わせていただきたい。面白い! それも韓国映画にありがちな「社会派的な視点」とかそんな余計なことは抜きに、エンターテインメントとし て素晴らしい出来映え。本当に面白い映画には、ただただそう言うしかない。こう言っては何だか、問答無用でストレートに「面白い」映画なんて、韓国映画で は本当に久しぶりのことではないだろうか。チョ・ウィソクとキム・ビョンソという二人の監督の共同演出だそうだが、久々に「面白い韓国映画」を堪能させて もらった。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  こういう映画は本当に「面白い」と連呼するしかないのだが、蛇足ながらもうちょっと言わせていただく。街角映像の徹底的な分析で迫る監視スタッフ、さまざ まな変装と尾行で犯人を追いつめる実働スタッフ、迅速な行動を見せる強盗団、超クールな強盗団のリーダー…派手なカー・アクションなども交えて、まるでど こを切っても面白い金太郎飴的な娯楽映画に仕上がっている。ソル・ギョングも軽妙かつユーモラスな演技で、久々に芝居の見どころがある役柄に見える。 ちょっと驚いたのはチョン・ウソンの悪役だが、これがまたスーパー・クールな犯罪者ぶりでなかなかカッコいいのである。見直してしまった。このチョン・ウ ソンを操っている元締めが、なぜか狭い店で靴磨きをしている小汚い老人…というのも面白い設定だ。映画の冒頭部分はちょっと分かりにくいが、それもすぐに 観客には飲み込める程度の複雑さ。細部の面白さもあるし大作としてのスケール感もあるし…と娯楽映画としては申し分ない。最後に思わぬサプライズ・ゲスト まで登場して「えっ?」と驚かされたが…何とこの作品、実はあのジョニー・トーがプロデュースした「天使の眼、野獣の街」(2007)という香港映画のリ メイクだというではないか。いやぁ、最近の韓国映画にしてはやけに面白いはずだ…と申し訳ないが改めて思ってしまった(笑)。ただ、僕はその香港映画を見 ているわけではないから、両者を比較することは出来ない。それに傑作をリメイクすれば面白い映画が出来るというほど、映画って単純なわけでもない。だから それなりに出来のいい映画をキッチリ面白く作るだけのことが出来る技量はあったと思うべきで、リメイクであることが本作の価値を落とすわけではまったくな い。娯楽映画の傑作が誕生したことを、素直に喜びたいと思う。

さいごのひとこ と

 面白い映画、やりゃあ出来るじゃないか。

 
 

「サボタージュ」

 Sabotage

Date:2014 / 12/ 01

みるまえ

 近年のスタローンの復活ぶりには目覚ましいものがあるが、それとほぼ機を同じくして復活したアーノルド・シュワルツェネッガーの方は、今ひとつ元気がない。「客演」というかたちの「エクスペンダブルズ」(2010)、「エクスペンダブルズ2」(2012)、「エクスペンダブルズ3/ワールドミッション」(2014)はともかくとして、単独主演で勝負に出た「ラストスタンド」(2012)やまたまたスタローンと競演の「大脱出」 (2013)は興行的に成果を挙げられてはいないようだ。やはりカリフォルニア州知事時代の末期に、不倫〜離婚スキャンダルをやらかしたのが痛かったの か。以前の無敵ぶりが影を潜めて、やたらに老けただの疲れただのと嘆く役ばかりなのもマズいのだろうか。とにかく映画界から消える前の、あのスカッとした 感じが消え失せた感じなのだ。そんなシュワの最新作は、麻薬特捜班の荒くれチームのリーダー役という「いかにも」な役どころ。ところがこの作品、シュワが このチームを率いて暴れまくる…という話じゃなくて、どうやらチームのメンバーが一人また一人と殺されていく…というサスペンス・スリラー系統の作品らし い。そう聞くと、見る前から何となくイヤ〜な予感がしてくる。そういう複雑な映画ってシュワと相性はどうなんだろう? ヤバい予感が濃厚にしてくるのだ が、その反面、サスペンス・スリラーはキライじゃないから気になることは気になる。しかも何だかすぐに終わっちゃいそうな気がしたので、慌てて劇場に出か けた次第。

ないよう

 そ の男は、苦悶の表情を浮かべながらテレビ画面を見つめていた。男の名はブリーチャー(破壊屋)という異名で知られるジョン・ウォートン(アーノルド・シュ ワルツェネッガー)。画面に映っているのは、男たちが一人の女を拷問している陰惨な場面だ。ウォートンはなぜこのような「スナッフ」ビデオを一人で見つめ ているのか…。それからしばらく経ったある日、ウォートンは武装した荒くれ者たちと共に突っ走るクルマの中にいた。実はウォートンは麻薬取締局の特殊部隊 のリーダー。ウォートンの腹心であるモンスターことジェームズ・マーレイ(サム・ワーシントン)、シュガーことジュリアス・エドモンズ(テレンス・ハワー ド)らはウォートンの部下だ。彼らはこれから麻薬組織のアジトに乗り込むところで、上司であるフロイド・デメル(マーティン・ドノバン)と連絡を取りなが ら現場に向かっていた。組織のアジトではドラッグパーティーが盛り上がっており、マーレイの妻で荒くれどもの中の紅一点であるリジー(ミレイユ・イーノ ス)が潜入していた。クルマが現場に到着したのとリジーが組織の男を撃ち殺したのがほぼ同時。内外で派手な銃撃戦が開始され、ウォートンたちはリジーの手 引きでどんどんアジト内に入っていく。彼らが目指していたのは、組織の収益である札束の山が置かれた地下室。彼らはそこでいきなり汚い便器をはずしにかか り、なぜか札束をロープにつないだビニール袋に詰めながらどんどん下水管へと送り込んだ。その頃、時間がかかりすぎることを怪しんだ上司デメルから連絡が 入るが、ウォートンは適当なことを言ってはぐらかす。そう…ウォートンたちは組織のカネをネコババしようとしていたのだ。だが、もたついているうちにス モークことジェニンングス(マーク・シュレーゲル)が敵の弾丸を受けてしまう。とりあえず何とか予定の1000万ドルをかすめ取った彼らは、最後に手榴弾 で残りの札束の山を吹き飛ばした…。その夜、ウォートンたちは例のかすめとった札束を回収するため、隙を見て下水道にやって来る。ところが期待していた札 束は、すでに何者かによって奪い去られていた。銃弾を受けたスモークが死んだこともあって、ウォートンたちは意気消沈せざるを得ない。しかし、事はそれだ けでは済まなかった。ウォートンと部下たちは、上司たちから連日カネを横領した疑いで厳しい取り調べを受けることになったのだ。あげく、ウォートンは毎日 調査官たちに尾行される始末。デスクワークに回されて、同僚たちの好奇の目やイヤミに耐え続ける日々だ。ところが出し抜けに、ウォートンたちの調査が終 了。無罪放免で元の職場に復帰できることになる。上司のデメルは納得していないようだが、そう決まった以上は文句は言えない。ウォートンは朗報を手に、意 気揚々と部隊の訓練所に戻って来た。しかし訓練所の施設では、もう半年も待機扱いの部隊の面々がくすぶっていて、不穏な空気を醸し出していた。それでなく ても一癖二癖ある連中。例のカネが消えるミステリーがあったところに周囲の冷たい視線もあって、彼ら自身がすっかりクサッてしまったのだった。これはマズ いと思ったウォートンは、みんなを一喝して団結を呼びかける。それから厳しい訓練が再開され、何とかかつてのチームワークが戻って来た。それでも、ヤク中 気味だったリジーがすっかり元の木阿弥状態になってしまっていたり、いささか不安な要因がないわけではなかったが…。そんな猛訓練の打ち上げは、地元のス トリップ・バー。飲んだくれてバカ騒ぎを繰り返し、久しぶりに昔のノリノリの雰囲気が戻って来た感じ。ウォートンも大いに満足げな表情でうなづいていたの だが…。そのメンバーの一人、パイロことトム・ロバーツ(マックス・マーティーニ)がふと目を覚ますと、自宅代わりのキャンピングカーの中だった。まだ 酔っぱらっていて頭がもうろうとしていたパイロだが、ふと窓の外を見て驚愕する。何とこのクルマめがけて、列車が突進してくるではないか。いつの間にかパ イロのキャンピングカーは、線路上に移動されていたのだ。慌てたパイロはクルマのエンジンをかけようとするが始動せず、諦めて脱出しようにもドアが開かな い。そんなことをしているうちに列車はキャンピングカーを直撃。木っ端みじんにしながら線路上を引きずって行った…。それから間もなく、事故現場にクルマ で駆けつけたウォートンの姿があった。むろんキャンピングカーは粉々。そしてパイロ自身も、いまではあちこちに散乱する肉片と化していた。そんな事故現場 で、遺体を探して現場検証の真っ最中なのが、ショートカットで男まさりの女刑事キャロライン(オリビア・ウィリアムズ)。いかついウォートンが話しかけて も、一歩も引かないタフな態度の彼女。そんな彼女に、相棒刑事のダリウス(ハロルド・ペリノー)はビックリする。「誰だか知ってるのか? 麻薬捜査の神サ マだぜ!」…。その翌日、ウォートンの家に出向いたキャロラインは、彼の部下たちの手荒い洗礼を受けることになる。この日はパイロの弔いということで一同 が集まった訳だが。このメンツでしおらしく故人を悼むはずがない。結局それを口実にまた飲んだくれ、バカ騒ぎをするというアリサマ。キャロラインに対して も終始ナメた態度だ。だが、キャロラインの方も一歩も引かない。ウォートンに対して、特殊部隊メンバーのネックことエディ・ジョーダン(ジョシュ・ホロ ウェイ)が取り調べに応じないので協力してほしい…と、わざわざ掛け合いにやって来たのだ。そこで翌日の夜、ウォートンとキャロラインはクルマでネックの 自宅へ向かう。しかし、家の扉は開いたままで中は真っ暗。ただならぬ気配を感じたウォートンとキャロラインは、銃を構えて家の中へ入って行った。人けのな い屋内は静まり返り、どこまでも不吉な予感しかしない。ところが足下をとられたキャロラインは、そのまま滑って転倒。その時、自分がベットリと大量の血に 染まっているのに気づいた。慌てて頭上を見上げてみると…天井にネックの遺体が何本ものクギで打ち付けられ、その腹は切り裂かれて内臓が垂れ下がっている ではないか…!

みたあと

 映画を見る前からの情報では、シュワは麻薬取締班のリーダーと聞いていた。なるほど、デカい銃器でブチかます役どころというといかにもシュワらしい感じがする。しかしこの作品は…例えば「エンド・オブ・デイズ」 (1999)で悪魔と対決する際でも銃器で武装(笑)しちゃうという、そんなシュワとは似て非なるものだった。以前のシュワは単なるタフガイの概念を超え た唯一無二のマンガ的存在だったのに、「復活後」の彼はあくまで普通のタフガイに変わってしまったのだ。まぁ、長いブランクがあってトシもとってしまった し、俳優としての「これから先」を考えると、どうしたって以前のようなバカみたいに強い男は演じ続けられないだろう。おまけにハンパなスキャンダルにもま みれて、天真爛漫にマンガキャラを続ける気分は本人にも周囲にもないかもしれない。だから「等身大」のタフガイを演じる…という方針転換は、正直分からな いでもないのだ。今回の作品も、そんなシュワの「復活後」パターンにズバリ当てはまる。デビッド・エアーという監督の前作「エンド・オブ・ウォッチ」 (2012)は見ていないので何とも言えないが、「トレーニングデイ」(2001)などの脚本を書いた男となるとその作風はあくまでシリアスということに なるだろう。そこに、マンガみたいなシュワは登場する余地がない。そしてさらに問題なのは、シュワが銃器を持って大暴れする場面がそれほど多くないという 点。実は今回の作品、すでに広く知られているようにアクションが売りではない。実物の映画に触れてみると、本作は予想以上に「脱アクション」映画だった。 あくまでサスペンス・スリラーの映画なのである。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

  では、そのサスペンス・スリラーとしてどうなのか? スリラーとしては殺しの描写がちょっとホラーやスプラッタ系にも通じる残酷さなので、実は少々驚い た。そしてシュワ率いる特殊部隊の面々の人間関係が、実はあまりいい感じではない。同じ荒くれ者でも「エクスペンダブルズ」みたいな陽性のヤンチャぶりで はなく、見ていてイヤ〜な感じがしてくる野卑な連中なのだ。まぁ、確かに本作では彼らが追いつめられて相互不信に囚われていく展開なので、どうしてもささ くれ立った間柄に描かれてしまうのは分かる。だからなかなか無骨な連中の「いい関係」を見せられなかった…というのも理解できる。しかし本作では、隊員た ちの団結が戻って来た後の打ち上げパーティーですら爽快で楽しい感じがしない。ただただ、お下劣な連中という印象しかない。下品でもスカーッとしたシモに いかない下品さなのだ。しかも横領の疑いで干されたり、隊員が一人また一人と殺されて疑心暗鬼になったり…という状況下では、ますますギスギスしてくるの は当たり前。そんなこんなで、実は映画の観客が彼らに共感したり同情したり…という気分になるのは、かなり難しいのではないかと思う。だとすると、そんな 連中が次々と殺されていったとしても、僕らとしてはどうでもいい…ということになってしまう。戦慄すべき連続殺人が展開しているのに、見ている僕らには緊 迫感がゼロなのである。これではサスペンスが盛り上がらない。しかも、なぜこんな連続殺人が起きたのか…という理由もしょうもないモノで、殺した方にも殺 された方にも共感できない設定。シュワ演じる主人公でさえ、これじゃあとてもじゃないが感情移入するのが難しい役どころだろう。それなのに…最後にメキシ コに行く場面が出て来て、シュワが念願の目的を達成するという幕切れ。この時点では、観客の僕らはシュワのこの行動が結果的にハタ迷惑な状況を作り出して しまった…ということを知ってしまっている。しかも最後のシュワのこの行動は、本作のサスペンス・スリラーとしての構成上ではハッキリ言って「蛇足」だ。 思い入れたっぷりに滅びのヒロイズムを見せられても、「何やってるんだこいつ?」としか言いようがない。おまけにここに至るまであまりにも多くの無駄死に が描かれてるから、やっていることの意味や主人公の心情は分かるものの、まったく共感はできない。これは致命的にマズいんじゃないだろうか。ちなみに、「ワールド・ウォーZ」(2013)でブラピの嫁さんを演じていたミレイユ・イーノスが、打って変わってヤバいほどのビッチぶりを見せているのにビックリ。また、「ラスト・デイズ・オン・マーズ」(2013)にも出ていたオリビア・ウィリアムズが、ここではタフな女刑事を演じているが、いきなりシュワにキスしてきたのに二度ビックリ。もっと驚いたのはサム・ワーシントンで、「アバター」(2009)以降の上げ潮ぶりがウソのようなオーラのなさに、人ごとながら心配になってしまった。一時期は次世代スターの筆頭に挙げられていたのに、こんな映画の二番手三番手やってちゃマズいんじゃないの?

さいごのひとこ と

 サボってた訳でもないのにこの出来映え。

 
 

「ラスト・デイズ・オン・マーズ」

 The Last Days on Mars

Date:2014 / 12/ 01

みるまえ

  この映画のことは、今どんな映画をやっているのかをネットで調べていた時に知った。「ラスト・デイ・オン・マーズ」。誰がどう見てもSF映画である。都内 で1館だけ、ヤケにひっそりと公開されている。こんな映画が公開されていることはまったく知らなかったが、B級SF映画ならよくあることだ。つまり、それ は「僕好みの映画」ってことだ。主演はリーブ・シュライバーぐらいしか分からない。ビリングの筆頭がシュライバー…という時点で地味だ。ただし、この手の ジャンルはそのくらいの規模の作品である方が面白かったりする。おまけにこの映画の舞台は「火星」だ。詳しくは後で述べるが、SF映画で火星を舞台にした 映画は「ハズレなし」というジンクスがあるのだ。この映画もタイトルにバッチリ「マーズ」と入っている以上、僕としては見ないわけにはいかない。仕事が一 段落ついた週末、居並ぶ大作や話題作を横目に、僕はこの作品が上映されている映画館に駆けつけた。

ないよう

  どこまでも広がる荒野に、一台の電動車がゆっくり走っている。どこか見慣れない風景…それもそのはず、ここは火星だ。時は2036年。数人の隊員たちが、 6ヶ月の探査プロジェクトのために火星にやって来た。それも、もう滞在時間残り20時間を切っている。しかし、電動車に乗っているビンセント(リーブ・ シュライバー)とレーン(ロモーラ・ガライ)は、もうすぐ立ち去ることになる火星にまったく名残など感じてはいなかった。それは、火星に頻繁に発生する激 しい砂嵐にウンザリしたからだろうか。それとも彼らがこれから迎えに行こうとしている、女性科学者キム(オリビア・ウィリアムズ)にウンザリしているから だろうか。ビンセントとレーンは、隊長からミーティングのためにキムを基地に連れ戻すように言われてやって来た。だが、野外で調査研究をしているキムは、 何だかんだと言って基地へと戻りたがらない。そのあげく、毎度おなじみ文句のオンパレードだ。良く言えば研究熱心、悪く言えば功名心と虚栄心の強いキム は、いまだにこの探査で目立った成果を挙げられていないことに焦っていた。それが持ち前の頑な性格を、さらに悪い方向へとねじ曲げてしまったようだ。 まぁ、こんな殺風景な場所に半年も閉じ込められれば、誰でも多少はおかしくなるかもしれない。その頃、基地ではマルコ(ゴラン・コスティック)が野外のセ ンサーが故障しているので修理しなくては…とブルネル隊長(イライアス・コティーズ)に進言。ミーティングをするつもりだったのでここで出かけられても困 るところだが、マルコも言い出したら聞かない性格。結局、ハリントン(トム・キューレン)をお供に外に送り出すことになった。そうなると、ミーティングを 理由に連れ戻されたキムは我慢ならない。例によってあたり構わず噛みつきまくり、ついでにマルコのパソコンをいじり出した。「こいつ何かコソコソやってる んじゃないか?」というわけだ。ところが不幸なことに、今回ばかりはキムの予感が当たった。マルコは火星で発掘調査を行い、バクテリアの採取に成功してい たらしいのだ。今、出かけているのも、その調査に違いない。「手柄を独り占めしやがって」とキムはわめきにわめく。ところが調査現場に着いたマルコとハリ ントンは、とんでもない目に遭っていた。予想以上の調査の手応えを喜んでいたマルコが、突然の地面の陥没で下に落ちてしまったのだ。目の前の出来事に呆然 自失のハリントンは、慌ててブルネル隊長と連絡をとるしかなかった。やがて、電動車でブルネル隊長と黒人女性のダルビー(ユースラ・ワルサマ)が現場へと 到着。ハリントンはいまだにガックリと座り込んだままだ。マルコと親しかったらしいダルビーは、ハリントンを臆病者と罵る。しかし現場の様子を見ると、ハ リントンがなす術もなかった理由が分かる。陥没して出来た穴はもくもくと砂煙を上げており、穴の底はまったく見えない状況だ。マルコもどうなったか分から ない。おまけに、そろそろ夕闇も迫り始めていた。そこで、ブルネイ隊長は本部に指示を仰ぐために、ハリントンと一緒に基地に帰還。現場にはダルビーが残る ことになった。こうしてブルネイ隊長とハリントンは基地に戻り、事の次第を残りのメンバーに説明。本部にも連絡をとった。すると、またしてもキムが「研究 の方が大事」だとか「自業自得」だとか余計な発言を連発。これにはハリントンや温厚なアーウィン(ジョニー・ハリス)もキレてしまった。そんな彼らのもと に、本部から「遺体を回収せよ」という指令が来る。これを受けて、ブルネイ隊長、ビンセント、アーウィンが現場に向かうことになった。ところがその頃、 真っ暗闇になった現場で電動車内で待機していたダルビーは、外で何やら物音がするのに気づいていた…。

みたあと

 先に「火星を舞台にした映画にハズレなし」と言ったが、あながちその言葉はウソじゃない。奇想天外なモンスターが大挙して出てくる「巨大アメーバの惑星」(1960)とか、火星探検隊が危機的状況に追い込まれる「レッドプラネット」(2000)、ジョン・カーペンターが「リオ・ブラボー」的な設定を火星に持ち込んだ快作「ゴースト・オブ・マーズ」(2001)、ドウェイン・ジョンソンがまだザ・ロック名義で主演しているSFホラー・アクション「ドゥーム」 (2005)…など、火星を舞台にしたSF映画はなかなか粒ぞろい。中にはブライアン・デパーマのキャリアの中でも壊滅的な作品である「ミッション・ トゥ・マーズ」(2000)なんてのもあるが、総じて火星を舞台にした映画は面白いものが多いのだ。だから今回の作品にも期待がかかる。そんなわけで見始 めた本作だが…映画が始まってすぐ、火星探検隊のメンバーたちのギスギスした関係が描かれ始める。早速イヤ〜な感じが漂い出すではないか。こりゃあ異色の 宇宙SF映画になるんじゃないか?

みどころ
  隊員たちは半年の調査期間中、殺風景な火星に閉じ込められていいかげんウンザリしている。この映画に描かれているのは滞在残り時間20時間を切っている状 態だから、そのウンザリさ加減もピークに達しているわけだ。おまけに功名心を持ってこのプロジェクトに参加した科学者にとっては、ただただ退屈でロクな成 果も挙げられなかった半年間。だから、そのことで焦りを感じている者もいる。そんなことは僕らの日常にもありそうなことで…だから本作の始まりは、舞台が 火星ということを除けば至ってリアル。登場人物たちがみんな大なり小なり感情をささくれ立たせているのも、ありがちなことで僕らにもよく分かる。このよう に人間関係や感情が非常にリアルに描かれているところに、火星での基地のありようや電動車などの美術も非常に現実味がある。おまけに最も有名な役者でリー ブ・シュレイバーどまり…という渋いキャスティングも、リアリティの醸成に効果を挙げている。作品のタッチとしては前述した作品の中では「レッドプラネッ ト」あたりが近いだろうか。宇宙探検がどんどん悪夢のような状況になる…という設定としては、月を舞台にした「アポロ18」(2011)や今年見た「エウロパ」(2013)とも似たシチュエーションかもしれない。なかなかハードな宇宙SFのムードが出ているのだ。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
  こうなるとなかなか面白い作品になりそうな気がするし、実際に途中まではいい感じで話が進んでいるのだが、そんな雰囲気はだしぬけに脱力へと変わってしま う。本作のキモである「謎」の部分が、映画のかなり早い段階でモロに暴露されてしまうからだ。そもそもがその「謎」というのも大したものではなくて、ズバ リ言ってしまうと「火星を舞台にしたゾンビ映画」というのがその正体。正直言ってビックリするような話ではないのである。こうなると、後はどうやってこれ をもったいつけて大げさに見せるのか…という事にしかなり得ないのだが、本作の監督ルアイリ・ロビンソンはひたすら映画をリアルに描こうとしているから、 そもそもそんなケレン味を持ち込む気は毛頭なさそう。だから設定としては前出の「ドゥーム」と非常に近い状況になる話なのに、出来上がりはかなり差が出来 てしまった。これってもったいつけなきゃ単純過ぎる話なのだ。作品全体に漂う「リアルさ」は決して悪いものじゃなくて、それが作品全体の「格」や「スケー ル」を確実に上げている。また、人間関係がリアリティを持って描かれているから、些細な感情が事態を最悪な方向に動かしてしまう…という描写に説得力があ る。だが、そういう「リアルさ」と「ゾンビ」がまったく並び立たない。昨今はそれでなくても何でも「ゾンビ」が出てくるので、いいかげん飽和状態でウンザ リなんだから、ただ出してみてもしょうもないだろう。実際には、例えば「ワールド・ウォーZ」 (2013)がゾンビをA級大作映画のカテゴリーに入れることに成功していたように、やりようによっては何とかなったのかもしれない。ところがケレン味を 煽る訳でもなしもったいつける訳でもなし、何の芸もなしにお粗末なゾンビをポ〜ンと出してしまってはどうにもならない。ウツワは真面目な作品や立派な作品 なのに、そこに無理矢理B級バカ映画を突っ込もうとしたみたいになって、違和感がハンパないのだ。いいところもいっぱいあるだけに、これ何とかならなかっ たのだろうか。あと、「ゴーストライター」(2010)などでも気になる役どころだったオリビア・ウィリアムズが今回も目立っていたが、すっかりゴツくておっかないイヤ〜なオバチャンになっていたのはショックだった。

さいごのひとこ と

 呼ばれてないのにどこでも出てくると飽きられるよ。

 
 

「エクスペンダブルズ3/ワールドミッション」

 The Expendables 3

Date:2014 / 12/ 01

みるまえ

 「ロッキー・ザ・ファイナル」(2008)以降、復活めざましいシルベスター・スタローンが始動させた新シリーズの1作目「エクスペンダブルズ」 (2010)は、皮肉な事に今の時点でスタローン一枚看板の新シリーズをスタートさせるのはキツい…ということを物語ってしまった作品だったように思う。 公開当時は「これだけのメンツを集められるとはさすがスタローン」「夢の顔合わせ」「スタローン完全復活」などと言われたものの、逆に言えば単体で売れな くなって来たからこその「一山いくら」状態。僕などは逆にあの作品は、スタローンがもはや「現役」ではない…ということを証明しちゃってるという印象を 持っていた。おまけに、妙に「男の少年のような純粋さ」みたいなモノをアピール。そういう事ってのはハタの人間が言うからいいんであって、自分からそれ 言ったら違うだろ。そんな訳で「超豪華顔合わせ」は僕の昔ながらの映画ファン心を刺激はしたものの、正直言って違和感もかなり感じていたのだった。おまけ にすぐに続編「エクスペンダブルズ2」 (2012)が登場。「夢の顔合わせ」はめったにないからこそ「夢」なのに…と思わずにいられなかった。しかしながら、「2」は変な「男のロマン」アピー ルが影を潜めたことによってスッキリ面白くなっていたから、映画というものは分からない。そうなるとこちらも、どんどん規模が拡大していくこのシリーズを とりあえずは無責任に楽しもう…という気持ちになってきた。途中に「大脱出」 (2013)なんて作品が挟まった上にシリーズ3作目の本作が登場…という時点で、すでにスタローン&シュワなんて「顔合わせ」のありがたみはすでになく なっている。しかしこのシリーズは、それを大きく上回る派手なキャスティングを組んでいるのだ。普通はシリーズとなると徐々に最初の刺激が薄くなって来 ちゃうので、いろいろ変化球を投げたりして慣れやマンネリを散らそうとするものだ。ところがこの映画は、愚直に「足し算」だけを繰り返して規模をデカくす る一方なのだ。今回も相当な新キャストを補強して、スケールを拡大している。こうなると僕も「どこまでいくつもりなのか」と面白がるしかない。スタローン がこれからどうするつもりなのか、最後まで行き着く先を見届けたいという気になって来た。そんなわけで、まだまだ劇場にお客さんが入っているうちに、何と か本作を見る事が出来たというわけだ。

ないよう

  アフリカ、スワジランドのデンザリ刑務所へ、囚人を乗せて装甲列車がひた走る。その列車にヘリコプターが近づいてくるや、機銃掃射を浴びせて乗っている護 衛たちを次々倒す。ヘリを操縦しているのは、エクスペンダブルズのリーダー、バーニー・ロス(シルベスター・スタローン)。一緒に乗り込んでいるリー・ク リスマス(ジェイソン・ステイサム)、トール・ロード(ランディ・クートゥア)、ガンナー・ヤンセン(ドルフ・ラングレン)というおなじみエクスペンダブ ルズの面々が、派手に銃を撃ちまくっていたのだ。しかし敵もさるもの。貨車に搭載した大型機銃で応戦して来たので、バーニーはヘリを地上スレスレに飛ばし て貨車を弾よけにした。彼らがじっと耐えているのには理由があった。すでに列車の行く手に先回りして、線路をまたいでワイヤーを張っておいたのだ。案の定 これが功を奏して、機銃を撃っていた連中は列車から一掃された。それを見定めたバーニーは、ヘリを貨車の屋根に着陸。ヘリから降りた例の3人が、貨車に閉 じ込められた囚人を救出した。それは、髪やヒゲが伸びきった黒人男ドクター・デス(ウェズリー・スナイプス)。クリスマスたちはドクター・デスをヘリに誘 導しようとするが、なぜか彼は言う事を聞かずに貨車を飛び出した。仕方なくクリスマスたちはヘリに戻り、ひたすら列車の後を追うかたちになる。ドクター・ デスは列車の前方へと進んで行くと、例の機銃にたどり着いた。もう目の前はデンザリ刑務所。それはまるで要塞のような巨大な建物だ。そこに向けて、フルス ピードで爆走する装甲列車。ドクター・デスは機銃を構えると、この刑務所めがけて弾丸を雨あられと撃ち込んだ。それは、今まで捕らえられていた間の鬱憤を 晴らすかのような激しい攻撃だ。弾を撃てるだけ撃ち込んだドクター・デスは、手遅れになる一歩手前で列車からヘリに飛びついて脱出。列車は轟音と共に刑務 所に突っ込んで、刑務所全体が崩壊する大爆発が起きた。今回もまた、エクスペンダブルズは間一髪セーフで脱出を果たした…。さてこのドクター・デス、風変 わりな男ではあるがバーニーの旧友。それもそのはず、エクスペンダブルズの初期のメンバーだった。ひょんなことから捕らえられ、やっとこ居所をつかんだ バーニーが救出した…というのがここまでのあらすじ。ドクター・デスは「やっと帰国できる」と喜んだが、それはヌカ喜び。実はこの脱出劇、別の「仕事」と ワン・セットの物件だった。ヤンセンのナイフを借りてサッパリとヒゲを剃ったドクター・デスも、早速メンバーに復帰して「仕事」に参加。やって来たのはソ マリア、モガディッシュの港。ここである武器商人が取引を行うので、それを阻止するというのが今回の仕事だ。仲間の一人ヘイル・シーザー(テリー・クルー ズ)もここで合流。ドクター・デスが荷揚げ作業用クレーンを奪い、バーニーたちがコンテナ内に隠れて作戦進行。ところが問題の武器商人の顔を見て、バー ニーは思わず大声を上げてしまう。「ストーンバンクス!」…それはかつてバーニーたちと一緒に戦っていた、コンラッド・ストーンバンクス(メル・ギブソ ン)という男だった。いつしか悪の道に染まったストーンバンクスは、バーニーが自らの手で葬ったはずだった。それが生きていた…という事実にショックを受 けるバーニー。そんなバーニーのことを、ストーンバンクスも覚えていた。激しい銃撃戦が展開する中、バーニーはショックのせいか初手でつまずいたのが災い して、どんどん劣勢を強いられる。そしてヘリで逃走するストーンバンクスは、上空からバーニーをじっと狙い定める。しかし土壇場で気が変わったストーンバ ンクスは、バーニーの代わりにシーザーを狙撃するのだった…。そんなわけで、散々な状況で敗走するエクスペンダブルズの面々。何とか本国の病院にシーザー を入院させたものの、その容態は必ずしも芳しくない。心配して駆けつけてきたトレンチ(アーノルド・シュワルツェネッガー)が助力を申し出るが、バーニー は答える元気もない。そんなバーニーに追い打ちをかけてきたのが、CIAの高官マックス・ドラマー(ハリソン・フォード)。数人の部下を引き連れたドラ マーは、実は今回の仕事の依頼人だった。ドラマーはあくまで作戦失敗の失態を責め、「ハーグの国際裁判所で戦犯として裁くべく、ストーンバンクスを生け捕 りにせよ」と新たな指令を発した。しかし、これは今のバーニーとエクスペンダブルズにはかなりの難題だった。オフの日に仲間たちがタムロする酒場にエクス ペンダブルズを招集したバーニーは、グループの解散を言い渡す。今回の失態に消沈したバーニーは、仲間をむざむざ殺したくないと苦渋の決断を下したのだ。 クリスマスはじめメンバーは一様に抗議したが、バーニーの決意は揺るがない。代わりにバーニーが始めたのは、新たな若いメンバーの確保だ。バーニーは旧友 ボナパルト(ケルシー・グラマー)を頼って、世界各地に散らばる有能な若手をスカウトし始めた。激しく売り込みをかけてきたガルゴ(アントニオ・バンデラ ス)こそもういいトシなので採用を見送ったが、それ以外はソーン(グレン・パウエル)、ルナ(ロンダ・ラウジー)、マーズ(ビクター・オルティス)、ジョ ン・スマイリー(ケラン・ラッツ)…というイキのいい連中が見つかった。ただし、腕もいいがいずれもクセの強い連中。ちょっとやそっとで大人しく話を聞く ような連中ではない。さらにお払い箱にした旧エクスペンダブルズ勢の連中も、こんな若手の起用を面白く思ってはいなかった。そんな時、CIAのドラマーか らストーンバンクスの情報が入ってくる。どうやらストーンバンクスは、ルーマニアで取引を行うつもりらしいのだが…。

みたあと

  そんなわけで、特に超強力キャストが話題となっている本作。元々「エクスペンダブルズ」1作目からしてアクション・オールスターの意味合いが強かったが、 それが「2」に改めて再現されるや、な〜んとなく昔の成瀬巳喜男監督がキャリアの後半に連発していた「娘・妻・母」(1960)、「妻として女として」 (1961)、「女の座」(1962)、「女の歴史」(1963)…などといった、高峰秀子を中心に似たり寄ったりの顔ぶれで製作されたオールスター家族 もの映画を連想してしまった(笑)。だからこれ以上同じようなオールスターで連発しても、明らかに鮮度はどんどん落ちるはず…と覚悟したわけだ。ところが そうならなかったからビックリ。シュワについては今さら鮮度云々をいうのも気が引けるしジェット・リーがチョッピリ復帰しているのはご愛嬌だが、何とウェ ズリー・スナイプスにメル・ギブソン、アントニオ・バンデラスにハリソン・フォードというバケツの底が抜けたような補強を行っているのだ。これはさすがに ちょっと驚いてしまった。シリーズ映画に「増量」は付き物だが、ここまでドカンと規模拡大を図っているケースもマレなのではないか?

みどころ

  「増量」はキャストだけでなくて、今回も冒頭から派手な見せ場がてんこ盛り。しかし何と言っても、今回はキャストの補強ぶりが目立ってしまう。特に近年い いとこがなかったメル・ギブソンだが、やはりこういう場面で出てくるとグッと豪華な感じがしてくるから大したものだ。ハリソン・フォードも…スタローンと の接点が分からないので意外な感じだが、ついこの前までまだ「インディ」やってた人だから賑やかしとしてはなかなか。こういう映画をアレコレと分析したり 語ったりというのはヤボの骨頂というものだが、早くもお正月映画みたいな華やかさがあって、ボケッと見ているぶんにはイイのだ。個人的には、こういう映画 もアリだと思う。

こうすれば

 ただ…ちょっと気になるのは「エクスペンダブル ズ」シリーズの野村ならぬ「スタローン再生工場」化。元から第1作が半ば隠居化しかかったスタローンの第一線復帰という意味合いが強かったので仕方ないの だが、2作目のジャン=クロード・ヴァン・ダム、チャック・ノリスに次いで、今回のメル・ギブソン、ウェズリー・スナイプス、アントニオ・バンデラス…あ たりは完全にそれ。特にメルギブは差別発言やDVで「干された」カタチだし、スナイプスも脱税でムショに入っていたはず。こいつらの場合は「再生工場」通 り越して「社会復帰プログラム」みたい。バンデラスも最近はすっかりショボくれちゃったしねぇ。彼らと比べるとハリソン・フォードは「エクスペンダブルズ 落ち」(笑)するような立場じゃないはずだが、彼も最近はイヤミなジジイの役ばかりだったから「再生」されたクチなのかもしれない。本作でも、締めている ネクタイまでヨレヨレであまりの老け込みように唖然。こんな人の操縦するヘリには乗りたくない(笑)。ディズニーで進行中の「スター・ウォーズ」新作も心 配になるほどの老いぼれぶりだ。そんな中で、豪華キャストの目玉だったはずのシュワがすでに単なるレギュラーメンバーの一人にしか見えなくて、すっかりプ レミアム感がなくなっているのも気になった。この人もこれでいいのだろうか。ついでに蛇足ながら映画の出来についても触れると…ドンパチやってる部分はそ れでいいとして、問題は一件落着した後。みんなで飲み屋でドンチャン騒ぎしている場面が、ちょっと長過ぎではないか。何だか昔の刑事ドラマ「太陽にほえ ろ!」で、事件が解決した後に七曲署の連中が和気あいあいとバカ話している場面みたい(笑)。内輪で喜んでる割には見ていて楽しくないので、少々シラケた ことを白状しなくてはなるまい。

さいごのひとこ と

 ここは問題児が更生するための施設か。

 

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