新作映画1000本ノック 2014年10月

Knocking on Movie Heven's Door


こ のページの作品
 「レッド・スカイ」  「トランスフォーマー/ロストエイジ」 「ルーシー」  「ソニはご機嫌ななめ」 「ヘウォンの恋愛日記」  「イントゥ・ザ・ストーム」  「グランド・ブダペスト・ホテル」

 

「レッド・スカイ」

 Red Sky

Date:2014 / 10/ 20

みるまえ

  たぶん映画配給会社の都合なのだろうが、スティーブン・セガール主演映画などを中心にしたB級アクション映画の連続上映が、都内のどこかの映画館でたま〜 に行われたりする。実は、これもそうしたアクション映画の一本だ。正直言って忙しい最中、目玉作品やら大好きなSF映画を見るのもままならないのに、申し 訳ないがこれらのB級アクション映画までつきあう余裕はない。そう思ってはいたのだが、連続上映される3本のうち、1本は航空アクションだと知るとちょっ と事情が違う。どうせ大したことのない作品なのだろうと分かってはいても、どうしても気になっちゃうから仕方がない。おまけに、出演者にビル・プルマンが 含まれているのが気になった。そして…そういやいたな、レイチェル・リー・クック。一時はちょっと話題になった若い女優さんだが、たちまち消えちゃった印 象がある。いやはや、何だか懐かしい(笑)。監督のマリオ・ヴァン・ピーブルズって、確か大昔に「ニュー・ジャック・シティ」(1991)って犯罪アク ション映画を監督・主演していて、当時としては新手の黒人映画人として売り出していたような気もする。こうした「懐かしい」メンツが気になったこともあ り、フラリと劇場に足を伸ばした。ただし、実際に見たのは7月ぐらいの話。あちこち記憶がまだらになってしまっているのを、どうかご容赦いただきたい。

ないよう

  ここは真夜中のアメリカ海軍兵舎。早朝の作戦を前に、悪ふざけしている若い兵士たち。いずれ劣らぬ敏腕パイロットであるブッチ(キャム・ギガンデッド)と トム(シェーン・ウエスト)をはじめとする4人の仲間たちは。その息の合ったチームワークが売り物だった。彼らは秘密作戦を命じられて、中東の某国に向け て出撃。だがその途中で、ブッチやトムたちの無線に突如、割り込んで来た者がいた。その男(マリオ・ヴァン・ピーブルズ)は、明らかに軍の上層部らしい。 この男が今回の作戦について知っており、なおかつこの無線に入って来れることでもそれが伺える。男は4人に対して作戦変更を告げ、新しく開発された秘密兵 器「レインメーカー」が製造されている工場を空爆するように命じる。新たな命令に従った4人は、問題の建物を一気に空爆。作戦は見事成功…と思ったが、こ れが大きな罠だった。実は4人が攻撃した建物では、味方の作戦が進行中。4人はそれを妨害したカタチになり、「レインメーカー」もどこかに消えてしまっ た。しかも、4人に新たな命令を下した「男」の存在も証明できない…。結局、軍事法廷に立たされた4人には何の援護もなく、彼らは不名誉な罪を着せられて 除隊することになってしまう。悶々とした思いの4人は、兵士たち御用達の馴染みのバーへやってくる。そこではトムの恋人カレン(レイチェル・リー・クッ ク)も働いていて、落胆する彼らを慰めた。ただこのカレン、最近ちょっとばっかりブッチとの親密さの度が増していた。それでなくても虫の居所が悪かったト ムは、これを見てカレンやブッチと大ゲンカ。海軍も除隊になったということで、それまでの縁もこれで切れてしまった。こうして7年が過ぎた…。中古のミグ 戦闘機を手に入れて、撮影用スタントチームをやっているブッチと仲間たち。トムはあの日以来、ブッチたちと袂を分かったままどこかに消えてしまった。こう して勝手気ままにやっていたブッチだが、ある日、意外な人物が彼に接触してくる。それは、かつての彼の上官だったウェブスター大佐(ビル・プルマン)だ。 ウェブスターはブッチに例の「レインメーカー」がイランのテロリストの手に渡ったことを告げ、何とかこの「レインメーカー」を破壊して欲しい…との秘密指 令を伝えた。長らく自堕落な暮らしをしていたブッチも、この汚名挽回のチャンスを逃すつもりはなかった。こうして調査のために、単身ロシアに乗り込むブッ チ。すると、何たる偶然! 今はトムとも別れてテレビのレポーターをしているカレンと、モスクワでバッタリ出会うではないか…。

みたあと

  飛行機が出てくる映画はともかく見ちゃう…今回もそんなところから飛びついてしまった一本。だが戦闘機モノというと、実は近年ロクな作品がない。有名な 「トップガン」(1986)も正直に言うと好きな作品ではないし、クリント・イーストウッドが監督・主演した異色作「ファイヤーフォックス」(1982) も決して成功作とは言いがたい。あの職人技を常に見せてくれるロブ・コーエンですら、「ステルス」 (2005)は残念な出来に終わってしまった。それなりの腕を持つ映画人が手がけても、なぜか最近の戦闘機モノはいい結果にならないのだ。先に結論を言わ せてもらえれば、本作も決して例外とは言えない。初監督作である「ニュー・ジャック・シティ」を思い出してみても、マリオ・ヴァン・ピーブルズって航空ア クションが出来る監督とは思えなかった。その予感は、やっぱり当たってしまったと言わざるを得ない。監督本人も悪役を演じて頑張ってはいたが、いろいろな 意味でうまくいってないようなのだ。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

  まずは僕が書いたストーリー紹介を見てもお分かりかと思うが、映画の冒頭部分のお話がよく分からない(!)。4人の若い兵士たちが作戦失敗して除隊に追い 込まれる…という大筋は分かるものの、そこに至るまでのディティール…元々がどんな作戦だったのか、なぜマリオ・ヴァン・ピーブルズ扮する謎の男が彼らの 通信に割り込めたのか、なぜ突然割り込んできた男の命令を4人が聞いてしまったのか、そもそも4人がどこから出撃してどこを攻撃したのか…が、ちゃんと納 得できるように描かれていない。だから、「あれよあれよ」と言う間に4人が海軍をクビになっちゃったことは分かるが、見ている側としてはいろいろ疑問が 残ってしまうのだ。さらに4人の仲間たちの描き分けがうまくないので、結局はダッチとトムの2人しかキャラクターがハッキリしない。その後、残りの2人が 作戦に参加したのかどうかすら、見ていてもまったく分からない。さらにトムの恋人であるカレンが、観客から見ても過剰に主人公ダッチと親しく見えるのもマ ズい。こうしたキャラクターの描き分け、人間関係の描き方、さらにはストーリーの細部を短時間で描く語り口などが、どう考えてもうまくいっているとは思え ない。冒頭のほんの10分ほどでもこれだけのボロボロぶりというあたり、演出ミスと言われても仕方ないのではないか。僕もこの最初の段階で、本作にあまり 期待が持てなくなった。さらに主人公ダッチがロシアに行って、偶然にカレンと出会うという展開。トムと別れていたカレンはここでダッチと本当に恋仲になる のだが、正直言って観客としてこれは感情移入しにくい。邪魔な奴がいなくなったところで大っぴらにイチャつける…みたいな感じに見えて、何となくイヤ〜な 気分になってくるのである。お話としては、何となくかつてのミーハー航空アクション映画「アイアン・イーグル」(1985)の続編「メタル・ブルー」 (1988)を連想させる本作。「アイアン・イーグル」はレーガン政権時代らしいコワモテな戦闘機映画だったが、さすがにこのままじゃマズいと思ったの か、続編「メタル・ブルー」では米ソの若いパイロットたちが力を合わせて中東の某国をやっつける(笑)という旧ソ連を味方に巻き込んだお話になていた。本 作も最終的には叩く相手が中東のテロリストで、その過程でロシアの協力を得ることになるあたりは「メタル・ブルー」と同じ。映画の中盤に大々的なロシア・ ロケを行ったりして、冷戦後の米露関係の良好さを大いにアピールしている(…と思っていたら、つい最近は急速に関係が冷却してしまったが)のが特徴だ。タ イトルの「レッド・スカイ」とは、そういうことなのである。だが、本作は航空アクションにも関わらず、それぞれの戦闘機がよく識別できなかったり、どのよ うな位置関係でどう戦っているのかが分からない。致命的に航空アクションの演出が下手なのだ。さらにもっとマズいのが、戦闘場面での距離感の欠如。いくら 超音速で飛ぶ戦闘機のお話とはいえ、ロシアや中東、中央アジア…といった国々を行き来しているはずが、どう考えても東京の山手線圏内をクルマで移動してい るくらいの時間的感覚しか感じられない(笑)。距離感がほとんどゼロ…ってのはマズいだろう。やはりマリオ・ヴァン・ピーブルズには荷が重かったというこ となのだろうが、いろいろな意味でもったいない映画になっているのである。

おまけ
 さて、この感想文の冒頭でも触れたレイチェル・リー・クック。彼女は確か青春映画「シーズ・オール・ザット」 (1999)でいきなり出て来た人。イマドキ「シーズ・オール・ザット」なんて映画のことを覚えている人はごくわずかだろうし、実は恥ずかしながら僕も覚 えていたのはタイトルだけ。先ほどコッソリ自分のサイトの感想文を読んでやっとこ思い出した。そんな映画ではあるけれど、公開当時は確かにちょっと話題に なっていたし、レイチェル・リー・クックもこの作品で飛び出したフレッシュな新星として一躍脚光を浴びていたことを覚えている。その後、彼女の作品は何作 か続いて公開。シルベスター・スタローンがひと味違う役どころに挑んだ犯罪サスペンス「追撃者」(2000)や、アラン・リックマンはじめ芸達者なイギリス俳優たちの中に入って奮戦するコメディ「シャンプー台のむこうに」(2000)など結構面白い作品もあったのだが、快進撃もそのあたりまで。なぜかパッタリその名を聞かなくなり、今回久々に出演作を見ることになったわけだ。さすがにかつてのフレッシュさは失われていて寂しい限りだったが、これを機会にまた活躍してほしいものだ。

さいごのひとこ と

 結構制作費がかかっているはずだが、活かされてないね。

 
 

「トランスフォーマー/ロストエイジ」

 Transformers - Age of Extinction

Date:2014 / 10/ 20

みるまえ

 「トランスフォーマー」シリーズは前作「ダークサイド・ムーン」 (2011)で終わったと思っていたら、儲かるカネのなる木をハリウッドが手放す訳もなかった。キャストを一新して、新シリーズが再起動というわけだ。し かしながら、実は僕はこのシリーズに悪い印象がない。確かにオモチャが「原作」(笑)の幼稚な作品だとは思っていたし、大味映画の作り手としてマイケル・ ベイのこともバカにしていた。しかしこのシリーズは意外にマイケル・ベイのハッタリがピタリとハマって、なかなか楽しめる作品に仕上がっていたのだ。おま けに前シリーズでは唯一主役のシャイア・ラブーフが苦手…ということもあったので、新シリーズで主役がマーク・ウォールバーグに交代というのは諸手を上げ て大賛成(笑)。今回も3D作品ということだが、「ダークサイド・ムーン」が抜群の3D効果を発揮していたこともあって期待は大いに高まった。忙しくてな かなか見に行けなかったが、何とか公開終了間際に劇場に飛び込んだという次第。

ないよう

  太古の地球の周辺に、巨大な宇宙船が押し寄せている。それらのうちの一隻が地表周辺まで降りてくると、地上はまさに恐竜たちの天下だ。するとこの宇宙船か ら何かが投下され、その爆発によって地表はあっという間に炎に包まれていく。恐竜たちもその炎から逃れられず、一頭また一頭と炎上し焼失していった…。そ れから数千万年後の現代、一人の女が北極のとある掘削現場へとやってくる。彼女はダーシー・ティレル(ソフィア・マイルズ)という科学者。現場監督に迎え られた彼女は、そこでとんでもないモノを目の当たりにすることになる。それは金属で作られたように見える、巨大な恐竜の化石だ…。さらに、舞台変わってテ キサス。その片田舎に、二人のちょっと変わった男がいた。片や田舎の発明狂であるケイド・イェーガー(マーク・ウォールバーグ)とそのダチであるルーカス (T・J・ミラー)。ルーカスは毎度毎度ケイドに「仕事」と言われて呼び出されているが、ロクにカネをもらえた試しがない。それでも、声がかかればやって くるというあたりが腐れ縁の二人だ。この日、二人がやって来たのは、田舎町で放置されていたオンボロ映画館。超低価格でこの映画館を買い取ろうという話に なって、持ち主からその内部を見せてもらっていたのだった。そのままになっている映写機も、何かの機会を作る場合に利用できるかもしれない。端から見れば ゴミの山にしか見えないこの映画館も、ケイドから見れば宝の山だ。しかもケイドは、この映画館の中にひっそりと錆び付いたデカいトラックが隠れているのを 見逃さなかった。こうしてクルマでこの錆びたトラックを引っ張ってきて、意気揚々とど田舎の自宅まで戻ってきたケイドとルーカス。そんな二人を家で迎えた のは、ケイドの娘テッサ(ニコラ・ペルツ)。カネにもならない発明に夢中の父ケイドを心配するテッサは、今日もガラクタとしか思えないトラックをもらって きたのに呆れ顔だ。しかしケイドはもういいトシこいているのに、「いつかは一発当てる」なんてガキみたいな戯言を並べるだけ。しかも自分は亡き妻とまだ若 いうちにデキ婚してテッサをつくったくせに、彼女にはやたら早い門限を守らせる頑固パパぶり。案の定、テッサからはブーブー言われるが、聞こえないふりし て「実験室」である納屋に引っ込むのだった。一方、ここはある港の一角。謎の軍団が隠れていたトランスフォーマーのひとりであるラチェット(声:ロバー ト・フォックスワース)を追い立てる。さらに、コワモテのトランスフォーマーのロックダウン(声:マーク・ライアン)も登場。トランスフォーマーの「オー トボット」たちの総大将であるオプティマスプライムの居所を聞き出そうとするが、ラチェットは口を割らない。結局、ロックダウンはラチェットをいたぶるだ けいたぶって破壊してしまった。実は現在のアメリカでは、例の3年前のシカゴでの戦いの結果、トランスフォーマーの存在が危険視されるに至った。ラチェッ トを狩り出した軍団は、そのトランスフォーマー狩りを進める「墓場の風」作戦の実行部隊だったのだ。そしてロックダウンは、宇宙の賞金稼ぎのひとり。なぜ か地球にやって来て、CIAと結託してトランスフォーマー狩りに参加している。彼らは全米を血眼になって調べ回り、トランスフォーマーを…中でもその総大 将であるオプティマスプライムを捕らえようと必死になっていた。トランスフォーマーが危険視されていることは知っていたものの、そんな恐ろしい作戦が進行 中とは夢にも思っていないケイドは、納屋の「実験室」で早速、例の錆びたトラックに取り組む。しかしこのトラックは、ただ者ではなかった。ひょんなことか ら作動を開始し、正体を現すポンコツトラック。もちろんその正体はトランスフォーマー…しかも総大将であるオプティマスプライムだった…!

みたあと

 一作目「トランスフォーマー」 (2007)のときには、正直ちょっとナメていたところがあった。何しろ、所詮はハスブロのオモチャの映画化だ。おまけに監督は大味で知られたマイケル・ ベイ。バカにしていたというのが本音だった。ところがいい意味でハッタリが効いてて、これが意外にも面白い。史実を元にした割にはいいかげんな「パール・ハーバー」 (2001)なんかよりは、そもそもオモチャ映画だからハードルも低い。そんなわけで、想像していたよりも面白くてビックリというのが本音。あの図体のデ カいロボットが登場してくると「やっぱり幼稚かなぁ」…という気分になったのは否めないが、それでも従来のマイケル・ベイ作品の中では最も好感が持てる作 品だと思った。しかし正直言ってこれに2作もつきあう気にはなれなくて、2作目の「トランスフォーマー/リベンジ」(2009)はパス。もうこれでこのシ リーズを見ることもないだろう…と思っていたのだ。ところが3作目の「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」(2011)は、何とアポロ計画の月面 探査が関わってくる陰謀論みたいな話だと言うではないか。たかがオモチャ映画なのに妙なことをやり始めたな…と、またまたこのシリーズが気になり出す。お まけに大好きな3D映画とあって、結局2作目は見なかったのに3作目からシリーズに復帰することになってしまった。すると…これが中身カラッポながらもそ れなりに面白いのだ。バカ映画はバカ映画なりに、それを全うしていて潔い。3D効果も満点だったし、マイケル・ベイ映画としては今まででもベストではな かっただろうか。こうなると、新たにシリーズを再起動させて本作をつくる…と聞いたら、もう見ないわけにはいかない。今度は大いに期待を持って、スクリー ンと対峙することになったわけだ。

ここからは映画を見てから!

みどころ

 そのバカバカしいまでの中身カラッポぶりは、今回も変わらない。これは決してケナし言葉ではなくホメ言葉だ(笑)。マイケル・ベイらしいハッタリ感もたっぷりで、「ダークサイド・ムーン」では月面探査に関する陰謀論的なストーリーが面白かったが、今回は「プロメテウス」 (2012 )を思わせるような、地球の生命に関わるお話になっているのが興味深い。しかも構成としては、アメリカ国内で大暴れした後で香港〜中国に舞台を移しての再 度の大乱闘…というサービスぶり。さらにちょっと感心したのは、トランスフォーマーたちがドッカンバッカンと破壊しまくる大味な見せ場ばかりでなく、合間 にマーク・ウォールバーグたちがチョロチョロと暴れる人的アクションを挟み込んでいること。ちゃんと体が動くウォールバーグの起用は大正解! 意外に細か い合わせ技で見せていくところに、マイケル・ベイもちょっと進化したかなと思ったりもした。

こうすれば

 ただ、今回そのバカ映画っぷりをストレートに楽しめたのか…というと、実はちょっと残念なことがある。正直に言って中身のない娯楽大作に2時間40分を 超える尺というのは、いくら何でも長過ぎるのではないか。いくら派手な破壊と乱闘を詰め込まれても、さすがにそればっかりでこの長さはキツい。構成から見 ても前半のアメリカと後半の中国〜香港が完全に剥離して見える。マイケル・ベイとしては2本分のボリュームをブチ込んだサービスと思っているのかもしれな いが、映画の構成としてはこれはどう見ても蛇足なのだ。何となくこの後半部分は、ハリウッド映画の新たな市場となっている中国への目配せで「追加」された 感じがする。そうなると商売上は成功したのかもしれないので外野がとやかく言うことではないが、映画としてはどうなんだろうか。しかもそこで描かれている 中国本土と香港との距離が、極端に近くにあるように描かれているのも違和感がスゴい。正直言って瞬時に行ったり来たりできる距離ではないだろう(笑)。マ イケル・ベイはおそらく中国本土と香港の位置とか距離感がまったく分かっていないのではないか。また物語の中盤に出てくる中国女優リー・ビンビンの、登場 の「唐突感」もスゴい。意味もなく説明もなしにいきなり出て来て、重要人物のように振る舞ってはいるのだが、別にいなくてもいい人物なのだ。これも中国市 場へのサービスなんだろうか。リー・ビンビンは「ドラゴン・キングダム」 (2008)でも活躍している若手女優だが、「ドラゴン・キングダム」の時はフレッシュな魅力を感じたのに今回はやたらにメイクがケバくてビックリ。まる で歌舞伎役者みたいに本来の顔が全然分からないほどの厚塗りで、役の必然性がないこともあって残念な結果になってしまった。これはひょっとすると「中国と の合作」という体裁をとるための、単に出てればいい…という役どころなのかもしれない。そういう映画のあり方ってどうなんだろうねぇ。そしてトランス フォーマーと人間との間の葛藤として、「もう人間を守るのはやめる」「人間を見捨てないでくれ」「やっぱり人間を守る!」…ってなやりとりが出てくるが、 それって「ダークサイド・ムーン」ですでに出て来た話じゃないのか。っていうか、結局「トランスフォーマー」ってそういう話しかないのか。せっかくここま でバカバカしいまでのカラッポ映画を作ったのだから、そんなくだらない話をグダグダ繰り返さないで欲しかった。

さいごのひとこ と

 さすがにもうネタも出尽くしたか。

 

「ルーシー」

 Lucy

Date:2014 / 10/ 13

みるまえ

  リュック・ベッソンがアメリカ映画に傾倒していることは、そのキャリアのかなり初めの頃からチラついていたし、「レオン」(1994)や「フィフス・エレ メント」(1997)に至っては露骨なくらいだった。さらに監督をしないリュック・ベッソン・プレゼンツの作品群を連発し出した頃にはモロにアメリカ映画 にすり寄っていったわけだが、それでも自らの監督作品においては、「アンジェラ」(2005)あたりまではフランス映画としての片鱗をまだ留めていたような感じがあった。しかし、いまやそれも過去の話。監督作としては前作にあたる「マラヴィータ」 (2013)に至っては、撮影場所こそフランスだがそれ以外はアメリカ映画と言ってもいいお話とキャスティングだ。この新作「ルーシー」でも、それはより 一層押し進められた感じ。「マラヴィータ」のロバート・デニーロ、ミシェル・ファイファーあたりは、ある程度ロートルになったからフランスのベッソン映画 に出たか…という感じもしたが、今回の「ルーシー」のヒロインを演じるスカーレット・ヨハンソンは現代アメリカ映画の現役バリバリ、最前線のトップスター だ。今はもうこのクラスの人でもベッソン映画に出ちゃうのか。脇を固めるのが名優モーガン・フリーマンというのも、「ダニー・ザ・ドッグ」 (2005)ですでにベッソン印を経験済みとはいえ充実したキャスティングでビックリ。街にベタベタ貼り出されたポスターの宣伝コピーによれば、「普通の 人間はせいぜい脳の10%しか使ってないけど、彼女は100%使えるようになって…云々」というようなお話らしい。ってことは、これはSFなんだろうか?  しかしベッソンのSFと言えば、中学生なみの発想の「フィフス・エレメント」で懲りてるからなぁ…。そんなわけでコワゴワと見たこの作品、感想をアップ したのがこんなに遅れたのは、例によって例のごとし…。

ないよう

  生命が生まれたのは数十億年も前もこと。それから比べれば、今まさに水辺に佇んでいる類人猿から、現代人になるまでの歴史など一瞬だ。ここは台湾の大都 会・台北。留学中のルーシー(スカーレット・ヨハンソン)は、ちょっとばっかりオツムも尻も軽いアメリカ女。今、彼女は高級ホテルの前に、いかにもチャラ ンポランなリチャードという男(ピルー・アスペック)と一緒に立っている。この男とはクラブでどんちゃん騒ぎをしてはヤクをキメたりする仲ではあったが、 妙なことを頼み込んできたのでさすがのルーシーも警戒気味だ。実はリチャードは、ルーシーにあるアタッシェケースを押し付けていた。彼はそのアタッシェ ケースをホテルにいるジャンという男に届けることになっていたのだが、事情があって顔を出せないという。それでルーシーに、このアタッシェケースを届けて ほしいと言っているのだ。しかし、どう考えたってインチキ臭い話だ。ルーシーもさすがにイヤがって逃げようとする。ところがリチャードは、隙を見てルー シーの腕に手錠をかけて、アタッシェケースを括り付けてしまった。こうなったら、どうしたって彼女がホテルに行くしかない。イヤな予感しかしないが、ルー シーはビビりつつホテルに入って行く。フロントにやって来たルーシーは、ジャンという男を呼び出す。するとやって来たのは数人のいかにもコワモテな男た ち。どう見たってヤバい。おまけにホテルの外に目をやると、能天気な顔をして手を振っていたリチャードが、その場でアッサリ射殺されてしまうではないか。 マズいと思ってももう遅い。ルーシーは男たちにガッチリ捕まえられて、そのままホテルの上階にあるジャンという男の部屋へ。ジャン(チェ・ミンシク)は想 像通り、東洋人のマフィアの大ボスだった。ジャンは怯えまくるルーシーにアタッシェケースを開けるための暗証番号を教えるが、当のジャンや部下たちはみん な壁の向こう側に隠れてしまった。みんな、アタッシェケースに爆弾が仕掛けられているのを恐れているのである。幸いなことに、ケースが開いても爆発は起き なかった。中に入っていたのは青い顆粒状の薬品が入った袋が4つ。部下たちによって一人の男が部屋に連れて来られ、このクスリを微量だけ麻薬よろしく吸わ されると…苦しがったりハイテンションで暴れたり。それを見たジャンは、アッサリこの男を射殺。愕然とするルーシーに、ジャンは協力を持ちかけた。何をさ せられるのか戦々恐々のルーシーだったが、ついつい持ち前の反抗心が出たのがまずかった。「イヤだと言ったら?」…言い終わる前に強打されて気絶。次に意 識を取り戻した時、ルーシーは腹部に痛みを感じていた。見ると腹に包帯が巻いてあり、何やら手術らしきモノが施されているではないか。何と彼女の腹には例 の青い薬物が縫い込まれ、彼女は同じ部屋にいる3人の男たちと共に薬物の運び屋にされてしまっていた。こうしてルーシーはクルマに乗せられ、夜の街へ。と ころが空港ではなく、あるチンピラたちの巣窟へと連れて行かれる。どうやら別のヤクザに拉致されてしまったらしい。そこでヤクザの逆鱗に触れて、バンバン 腹を蹴られたからたまらない。なにせ手術されたばかりの腹だ。おまけに、腹の中には例の薬物が入った袋が仕込まれていた。これが何度も蹴られたショックで 袋の一部が破れ、薬物がルーシーの体内に溶け出した。この薬物の効果は、たちまち劇的に現れた。ルーシーは殺風景な部屋に一人で閉じ込められていたが、苦 しさからかトリップのせいか、もがいてもだえてのたうち回った…。その頃、ある大学の講堂で一人の科学者が講演を行っていた。その科学者とは、世界的な脳 の権威であるサミュエル・ノーマン博士(モーガン・フリーマン)。講演の議題は、「人間の脳をすべて活用したら?」というもの。人間は脳の機能の10%し か使っていないと言われる。しかしその度合いが拡大していったら、果たしてどんなことになるのだろうか? 仮に40%程度まで増えたら、すべてを自在にコ ントロールできるようになるだろう。では100%使えたら?…どうなるのか博士にも想像もできない。仮に20%使えるとすると…。大混乱の果てに意識を 失ったルーシーが目覚めると、なぜかやけに意識がクリアになって冷静になっていた。彼女は部屋に入ってきたヤクザを誘惑。近寄って来たところを痛めつけ て、あっという間に倒してしまう。椅子に縛り付けられていた彼女は、体の自由を取り戻しただけでなく銃も手に入れた。そのまま部屋から出てくるや、外で見 張っていたヤクザたちを瞬殺。肩に一発弾丸を受けても慌てず騒がず自分で抜き出して、その場にあった食い物をむさぼり食らう。さらに周囲の武器をかき集め てバッグに詰めると、夜の街へと飛び出した。もうルーシーは以前の彼女ではない。彼女は溶け出した薬物によって、明らかに覚醒を始めたのであった…。

みたあと

  「人間の脳の機能を100%活用できたら?」…云々というのがテーマみたいに売られている本作。リュック・ベッソンもそれが作品の主題みたいな大層なこと を言っている。しかし、ぶっちゃけ僕が見た限りでは、そんな立派なお話なんかじゃない。本筋のお話と平行してモーガン・フリーマンの脳のお話がもっともら しく語られているから立派な感じがしているけれど、実際にはそれってこけ脅しだ。実は全然なくても問題ない。リュック・ベッソン映画らしくパリに舞台を移 してからは、なおさらその観が強くなる。基本的には特殊な能力を身につけた女の子が大暴れ…っていうお話でしかない。何のことはない、「ニキータ」 (1990)の再来でしかないのである。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

 だからお話は思いっきり雑だ。脳を何パーセント活用したからって、勝手にテレビ画面や携帯電話に割り込んでいけるとは思えな い(笑)。発想が例によってマンガなのだ。大げさに脳の学問みたいなモノをご開帳に及んでいるけど、前述したようにそれらは全部カットしたってまったく問 題ない(笑)。所詮は女の子とヤクザの戦いでしかない。リュック・ベッソン自身が脳を何パーセントも活用していないんじゃないか…と思われそうな、頭悪そ うな脚本(笑)。第一、チェ・ミンシク演じるマフィアの連中は、こんな強敵相手に勝てると思っていたのか。わざわざ全滅させられるためにパリくんだりまで 出張ってくるとは、こいつらこそ頭が悪そうだ。その他にも、ルーシーの体にクスリが回り始めるくだりの演出で、「ザッツ・エンタテインメント!」 (1974)にも出て来て大ウケだった「恋愛準決勝戦」(1951)の名場面を再現。フレッド・アステアが壁や天井に登って踊るというトリック撮影のテク ニックをそのまま使っているが、それがいかにも「オレって映画に詳しいし、映画史にリスペクトしてるだろ?」と言いたげな感じで少々イタい。「TAXi」 (1997)のオープニングで、公開当時「パルプ・フィクション」(1994)に使われて話題になっていたエレキギターの曲をそのまんま平気で使ってい た、リュック・ベッソンならではの恥ずかしいセンスが炸裂。穿った見方をするとアメリカからヨハンソン、フリーマン、韓国からチェ・ミンシク、そしてなぜ かエジプト出身のアムール・ワケドを起用するってキャスティングも、「オレってワールドワイドな感覚でキャスティングしてるだろ?」的なドヤ顔が浮かんで くる。実際にはこのバカみたいな悪役をわざわざ「シュリ」(1999)や「オールド・ボーイ」 (2004)の名優チェ・ミンシクに演じさせるのはもったいない気もするし、エジプト出身で現在はアメリカ国籍のアムール・ワケドを、なぜかフランスの刑 事役に使うのも意味不明。単なるベッソンの自己満足で行われた大げさキャスティングって気がしてしまう。台湾なのに何で韓国人マフィアなのか?…というの も、ひょっとしてリュック・ベッソンは「東洋人ならどうでもいいじゃん」くらいの雑な発想でやらかした感じがする(笑)。映画の後半にはルーシーの意識が どこまでも覚醒・拡大していって、地球の歴史を遡ったりコンピュータと融合したり…という派手なお話になっていくけれど、これも外見だけデカく見せかけた 粉飾決算みたいなもの。どこまでもエスカレートしていったルーシーの変貌が結局は一個のUSBメモリーに化けて終わり…というエンディングを見ても分かる 通り、上げ底な割には中身がらんどうで内実はショボい映画に落ち着いてしまっている。リュック・ベッソンの中学生男子並みのバカさが全面展開した映画なの だ。

みどころ
 では、この映画はダメでキライなのか?…と言われれば、実はそうではない(笑)。ベッソンは立派な映画に見せたいのだろうがそいつは否定するとして、つまらないかと言えばノーだ。おそらくはテレンス・マリックの「ツリー・オブ・ライフ」 (2011)を見て「オレもあんなのやりたい」とか思って作ったことはミエミエで、トリップすることで人類や生命の起源へと戻っていく…という発想は「ア ルタード・ステーツ/未知への挑戦」(1979)からのイタダキだろうと想像がつく。そんな風に自分の好きな映画、やりたい映画のあっちこっち切り抜いて ベタベタ貼り合わせるというパッチワーク的な映画作りを臆面もなくやってるあたりは呆れちゃうが、そのあたりの中学生的な感覚は必ずしもキライじゃない (笑)。どんどんイケイケで話を無責任にエスカレートさせていくあたりも、ボケッと見ているぶんには楽しいのだ。何より上映時間が1時間半ぐらいというの がイイ。コンパクトにこれだけの内容を詰め込んでいるあたり、サービス精神は認めたい。くだらない映画だが、愛すべきくだらなさなのである。

さいごのひとこ と

 ベッソンはもう少し脳を使った方がいいかも。

 
 

「ソニはご機嫌ななめ」

 Our Sunhi

Date:2014 / 10/ 13

みるまえ

 「ヘウォンの恋愛日記」 (2013)とほぼ同時公開されていたホン・サンスの新作。「ヘウォン」は奔放な若い女の子に振り回されるオッサンを描いたお話だったが、どうもこの作品 も同系統の作品らしい。となると、このパターンが現在のホン・サンスのお気に入りのフォーマットなのだろうか。しかし、この「ソニはご機嫌ななめ」とい う、J-POPみたいなチャラいタイトルは何とかならなかったのか。そんなことを思いながらも、僕はイソイソと劇場に足を運んだ。感想文がこんなに遅れた のは…ここから先は毎度の言い訳。

ないよう

  大学のキャンパスに、久々にソニ(チョン・ユミ)がやって来た。しばらく姿を消していた間、どこに行っていたのか誰も知らない。ソニはたまたま出会ったサ ンウ(イ・ミヌ)にチェ・ドンヒョク教授の居場所を聞いてみたが、先輩いわく今日は来てないとのこと。しかし、実際にはドンヒョン教授(キム・サンジュ ン)はちゃんとキャンパス内にいた。彼女の頼みは、ドンヒョンに推薦状を書いてもらいたいということ。アメリカ留学を思い立った彼女は、そのための推薦状 を書いてもらおうとキャンパスに足を運んだのだ。ドンヒョン教授は最初はあまり彼女の留学に賛同していなかったが、可愛いソニにねだられたらイヤとは言え ない。結局、最終的には書くことを約束させられるのだった。その帰り道に再びサンウと出会ったソニは、何で「教授がいない」とウソをついたのだ…と罵倒。 そんなこんなで一杯やりたくなったソニは、建物の2階にあるチキンの店に入る。しかし店員の女の子に「酒だけの注文お断り」と言われたので、仕方なく食い たくもないチキンも注文。ふと2階の窓から下の通りを眺めていたソニは、懐かしい顔を見つけてつい声をかける。それはソニの先輩で、かつての恋人ムンス (イ・ソンギョン)だ。ソニに声をかけられたムンスはまんざらでもない感じで、イソイソと店に入って来た。あわよくばかつての恋愛の再燃…を狙っていたム ンスは、酔った勢いもあってソニにグダグダと絡み始める。ムンスが「自分の映画のテーマはソニ」などとブチ上げ始めると、持て余したソニはムンスを店に置 いてサッサと帰ってしまった。こうなると気持ちのやり場がないのはムンスである。悶々とした気持ちを抱えたムンスは、とあるアパートの2階に向かってデカ い声を張り上げる。「先輩!」…呼んでも音沙汰ないとなると、携帯で呼び出す始末。しぶしぶ電話に出たのは、ムンスの先輩で映画監督のジェハク(チョン・ ジェヨン)。ジェハクにはジェハクなりの予定があったからなのか、そもそもムンスと会うのが気乗りしないのか、ムンスからの呼びかけにもなかなか乗って来 ないジェハク。それでも近所のなじみの飲み屋に散々ムンスを待たせたあげく、やっとこ重い腰を上げてやって来た。当然のことながら、ムンスの酒は悪い酒 だ。ソニが忘れられないなどとクドクド言い始めるムンスに、ジェハクは最初からウンザリ。それに気づいたか、ムンスは今度はジェハクに「オレを避けてるで しょ?」と絡んでくる。飲み屋のママさんが頼んだチキンはいつになっても来ないし、今夜も長い夜になりそうだ。その翌日、大学に行って、ドンヒョン教授か ら推薦状を受け取るソニだったが…。

みたあと

 いいトシこいたオッサンが、若い女子大生に振り回されるお話。とはいえ、その女子大生もちょっとアレな感じ…というのがこの前見たばかりの「ヘウォンの恋愛日記」だったが、明らかに本作も、その「ヘウォン」と近い関係にある作品だ。本作も「ヘウォン」同様に「教授とわたし、そして映画」 (2010)以降の新しい傾向が出ている作品で、いわゆる「ヒロイン」映画。ただし、「ヘウォン」よりかなりアレな主人公が登場し、総勢3人の男たちが彼 女に振り回されるハメになる。そう、今回の映画では男どものバカさは毎度のことながら、ヒロインがかなりアレ(笑)。そこをたっぷり笑っちゃおうという趣 向である。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  ヒロイン目線のホン・サンス作品としては「教授とわたし、そして映画」以来…と先ほど書いたばかりだが、その時のヒロインを演じたチョン・ユミが今回もヒ ロインを務める。このチョン・ユミ演じるソニのチャッカリぶりがとにかく相当なもの。教授にアメリカ留学のための推薦状を書いてもらっているのに、内容が 気に入らないと書き直させたりする(笑)。もちろん教授が自分に気があることは十分承知の上。一緒に飲みに行って、抱きついたりするから始末が悪い。かと 思うと先輩映画監督とバッタリ会って、この先輩の気を引くという八方美人ぶり。またしても飲みに行ってはベタベタ。もちろん自分は男に好かれると100 パーセント分かっての行動である。さらにそれに先立って、すでに別れた元カレにもわざわざ声をかけて飲みに行っていて、焼けボックリに火をつけている。タ チが悪いのは、火をつけるだけつけてサッサと帰ってしまうあたり。悶々とした元カレはその気持ちを先輩にぶつけたりしていくうちに、どんどん延焼していく (笑)…という展開だ。まぁ、ハタ迷惑な女なのである。見ようによっては「小悪魔」的…などと言うこともできるし、現にたぶんこの映画を配給している会社 や一部の批評家などは、そういうことにして女ウケを狙っているようだ。たしかに男どもは3人が3人とも人の受け売りとも知らず同じようなことをグダグダ偉 そうにしゃべるアホばかりで、「やっぱり何でもトコトンやらにゃダメ!」…みたいないいこと言ってるみたいで実は何も言っていないような言葉を繰り返し繰 り返し並べ立ててる。ソニのことだって「オマエは内向的」とどの男も言っているけど、どう見たって内向的な女のすることじゃない(笑)。どの男もまったく 女を見る目がない。だから、「男は女には敵いません」…みたいに女を持ち上げて、女にオベンチャラを言う映画みたいに本作を売ることも可能だ。しかし、 やっぱりホン・サンスは、「人を冷ややかにバカにして見る」という点においては平等なんだなあ(笑)。このソニが教授に書き直させた推薦状は、まるでヤケ クソみたいにベタホメした内容に変えられていた。ちょっとは節度のある人間ならさすがに冷や汗出てきそうなものだが、ソニはそれを読んで「ワタシはこんな に優れているのよねえ」などと納得しているみたいに見えるから、相当な自画自賛の鉄面皮ぶり。明らかにホン・サンスは、この女の子もバカにしているのであ る。3人の男を手玉にとってイイとこ取りしようと思ってたつもりが、3人同時に鉢合わせという事態になって慌てて逃げ出すくだりの滑稽さ。実は最近、ホ ン・サンスは以前ほどエリック・ロメール臭が感じられなくなったと思っていたが、本作のこの終盤は久々にロメールの「友だちの恋人」(1987)のエン ディングを思わせる爆笑の幕切れ。いやいや、笑わせていただきました。本作はあのチャラい邦題よりも、英語題名「Our Sunhi」を「オレたちのソニ」とでも訳した方がグッと感じが出てくると思う。気取った女の客は引くだろうけど(笑)。それ以外にも繰り返し出てくるチ キンへの執着ぶりとか、エピソードの終わりに何度も出てくるロシア民謡風の歌謡曲(?)とか、気になる点はいくつもあるが、それらについてはよく分からな いので分析は他の人に任せる。とにかく今回は(今までも実はそうだったのだが)、完全にコメディと見ていいだろう。

さいごのひとこ と

 チキンを出前でとる飲み屋なんてあるのか?

 
 

「ヘウォンの恋愛日記」

 Nobody's Daughter Haewon

Date:2014 / 10/ 06

みるまえ

 最近あまり元気がない韓国映画だが、この人だけはペースを落とさずコンスタントに作品を発表しているようだ…ホン・サンス。つい先日、イザベル・ユペールを主演に迎えた「3人のアンヌ」 (2012)を見たばかりなのに、またまた本作と「ソニはご機嫌ななめ」(2013)の2本ひとまとめで公開というのだから、どんだけ作品を撮りまくって いるのか。似たような設定で繰り返されるホン・サンス作品の世界だが、たぶん今回も同じような話…と思ってもやっぱり見てしまう。ただ、そんな不変のよう に見えるホン・サンスの世界も、どうも最近ちょっとずつ変化が訪れているようでもある。見たのはかなり前になってしまって申し訳ないが、感想文を書きにく い映画ということでご勘弁いただきたい。

ないよう

  女子大生ヘウォン(チョン・ウンチェ)は、喫茶店で人を待っている。カナダに移住する母親と、最後に会うことになっているのだが…。街を歩いている時、ヘ ウォンは突然、見知らぬ外国人の女に呼び止められる。見ると、それはジェーン・バーキン(ジェーン・バーキン本人)ではないか。しかし「ウエスト・ヴィ レッジはどこか?」と聞かれて、まったく分からずお手上げ。諦めて別れたところ、ふとピンと来たヘウォンは慌ててバーキンを呼び止める。「ウエスト・ヴィ レッジ=西村(ソチョン)? アイ・ノウ!」…そんなこんなで、バーキンと親しげに話すヘウォン。ワタシ以前イギリスに留学したことがあるんです、娘さん のシャルロットの大ファンなんですよ、娘さんみたいになれたら何でもします…。気づいたら、それは喫茶店で居眠りして見た夢だった。やがて店に母親(キ ム・ジャオク)がやって来て、二人は最後の思い出づくりに…と西村の街をほっつき歩く。その途中、ヘウォンはあるホテルに目を留める。そこは、彼女にとっ てのちょっとした「思い出」のホテル。実はヘウォンは、妻子持ちの男と不倫をしているのだ。その男の名はソンジュン(イ・ソンギュン)。映画監督で彼女が 通っている大学の教授もしていた。ここだけの話、そろそろ別れようかという気分もチラホラ。しかし母親と別れたヘウォンは、無性に寂しくなってソンジュン を電話で呼び出した。嬉々としてやってくるソンジュン。こうして二人で夜の街を歩き始め、「酒でも飲もう」と居酒屋にやってくると…目の前で大学の同級生 たちが店に入っていくのが見える。彼らに二人が一緒のところを見られてしまったかも、見られたのなら怪しまれないように店に入るしかない…そんなわけで、 気乗りしないまま店に入っていく二人。最初は教授と教え子たち…という構図で和やかに飲んでいたが、途中から酒の力もあって話題が妙な方向に進んでいく。 たまたま教え子たちの中に、ヘウォンがかつてつきあって別れた男がいたのもマズかった。男心を翻弄しているかのようなヘウォンは、実はすこぶる女子生徒の 間で評判が悪いのだ。最初は彼女がトイレに立った時にチラホラしていた文句が、いつの間にやら大っぴらに。おまけに「何で教授とヘウォンが一緒にいたん だ?」という話になってきたから、ソンジュンもウカウカ酒を飲んでいられない。「たまたま会っただけ」で話を押し通すつもりが、気まずい雰囲気にキレたヘ ウォンが本音をブチまけ、ソンジュンの努力は水の泡。おまけにヘウォンはケツまくって店を出て行っちゃったので、取り残されたソンジュンは針のムシロ だ…。それから数日後、ヘウォンとソンジュンは手近な行楽地である南漢山城を登っていた。天気はイマイチだが、好き合っている二人のピクニック・デート… となるはずだったのだが…。

みたあと

  毎度おなじみホン・サンス映画。基本的にはかつてのエリック・ロメール映画のスタイルを踏襲。主役か準主役には、ほとんどいつも撮れなくなって大学で教授 やってる映画監督という設定(こういう映画監督が韓国にはゴロゴロしてるのか?)。もっともらしいことを言いながら世俗にまみれてスケベ根性丸出しの情け ない男たちを、ひたすら意地悪く見つめる…というのが一貫した作風。それは今回もまったく揺るがないように見えるが、実はホン・サンス映画はちょっと前か ら微妙に変わって来ていた。正確には一昨年(2012年)の冬のホン・サンス作品連続上映の中の一作「教授とわたし、そして映画」(2010)あたりから、その片鱗は見え隠れしていたように思える。主人公というか作品の主導権は男から女に移り、女目線でだらしない男たちを俯瞰する構図を描き始めているのだ。

ここからは映画を見てから!

みどころ
  奔放な若い女に翻弄され、彼女の視線から見た男たちのだらしなさが描かれる…。こういう構成をとった場合、「やっぱり男は女に敵わねえや」的なパターンを とるのが定石だろうし、実際この作品も表層的に見るとそう見えないことはない。映画の宣伝や批評もそういう方向で語られているものが多いのは、やはり映画 観客の大多数を占める女性を意識したものなのだろう。まぁ、要は女をおだてていい気分にさせないと映画は当たらない(笑)。しかしながら、ホン・サンスは そんな「物わかりのいい男」ではない(笑)。実は、ジワジワとヒロインの女の子も意地悪く見つめているのだ。ご本人は海外留学したことで他の生徒たちと 「ちょっとステージが変わった」気になっているようで、そんな隠された思いが「夢」のかたちでチラチラと露出してくる。冒頭近くのジェーン・バーキン登場 場面(!)とか、後半に出てくるアメリカで大学教授をやっている男がの登場場面などがそれだが、ことごとく「外国」がらみというあたりが「いかにも」な感 じ。後者など、この大学教授が「ちょっとマーティン・スコセッシに電話」しちゃったりするあたりのミーハーぶりも笑える。ヒロインと不倫関係を続ける俗物 の元映画監督もだらしない男だが、そんな男にオベンチャラ言われたヒロインも調子こいて、「ワタシは悪魔よ」とか「ワタシは意思が強い」とか言ってるから 相当にイタい。当然のことながらこんな彼女は大学の仲間にもメチャクチャ嫌われていて、本人がトイレに立つや出るわ出るわ悪口の数々(笑)。ところがその 理由がまた語るに落ちたものばかりで、ハーフだからとか金持ちだからとか…もうこいつらも目クソ鼻クソのレベル。老若男女すべての人々に平等に意地悪な視 線を投げかけているのが、ホン・サンスならではなのだ(笑)。ドラマの構成としては先に述べたように「教授とわたし、そして映画」を踏襲している部分が多 く、映画監督兼教授の男を翻弄する女子大生という設定、山へのピクニックが繰り返し登場すること…などの共通点が挙げられる。さらに「教授とわたし、そし て映画」では音楽の隠し味として「威風堂々」がしつこくリフレインしていたが、今回もまたまた誰でも知ってるクラシック名曲が登場。ヒロインのお相手の映 画監督兼教授が、山にわざわざラジカセ持って来てベートーベンを聞かせるのだ。ところがこれがまたちょっとポップス風にアレンジしたシロモノで、おまけに ラジカセから流しているからショボさ満点。ヒロインとくだらないことでケンカ別れしたこの男が、ひとりベンチに座ってラジカセでチンケなベートーベンを聞 いて涙ぐんでいるくだりは、思わず爆笑せざるを得ない好シーン。ところが映画館には真面目なシネフィルしかいなかったのか、誰一人としてクスッとも笑って いなかったのには驚いた。いやぁ、こりゃみんな絶対これがコメディだって分かってねえよなぁ…。さらに、なぜか映画の後半に「ハハハ」 (2010)に登場したパン・チュンシク(ユ・ジュンサン)とCAのアン・ヨンジュ(イェ・ジウォン)の不倫カップルが、ヒロインの友人ということで再登 場してくるのだ。ややや、これはホン・サンス作品も壮大なパラレル・ワールド化してくるってことなのか? いろいろな意味で、ますますホン・サンスの今後 が気になってきた。

さいごのひとこ と

 外国人スター出演は恒例化か?

 
 

「イントゥ・ザ・ストーム」

 Into the Storm

Date:2014 / 10/ 06

みるまえ

  言わずと知れた竜巻の映画。竜巻の映画といえば僕あたりはどうしたって「ツイスター」(1996)が頭に浮かぶが、あれからすでに20年近くが経っている となれば、CG技術も格段に進歩を遂げているわけだし、改めて竜巻映画を作る意味もあろうというもの。気になるのは「ツイスター」が当時「スピード」 (1997)で名を売ったばかりのヤン・デ・ボンの監督、そこそこ名を知られたヘレン・ハントとビル・パクストンが主演した作品だったのに対して、今回の 作品は監督も主演もイマイチ知らない連中ばかり。題材が題材だけに、いかにも中身が空っぽな見世物映画の予感がする。知り合いの映画ファンからの反響や世 間の評判もまったく聞こえてこないのが、何となくイヤ〜な予感を醸し出すのだが…。

ないよう

 アメリカ 中西部オクラホマ州の田舎町でのこと。高校生カップル2組が、夜のドライブとしゃれこむ。当然のことながら少々よからぬ期待もあったりして、遠くで雷鳴が 聞こえたり嵐の兆しがしたりするのもカップルにはちょっとした刺激。しかも遠くの街灯がバリーンと火花を散らして割れたのを見たら、男の子二人は興奮を隠 せない。これは何やらスゴそうだと、スマホで撮影しようと大騒ぎだ。やがてより近くの街灯が割れたが、その時もまだ彼らは大喜び。しかしもっと近くの街灯 が割れた時、そこに何やら渦のようなモノが見えるに至って、彼らは事に重大さに気がついた。しかし、時すでに遅し。急いでクルマを急発進させようとして も、彼らはもう「それ」に捕らえられていた…。翌朝のテレビは、巨大な竜巻の襲来とそれによる高校生4人死亡のニュースを知らせていた。それを聞いて、大 いに苛立つ男がひとり…それはドキュメンタリー映画作家のピート(マット・ウォルシュ)。このピートと一緒にクルマに乗っているルーカス(リー・ウィテ カー)、ジェイコブ(ジェレミー・サンプター)という二人のクルー、さらに後ろから彼らを追いかけるバンに乗った気象学者アリソン(サラ・ウェイン・キャ リーズ)とダリル(アーレン・エスカーペタ)は、地球の異常気象を扱ったドキュメンタリー映画を撮影中。しかし不運なことに、竜巻だけは撮影することが出 来ていなかった。昨日も結局オクラホマ州の竜巻を逃してしまうハメになった。ピートはせっかく竜巻のために特別仕様の装甲車「タイタス」を用意してやって きたのに、今のところは宝の持ち腐れ。スケジュール的にも予算的にもギリギリのところに来ていて、ピートは周囲の誰もに八つ当たり。アリソンにも「どうし て竜巻を予想できないんだ」とイヤミを垂れ流す。仕事とはいえ幼い娘を実家に置いたままのアリソンにとっては、泣きっ面にハチという感じ。何とか竜巻がシ ルバートンの街に発生しそうだというデータを得て、一同は移動を開始する。一方、ここはコロラド州シルバートンの町。今日、卒業を迎える高校生ドニー (マックス・ティーコン)は、25年目の自分に向けてのビデオを録画中。それは高校のタイムカプセルに入れられる予定だ。弟のトレイ(ネイサン・クレス) は生意気盛りで、ちょっとオタクな兄ドニーをナメてる観もある。一家の父親ゲイリー(リチャード・アーミティッジ)は高校の教頭でもあり、今日の卒業式の 式典のことで頭がいっぱい。そんな父親に距離を感じてか、学校までクルマに乗せて行くという父ゲイリーを無視して、チャリで出かけてしまうドニーだった。 一方、冒険バカを自任して次から次へとくだらない試みをしてはYouTubeに上げているドンク(カイル・デイビス)とリービス(ジョン・リーブ)の二人 は、今日も今日とてカメラを持って悪ふざけ。庭のプールをドンクが乗ったバイクで飛び越そうとして、プールそのものをブチ壊してしまった。それなのに「大 成功!」と大喜びのホンマモンのバカ2人組。彼らはまたまた次の悪ふざけのターゲットを探し始めたのだが…。さて、その頃高校では、先生に何やら厳しいこ とを言われているらしきケイトリンという女の子(アリシア・デブナム=ケアリー)が浮かぬ顔。兄ドニーが彼女に想いを寄せていることを知るトレイは、彼女 のところへ行って励ませ…とドニーにけしかける。これに背中を押されたドニーは、なけなしの勇気を奮ってケイトリンのもとへ。グダグダな状態ながら彼女に 話しかけてみると、どうも彼女の卒業制作のビデオがなぜか消去されてしまった…ということらしい。それは近隣にある工場跡から出てくる環境汚染を扱ったビ デオだとのことだが、このままだと卒業制作を認められなくなってしまうという。さすがに困惑するケイトリンを見たドニーは、「これからそのビデオを撮影し ちゃおう」と提案。卒業式が迫っているのに、それを放ったらかして工場に撮影に行くことにする。卒業式の撮影は弟のトレイに任せて、ドニーはケイトリンと 出かけてしまった。さて、シルバートンの街にたどり着いた「タイタス」のチームだが、嵐はどこかに行ってしまってガッカリ。またぞろピートはキレかかる が、突如ヒョウが降り始めて一同は狂喜乱舞だ。さらにはお目当ての竜巻も発生する。そんなこととはつゆ知らず、高校では卒業式が始まった。「タイタス」の チームは、竜巻を追って走りに走る。例の冒険バカ二人組も「竜巻来い!」とばかりに原っぱで待ち構えるという、不用心にも程がある状況だ。ところが竜巻 は、どんどん高校の方向に進路を変えていく。その高校では、卒業式は今まさに進行中。すでに雨が落ちて来て風も強くなってきていたが、空気の読めない校長 はつまんない式辞をダラダラしゃべっている。いよいよマズいとなった時に式を慌ただしく終わらせたが、すでに風は暴風の域に達しつつあった。教師たちや生 徒、父兄たちは一斉に校舎に殺到。ゲイリーもトレイと共に慌てて建物に入っていくが、ビデオ撮影に固執ししていたトレイは、ガラスを破って突っ込んで来た 大木に危うくつぶされそうになって肝を冷やす。ゲイリーは教頭として全員に何かに捕まるように呼びかけるが、そう言うか言わないかのうちに竜巻が校舎を直 撃。部分的に天井が引っ剝がされて、そこから生徒が吸い出されてしまったりする。凄まじい突風と振動に翻弄されて生きた心地のしない何分間かが過ぎると、 何とか校舎は元の静寂を取り戻した。ホッと安堵の吐息を漏らしたゲイリーは、今さらながらにドニーの不在に気づく。竜巻はこの場を通過したものの、まだ消 えたわけではない。ドニーは一体どこにいるのか? その頃、ドニーは例のケイトリンと一緒に、何も知らないまま町はずれの廃工場でビデオ撮影をしていたの だが…。

みたあと

  正直言って、誰がどう見たって竜巻のCGが売り物の「見世物」映画。それしか期待できそうにないし、実際、期待してもいない。驚いたのは、てっきり3D映 画だとばかり思っていたら、どうやらそうではなかったことだろうか。だからと言って、「見世物」映画であることには微塵の疑いもない。監督のスティーブ ン・クエイルって人が、「ファイナル・デスティネーション」シリーズの5作目(!)「ファイナル・デッドブリッジ」(2011)に次いで撮っているという あたりからして、まぁ「そんな映画」だろうという想像はつく。役者はどれもパッとしない顔ぶれ。こうなると、とにかく派手に竜巻を見せてくれればいい…と いうのが僕の唯一の願いだ。果たして、その願いは映画が始まってすぐに叶えられた。

ここからは映画を見てから!

みどころ
  「つかみはオッケー」のショッキングなオープニングが秀逸。そして本題に入ってからも、竜巻は比較的すぐに発生。あまりに早く竜巻が登場するので、こりゃ あ話がもつかな…と心配になった。正直言って竜巻なんてどれもこれも同じ。最初は迫力でワクワクしても、すぐに飽きちゃうんじゃないかと思ったからだ。と ころが驚いたことに、これが見ていて飽きない。あの手この手でハラハラさせるということもあるのだが、それだけじゃない。竜巻がどんどんエスカレートして いくから、それに圧倒されてしまうのだ。実は最初に出てくる竜巻も、見ている僕らからはかなり大きく感じる。ところがその後に、もっとデカい竜巻が出てく る。さらにますますデカくなって…最後に出てくる竜巻なんて、あんなの「アリ」なんだろうか? 考えられないくらいバカでかい竜巻が出て来るのでビック リ。あまりのデカさスゴさに、ほとんど笑っちゃうほど。中でも空港の飛行機が次々と浮上してしまう場面には、唖然としてしまった。ある意味、直球というか 正攻法というか、ただただデカくしてエスカレートさせていく…という「逃げない」見せ方で持っていくのが新鮮。こっちはとにかく派手な竜巻が見たいわけだ から、そういう観客の需要に100パーセント応えていることになる。これってなかなか出来そうで出来ない。「どうせ中身空っぽの見世物映画だろう」とタカ をくくって見始めて…実際に見世物映画ではあったわけだが、見世物映画は見世物映画なりにキッチリ作っているから好感が持てる。ためらいも迷いもなく潔く 見世物映画を極めているから、見た後に爽快なものが残るのである。しかも、観客が誰しも「見たい」と思うものを、キッチリ見せてくれるあたりも素晴らし い。さらに、登場人物に「悪人」を作らなかったのもポイントが高い。一見「イヤな奴」に見える人物にも、その人物が犯した罪に見合った報いを受けさせつ つ、ちゃんと名誉回復の機会を与えている。こういうところをキッチリとやっているところが、見た後の良い後味につながっているのだ。アメリカ映画らしい娯 楽映画として、最近では珍しくキッチリ作ってある映画だ。侮っていたが、すっかり見直してしまった。

さいごのひとこ と

 トルネード投法の豪速球ピッチャー登場。

 
 

「グランド・ブダペスト・ホテル」

 The Grand Budapest Hotel

Date:2014 / 10/ 06

みるまえ

  ウェス・アンダーソンの新作については、予告編をかなり前から見せられていたのでよく知っていた。またまた豪華キャスト。またまたシンメトリーで統一され たかのような構図。何となく見る前から見たような気分になって、正直言ってイマイチ見たい気になれなかった。個人的に忙しいこともあって、後回し後回しに していたら終了間際。慌てて劇場に駆け込んだものの、感想文はさらに遅れてしまって気の抜けたビールやコーラみたいになってしまった。申し訳ない。

ないよう

  ある冬の日、一人の少女が雪の降り積もる墓地にある作家の墓をお参りに行く。その作家とは、かつてヨーロッパの東端にあったスブロフカ共和国が生んだ国民 的大作家…少女の愛読書である「グランド・ブダペスト・ホテル」を書いた男である。生前の1985年、この作家(トム・ウィルキンソン)は自著の「グラン ド・ブダペスト・ホテル」について、「あれは人から聞いた、思いもよらない物語だった」とその創作の秘密を打ち明けていた…。それは1968年のこと、ま だ若かった頃の作家(ジュード・ロウ)は、休暇で寂れたホテルに宿泊することになる。その名も「グランド・ブダペスト・ホテル」。かつては栄華を誇ってい たであろう、豪華で大規模なホテル。しかし現在では古びてしまい、客もまばらでがらんとしている。作家はこのホテルのコンシェルジュであるムッシュ・ジャ ン(ジェイソン・シュワルツマン)と親しくなり、この活気のないホテルでの退屈を紛らわせていた。ある日、作家はロビーに座るひとりの老人に目を留め、そ れが誰かをジャンに聞いてみた。その男こそ、かつてスブロフカでもっとも金持ちとして知られた男で、かつこのグランド・ブダペスト・ホテルのオーナーでも あるゼロ・ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)だった。ムスタファは年に何度かはホテルを訪れ、専用の部屋に泊まるという。それも豪華な部屋ではな い。風呂もない小さい部屋に泊まるというのだ。ところが翌朝、作家が大浴場で一人用のバスタブに浸かっていると、当のムスタファから作家に話しかけてき た。そして幸運なことに、ムスタファの方から作家を夕食に招待してくれたのだ。そのディナーの席で、ムスタファはゆっくりと話し始める。「これから話す物 語は、かつてこのホテルのコンシェルジュだった私の前任者についての話だ」…。それは1932年のこと。当時のグランド・ブダペスト・ホテルは豪華でシャ レたホテルであり、多くの客が訪れて活気にあふれていた。ホテルを仕切っていたコンシェルジュは、ダンディなグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)。部下た ちにキビキビと指示を出し、自らも顧客に接して渾身のサービスを行っていた。いや、渾身過ぎると言えるかもしれない。今日も今日とて、今朝チェックアウト の富豪老婦人マダムD(ティルダ・スウィントン)が「離れたくない」とグスタヴにすがる。グスタヴは彼女と男女の仲となっているのだ。そして、それがこの ホテル大繁盛の秘密のひとつでもあった。どうやらマダムDは「これが最後になるかも」とイヤな予感を感じているらしい。それでもグスタヴは何とかマダムD をなだめて、彼女を帰りのクルマに乗せたのだった。そんなグスタヴが、ふと立っているロビーボーイに目を留める。それは入ったばかりでまだ試用期間のゼ ロ・ムスタファ(トニー・レボロリ)だった。早速、グスタヴは忙しそうに歩きながら、その場で「面接」を始める。「経験は?…そりゃあゼロだな」「教育 は?…ゼロ」「家族も…ゼロ」…万事そんな調子で切り捨てていたグスタヴ。しかし「なぜロビーボーイになろうと思った?」という問いにゼロが「グランド・ ブダペスト・ホテルは憧れです」と答えると、グスタヴは「素晴らしい!」と一言。どうやら採用らしい。こうして毎日グスタヴの厳しい指導の下、ゼロの忙し い毎日が始まった。そんなある日、ゼロがいつものように街にホテルのための新聞を買いに行くと、思わず紙面に目が釘付けになる。そこには、あのマダムDが 亡くなったという記事が載っていたのだ。これを境にして、ゼロとその師匠であるグスタヴは、奇妙な事件に巻き込まれていくのだが…。

みたあと

  いつもいつも豪華キャストが売りのウェス・アンダーソン。正直、毎度毎度この人をどこか胡散臭く感じてしまうのも、この無闇やたらな豪華キャストのせいな のだが…。今回もすでにストーリー紹介で挙げた俳優たちの他に、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールド ブラム、ハーベイ・カイテル、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、レア・セドゥー、オーウェン・ウィルソン…とまぁ、豪華絢爛 そのもの。しかしよく見ると、そのうちの多くはすでにアンダーソン作品に出演経験アリ…な連中。どうも有名スターをキャスティングしたくてやっている訳で もなさそうだ。そんなのウェス・アンダーソン様なら当たり前って? そうは純粋に信じられないのが、50男の悲しさなんだよ(笑)。

ここからは映画を見てから!

みどころ

  これ言っちゃったら映画サイトとしてオシマイなのだが、実は僕はこの映画をとても面白く見たし気に入ったものの、正直言ってどこがどう「いい」のかよく分 からない(笑)。映画の構造についてはアレコレ言うことができる。映画の冒頭に女の子が出て来て、ある著名な作家の墓参りをする。その作家の生前の姿が出 てきて自作の小説がどうして出来上がったかを説明しはじめ、作家の若き日の回想の中で、ある人物が語る物語が「本編」となっている。…と、まぁ三重構造ぐ らいの入れ子構造になっている。これらの「入れ子」がそれぞれ…現代〜生前の作家シークエンスがビスタビジョン・サイズ、作家の若き日がシネマスコープ・ サイズ、そして本編となる1930年代の話がスタンダード・サイズ…といくつもにフォーマットが分かれるあたりが映画ファンとしては興味津々なところで、 4つのフィルム・フォーマットを交錯させた「アメリカン・グラフィティ2」 (1979)をちょっと連想させるところがあって面白かった。もちろん最も面白いのはスタンダード・サイズで撮影された「本編」で、サイズがサイズだけに アンダーソン作品お得意のシンメトリー構図も一番冴えわたる。シンメトリー構図というだけなら前々からその傾向はずっと出ていて、前作「ムーンライズ・キングダム」 (2012)に至ってはほぼ完成形の域に達していた感がある。だが今回の「シンメトリー構図」は、今までの「それ」とは一線を画するほど鮮烈な印象だ。ほ とんど真四角のフレームだから、なおさら左右対称の構図がクッキリと際立つのだ。それって、まるで僕が昔から好きだった「ちいさいおうち」という絵本のよ うではないか。そんな画面の中で主演のレイフ・ファインズが殊更にわざとらしいまでの慇懃な立ち振る舞いを見せるから、全編にわたっての「作り物」感がス ゴい。前々からそういう傾向が強かったアンダーソン作品だったが、今回はそういうニュアンスが強いのだ。明らかに「入れ子構造」「スタンダード・サイズで のシンメトリー」「過剰な慇懃演技」によって、物語は一種の「おとぎ話化」を加速させている。問題はなぜそんなことをしたのか…ということだが、それはラ ストまで見ていて何となく分かったような気がする。この「本編」の舞台となる1930年のヨーロッパは、第二次大戦開戦前夜の不穏な動きが渦巻いている状 況だ。現に本作の舞台となる東欧の某国ではファシスト党が勢力を拡大しつつあるようで、本作の悪役たるエイドリアン・ブロディもその一員として登場する。 殊更にそれを声高に作中で言わないからあまり気づかれないかもしれないが、いつの間にか周囲にヒタヒタとファシストたちが増えている感じに描かれているの だ。劇中に2回出てくる、列車内でのゼロへの差別的扱いも象徴的だ。しかも1度目はグスタヴの抗議で何とかなったが、2度目はそれがグスタヴの命を奪う結 果となってしまう。明らかに事態は悪化しているように描かれる。何よりこの物語の舞台となった東欧の小国は、結局こうした政治の荒波の中で消滅してしま う。時代的な背景を考えると、いろいろ考えさせられる点は多いはずだ。つまりは、本作は「そういう映画」なのである。そしてそうした状況は、今日の我々の 周囲にも確実に存在する。いや、むしろ今こそこれはアップトゥデートな内容だとさえ思える。終盤に至るまで単純に楽しんで見ていた僕だが、見終わった時に は暗澹とした気分になってさえいた。ただ、これをそういうメッセージ的な映画に作ってしまったとしたら、果たしてどうだろう。そうなったら上下左右いずれ かの立場から発言し、いずれかの立場の人々を批判することにならざるを得ない。しかし結局こうした立場の違いでアレコレ言うことは、対立する相手に対する 非難や罵倒にしかならない。言ってる当人は胸がスッとするかもしれないが、それは対立者を感情的にして頑にするだけで、実は何の解決にもならず事態を悪化 させるだけだ。ここまで言うとさすがに僕の妄想かもしれぬとは思うが、ウェス・アンダーソンはそういう愚は避けたいと思ったのではないだろうか。だからこ そ…ユーモラスで作り物っぽく「おとぎ話」化して語ったのではないだろうか。それなら立場や意見の違いはあっても、笑って見ることができるのではないか。 僕にはそんな風に思えたのだが…。なお、ネット上を見たら本作品に出てくる作家にはモデルがいるとのことで、それは東欧の有名な作家らしいのだが、僕自身 はそのことを知らずに本作を見ていたのでそのことについては割愛。そういう知識や教養は、誰か他の詳しい人にお任せしたい。

さいごのひとこ と

 面白うてやがて悲しき映画かな。

 

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