緊急小特集
ワールド・ウォー "G"
 
World War G
featuring :  "Godzilla"





カイジュウたちのいるところ〜「怪獣王ゴジラ」(1956)


 どこからともなく聞こえる地響き、そして激しい咆哮…。
 瓦礫の山、焦土と化した大都市。それは極東の地で繁栄を謳歌していた日本の首都・東京。かつては600万の人口を誇ったこの東京は、今は廃墟となった。東京を襲った未知の力、その姿を見た人々も今はもうほんのわずかしか生き残っていない…。
 崩れ落ちた建物の中で、やっとの思いで瓦礫を払いのけて起き上がる外国人の男。彼の名はスティーブ・マーティン(レイモンド・バー)。アメリカの通信社 から派遣された特派員だ。たまたま赴任地に行く途中で東京に寄って、この大惨事に遭遇してしまった。何とか脱出しようとするマーティンだが、負傷している のか途中で力尽きてしまう。
 病院はどこも多くの死傷者で溢れ、無事な者たちも一様に不安そうな様子を隠そうとしていない。被災した子供に近づけられたガイガーカウンターが、激しく 反応する音がする。そんな病院の片隅に、あのマーティンが担架で運ばれてきた。マーティンはそこで、旧知の顔を見かけて声をかける。
 「恵美子、恵美子!」
 恵美子は古代生物の権威・山根恭平博士の娘で、マーティンも今回の「事件」を通じて親しくなっていた。彼女はこの病院でボランティアとして働いていたの だ。マーティンも彼女も、自分たちがこんな目に遭っていることが信じられなかった。マーティンは自分がこの「事件」に遭遇するキッカケとなった、ほんの数 日前のことを回想し始めた…。
 マーティンは今回、東京にほんの数日立ち寄るだけのつもりだった。マーティンの旧友で、特異な科学的名声を持った芹沢博士に会うためである。だがマーティンが飛行機のシートに身を委ねている頃、その遥か下では文明を揺るがすような出来事が起きていた…。
 大海原を行く貨物船。その長い夜を、乗組員たちはそれぞれのやり方でくつろいでいた。
 ある者は甲板でギターを奏で、またある者はハーモニカを吹きながら、遠く離れた故郷や家族に思いを馳せていた。そんな時、突然に海の表面が泡立ち、眩しい光が瞬いた。
 「うわーっ!」
 甲板にいた乗組員は、あっと言う間に熱風と衝撃波で吹っ飛ばされる。通信士が慌ててSOSを発信するが、たちまち激しい大波が船内に押し寄せる。なぜか船は炎に包まれ、瞬く間に海の藻くずと消えた。
 そんなこととは知らないマーティンは、パンナムが誇る豪華旅客機ボーイング377ストラトクルーザーで東京は羽田空港へとやってきた。マーティンが入国 審査を済ませているところへ、ひとりの男がやってくる。彼は自らを「芹沢博士の代理」と名乗った。たまたま仕事で迎えに来れなくなったため、彼がマーティ ンの世話をするべくやってきたのだった。ところがそこにもうひとり、物々しい顔つきの警官がやってくるではないか。しかもこの警官、マーティンに「海上保 安庁までご同行いただきたい」と言ってくるから穏やかではない。マーティンは皮肉を言ってやんわり拒絶しようとするが、どうやら翻せるような余地はなさそ うだ。仕方なくマーティンは芹沢博士の代理の者に荷物を帝国ホテルへ運ばせ、自分は警官とともに海上保安庁に出向くことになった。
 海上保安庁でマーティンを待っていたのは、岩永という男。何かを詰問されるのかと身構えていたマーティンだったが、岩永はただ「飛行機から何か見なかっ たか?」と尋ねるだけ。困惑している様子の岩永は、マーティンに今朝の船の遭難について打ち明けた。岩永のただならぬ様子に、マーティンも記者魂を刺激さ れた。マーティンは岩永に連れられて、海上保安庁内の対策本部の部屋へと移動する。
 対策本部には人が殺到してごった返していた。船会社社長(小川虎之助)と同社社員の尾形(宝田明)も駆けつけるが、事故の原因は皆目見当がつかない。
 そのうち、問題の遭難海域に別の貨物船がやってくる。ところが再び海面が泡立ち激しく発光。その貨物船も炎上し、たちまち沈没してしまった。そんな海難事故が立て続けに8件も続発したからたまらない。
 外国人記者クラブも、この異様な事件を無視はできなかった。各国各紙のジャーナリストがそれぞれ電話で本国に記事を送る。もちろんマーティンも国際電話でシカゴに記事を送った。
 こうなると海上保安庁に乗組員たちの家族が殺到してくるが、何しろ情報が少なすぎて海上保安庁でも何とも言いようがない。そのうち遭難した船の生存者 が、漂流しているところを付近の大戸島の漁船に救助される。ところが、唯一の生存者も深手を負って船上で亡くなり、真相は再び闇の中。事ここに及んで、さ すがに事態の深刻さが世間にも広がっていく。
 これを重く見た政府は、古生物学の権威である山根恭平博士(志村喬)を呼び出し、今回の事件についての意見を聞いた。マーティンも、芹沢博士を通じて山 根博士をよく知っていた。山根博士は今後の方針について、「とにかく問題の海域付近にある大戸島に、調査団を派遣しろ」と助言する。
 問題の大戸島では漁船の遭難のせいで、島民たちが海を凝視している。島の高台からは長老(高堂国典)が新吉少年(鈴木豊明)と一緒に海をにらんでいた が、沖合から筏が漂ってくるのを発見。そこには新吉の兄の政治(山本廉)が、漁船の唯一の生き残りとして半死半生の状態で乗っていた。
 そんな折りもおり、島に一機のヘリコプターが着陸する。降り立ったのは、海上保安庁の岩永と彼に連れられたマーティンだ。しかし、彼らが島の住人に話を 聞くと、怪物がいる…などといったトンデモ話が飛び出す。しかしそんな話を聞いても、酔っぱらいとか迷信とかでしかないと思い込む岩永とマーティンだっ た。
 夜になると、島の神社で島民を集めて神楽が演じられる。それは、村の古い言い伝えに従った「いわくつき」の神楽だった。マーティンは岩永から、島の言い 伝えを聞かされる。それは巨大な怪物についての話だ。かつては島の若い娘を筏に乗せて、その怪物の生け贄にした…というものだった。その怪物は、「ゴジ ラ」と呼ばれていた。
 その夜は野外にテントを張って、横になるマーティンと岩永。だがその夜遅く、天候は一気に悪化。激しい風雨が大戸島を襲う。家で母親と一緒に眠っていた 政治と新吉は、巨大な地響きと振動で目を覚ます。新吉は慌てて家を飛び出すが、政治は迫ってくる「それ」を見て身動きできなくなった。やがて家は泣き叫ぶ 新吉の目の前で破壊され、テントを吹き飛ばされたマーティンと岩永の目の前でヘリコプターも何者かに押しつぶされた…。
 この事件を受けて、大戸島災害陳情団が国会にやってくる。早速、国会でその報告会が開かれて、マーティンも傍聴席からその様子を見つめた。村長や新吉、 そして記者の萩原から驚くべき証言が語られる。彼らはみな同様に、巨大な何者かが島を襲った…というのだ。再び招聘された山根博士(志村喬)はこれらの証 言を聞いて、改めて大戸島に学術調査団を派遣すべし…と提案する。報告会が終わった後、出てきた山根博士を呼び止めたマーティンは、自分を調査団に同行さ せてくれ…と頼むのだった。
 大戸島調査団を乗せた船が出航したのは、それからまもなくのことだ。調査団には山根博士とマーティンだけでなく山根博士の娘である恵美子も参加。さらに 船会社の尾形も乗船していたが、尾形と恵美子はお互いに好意を抱いているようだった。マーティンは恵美子が芹沢博士と婚約していたと知っていたので、この 微妙な関係に困惑せざるを得なかった。
 こうして大戸島に到着した調査団は、そこで激しい破壊の跡を目撃する。被害を受けた場所は、なぜかすべて高い濃度の放射能で汚染されていた。さらに例の 夜に出来上がった巨大な窪地は、山根博士の調査で何かの生物の足跡であることが分かった。しかもそこからは、今は絶滅した三葉虫が発見されたではないか。 これには横で様子をうかがっていたマーティンも岩永も驚いた。
 そんな時、島の高台から半鐘を叩く音が聞こえてくる。それと同時に、どこからともなく聞こえてくる重たい地響き。慌てて山に登ってくる島民たちと調査団 一行。もちろんマーティンと岩永も高台に上った。一体何が起きたのか。島の高台に人々がたどり着くと、すでに一足先に上っていた山根博士が尾根の向こう側 をじっと見つめていた。
 そして次の瞬間、山根博士の視線の先…山の尾根の向こう側から、巨大な生物の上半身がぬっと姿を現したのだった…。 

 こちらの作品では、ゴジラの初登場は上映時間80分のうち約28分経過した時点。トータルの上映時間は、オリジナル版より17分ほど短いのに、初登場はオリジナル版の5分後なのだ。それにはそれなりの理由がある。
 本作のことは、僕なんかより特撮映画ファン、怪獣映画ファンの方がよくご存知だろう。本作は東宝が製作したオリジナルの「ゴジラ」をアメリカ公開するにあたり、アメリカ側が追加撮影・再編集を行って「アメリカ版」として作り直したものだ。
 まぁ、アメリカ人っていうのはそもそも英語映画以外は見ないらしいし、ブルース・リーやジョン・ウーの映画を通過した現代ならいざしらず、1950年代 の時点では極東の島国・日本の映画など見たくもないだろう。それも黒澤明のサムライ映画ならば「それ」を目当てのファンもわずかにいたかもしれないが、本 作は巨大モンスターが出てくるSF映画。本来は、ドライブインシアターなどで映画を見るティーンエイジャー向きがメインだろう。英語以外の映画もマズけれ ば、吹き替えしたところで「日本映画」そのものを受け付けないんじゃないか。
 しかし映画そのものは面白いし、何しろ特殊効果を駆使した映像は素晴らしい。これを何とかできないかと考えた末に、この追加撮影・再編集が施されたといったところだろう。
 そこでレイモンド・バー扮する外国特派員を「狂言回し」として、映画のあちこちに「居合わせる」かたちをとった。彼が見聞きする内容として、本編「ゴジラ」のストーリーが展開するのだ。レイモンド・バーがアメリカ観客の目と耳になり、日本の「ゴジラ」の物語もあたかもアメリカ人の物語のように感じられる。これは非常に巧みな作戦だ。
 もちろん日本のオリジナル版がそのまま受け入れられれば、それに越したことはなかった。こうして作品が「加工」されてしまうについては、本多猪四郎は じめスタッフの心中は穏やかではなかったかもしれない。まして「思い入れ」がメチャクチャ強い日本映画ファン、特撮映画ファン、怪獣映画ファン各位からす れば、こんな映画など認められないかもしれないし、少しでも評価しようものなら逆鱗に触れてしまうかもしれない。昨今ちまたで大流行りの…実は何十年ぶり かでリバイバルしている言葉ではあるが、「売国奴」などという言葉も飛んできそうである。
 ただ、実際にこの時代のアメリカを考えてみると、こういう形でしか本作は受け入れられなかっただろうし、受け入れられたこと自体ですら奇跡だったかもしれないのだ。そういう意味で、僕は本作を白紙の状態で見てみることにした。
 いや、正確には白紙ではない。なぜなら、僕はすでにオリジナル版「ゴジラ」を見ているからである。
 すると、意外にも本作の巧妙な作り方に驚かされる
 前述したストーリー紹介をお読みいただければお分かりだろうが、レイモンド・バー出演の追加場面を何ともうまくハメ込んでいるのである。彼が海外特派員 という設定が効いている。実際には何でこの男が事件に首を突っ込んでいけるのか説明がつかないのだが(笑)、とにかくあちこちに出てきて見聞する。それが そのまま映画になっているのである。感心してしまった。
 細かいところを指摘すれば、向こうの日系人を使って追加撮影したために、人々が変な法被を着ているとか変な日本語をしゃべるとか、ケチをつけるところがいくつもある。しかし、意外なまでに「ゴジラ」本編にはダメージを与えていない。 先にも述べたようにアメリカ人を主役(狂言回し)として大々的に登場させて英語映画としての体裁を整えながら、なぜか日本版オリジナルのテイストはかなり の部分で残している。もちろん「こんなもんゴジラじゃない!」といきり立つ人々が多数いるだろうことは予想できるが、僕の率直な感想を言わせてもらえば 「意外に原型をとどめているな」というところになるだろう。ハハハ、これで日本映画ファン、特撮映画ファン、怪獣映画ファンは敵に回したな(笑)。
 実際のところ、レイモンド・バーの場面を挿入しているのだからオリジナルはズタズタになっていそうなものだが、見た限りではそうでもない。話の順番や設定など、お話が根底から変わっちゃっているわけでもない。意外なほどに基本に忠実な「アメリカ版ゴジラ」なのだ。
 しかもお話の骨子はレイモンド・バーの特派員が日本で見聞きした話…となっているため、基本的には日本側出演者の英語吹き替えが最低限の量にとどまっている。サウンドトラックも含めてオリジナル版そのままの部分が、かなり大量に残されているのだ。
 オリジナル版を大きく変えてしまっている部分は、大雑把にいうと3つ。(1)政府は早い段階から山根博士に意見を聞く設定になっていて、その場面のため の素材をオリジナル版の「ゴジラ対策に苦慮する場面」から引っ張ってきている。そのためまだゴジラが目撃される前の設定なのに、山根博士の日本語のセリフ に早くも「ゴジラ」という言葉が出てきてしまっている。(2)新聞記者の萩原がヘリコプターを仕立てて大戸島に取材に出かけた場面を、山根博士の提案によ る第1回調査団派遣にすり替えている。(3)国会での山根博士の証言の後で、マーティンが山根博士を呼び止める場面を作ったが、適当なフッテージがオリジ ナル版に存在しないために追加撮影でカバー。そのため山根博士は、カメラに背中を向けっぱなしで顔を見せない。…その他にも、調査団の船が出発する際に芹 沢博士が見送りに来ない設定になっているため、芹沢博士の映画への登場がずっと遅れてしまう…などの相違点はあるが、明らかにオリジナル版を曲げてしまっ ている部分は大きくはこの3つだけ。むしろこんな作り方をしている作品としては、オリジナルに「忠実」とさえ見えるのである。
 アメリカ版の追加撮影・再編集のためにオリジナル版が損なわれた…的な評価を結構聞いていたが、実物に接してみるとかなり印象が異なる。よく言われる 「核への恐怖」のイメージが薄れている…という評価については確かにその通りとは思うが、アメリカ人が「核」云々に触れたくないためにこの再構成を行った というのはあまりに穿った意見に思える。むしろ本作は、オリジナル版の風味を出来るだけ活かしながら、非英語映画、非アメリカ映画に冷たいアメリカ観客に「ゴジラ」を見せるための工夫だったと見るのが正解だと思う。
 そして、あくまでその限りにおいてではあるが…本作の追加撮影・再編集は実にうまくいっていると評価せざるを得ない。レイモンド・バー場面のハメ込み方が、何とも巧みなのである。
 Internet Movie DataBaseによれば、このレイモンド・バー出演場面はハリウッドでわずか6日間で行われたとのこと。それにしては、レイモンド・バーは全編のあちこ ちに出没。孤軍奮闘で頑張っている。結局アメリカ人はこのバージョンによって「ゴジラ」に触れたわけだから、その功績を無視してはいけないような気がす る。
 ちなみに本作に「主演」しているレイモンド・バーは、実は日本でもおなじみの役者だ。僕らの年代の映画ファンには、「弁護士ペリー・メイスン」(1957〜1966・日本ではNETテレビ=現・テレビ朝日で放映)と「鬼警部アイアンサイド」(1967〜1975・TBSテレビで放映)という2つの大ヒット・テレビ・シリーズで有名。特に後者の「アイアンサイド」は、車椅子探偵という特異な設定とクインシー・ジョーンズに よるカッコいいテーマ曲で印象深い。後年、クインシー・ジョーンズが「愛のコリーダ」というビッグヒットを飛ばした時、ブラス・セクションやリズムの使い 方がこの「アイアンサイド」テーマ曲そっくりだったことにかなり驚いた記憶がある。あれはクインシーの芸風だったんだねぇ。
 ただし、レイモンド・バーはこの2作によってテレビ・スターという印象が強いので、映画ではどちらかというと悪役など地味な存在だったようだ。彼の映画での代表作…ということになると、実はこの「怪獣王ゴジラ」ということになるのかもしれない。
 ともかくこの「怪獣王ゴジラ」、今回も含めてアメリカで「ゴジラ」を扱う場合には、どうしても避けて通れない存在だと感じたのだが、いかがだろうか。



Godzilla - King of the Monsters !
(1956年・日本、アメリカ)
東宝、ジュエル・エンタープライゼズ INC. 制作
監督:本多猪四郎、テリー・モース
製作:田中友幸
特殊技術:円谷英二
脚色:村田武雄、本多猪四郎
出演:レイモンド・バー(スティーブ・マーティン)、志村喬(山根恭平博士)、河内桃子(山根恵美子)、宝田明(尾形)、平田昭彦(芹沢博士)、フランク岩永(岩永)

2014年8月30日・ビデオにて鑑賞

 

 

 次ページへつづく

 To Be Continued...


 



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