「ゴーン・ガール」

  Gone Girl

 (2014/12/29)


 
見 る前の予想
 デビッド・フィンチャーの最新作がやって来た…とくれば、また何か やらかしてくれるんだろうと期待してしまう。
 ショッキングな結末、濃いい登場人物、センセーショナルな題材… フィンチャーの映画とくれば、何かヤバそうという予感がしてくる。ファ イト・クラブ(1999)なんかは、それが良い意味で作用した作品だったのではないだろうか。
 ただ、かつてはケレン味たっぷりな作品を連発していたフィンチャーだったが、近年はすっかり安定感たっぷりの演出ぶり。横綱相撲をとる巨匠の域に達した感じで、毎回オス カーの作品賞候補あたりに作品を送り込んで来ていた。
 それでは作る映画もすっかり穏健なモノになったかと言えば、そもそもがそんなタマじゃない。安定感は増したものの撮る映画のユニークさで他の追随を許さ ないのがフィンチャーらしいところ。今回の新作も、例によってまたまたヤバい感じだ。
 突然主婦が失踪し警察・マスコミを巻き込んで大騒ぎになる中で、いつの間にか夫による殺害説が浮上してくる…というお話。何となくかつての三浦和義のロス疑惑(笑)が思い出されるアヤシいイメージだ。
 そんな作品の主演にベン・アフレックが起用されているあたりも、ま た何とも絶妙(笑)。一時期ガックリ落ち込んでいた彼だが、アルゴ(2012)の大成 功で急浮上。テレンス・マリック作品に次いでのフィンチャー作品出演…と、すっかりA級スターに返り咲いた観がある。ただ、そこで演じるのが「いかがわしい男」というのがいかにもこの人らしいではないか。
 いろんな意味で期待できそうな本作。しかし、放っておくといろいろネタバレされそうなので、サッサと劇場に出かけたわけだ。

あら すじ

 自分の横で寝ている妻の後頭部を見ると、その頭蓋骨を割って脳みそをグチャグチャにして問うてみたくなる。「君は何を考えているのか?」と…。
 ミズーリ州の小さな街、「その日」の早朝。住宅地に建つ家から出て来たニック・ダン(ベン・アフレック)は疲れきった顔で呆然と立ち尽くしていた。
 それからしばらくして、ニックは「ザ・バー」という問答無用の名のバーに姿を見せる。ここは彼の双子の妹マーゴ(キャリー・クーン)が経営する店。ニッ クは昼間から酒を飲みながら、マーゴに愚痴をこぼし始める。
 この日はニックと妻のエイミー(ロザムンド・パイク)との5回目の結婚記念日。そして結婚記念日というと、恒例のエイミーによる「謎解き」がスタート だ。
 それは彼女がくれるヒントを読み解いて、彼女から夫への記念日のプレゼントを手に入れる…というもの。そう言えばシャレた楽しいイベントにも思えるが、 そのヒントがニックにはとんと分からない。こうなると「切れ者」過ぎる妻も考えものだ。 そんな彼をエイミーが見下しているであろうことも、その態度から何となく透けて見えてしまう。朝っぱらから、酒でも飲まなきゃやってられないニックなの だった。
 しかし、そんなニックとエイミーも最初からそんな間柄ではなかった。
 むしろ、数年前の知り合った当初は熱烈そのもの。二人はニューヨークで知り合ったが、その時はニックもエイミーもそれぞれライターとして働いていた。親 しくなったニックは彼一流のやり方で、エイミーにロマンティックな夢を見せたのだった。
 そんなエイミーは、実は巷では「あのエイミー」として有名。彼女の 母親メアリーベス(リサ・ペインズ)は童話作家で、幼い頃のエイミーをモデルにした「アメージング・エイミー」というシリーズで知られていた。
 しかし何から何まで愛らしく優れた「アメージング」なエイミーとの落差で、エイミー本人は昔から鬱屈としたところがあった。ニックはそんなエイミーの気 持ちを見てとって、絶妙なタイミングで彼女にプロポーズする。この時は、まさに理想的なカップルに思われたのだが…。
 そんなニックが「ザ・バー」から自宅に戻ると、なぜかエイミーの姿が見えない。 彼女の名を呼びながら家中を探していると、リビングのガラスのテーブルがひっくり返されて粉々に壊れているではないか。ヤバいと思ったニックは、慌てて警 察に連絡する。
 こうしてニックの家にやって来たのが、女刑事のロンダ・ボニー(キム・ディケンズ)とその相棒のジム・キルピン刑事(パトリック・フュジット)。彼らは 早速、台所に争った跡や血痕があることに気づく。どうやらエイミーが姿を消したのは、何 らかの事件に巻き込まれた可能性が高いようだ。
 やがてエイミーの失踪は、街を挙げての大騒動へと発展していくのだったが…。

見た 後での感想

 この展開は、みなさんもすでにご承知のことと思う。
 エイミーの失踪は大事件となり、彼女は殺された疑いが濃厚になる。その過程で夫ニックが怪しいとマスコミが世論を誘導し始め、彼自身の不用意な言動も災 いしてどんどん一般大衆の憎悪を集めるようになる。しかもこのニックという男自体、チラチラと怪しい行動をし始めるのだ…。
 ちょっとマスコミ批判や昨今のネットでの炎上を思わせる大衆の無責任な集団ヒステ リアなどという問題も含みつつ、物語は中盤からアッと驚く展開を見せていく。そうなるとコケ脅しとハッタリ演出で、観る者を翻弄していく作 品のように思える。しかし、本作はそういう作品という訳でもない。
 冒頭でもちょっと述べたが、「セブン」(1995)、「ゲーム」(1997)あたりはケレン味たっぷりなセンセーショナリズムを煽っ た作風だったデビッド・フィンチャーだが、近年ではカゲキな内容はそのままながら語 り口には円熟味が増して来た
 今回もアッと驚く趣向やゾッとさせられる描写も少なくないが、何よりその面白さと絶妙な語り口がまったく危なげない。2時間半という長尺を、馬力ある演 出でラストまで一気に見せられるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

こ こからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 




「女がコワい」のは当たり前だが

 まずは今回、この映画が成功した最大の要因としては、ピッタリとハマったベ ン・アフレックのキャスティングを挙げなければならないだろう。
 不用意な言動、女に対する手癖の悪さ、だらしなさ、胡散臭さ、それでいて妙に憎みきれない人なつこさ…あの三白眼が効いている。どことなく漂う二流感というか安っぽさも、女房に対し て手も足も出なくなてしまうニブさをうまく表現している。アフレックとしては落ち目になったスーパーマン役者を演じたハリウッドランド(2006)以来のベストアクトではないか。これはあくまでホメ言葉だ (笑)。
 そして途中から飛んでもない方向に話が一転して…コワい話というより笑っちゃうナ ンセンスさが勝ってくる。どんどん話がエスカレートしていくうちに、明らかにブラック・コメディの様相を呈してくるのだ。
 その最たるものが、終盤のベン・アフレックと妻のロザムンド・パイクとの激しいやりとりだ。アフレックがパイクに対して「こんなお互い支配し合ったり傷 つけ合ったりするなんて!」と本音をぶつけると、パイクはズバリとこう言い返すではないか。
 「それが結婚ってものなのよ」
 この言葉を聞いたとたん、僕は何となく昔の藤山寛美が松竹新喜劇の芝居の終盤で語るベタなセリフみたいなものを連想してしまった。「そやけどな、そやけ どな、それが夫婦ってもんやおまへんか?」…みたいな(笑)。やっぱ りこのセリフはおかしい。これはもう、笑わそうとしてやっているとしか思えないではないか。
 そして一生飼い殺しのベン・アフレックを見ながら、「女ってコワい」っ て幕切れ。まぁ、確かに妻ロザムンド・パイクはコワいが、それだけではない。ベン・アフレックの愛人の女の子だって、単なる頭も尻も軽いアホ姉ちゃんに見 えてさにあらず。アフレックに先んじて勝手に記者会見での告白をやらかす「しおらし い顔して一枚上手」なあたりからして、相当なタマではないか。
 そんなこんなで、映画の作り手は「女ってコワい」って結論に持ってきたいように見える。
 明らかにヤバい。どこかがおかしい。マトモじゃない。こいつらみんなビョーキだ。そう言いたくなるのも大いに分かる。
 それはそれでまったく間違いないのだが…正直「女がコワい」のは今始まったことじゃないし、当たり前って言えば当たり前。女はそもそもコワいもんだし、信じられないもん… 信じちゃいけないもんなのだ(笑)。
残酷で人でなしであっても、別に驚くには値しない普通の話。ビックリするような大発見でもない し、誰でも知っていることだ。かつてはセンセーショナリズムを売りにしていたデビッド・フィンチャーがあえて声を大にして言うことでもない。そこらへんの 童貞坊やだって言いそうなことだ(笑)。
 むしろ僕が興味を持ったのは、夫のベン・アフレックの方だ。
 一枚も二枚も上手の女房のせいでこれからの人生飼い殺し決定とあっ て、「気が狂いそう」なんて言っているアフレック。確かに絶対絶命、逃げられない。耐え難い苦しみだ。
 しかし、それは本当にそうなんだろうか?
 最初に妻のハートを射止めた時の、菓子屋の粉砂糖を粉雪に見立てた妙に芝居がかった趣向はどうだ。あるいは妻が思いもかけぬかたちで戻って来た時の、や はり芝居がかった態度はどうだ。特に後者の場合、ガッチリと妻と抱き合うその場が多くの人々の目の前という「劇場」的な状況であったことに注目すべきだろう。しかもアフレックは妻と満面 の笑みを浮かべて抱き合いながら、その耳元では表情とは裏腹にこうささやくのだ。「こ のビッチめ…!」
 そもそも妻ロザムンド・パイクが戻って来ようと決心したのは、テレビでこのアフレックの涙ながらの訴えを聞いたからだった。愛人には一足先にすっぱ抜か れ、窮地に追い込まれたアフレック。ところが彼は弁護士たちが止めるのも聞かず、あえてテレビで一席ぶつことを決意する。その時のアフレックが、トコトン 追いつめられていたくせになぜか不思議に自信ありげだったことにご注 目いただきたい。果たして「切れ者」の妻パイクでさえも、テレビのアフレック必死の訴えに引き込まれてしまう。
 おそらく彼は、自分でも「演じる」ことに自信を持っている。という か、自然と演じてしまう人間なのだろう。緊迫した状況下なのに、野次馬の女に携帯で写メを撮られるとついつい笑顔になってしまうサービス精神の持ち主なの だ。「演じる」ことがキライな訳がない。
 だからアフレックは「気が狂いそう」などと苦悩の表情を見せてはいるが、そこに「自分の役どころ」を見つけたら意外にキッチリ演じてしまうのではない か。…というか、むしろ居心地が良くなってしまうのではないか。夫と してのアフレックの迷走が、失業して因って立つところ(男としての立場や役割)がなくなってしまったことから始まっているあたりからして、そんな気がして くる。「役割」さえ与えられれば、実は嬉々としてノリノリで演じてし まうのではないかと思えるのである。

野放しにしちゃいけないヤバい奴ら
 そんなわけで、この映画の感想を「あ〜面白かった」で終わらせてもいい。実際、この映画はブラック・コメディとして良く出来た映画だ。ただ僕 はこの映画を見ていて、自分の人生の中で見て来た「信じられない人たち」の ことを思い出していた。正直言って、ここから先は映画はあまり関係がない。
 「ゴーン・ガール」の主人公たちは、とんでもない人物たちである。しかし実際の世界にも、とんでもない奴は身近にいる。しかも、それは決して珍しい存在ではないのだ。
 例えば、こんな奴がいる。とにかく妻のやることなすこと罵倒しまくる。家事のことから些細な日常のことまで、とにかく妻のやることすべてにダメ出しす る。そのうち妻は精神的に病んでしまったらしく、ある極端な行動にはしってしまった。するとこの男は外ヅラだけはいいから、妻の親まで自分の味方につけて 妻を吊るし上げた。誰も妻が病んでしまった原因が、夫にあるとは想像もしていないのだ。その後、その子供にも芳しくない影響が出たようだが、この男は自分 が悪いなどとは小指ほども思っていない。
 あるいは、こんな奴もいる。夫を徹底的に束縛する女。人生プランを勝手に決めていて、それ通りに物事が進まないとキレまくる。口が立つので夫は逆らえな い…というより、すでにマインド・コントロールが済んでいるのだろう。夫婦の営みは子供を作った時だけ。それ以外は一切許さない。夫の仕事は時間的にも内 容的にもキツいモノなのだが、早く帰ってきて家事や子育ても積極的にやらされる。確かに家事や子育てには協力すべきだろうが、仕事に支障が出るレベルまで 要求する…となるといかがなものだろう。そんなわけで家庭も仕事も…と全力投球したあげく、彼は常に体調不良の状態だ。自由になるカネもほんのわずかしか 与えられない。もちろん、彼の実家にまで「良い嫁」アピールは万全である。
 パワハラとか、モラハラとかいうのだろうか? これって間違いなく 異常な行動のはずだ。さすがにこれは限度を超えている。他者を「支配」しようとする行為で、こんなことをする人物は間違いなくどこかがおかしい。おかしい だけでなく、決定的に有害な人間だ。
 ところがそんな奴らが普通の夫や妻、父や母、職業人や主婦として、社会に放し飼い になっている。つまり、ヤバい連中が野放しになっているのである。脱法ハーブどころではない。これはもの凄く恐ろしいことではないか。
 しかし僕は、今まで生きて来てこんな奴らをゴマンと見て来た。こういう奴はザラにいる。普通にいる。そしてそろいもそろって妙に外ヅラがいい。だから病院に閉じ込められたり警察に捕まったりせず、社会的な地位を失わずにのうの うと世の中を生きている。明らかに人に危害を加えているのにバレない。それどころか、デ カいツラして他人に説教したり偉そうに威張ったりしている。そしてひとたび自分の力を行使できる相手、行使できる状況を見つけると、相手の 人格を破壊するまで追い込んでくる。こいつらの何より恐ろしいのはそこだ。
 僕自身、こういう輩に思わずゾッとした覚えがある。
 それは、ある知り合いの女とのことだ。彼女とは電話などで、何かと話す機会がたびたびあった。そんなある時、何を思ったかその女は、僕に現在つき合って いる男の話を自慢げに話したのだった。
 まぁ、それだけなら別にどうってことはない。ありふれたノロケ話をしたかっただけなのかもしれない。ともかく彼女はこの男とは話がトントン拍子に進んで いて、アッという間に結婚話になっていた。そんな彼女がその男について語る中で最も強調したのは、彼の「優しさ」だ。
 聞くところによると、母一人子一人の母子家庭で育った彼はとても親孝行な男だったらしい。お母さんもとてもイイ人で、二人は仲良く暮らしていたとのこ と。「一人じゃ寂しいだろうからって、彼はずっと一緒に暮らしてあげていたのよぉ」…ということらしい。彼女はそんな彼の「優しさ」をベタホメ。お母さん を大事にするイイ人。いやぁ、そりゃよかったね…てなもんだ。
 ただ、そんなに親孝行で母思いの男で、その「優しさ」にゾッコン惚れたのなら、そんな母子の関係を壊したくはない…と来るのがスジではないか。話の成り 行きからすると、そうなってしまう。だとすると、果たしてその男との結婚はどうするつもりなのか…。ちょっと驚いた僕は、改めて彼女に問い直した。
 「君は彼のオフクロさんと同居するのか?」
 あれだけ母子の仲の良さ、男の親孝行ぶりを強調されると、僕もさすがにそう思わざるを得ない。そこまでの話の流れからは、いかにもそうなる勢いだった。 それに対する彼女の答えが、今でも僕は忘れられない。
 「冗談じゃない、絶対捨てさせるよ
 確かに「新婚」家庭で義母との同居などヤボの骨頂だろう。それはよく分かる。オレだって、別に住んだら…と言うだろう。だから別居については「そりゃそ うだろな」…とは思うものの、その時の彼女の言い草、その言葉の選択は何とも背筋の凍るものだった。ガラリとそれまでとは口調を変えて、聞いているこちらが底冷えするような声で言い放ったのだ。
 「絶対捨てさせる」
 こういう言葉をとっさに吐き出す人間性って、一体何なのだろう。彼の「優しさ」にゾッコン…と言った舌の根も乾かないうちにこの発言。冗談抜きにこれが マトモな人間の言う言葉なのか。おめでたくてお人好しのこの僕も、これにはさすがに一瞬にして背筋が凍った。一事が万事。この女が「優しい彼」をどう扱う のか、仲の良い母子がその後どうなるのか、末路は容易に想像できる。こいつはマジで ヤバい奴なのだ。
 異常者や凶悪犯が野に放たれているのに、あなたは安心して暮らしていられるだろうか?
 僕が知る限りでも、この世の中には本来は野放しにしちゃいけない人間たちが 確実にいるのである。


 

 

 

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