新作映画1000本ノック 2013年7月

Knocking on Movie Heven's Door


こ のページの作品
「オブリビオン」 「G.I.ジョー/バック2リベンジ」 「モネ・ゲーム」 「イノセントガーデン」

 

「オブリビオン」

 Oblivion

Date:2013 / 07/ 15

みるまえ

  トム・クルーズの新作がSF、それも破滅した未来の地球を舞台にした作品であると知るや、僕の胸は高鳴った。僕は元々SF好きだが、中でも「地球の破滅」 というテーマが一番好き。映像として廃墟が出てきたりすると、ワクワクしてしまうのだ。ちょうど同時期に、やはり破滅後の地球を舞台にしたとおぼしき「アフター・アース」 (2013)の予告編が劇場で上映されていたが、こっちの方はウィル・スミス父子主演という気持ち悪い作品(笑)のため、とても期待できそうにないように 見えた。こうなると、どうしたってこちらのトム・クルーズ作品に期待が集まらざるを得ない。予告編を見ても、何となくSF映画というものが「分かってい る」人の作品という感じが漂っていたし、僕はかなり期待して劇場へと足を運んだわけだ。

ないよう

  ニューヨークの街頭に立つジャック・ハーパー(トム・クルーズ)は、群衆の中である一人の女を見ている。やがて、エンパイア・ステート・ビルの展望台にあ る望遠鏡の前に立ち…。60年前、地球はスカヴというエイリアンからの侵略を受けた。激しい戦いの末に勝利した人類だったが、核戦争のために地球は荒廃。 月もダメージを受けて、地球での居住が困難となった。そのため人類は、土星の衛星タイタンに移住を計画。それが実現するまでの準備の間、「テット」”と呼 ばれる巨大宇宙ステーションで暮らしていた。そんなある朝、ジャック・ハーパーはいつものように目を覚ます。またしても生々しいニューヨークの夢を見た が、それが現実の反映であろうはずはない。それでもジャックは、夢に出てきた女の顔を忘れることができない。彼が今、暮らしているのは、地球の上空 1000メートルにそびえる居住空間「スカイタワー」。彼はこの「スカイタワー」でパートナーのビクトリア・オルセン(アンドレア・ライズブロー)と暮ら しながら、ある任務を淡々と遂行していた。それは、例の移住計画のために地球に残る資源である海水を吸い上げる作業の管理。いまだに地球に暗躍する敵エイ リアンの妨害から、この海水を吸い上げる施設を守る仕事だ。そのためにジャックとビクトリアは地球に派遣され、司令部のサリー(メリッサ・レオ)からの命 令に従って任務を遂行している。彼らは文字通り「パートナー」として愛し合いながら暮らしているが、その過去は覚えていない。機密保持のために、すべての 記憶を消去されているからだ。そして彼らの任務もあと2週間を残すのみ。ビクトリアは地球を離れるのを指折り数えて待っていたが、実はジャックは秘かに地 球に愛着を持っていた。任務のために荒れ果てたかつてのスタジアムに立ち、かつてここで行われた「スーパーボウル」のエキサイティングな試合に思いをはせ るジャック。しかしジャックは、そんな思いをビクトリアとは共有できない。だからジャックはそんな自分の地球への思いを黙っていたし、当然、例の夢の女の ことについても語ろうとはしなかった。そんなある日、例の海水吸い取りのための施設を守るために飛んでいた球体の無人機「ドローン」が遭難したとの連絡が 入り、いつものように「バブルシップ」でパトロールに向かうジャック。しかしジャックは、今回ちょっと寄り道をした。荒廃して人類の居住には適さないとさ れた地球。そんな地球ではあるが、ジャックはそこに今でも緑と水に満ちたオアシスのような場所を見つけ、小さな小屋を建てて自分の隠れ家にしていたのだ。 ジャックはそこでニューヨーク・ヤンキースの帽子をかぶり、ヴィンテージ・ロックのLPレコードをかけてリラックスするのが秘かな楽しみだったのだ。そん なささやかなお楽しみを終えたジャックは、「ドローン」からの救難信号を辿っていく。すると、「ドローン」はどうやら地下の奥深くに通じる穴に落ちている ようだ。「ドローン」を求めて地下深く降りていくジャック。そこはどうやらかつての図書館だった場所のようだ。ジャックはその奥底でようやく「ドローン」 らしき物体を発見するが、実はそれは罠だった。いつの間にか周囲をスカヴたちに囲まれたジャックは、何とか彼らを撃退して辛くも穴から脱出する。しかし、 スカヴたちは明らかにジャックを生け捕りにしようとしていた。一体、何のために? そんなある日、地上での爆発を目撃したジャックは「バブルシップ」でパ トロールに出動。ナゾの飛行物体が墜落しているのを発見する。慌てて現場に急行したジャックは、それが地球の宇宙船であることに気づく。しかも、人工冬眠 カプセルに収納された生存者までいるではないか。それらのカプセルの中のひとつを覗き込んだジャックは、生存者の顔を見て衝撃を受ける。何とそれは、 ジャックが夢で見てきたあの女(オルガ・キュリレンコ)だったのだ!

みたあと

 現代のニューヨークがモノクロで出てくるオープニング。それを見た時、僕は唐突に、別のトム・クルーズ主演映画のことを思い出した。スペイン映画「オープン・ユア・アイズ」(1997)をハリウッド・リメイクした「バニラ・スカイ」(2001)の一場面、クルーズが無人のニューヨークを徘徊する幻想シーンだ。考えてみれば今までトム・クルーズは「マイノリティ・リポート」(2002)、「宇宙戦争」(2005)と2本のスピルバーグ作品でSFに挑戦しているが、この「バニラ・スカイ」もどこかSF的設定の作品だと言える。そして今回の作品は、クルーズ映画の中ではどちらかと言うとこの「バニラ・スカイ」と通じるようなテイストを感じる仕上がりになっているのだ。
ここからは映画を見てから!

みどころ
  先にも述べたように、僕はSF映画が好き。その中でも特に「地球の破滅」テーマが好きだ。その理由が「廃墟」好きだからであることも、先に述べた通りだ。 今回の作品は、そんな僕のとってグッと来る要素が満載。特にニューヨークのエンパイア・ステート・ビルが重要なアイテムとなっているところが嬉しい。僕が 大昔にニューヨークを訪れ、お上りさんぶりを大いに発揮した時のワクワク感を思い出した。それ以外にも、スタジアムの残骸でクルーズが「スーパーボウル」 を懐かしがったり、緑と水に満ちたオアシス的な場所でクラシック・ロックのLPレコードを聴いたり…失われた地球へのノスタルジーがたっぷり込められてい て、なかなかに哀愁が漂っているところに惹かれる。僕が最初にまず「バニラ・スカイ」と共通するテイスト…と感じたのは、このどこか哀愁漂う雰囲気による ものだろう。実はこの作品、見ている間はいろいろ謎めいた展開にドキドキしながら見てしまうが、ある程度見ていくと最近公開されたさまざまなSF作品との 共通点を多く見つけてしまう。例えば…主人公が夢で見るイメージが彼の本当の人生だったという設定はついこの前リメイク版が公開された「トータル・リコール」(2012)、さらに映画の後半に出てくる重要な要素は「月に囚われた男」 (2009)…と、近年のSF映画と通じる設定がチョコチョコ出てくるのだ。だから人によっては「オリジナリティがないお話」と思ってしまっても仕方ない かもしれない。しかし僕はそういうさまざまな作品との共通性を感じてはいても、本作を「オリジナリティのない作品」とは感じなかった。それはこの作品の持 つ「哀愁」に大いに惹かれたからだ。それはもちろんエンディングで主人公とヒロインの辿る運命についても言えることだが、かつて主人公ジャックのパート ナーであるビクトリア(アンドレア・ライズブロー)が、彼に対して片思いにも似た感情を抱いていたような設定になっているあたりの細やかさにも強く感じる ことだ。このような映画全体の中では脇道のような設定にも細やかな気配りを見せる、作り手のデリカシーが好ましく感じられるのである。僕はいろいろ例外は あるものの、映画におけるSFは「絵」であると感じているし、SFというジャンル自体についてはテクノロジー的興味や先進性ではなく、むしろセンチメント やデリカシーを感じたいと思っている。この作品は絶滅した地球の廃墟という「絵」でSF映画として満足させ、全編に漂う「哀愁」でSFとしての妙味を堪能 させてくれた。「トロン:レガシー」(2010)の監督でもあるジョセフ・コシンスキー、今後もSF映画の作り手として大いに期待できるのではないか。

さいごのひとこ と

 トム・クルーズのSF、スピルバーグ以外でもいけるやん。


 

「G.I.ジョー/バック2リベンジ」

 G.I.Joe - Retaliation

Date:2013 / 07/ 15

みるまえ

 前作「G.I.ジョー」 (2009)を見た時、露骨に続編ができそうなエンディングに笑っちゃったものの、絶対に製作されても見ることはないな…と思っていた。正直言ってハスブ ロ製作でオモチャが原作の幼稚な大味映画だったし、イ・ビョンホンのヘンテコ忍者にも呆れてしまったからだ。そういうのはRAIN(ピ)だけでお腹いっぱ いだよ。だからこの続編の話が具体的に伝わってきた時も、僕はまったく見る気が起きなかった。余裕で無視しようと思っていたくらいだ。今回、何と大物ブ ルース・ウィリスが参加するというニュースを聞いても、「だから何なんだ?」としか思えない。まぁ、「ダイ・ハード/ラスト・デイ」 (2013)でブルース・ウィリスにもありがたみが感じられなくなっていたから、とてもじゃないが僕の気持ちを翻させるほどの「付加価値」には思えなかっ たわけだ。ところが予告編が劇場にかかり出すと、僕はもっと大きな「付加価値」がこの作品に加えられたことを知ることになった。ドウェイン・ジョンソン だ! 元レスラーのザ・ロックことドウェイン・ジョンソンは、現在の僕にとって最も気になる「映画スター」。そのドウェイン・ジョンソンが、なぜかこの 「G.I.ジョー」続編に参加しているではないか。そうなると、ハナっから話が違ってくる。ブルース・ウィリスなんてどうでもいいが、ドウェイン・ジョン ソンの新作なら見たい。おまけに3D。3D好きの僕にはこれはご馳走だ。多少イ・ビョンホンがチラつこうが気にならない。たちまち僕にとってこの作品は、 見なくちゃならない作品に一気に格上げしたのだった。
ここからは映画を見てから!

ないよう

  ここは北朝鮮の非武装地帯。真夜中の軍事基地に秘かに進入しようとしているのは、正義の秘密多国籍軍「G.I.ジョー」の面々。かつてこの「G.I. ジョー」に新入りとして飛び込んできたデューク(チャニング・テイタム)は今や部隊の隊長となり、屈強なロードブロック(ドウェイン・ジョンソン)、やん ちゃなフリント(D・J・コトローナ)、タフな紅一点レディ・ジェイ(エイドリアンヌ・パリッキ)、マウス(ジョセフ・マッゼロ)といった連中を指揮して いる。今回はこの基地に捕らえられている人物を奪還するというのが任務だ。淡々と任務が進んでいく中で、元々ちょっと血の気が多いフリントはスタンドプレ イを実行。たちまち軍事基地は阿鼻叫喚の大騒ぎで、唖然とする一同の目の前で「G.I.ジョー」の軍旗がはためくという始末。そんなことをやらかしても、 キッチリ「やることはやる」のが最強軍団「G.I.ジョー」の余裕というものだった。任務外の時間でも、隊長のデュークと超ベテランのロードブロックは仲 良し。特にロードブロックはデュークより年上で歴戦の勇者なのにも関わらず、自分は指揮する側には向かないと「一兵卒」としてデュークを支えていた。そん なある日、パキスタンの大統領が暗殺されて国内は内戦状態に突入。パキスタンの保有する核兵器が誰の手に落ちるか分からない状況のなか、アメリカ大統領 (ジョナサン・プライス)の命を受けて「G.I.ジョー」がこの核兵器の確保に乗り出すことになった。こうしてパキスタンの軍事施設に乗り込んだデューク はじめ「G.I.ジョー」の面々は、あっという間に核兵器を確保して施設を脱出することに成功。あらかじめ決められた地点にやって来ると、作戦成功の連絡 をホワイトハウスに連絡した。やがてどこからともなく、ジェット戦闘機が飛来して来る。当然、味方がやって来たものと思っていたデュークとロードブロック だが、次の瞬間、このジェット戦闘機は機銃掃射と爆撃を開始した。不意を突かれて、次々と倒れていく「G.I.ジョー」の隊員たち。何と隊長のデュークま でもが、フリントを救おうとしてロードブロックの目の前で命を落としてしまう。何とか地獄のような状況から脱出したロードブロック、フリント、レディ・ ジェイの三人は、井戸に隠れることで敵の目をくらますことができた。しかし、今回派遣されたそれ以外の「G.I.ジョー」隊員たちは、敵の攻撃の前に全滅 するしかなかった。翌朝、井戸から出てきた三人は、その無惨な現実に打ちのめされてしまう。しかもこの攻撃がホワイトハウスにした連絡と無関係ではあり得 ないことから、ロードブロックはアメリカ大統領が「敵」であると気づくのだった。しかし、それはほぼ全世界を敵に回すに等しい。同じ頃、アメリカ大統領は テレビの記者会見で、パキスタン大統領の暗殺と一連の内戦は「G.I.ジョー」の仕業であると発表。実はアメリカ大統領は本人ではなく、かつて「G.I. ジョー」が戦って来た国際テロ組織「コブラ」から送り込まれた替え玉だった。そんな絶対絶命の状況ではあるが、辛くも生き残った三人は「コブラ」に対する 反撃を誓うのだった。その頃、 ドイツにある凶悪犯罪者用の刑務所に、新たな囚人が連れてこられる。それは残る「G.I.ジョー」の大物で、パキスタン大 統領暗殺に関わったとされていた黒い仮面忍者のスネークアイズだ。デカい獲物を迎える刑務所長(ウォルトン・ゴギンズ)は、ゴキゲンで彼を地下のVIP ルームへと案内する。そこにはすでに捕らえられていたコブラコマンダー(ファラン・タヒール)とデストロという2大凶悪犯が、ガラスチューブの中に人工冬 眠状態で拘束されていた。当然、スネークアイズも仲良く彼らの仲間入りということになる。ところが例の仮面をはずしてみると…何とスネークアイズではな く、これまた「コブラ」一味の忍者ストームシャドー(イ・ビョンホン)ではないか。しかし、これはこれで大物犯罪者であることに変わりはない。刑務所長は ご満悦で、ストームシャドーを同じようなガラスチューブの中に拘束させるのだった。ところが刑務所の外では、やって来たナゾのバイクライダーがいきなり爆 撃。このライダー、実は「コブラ」の強者ファイヤーフライ(レイ・スティーブンソン)だった。同時に地下のVIPルームでは、ストームシャドーが本性表し て大暴れ。コブラコマンダーを解き放ち、乱入してきたファイヤーフライと合流して脱出しようとしていた。しかし刑務所長が殺される前の最後の意地を見せて 爆発を起こし、ストームシャドーは大やけどを負いながらコブラコマンダー、ファイヤーフライとその場を離れるのだった。その頃、東京では、ホンモノのス ネークアイズ(レイ・パーク)が忍者の嵐影一族の師ブラインドマスター(RZA)と女忍者のジンクス(エロディ・ユン)と会っていた。そこでスネークアイ ズは、逃げたストームシャドーが治療のためにヒマラヤ奥地の秘寺に逃げ込んだことを知る。ストームシャドーの身柄を確保するため、スネークアイズはジンク スと共にヒマラヤに飛んだ。一方、何とかアメリカ本土に戻ってきたロードブロック、フリント、レディ・ジェイの三人は、反撃のために頼りになる味方が必要 だと考える。しかしその問いには、ロードブロックがすでに答えを出していた。「ここは元祖G.I.ジョー、ジョー・コルトン司令官(ブルース・ウィリス) を頼るしかない!」…。

みたあと

  正直言って、前作「G.I.ジョー」のことはあんまり覚えていない。でも、どうせこんなバカ力映画なんだから、そんなもん覚えてなくても問題なかろう…と 思っていた。ただ前作の終わりにジョナサン・プライス扮するアメリカ大統領が替え玉にすり替えられたことは知っていたから、それが本作の伏線になるだろう ということは知っていた。こうして本作を見始めたわけだが、いきなり北朝鮮が舞台として登場。先日見た「エンド・オブ・ホワイトハウス」(2013)でも 悪役にされていたし、今の世界で無条件に「悪」として描けるのはこの国ぐらいしかないかも(笑)。ただ、このエピソードも実はボンド・シリーズのオープニ ングみたいな「さわり」の部分でしかない。それでも前作で新入りの「青二才」でしかなかったチャニング・テイタム扮するデュークが、隊長として偉くなって 登場してきたのにはちょっと感慨みたいなモノを感じたし、今回新たに参加の頼りになる男ドウェイン・ジョンソンの存在にニンマリ。僕はドウェイン・ジョン ソン目当てで本作を見たのだから、正直言って彼の存在だけあれば満足。だから、今回の作品は楽しめそうだという手応えを、このイントロ部分で十分感じた。 ただ、それ以外のメンバーはというと…前作からのつながりはまるでない。チャニング・テイタムの元恋人で「コブラ」に操られていたシエナ・ミラーとか、 「G.I.ジョー」の元締的な存在の将軍デニス・クエイドなどの重要人物だけでなく、それ以外のテイタムの戦友たちとかも一切いなくなってしまっている。 しかも、いなくなってしまったことへの説明もまったくなし…ってのは、果たして「続編」としていかがなものなのだろう。こうも前作のメンバーをバッサリ やっちゃってるというのは、やっぱり見ている側の僕だけでなく、作ってる側も前作を「イマイチ」と思っていたのではないか。そのあまりの「潔さ」に唖然と して映画を見ていると、すぐにもっと唖然とする瞬間がやって来た。何と映画が始まって10分も経たないうちに、「主人公」であるはずのチャニング・テイタ ムが画面から消えてしまうではないか!

みどころ
  何と前作の主要人物の大半が消えただけでなく、「主人公」とおぼしきキャラクターまで消滅。その他で前作から持ち越されているのは、顔を隠した仮面の忍者 みたいな奴ばかり(笑)。イ・ビョンホンも持ち越し組だったが、正直言ってこれはありがたみなし。これって「続編」にする意味あったのか。ただし、僕は別 に前作に何の愛着もなかったので、これでも全く問題はない。驚くべきは、おそらく作り手の方も前作にまったく愛着がなかったらしいこと。実際に大暴れして 抜群のスター・バリューを見せるのは、わがごひいきドウェイン・ジョンソンとブルース・ウィリスという二人の「新規加入組」というのもスゴイ。ほとんど前 作は「なかったこと」にされているのである。そしてキッパリと前作と決別したことが、この作品に限っては「正解」だった。明らかに娯楽映画として、今回の 作品の方が面白いのである。僕がドウェイン・ジョンソンが好きだという贔屓目を割り引いたとしても、間違いなくこれだけは言える。特に仮面忍者と女忍者が ヒマラヤの高山で長いロープにぶら下がりながら敵と戦うシーンなどは、抜群の3D効果もあって圧巻。終盤で何とも安易にロンドンを壊滅させてしまう無神経 さは少々気になるものの、派手なアクション映画として今回の作品は結構面白く作られている。少なくとも、前作にどうしようもなく漂っていた「お子様映画」 臭は、今回ほとんど払拭されている。監督したのは新顔のジョン・M・チュウという中国系の人物。「ワイルド・スピード MEGA  MAX」のジャスティン・リンといい、イマドキのハリウッドでは東洋系の監督が「新興勢力」となってきているのだろうか。

さいごのひとこ と

 別にG.I.ジョーでなくてもよかったかな。


 

「モネ・ゲーム」

 Gambit

Date:2013 / 07/ 08

みるまえ

 「英国王のスピーチ」 (2010)でのオスカー受賞で一気にスターダムに突入した観があるコリン・ファース、最近ちょっとご無沙汰っぽかったキャメロン・ディアズ、こちらも少 々お久しぶりなアラン・リックマンという見るからに楽しげな顔合わせのコメディと来れば、映画ファンとしては見たくなるのが当然。おまけにあのコーエン兄 弟が脚本にも噛んでいるとくれば、期待は高まるばかり。しかし、これだけ豪華なメンツの割にはあまり話題になっていないし、どことなく地味〜な印象なのが 気になる。果たして面白いのか面白くないのか、早速、劇場へと確かめに行った次第。感想文が遅れに遅れたのは、単に僕の怠慢のせいである。

ないよう

  典型的なイギリス紳士の美術鑑定士ハリー・ディーン(コリン・ファース)は、ひどく腹を立てていた。そして知性も教養もあるハリーではあったが、ついに復 讐に立ち上がることを決意したのだった。事の起こりは、彼が雇い主のライオネル・シャバンダー卿(アラン・リックマン)から無能呼ばわりされたこと。メ ディア王として君臨し、傲慢さと横暴さで知られるシャバンダーは、カネにモノを言わせての美術品コレクターとしても知られている。それでハリーが雇われて いたわけだが、これまでずっと言いたい放題言われてきた。そんなハリーも、ついに堪忍袋の緒が切れた。そこでハリーは長年の旧友ナイジェル・ネルソン= ウィンゲイト少佐(トム・コートネイ)の協力を得て、シャバンダーを一泡吹かせてやろうと思いついたわけだ。実はナイジェルは知る人ぞ知る絵の贋作の名 人。そこで彼が描いた偽造名画をシャバンダーに売りつけようというのが計画だった。その名画こそ、モネの「積みわら」だ。第二次世界大戦後にナチから美術 品が奪還された際に、そこに関わっていた米軍のプズナウスキー軍曹が隠し持っていた…というストーリーで、アメリカにいるプズナウスキー軍曹の孫娘PJ・ プズナウスキー(キャメロン・ディアズ)を所有者として担ぎ出し、うまいことシャバンダーをカモってやろうというわけだ。モネの「積みわら」を目の前にぶ ら下げれば、あのシャバンダーが引っかからないわけがない。すでにハリーの頭の中にはその壮大にして緻密な計画がカッチリと形作られており、成功が手に取 るように分かっていた。後は実行するばかり。早速、ハリーとナイジェルはアメリカはテキサス州へと飛ぶ。例のPJ嬢に話を持ちかけるためだ。彼らが足を運 んだのは、英国紳士には恐ろしく場違いなロデオ大会会場。PJ嬢はここで競技に参加し、その素晴らしい腕前を披露していた。彼女は根っからの西部娘で、泣 く子も黙るロデオクイーンなのだ。さらにカントリー&ウエスタンが流れる酒場で、彼女とコンタクトをとろうとするハリーとナイジェル。ところが綿密に立て てきた計画通りには、どうにも物事は運ばない。ハリーはPJ嬢に声をかけるつもりが、なぜか酒場の荒くれ者たちのケンカに巻き込まれてボコボコにされる。 ただ、酒場の外でハリーとナイジェルがぐったりしていた時、PJ嬢の方から声をかけてくれたのは不幸中の幸いだった。さて、そこからはトントン拍子に事は 動いていくと思っていたハリーだったが…。

みたあと

  映画が始まると、お話の概要をシャレたアニメで紹介。何だか1960年代の「ピンクの豹」(1963)みたいなシャレたコメディ映画を連想させるスタイ ル。それもそのはず。この作品、シャーリー・マクレーンとマイケル・ケインが共演した「泥棒貴族」(1966)という作品のリメイクだというではないか。 先に挙げた「ピンクの豹」などと同じように、テレビの攻勢などで没落が始まっていたハリウッドが、人件費の節約などを狙ってヨーロッパで映画を作っていた 時代の作品。な〜んとなくどんな作品だか、その雰囲気が透けて見えてくる。本作のイギリス臭も、オリジナル作品の気分をどこか再現したものなのだろう。こ の作品をリメイクしようとするあたり、さすが映画マニアのコーエン兄弟…と言いたいところだが、問題は今回の作品が彼らの監督によるものではないというと ころ。今回の作品の監督を務めたマイケル・ホフマンは、かつて「ソープディッシュ」(1991)という作品を見たことがある。サリー・フィールドやケビ ン・クライン、ロバート・ダウニー・ジュニアにエリザベス・シューなどの豪華な顔ぶれによるこの作品はアメリカのテレビドラマ制作現場を扱ったコメディ で、確か結構面白かった記憶がある。しかしそれ以外のこの人の作品は知らないし、この「ソープディッシュ」から今回の作品まで何をしていたのかもまったく 承知していない。何でこの人が監督に引っ張り出されたのかも分からない。冒頭のアニメから快調なテンポで始まったこの作品ではあるが、そんな意味で少々不 安が残ったのも確かだった。
ここからは映画を見てから!

こうすれば
  コリン・ファース、キャメロン・ディアズ、アラン・リックマンという3人のスターの組み合わせで、シャレた味わいのコメディが楽しめる…映画を見る前はそ んなイメージを漠然と抱いていた。そのイメージは映画が始まっても持続していたし、実際そういう映画であったことも事実なのだが、たったひとつ予想とは食 い違っていたことが…。それは、今回の主人公であるコリン・ファースの扱いである。当然のことながら、観客の大半はコリン・ファースにある程度感情移入し て見ることになるのだが、彼が建てた計画が想定通りになかなか動いてくれない。そんなコリン・ファースのドジっぷりを笑うのがこの作品の面白味ということ になるのだろうが、元々がイヤな男への仕返しで始まっているだけに、正直言って見ていて気の毒になってしまう。つまり、彼が可哀相になってあまり心から笑 えないのだ。おまけに彼の援軍として連れてきたキャメロン・ディアズも、テメエ勝手な女にしか見えない。これは少々彼女にも同情すべき点があって、もしこ の映画があと10年早く製作されていたら、もっとこの役は天真爛漫で楽しいものになっただろう。しかしいいかげんトウが立ってしまった彼女では、アッケラ カンとしたカウガールなんてイヤミにしか感じられない。今ひとつはずんだ感じを出せないのである。これは本当に残念だ。こうしてコリン・ファースは可哀相 でキャメロン・ディアズはハジケられない…となってしまうと、映画の楽しさもイマイチふくらまない。せっかく面白い脚本があっても、どうしても奥歯にモノ の挟まったような感じになってしまうのだ。実はこのお話には最後に大ドンデン返しがあって、「だから、このようになっていたのか」と思わされることになる のだが、それでも映画の大半でコリン・ファースはあまりに可哀相なままだったから、何となくスカッと痛快にならない。いろいろとバランスが崩れすぎている のである。僕がなかなか感想文を書く気になれなかったのも、そんな理由からだとご理解いただきたい。やっぱりコーエン兄弟が自分で監督したがらなかったの も、そのあたりの予想がついていたからじゃないか。

さいごのひとこ と

 楽しくないコメディはツライ。


 

「イノセントガーデン」

 Stoker

Date:2013 / 07/ 08

みるまえ

 つい先日、韓国のキム・ジウンのハリウッド・デビュー作「ラストスタンド」 (2012)が公開されたと思ったら、今度はパク・チャヌクがハリウッド進出である。そして、キム・ジウンの「ラストスタンド」が過去の彼の作品と同じく ジャンル映画の影響を強く受けていたのに対して、パク・チャヌクの本作はあくまで陰性な作品のようだ。実は僕にとってパク・チャヌクは「JSA」(2000)以来ずっと評価してきた監督ではあるものの、「オールド・ボーイ」 (2003)のイヤ〜な印象で「苦手な映画作家」のイメージがベットリついてしまった。そのイヤ〜な印象とは「作品の後味が最悪」ということよりも、当時 世間に氾濫していたいわゆる「韓流映画」のコケ脅し感を象徴しているようなイヤな感じ。作品としての必然性や訴えたいこととは関係なく、とにかく刺激的で あればいい、こんなシビアなオチを持ってくるオレは偉い…みたいなことをアピールするために、殊更にショッキングな要素を無理矢理押し込んだような内容に 感じられたからイヤだったのだ。あれだけ韓国映画が好きだった僕が、凡百の「韓流映画」に辟易してしまった理由も大体がそんなところだ。もちろんパク・ チャヌク作品がそんなあまたある「イケメンが主役」で「甘っちょろいお話」で「コケ脅しのオチ」の「韓流映画」と一線を画しているのは、この僕だって百も 承知。しかし無駄などんでん返しやセンセーショナリズムで、作品としての成功や充実よりも作り手の「オレってスゴイだろ」的ドヤ顔アピールを優先して作っ ているみたいな映画作りの姿勢は、何だかウケ要素だけで大量生産の工業製品みたいに作られていた「韓流映画」たちと大して違いがないように思えた。こう 言っちゃ何だが…この人たちを十把一絡げで語ってしまうのは危険と知りつつも、どうしても彼らは「いい映画を作りたい」とか「お客さんを楽しませたい」と いうことよりも、「オレってスゴイ」ということをアピールする歪んだ虚栄心の方を優先しているように見えるのだ。そんな「オールド・ボーイ」のウンザリ感 があまりに強かったため、その後パク・チャヌクが「親切なクムジャさん」(2005)や「乾き」 (2009)といった好感の持てる作品を発表しても、僕はどうしても彼を信頼する気になれなかった。ましてハリウッド・デビュー作と来れば、なおさらであ る。パク・チャヌク、さぞや得意の絶頂でやりたい放題やらかすだろうと思ってしまう。何と彼をハリウッドに迎えるにあたって、主演に「アリス・イン・ワン ダーランド」(2010)のミア・ワシコウスカや超大物ニコール・キッドマンまでが駆り出されるという好条件が用意されたということも、僕にとってはイヤ な予感を抱かせる要素にしかならないのである。

ないよう

  郊外の大きな屋敷に、ちょっと変わり者のインディア・ストーカー(ミア・ワシコウスカ)という少女が住んでいた。その日は彼女の18歳の誕生日。毎年、彼 女の誕生日には、屋敷の広大な敷地の中のどこかに父親(ダーモット・マローニー)からのプレゼントが隠されているのが恒例だった。ただしユニークなのは、 それが毎年、少しずつ大きくなる彼女の足に合わせた「クツ」であること。今年もどこかにプレゼントは隠してあるはず…と、インディアは喜び勇んであちこち 探し回る。しかし、やっと見つけたプレゼントの箱にはごくごく小さいカギがひとつ入っているだけ。そして、この謎めいたプレゼントを不思議に思っているヒ マは、インディアにはほとんどなかった。その日の午後、インディアの父が亡くなったという報がもたらされ、屋敷は上へ下への大騒ぎになったからだ。こうし て壮大な屋敷で、インディアの父の葬儀が始まった。昔からどこか心を閉ざしがちだったインディアは、父とはライフルを持って狩りに一緒に出かけたりして仲 良くしていたものの、母エヴィ(ニコール・キッドマン)とはどうもソリが合わなかった。それなのに、その母と二人きりで取り残されるとは…。それでなくて も取り付くシマのないインディアは、ますます頑なになるばかり。使用人たちがインディアの父の事故死についてアレコレと噂話をしているのが聞こえてくるだ けでも、機嫌がどんどん悪くなってくるインディアではあった。そんな葬儀の日、突然思わぬ客が屋敷を訪れてくる。長年、行方不明だったという叔父のチャー リー(マシュー・グード)が、突然戻ってきて姿を現したのだ。このチャーリー、インディアが初対面だっただけでなく、母エヴィですら会ったのは初めて。今 までどこにいて何をしてきたのは不明だが、ともかく妙に知的でスマートで…そしてどことなくクールな印象のチャーリーに、母エヴィは惹かれているようだ。 そんなミステリアスなチャーリー叔父は、その日からしばらく屋敷に滞在することになった。その翌日、インディアは家政婦のマクガーリック夫人(フィリス・ サマーヴィル)が例のチャーリーと口論しているのを目撃する。ところがそのマクガーリック夫人は、その日を境に屋敷からなぜか姿を消してしまうのだっ た…。

みたあと

  映画冒頭から漂う、ただならぬイヤ〜な感じ。風変わりなヒロイン、風変わりな屋敷、風変わりなプレゼント、そして風変わりな訪問者…。「オールド・ボー イ」や「親切なクムジャさん」の監督が手がける作品としては、まさにピッタリな題材だと言えよう。何か起きそうな雰囲気がジワ〜ッと伝わってきて、サスペ ンス映画としてはいい感じ。また、韓国時代の作品にあったような過剰なまでの「刺激のための刺激」みたいな趣向も感じられないし、悪くないんじゃないだろ うか。そんなわけで、僕は冒頭から結構ワクワクして見ていた。こりゃあパク・チャヌクのハリウッド・デビュー、成功なんじゃないのか。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
  久々に帰ってきたという触れ込みだが実際には素性がよく分からない叔父、毎年毎年ヒロインに父親から送られていたクツの誕生日プレゼント、何かを伝えよう として現れた人物が突然姿を消していくミステリー…。意味ありげな設定、意味ありげな小道具、意味ありげな芝居を見せていく役者たち…。そういうこの映画 を構成する要素のひとつひとつは、なかなかうまく出来ている。突然の訪問者マシュー・グードのいかがわしさ、胡散臭さなど、絶品という他ない。あのゆで卵 のように異様にツルンとしたハンサムな顔が、ジワジワとした恐怖を感じさせてくれる。そんなわけで、映画の構成要素はそれぞれなかなかいい感じを出してい る作品なのだが…。ズバリと言ってしまうと、「だから何なんだ」という感じ(笑)。ただ、脚本の狙いはちょっと面白くて、人を殺すことを何とも思わないど ころか、むしろ喜びを感じるという「忌まわしい血」に関する物語…という発想はなかなか秀逸。僕は以前に見たケビン・コスナー主演「Mr.ブルックス/完璧なる殺人鬼」 (2007)をちょっと連想してしまったが、そんな娘にも流れている「忌まわしい血」を抑え込むためのガス抜きをしようとしていた父親…という発想はうま いなと少し感心もした。それなのに、何で僕は「だから何なんだ」(笑)と思ってしまったのか。それは正直言うと、毎年ヒロインに送られていたクツのプレゼ ント…なんて意味ありげな設定が、実はあまり意味がないからではないだろうか。映像としてはそれらのちょっとずつ大きくなっていくクツとそれらを入れた箱 の数々をズラリと並べて、それらと一緒にベッドに横たわるヒロイン…って絵柄はビジュアル的には面白い。だが、それってあまり意味がないのなら、それに 「意味ありげ」な印象を持たせるのは本末転倒だ。それ以外にもその手の「意味ありげ」なアイテムは映画全編に散らばっていて、しかもそれらが十二分に機能 しているわけでもない。これは脚本の欠陥ということもあるのだが、元々パク・チャヌクが映画作家として持っていた資質のせいのようにも思えるのだ。確かに 今回パク・チャヌクは、「これ見よがし」で過剰な「刺激のための刺激」を映画に持ち込みはしなかった。しかし意味があるんだかないんだか分からない「意味 ありげ」なアイテムは、あちこちに散らばせていたのだ。これがイヤ〜な「雰囲気」、不吉な「感じ」の醸成だけに使われてしまった…という印象が、何となく この作品を見終わった時の「虚しさ」につながっているのではないか。だから、確かに見ている間はそれなりにワクワクはするのだけれど、見終わってみると 「なぁんだ」と言いたくなってしまう結果になっている気がするのだ。しかしこうは言って見たものの、僕は今回の作品について脚本家やパク・チャヌクだけを 責めるのは間違っている気がする。実は僕は今回の映画の最大の誤算について、風変わりなヒロインにミア・ワシコウスカという女優を起用したことにあると 思っているのだ。確かにどこか心を閉ざしているような娘という役柄は、この女優にピッタリなような気がする。そもそもそれまでの彼女のフィルモグラフィー が、「アリス・イン・ワンダーランド」に「永遠の僕たち」 (2011)だ。いかにも今回のヒロインに向いているような気がするではないか。しかし僕は、「アリス・イン・ワンダーランド」は予告編を見て何となくイ ヤな予感がしたため本編は結局見ずに終わり、「永遠の僕たち」は本編を見たものの何とも不愉快な映画体験を味わった。そうだ、そうだったのだ。この女優っ て根本的に問題がある。ファンには大変申し訳ないが、ハッキリ言わせてもらうとミア・ワシコウスカの不細工で不機嫌そうなツラが、見ていて何とも不愉快な のだ。これはオマエの主観だろと言われれば完全にそうだが(笑)、不細工なものはどうしたって不細工だ。おまけに愛想もなし。いつも面白くも何ともない顔 をしている。逆に僕は今回の映画を見た結果、何で「アリス・イン・ワンダーランド」を見たくなくなったのか、何で「永遠の僕たち」にウンザリしたのかがよ く分かった。ミア・ワシコウスカのまずいツラを見たくなかったのだ(笑)。しかも、今回はツラがマズいだけではなく、演じている役柄にもイライラさせられ る。特に見ていて怒りがこみ上げてくるのは、色気付いたこの娘が不細工なくせに男とヨロシクしようなどとわざわざ出向いて行ったあげく、気を引くだけ引い て途中で拒否するというくだり。オマエその態度は何なんだ。不細工の分際で構ってもらえただけでもありがたく思え。しかもこの娘が不用意にこんなことをや らかしたおかげで、男の方は何も悪くないのにとんでもない目に遭わされてしまうのだ。おまけに娘はその後でその光景をオカズにシャワーで「こいて」る始末 (笑)。オマエしまいにはいいかげんにしろよ。このくだりの展開を見て、ヒロインを好意的に見ることはまったくできなくなるし、そもそもが鬼瓦みたいなツ ラのミア・ワシコウスカだからますますウンザリしてくる。こう言っちゃ何だが…一番死んで欲しいこいつが主役だから、サスペンスになんかなるわけがないの だ。映画の設定としてはハイティーンの不安定な娘の気持ちを理解できない無神経な母親という感じで、ニコール・キッドマンの役柄もいささか疎んじられてい る扱いなのだが、それすら「こんな娘じゃあイヤになるのも道理」と不当な扱いに感じられてくる。万事がこんな感じで、不細工ミア・ワシコウスカが主役であ るが故に、作品全体の狙いが地味に損なわれている気がするのだ。これについてはみなさん異論反論いろいろあるかと思うが、僕としてはちょっと譲れないセン としか言いようがない(笑)。あと、ついでに言わせてもらえば…最近すっかり残念な年増女専門役者となってしまった観があるニコール・キッドマンも、 ちょっと見ていて寂しかったかなぁ。

さいごのひとこ と

 こんな娘に銃の扱いを教えるな。


 

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