新作映画1000本ノック 2013年6月

Knocking on Movie Heven's Door


こ のページの作品
「フッテージ」 「ジャッキー・コーガン」 「ラストスタンド」 「アイアンマン3」

 

「フッテージ」

 Sinister

Date:2013 / 06/ 24

みるまえ

 こんな 映画があるとはまったく知らなかったが、たまたま公開日に小さな広告を見て興味を持った。「フッテージ」というタイトル。どうやら8ミリ・フィルムに猟奇 殺人の現場が写っていて、それを見た男が味わう恐怖の体験を描いた映画らしい。ほとんど宣伝も行われていないようだし、まったく話題にもなっていない。さ ほどホラー好きでもない僕だけに、本来だったらこんな映画まで見に行くこともないだろう。僕が引っかかったのは「8ミリフィルム」というただ1点のみ。 昔、8ミリ映画を作っていたことから、どうしても8ミリ映画が出てくる映画には目がないのだ。もちろん例の「スーパーエイト」(2011)は大いに喜び勇んで見に行ったし、アラン・タネールの「白い町で」(1983)で主人公がやたらと8ミリカメラを回しているのを見て、フィルム代が気になりながらもワクワクした(そのフィルムをいつ現像しているのか…という野暮なことも考えちゃったが)。あの悪名高いニコラス・ケイジ主演の「8mm」(1999)でさえ、胸くそ悪くなりながらも興味津々で見ちゃったほどだ。8ミリが出てくる映画には、どうしても無条件で反応してしまうようなのである。これはどうしても見ないわけにはいくまい。果たしてこれは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」 (1999)タイプの、記録媒体に写った恐怖を扱ったものなのか。それとも「8mm」のように、たまたま猟奇殺人を撮影したフィルムを見て、事件に巻き込 まれていくのか。こんなにチマッと公開されるとキワモノではないかという疑いも出てくるが、主演がイーサン・ホークと書いてあるのを見る限りでは、そう無 茶な作品でもあるまい。そんなわけで、僕はあまり行きつけてない渋谷の映画館まで見に行ったわけだ。しかし感想文を書くまでに2か月近くかかってしまっ た。申し訳なし。

ないよう

  退色し、画面もチラつく8ミリ・フィルムの映像。そこには大きな木の近くに4人の人物が立っている姿が写っている。4人の人物のうち2人は大人、あとの2 人は背が低い子供らしい。全員が頭に袋をかぶせられていて、どうやら両手は後ろで縛られているようだ。一見して異様な光景である。ところが次の瞬間、張っ てあったロープが切られて曲げられていた枝がぴ〜んと伸びるのに伴い、その4人たちが首からロープで一気に吊り下げられていく。世にもおぞましい首括りの 様子を記録した映像だ。果たして、この8ミリ・フィルムの映像は一体…。さて、場面変わってここはペンシルバニア州の田舎町。郊外の一軒家に、夫のエリソ ン・オズワルト(イーサン・ホーク)と妻トレイシー(ジュリエット・ライランス)、それに子供二人の一家が今まさに引っ越してきたところ。しかし、エリソ ンがここに越してこようとしたいきさつには、ちょっとしたいわくがあった。実はこの家、かつて住んでいたスティーブンソン一家4人が首を吊されて死に、娘 一人だけが行方不明になった事件の舞台だったのだ。エリソンはかつてある迷宮入り事件の真相に肉薄した犯罪ドキュメント本で有名になった作家で、以来その 手の作品ばかり手がけてきた。しかし、近年ではどうも作品は不発。売れないばかりか、その内容でトラブルを引き起こしたりしていた。今回はそんな土俵際一 杯のエリソンが起死回生の一作を放つべく、スティーブンソン一家惨殺事件の真相本を書こうとやってきた。惨劇の舞台となったこの家に引っ越してきたのも、 そんな熱意の表れだ。しかし到着早々、地元保安官(フレッド・ダルトン・トンプソン)のお出まし。前の本でトラブルを起こしたこともあって、保安官は正直 エリソンがやってきたのが迷惑そうだ。町のみんなが忘れたがっていることをほじくるな…と、エリソンにいきなり釘を刺した。そんなエリソンに妻のトレイ シーは「何があったの?」…と不思議そうな表情。実は彼女、エリソンからこの家で起きたことなどまったく聞いていなかったのだ。エリソンもそのあたりを適 当にごまかして、その場を取り繕う。ともかく「イイ作品」のためには手段を選ぶつもりがないエリソンだった。そんな引っ越し第一夜、早速、自分の仕事部屋 に捜査本部よろしく証拠や現場の写真をバンバン貼りだしたエリソン。そんな時、家のどこからか何やら物音が聞こえてくるではないか。その物音は頭上から聞 こえて来るらしい。見ると、屋根裏部屋に上がるための折りたたみ階段があるではないか。コワゴワ階段を上って真っ暗な屋根裏部屋を見ると、大きい箱がひと つゴロリと無造作に置いてある。好奇心にかられて中を見てみると、そこには8ミリ映写機とフィルムが何本か入っているではないか。それらを「仕事場」に 持ってきたエリソンは、すぐに中身を確かめてみた。そのうちの1本は、小箱に「家族一緒に、2011年」などと書いてある。はやる気持ちを抑えながら、エ リソンはそのフィルムを映写機に通した。カタカタと軽快な音で回り出すフィルム。スクリーンには庭で楽しそうに過ごしている一家の姿が映る。すると…一転 して、大きな木の近くに4人の人物が立っている姿が写っている。それは、先ほど楽しそうに写っていた一家らしい。全員が頭に袋をかぶせられていて、どうや ら両手は後ろで縛られているようだ。一見して異様な光景である。ところが次の瞬間、張ってあったロープが切られて曲げられていた枝がぴ〜んと伸びるのに伴 い、その4人たちが首からロープで一気に吊り下げられていく。世にもおぞましい首括りの様子を記録した映像だ…。フィルムが終わり、あまりの衝撃に言葉も ないエリソン。これは、例のスティーブンソン一家惨殺事件の模様を記録した映像ではないか。事件の真相に肉薄しようとして、何と第一夜にしてその核心にた どり着いてしまうとは! しかし、まだ他のフィルムが残っている。こうなると、最後まで見なければ収まらないのがエリソンの悪い癖。早速、次のフィルムを 映写機にかける。すると…今度は別の一家の団らんが写る。やはりスティーブンソン一家の時と同じく、物陰から盗み撮ったような映像だ。やがて画面は一転し て夜になり、庭のプールの周りに縛られた一家が写る。やがてロープが引っ張られて、一家は次々水の中に引きずり込まれる…。エリソンはさらに次のフィルム へ。またしても別の家族の団らん。それがクルマの中に一家が閉じ込められて、それを外から撮影した映像へと変わる。中の家族たちは縛られているようだ。最 後にはクルマに火がつけられ、炎上する場面でフィルムは終わった。さらに、次のフィルム。今度は一家が部屋の中でナイフで斬り殺される。最後のフィルムで は、家族たちは草刈り機の餌食となった…。見終わったエリソンは愕然としながら、それぞれの箱に書いてある西暦の年数を元に、ネットで該当する事件を検索 し始めた。すると…やはりそれぞれのフィルムに写っている事件は、本当に起こったものらしい。それぞれ場所と時期は異なるが、一家が惨殺されて子供のうち 一人が失踪しているということだけは共通していた。さすがに事の重大さに気づいたエリソンは、思わず警察に電話をかける。しかし、結局は一歩手前で踏みと どまって受話器を置いた。もちろんこの「ネタ」を独り占めした方が、今回のドキュメンタリー本にとってはオイシイからである。しかしこのエリソンの決断 は、果たして賢明なものだったのだろうか? 

みたあと

  映画が始まってすぐ、いきなり問題の8ミリ映像が登場。たちまちイヤ〜な雰囲気が漂う。映画が本題に入って主人公一家が引っ越してきても、地元保安官が やって来て露骨に歓迎されない感じ。またイヤ〜な感じ。そもそも彼らが引っ越してきた家が昼間から妙に暗くて怪しげで、またまたイヤ〜な感じ。案の定、早 くも第一夜から屋根裏部屋で8ミリ・フィルムと映写機発見。この屋根裏部屋からしてまたまたまたイヤ〜な感じなところに、見つかった8ミリ・フィルムのヤ バイ雰囲気といったら…実際には大したものが写っていないにも関わらず、何となくいけないモノを見てしまった感がスゴイ。さらに主人公が一旦は警察に連絡 をとろうとするものの、ついつい欲得づくで考えてしまって断念。これが実は運命の分かれ道だったのだが、それは最初から「あっち側」から見透かされていた とも言えるわけで、このあたりはさすがイーサン・ホークの独壇場。そんなこんなしているうちに、いきなり段ボール箱から何やら飛び出して来る! ジワジワ ばかりでなく、そんな脅かしも満載。あの手この手で観客を怖がらせてくれる。これって本当に…面白くなりそうで一向に面白くならなかった、あのリメイク版 「地球が静止する日」(2008)の スコット・デリクソン監督の作品なのだろうか? なかなか頑張っているので、見ていて嬉しくなってしまった。しかし見ていて「アレレ?」と思ったのは、こ の作品って8ミリ・フィルムに写った猟奇殺人の様子から、主人公がその真相に迫るというサスペンス映画ではなかったのだ。それよりも…同じ映像を扱った作 品として、それこそあまりにも有名なジャパニーズ・ホラー「リング」(1998)に近い作品だった。超自然的な恐怖を描くホラー映画だったのだ。僕は最初 「8mm」みたいな映画を予想していたので、軽く肩すかしをくらった気持ちがしたが、それでも映画を面白く見た。それは先にも述べたように、あの手この手 でコワ〜い雰囲気を盛り上げているからである。

みどころ

  先にも述べたように、本作はおよそホラー映画に似つかわしくないイーサン・ホーク主演というのがミソ。一時は成功を収めただけに、落ち目になってからも 「それ」を取り戻したくて必死。名声も崖っぷちまで落ちてしまい、何とかワラをもすがる気持ちで手を出してしまったのが、このいわくありすぎの物件という わけだ。そんな男の哀しさがあふれているのが、主人公がビデオを見ながら酔いつぶれて眠っている場面。彼が見ていたビデオというのが、自分が最初のヒット 作の時に出演したテレビのトークショーの録画というのが泣かせる。いまだに「かつての栄光」にすがっているのも哀れだが、そのトークショーで彼がしゃべっ ている内容も内容で、自分は作品の成功よりも事件の真相を明らかにするのが大事…と、うわべだけの偽善丸出し発言をやらかしているのが超恥ずかしい。しか し現実には、結局は他人の不幸でメシを食おうという見苦しい根性がミエミエ。自分の「成功したい」という虚栄心のためなら、嫁さんや子供をダシに使っても 致し方ない…とばかりにこんな家に引っ越してくるエゴを抑えきれない。だから「真相を明らかにする」どころか、8ミリ・フィルムを警察に通報しようともし ないのだ。いやぁ、この男のセコさ、心の狭さ、情けなさ…全編にわたって「小物感」ムンムンな感じは、さすがにイーサン・ホークと感心。そして、この大し たことのない男である主人公の気持ちが…同様にセコくて心が狭くて情けなくて、何より「小物」で「物書き」でもある僕には痛いほどよく分かる。そこを「魔 物」につけ込まれてしまうのも、実にありそうなことだ。僕が今まで人生で道を踏み外した時のことを思い出す。悪魔は人の心の弱さにつけ入るのである。い やぁ、もう人ごとには思えない。人間の弱さを演じて、イーサン・ホークは絶妙だ。わざわざ彼ほどの芸達者を使う意味がある使い方だ。その他にも、オカルト の権威みたいな学者役で、懐かしや久々のヴィンセント・ドノフリオが登場したり、キャスティングは地味に豪華な顔ぶれ。小品の割には、意外に贅沢な映画に なっているのである。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
  そんなわけでイヤ〜な気分を盛り上げたまま後半になだれ込んでいくが、問題はクライマックス。「なるほど」と思わされるオチがつくのだが、それが意外にも 見ていてショッキングに感じられない。おまけに怖さも感じられないのが、僕としてはかえって衝撃(笑)。理由はおそらくいくつかあって、そのうちのひとつ は終盤に出てくる「子供たち」が顔に変な塗り物をしていて、コワイというよりいたずらしているみたいに見えちゃうからではないか。怖くなさ過ぎ(笑)。あ そこで緊張感がガクッと落ちてしまったのは、間違いないような気がする。それと、そもそもすべては主人公の自業自得ってところも大きい。確かにイーサン・ ホークの好演によって僕にとっては共感すべき人物となった主人公だが、それでも「よせばいいのに」という部分があまりに多すぎる。おまけに家族を巻き添え にした結果…というあたりが、一家の家長としてダメすぎ。見ていて「コワイ」より「こいつ、情けねえなぁ」が勝ってしまったら、さすがにホラーとしちゃマ ズイだろう(笑)。ちょっとそのへん、計算違いだった気がするのだ。

さいごのひとこ と

 新ジャンル・小物男の哀愁ホラー。


 

「ジャッキー・コーガン」

 Killing Them Softly

Date:2013 / 06/ 24

みるまえ

 つい先日、トム・クルーズが「アウトロー」 (2012)で「流れ者」をやったかと思えば、今度はブラピがどうも「殺し屋」を演じたようである。この手の1970年代っぽいアクション映画、犯罪映画 の流れはイマドキの流行なんだろうか。もちろん「時代遅れ」な映画ファンの僕としては、こういう流れがキライじゃない。しかも調べてみたら、この映画って やはりブラピ主演の傑作「ジェシー・ジェームズの暗殺」(2007)の監督が撮っているではないか。こりゃあ期待できる。僕は犯罪者ブラピにワクワクしながら、劇場に駆けつけたわけだ。ところが感想文をついつい書きそびれてしまって、ほとんど2か月近くも放置してしまった。大変申し訳ない。

ないよう

 2008 年、ボストン近郊。大統領選に臨むバラク・オバマの演説が、ラジオから聞こえて来る。フランキー(スクート・マクネイリー)という頼りなげな男が、街はず れで人を待っている。やって来たのは、犬を散歩させながら歩いてきたラッセル(ベン・メンデルソーン)という男。こいつが約束の時間に遅れて来たことに、 フランキーは苛立ちを隠せない。二人は仕事のことでジョニー・アマト(ヴィンセント・カラトーラ)という男のもとを訪ねる予定だったからだ。その「仕事」 とは、もちろんヤバイ仕事であることは言うまでもない。こうしてアマトのもとを訪ねる二人だったが、アマト当人はラッセルの態度が気に入らないので追い出 す。ラッセルはラッセルでフランキーにアマトのことをボロクソにケナすが、この男はヤク中で何となくいいかげんな印象だ。それでも、後日、アマトのもとに やって来たフランキーは、「他に仕事を一緒にする男は見つからない」と言ってラッセル起用を押し通す。仕方なくアマトは、元々フランキーに話そうとしてい た仕事の内容を説明することにした。その仕事とは、賭博場荒らしだ。本来なら賭博場はヤクザが仕切っていて、ヘタに手を出したらヤバイ。しかし、なぜか荒 らしても大丈夫な所がひとつだけあるというのだ。それは、マーキー・トラットマン(レイ・リオッタ)という男が経営する賭博場だ。実は数年前にマーキーの 賭博場が荒らしに合い、それによってマフィアが取り仕切る賭博はすべて一時的に営業がストップする事態になった。ところがこの事件は内部の者の犯行ではな いかという噂が立ち、組織から男二人が派遣されてマーキーを締め上げた。結局、それでも何も出なかったため、営業停止していた各賭博場も再開。ところがほ とぼりが冷めた頃、マーキーがゴキゲンになっていた時にポロッとしゃべったのだ。「あの荒らしは自分がやらせた」のだと。もうすべては一件落着になってい たのでモメなかったものの、この一件についてはみんなが覚えている。だとすると、今度またマーキーの賭博場が荒らされたら、絶対に組織はマーキーの仕業だ と思いこむだろう。そうなれば、実際にやらかしたのがフランキーやアマトだとしても、誰もそちらを疑う者はいない。つまりこのヤマは、絶対安全なヤマなの だ。これを聞いて、フランキーは大乗り気。ラッセルが関わるのがいささか不安ではあったが、早速決行の運びとなった。さて、その当日の夜にクルマで落ち 合ったフランキーとラッセル。しかしラッセルが用意してきた手袋がいわゆるキッチン用のゴム手袋だったことから、フランキーもさすがにイヤな予感がし始め る。まぁ、それでも今さら引っ込みがつかない。二人は問題のマーキーの賭博場へと向かった。覆面にゴム手という出で立ちで、狭っ苦しい建物裏手の路地をく ぐり抜けてマーキーの賭場に乗り込む。たちまち賭場の空気は一変だ。マーキーは「バカなマネはよせ」と言うが、もはや後には退けない。二人はコワモテな連 中にビビりながらも賭場の客たちからカネを巻き上げ、何とかその場を撤収した…。それから何日か経って、街はずれの人けのない場所でのこと。「腕の立つ 男」としてそのスジで評判のジャッキー・コーガン(ブラッド・ピット)が、一件ビジネスマン風だが実は組織から派遣されてきた「ドライバー」なる男(リ チャード・ジェンキンス)とクルマの中で密会していた。そこでの話題は、もちろん例のマーキーの賭博場荒らしの一件だ。誰がどう見てもマーキーが怪しい。 そこでジャッキーはマーキーを消すことを提案するが、「ドライバー」はまず事情を聞いてから…と及び腰。そこでジャッキーは手下の者を使い、マーキーをボ コボコに締め上げることにしたのだが…。

みたあと

  長々とストーリーを書いてきた割には、ブラピが登場するやすぐに終わってしまって申し訳ない。しかしここまで読んでいただければ、今回の作品の雰囲気は理 解していただけると思う。ブラピが登場してからが本題なのだが、そのブラピが出てくるまでが長い。しかもブラピが出てきてからも、割とどうでもいいような お話が長々と展開している。見ている側としては「アレレ?」という気分になってくるのだ。少なくとも、普通に僕らがイメージする「1970年代っぽいアク ション映画、犯罪映画」ではない。その戸惑いは、映画の最後に至るまで持続するのだった。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
 先ほどから何度も述べているように、この映画っ て本題に入るまでが長い。しかも冒頭に出てきたケチな犯罪者二人の賭場荒らしの決行当夜、この二人がクルマの中で無駄にダラダラしゃべるくだらない会話の 場面がこれまた長い。まぁ、確かにこういう趣向は、タランティーノが「レザボアドッグス」(1991)でマドンナに関するくだらない会話を延々展開する シーンを見せて以来、あちこちで行われるようになった手法ではある。それでも今回のこのクルマの会話場面は、そういった同様の場面の中でも群を抜いて不毛 だった。何だか描写のひとつひとつが回りくどいのである。そもそもお話自体が大したもんじゃない。シケた犯罪者たちによる賭場荒らしと、それに対する報復 というショボいお話だ。やらかした連中もケチな奴らでしかない。それに何だかかんだか尾ひれをつけて、せっかく連れてきた殺し屋が酒に溺れちゃってズブズ ブだったりとか、長ったらしく気勢の上がらないことおびただしいエピソードがダラダラ続く。これは正直言って見ていてシンドイ。おまけに始終、ブッシュや オバマの演説音声が被せられたりして、な〜んとなくやってることが大げさなのだ。この政治家の演説音声などを被せている意図は、僕にも何となく分からない でもない。この映画の作り手としては、犯罪は「カネがすべて」というアメリカ社会そのものの本質、その歪みから来ているものである…とか何とか言いたいに 違いない。そういう政治的なメッセージを犯罪映画に絡める手法は、アメリカ現代史を犯罪組織の歩みと重ねた「ゴッドファーザーPART II」(1974)がすでに行っていて、これまた珍しいことではない。それは意欲的なやり方だし悪いことでもないとは思う。しかしながらこの映画のお話 は、先にも述べたように「たかが」ショボい賭場荒らしとそれに対する報復のお話。それをやたらダラダラ長ったらしく回りくどくしてみたり、変な政治的メッ セージをチラつかせたりするってのは…要は単なる犯罪映画じゃなくて、何かもっと高級な映画を作ろうとしているんですって言いたいだけにしか見えない。そ れがそもそも大した犯罪の話でもないから、無駄に敷居を高くしてる感じにしか見えないのだ。「ジェシー・ジェームズの暗殺」のアンドリュー・ドミニク監 督、今回は単なるアクション映画、ジャンル映画は撮らないという姿勢が裏目に出た。

さいごのひとこ と

 ショボい話を粉飾するなんてJAROに電話するよ。

 

「ラストスタンド」

 The Last Stand

Date:2013 / 06/ 10

みるまえ

 冗談か と思ったら本当にカリフォルニア州知事になってしまったアーノルド・シュワルツェネッガーが、ついに映画界に帰ってきた! と言っても、すでにスタローン の「エクスペンダブルズ」(2010)、「エクスペンダブルズ2」(2012)で映画界には復帰していたし、特に後者などはゲスト扱いにしては「出過ぎ」 な感じがあったので「うれしさも中くらいなり」な観もあるのだが(笑)…とにかく「10年ぶり主演復帰第1弾」なんだそうである。ただし、シュワ氏もよ かった時期は意外に長くなくて、映画界におさらばする寸前の「ターミネーター3」(2003)こそ悪くなかったものの、実は「トゥルーライズ」 (1994)以降は作品がなだらかな下降線を描いていたような気がする。おまけに政界から映画界に戻ってくる直前に起きた不倫発覚〜離婚騒動で、かなり男 を下げているというオマケつき。正直言って、みんなが待っていた「満を持しての復帰」って感じにはなっていない。もうひとつイヤな予感に拍車をかけている のが、この映画が韓国のキム・ジウン監督ハリウッド・デビュー作ってこと。キム・ジウンって人は韓国でも才人として知られ、「クワイエット・ファミリー」 (1998)、「反則王」(2000)、「箪笥」(2003)、「グッド・バッド・ウィアード」(2008)…とさまざまなジャンルの作品を手がけて、そ れらの作品がことごとく大ヒット。しかし個人的に言わせてもらえれば、いつも良い題材をモノにしながら結果はグダグダというのが正直なところだった。そん な「韓国のヒットメイカー」が、思うがままに腕が振るわけではないハリウッドでいい作品を作れるのか。シュワの映画界復帰を飾れるのか。ぶっちゃけあまり 期待をせずに、劇場へと足を運んだ僕だった。

ないよう

  真夜中のラスベガス近郊。砂漠の一本道の脇に、スピード違反の取り締まり…いわゆる「ネズミとり」のため、パトカーが一台停車していた。そこにもの凄いス ピードで突進する一台のクルマが! クルマはヘッドライトを消しているため、通過するまでパトカーの警官は気づかない。アッと驚いた警官がスピードメー ターを見ると、その速度は時速300キロを超えていた。警官は本部に無線でただちに連絡。ただし、「路上をジェット機が通過した」という冗談ともつかない 内容だ。まぁ、このスピードでは無理もない。さて、一夜明けて…ここはアリゾナ州ソマートンという小さな田舎町。高校のフットボールチーム応援のパレード が行われている中、保安官のレイ・オーウェンズ(アーノルド・シュワルツェネッガー)が悠然と町の目抜き通りを歩いてくる。この週末にフットボールの試合 が遠くの町であるため、その応援で町の中はほとんどもぬけの空になってしまう。市長(ティトス・メンチャカ)はオーウェンズにも来ないかと声をかけるが、 彼は町を守るのが使命と答える。ついでに市長のド派手な真っ赤なカマロが消火栓の前に駐車していることを注意したので、市長は苦虫つぶしながらオーウェン ズにキーを渡して「火事があったら動かせ」と捨てぜりふを吐いて出発する。そんな市長の後ろ姿に、オーウェンズも一人で「アホが」と毒づくのであった。町 の食堂にやって来ると、まばらな客は常連ばかり。しかし二人ばかり、見慣れぬ客もいた。その片方、トーマス・ブレル(ピーター・ストーメア)の言動が、 オーウェンズにはどうも気になる。彼は食堂を出て行ったブレルたちの後を追うと、そのクルマのナンバープレート番号を書き写した。その頃、町はずれの空き 地で派手に銃をぶっ放していたのは、若くて頼りなさそうな副保安官ジェリー(ザック・ギルフォード)とひょうきんな副保安官フィゲロラ(ルイス・ガスマ ン)。ここは武器オタクの変人ルイス・ディンカム(ジョニー・ノックスヴィル)が経営する「武器博物館」。ただし「博物館」といってもディンカムがそう言 い張っているだけ。オタク心に任せてポンコツの武器を集めているだけの、オンボロ博物館だ。そこにオーウェンズがやって来ると、ジェリーとフィゲロラにお 小言。例えフットボールの応援で町がスッカラカンでも、保安官たる者注意を怠ってはいけないのだ。また、オーウェンズの職場である保安官事務所では酔っぱ らいの罪でフランク・マルチネス(ロドリゴ・サントロ)が拘留されており、副保安官サラ・トーランス(ジェイミー・アレクサンダー)と口ゲンカ。それとい うのも、フランクとサラはかつての恋人同士。従軍経験ですっかり腑抜けになってしまったフランクに、サラが三行半を突きつけた結果がこれである。ともかく オーウェンズは、先ほど書き写したナンバーの調査をジェリーとフィゲロラに命じるのだった。ところでそのナンバーのクルマの持ち主、不審人物ブレルはと言 えば、町はずれの農場に集結した怪しげな集団と合流。一体何を企んでいるのか分からないが、この農場の土地を借りて何やらやらかすつもりらしい。しかし農 場の持ち主パーソンズ氏(ハリー・ディーン・スタントン)が首を縦に振らないので手を焼いているところ。業を煮やしたブレルは自ら直接交渉するが、相変わ らずパーソンズは彼らに場所を貸すことを認めず、銃で追い出そうとさえする。ところがそれがアダとなった。次の瞬間、ブレルの銃がパーソンズを葬ってし まったのだ。その夜、オーウェンズが自宅の縁側でビールを飲んでいると、若いジェリーが例のナンバーが分かったと言ってやって来る。ジェリーはそのついで に、オーウェンズに自分をロサンゼルス市警に推薦してくれ…と頼み込んだ。この田舎町はあまりにもちっぽけで退屈、だから華やかなロスに出て活躍したいと ジェリーは思っていたのだ。しかしオーウェンズは、そんなジェリーの気持ちには同意しかねた。実はオーウェンズ自身、ロス市警の刑事だった。しかし作戦の 失敗で仲間は全滅。一人生き残った彼も、責任を感じてロス市警を辞めた。彼がこんな田舎の保安官にくすぶっている理由は、そこにあるのだった。そんな草木 も眠る丑三つ時、ラスベガス。警察署に集まったFBI捜査官やSWAT隊員たちは、緊張の面持ちで何かを待っていた。底にやってきたのが、FBI捜査官 ジョン・バニスター(フォレスト・ウィッテカー)。彼はこれから始まる任務を一同に告げた。それは、メキシコの麻薬王ガブリエル・コルテス(エドゥアル ド・ノリエガ)の護送。コルテスを別の刑務所で死刑にするために、これから厳重な警備で護送しようというのだ。しかし麻薬カルテルの大物中の大物だけに、 何が起きるか分からない。一同の間には緊張感が張りつめていた。そんな中を、コルテスを護送車に乗せて出発。真夜中のラスベガス市内を、護送車を中心にパ トカーやSWATのクルマが取り囲む状態で一同は進む。ところが信号待ちの際に、護送車の屋根に巨大磁石が降りてくる。この磁石によって吸い付けられた護 送車は、そのままビルの屋上へとつり上げられるではないか。これにはバニスター以下関係者もビックリ。護送車の中でも、コルテスが混乱に乗じてSWAT隊 員たちを皆殺し。護送車がビルの屋上まで吊り上げられると、出てきたコルテスは協力者たちと共に隣のビルへとロープで滑り降りた。そんな中、バニスターた ちは必死に追いかけるが後手後手。おまけにコルテスの替え玉があたりにウジャウジャ出没して、すっかり取り逃がしてしまう。結局、コルテスはFBI捜査官 の一人エレン・リチャーズ(ジェネシス・ロドリゲス)を人質にとって、まんまと逃亡に成功してしまった。こうしてコルテスは、特別仕様のコルベットに乗っ てハイウェイを爆走。途中の検問も手下たちの援護で皆殺しにして、ブッちぎりで突っ走る。どうやらコルテスは、このままメキシコへと逃げ切るつもりらし い。想定されるコースのうちのひとつには、あの田舎町ソマートンもあった。捜査官のバニスターは早速、保安官事務所に連絡。逃亡犯がひょっとして向かう可 能性があるが、その場合は手出しせずにSWATの到着を待て…と伝える。しかし電話を受けたオーウェンズは、今はそれどころではなかった。農場のパーソン ズから今夜に限って牛乳が届かないと連絡が保安官事務所に入ったため、ジェリーとサラが急行。そこでパーソンズの射殺死体が発見されたのだ。静かな田舎町 に起きた時ならぬ殺人事件。オーウェンズはこの両者に何やら関係性をかぎつけたのだが…。

みたあと

  簡単に言ってしまおう。このシュワの復帰作、アメリカで興行的に成功したかどうかは知らないが、映画としてはなかなかの出来栄え。見ていて楽しい作品に仕 上がった。面白い。シュワの作品としても、そして何より韓国のキム・ジウンの作品としても、珍しく痛快作として出来上がっているのだ。まずは、この成功を 素直に祝いたい。
ここからは映画を見てから!

みどころ
 まず今回のシュワは、衰えを隠さない。おまけに 一度挫折して田舎町に隠遁しているという設定が、本人の長らくの不在と重なるからうまい。ブランクや加齢が、役柄にちゃんと生かされているのだ。そしてか つての彼の主演作と違って、やたらめったら強いワンマンショーになっていない。脇の人々を活かして、アンサンブルで見せる映画になっているのも今回はプラ スに働いた。さすがにもう一人ではもたないという計算は正解だったのだ。それは、シュワの周囲にオスカー俳優のフォレスト・ウィテカーやら、「オープン・ ユア・アイズ」(1997)や「デビルズ・バックボーン」(2001)のスペイン俳優エドゥアルド・ノリエガを配しているあたりにも感じられる。地味な映 画にも関わらず、配役は意外にもそれなりに豪華なのだ。ついでに言うと、出てきてすぐに殺される老農夫役に、懐かしいハリー・ディーン・スタントンが登場 したのには驚いた。お話としては迫ってくる強大な敵に対して非力な寄せ集め集団が立ち向かうという、おなじみ「リオ・ブラボー」(1959)的な設定。完 全に西部劇的な内容だ。「グッド・バッド・ウィアード」ですでにマカロニ・ウエスタン的趣向の映画を作っていたキム・ジウンらしいとも言え る。注目すべきは、いつも面白い題材を手に入れ面白そうな展開に持っていきながら、出来上がった作品はイマイチな結果に終わるというキム・ジウンが、今回 はとにもかくにも「最後まで何とかやりきっている」ところ。それというのも、今回はハリウッドの脚本家と組んだからではないだろうか。今までの作品は大概 キム・ジウン自身で脚本を書いていたが、これがどうにも構成や最後の話のまとめ方がダメだった。今回はドラマトゥルギーや話の展開のメリハリが鍛えられて いるハリウッドの脚本家のおかげで、キム・ジウン最大のウィークポイントが克服された気がする。面白かったのは、ラストで橋の上で銃を使わずに一対一の肉 弾戦になるあたり。またまたトム・クルーズの「アウトロー」(2012)的な趣向になったので、ついつい笑ってしまった。
こうすれば
  そんなわけで、シュワ復帰作としても西部劇風現代アクションとしても、なかなか楽しい作品に仕上がった本作だが、唯一気になる点がなきにしもあらず。特に 終盤の対決を中心として、ところどころ少々血生臭い部分が散見されるのだ。全編ユーモラスでおおらかな西部劇路線なのに、ここだけがちょっと違和感。これ は、キム・ジウンが持ち込んだギトギト韓国テイストなのだろうか。

さいごのひとこ と

 やけにしょぼくれたハリー・ディーン・スタントンが気になる。


 

「アイアンマン3」

 Iron Man 3

Date:2013 / 06/ 10

みるまえ

 ハリウッドの慢性的ネタ不足の中、アメコミ・ヒーロー映画は大流行。しかしイマドキのその主流は、もっぱら「ダークナイト」 (2008)みたいなシリアス深刻路線だ。これはガキ向けじゃない、大人の鑑賞に耐える内容だ…と言いたいのだろう。何か立派なことでもやっている気にな りたいのだろう。しかも世間も「これぞ辛口!」…などとやたら持ち上げてもいる。そんな風潮の中、アメコミ映画ではないがお馴染みSFシリーズ「スター・ トレック/イントゥ・ダークネス」(2013)までが、世論に屈してか「ダークネス」になっちゃうんだから困ったものである。しかし、元来から天の邪鬼な 僕に言わせてもらえば、これらのダークなヒーローものはチャンチャラおかしい。「リアルだシビアだとスゴみたいなら、最初からアメコミ映画なんか作るな よ」と斜に構えて見ていたものだ。そんな僕の飢えと渇きをイヤしてくれたのが、アメコミ映画でも孤高の境地を見せてくれた「アイアンマン」 (2008)だった。ヘンに辛口だのシビアだのって変化球を投げず、娯楽映画の王道を行く出来栄えが潔い。おまけに、あまたあるアメコミ映画が自分を高級 に見せたかったり大人向けに見せたかったりするために余計なシリアス深刻路線に向かう中、「アイアンマン」は主演ロバート・ダウニー・ジュニアの人を食っ た個性とユーモアの力で、余裕で「大人向け」な味付けを獲得している。そもそもやたら深刻な顔をして「オレは真剣なんだゾ」なんて煽っているのはかえって 大人げない気がしてならなかったから、「アイアンマン」の粋で「分かってる」感じが嬉しかった。続く「アイアンマン2」(2010)もミッキー・ロークなどを「増量」して、これまた大いに楽しませてくれた。しかし今回やってきた第3作は、予告編からして何だか妙にクラ〜いムードに包まれている。お話としては例のマーベル・ヒーローのオールスター映画「アベンジャーズ」 (2012)の続きになっているらしいが、いきなり主人公トニー・スタークの海辺の豪邸がヘリコプターの襲撃を受けて崩壊。宣伝コピーも「さらば、アイア ンマン」とお先真っ暗な感じだ。まさか「アイアンマン」までが「ダークナイト」病にかかっちまったんじゃないだろうな。そんなイヤ〜な気分を抱えながら も、今回は3Dだと聞けば胸騒ぎが止まらない。おまけに知人から偶然にアイマックスシアターでの上映のチケットをもらって、ますます興奮の度合いは増すば かり。感想文をアップするのはかなり遅くなったが、僕は公開間もなくの劇場へと足を運んだ。

ないよう

 それ は、思えば1999年の大みそかに端を発していたのだった。当時のトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)はまだ「アイアンマン」などではな く、調子に乗っているチャラい男。プレイボーイらしく彼が目をつけていたマヤ・ハンセン博士(レベッカ・ホール)と共に、海外で開かれる学会の会合に出席 していた。その会合では大晦日のカウントダウン・パーティーが催されていたが、その際にアルドリッチ・キリアン(ガイ・ピアース)という男がトニーに近付 いてきた。この男、少々身体が不自由らしく、ギコちなくトニーに話しかけてくる。自分の事業に興味を持ってくれという「売り込み」だったのだが、トニーの 元にはそんな話は山ほど持ち込まれるし、ちょうどマヤとしっぽりシケ込もうという矢先だったので、相手に返す好意的な言葉とは裏腹にトニーは全く関心を示 さない。そのあげく、深く考えずに「後で屋上に来たまえ」などと生返事を返してしまった。それでもキリアンの方は「色よい返事」をもらったと大喜び。興奮 して屋上でトニーを待っていた。しかしトニーはマヤと部屋にこもって、それどころではない。寒風吹きすさぶホテルの屋上で、キリアンは空しくトニーがやっ て来るのを何時間も待っていた。今思えば、それがすべての発端になってしまったとは…。それから何年もの歳月が経ち、トニーは今やアイアンマンとして活躍 する日々。しかし「アベンジャーズ」としての戦いを経て、彼の心の中にはある変化が起きていた。岸壁に建っている豪邸で、黙々とアイアンマンのスーツを作 り続ける日々。どんな未知の敵が襲ってくるか分からないと痛感したトニーは、アイアンマンのスーツを作り続けることでその不安から逃れようとしていたの だ。しかし、いささか常軌を逸したその姿に、恋人のペッパー・ポッツ(グウィネス・パルトロウ)はついつい苦言を言わざるを得ない。また政府も「アベン ジャーズ」の一件から「ヒーロー」という存在の力があまりに強大になってきたことを恐れ、それを個人ではなく政府の管理の下に置こうと考え始めた。そんな 発想で作られた政府版アイアンマンが、「アイアン・パトリオット」と言われるパワード・スーツだった。その一方で、アメリカは過激なテロリストのマンダリ ン(ベン・キングズレー)一味による自爆テロ攻撃の危険にさらされていた。さて、そんなある日、現在ではペッパー・ポッツが社長を務めるスターク・インダ ストリーズに、ひとりの男が訪れる。それは、すっかり垢抜けた服装と容姿に変身したアルドリッチ・キリアンだった。おまけに彼の身体の不自由も、今では何 らかの方法で解消されたようだ。ペッパーもかつてのキリアンを知っていたから、その変貌ぶりに驚く。キリアンが久々にペッパーの前に現れた理由は、彼が開 発した技術に関する提携の提案だった。かつての野暮臭い語り口ではなく、流ちょうで魅力的な語り口でプレゼンを行うキリアン。その語り口に魅了されるよう なペッパー。しかし、スターク産業の警備主任ハッピー・ホーガン(ジョン・ファヴロー)は、その様子を不信感を抱きながら見つめていた。ホーガンは、個人 的にも親しいトニーにこの不審な訪問客について報告。キリアンが去った後も、その後を追跡することにする。ところが、それが最悪の事態を引き起こすと は…。ホーガンは街中で起きた大爆発に巻き込まれ、重傷を負って病院に担ぎ込まれたのだ。諸般の事情からマンダリンの仕業と思われるこの事件に、トニーの 怒りは爆発。彼はわざわざテレビの前で自宅住所を公開し、マンダリンに対して挑発的な発言を行ってしまう。そんな頃、海辺のスターク邸に意外な人物がやっ て来る。それは、久方ぶりの再会となるあの女性科学者マヤだった。こんなタイミングでやって来た彼女の目的とは? かつてトニーといろいろあった女性の突 然の訪問に、内心穏やかではないペッパー。しかし、マヤは警告のためにやって来たのだ。折りもおり、マヤが訪れたスターク邸を目指して、海から近づいてく る「もの」がいた。それは、何機もの戦闘用ヘリコプターだ。空中からの機銃掃射で、激しく破壊されていくスターク邸。トニーが次々と作っていたアイアンマ ンスーツも、雨あられと降り注ぐ銃弾の餌食になっていく。そんな中、トニーはかろうじてアイアンマンスーツに身を包み、何とかペッパーとマヤを崩れ落ちる スターク邸から脱出させた。しかしトニー自身は、断崖から海になだれ込むスターク邸の崩壊に巻き込まれてしまう。しかし海底で何とか瓦礫やワイヤーの残骸 から抜け出したトニーは、襲ってきたヘリコプター軍団の目を盗んで、密かに空へと脱出していった。そうとは知らぬペッパーは、トニーがスターク邸の崩落に 巻き込まれて命を落としたと思いこむ…。しかし辛くも脱出したトニーも逃げて逃げて逃げて…テネシー州の片田舎ローズヒルの町へと飛来したところで力付 き、夜の雪が積もる野原に墜落するのであった…。

みたあと

 まず… 映画の出来とは必ずしも関係ない要素を語るのは筋違いかもしれないが、これだけは言わせていただこう。アイマックスによる3D上映の効果はスゴイ! 席が ほぼ中央というベスト・ポジションに座れたこともあって、正直言って興奮した。これはスゴイわ。こういうテクノロジー的なモノをホメるとシネフィル的には バカにされることが多いが、僕は「映画ファン」なんであえて言わせてもらった。…で、ミーハーな興奮を言わせてもらったところで映画の出来について言わせ ていただくと、ファンのみなさんご安心ください! 「アイアンマン」は決して「ダークなんとか」にはならない。予告ではイヤ〜な予感を漂わせていたが、主 役を「大人」のユーモアが分かるロバート・ダウニー・ジュニアが演じている限り、そんなコケ脅かしのマネなんかやる必要がないし、やるわけもない。ヘンに シリアスになったり、シビアなフリもしない。かなりのピンチを迎えはするが、「アイアンマン」は今回も平常運転なのだ。

ここからは映画を見てから!

みどころ
 今回は監督が前2作のジョン・ファヴローから、「リーサル・ウェポン」 (1987)などの脚本を手がけたシェーン・ブラックに代わった。しかし、作品のテイストは特に変わらない。ひとつだけ変わったのは、ピンチに立ったト ニーがアイアンマンのスーツに頼らず、自力で活路を見いだす場面が長いことだろうか。実はこの「アイアンマン」のシリーズは、SFXやCGを多用した作品 にも関わらずトニー・スタークを演じるロバート・ダウニー・ジュニアの魅力に多くを負っている。今回は特にそれを強く感じさせられる出来栄えになってい た。テロリストのリーダーであるマンダリン役ベン・キングズレーの意外な設定、ヒロイン役グウィネス・パルトロウがアクションでも大活躍…と脚本の工夫も いろいろあって楽しめる。そして注目したいのは、ガイ・ピアースの悪役ぶりだろうか。「英国王のスピーチ」(2010)、「ダーク・フェアリー」(2011)、「プロメテウス」(2012)…とさまざまなタイプの役をこなす芸達者だが、それだけに器用に使われてしまうだけになってしまうきらいもあったピアースだが、何と意外にもリュック・ベッソン制作の「ロックアウト」(2012) で一皮むけた。映画の出来栄えはイマイチな凡作だったが、タフなヒーロー役を演じたピアースは映画を背負って立つ力と魅力のある役者であることを見せつけ た。今回も悪役ではあるが、ちゃんとこの大作に相応しいボリュームのある悪役ぶりを発揮。このためにベン・キングズレーを「トリックスター」として起用し たのか…と、そのあたりにも感心した。ラストの「アイアンマン大花火」は美しくもロマンティックな趣向だが、これで「三部作」の完結となってしまうのか。 エンディングには「トニー・スタークは戻ってくる」と画面に出てくるが、まさかロバート・ダウニー・ジュニアを降板させて別の役者でやるんじゃないだろう な。トビー・マグワイヤとサム・ライミを切って「アメイジング・スパイダーマン」(2012)を作っちゃったマーベルなら、いかにもやりかねないからコワイのだ。

さいごのひとこ と

 アイアンマンがハルクみたいになったらヤダ。


 

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