新作映画1000本ノック 2013年3月

Knocking on Movie Heven's Door


こ のページの作品
「フライト」 「ダイナソー・プロジェクト」 「ゴーストライダー2」 「ゴースト・フライト407便」 「テッド」

 

「フライト」

 Flight

Date:2013 / 03/ 24

みるまえ

  デンゼル・ワシントンが旅客機の機長を演じる映画…この映画のチラシはかなり前から劇場に置かれていたが、その絵柄から、内容はハッキリ見てとれた。飛行 機事故で多くの乗客の命を救ったヒーローでありながら、その後、意外な事実が発覚して追いつめられる機長。飛行機好きの僕としては、絶対に見逃してはなら ない映画だ。おまけに貴重がデンゼル・ワシントンとは、あの抜群の頼もしさを考えると、これ以上望むべくもないキャスティングではないか。しかも監督は、 あのロバート・ゼメキス。もっとも「あのロバート・ゼメキス」と言っても、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985)の…と言うか、「フォレスト・ ガンプ/一期一会」(1994)の…と言うかで、かなり意味合いが変わってくるだろうが。それにしたって、元々最新技術に強いゼメキスならば、飛行機事故 場面などの迫力もスゴイに違いない。そんなわけで、公開間もない劇場に駆けつけた次第。

ないよう

  フロリダ州オーランド、朝のホテルの一室。ベテラン・パイロットのウィップ・ウィトカー機長(デンゼル・ワシントン)が同僚のCAトリーナ・マルケス(ナ ディーン・ヴェラスケス)とベッドでまどろんでいる。二人は昨夜したたか飲んだくれたあげく、一夜をともにしたのは明らか。しかしそんな調子でも、二人と も今日これから一緒のフライトが控えている。そうなると、いつまでも意識朦朧というわけにはいくまい。おまけに別れた女房から金のことで電話がかかってく るなど、朝っぱらから気分は最悪。ここで一発スッキリしないと…と、起きて早々キツ〜いヤクを一発キメるウィップではあった。一方、アトランタの街では、 ニコール・マッゲン(ケリー・ライリー)がヤクを求めて怪しげな映画の撮影現場に押しかける。そこで売人から目当てのヤクを手に入れるニコール。あまりの 飢えっぷりにイヤな予感がした売人は、ニコールに「吸って楽しめ、注射で摂取するな」とクギを刺す。さて、空港にやって来たウィップは、アトランタ行きサ ウスジェット航空227便のフライトに臨む。副操縦士のケン・エヴァンス (ブライアン・ジェラティ)はベテランのウィップに緊張の面持ちで対面するが、ウィップはあくまで余裕を漂わせて応対。激しい雨と風の中の離陸も、慌てず 騒がずキャリアの違いを見せる。厚い雨雲の間を縫うように上昇し、晴れた上空へと上りきった。そこでウィップはコックピットから出てきて乗客に向かってア ナウンス。離陸時の揺れについての謝罪と、乱気流発生でドリンク・サービスがないことをユーモラスに語った。しかしマイクを握る手のもう片方の手では、備 品のウォッカとオレンジジュースを混ぜて、スクリュードライバーを密かにつくっているではないか。その効果はてきめんで、ウィップは操縦を副操縦士のケン に任せて居眠りだ。その頃、アトランタのニコールのアパートでは、ヤクを手に入れた彼女がトチ狂ってヤクを注射で血管に流し込んでいた。確かに効果は直接 で絶大だ。そのおかげで、ニコールは一気に意識を失ってしまう。一方、アトランタに向かっている227便には、誰も予想していなかった異変が起きていた。 目的地のアトランタ付近にさしかかったあたりで、なぜか機体が急降下。当然、激しい揺れに乗客も悲鳴を上げる。これには眠っていたウィップも、思わず目を 覚まさざるを得ない。副操縦士のケンはすっかりパニクっていた。ウィップとケンはあらゆる手段を試すが、高度の低下は食い止められない。このままでは墜落 してしまう…となった時、ウィップは思わず大胆な手段に出た。何と飛行機の機体を裏返しにひっくり返すことで、急降下を何とか食い止めたのだ。この上下が ひっくり返ったまま飛行する227便の姿は、下から見上げていた人々の肝を大いに冷やす。また上下逆転した227便の客室では、席からはずれてしまった乗 客の子供を助けようと、CAのトリーナが奮闘中だった。こうして逆さまのまま飛行していた227便だったが、いつまでもこのままにしておくわけにいかな い。ウィップは再び操縦桿を慎重に扱って、機体を元の状態に戻すことに成功した。しかしながら、今度は2基のエンジンの両方が停止。グライダーのような滑 空で飛んでいる状態になってしまった。何とか不時着に相応しい場所を探すウィップは、白い教会がポツンと建っている広い野原を発見。主翼で教会の鐘楼を破 壊しながら降下した機体は、激しい音と振動を起こしながら地面に叩き付けられた…。その衝撃でウィップは失神。かろうじて覚えていたのは、何とか227便 は胴体着陸することができたこと、そして教会から出てきた人々がウィップはじめ機内の人々を助け出したこと…だった。当然のことながら、この事件は空前の 話題を生んだ。ウィップたちが入院した病院を、報道陣が大挙して取り囲む。特に注目されたのは、227便をとっさの判断で反転させて飛行したこと。その映 像も、繰り返しテレビで放映された。幸いにも、病院で意識を取り戻したウィップは軽傷。まずやって来たのは、旧友かつ元の同僚であり、現在はサウスジェッ ト航空幹部のチャーリー・アンダーソン(ブルース・グリーンウッド)。チャーリーはウィップをいたわるとともに、彼の機転で犠牲がわずか数名で済んだこと を語る。さらに、事情を聞くため航空局の人々がウィップの枕元にやって来たものの、疲れ切った彼には多くを問わず帰って行った。ただしわずかな犠牲者の中 にあのトリーナが含まれていたことは、ウィップに衝撃を与えるのだった。そんなウィップのもとに後日やって来たのは、彼の長年の友で悪友のハーリン・メイ ズ(ジョン・グッドマン)。この男はドラッグディーラーで、この日も見舞い品としてすこぶるつきのヤバイ品を持参してきた。しかしウィップとしては、当然 のことながらそんな気になれない。その夜、ウィップはハーリンが持ってきてくれたタバコをこっそり吸うために、病院の階段までやって来る。すると、そこに はやはりタバコを吸う若い女性の姿が。それはヤクの過剰摂取で病院に担ぎ込まれた、あのニコールだった。彼女はウィップのことを例の事故機の乗客だと勘違 いし、ウィップもそれを否定せずにおしゃべり。するとそこに末期ガンの患者(ジェームズ・ バッジ・デール)が、やはりタバコを吸いたくてやって来た。このガン患者はウィップをひと目見て、事故機の機長であると見破ってしまう。そこでウィップも 観念して、正体を白状せざるを得なくなった。ガン患者は呼び出されたため、一足先に病室に戻る。ウィップもニコールと再会を約束して、住所を聞き出してか らその場を立ち去るのだった。その翌日、ハーリンの手引きで病院から脱出するウィップ。ハーリンから自宅がマスコミに包囲されていると聞いたウィップは、 亡き父の持っていた農場へと連れて行ってもらう。ひとまずこの「仮住まい」に隠れているつもりのウィップは、まずは冷蔵庫の酒類を出して、流しにどんどん 捨てる。それだけではない。戸棚にも食料貯蔵室にも、ビンやら缶、ウォッカ、バーボン、ビール…ありとあらゆる酒類があふれているではないか。ウィップは それらの封を片っ端から開けて、どんどん流しに捨てていく。捨てても捨ててもまだまだあちこちから出てくる。ドラッグまで出てくる。かくもウィップは、酒 とドラッグに依存していたのか。それをあの事故をきっかけとして、すべて捨て去ろうと決意したらしいウィップだったのだが…。

みたあと

  確かに、お目当ての飛行機事故場面はスゴかった。あれをさりげなく見せることが出来るのは、さすがに最新技術に強いロバート・ゼメキスならでは。実際には MD-80をモデルにした架空の飛行機をつくってCGで飛ばしたらしいが、その迫力は他の追随を許さないものがある。デンゼル・ワシントンの機長ぶりも、 余裕綽々で見応えありだ。しかし映画は、見始めた最初からちょっとずつ不協和音を奏でている。まずは朝っぱらからグダグダな感じのデンゼル。こんな状態で フライトなんで大丈夫かと思いきや、いきなりハードにヤクを一発キメるテイタラクだ。おまけになぜだか分からないが、デンゼルのフライト場面と平行して、 ヤク中の女がムチャな過剰摂取でぶっ倒れるエピソードが挟み込まれる。これが最初は何だか分からない。バランスのいい話のつっこみ方にも思えない。こりゃ 一体どうなっているんだ?

ここからは映画を見てから!

こうすれば
  お話はこのあたりから、思わぬ方向に転がっていく。確かに、予告編でデンゼルの血液からアルコール反応が出て…云々みたいな話になることは知っていたが、 あの予告編の編集はちょっと反則。予告編だとデンゼルの飲酒運転(というか操縦か)がマスコミにバレて、多くの乗客を救ったヒーローから一転して犯罪者と なり、さぁ、それからデンゼルはどうやってその苦境から脱するのか?…みたいな話になると思ったのだが、実際にはそれと微妙に異なる。そもそもあの予告編 だと、飲んでもいないデンゼルの血液からアルコール反応が…みたいな話なのかとさえ思わされてしまうが、実際にはデンゼルは最初から思いっきりガンガン飲 んでいる(笑)。何とデンゼルは完全なアル中で、映画は彼がそこから脱しようともがきながらも戻ってしまう話と、それを何とかモミ消そうとする周囲の人々 の話になっていく。つまりこれって航空映画なんかじゃなくて、それこそ「失われた週末」(1945)とか「酒とバラの日々」(1962)みたいな、いわゆ る「アル中映画」の様相を呈してくるのだ。しかも事故調査委員会による公聴会のためにアルコール抜きしたデンゼルが、その前夜についつい誘惑に負けて酒に 手を出し、ヘロヘロになってしまうという絶体絶命のピンチ場面もある。このデンゼルのダメっぷりがハンパない。ロバート・ゼメキスはここんとこ「ポーラー・エクスプレス」(2004)や「ベオウルフ/呪われし勇者」(2007)など、モーション・キャプチャーによるCGアニメにご執心だったが、本作では久しぶりにガッツリとドラマ性豊かな映画に戻っている。しかも、非常に内省的でシンミリした感じが、ゼメキス作品でいうと「コンタクト」(1997)や「キャスト・アウェイ」 (2000)を連想させる感じなのだ。ただし、作品の完成度はどうかというと、いささか危ういところがあると言わざるを得ない。僕が前述していたように、 映画の冒頭ではデンゼルが不時着事故を起こすまでが描かれるのと平行して、ケリー・ライリー演じるヤク中の女がヤクの過剰摂取で倒れるまでが描かれる。こ の後、この二人は偶然病院で出会って一緒に暮らすようになるのだが、最初はあくまでお互い無関係な存在でしかない。そんな二人のエピソードを冒頭でカット バックでつなぐという構成に、いささか無理があるのではないか。しかもケリー・ライリーの方は物語の途中から退場してしまい、ドラマの後半にはまったく出 てこなくなってしまう(かろうじてラスト近く、写真でチラッとその姿が出ては来るのだが)。結局、彼女はこの映画の中でハッキリと「脇の人物」と化してし まうわけで、だからそんな彼女のエピソードを冒頭でわざわざカットバックして見せる意味が分からない。どう考えても、この映画の構成はバランスを欠いてい るのだ。

みどころ

  そんなわけで、映画としていささか破綻している箇所も見受けられる作品ではあるが、それでもデンゼルのアル中大熱演に迫力があるため、作品にグイグイ引き 込まれる。そのバランスの崩れた構成までが、作品の持つ「凄み」のように感じられるのだ。かつてはスピルバーグ一派としての「軽さ」を身上としていたロ バート・ゼメキスが、映画作家としてかなりの変貌、成長を遂げていることが感じられる。デンゼルもアル中でズブズブになっていく人物像をためらいなく演じ ていて、同僚の葬儀に出席して負傷したCAに偽証を頼み込むあたりの卑屈さは特筆ものだ。そんな本作に最も共感したのが、終盤の公聴会のくだり。シラを切 ろうとすれば切れる状況で、それまで自分が監獄に行くことから免れるためにあの手この手を使ってきたのに、最後の最後でデンゼル演じる主人公はすべてを 「死人」のせいに出来なくなる。その後に彼が「ウソをつき切ってしまった」と告白していたが、このセリフには説得力があった。「良心に目覚めた」とか「ウ ソがイヤになった」とか言うなら、月並みな印象でしかなかっただろう。「ウソをつき切った」という発言ゆえに、僕はこの映画に今までにないリアリティを感 じたのである。

さいごのひとこ と

 堂々たる機長のデンゼルを見るつもりがビックリ。

 

「ダイナソー・プロジェクト」

 The Dinosaur Project

Date:2013 / 03/ 18

みるまえ

 チラシを見た時から、この映画にはピンと来た。「ダイナソー・プロジェクト」…タイトルが物語ってる。これは絶対に、あの「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999)の恐竜版に間違いない。ということは、「食人族」(1981)とか「REC/レック」(2007)、「アルマズ・プロジェクト」(2007)、「クローバーフィールド/HAKAISHA」(2008)や「アポロ18」 (2011)と同系統の映画ということか。映画ファンとしては「邪道」と言われてしまうのかもしれないが、僕はあの手の疑似ドキュメンタリー的映画が結構 好き。「ブレア・ウィッチ」もワクワクしながら見たし、「クローバーフィールド」、「アポロ18」はかなり気に入っている。今回もたぶん探検隊が秘境に踏 み入って恐竜を発見する過程をビデオ映像で記録しているが、最終的には探検隊は帰らずに映像だけが発見された…ってなノリの作品なんだろう。これは見なく てはいけないと、渋谷の映画館に駆け込んだ次第。

ないよう

  アフリカはコンゴの奥地に、恐竜の生存を確認するために分け入った探検隊の面々は、結局帰っては来なかった。しかし彼らのリュックサックが川に浮かんでい るのが発見され、そこには膨大な長さの記録映像が収められていた。この映画は、それらの映像を編集して作られたものである…。元々はこのプロジェクトは、 コンゴの奥地で太古の恐竜らしき生き物が昔から目撃されていたことに端を発している。現地では「モケーレ・ムベンベ」と呼ばれているこの生き物は、特徴か らしてプレシオサウルスではないかという疑いを持たれていた。やがてついに…ハッキリしたものではないが、「それ」がビデオ映像にとらえられ、にわかに 「恐竜発見」の機運が高まる。こうして絶滅動物の研究や探検で知られるジョナサン・マーチャント(リチャード・ディレイン)率いるイギリス人探検隊が、コ ンゴの奥地に調査に向かうことになる。そこには証拠を記録するための、テレビクルーも同行することになった。名付けて「ダイナソー・プロジェクト」。華々 しい記者会見も無事終了し、一行は意気揚々とコンゴ入りする。しかしそこには、予期せぬ同行者もいた。ジョナサンの高校生の息子ルーク(マット・ケイン) も、なぜかコンゴにやってきたのだった。元々、父親の世界を股にかけた探検の日々にあこがれていたルークは、この機会にぜひ参加したいと学校を退学して来 てしまった。母親もお手上げ。当然、ジョナサンは遊びでやってる訳ではないので苛立ちを隠さない。「連れて行ってくれ」と駄々をこねるルークだったが、そ んなことができるわけもない。ジョナサンは彼をホテルに置いて探検隊の留守番をさせようと思っていた。これには大いにクサるルークだったが、ジョナサンの 言うことは絶対。これはルークが息子だからということに限らず、探検隊クルー全体にも言えることだった。秘境探検で定評があり知名度も高いジョナサンは、 探検隊では「絶対的存在」として君臨していたのだ。そんなジョナサンを影になり日向になり右腕としてサポートしてきたチャーリー(ピーター・ブルック) も、「自分はそういう役回りだから」とほとんど諦め顔。メンバーは他に医療班の女性隊員リズ(ナターシャ・ローリング)、カメラと音声のテレビ・クルーの 二人、そしてコンゴ政府環境省の女性職員アマラ(アベナ・アイヴォール)も途中まで同行することになった。こうして一行を乗せた大型ヘリは、モケーレ・ム ベンベが目撃されたとされる奥地へと出発。一同は大いに高揚した気分だったが、環境省のアマラはいささか苦笑気味。恐竜が生きているなどと言った話には半 信半疑といった表情だった。ところが途中まで飛んだところで、ヘリの貨物室から何やら物音がする。不審に思ったジョナサンが貨物室を調べさせると、何と ルークが「密航」しているではないか。これにはジョナサン、大いに怒る。「何もそこまで」とチャーリーは取りなすものの、ジョナサンは全く耳を貸さない。 とにかく「現地に着いた時点で処遇を考える」と激しくご立腹だ。ルークは半ベソ状態ながら、何となく不服そうだ。そんなこんなしているうち、そのルークが 窓の外に奇妙なモノを見つける。彼方から飛んでくる鳥のような生き物が、どうも鳥ではないように見えるのだ。「ありゃ、何だ?」…確かにアレは鳥じゃな い。何羽も群がってくるその生き物は、どう見ても翼竜のように見えるではないか。しかもどんどんヘリの至近距離へと接近してくる。危ないと思った瞬間、そ れはヘリに激突。ヘリもそれで損傷を受けて、みるみるうちに高度が下がっていく。そして…墜落! 何とか意識を取り戻した一同は、とりあえず荷物を持ち出 して脱出。操縦室のパイロットたちは、墜落の衝撃でもはや助からない状況だった。ルークはカメラを取りに戻るなどグズグズしていたが、ジョナサンに引っ張 り出されてヘリから抜け出す。その瞬間、漏れ出したガソリンが引火して、ヘリは爆発炎上した。さぁ、一体どうする? 楽チンな旅を考えていた一行は、いき なり出鼻をくじかれて真っ青。環境省のアマラも「こんなはずじゃなかった」感がハンパない。ジョナサンだけがいつもながらの高飛車なカラ元気で号令をかけ まくっている。とりあえず、ヘリからこの近くに原住民の集落があるのは見えていたので、そこを目指すしかない…と歩き出す一行。幸い、暗くなる前に集落に たどり着くことができた。ところが奇妙なことに、集落には人っ子一人いない。しかも草木で作られたあばら屋には、生々しい血痕が残されているではないか。 ジョナサンは毎度お馴染みの高圧的口調で「部族間の抗争があったんだろう」と決めつけるが、アマラはどうやら賛成しがたいようだ。それでも今夜はここに泊 まるしかない…と、集落で一番大きい家に入り込む一行。そんな中、ルークは何かが動いたら作動する監視カメラを屋外に据え付け、様子を見ようとするのだっ たが…。

みたあと

  今まで魔女だの食人族だのゾンビだの月面の生物だの…いろいろな題材で作られてきた疑似ドキュメンタリーだが、確かに「恐竜」を題材にしたものはなかっ た。「ジュラシック・パーク」(1993)以来、それなりにアレコレと作られてきた「恐竜」モノの中でも、こういう趣向のモノはまだなかったのだ。だか ら、「いいとこに目をつけたな〜」とまずは感心。確かにコナン・ドイルの「失われた世界」を今、映像化して作るとしたら、この疑似ドキュメンタリー形式の 映像化が一番向いているかもしれない。元々このジャンルの映画が好きな僕は、それだけで嬉しくなった。探検隊と一緒にアフリカの奥地に踏み入る気分が味わ えるものと、大いに期待して見始めたわけだ。すると、まず出てきたのが、探検隊長とその息子とのウダウダした対立。そして探検隊長がやたら空威張りしてい る輩で、彼を長年支えてきたパートナーとも何かありそうな気配。そこで僕も、遅ればせながらこの手のジャンルのお約束に気がついた。そうそう、確かにこの 手のジャンルでは主人公たちが魔女とかゾンビとか宇宙生物に襲われる恐怖が描かれはするが、いつもそれよりコワイものが出てくるのだ。それは極限状況と恐 怖によって、主人公たちが対立したり仲間割れしたりする怖さなのだ。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

  そんなわけで、リーダーのジョナサンは虚勢ばかり張って実は全く実践が伴っていないし、その息子ルークは素人のくせに無謀なことばかり考えてて生意気。 チャーリーは理解のあるポーズはとっているものの、最初からジョナサンに対して腹に一物ありそう…と、最初から波乱含みな雰囲気が漂う。しかしこれだけ感 情的な要素が盛り込まれれば、自然と「芝居」部分がふくらんでくる。それってリアルなドキュメンタリー風のタッチが要求されるこの手の映画とは、どうし たってそぐわない。これだとどうにも普通のドラマみたいにならざるを得ないのだ。もうひとつの誤算は、意外と恐竜たちのCGに力が入っていたこと。そのた め監督・脚本のシド・ベネットはCGで美しくリアルに仕上がった恐竜の姿や、コンゴ奥地の景色をキレイに見せたい欲にかられたのだろうが、デジタルビデオ の映像がキレイ過ぎてこれまたドキュメンタリー気分が盛り上がって来ない。もっとノイズが入った画面じゃないと、リアルな感じがしてこないのだ。まぁ、イ マドキは素人が普通に撮影するビデオですらハイビジョンだから、実際にもこれだけキレイなのかもしれない。しかしこの手の疑似ドキュメンタリーとしては、 ノイズが命だからどうも気分が出ないのだ。困ったものだ。さらに疑似ドキュメンタリーとしての「お約束」をキチンと果たしていない部分が散見されるからマ ズイ。ところどころ、これは一体誰が撮ったショットなのだ?…と説明のつかない部分が存在しているのである。例えば、ラストに隊長の息子ルークがすべての 映像素材をリュックサックに詰め込み、滝から落とす場面が出てくる。しかしその映像は、一体誰がどうやってリュックの中に入れたのだ(笑)? こういうい いかげんさが、せっかくのドキュメンタリー気分を削いでしまう。そして最もマズイのは、終始虚勢張りまくりで偉そうな隊長、愚かで生意気な隊長の息子、卑 屈で卑怯な隊長のパートナー…と主要登場人物がいずれもロクな奴じゃないこと。そこに付き合わされた女性隊員や環境省の職員はお気の毒ながら、それ以外の 大半の隊員がイヤな奴か愚か者なので、殺されようがひどい目に遭おうが見ている側は痛くもかゆくもない。逆に言うと、どうなってもいい奴らの顛末がどうな ろうと、そこにサスペンスも何もないのである。これが最大に興ざめな理由であることは言うまでもない。

さいごのひとこ と

 川口浩探検隊のほうがマシかも。

 

「ゴーストライダー2」

 Ghost Rider - Spirit of Vengeance

Date:2013 / 03/ 18

みるまえ

  ニコラス・ケイジと来れば、僕の大のお気に入り役者である。とにかく毎年次から次へと出演作が来る。その大半はバカバカしい娯楽映画だ。つまり、僕好みの 映画だ(笑)。凡作も少なくないが、時々狂った傑作が混じったりする。だからニコラス・ケイジ作品はやめられないのだ。それにそもそも、僕は俳優としての ニコラス・ケイジ自体も好きだ。僕がニコラス・ケイジを想起する時にいつも思い出すのが、「60セカンズ」 (2000)の一場面。クルマ窃盗団のリーダーであるケイジが、これから「仕事」に出かけるぞという時に一味を集めて行う「儀式」のくだりである。これは 一種の「出陣式」みたいなものらしく、彼はみんなを集めてラジカセで音楽を流し、目をつぶって曲に身をゆだねる。かと思うと、おもむろに念力でもかけるよ うにく〜っと力みかえり、「オーケー、レッツ・ライド!」とかけ声かけて「いざ出発!」するおかしさ(笑)。正直言って、いい大人が何をやってるのか全然 意味が分からない。ちょっとアブないイメージすらある。ちょっと頭おかしいんじゃないの? でも、そのアブなさこそがニコラス・ケイジなのだ。またブライ アン・デパーマ監督のサスペンス「スネーク・アイズ」(1998) においても、悪徳刑事を演じるニコラス・ケイジが冒頭10分以上にもおよぶ長回しの間、延々ハイテンションでまくし立てるという圧巻の一幕を見せる。その 目をむいてのキレキレ演技ぶりは、どう見ても尋常なものではない。だから彼はアメコミのヒーロー役を演じても、ただの「正義の味方」には終わらない。前作 「ゴーストライダー」(2007) は、そんなケイジならではのヒーローだった。何しろ「燃えるドクロ」がバイクに乗ってるんだから、そんじょそこらのヒーローとは訳が違う。ハッキリ言って 普通のスターならこんなゲテモノ役は演じまい(笑)。いつもハイテンションでキレまくるスター、バカをやることに全くためらいがないスター、ニコラス・ケ イジだから出来る独壇場なのだ。そんなケイジの「ゴーストライダー」の続編がやって来た。そうなれば、これはファンとしては見に行かないわけにはいくま い。というわけで、早速、僕は劇場へと足を運んだのだった。

ないよう

  混沌とした現代の東ヨーロッパ。ある「運命」を持った男の子が、険しい山間部にある城塞のような修道院に匿われる。その男の子の名はダニー(ファーガス・ リオーダン)。しかし善と悪との戦いの命運を握るこの男の子を、悪の陣営が黙って見過ごすわけもない。バイクにもまたがる「兵隊やくざ」みたいなやさぐれ 僧侶モロー(イドリス・エルバ)は修道士ベネディクト(アンソニー・ヘッド)らに警告するが、彼らは耳を傾けない。厳重な警備をしているから…と自分たち の力を過信するばかりだ。ところが、そんな舌の根も乾かないうちに、敵の軍団が修道院を攻めてくる。阿鼻叫喚の中、モローはその少年ダニーと母親ナディア (ヴィオランテ・プラシド)を守ろうとするが、ナディアはモローにも背を向けて息子を連れて逃げ出した。こうしてダニーを連れたナディアは、クルマで城塞 を脱出。それを敵のリーダー、レイ・キャリガン(ジョニー・ホイットワース)たちのクルマが追いかける。さらにそれを、バイクにまたがったモローが追跡… と、三つどもえの追いつ追われつが険しい山間部の曲がりくねった道で展開。モローの献身的な戦いによってキャリガンの追撃は食い止めることができたが、同 時にダニーとナディアの足取りもそこで見失うことになった…。そんな折りもおり、悪魔と取引をしてゴーストライダーとなったジョニー・ブレイズ(ニコラ ス・ケイジ)が、ちょうどここ東ヨーロッパへと流れてきていた。ジョニーは自らの中に宿ったゴーストライダーとその邪悪な衝動と戦っていて、それゆえに故 郷を捨てて旅に出たのだった。そんなジョニーがとある町で疲れて眠っているところへ、彼を探り当てて訪れてきた者がいた。それは例のやさぐれ僧侶モロー だった。彼は運命の少年ダニーを探り出し、救ってほしいとジョニーに懇願する。もちろんモローは彼がゴーストライダーであることは百も承知。悪の臭いがす ればすぐに嗅ぎ当てるゴーストライダーならば、悪党中の悪党たちに追われているダニーたちの足取りが分かるはず…との見立てだ。だが、ジョニーはゴースト ライダーを解き放ちたくはない。渋るジョニーにモローは、ダニーを救ってくれればゴーストライダーの呪いから解き放ってやると誘うのだった。そう言われれ ば、ジョニーも無下に断ることが出来ない。そんなある晩、ナディアとダニー少年は予想通り追跡者たちに追いつめられていた。彼らのリーダーであるキャリガ ンは、かつてのナディアの恋人。彼女の手の内は、分かりすぎるほど分かっていた。こうしてまさに母子が絶対絶命の状況に陥った時…。遠く離れた場所にいた ジョニーに、突如異変が起こった。彼の中に眠っていたゴーストライダーが、悪の臭いをかいで息を吹き返したのだ。息をのんで見つめるモローを横目に、ジョ ニーはあっという間にゴーストライダーに変身。燃えるドクロと化し、火を噴くバイクと一体となってハイウェイを疾走する。ナディアたちを痛めつけようとし ていたキャリガンたち悪党どもは、目の前にいきなり現れた自分たちより邪悪な存在に唖然呆然だ。「一体何だ、こいつは?」…。

みたあと

  元々ニコラス・ケイジが演じるということで、ムチャクチャでキレてるヒーローとしてエグい存在だったゴーストライダー。しかし前作では、ジョニーは普段の 生活で平静を保とうとして、カーペンターズの音楽を聴いているなどといったヌルいユーモアも漂わせていた。ところが今回は、前作よりもさらにそのエグさを 増したというのが正直なところ。ジョニーが苦しみながらゴーストライダーに変身する場面など、前作の1・5倍増量(当社比)みたいな感じ(笑)で、それで なくてもハイテンションなケイジがさらに血管切れそうな大熱演。僕にとってはますますご馳走な映画になっているのだ。

みどころ

  今回どうしてこんなにハイテンションなのかと思っていたら、監督がいつの間にか交代していたではないか。今回の監督はマーク・ネヴェルダインとブライア ン・テイラーのコンビ…と聞いても、正直言って僕には誰だか分からなかったが、何とあの「アドレナリン」(2006)を手がけた二人と知って大いにナット ク。僕は残念ながらこの作品を見ていないが、ジェイソン・ステイサムが大暴れした同作の評判は聞いていた。そのムチャクチャぶりはさらに続編「アドレナリ ン/ハイ・ボルテージ」(2009)でますますパワーアップしたらしく、こちらの方も見てはいないがステイサムが舌に高電圧のケーブルを接触させているム チャなビジュアルは見ていた。あれ見りゃ大体どんな映画か想像がつくわな(笑)。で、そんな二人だから、「バイクにまたがった燃えるドクロ」の映画が似合 わないわけがない。前作からすでにゴーストライダーへの変身シーンはニコラス・ケイジの独壇場だったが、今回も外に飛び出そうとするゴーストライダーを何 とか押さえつけようとするケイジの演技が絶品。クスリでもやってるんじゃないかと思わせるイカレぶりなのだ。そしてゴーストライダーが乗るとバイクでもク レーン車でもメラメラ燃えてパワーアップする…といういいかげんさが笑える。舞台を荒廃した東ヨーロッパに設定、ルーマニアで撮影したのも「何でもあり」 感を増して成功だったと思う。さらに後半には胡散臭さ満点のクリストファー・ランバートまで登場するのには、見ていて本当に嬉しくなった。おまけにこの 「燃えるドクロ」の映画が飛び出す3Dで上映されるというのだから、これ以上の楽しさはないだろう。娯楽映画にこれ以上何が要るのだ。昨今のアメコミ映画 は、何かというと主人公の苦悩だとかダークでシリアスな雰囲気とかを持ち込もうとするが、チャンチャラおかしい。何か勘違いしてやしないか。この作品の爪 のアカでも煎じて飲んでいただきたい。僕はバカ映画が大好きな一映画ファンとして、この作品を全面的にお薦めしたい。

さいごのひとこ と

 元祖黄金バット。

 

「ゴースト・フライト407便」

 407 Dark Flight

Date:2013 / 03/ 04

みるまえ

  その土曜日の朝に、僕は「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012)を見ようと決めていた。そのつもりで家を出る前にネットを見ていたのだが、ちょうどその日 に公開される、聞いたことのない映画のタイトルが目に飛び込んできた。「ゴースト・フライト407便」…な、何なのだこの映画は? キャストもスタッフ名 も書いていない。しかしタイトルにある「ゴースト」と「フライト」という言葉が、何より雄弁にこの作品の内容を伝えている。間違いなくこの映画は航空映画 だし、ホラー映画であるはずだ。大の飛行機好きな僕としては、もうそれだけで食指が動く。オーストラリアの怪作「墜落大空港」(1981)とか、アン・ハサウェイ主演の「パッセンジャーズ」(2008)みたいな作品なんだろうか? おまけによくよく見たら、この作品はタイ映画だという。正直言って、日本でタイ映画と言えばそれだけで珍品の部類だ。映画ファンでも真っ先に頭に浮かぶのは、せいぜい「マッハ!」 (2003)とかそのあたりではないか。ところがタイ映画で航空映画、しかもホラー映画というと…どんな映画だかまったく想像もつかない。これは正直言っ て「ゼロ・ダーク・サーティ」なんて見てる場合じゃないだろう(笑)。少なくとも、僕はこの映画を見なくちゃいけないはずだ。おまけに、上映は夜の9時 10分からのレイトショーのみ。この時点で、僕にはこの映画を見る以外の選択肢がなくなっていたのだった。

ないよう

  近年、タイでは、原因不明の奇妙な飛行機事故が相次いでいた。専門家が思わず首をひねるような事故が、次々と起こっていたのだったが…。そんなタイのバン コク。河川敷でラジコンの模型飛行機を飛ばす男の子と女の子がいた。その女の子…ショートヘアでボーイッシュなギフト(パッチャリー・タップトーン)は、 イギリスの学校に留学が迫っていたが、本人が行きたいのは航空学校。しかし本人の思惑など、両親は知りもしない。父親のジャムラス(パラメート・ノーイア ム)は娘に優しかったが、妻にはまったく頭が上がらない男。そして母親のフェン(アッチャリー・ハッサディウィチット)はバリバリのキャリアウーマンで、 相手構わず威嚇し罵倒する女。そんなフェンはもう一人勝手に、ギフトの進路をイギリス留学と決めていた。ここでヘタにアレコレ言っても逆効果だ。そんなわ けで一家でプーケット島へ行くために空港に向かう車内では、ギフトは何も聞かないフリをしてタブレットで飛行機操縦ゲームに没頭するしかなかった。その プーケット行きの飛行機が飛び立つ予定のバンコク空港では、早くもさまざまな人間模様が展開していた。二人のCAを従えて、陽気に騒がしくやって来る、 「王子」と呼ばれるオカマの客室乗務員(ティティ・ウェートブン)。搭乗口の周辺では、このフライトに乗り込む乗客たちも集まってきた。香港から来た キュートな女の子アン(シーサギエン・シーハーラート)はたまたまその場にいたお坊さんに飛行機の時間を聞こうと近づくが、女人禁制で触れるべからずのお 坊さんは慌てて逃げ回るばかり。仕方なく次にスキンヘッドの白人の大男に聞こうとするが、今度はいきなり手を握られて仰天。それを見かねたレゲエ頭の兄 ちゃんウェイブ(ナモー・トーンカムニット)に助けられる。そんな空港に、今回のフライトのチーフCAであるネウ(マーシャ・ワタナパーニット)もいた。 しかしそんな彼女は、人に言えない悩みを抱えていたのだ。飛行中に幻覚を見たということで、しばらくフライトから遠ざかっていたのだ。だから彼女は自分が これから搭乗するボーイング737型機を窓から眺めながら、不安を隠しきれずにいた。そんな憂いの表情を見せるネウの姿を、窓の外からうっとりと見上げて いる一人の男。彼はこの飛行機の整備担当であるバンク(ピーター・ナイト)。ネウの婚約者でもある彼は彼女の姿をじっと見ているところを同僚に見つかって 冷やかされながらも、その浮かない表情に疑問を抱いていた。そんなこんなの思惑を抱いた各人を乗せて、サンセット航空407便プーケット行きのボーイング 737型機は出発準備が着々と進む。CAたちとオカマの「王子」が踊りながら救命胴衣の使い方をデモンストレーションしていたり、離陸を前にガチガチに緊 張する老婆をCAが安心させたり、レゲエ頭のウェイブが香港娘のアンに接近したりと、さまざまな人間模様が展開する。そんな折りもおり、貨物室からの物音 を感じたバンクは、慌てて扉を開けて中に入る。中には何もなかったものの、バンクは何やら悪寒を感じた。するといつの間にか扉が閉まり、バンクは貨物室内 部に閉じこめられてしまうではないか。慌てて扉を叩いて叫ぶが、誰もバンクが閉じこめられたことに気づかない。そんなこんなで貨物室にバンクを閉じこめた まま、407便はバンコク空港を離陸してしまった…。ところが異変はまだ序の口。前の席から子供が転がしてきたボールを受け取っていたギフトは、いつの間 にかボールも子供も消えていることに気づいていた。そして、ネウも早くから悪寒に悩まされる。その頃、高度が上がって貨物室の気圧の変化に苦しめられてい たバンクは、何とか与圧制御装置を操作しながら意識を失っていく。一方、客室ではとんでもないことが起きていた。スキンヘッドの白人大男が、突然訳の分か らないことを言いながら暴れ始めたのだ。何とか落ち着かせようとCAたちが近づいていったその時、スキンヘッドの頭にクッキリと血管が浮き出す。さらにみ んなが見ている前で、スキンヘッドの頭が360度ぐるりと回転するではないか…!

みたあと

 タイ映画と言えば、近年どんどん質的に上がった作品が日本にも上陸。大ヒットした「ナン・ナーク」(1999)やタランティーノ風味の「シックスティナイン」(1999)、初恋物語の「フェーンチャン/ぼくの恋人」(2003)など、洗練された作品も少なくなかった。おまけにホラー作品もその「ナン・ナーク」をはじめ、ハリウッドにも進出したパン・ブラザースによる傑作「アイ」(2002)、怪作「トカゲ女」 (2004)など、結構それなりに粒ぞろいの印象だ。だから本作にも、大いに期待がかかる。オープニング・タイトルは格納庫での飛行機機体の塗装場面。こ ういうのを映画で見るのは珍しいので、飛行機好きとしてはワクワクしてしまう。ちなみに本作で407便として登場するボーイング737型機は、小型旅客機 のベストセラー。日本でもANAやJALで使われているほか、格安航空会社といわれるLCCにも数多く導入されている。そんなこともあって全世界で現役で 使われている航空機では、このボーイング737がダントツの1位だ。ただし機内の場面は、明らかに実機を使わずにセット。それもボーイング737にしては やたらに客室が広々。中央の通路を挟んで、左右の座席がそれぞれ2席ずつとはどれだけ余裕を持たせているのか。たぶん一般の航空会社では、左右に3席ずつ あるはずだ。おまけに中央の通路もやたらに幅をとっていて、カートが2台は通れるのではないか。ジャンボのファーストクラスなみのゆったり設計なのだ。前 に吉永小百合がスッチーを演じた日活映画「大空に乾杯」 (1966)の取材をした時に、飛行機の座席は1つでもべらぼうな価格なので、とてもじゃないがセットに作ることができなかったと聞いている。そんなこと もあって、今回の飛行機セットは席がスカスカなのか。おまけに席がそんな状態なのにも関わらず、客室は満席になっていなくてガラガラ。エキストラすら足り ない。どんだけ赤字運航している航空会社なのか。そんなこんなで、始まって早々イヤな予感で見始めた僕だったのだが…。

ここからは映画を見てから!

こうすれば

  最初に単刀直入に言わせていただくと、映画としてはガッタガタで墜落しちゃったような大事故の作品である。タイ映画全体の水準が今どこあたりにあるのかは 知らないが、少なくともこれはその中でも最下層の方ではないか。とにかくコンギアット・コムシリによる脚本もイーサラー・ナーディー監督の演出も、ヨレヨ レでどうにもならない。一番問題なのは、出てくる登場人物の言動がムチャクチャなこと。誰一人としてちゃんとしたキャラクターがいないのだが、特にひどい のがオカマの客室乗務員だろうか。乗務員側なのに言動が無責任。キーキーキャーキャー軽率な発言が多くて、客に対する対応がなっていない。申し訳ないがそ れでなくてもオカマっぽい身振りが見苦しいのに、本当にイライラさせられてしまう。そういえば「アタック・ナンバーハーフ」 (2000)なんて映画があったくらいだから、タイ映画の登場人物にオカマ枠は必須なのかもしれない(笑)が、この役もうちょっと何とかならなかったの か。また、夫と子供に高圧的に振る舞うキャリアウーマンのオバチャンが憎まれ役なのはいいとして、好感を持たせるはずの役どころだったレゲエ頭の若者が、 唖然とさせられる卑劣ぶりを発揮するのにはビックリ。劇中でキャラがこんなに変わっちゃっていいのか。さらに前述のオバチャンが、幽霊や異変の原因をCA であるヒロインのせいだと断定するのも奇妙だ。それまで劇中では、ヒロインが飛行機に出てくる幽霊たちと関わっている場面が出てきていない。何を根拠にそ んな吊し上げをしているのか、観客にはまったく分からないのだ。おまけにキャリアウーマンのオバチャンがCAを吊し上げても、乗客からたしなめる者も止め る者も誰一人出てこない。「いい人」側のはずのキャリアウーマンの娘も、聖職者であるお坊さんですら止めない。こいつらどれだけ鬼畜な連中なのか。唯一マ トモそうに見える整備員すら、貨物室に閉じこめられて異変を見て知っていたはずなのに、助け出された後もそのことを誰にも報告しないボンクラぶり。そんな 連中が危機に直面したところで、心配なんか出来るだろうか。僕なんか、見ていて全員早く死ね!…と思っちゃったよ。そして、パイロット志望の女の子が冒頭 から飛行機操縦ゲームをやっていたので、ひょっとして最後で彼女が実際に操縦するのでは…と「エアポート75」(1974)を思わせる展開になることを予 測してしまったが、さすがにそれはいくら何でもまずかったのか寸前に回避(笑)。しかしその設定が活かされないなら活かされないで、「それじゃあれは何 だったのか?」と逆に腹が立ったよ(笑)。そもそも飛行機に幽霊が出るという異常事態が、タイで一般的に起こっているような滑り出しだったはずなのに、途 中でどうやらヒロインのCAの個人的な過去に関わることらしいという話になっちゃってるから困る。おまけに今回の映画の舞台となっている飛行機自体が、何 度も同様の事故に見舞われているようにも見えるのだ。だとすると、これは墜落した飛行機を再生して使っているのか(笑)? そんなことできるのだろうか。 冒頭のオープニング・タイトルで機体を塗装していたのは、そういう意味だったのだろうか。そのあたりからして、設定がムチャクチャすぎる。ついでに言う と、パイロット志望の女の子はキュートで健気な娘という設定なのだが、途中から眉間にシワを寄せっぱなしになってムチャクチャ人相が悪くなるからウンザリ (笑)。無事に飛行機が空港に到着した時にホッとしたのは、生存者よりむしろ見ているこっちの方だった(笑)。ってなわけで、特撮やCGはそれなりに出来 ているのに肝心の演出・脚本がガタガタという点では、タイの怪獣映画「ガルーダ」(2004)といい勝負の作品だった。

さいごのひとこ と

 幽霊より生きてる奴の性悪ぶりの方がコワイ。

 

「テッド」

 Ted

Date:2013 / 03/ 04

みるまえ

  この映画のことは結構前に知っていたものの、今ひとつ見に行く気になれなかった。少年の唯一の友達だったクマのぬいぐるみに命が宿るが、その後、少年がい いトシこいた時、ぬいぐるみもオッサン化していた…というお話。その発想がウケたか、オタクなネタがいっぱい入っているのがウケたか、巷じゃかなりの評 判。しかし僕は何かの予感が働いたのか、今ひとつ見たい気分にならなかったのだ。しかし知り合いが次々と「面白い」と言ってくるし、たまたま空いた時間に 見れる映画がこれだった。そうなると、元々マーク・ウォルバーグも嫌いじゃない。とりあえずは見てやろうという気になったわけだ。

ないよう

 1985 年のボストン。8歳のジョン(ブレットン・マンリー)は友達もいなくて一人ぼっち。クリスマスには異教徒のユダヤ人の男の子はみんなにイジメられるのが恒 例だが、ジョンはイジメているみんなに無視されるだけでなく、イジメられているユダヤの男の子にすらシカトされるというアリサマ。そんな朝にジョンは、ク リスマス・プレゼントに大きなクマのぬいぐるみをもらう。そのぬいぐるみを「テッド」と名付けたジョンは、「テッドがしゃべれるようになりますように」と 一新に祈るのであった。ご存じの通り子供の願う気持ちは何よりも強い。そしてその夜は、たまたま流れ星がひとつ落ちた晩だった。翌朝、テッドがしゃべれる ようになっていたのは、いわば必然だったのだ。嬉しくなったジョンはテッドを連れて両親(ラルフ・ガーマン、アレックス・ボースタイン)のもとへ。しか し、生きているぬいぐるみの登場に両親は驚愕。化け物でも出たかという騒ぎようだ。それでも事態を掌握すると、「奇跡だ」と狂喜乱舞。当然このニュースは 全米を駆けめぐった。一躍セレブとなったテッドは、マスコミにも大きく取り上げられるに至る。しかしどんなサプライズもそのうち「当たり前」になる。ブー ムが去った後「あの人は今」状態になったテッドは、ドラッグで逮捕されるなどお定まりのコースを辿るのだった。そして幾年月…。今や35歳になったジョン (マーク・ウォルバーグ)は、今でもテッド(セス・マクファーレン)と一緒に暮らしている。テッドとは「フラッシュ・ゴードン」などのバカ映画やらマリ ファナ三昧の生活。いわゆる「永遠の中学生」的な生活だ。そんなジョンにも、奇跡的に恋人が出来た。それが一流企業に勤めるOLのロリ(ミラ・クニス)。 ロリはジョンとテッドの「中学生」的生活ぶりに最大限理解を示してはいるが、それでも時々、自分とジョンとの間に常にテッドが挟まってくるのに疑問を感じ ている。また彼女は、上司レックス(ジョエル・マクヘイル)がセクハラすれすれに接近してくるのも悩みだ。一方、ジョンが勤めているのはパッとしないレン タカー会社。連日、遅刻でご出勤というアリサマで、上司トーマス(マット・ウォルシュ)に叱られても懲りていない。そんなジョンでも目前にロリとの交際4 周年の記念日が迫るとなれば、一念発起してキメようと思っている。レストランで食事をしてプレゼントはどうだろう? 同僚は「そろそろプロポーズをしろ」 とアドバイスするが、今ひとつ結婚の決意はできないジョンだ。結局、その夜はロリにさんざ期待をさせながら、差し出したのは婚約指輪ではなくイヤリング。 これにはロリもガッカリだ。おまけにジョンの部屋に戻れば、テッドは売春婦を連れ込んでの乱痴気騒ぎ。さすがに理解があるロリもこれにはキレて、テッドを とるか私をとるかというお約束の最後通告をジョンに突きつけるのだった。冗談じゃ済みそうもない空気を察したジョンは、つらいながらも厳しい決断をした。 テッドと水族館に出かけると、そこで彼に「別居」を頼み込んだのだ。前日の「やりすぎ」を反省したテッドも、これは受け入れざるを得ない。そんな二人が公 園でウロウロしていると、ファンだと言って近づいて来る連中の中にひときわ異彩を放つ二人が…。ちょっとアブない眼差しのオッサンのドニー(ジョバンニ・ リビシ)とワガママを絵に描いたようなデブの息子ロバート(イーディン・ミンクス)というちょっとアレな父子だ。このドニー、ジョンにテッドをいくらで売 るかと迫ってくるから、ジョンも大いに困惑。何とか彼らを振り切って、やっとのことでその場を逃れた。そんなわけで、テッドはジョンのアパートから出て独 り立ち。スーパーの店員に就職して優雅な独身生活だ。ところが腐れ縁はなかなか切れない。ジョンの仕事中にもテッドから「一緒にDVDを見よう」と連絡。 結局その誘惑を断ち切れずに、ジョンは仮病を使うアリサマだ。ところがこれはロリの知るところとなり、二人の仲は微妙なことに。そんな折りもおり、ジョン はロリと一緒に彼女の上司レックス主催のパーティーに招待されることになる。当然ジョンとしては楽しくない集いだが、これも浮世の義理だ。するとこんな時 に限って、あのテッドからお誘いの電話がかかって来るではないか。「今、オレのアパートのパーティーに、あのフラッシュ・ゴードンのサム・ジョーンズが来 てるぞ!」

みたあと

  おとぎ話のような設定がバカバカしいジョークとなる設定が、最初から分かっていたとはいえ笑える。「オッサン化したクマのぬいぐるみ」という発想がともか く抜群なのだ。この見た目は、何よりこのお話の本質をとらえている。つまりは、いつまでも大人になれないままトシをとってしまった者の醜悪さだ。この作品 のクリエイターとして脚本・監督を行い、かつテッドを声とモーション・キャプチャーで演じたセス・マクファーレンも、同じ世代と言えるだろう。いいトシこ いて仕事に身が入らない。将来のことも見えてないし無責任。身を固める気にもならない。おまけにオタクなお楽しみに溺れてる。かくいう僕も、テッドや主人 公ジョンの年齢よりかなり上なのに、似たようなテイタラクだ。でも、映画ファンなんて大概が似たようなモノかもしれない。イマドキの人に「フラッシュ・ ゴードン」(1980)なんていっても分かるかどうか怪しいが、僕はあのクイーンのテーマ曲を聴いたら身体が無条件で反応してしまう。おまけにそのフラッ シュ・ゴードンを演じたサム・ジョーンズなんてデクの坊役者まで連れてきてしまうとは! 僕らのような人間は、どうしたって主人公たちにある種のシンパ シーを抱かずにはいられないのだ。

ここからは映画を見てから!

こうすれば
 だったら言うことな し…と言いたいところだが、これが微妙なところ。結果的に物語の上では、テッドとジョンのような生き方は完全に肯定されている訳ではない。いいトシこい て…とバカにされているし、主人公たちも反省している。テッドは一度徹底的に危機に陥ってもいる。だから作り手たるマクファーレンも、そういうことを「良 し」とはしていないポーズをとっている。ギリギリ平均台の向こう側に落ちないまま、何とか映画は終わっている気もするのだ。そんな姿勢の象徴と見てとれる のが、ジョバンニ・リビシ演じる変質者的なテッド誘拐犯。「あの時代」で時計が止まってる感じの彼は、まさに「いつまでも大人になれないままトシをとって しまった者の醜悪さ」を絵に描いたような存在だ。彼が自宅のテレビを見ながらメタボな身体をくねくねさせて踊る一幕は、その中でも一際印象深い。テレビに 映し出されているのは、1980年代に一世を風靡した少女歌手ティファニーの大ヒット「ふたりの世界」。「一発屋」と言うには何曲かヒットもあった彼女 も、現在では「あの人は今」状態。そんな彼女のミュージックビデオをじっと見つめて一心不乱に踊る男の姿は、ジョークで描いているとはいえ相当に気持ち悪 い。だから作り手には、主人公も含めた「こいつら」が気持ち悪い存在だという自覚はあるらしいのだ。それなのに映画のエンディングでは、結局はテッドと ジョンの友情は続き、ジョンの恋人もテッドの存在を受け入れてしまう。当然、彼らのいいトシこいた無責任な悪ふざけも続くのだろう。これって…こういうラ イフ・スタイルって、このまま肯定しちゃっていいのだろうか? 女までが万事主人公にとって都合良く「改心」しちゃうなんて、そんなことがあり得るのか。 おそらくは自らもそういう人種であるはずのマクファーレンは、徹底的に自分たちに甘いとしか思えない。映画のあちこちにチラつく悪ノリのギャグも、そんな 悪ふざけが過ぎる部分もあって、正直僕は完全にノレなかった。その面白さが理屈抜きで分かるだけに、自分が笑ってていいのかどうか分からないのだ。どうも セス・マクファーレンその人の、自分に甘くどこか傲慢で調子こき過ぎな姿勢に違和感を感じる。僕もこうした人生に半ば溺れており、ここで描かれているよう な趣味・趣向をキライになれないだけに、「それでいいのだ」とは思えないのである。そこまで「自己肯定」ができないし、しちゃいけないと思う。また、ラス トで登場人物の「その後」が紹介されるギャグでも、さりげなく「スーパーマン・リターンズ」 (2006)のスーパーマン役者ブランドン・ラウスを揶揄したりしているが、これもいかがなものだろう。マクファーレンはこれは「ギャグ」だと言い張るだ ろうし、これを笑えない奴はシャレが通じないとでも言うんだろうが、僕にはこれは笑えないギャグにしか思えない。これが笑えない奴はセンスがないというの なら、センスがない奴で結構です。少なくともこいつはブランドン・ラウスに対してフェアじゃないだろう。このあたりの「傲慢さ」も含めて、発想はいいんだ ろうがこのマクファーレンという人物には問題があると思う。少なくとも、「自分はいつも正しい」という甘っちょろい自己肯定姿勢が好きになれない。僕個人 もこういう困った部分は多々あって、「フラッシュ・ゴードン」に代表される世界をキライになれないのだが、それを肯定しちゃったらマズイと思うのだ。

みどころ

 それにしても、CG技術の発達から僕らは何を見せられても当たり前になってしまっているけど、生身の俳優と動くぬいぐるみが対等の関係で「共演」しちゃ う映画を、「メリー・ポピンズ」(1964)みたいなかたちでなくライブ・アクションで見せられるとは、こりゃあ本当は大変なことではないのか。こういう ことを、ものすごい革新的な作品ではなく、こんなコメディでやってしまうこと自体を驚くべきだろう。

さいごのひとこ と

 こいつがぬいぐるみ演じてる段階で正体見たり。


 

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