「アフター・アース」

  After Earth

 (2012/07/08)



見る 前の予想

 ウィル・スミス主演で、人類が逃げ出した後の未来の地球を舞台にした冒険活劇。SF映画好きの僕なら確実に見たくなる内容。なのに、僕はこれの予告編を何度も見ながら、どうしたって躊躇せずにはいられなかった
 理由はこの作品が実はウィル・スミス単独主演ではなく、彼の実の息子ジェイデン・スミスとの父子共演であるというところだ。
 このジェイデン・スミス、確か「幸せのちから」(2006)で親父のウィル・スミスと共演でデビュー。それを知って寒〜い予感がした僕は、元々何となく興味のない題材だったこともあってこの作品をパスしたのだった。
 ところは災いは向こうからやって来た(笑)。地球が静止する日(2008)にこのジェイデンが出ていたのだ。これがまた生意気なガキで、役柄なんだ と分かっていても元々の印象から正直言って好感が持てない。おまけに親父無関係の映画に出てきても、こんなところまで押し込んで来やがるんだなとしか思え なかった。
 さらにこのジェイデンが「ベスト・キッド」リメイク(2010)で主演と来ると、もはや擁護できない。しかもジャッキー・チェンまで師匠役に据えてやる という完璧の布陣を敷いたこの映画のプロデューサーが父親ウィル・スミスだと聞いたら、なおさらウンザリしてしまう。どんだけ過保護なんだよこのガキは。
 そんな鬱陶しい父子が大型予算のSF大作でまたまた共演と聞けば、もう見たい訳がないだろう。予告編を見ても、このジェイデンのツラが気にくわない。大 体がどこかの北の将軍様じゃあるまいし、七光り野郎にロクな奴はいない。そもそも自分のキャリアを何もかも親父にレール敷いてもらうなんて、オマエそれで も男かよ。
 いくらSFでもこれでは付き合いきれない。気持ち悪いスミス父子の自己満足映画なんか、わざわざカネを払って見ていられるか! 完全にパス決定と、僕は勝手に思っていたのだ。
 ところが…ある時、この作品の監督がM・ナイト・シャマランと知ってから、僕の心の葛藤(笑)が始まった。
 シャマランって現在は映画ファンの間の評価がすこぶる低いが、実はここだけの話、あのクセになりそうな悪趣味なところが秘かに僕は好き(笑)。それでもさすがに前作「エアベンダー」(2010)は見逃してしまったので、新作は何とか見たいと思っていたのだ。
 それにしても、スミス父子とシャマランとはなぁ…誰が考えたんだこの恐ろしいコラボ(笑)。いやぁ、これはいろいろな意味で危ういよ。
 そんなわけで苦しみ悶えながら(笑)映画館へとコワゴワ足を運んだ次第。

あら すじ

 緑溢れる森の中で倒れたままの少年…キタイ・レイジ(ジェイデン・スミス)。
 一体何が起きたのか? キタイと父親サイファ・レイジ(ウィル・スミス)が乗っていた宇宙船が大破して、サイファはキタイと引き離されてどこかにすっ飛ばされてしまった…。いやいや、事の始まりはもっと前に遡る。
 遠い未来、愚かな人類は地球の環境を破壊し尽くしてしまったため、太陽系の外のプライム・ノヴァという天体に移住していた。問題は、そこにはすでに先住民族が存在していたということ。当然のことながら先住民が快く迎える訳がない。
 その結果、彼らは人類殲滅のために「アーサ」という凶暴な生物を放った。この生物は人間が恐怖によって放つアドレナリンを嗅ぎ取り、あっという間に人間 を八つ裂きにして殺すのだ。そこで人類の安全を確保するために、レンジャー部隊が活躍することになる。サイファ・レイジはそんなレンジャー部隊の指揮官で あり、「ゴースト」と呼ばれる伝説の戦士だ。
 「ゴースト」とは自分の恐怖心をゼロにできること。恐怖がなければアドレナリンは出ない。アドレナリンが出なければ、「アーサ」は人間を感知しない。こうしてサイファは「アーサ」退治の第一人者として、絶対の信頼を得ていたのだ。
 当然その息子キタイも、レンジャー訓練生として日夜汗を流していた。しかし彼は抜群の素質を持ちながらも、自己を過信して協調心に欠けているようだった。この日も仲間とのジョギングで一人だけ全力疾走。その結果、教官からレンジャーへの昇進を見送ると告げられる。
 焦ったキタイは「もうすぐ父が任務から帰ってくる。不合格では困ります!」としょうもない事を言って抵抗するが、そんな言い草が通る訳がない。
 結局、任地から久々に帰宅した父親の前で、しょんぼり不合格を白状しなくてはならないキタイ。案の定、食卓が冷え冷えとした雰囲気になったのは言うまでもない。サイファもキタイに対しては、軍人スタイルで接するより術がなかった。
 そんなサイファに妻のファイア(ソフィー・オコネドー)は、「あの子には上官ではなく父親が必要」とさりげなく諭す。
 そこでサイファは、次の任務先へキタイも連れて行くことを決めた。サイファは次の任務で引退し、妻のもとでデスクワークをすることを決めていたのだ。
 そんなわけでキタイは、サイファと共に宇宙船に乗り込むことになる。出発直前、父親がどれほどレンジャー隊員に尊敬されているかを目の当たりに見せられ、改めて身の引き締まる思いのキタイ。
 そんなこんなで宇宙船は出発したが、父サイファが眠りに就くと、またまたキタイの悪い癖が出た。こっそり貨物室に忍び込み、奇妙な積み荷に気づいたの だ。そこでレンジャーに見つかったキタイは、彼らの度胸試しに引っ張り込まれる。その積み荷とは、巨大な檻に閉じこめられた例の「アーサ」だった。レン ジャーたちはキタイに、その檻に近づいてみろとけしかけるのだった。
 恐怖心を克服しようとしながら、内心ビクビクのキタイ。当然のことながら、檻の中の「アーサ」もその気配を感づいたようだ。
 そんな一触即発の瞬間、異変を感じたサイファが貨物室に登場。幸いにも度胸試しはお開きとなる。
 サイファはキタイにシートベルトをして座席にいろと命じて、自分は操縦室へと向かった。サイファは長年のカンで、小惑星の嵐が近づいていることに気づいたのだ。
 しかし、時すでに遅し。宇宙船は嵐に巻き込まれ、ダメージを受けてワープせざるを得なくなった。やむなく近くの惑星に不時着しようとしたが、サイファは その惑星が着陸には不適切であることに気づく。しかし、今さら引き返すわけにいかない。仕方なくサイファは客室に戻り、キタイの様子を見に行った。
 高度はどんどん下がっている。キタイに酸素マスクをかぶせたサイファも、船体が引きちぎられると同時にどこかに吹っ飛ばされてしまった。こうして宇宙船は、未知の惑星へと墜落してしまうのだった。
 しばらくしてキタイが意識を取り戻すと、船体はメチャクチャに壊れ、乗員たちもみな死んでいるではないか。
 焦りに焦ったキタイが船体をあちこち探すと、幸いなことにサイファが倒れているのを発見。しかしかなりの深手を負っているようで、なかなか意識を取り戻さない。それでも何とか目覚めることができたサイファは、キタイに衝撃的な事実を伝えた。
 「ここは、地球だ」
 人類が見捨てて1000年経った地球は、いまや酸素も乏しく凶暴な生き物に溢れた「最上級危険惑星」と化していた。ここはもはや人間が長居できる場所ではない。
 しかし助けを求めようにも発信器は故障。発信器はもう一個搭載されていたが、あいにく引きちぎれて別の場所に落ちた宇宙船の船尾部分に備えられていた。
 サイファが何とか宇宙船の残されたパワーを起動させて探し出した情報では、ちぎれた船尾部分はここから100キロほど離れた場所に落下しているらしい。 しかしそうと分かったものの、そこまでには危険な未知の生物がウヨウヨ。おまけに船尾部分には問題の「アーサ」が載せられていたが、この騒ぎで死んだのか 逃げ出したのかも分からない。そしてサイファは重傷を負って、この宇宙船から一歩も出て行けない状態だ。もはや、打つ手はひとつだけ。熟慮の結果、サイ ファはキタイに静かに「究極の選択」を告げるのだった。
 「オマエが発信器のところまで行くしかない」…。

毀誉褒貶が激しすぎなM・ナイト・シャマラン
 スミス父子共演という危険要素を抱えた本作。それでなくてもヤバイところに監督がシャマランと来る。これは実に微妙な人選だ。
 そして僕としては、むしろシャマラン映画って方が気になるところだ。
 シャマランと言えばシックス・センス(1999)で大ホームランを放ったものの、次のアンブレイカブル(2000)で雲行きが怪しくなって評価 が急落し始めた。確かに「何だこりゃ?」…とみんながギョッとしてしまっても仕方がない、史上マレに見る怪作であることは間違いない。
 でも僕は、みんなが一転して手の平を返したようにシャマランをブッ叩き始めた時、むしろ違和感を感じたくらいだ。むろん僕も「アンブレイカブル」には苦 笑失笑の嵐だったが、こいつのおかしさの萌芽は、すでに「シックス・センス」の時点で垣間見えていた。世間じゃ「シックス・センス」大絶賛だったけど、す でにあの時点でヘンだったではないか。だから、むしろこうなるのは当然という気がしていたわけだ。
 その後、サイン(2002)、ヴィレッジ(2004)とケレン味たっぷりの作品が続いても、世間の冷たい評価とは裏腹に僕はむしろどんどん新作 を楽しみにしていたくらい。だって、最初から一発屋と思って作品を見れば腹も立たない。それに、毎度毎度ない知恵を絞って趣向を凝らしてくるのが健気でも ある(笑)。アイディア・マンであることは否定できないんじゃないか?
 唯一こいつに問題を感じるとしたら、こいつが根っからの省エネ・タイプの男で、一作品にオチを一個だけ入れてそのワン・アイディアだけで2時間を乗り切 ろうとすることだろうか。そのアイディア自体も何だかおかしなモノであることが多いから、映画全体も邪道なスタイルとなる。結果としてトホホな作品になら ざるを得ないのだ。
 それでもシリーズものリメイクものビギニングもの、おまけにテレビやマンガの映画化もの…とネタ切れ感満載のハリウッドにあって、こいつだけが次から次 へと何かやってやろうと考えて来るのは好感が持てた。だから世間の映画ファンがいかにシャマランを血祭りに挙げようと、僕はこいつを見捨てる気になれな かった。こいつにはまだ「何かやってやろう」という、志の高さを感じていたのだ。
 しかしそんなシャマランもさすがにレディ・イン・ザ・ウォーター(2006)では興行的にも大コケして、ヒットメイカーの地位が危うくなった。これ はきっと惚れた弱みでヒロインに起用したブライス・ダラス・ハワードに、思い切り目がくらんだからじゃないのか(笑)。おそらく映画づくりの傍ら、シャマ ランは必死にダラス・ハワードを口説いていたに違いない。最終的に映画がボロボロだったのは、結局シャマランがフラれたからではないのか。男としては気持 ちが分かるところだ。間違いない、きっとそうに違いない(笑)。
 そんなこんなで先が危ぶまれたシャマランだったが、背水の陣で臨んだ次作ハプニング(2008)は、僕のような「ファン」が待っていた相変わらずの シャマラン節(笑)。冒頭から何が起こるか分からない展開で、散々ジラしたあげくに大山鳴動ネズミ一匹な結末というあたりまでがお約束のシャマラン印。特 にマーク・ウォルバーグが部屋にある何の変哲もない観葉植物に「オマエ聞いてるのか?」と大マジな顔で話しかけるくだりは爆笑必至の名場面だ。これ、コメ ディじゃなくてサスペンス映画だからね(笑)。
 これでようやく復調したなと安心したのもつかの間、次にシャマランが手を出したのが「エアベンダー」(2010)。予告編を見ると、何だかマルコメ味噌 の宣伝に出てきそうな坊主頭の少年が出てきて、魔法だの運命だの選ばれし者だのって話が展開。限りなくエディ・マーフィー主演の「ゴールデン・チャイル ド」(1986)あたりが想起されるお話だが、どうやら向こうの人気アニメが原作らしく、いじくり回して原作ファンの激怒を買ってしまったらしいのもシャマラン らしい。正直、僕もマルコメ坊やの予告編を見た時点でついていけず、これはパスしてしまった。
 そんなわけで、間違いなく向こうの業界内でも崖っぷちな立場に追い込まれていたであろうシャマラン。しばらく鳴りを潜めていたかと思えば、事もあろうに スミス父子の気持ち悪い親バカ映画に巻き込まれるとは…。大事な時期なのに、こんな事やっていていいのかシャマラン。シャマランがこの映画を台無しにする ことより、この映画をやってシャマランがダメージ食らいそうなことの方が心配だ。
 僕が映画館にコワゴワ足を運んだ理由は、むしろシャマランを心配してのことだったのである(笑)。

見た 後での感想

 そんなわけで、スミス父子の親バカやらシャマランのやらかしやら…僕はいろいろ心配しながら劇場に向かった。
 ところがパンフレットを読んでいたら、何と今回の作品のストーリーはウィル・スミスその人が考えたものだというではないか。
 うひゃ〜、こりゃロクなもんじゃないぞ。
 確かにシャマランの脚本も相当にアレだが、それでも奴は一応商売もんとして書いている。その一方で…言っちゃ何だが、ウィル・スミスは映画スターとして は一流かもしれないが、クリエイターとしてはやっぱり素人。しかも権力だけは持っていて、マトモな判断力が失われている重症の親バカだ。ここんとこのウィ ル・スミス主演作はちょっと微妙なモノが多かったし、一体何を考えているのだろう。あんまり客をナメてるとひどいことになるぞ。セガレを売り出したいがあ まり、テメエが没落しちゃシャレにならないだろう。
 実は僕は劇場に来る前に、この作品がアメリカで大コケしちゃったと知っていた。ネット上でもどうやら不評さくさくらしいし、こりゃあかなりヤバイ内容になっていそうだ。僕はそれなりに覚悟して、スクリーンに対峙したわけだ。
 冒頭は何だか「火曜サスペンス劇場」のオープニングみたい。何だかいろいろな場面のさわり部分だけチラチラ出てくる。やがて地球が汚染されて人類が移住することになって…という大前提が語られてから、物語の本題に入っていく。
 しかしそれにしても…ウィル・スミスが自分で作った物語ということを知った上で見ていくと、そのウィル・スミス自身が伝説的な戦士で無敵で部下からも尊 敬されているとか、息子のジェイデンが跳ねっ返りだが素質は素晴らしいとか、その親父を乗り越えるかのように親父に代わって活躍する息子とか…よくもまぁ テメエで照れもせずこんな寝言が書けるわい…と、見ているこっちが恥ずかしくなってくる設定。もっとウィル・スミスって賢いと思ってたのに、すっかりフン ぞり返ってバカ丸出し。見る前の予感的中の思いがどんどん強くなる。
 しかもお話が進むにつれて、この映画の実質上の主役はジェイデンであることが明らかになる。ウィル・スミスはまるで「太陽にほえろ!」の石原裕次郎みた いに座って指示を出しているだけ。見せ場はすべてジェイデン担当なのである。こいつがこの大作の主役って、いくら何でも無理ありすぎだろう。
 元々僕にとってのジェイデンの印象が最悪なせいか、こいつのクソ生意気なツラが見ていて本当にイラつく。いちいち不満げな顔で、「ボク頑張ってるのに」 と口をとがらせているのがまたイラつく。大したことないくせに親父の威光で大舞台に立たせてもらっていながら、それが全然理解できてない風な態度がまたイ ラつく。およそ主役のツラじゃないくせに、最初っから主役で当たり前って態度がまたまたイラつく。もう役の設定なのか芝居なのか素なのかこちらの先入観な のか、何が何だか分からない。あの困ったような八の字眉毛の表情自体がイラつくのだ。
 シャマラン、オマエ本当にこれでいいと思って演出しているのか?

 

 

 


 

 

 

 

こ こからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 

 

 



マイナス要素がすべてプラスに転じる
 そんなこんなで冒頭からトホホな感じ。まったく期待できないイヤ〜な予感で始まったこの作品。で、実際どうだったのかと言うと…。
 実はこれが面白かったのである。
 ネット上ではボロクソにコキ下ろされているし、実際に見た人が読んだら、何でFがホメているんだと怒られてしまうかもしれない。しかし、実際に悪くな かったんだから仕方がない。事前情報によって僕の中での期待値のハードルが相当に低くなっていたということはあったかもしれないが、それでも決して悪くは なかった。むしろSF冒険活劇として、結構ハラハラさせられたのである。
 では、それは一体なぜか?
 それは、ジェイデン・スミスその人のイメージによるところがかなり大きいのだ。
 優秀な資質は持ちながらも、若者ならではの生意気強気だけは一人前。それでもやっぱり未熟な悲しさ、親父の前では借りてきた猫同然。これが本作における ジェイデン・スミスの役柄だ。このうち持ち前の「優秀な資質」とやらはかなり怪しいが、それ以外の設定はジェイデン・スミスがハタから思われているイメー ジ通りと言っていい。
 いや、もっとズバリと踏み込んで言うと、ジェイデン・スミスは主役でございますという扱いだけは一人前ながら、そのスターとしての資質はまったく分から ない。そんな「口だけ番長」なジェイデン・スミスが、およそ無理難題としか思えない「一本の超大作のヒーロー」的な大活躍を強いられるということになる。 それが、まさにこの映画の主人公の立ち位置と重なるのだ。
 つまりこの映画自体が、ほとんどジェイデン・スミス自身が絶体絶命状況に放り込まれている状況を目撃していくようなものなのである。
 当然のことながら、われらがヒーローのジェイデンはかなり見ていて危なっかしい。
 本人が普通に芝居していても役者として相当に危うい感じなのに、周囲から危機が次から次へと押し寄せてくるから、ますます安心して見ていられない。不用 心で不用意な様子に思わずハラハラしてしまう。さらに、途中で親父ウィル・スミスとの通信が途絶えるに至っては、ビッグ・スターであるウィルの抜群の安定 感が画面から失われて、超大作を支えるにはあまりにウツワが小さいジェイデンの心細さばかりが観客に伝わってくる。見ているこっちが大丈夫か…とハラハラ してくるのだ。おまけにいつも口を尖らせて困った顔の八の字眉毛。ツラもオーラもカリスマも何もかも、どう考えても主演スターのウツワじゃないでしょ、こ れは(笑)。
 これじゃあハタで見ていても気の休まる間がない。普通のスターならこっちも「どうせ楽勝だろう」とタカをくくって見れるが、ジェイデンではまるで頼りに ならない。だから「およそ主役って柄でない奴が主役張ってしまった」というスターとしての不安定感も相まって、観客として一瞬たりとも気が休まらない。そ の結果、観客は終始かなりの緊張感とサスペンスを味わい続けることになるのである。
 おまけにショッキングな趣向ならお手のもののシャマラン演出が、ここぞとばかりに盛り上げる。演出のコクやうまみなど期待するべくもないシャマランだ が、コケ脅しなら右に出る者はいない(笑)。それでなくても頼りなくて危なっかしいジェイデンとハッタリ命のシャマランのタッグは、意外にもこの映画をハ ラハラドキドキで思い切り盛り上げてくれるのだ。いや〜、ジェイデンにしてもシャマランにしても、この二人が組んでこんな効果が出るとは…実物を見るまで 僕はまったく予想も期待もしていなかったよ(笑)
 さらにウィル・スミス先生自作による何のひねりも工夫もない一本調子のオレ様原案も、今回に限っては有効だった。いつもラストのオチ命…と言えば聞こえ がいいが、実際にはオチ以外はアイディアも工夫も出し惜しみの省エネ脚本を書いているシャマランが、今回はこの一本調子のウィル・スミス原案を押しつけら れて四苦八苦。ところが、いつものオチ命なエンディングを封じ込められたあげく、ひねりのない平凡なストーリーで脚本を書かなくてはならなくなったのが、 意外にもプラスに作用したから映画って分からない。
 ひねりがない平凡で一本調子なストーリーということは、ある意味では「王道」ストーリーと言えなくもない。いつもは極端に「邪道」ストーリーを好むシャ マランだったが、仕事にあぶれていたところに声をかけてくれたウィル・スミスにはさすがに逆らえなかったか、今回ばかりは毎度お馴染みシャマラン節では脚 本を作れなかった。確かに本作のプロデューサーでもあり、大スターのウィル・スミスには、文句を言える立場ではあり得ない。結局、仕方なしに「王道」ス トーリーで脚本を書き演出することになったわけだ。
 しかしその結果、シャマランとしては珍しく安定感抜群の娯楽映画に仕上がったとは!
 シャマランとしては「他流試合」と言っていいほど好きに出来なかったであろう今回の映画だが、むしろこいつにはこれくらいのハンデと、これくらいの平凡 なストーリーを与えたことが良かったのかもしれない。例えば、周囲の気温が下がって瀕死の主人公を巨大な鳥が身を挺して救うエピソードなど、いつものシャマランで は期待するべくもないちょっと泣かせる味わいすらある。奇手を弄することがまったく出来なかったばかりに、シャマランはいつになく骨太に直球勝負をしなけ ればならなかった。今回の映画では、それがかえって良かった。ウィル・スミス=シャマランのタッグもまた、怪我の功名とでも言うべき意外な効果を上げてい るのだ。
 念のために言っておくと、僕はこれすべてホメ言葉として言っている(笑)
 そんなわけで従来のハッタリに満ちたシャマラン映画を期待している僕などにするとちょっと物足りないながらも、意外なまでに正当な娯楽サスペンス映画と しての面白さを持ったこの作品。スミス父子による親バカ映画づくりについてはいかがなものかと思いながらも、見る前から予想されたあまたあるマイナス要素 がすべてプラスに転じる…というまさに奇跡的大逆転で、なかなか楽しめる作品に仕上がったのである。

蛇足
 こういう訳で意外にも結構イケる作品に仕上がっている「アフター・アース」だが、やっぱり僕なりの不満がないわけではない。
 まずせっかく未来の朽ち果てた地球を舞台にしたのだから、もっと劇中に文明の遺物としての瓦礫を見せて欲しかった。これじゃあ舞台をわざわざ地球にす る意味がない。ただのジャングル活劇みたいだ。地球が捨てられて1000年も経てば文明も跡形もなくなっているってことなんだろうが、途中でボロッちいダ ムが出てきたぞ。それこそダムなんて消えてなくなっているはずではないか。せっかくの未来の地球という設定が生かせていないあたり、残念至極としか言いよ うがない。
 それと…これは映画の設定の根幹に関わることなのだが、いくら地球に住めなくなったからとはいえ、先住民がいる惑星に引っ越すってのはいかがなものか。 そこに元々住んでいた奴らの立場はどうなんだ。そりゃ人類を八つ裂きにする生き物ぐらい放ちたくもなる。これってアメリカ人的にもいろいろとマズイんじゃ ないのか。それにクジラちゃんかわいそう…みたいな環境保護テーマをとってつけたように打ち出しているくせに、地球を汚しちゃったらポイなんて矛盾してな いか。何となくどこまでもテメエ都合なあたりが、大スターのウィル・スミス父子ならではの傲慢さ無神経さと二重写しになってくるような気がするのだが…。

 

 

 

 

 to : Review 2013

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME