「リンカーン」

  Lincoln

 (2012/05/20)



見る 前の予想

 今年のアカデミー賞レース最多の12部門でノミネートされた作品。当然ながら「本命」視された作品だ。
 しかし、結果はみなさんがご存じの通り。実際には作品賞を逃しただけでなく、受賞したのはダニエル・デイ=ルイスの主演男優賞と美術賞のみ…という結果に終わったのだから、これは申し訳ないが惨敗と言っていいのではないだろうか。
 でも、僕は最初からこの作品はキツイと思っていた。スピルバーグがかつて「この手」のテーマを取り上げた「ヒューマン感動もの」映画「カラーパープル」(1985)が、やっぱりオスカーで大量ノミネートしながら大惨敗を喫していたからだ。ついでに言うと、スピルバーグってなぜか黒人問題に特別に関心があるみたいで、同テーマを扱った「アミスタッド」(1997)なんて作品も発表しているが、これは作品的にも興行的にも惨敗だったと記憶している。すでにイヤな予感はかなり漂っていた。
 それに正直言って「リンカーン伝」の映画化なんて、激突!(1971)以来のスピルバーグ・シンパを自認する僕でもドン引きしてしまう。あの人畜無害感や偽善臭が強いスピルバーグでは、どう考えてもありがちな「偉人伝」に しかならないんじゃないの? 立派でありがたいかもしれないけど、まったく面白くない映画にしかならない気がする。さすがに主演賞をとったダニエル・デイ =ルイスの芝居はそれなりに素晴らしいんだろうが、映画としては果たしてどうなんだろう? これなら作品的には大したことはなかったものの、荒唐無稽な発 想はなかなか面白かったリンカーン/秘密の書(2012)の方がマシな気がする。少なくとも「秘密の書」はリンカーンが奴隷解放にシャカリキになった、その理由を合理的に説明していて面白かった。こちらの「正伝」リンカーンは、そこをただただ「いい人」「立派な人」と描くだけのようにしか思えない。どう見たってNHK大河ドラマみたいに退屈で鈍重で血が通わない作品にしかならない気がしたのだ。
 そんなわけで2時間半の長編ということもあり、公開されても僕はまったく見る気が起きなかった。
 しかし、やっぱり僕はずっとスピルバーグ・シンパとして映画を見てきた男だ。そして見る前はつまらなそうと思っていたが、実物を見たらビックリ…の戦火の馬(2011)という例もある。映画は見なくちゃ分からないものだ。
 ともかくここは見てみないことには…と思い直し、公開からかなり経った映画館に出かけてみた。

あら すじ

 南北戦争のさなか、北軍の兵士たちを陣中見舞いにやって来たエイブラハム・リンカーン大統領(ダニエル・デイ=ルイス)。そんな彼の前に、若き黒人兵士たちや白人兵士たちがやって来る。彼らの言葉に耳を傾けながら、リンカーンは満足げに頷いている…。
 長きにわたる戦争で、アメリカの国民は疲れ果てていた。そんな中で大統領に再選を果たしたリンカーンは、憲法修正第13条を可決させようとしていた。
 すでに奴隷解放宣言は発せられていたが、それだけでは奴隷制度を廃止するには足りない。そのためリンカーンは、是が非でも憲法修正第13条を可決させる 必要があった。上院ではすでに支持を得て可決、下院でも賛成多数を得なければならない。そのための協力者を探しているリンカーンだったが、協力すると言っ てくれる奴も本音では奴隷制廃止ではない。単に泥沼化している南北戦争を終結させたいだけ…と国務長官ウィリアム・スワード(デヴィッド・ストラザーン) に図星を指摘されて認めざるを得ない。その南北戦争も、現在は北軍の圧倒的優勢で推移していて、終結はもはや時間の問題だ。それ故、第13条の可決を急い でいることを、スワード国務長官に見透かされてしまうリンカーンだった。
 そんなこんなでアレコレと悩み多いリンカーンは、今日も今日とて奇妙な夢を見てしまう。猛烈なスピードで突っ走る船の甲板に、一人仁王立ちのリンカー ン。それが意味するものは一体何か?…と思わず妻メアリー(サリー・フィールド)に聞いてみるが、さすがに聞いた相手が悪かった。次男、三男を亡くしてか ら、ユウウツの度合いを増すばかりのメアリーは、当然のことながらリンカーンに厳しい突っ込みを入れるばかり。結局、リンカーンはいつもの昼行灯みたいな 調子の冗談でお茶を濁して、その場を立ち去るしかなかった。暖炉のそばでは、まだ幼い四男タッド(ガリヴァー・マグラス)が居眠りをしている。そのタッド が幼い好奇心故とはいえ、奴隷たちの写真を好んで集めているのを見るのは、リンカーンとしては複雑な心境だった。
 さて、本来は理想主義者のリンカーンではあるが、第13条の可決のために露骨に金をばらまいたり脅しや暴力を使うことは禁じたものの、「裏」の手を使う ことは致し方ないと思っていた。そこでリンカーンの命を受けて、スワード国務長官は下院議員ウィリアム・N・ビルボ(ジェームズ・スペイダー)らと接触す る。修正第13条を批准するのに必要な票を集めるには、民主党員の何人かの投票を変えさせる必要があるからだ。彼らはグラつきそうな人々を知っていたし、 そのための手段も分かっていた。彼らは再選されず仕事を失った民主党の下院議員たちに、仕事の斡旋というカタチで支持を取り付けようとする。
 またリンカーンは、共和党の保守派の重鎮フランシス・プレストン・ブレア(ハル・ホルブルック)と会って、第13条批准への支持を説得する。するとブレ アは交換条件として、平和協定を始めるために南部連邦の有力者たちと会うことを許可してくれ…と持ちかける。戦争終結は第13条成立にとっては諸刃の剣で はあったが、リンカーンはブレアに極秘裏に和平交渉を始めさせることにした。
 一方でリンカーンは、身内のことでも頭を痛めていた。身内、すなわち共和党の人々である。中でも手強いのが、奴隷解放急進派のタデウス・スティーブンス (トミー・リー・ジョーンズ)だ。スティーブンスは、リンカーンのやり方は「ぬるい」と思っていた。しかしリンカーンは例え細部で妥協しようとも、とにか く何が何でもこの機会に修正議案を通さねばならないと思っていた。
 さらにリンカーンは、もっと身近な「身内」の造反にも頭を痛めることになる。それは、大統領の祝賀会に出席するために大学から帰省してきた、長男のロ バート(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)。彼は何とか長男が出征せずに済むように配慮していたリンカーンとメアリーの思惑をよそに、軍人になる覚悟で 戻ってきたのである…。

見た 後での感想

 映画がスタートすると、南北戦争で戦っている黒人・白人の兵士を見舞うリンカーンの姿がスクリーンに登場。リンカーン本人の前で彼の演説をそらで唱える若い兵士が出てきたりして、「兵士たちに慕われる偉人リンカーン」をアピール。
 うわぁ、こりゃたまらん。いきなり冒頭からこれかよ。
 こりゃあ偉人伝を通り越してお子様向けドラマかとウンザリし始める。ところがこの冒頭こそヤバイ雰囲気がムンムンしていたが、途中からそんなことを忘れてしまった。
 結果的に言うと、この映画なかなか面白いのである。
 もっと正確に言うと、どう考えてもつまらなそうな題材を真っ正面から奇策を弄せず描いているのにも関わらず、ちゃんと娯楽映画として作り上げられているのである。しかもスピルバーグ映画らしからぬ、アクションなしの一種の会話劇でもある。なのに、全編をキッチリ見せ切ってくれる。これには正直言って驚いた。決してこの作品がスピルバーグの最高傑作とは思わないが、少なくとも見ている間は退屈しないだけの内容は持っている。
 ただただ一本調子で鈍重な映画になってもおかしくないのに、ちゃんと「面白い」内容になっていることに、僕はすっかり驚かされたのだ。

どう考えてもマイナス要素ばかりのお話
 まず何から言おうか。先にも述べたように、この映画は別にユニークな視点や新解釈でリンカーンを描こうとはしていない
 「王道」と言えばまさしく王道。別の言い方で言えば、当たり前過ぎて面白くもない。リンカーンは別に狂ってもいないし悪党でもない。他人をねたんだりひ がんだりしているわけではない。変態セックスや麻薬に溺れているわけでもない。盗みグセがあるわけでもなければ人を殺したこともない。ましてヴァンパイ ア・ハンターでもない。忍耐強く良心的で理想主義者で偉大な大統領として描かれる。実は奴隷解放法案実現のために「裏」の手法も使いはするが、それほどひ どい事もやってはいない。まぁ、一言でいえば立派な人だ。
 南北戦争で多くの犠牲を国民に強いてしまったこと、今また法案実現のために和平と天秤にかけるようなことをしなければならないこと…に悩む「公人」リン カーンが描かれ、家では息子の一人を失ったことなどで妻に責められたり、軍に志願したがる息子と言い争いをして悩む「家庭人」リンカーンが描かれる。それ も、別にビックリするような展開ではない。そりゃそうだろう。そういう描かれ方をするだろう。むしろ、日本映画の偉人伝モノみたいに月並みで凡庸な展開だ。
 これじゃどう考えたって面白い訳がない。
 これほどの圧倒的善人、しかも欠点のなさは、他を見てもスーパーマンぐらい。しかし映画化されたスーパーマン(1978)の場合、そのあまりの純朴さ、正義感の曇りのなさが時代遅れなアナクロとしてちょっとからかい気味に描かれていて、そこが「欠点」とは言えなくとも愛嬌みたいな「隠し味」になっていた。しかし、さすがにリンカーン様はそうはいかない。しかもドラマは奴隷解放のため奮闘するリンカーンを描くわけだから、なおさらからかったりバカにもできない。ドラマはどうしたって「偉い」「立派」と描かざるを得ないのだ。
 こりゃあ共感できない。
 他の皆々様はどうか知らないが、僕は生まれつき天の邪鬼でひねくれ者だ。だから立派な奴も偉い奴も好きではないし、どっちかと言えば逆らいたくなる存在だ。
 そんな僕は少々極端な例だとは思うが、世の中の大半の人々にしたって、ただただひたすらご立派な人の伝記なんて、盲目的な宗教の信者でもあるまいし見て て楽しい訳があるまい。シラジラしいしバカバカしくなるのがオチだ。少なくとも、多くの人々は自分のことを「欠点も多く劣ったところもある人間」と見なし ているはずだ。そんな人々がこんな立派な人物を「共感できるような相手」として見てくれるわけがない。こりゃご立派で結構ですなと、どこか皮肉すら言いたくなる人間にしかならないのではないか。
 スピルバーグが真っ正面からリンカーンを描くこの作品は、見る前から何か変わった手を使うとは思えなかった。例えばマーティン・スコセッシがキリストをスキャンダラスに描いた「最後の誘惑」(1988)みたいに、「知られざる人間像」を提示するとは考えにくい。だとすると、リンカーンえらい!…と昔のせんだみつお(笑)みたいに連呼する話にならざるを得ないではないか。僕が「面白いわけがない」とサジを投げそうになったのも、それが理由なのだ。
 そして実際の映画を見ると…そこで描かれている要素は、やっぱり「立派なリンカーン像」からはずれていない。立派な人格の持ち主で、目立ったネガティブ要素が見つけられない人物として描かれているのである。
 さぁ、どうする?
 いかにスピルバーグといえども、リンカーンの正統的な伝記とあればUFOも恐竜もサメも出せない。ジェットコースター・ムービーにする要素もない。南北 戦争もここでは陰鬱な内戦と描かざるを得ないことから、「映画的見せ場」として盛り上げるわけにはいかない。そんなハンデを背負ったまま、中心となる人物 の描き方は面白くなりそうもない直球ストレート。そういえば聞こえはいいが、実直そのものでしゃちこばったようなお話にしかなり得ない。
 おまけにこんなお話では、本来スピルバーグが元々どこか漂わせている偽善の臭いもキツくなりかねない。マイナス要素が目に付きこそすれ、プラスの要素は何一つ見いだせないのだ。
 こんな状況で、果たしてスピルバーグはいかに「リンカーン伝」を見るに耐える作品に仕上げたのか?


 

 

 


 

 

 

 

こ こからは映画を見てから!

 

 

 

 

 

 

 

 


「らしくない」と見えて「らしい」スピルバーグ作品
 「リンカーン伝」としての本作は、決して彼の全生涯を描いているわけではない。大統領として再選され、南北戦争を戦い続けている時期…正確には奴隷解放を狙った憲法修正第13条を下院で可決させようとしている日々に焦点を絞って描いている。本作がもし成功していると見なすなら、これがその成功の「カギ」と言える部分だ。
 この憲法修正第13条の可決を巡るリンカーンを中心にした男達の暗闘が、映画の主眼なのである。
 ともかくリンカーン役のダニエル・デイ=ルイスを取り巻く、豪華男優陣をご覧いただきたい。
 みなさんご存じのトミー・リー・ジョーンズ(500)日のサマー」(2009)で注目されて以来、「インセプション(2010)など進境著しいジョゼフ・ゴードン=レヴィット、さらにデヴィッド・ストラザーンハル・ホルブルック…といったいぶし銀のオヤジたち。ジェームズ・スペイダーはかつてのクールな美青年ぶりがウソのような太ったオッサンになっていたが、クセ者ぶりは相変わらず。そして「がんばれ!ベアーズ」(1976)の頃の名子役ぶりをかなぐり捨てて、ウォッチメン(2009)などの怪優として復活を遂げたジャッキー・アール・ヘイリー…。こうしたいずれ劣らぬ強者揃いの強力キャストが、それぞれ丁々発止とやり合うのが最大の見せ場となっているのである。
 彼らの中ではゴードン=レヴィットだけはリンカーンの息子役なのでちょっと事情が違うのだが、それ以外はすべて政治の世界に生きる人間たちだ。 そんな彼らが脅し泣きつきなだめすかし、大向こうウケを狙い腹芸を駆使して…憲法修正第13条を可決、あるいは不成立にするため、そして南北戦争に講和を もたらすべく、あるいは戦争を手持ちのカードとして最大限に生かすべく、右往左往するサマが描かれる。そこでは当然のことながら、言葉が最大の武器だ。前 述の男優たちは、いずれも特徴的で見事なセリフ回しを披露し、その声そのものも大いに魅力的な役者たちばかり。表情も身振り手振りも豊かだ。だから、その 駆け引き、やり合いが見ていてワクワクする。UFOや恐竜やサメに匹敵する「映画的見せ場」になる。
 本作はスピルバーグ映画が始まって以来、初めてセリフや演技が最高の「SFX」として機能している映画なのである。
 リンカーン役のデイ=ルイスについては後述するとして、彼らの中で特筆すべきは改革派の急先鋒スティーブンスを演じたトミー・リー・ジョーンズだろうか。
 同じ与党の政治家で奴隷解放論者ではあるが、リンカーンのやり方は「ぬるい」と感じる「過激」な男スティーブンス。しかしひとたび「協力する」と腹をく くるや、清濁併せ呑んだ潔さ。野党はおろか自分の長年の盟友たちから批判を浴びても、「法案を通すため」と微動だにしない。そして待ちに待った法案可決の 日、彼は喜びを噛み殺すかのような表情でその法案を書き記した原本を借り出し、自宅へと持ち帰る。そこで彼を待っていたものは…。正直言って実直無難なだ け…としか思えなかったミュンヘン(2005)のトニー・クシュナーによる脚本だが、この場面でのささやかな「タネ明かし」だけは鮮やかに決まった!
 演じるトミー・リーも惚れ惚れするほどの素晴らしさ。特に下院でガンガンまくし立てる口跡たるや、あの「逃亡者」(1990)でFBI捜査官に扮した彼が、最初に登場した場面で見せた「立て板に水」のマシンガン・トークの再現とでも言うべき名人芸である。
 そして、そんな役者の「芸」を最大限に活用したのが、今回のダニエル・デイ=ルイス起用かもしれない。
 何をどうやっても、ただ立派な人物にしか描けないリンカーン。一応そんな人物像に何らかのアクセントをつけるためか、この映画ではリンカーンが何かというと笑い話や例え話をしたがるという設定になっている。
 何か緊迫した状況になったり話が煮詰まったりした時、リンカーンはおもむろに口を開いて、その場とその瞬間におよそ似つかわしくないような話題を持ち出 す。「そういえば、昔、××に行った時に聞いたんだが…」みたいな話を決まって話し始めて、これがまた毎度毎度長いのだ。さすがに毎回同じパターンの 「話」が始まるので、見ているこっちは「またかよ」と思ってしまうが、脚本もそこをよくしたもので、我々がそう思う前に劇中の登場人物が「またかよ!」と怒って席を立ったりする(笑)。そのくらい、劇中では「お約束」のパターンになっているのである。これは一体どういうことなのか。
 一応、ドラマ上は緊迫した空気を和ませたり、みんなが視野が狭くなっている状況を打開するために話したり、遠回しでありながらも相手を説得したり反論するためにそういう話を持ち出しているという設定になっているが、実は何のことはない…とにかく映画の作り手たちは、ダニエル・デイ=ルイスを芝居っけたっぷりにしゃべらせたいだけではないだろうか。そのくらいここでのデイ=ルイスの語り口は、聞いていて心地よいものなのだ。
 それはまるで、一種のミュージカルと言ってもいい。他の男優陣たちとともに名調子で語るその様子は、まるでオッサンたちによるNINE/ナイン(2009)みたいとでも言うべきだろうか(笑)。見て楽しく聞いて楽しい、目と耳を楽しませる演技合戦なのである。それ故にキャラクターとしてはいささか平板になってしまいがちなリンカーンが、なぜか魅力的に見えてしまう。これを深い考察によって描かれた人間ドラマとして見てはいけない。おそらく俳優たちの極上のセリフ回しとやりとりによって見せる、一種の「会話によるミュージカル」として見るべき映画なのだ。
 そしてこの作品をミュージカルとして考えてみると、今まで一本もミュージカル映画は撮っていないものの、「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」(1984)の冒頭部分やキャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2009)の随所で優れたミュージカルっぽいセンスを見せたスピルバーグの独壇場。「らしくない」会話劇と思えた本作だが、実はスピルバーグの持ち味を生かした企画だということに気づく。
 そして、本作にはもうひとつスピルバーグの持ち味発揮の要素があった。
 意外にも本作の中心となるのは南北戦争の壮絶な戦闘シーンでもなければ、リンカーンの息の根を止めた暗殺のくだりでもない。先にも述べたように、憲法修正第13条の可決を巡る暗闘である。その熾烈なやりとり、特に可決に至る議場の様子は、文字通り手に汗握るサスペンスだ。サスペンス…それこそ「激突!」「ジョーズ」(1975)などでスピルバーグを一流監督に押し上げた、彼のトレードマークと言うべきものではないか。人間による芝居のやりとりだけでも、凄まじいサスペンスはちゃんと生まれるのである。
 今回、スピルバーグが十八番であるSFXやアクションを封印して、俳優によるセリフと演技を映画の中心に据えたことについては、いろいろな理由が考えられる。中でも大きな要因として考えられるのは、初のCGアニメタンタンの冒険/ユニコーン号の秘密(2011)の失敗ではないか。
 常にアニメを実写で撮影するような手法で、独自のアクション映像を確立したスピルバーグ。本来は不自然でムチャなアニメの動きを、何とかかんとかライ ブ・アクションとして力づくでフィルムに定着することから、彼本来のダイナミックな映画の力が生み出されていた。そんなスピルバーグがどんな動きもリアル さも自由自在なCGアニメという手法を手に入れた時、「これからは何もかも思いのままの映像づくりが出来る」と思ったはずだ。しかし、その結果は無惨その もの。デジタルで寸分違わず彼のイメージ通りの映像が出来ても、そこには何のスリルも生まれない。あの映像のダイナミズムは、彼のイメージを無理矢理実写 で苦労して再現するからではあるまいか。おそらくこの経験が大きな衝撃となったのだろう。続く作品「戦火の馬」は、スピルバーグ作品としては久々にアナログ感あふれる作品となった。
 今回の作品は、それをさらに一歩推し進めた結果ではなかったか。
 激しいアクションも壮大なスペクタクルもない、目を奪うSFXもない。あるものは、ただ俳優たちの芝居とセリフの応酬だけ。そんな一見スピルバーグらしさが「ないないづくし」と見える本作は、意外にもスピルバーグ「らしさ」を突き詰めた、一種の「原点復帰」の作品として出来上がっているのである。

 

 

 

 

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