「桃<タオ>さんのしあわせ」

  桃姐 (A Simple Life)

 (2012/11/26)


  

捨てることができない携帯

 世の中、イマドキみんなカッコいいスマホの時代。見るからに便利そうだし、いろいろと便利に使えそうだ。

 僕は新しいモノに何か抵抗があるわけでもないし、特に反骨精神を持っているわけでもない。むしろ元々は新しがり屋だ。だからいつでもスマホに変えたいと思ってはいるものの、実際にはいまだにボロッちい携帯にしがみついている。それはなぜかと尋ねられたとしたら、正直そろそろ新しいモノについていくのが億劫になったというのが本音だろう。

 昔はビデオデッキなどを買ってきたら、その日のうちに自分で配線して使えるようにしてしまったものだ。しかし今日びの地上デジタル用液晶テレビに録画用のハードディスクレコーダーなどなど…となってくると、もうそろそろ僕の手に余るようになってきた。他のみなさんはそんなことを感じてはいないだろうが、僕は特に最近、そういうモノについていけない気がしているのだ。

 そんな情けない僕ではあるが、それでも携帯電話はすでに何台かの買い換えを経ている。むろん買い換えた後の電話は使えないから手放してしまっているが、一台だけいまだに手放せない携帯もあるのだ。

 それは白いボーダフォンの携帯だ。

 僕が現在のドコモの携帯に替えたのは、もうかなり前のことになる(今では替えたのは失敗だったと思っているが)。それ以前のもの…しかも現在のソフトバンクではなくボーダフォン名義の時代のものだから、いかに古いモノかお分かりいただけるだろう。

 なぜそんな古い携帯を残しているかということについては、いくつか理由がある。まず、この携帯がボーダフォンからドコモに切り替えた時にどこかに迷い込んでしまったため、しばらくその存在を忘れてしまったということがある。そんな忘れていたボーダフォンの携帯がひょんなことから見つかったのは、父親が2009年の1月に亡くなってからしばらく経ったある日。葬儀やら役所の手続きやらといった雑事が片づいて、思わずホッとしていたある日のことだった。

 もう使わなくなって久しい携帯だ。捨てるにしても、何か個人情報でも残っていたらマズイと思ったのだろう。僕はこの携帯をあちこちいじくり、メールや画像などが入っていないか確かめた。しかし残っていたのは、ひどい別れ方をしてイヤな思い出しか残っていない女とのメールのやりとりぐらい。もちろん、僕はもうそれらを消すことに何のためらいもなかった。ところがそれらを全部消し終わった後も、まだこの携帯の中に残っているモノがあることに気付いたのだ。

 それは留守電の録音だった。

 何だろうと思って聞いてみた僕の耳に、もう聞くことはないと思っていた声が蘇る。まるで不意打ちのようなその声は、すでに亡くなって2〜3ヶ月経っていた僕の父のものだった。

 「もしもし、お父さんだけど、また電話するよ…」

 どこか弱々しくて、ぎこちない語り口。何だか「らしくない」言葉遣い。録音の日付は2005年の12月31日だった。

 あの頃、父は1年に何度か風邪をこじらせて入院してしまうことが、年中行事みたいになっていた。たぶんこの留守電の時も、父は病院で年末年始を過ごすハメになっていたのだろう。そんな寂しい1年の終わりに、家族の声を聞きたくて電話をくれたのだろうか。しかし運悪く僕は電話をとることができなくて、残念な留守電だけが残ることになったというわけか。

 実は恥ずかしい話だが、僕はこの留守電のことをまったく覚えていない。

 たぶん入院中の父から大晦日に電話をもらったこと、その電話をとることができなかったことを、大したことだと思っていなかったのではないか。また年が明けたら電話をすればいい、あるいは病院に行けば会える…そんな風に思って、電話がつながらなかった時の父の寂しい気持ちまで思い至らなかったのではないか。

 今にして思えば、電話をとらなかったことが悔やまれる。実際にはその時に亡くなったわけでも何でもないし、年が明けてすぐに会えたはずだから、そんなことを思う必要はないのかもしれない。しかし今、僕の手元に残された父の声がこれだけとなってみると、その寂しげな声を聞くのがツライ。

 家族と離れ、一人ぼっちで病院で過ごす年末は、どれほど寂しかっただろう。

 そのことに思いを巡らせるたびに、電話をとれなかったことが悔やまれる。それゆえに、いまだにこのボーダフォンの携帯を捨てることができないのだ。

 

見る前の予想

 この映画のことは、映画館に置いてあったチラシで知った。

 「老い」をテーマにした地味ながら良心的な作品で、主演に大スターのアンディ・ラウがキャスティングされているのがミソ。何となく同じような良心作「海洋天堂」(2010)にジェット・リーが主演したみたいな感じだ。

 しかし今ひとつ食指がそそらずに、なかなか映画を見るための時間を作れないこともあって、実は僕はこのまま見ないで終わっちゃうかな…と思っていたのだ。

 ところが、ある知人からこの映画を薦めるメールをもらった時から事態は一変。何と…この作品は久し振りのアン・ホイ監督作品ではないか!

 アン・ホイ。それは僕のご贔屓監督の一人だった。「だった」と言わなくてはならないのは残念至極だが、かつて彼女の映画は僕にとって信頼のブランド。その作品は出来るだけ追いかけて見ようとしていたものだった。

 チラシを見た時にそれに気付かなかったのは迂闊としか言いようがないが、そもそもアン・ホイの映画そのものがパッタリ公開されなくなっていたから、彼女の名前そのものを忘れかけていたのが本当のところだ。

 しかし、彼女の作品だと分かれば話は別。せっかくの彼女の最新作、見ないわけにはいかないだろう。

 それからもなかなか時間は作れなかったものの、ある休日に何とか映画館へと駆け込んだわけだ。

 

あらすじ

 中国のある地方都市の駅で、列車に乗りこむ一人の男ロジャー(アンディ・ラウ)。車窓に広がる広々とした景色を見ながら、ロジャーの脳裏には長らく自分たち家族に仕えてくれた家政婦の桃<タオ>さんの思い出が浮かんでは消える…。

 香港の雑踏を、老いた身体で歩き回る桃<タオ>さん(ディニー・イップ)。今日も今日とて食材選びに余念がない。しかし実は老いによるボケも始まっていて、市場の連中にはひそかにそれをからかわれてもいる。それでも桃さんは元気そのもの。両手にいっぱいの食材を抱えて、彼女が働くマンションの一室へと戻ってくる。

 彼女はこの部屋に住む映画プロデューサーのロジャーのために、セッセと食事を用意する。それはもう何十年も昔から、ロジャーの家族たちがアメリカに移住する前からずっと行われて来た、家政婦の桃さんの仕事だ。桃さんが作った食事を、黙々と口に運ぶロジャー。彼は桃さんの方を見るわけでもなく、口をきくわけでもない。しかし、それは決して彼女を無視しているわけではないのだ。もう何十年も前からロジャーの一家に仕えてきた桃さんは、ロジャーにとって「いて当然」の空気のような存在になっていたのだ。

 やがてロジャーは、仕事のために中国へと旅立つ。

 現地では出資者や他のスタッフとの厳しいやりとりが続く。予算取りを巡っては、プロデューサーのロジャーは監督(ツイ・ハーク)やアクション監督(サモ・ハン)などと丁々発止でやり合う場面だってある。しかし裏に回れば、それはあくまで予算獲得のためのお芝居。百戦錬磨の映画人であるロジャーたちは、こうやって少しでも自分の望む環境づくりを行ってきたのだ。このあたり、タフ・ネゴシエイターであるロジャーの面目躍如といえよう。

 そんなシンドイ仕事を終えて、マンションのわが家に戻ってきたロジャー。いつものようにチャイムを鳴らすが、いつものように桃さんは扉を開けてくれない。ロジャーは苛立ってチャイムを何度も鳴らすが、一向に誰も出てくる気配がない。事ここに至って、ロジャーはようやく事態がただ事ではないと気付いた。

 それから間もなくして救急車がマンションに到着。部屋の中で倒れていた桃さんが担架で運び出されてくる。イヤな予感は的中。桃さんは脳卒中で倒れたのだった。

 やがて、病院で意識を取り戻した桃さん。だが見舞いに来たロジャーは、桃さんが出された食事をとろうとしないのがなぜなのか分かっていない。 桃さんは身体の動きもしゃべり方も不自由になっていたのだ。

 だから、もはや今までのように家政婦をやっているわけにもいかない。しかしロジャーがいちいち面倒を看るわけにいかない。結局、施設に入ってもらうよりほかないのだ。ロジャーは自分が費用を出すと言ったが、桃さんは自分で出すと頑として聞かなかった。

 ともかく施設を探さねばならない。ある老人ホームを訪ねたロジャーは、敏腕映画プロデューサーならではの視点でその施設のメニューと費用について質問責め。これに閉口した女の職員はてっきりクレーマーかと思い、奥から経営者を呼びだした。ところがそこに出てきた経営者は、ロジャーの旧知の人物であるバッタ(アンソニー・ウォン)ではないか。意外な再会に思わず笑いあう二人。こうしてロジャーは、バッタから好条件の「物件」を紹介してもらうことになる。

 ある陰鬱な雨の日、桃さんはひとりでその施設にやって来た。ロジャーは仕事で多忙だったのか、彼女に付き添ってはいない。桃さんは特別に「個室」を与えられていたが、薄い衝立で仕切られているその空間は、とてもじゃないが「個室」なんてものじゃない。しかも収容されている老人たちは、常に誰かが奇声を挙げたり奇行を行ったりしている。どこからともなく異臭が漂ってくるのも耐え難い。老人たちとの食事も、とても口に合うとはいえないものだ。さすがに初日から、桃さんは憂鬱にならざるを得なかった。

 それでもたまにロジャーが訪ねてくると、桃さんの表情はパッと明るくなる。桃さんもリハビリを繰り返し、杖を使って何とか歩けるようになった。ロジャーはそんな桃さんを連れ出して、外で一緒に食事をするのだった。

 そのうち、徐々に施設の暮らしにも慣れてくる桃さん。会いに来ない息子を心待ちにしている老婆ガムさん(ボボ・ホイ)、まだこんな施設に入る歳でもないのに人工透析を受けている中年女のムイさん(ホイ・ソーイン)、歳をとってるくせにヘンに色気づいてチャラいオッサンのキンさん(チョン・プイ)など、知り合いも出来てきたが…。

 

香港ニューウェーブの旗手アン・ホイの軌跡

 僕が「アン・ホイの最新作」と大騒ぎしている様子は、若い映画ファンのみなさんなどには奇異に感じられているかもしれない。

 イマドキのアジア映画の中で、香港映画は決して大きな位置を占める存在とは言えなくなってきている。その中で作家扱いされるような人々と言えば、今ではジョニー・トーあたりぐらいではないか。こんなことを言ったら香港映画ファンからは怒られそうだし、その他にもそれなりの人たちはいるのだろうが、広く映画ファン全般からすれば少々小粒な人たちばかりのように思える。

 アン・ホイという名前も今では半ば忘れられた感じで、その作品も近年は日本では満足に劇場公開されてはいなかった。ハッキリ言ってしまえば「過去の人」なのかもしれない。

 しかしそんな彼女を初めとするかつての若手映画人たちによって、香港映画が熱く燃え上がっていた時代が確実にあった。

 いや、それは香港映画だけに限ってはいなかった。1970年代後半から1980年代にかけて、アジア映画全域に「ニューウェーブ」の嵐がまきおこっていたのだった。

 それは言ってみれば、地域的な順番みたいなものだった。1970年代にピーター・ウィアーやジョージ・ミラー、ジル・アームストロングなどによるオーストラリア映画のニューウェーブや、ヴィム・ヴェンダース、ヴェルナー・ヘルツォーク、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーなどによるニュー・ジャーマン・シネマが起こったように、1970年代後半から1980年代にアジア全域で新しい映画作家たちがどんどん現れてきたのだった。それは例えば中国本土ではチェン・カイコーやチャン・イーモウたちであり、台湾だったらホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンたち、そして韓国だったらイ・チャンホ、ペ・チャンホ、イム・グォンテクたちがその代表的作家に挙げられる。そして香港ならば、それは「上海ブルース」(1984)やプロデュース作「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(1987)で知られるツイ・ハーク「風の輝く朝に」(1984)のレオン・ポーチ「フルムーン・イン・ニューヨーク」(1989)のスタンリー・クワン「天菩薩」(1987)のイム・ホー誰かがあなたを愛してる(1987)のメイベル・チャン、そして今回の作品を監督したアン・ホイの名を挙げるのが妥当なところだろう。

 そんなアン・ホイへの僕の思いは、このサイトの中の「My Favorite Directors」アン・ホイの巻で吐露させてもらっている。このサイト開設当時に書いたコンテンツなので拙い内容ではあるが、アン・ホイへの思いにウソ偽りはない。

 そこにも書いているように、僕はアン・ホイの出世作である「獣たちの熱い夜/ある帰還兵の記録」(1981)や「望郷/ボートピープル」(1982)といった作品は見ていない。ただ後者については、香港映画にも関わらず日本人を主人公(!)にしているという話題で、向こうでの公開時にNHKの国際ニュースで取り上げられたのを見た記憶がある。それ以来、アン・ホイという映画作家はちょっと気になる存在ではあったのだ。

 その後、日本のミニシアターやらホール上映などで、これらの映画作家の作品がどんどん上映されるようになる。そんな中で僕がアン・ホイ作品を見たのは「清朝皇帝」二部作(1987)が最初だった。

 この作品、4時間に及ぶ大作というのもスゴイが、中国本土に大々的なロケを行って、スペクタキュラーな戦闘場面やらチャンバラ場面、さらに「インディ・ジョーンズ」もビックリの冒険アクションやらと、娯楽要素がてんこ盛り。そのスタミナとエネルギーにビックリさせられた記憶がある。正直言って、見終わったらお腹一杯という感じだった。

 こちらは「望郷/ボートピープル」みたいな社会派良心作を作る女性監督というイメージがあったから、力づくで押し倒すような馬力ある演出は驚きだったし、何より娯楽映画のあの手この手を繰り出すサービス精神が意外だった。この人ってこんなエンターテインメント派の人なのか…と印象がガラリと変わった。僕は元々娯楽映画好きだから、そんな彼女がすごく気に入った。こいつ分かってるなと思ったわけだ(笑)。

 さらにその次に見たアン・ホイ作品が、チョウ・ユンファコラ・ミャオ主演の「傾城之恋」(1984)。ハッキリ言うと日本軍の香港侵略を背景にしたメロドラマなのだが、なぜかそこでの日本軍の扱いがアジア映画における紋切り型のモノでないのが興味深い。アジア映画、特に中国語圏の映画や韓国映画においては鬼、悪魔、極悪人…とステレオタイプに描かれるのがお決まりになっている戦時中の日本。むろんここでも決して良くは描かれていない。しかしこの映画は、日本軍の残忍さ、恐ろしさを描くことが目的にはなっていないのだ。プレイボーイのチョウ・ユンファとオールドミスのコラ・ミャオの恋愛が、進みそうで進まずそのまま尻すぼみになりそうになったところで日本軍侵攻が始まり、結果的にそれが二人を結びつけることになる…という描き方は実にビミョー。少なくとも、日本の侵略がこの世の終わり…と描いていないところがユニークなのである。そして語り口はあくまでメロドラマ、恋愛映画の「それ」。まさに娯楽映画のアン・ホイの面目躍如で、ますます僕は彼女に注目せざるを得なくなった。

 そんな彼女の決定打だと僕が勝手に思っているのが、その次に公開された「客途秋恨」(1990)だ。

 実はアン・ホイの作品を、バリバリの新作として見るのはこれが初めて。この作品はアン・ホイの「私映画」的な内容になっていて、日本ロケまで行っている。ここで僕は改めて彼女の出生にまつわる事情を知り、今までの作品に感じていた不思議な印象について、その理由らしきものを知ることができたのだ。

 ここでのヒロインは、イギリスで映画の勉強をしているマギー・チャン。当然のことながら、彼女がアン・ホイの自画像だ。実はアン・ホイは中国人の父と日本人の母との間に生まれたらしく、ヒロインの設定もそうなっているのである。なるほど、今まで日本に対してシンパシーとまでは言わないまでも、敵視や嫌悪感で描いてはいなかった理由はそこにあったのか。

 この日本人の母は昔から何となく一家の中で浮いていて、ヒロインともギクシャクしていた。ところが突然イギリスに住むヒロインに父の死の知らせが届いて、彼女は慌てて香港の実家に戻ることになる。そんなヒロインに、母親はいきなり「日本に帰りたい」と宣言。その一歩も譲りそうもない剣幕に、ヒロインも母の日本行きに同行することになるわけだ。

 今でも忘れられないのは、日本場面に切り替わる最初のシーン。列車の車窓から撮影された何の変哲もない田舎の風景だが、本当に目に染みるような緑豊かな風景なのだ。それだけで、ヒロインの母親の望郷の念がかくやとばかり観客の胸に伝わる。日本の風景ってこんなにキレイだったっけ?

 今改めて考えてみると、「家族(同然の親しい人物)との関わり」「老い」という本作と共通するテーマを打ち出していたともいえる作品。自分を仮託した人物を美人のマギー・チャンにやらせるあたりの図々しさ(笑)はともかくとして、サービス精神旺盛なアン・ホイが初めて本音を吐露した作品として、明らかに彼女のフィルモグラフィーの中でターニング・ポイントとなる作品だった。

 しかしその後の彼女は、僕にとってはイマイチな作品ばかりつくっているような気がする。

 再び日本ロケでつくった「極道追踪」(1991)は、東京を舞台に中国人就労者とヤクザが入り乱れる作品。石田純一が一匹狼のヤクザっていうのは僕らから見れば奇妙だが、見ようによってはチョウ・ユンファからアブラっけとカリスマが抜けた感じにも見える。これもファンの方からのお怒りを買いそうだが(笑)。

 とりあげたテーマ的にはジャッキー・チェンの新宿インシデント(2009)の先駆みたいにも見える作品で、そういう意味ではアン・ホイの意欲みたいなものを十二分に感じさせる。そしてアン・ホイの中国人と日本人のハーフというアイデンティティが、彼女にこの映画を作らせたんだなということも分かる。しかし悲しいかなアン・ホイの過剰なサービス精神が、その意欲に水を差してしまった。こういう題材だから、娯楽映画っぽく作ろうと思えばいくらでも作れる。せっかく日本の中国人就労者残酷物語を作ろうという高い志を持っていたのに、結果的にはヤクザが出てくる派手なアクション映画に走ってしまったのがイタイ。

 その次には、1本の未公開作を挟んで中年女性をヒロインにした「女人、四十。」(1995)が公開。この作品、アン・ホイ作品としてはめっぽう評判が高い。イマドキの映画ファンからすると、アン・ホイといえばこの作品って感じなのかもしれない。だが正直言って、僕にとってはこの作品の印象はすこぶる薄かった。だからこの作品の世評の高さは、僕にはちょっと奇妙なことに感じられるのだ。

 そのあたりについてズバリ言わせてもらえれば…中年ヒロインもので「老い」がそのテーマに含まれているという点で、日本の映画人口に大きな位置を占める中年〜初老の女性たちにはピッタリ来たのだろうと思われなくもない。そのため、どうしても映画が過大評価されたきらいがあるのでは…と僕などは感じてしまうのだ。大体が「四十。」ってタイトルのオシマイについてる「。」は何なのだ、「モーニング娘。」かよ…とクソ気取ったタイトルにまでケチをつけたくなる。ただ、当時の僕にとっては「女の生き方」「老い」などのテーマはまったく無縁なモノなので、関心を持てるはずもなかったのかもしれない。しかもこの作品はさまざまな賞を獲った実績もあるわけで、むしろ僕の低い評価のほうが不当なものなのかもしれないが…。

 その後にやって来たのは、アクション女優ミシェル・ヨーを主演に迎えた「スタントウーマン/夢の破片(かけら)」(1996)。その題名の通り、ミシェル・ヨーがスタント女優に扮して、映画製作の裏側を見せていく。いわゆるアメリカの夜(1973)的な映画製作裏話としても面白さも満点。しがない裏方稼業の切なさも描かれて、なかなか味わい深いところも見せる。しかし、ここでも「極道追踪」と同じくアン・ホイのサービス精神が裏目に出る。映画の途中からヤクザみたいな連中が出てきて、サスペンス映画へと一変してしまうというブレっぷり。これはちょっと残念。そして上映されていた劇場も小さいところだったのが、ファンとしては寂しい限りだった。

 そしてこれを境に、アン・ホイ作品は日本でちゃんと公開されなくなってしまう

 映画祭での上映だけだったりDVDでのリリースのみだったり、劇場で映画を追いかけている僕にとっては、アン・ホイ作品は1990年代後半にパッタリと消えてしまった印象なのだ。だから1999年開設のこのサイトにも、アン・ホイ作品は登場して来なかった。

 思えば最初にアン・ホイ作品に触れた頃とは、世の中も映画も香港も変わってしまっていた。香港は中国に返還され、その直前の混乱もすっかり静まってしまった。そして返還直前あたりから、香港映画界はかなり深い低迷に陥ってしまったように見える。まして一世を風靡した香港ニューウェーブの人々も、いまやほとんど姿を見せなくなった。

 このサイトでもニューウェーブ関連の人の作品はほとんど取り上げる機会がなかった。例外的に取り上げられたのはメイベル・チャンの宋家の三姉妹(1997)だが、それはサイト開設初日の感想文だった。彼女もその後は作品発表のチャンスを著しく減らしている。あとは、時折「復活」するツイ・ハークぐらいだろうか。セブンソード(2005)などは本調子と思えなかったが、先日見た王朝の陰謀/判事ディーと人体発火怪奇事件(2010)は、かなり往年のツイ・ハークの勢いを取り戻して嬉しかった。しかしそれ以外の人々は、もはや影も形もない。

 ニューウェーブ全盛の頃はまさに一騎当千という感じで、これから何が起きるのかワクワクしたものだ。しかしそれらもいつか大資本やらハリウッドやら何やらに取り込まれたり自滅したりして、結局はパッとしないかたちで終わってしまったような気がする。それを言うなら、他の国や地域のニューウェーブに関しても同じようなものだろう。夢は終わってしまったのだ。

 だから2012年の東京に忽然と現れたアン・ホイ最新作は、僕にとって嬉しいようなホロ苦いような、何とも言えない感情を思い出させたのである。

 

見た後での感想

 この作品がアン・ホイ作品だと聞いてから慌ててネット上で情報を調べてみると、渋谷のやたら敷居が高い映画館でかなりヒットしているらしい。あの映画館は昔から観客のオバチャマ度が高くて、いつも香水臭くて閉口していたのだ。だから一旦は見に行く気になったものの、またちょっと腰が退けてしまった。

 おまけにオバチャマが殺到している、「老い」がテーマである…ということから、僕にとってはどうにもピンと来なかった「女人、四十。」の二の舞になりそうな予感もしてきた。何だかクソつまらねえ映画になっていそう。周囲の観客は感じの悪いオバチャンばっかりだわ肝心の映画はつまらねえわじゃ、見た後ダメージがデカそうで恐い。

 そんなこんなでグズグズしていたのだが、ようやく連休に勇気を奮って見に行った。考えてみれば、ここ何年かこの渋谷の気取った映画館にも行ってなかったのだ。いやぁ、感無量。

 アン・ホイに限って…とは思いながら、老人を描いてこれでもかと泣かせる映画になってたらイヤだと、少々身構えて映画を見ていた。しかし、心配ご無用。アン・ホイに限ってそんな姑息なマネはしない。この人のサービス精神は、あくまで男向け映画的な方向にしか向いていないようだ。だからやたら派手にアクションやドンパチをブチかましたりするが、過剰に泣け泣けなんて演出はしない。いわゆる女子供が喜びそうな方向には向いてくれない。いやぁ、こりゃあ助かった。

 その代わり…ジワジワ来るんだこれが

 見ているうちに、僕はどうしても個人的なことに思いを馳せないではいられなかった。それはちょっと前までの父の衰えと死、それから母の老い、そして自分の老後についてである。

 そんなことなら、他の映画でも時々頭に浮かんで来るんだろ?…って、このサイトの感想文をお読みの方からご指摘をいただきそうだ。確かに先日見たジェーン・フォンダ主演のフランス映画みんなで一緒に暮らしたら(2011)でも、父や母や自分の老後についてのことは頭をよぎった。あの映画も老人たちが主人公で、老いについての物語だから当然のことだろう。

 ただ、「みんなで一緒に暮らしたら」では映画そっちのけで自分のことを考えてしまっていた。それって映画としてどうなんだろう。ただただ「老い」ってことだけで僕が反応しちゃったに過ぎないんじゃないか。

 この「桃さんのしあわせ」でも見ているうちに父母のことを思い起こしてしまったが、それはあくまで映画の内容に呼応してのこと。映画の進行に合わせてそれは深まり、映画の感動をさらに味わい深いものにしてくれる。そこに映画作家アン・ホイの成熟が感じられるのである。

 

衰えていく者とそれを見守る者との間の「距離感」

 本作で最も優れていると感じるのは、老人の衰えていく様子とそれに対する若い(といってもすでに中年を超えている)世代の関係性・リアクションにリアリティがあることだ。

 例えば映画の最初の頃…まだ桃さんが元気な頃には、ロジャーは桃さんにいろいろ面倒を見てもらいながら、まるで一顧だにしない。だが、それは決してロジャーが傲慢なわけでも冷たいわけでもない。甲斐甲斐しく世話をする桃さんが、ロジャーにとってはあまりに自然で「空気」みたいなものだからだ。凡百の映画なら、ここでベタベタと桃さんとロジャーの「心の交流」とやらを描くだろうが、本作はそこにキッパリとある種の距離感を描いている。それは桃さんとロジャーの関係が結局は「使用人と主人」のそれであることに起因しているのだろうが、結局は身近な人ってのは普段はこういうものなのではないか。この自然な「クールさ」が、この映画に独特な現実味を与えている。

 その後、桃さんが倒れて病院にロジャーが見舞いに来る場面では、自分の身体の不自由さをロジャーに見せたくないために桃さんが食事をとらないことを、ロジャーはまったく察していないことが描かれる。これも普通の映画ならロジャーの無理解と鈍感ぶりがことさらに強調されるところだろうが、アン・ホイはあくまでそうしようとはしない。観客に伝わるか伝わらないかのレベルで、ごくごくさりげなく提示されるのだ。この映画では後半のロジャーの献身ぶりもていねいに描かれるため、ロジャーの桃さんへの想いはまったく疑いのないものとして語られる。しかしそんなロジャーでも、完全に老人=桃さんの気持ちや境遇は理解できないのだと提示されるのだ。

 だから、桃さんが最初に施設に入った時の描写が胸に迫る。個室と言っても名ばかり。粗末な衝立に仕切られただけの空間だ。プライバシーなんてあるようでないようなもの。常におかしくなった老人が周囲にいて、そんな連中と自分が同列扱いであることに気が滅入る。おまけに、どこからともなく異臭が漂ってくる。メシのまずさも耐え難いものだ。そもそも…親の干渉から逃れて自由に動けていた「オトナ」が、改めて他者の干渉と管理の下に入るなんてことは、実際のところかなり耐え難いものであることは間違いない。つまりこの施設がどんなに素晴らしい施設であっても、そもそも「施設」に入るなんてことは普通の大人には我慢ならないことでしかないのである。

 しかしアン・ホイは、だから老人を施設に入れるなとは言っていない。というか、そんなことなんて出来っこない。それ故に、そこまでの場面でロジャーの多忙で緊張感溢れる仕事ぶりも描いているのだ。彼が桃さんの世話を一から十まで看るなんてことは、まったくもって現実的ではないのである。

 だから桃さんが施設に入るのは、致し方ないことではある。致し方ないことではあるが、入る側からすればまったくウンザリせざるを得ない。我々が老人には施設に入ってもらわないと…と思うのは、まったく至極当然のことではある。しかし入らされる側としては、こんなにたまったものではないのだ。老人を施設に「入れる側」には、それが本当に腹の底から分かっているのか。そうは言っても、日常生活で常に介護の必要がある以上、「何か」を諦めて受け入れてもらうしかない…。永遠のジレンマ、しかしそれが本当のところだ。この絶妙な「現実感覚」こそが、この映画のキモなのである。

 その後、リハビリを重ねて少しずつ回復するかと思いきや、またしても脳卒中の発作が起きてしまう。その段階的な衰えの過程は、僕が父の闘病生活を見てきた時の印象と重なる。正直に言って老いによる衰えとは、何かを失ったり手放していくことを認め、受け入れていく過程のような気がする。我々は誰しも、すべてを持ったままではいられないのだ。

 それが証拠に、この映画ではまだ若いロジャーにも、確実に「老い」が忍び寄っていることがさりげなく描かれている。劇中、ロジャーがちょくちょく眼鏡をかける場面があることにご注目いただきたい。普段はどんなオフィシャルな席でもリュックサックにジャンパーという出で立ちで、作業員に見間違えられるほど若々しいロジャー。本人もどんな所でもあんな格好を押し通すからには、「オレは若い」と自負しているのだろう。しかし手元に細かい字が書いてある紙でも差し出された時には、毎度毎度眼鏡のお世話にならずにはいられない。その眼鏡はおそらく近眼眼鏡ではあるまい。手元のモノが見えにくくなってかける「老眼鏡」のはずだ。桃さんの「現実」は、「明日」のロジャーの姿なのである。

 最後には桃さんもいよいよ容態が悪化し、ロジャーは厳しい選択を迫られることになる。その場面は、僕の父の容態が急変して、医師から人工呼吸器を使用する可能性について尋ねられた時のことを思い出させた。かなり重大な決断なのだが、それって本当にアッサリとさせられることになる。「あの感じ」ってすごくよく分かる。

 ロジャーはその「決断」を医師に伝えた後、また仕事で中国へと発ってしまう。この場面など、もしこの作品があまたある「感動モノ」であったならば、仕事を投げうってでも桃さんを看取る…ってな感じに描いただろう。それまでロジャーが桃さんをいかに大切にしていたかを観客は見てきたのだから、ここで随分冷たい仕打ちだなと思うかもしれない。

 しかしよっぽど金持ちかエライ人物でもなければ、仕事もあるし生活もある。しかもずっと家族にスタンバイして居座られては、病院だって困るのだ。これが「現実」だ。うちの父だって法律上は僕ら家族が病室に着いてから死んだことになっているが、実質上は深夜から早朝にかけて誰にも看取られずに亡くなっていたのだ。人は結局、最後はたった一人で死んでいくものなのである。

 このように、この映画はお話が「感動路線」に走りそうになる一歩手前で、いつも現実を提示して僕らの頭と涙腺を冷まし続ける。安易に泣かせてはくれないのだ。

 そんなこの映画の姿勢を象徴しているのが、桃さんが年末年始を施設で過ごす場面だ。

 家族に引き取られて自宅で過ごす人たちがいなくなり、施設の中はがらんとしている。しかしロジャーは桃さんと正月を過ごすことができず、彼女は一人でポツンと施設に取り残されている。むろん忍耐強い彼女のこと、「何て事はない」と平然としてはいる。しかしその胸中にはどんな思いがあったのだろうか。

 外では大きな花火が次々と上げられ、まぶしい輝きと派手な音が施設の中にも伝わってくる。それが華やかなら華やかなほど、寂しい気持ちがじんわりにじむ。

 それはどうしようもないことだ。しかし寂しい気持ちもまた真実なのである。

 あの大晦日の花火の場面を見ていた時、僕の脳裏には古い携帯電話に残された今は亡き父の声が改めて再生されたのであった。

 

ヒロインの「老い」に香港映画史を重ねて

 この映画の最大の「目玉」であるアンディ・ラウは、本人をお湯でグツグツ煮てアブラっけとアクを完全に抜き去ったみたいに、スター・オーラを消し去った自然体演技。これが実に素晴らしい効果を挙げていて、目を見張らされた。こんな芝居もできるのかとビックリ。

 しかし僕が注目したのは、桃さんを演じたディニー・イップだ。

 香港映画通やら向こうの芸能界に精通している人に聞かれたら笑われちゃうのだろうが、僕はこの人を知っている。映画を見る前に劇場パンフレットを開いて、僕はアッと驚いた。今から20年以上前のこと、現在はなくなっている伝説のミニシアター、シネヴィヴァン六本木で彼女の主演作を見ていたのだった。

 それはシュウ・ケイという監督の「ソウル」(1986)という作品だ。

 「ソウル」といっても韓国の首都のほうではない「魂」の「Soul」。この邦題は英語題名からとられている。ジャンルとしては典型的サスペンス映画で、平和な生活を営んでいた主婦が突然の夫の死によって謎と陰謀に巻き込まれていき、夫の愛人だった女の幼い息子を連れて逃げ回ることになる。この主人公の主婦役がディニー・イップ。他に台湾映画界の大物映画人ホウ・シャオシェン監督が、なぜか俳優として大きい役で出てくる。幼い少年を連れて逃げ回るヒロインが、ジョン・カサベテス「グロリア」(1980)に影響を受けていることがミエミエであるあたりを初めとして、「いかにも」当時飛ぶ鳥落とす勢いだった香港ニューウェーブ一派らしい作風だ。公開そのものはシネヴィヴァン六本木1館で、しかもレイトショーのみの上映。だからごくごくひっそりした公開のされ方ではあったが、公開当時はそれなりにニューウェーブ作品として高評価で迎えられていた気がする。

 結果的には、現在この「ソウル」という作品もシュウ・ケイという監督の名も知る者がほとんどいない状態になってしまっているのだから、実際は大した作品でもなかったのだろうか。それでもこの作品の印象は、僕の中に強烈に残っている。ヒロインのディニー・イップも、いかにも「いい女」って感じで全編頑張っていた。何しろ映画が始まってすぐ、ヒロインはベッドでいきなり夫と濡れ場を演じるのだ(!)。

 そんな「いい女」然としていたディニー・イップが、ここではいきなり身体が一回り以上縮んじゃったような「老人」を演じる。これは僕にとって物凄い衝撃だった。あの「いい女」然としていた彼女が、こんなおばあちゃんにねぇ…。

 さらに注目すべきは、アンディ・ラウ扮するロジャーの仕事の場面に、ツイ・ハーク、サモ・ハン、レイモンド・チョウなどホンモノの映画人が登場してくること。これは全体的に地味な作品の中の一種のサービス・アトラクション的な趣向か、あるいは映画界の住人であるロジャーの場面に劇的リアリティを増すために行われた…とも考えられるが、かくも全編に渡ってさまざまな映画人たちが登場してくると、そこに何らかの意図があったとしか思えなくなる。

 そういえば劇中で桃さんが少し回復してきて、久々に彼女が働いていたマンションの一室に戻ってくる場面がある。そこで桃さんは自分の私物の整理を始めるのだが、その途中で桃さんが大事にとっておいた古い映画雑誌などがチラッと出てくる。そのタイトルを聞いて、僕は「ハッ」としてしまった。劇中では、確かにその雑誌の名を「南国電影」と呼んでいた。それはかつて絶対の栄華を誇っていた映画帝国ショウ・ブラザースが発行していた機関誌なのだった。いやぁ、僕は思わずスクリーンの桃さんに、「それ、オレにくれ!」と言いたくなったよ。

 1960年代が全盛のショウ・ブラザースからニューウェーブ時代を乗り越えてきた映画人たちまで、この映画に登場する「香港映画」のアイコンたちは、見ている僕たちに香港映画のこれまでの歩みを感じさせる。桃さんの重ねてきた年月に、香港映画史がダブって見えてくるのだ。

 このあたりは自らが香港映画ニューウェーブの旗手の一人だった、アン・ホイの面目躍如と言うべき点ではないだろうか。

 

 

 

 

 

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