「ダークナイト・ライジング」

  The Dark Knight Rises

 (2012/09/24)


  

見る前の予想

 クリストファー・ノーランが新しい「バットマン」映画を撮ると聞いた時は、僕だってかなり期待した。

 何しろメメント(2000)で注目を集めた頃の余韻がまだ残っていたし、主演がこれまたクセモノのクリスチャン・ベイルだ。アメリカン・サイコ(2000)を見た方ならお分かりだろうが、こいつのヤバさはホンモノ。さらに脇にはマイケル・ケイン、リーアム・ニーソン、ゲイリー・オールドマン、ルトガー・ハウアー、モーガン・フリーマンなどなどの豪華キャストを配していると来るから、映画ファンとしては期待しないわけにはいかない。世評もかなり高かったこともあって、大いに張り切って映画館に向かった覚えがある。

 その結果は…というと、僕のバットマン・ビギンズ(2005)感想文をお読みいただいた方が早いかもしれない。正直どこがどうマズかったのかは分からないが、この映画、僕にはどうもピンと来なかった。「良質の映画」になっているはずの要素満載で、見た目も「良さそう」に見えるのに、まったく見ていて胸が踊らなかった。こんな映画、僕にとって初めてだよ。

 さらにノーランの次の作品プレステージ(2006)を見て、その思いはますます強くなる一方。この映画に映画的な魅力や面白さを感じないというより以上に、もっともらしい顔をしているけどハッタリとコケ脅しばかり…というノーラン作品の化けの皮が、完全にはがれてしまった思いがしたのだった。こうなると、ノーランによる「バットマン」第2弾にイヤな予感しか感じられない。

 しかし、こうして発表されたダークナイト(2008)は、僕の予想を裏切って世間からは大好評。それどころかヒース・レジャーの悪役の好演もあって、内容的にも「スゴイ!」とかなり高評価を受けた。極端な話、「哲学的内容」とまで持ち上げたりもしたんだから驚く。

 僕はといえば、もう何度もこの作品のことについては言及しているからみなさんお分かりだと思うが、この作品それほど「スゴイ!」とも思えないし、いわんや「哲学的内容」なんて思うわけもない。確かにアメコミの映画化としてはエグい内容だった気がするが、それほどのもんじゃないでしょう。ヒース・レジャーも好演だとは思うが、まるで神様みたいに持ち上げられちゃってるし。これが遺作になったというのも幸いしてるんだか災いしてるんだか、名演ということに誰も反論できない雰囲気になっていたからねぇ。

 しかし世の中、一切の批判が許されないなんてものに限って、これほどいかがわしいモノはないんだな。結局「プレステージ」の時に感じた、あの「あざとさ」をまた味わってしまった。世間は大絶賛しようと何だろうと、僕にも譲れない一線がある。それに、この作品も「映画的」な部分で致命的に胸躍らない出来栄えになっている気がしたのだった。

 そんなわけで、僕はクリストファー・ノーランの評価において、世間と大きく剥離してしまった。だから彼の次作インセプション(2010)が公開された時には、正直まったく期待していなかったわけだ。それでも僕が見に行ったのは、もちろんレオナルド・ディカプリオをはじめとする豪華なキャストに惹かれたから。中でも(500)日のサマー(2009)で大注目の若手ジョセフ・ゴードン=レヴィットの起用は気になった。

 実際に見に行ってみると、この人の本来持っているハッタリ感がそのまま「ハッタリ」として打ち出されているのに驚いた。今まではもっともらしい顔をしてあざとい事をしていたのだが、今回はコケ脅しは「コケ脅しでございます」と開き直って見せている気がする。結果、スコ〜ンと抜けたような楽しいバカ映画に仕上がっているではないか。ディカプリオの眉間にシワ演技も、ここでは妙にハマってる。僕は夏休みの底抜け娯楽映画として、この映画をすごく気に入ったのだった。こういう風にハッキリ言ってくれればいいんだよ、オレが作っているのはバカ映画だと(笑)。

 そんなわけで急にクリストファー・ノーランに期待が持てるようになったところで、例の「バットマン」新シリーズの第3弾が登場である。三部作の最終編ということになるらしいが、世間的には「ダークナイト」の続編という扱いになるのだろう。となると、あのウンザリする作品世界を踏襲することになるのか。しかし僕は、「インセプション」でノーランに期待できる一面を見ることができた。それを通過しての「ダークナイト」の続編は、もはやあの「もっともらしいハッタリ」の世界に戻れないのではないか?

 ところがアメリカで公開間もないある日、みなさんご存知の銃の乱射事件が起きた。この作品を上映中の劇場で、何をトチ狂ったのか頭のおかしい奴がいきなり銃を乱射して、観客たちを殺したり重傷を負わせたりしたとのこと。こりゃあノーランが調子こいてハッタリかませすぎたあげく、バカが勘違いして大暴れしちゃったんじゃないか? 「ダークナイト」に対する「哲学的内容」なんて評価を見るまでもなく、こいつの映画はどこか見る者を勘違いさせる要素が満載みたいなのだ。

 そんなこんなが大いに気になって、公開からかなり経ったある夜、ようやくスクリーンと対峙することになった次第。

 

あらすじ

 某国の人けのない田舎の飛行場に、奇妙な男たちの一団を乗せたクルマがやって来る。飛行場には小型機が待たせてあって、この男たちの一団を今や遅しと待ち構えていた。

 どうやら待ち構えていたのはCIAのようで、クルマで連れてこられたのは小柄な科学者パヴェル博士と頭から袋を被せられた男たち3人。果たして彼らは何のために、どこに連れて行かれるのか。

 一行を乗せた小型機はすぐに飛び立ったが、機内ではCIA の連中と頭から袋をかぶせられていた男たちの形勢がたちまち逆転。そのリーダー格は、口に奇妙な金属製のマスクをくわえたスキンヘッドの男ベイン(トム・ハーディ)。ベインは一旦はCIAの手中に入ったパヴェル博士を奪還すると、小型機を破壊したうえで他の仲間たちも見捨てて博士とともに脱出。しかしこれがその後、世間を揺るがす大事件に発展するとは、その時は誰も知るよしはなかった…。

 さて、舞台は変わって大都会ゴッサム・シティ。ジョーカーが大暴れした例の事件から8年が経ったが、街の平和は今も保たれていた。それというのも、街の英雄として倒れた議員ハービー・デントのおかげ。正義の象徴となった彼の名にちなんだ「デント法」の制定によって、犯罪者はより簡単に厳しく裁かれるようになった。

 今夜もそのデントを讃えるパーティーが街の名士を集めて開催されていたが、そこに呼ばれた市警本部長ジム・ゴードン(ゲイリー・オールドマン)の表情は複雑だった。彼は知っていたのだ…実はデントは悪の道に落ちて、怪人トゥーフェイスとして死んだのだと。そして、すべての汚名をバットマンがかぶって消えたのだということも。それ以来、バットマンの姿は消えた。ゴードンは真相を隠していることもつらかったし、それによって保たれているような平和もかりそめの秩序に過ぎないと思っていたのだ。しかしスピーチに立ったゴードンは、すべてを打ち明けようと用意したスピーチ原稿をポケットにしまった。今はまだ、真相を語るには早すぎるとゴードンは感じていた。

 さて、問題のパーティーは街の大富豪ブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)の邸宅で開催されていたが、当のウエインは姿を見せていない。プレイボーイで知られた若き大富豪ウエインもまた、あれからずっと屋敷に籠もったまま謎の隠遁生活を送っていたのだ。

 そんな邸宅の奥深くに入り込んだ者が一人。それは、ウエイン邸のメイドとして雇われたばかりのセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)。彼女はあちこちウロチョロしたあげく、近年誰もがその姿を見ていなかったブルースと鉢合わせする。

 たまたま迷い込んだように見えたセリーナだが、ブルースは彼女が身につけている真珠の首飾りに目を留めた。それはブルースの母の形見の品で、金庫の奥にしまっておいたものだ。この女、タダモノではない。しかし戦いの果てに傷付いた今のブルースは、セリーナの逃走を止めることはできなかった。そして邸内から逃げ出したセリーナは、パーティー帰りの議員のクルマにちゃっかり乗りこむのだった。

 さて、自分の身辺に何やら動きがあることを察したブルースは、またぞろかつてバットマンとして活躍した頃の血が騒ぎ出す。しかし執事のアルフレッド(マイケル・ケイン)は、またぞろブルースが戦いの中に巻き込まれていくことを望んでいなかった。

 しかしブルースが望もうと望まなかろうと、バットマンの登場を待つ者たちがいた。その一人は、あのスキンヘッドの男ベインであった…。

 

見た後での感想

 世界的大絶賛の「ダークナイト」がどうにもダメだった僕にとって、まさに踏み絵のような一作。それが今回の「ダークナイト・ライジング」だった。

 ここでおさらいしておくと、前作「ダークナイト」の大絶賛に対する僕の反論は、大きく2つに分かれる。

 そのひとつは、クリストファー・ノーラン作品のアクションをはじめとする「映画的魅力」の欠如だった。本来ならワクワクしたりゾクゾクしなきゃならないのに、一向にときめきが感じられない。特にアクション場面の処理は、決してうまいとは言えない。そういう気持ちを拭い去ることができなかったのだ。

 そしてもうひとつは…全編に漂うインチキ臭さ、いかがわしさ。もっともらしい手つきで「これが現実だ」「これがリアルだ」とばかりに描いてはいるが、実は単なるハッタリでしかない。

 いや、実は映画なんてハッタリでもいいのだ。いかがわしくても一向に構わない。そこを僕は問題にしていない。何が一番イヤだって、そのハッタリが作品の充実に貢献していないことがイヤなのだ。

 それって、ちょっと前に氾濫していた一連の韓流映画にどこか似ている。

 かつての韓国映画をあれほど追いかけていた僕が、昨今の韓国映画の洪水を「韓流映画」と一線を引いたかたちで扱っているのは、それらがどこか別物だという気持ちがあるから。一番分かりやすいかたちでその違いを表すなら…一時期の「韓流映画」が何でもかんでも最後に「衝撃のエンディング」を迎えるかたちをとっていた点だろうか。

 アッと驚く結末、予想できないドンデン返し、そして思い切り後味の悪い幕切れ…サスペンスやホラー作品ならまだしも、純愛青春映画ですら「衝撃のエンディング」にしなきゃ収まらないってあたり、何だかムリヤリ感がすごかった。そこでの「衝撃のエンディング」って、実は作品にまったく貢献していない。「作品」のためでなく単なる「衝撃」のための「衝撃」、「シビアさ」を誇示するための「シビアさ」、「ハードさ」をアピールするための「ハードさ」でしかない。つまりは良い作品にしよう、お客さんを楽しませよう、満足させようという目的のためでなく、「衝撃」そのものが目的となっているような「衝撃」なのである。

 いや、実は目的はないわけではない。ただ目的は作品の質の向上やお客さんの満足ではなく、そんなスゴイ作品を作れる「オレ」がスゴイ…とアピールすることになってしまっているような感じなのだ。それゆえに、見ていて物凄く見苦しくて恥ずかしくて気色悪いのである。

 誰だって、人の自慢話や「オレすごい」的な話を聞かされたい奴はいないだろう。ましてお金を払って2時間もかけて、そんな「オレすごい」アピールを見たいはずがない。一連の「韓流映画」に一貫して流れていたイヤ〜な感じとは、作り手が作品世界や描かれる題材を愛しているわけでもなく、良い作品を作りたいとかお客さんを楽しませたいとかいう目的のためでもなく、ただただ「オレすごい」と言いたいがために「衝撃のエンディング」ばかりを繰り出していたからなのだ。

 実は「ダークナイト」を中心とするクリストファー・ノーラン作品に一貫して感じられたのも、そんな「オレすごい」アピールだった。

 こんなアメコミ映画にシビアーな現実感を持ち込んでいる、その中によりハードな悪、よりエグい悪を持ち込む。それはそれで結構だ。しかしそれもこれも、バットマンという作品自体やブルース・ウエイン以下の登場人物への愛着、描きたいテーマに対する愛によるものとは思えない。ただひたすらに、これほどハードにシビアーにアメコミ映画で「悪」を描ける「オレすごい」とか「オレの考えは深い」と言いたいだけ、ヘンに「悪目立ち」したいだけに見えるのである。それって…ここまで言っちゃうのはどうかとも思うが…どこか「卑しさ」や「痛さ」を感じる。だから僕は、見た後でドン引きしちゃったんだろう。

 そもそもバットマン映画なのにタイトルに「バットマン」とうたわない時点で、この映画はマンガじゃないぜ…的な主張が感じられなくもない。そんなことをガタガタ言うくらいなら、最初から「バットマン」映画など作らなければいいのに…。そんな「往生際の悪さ」さえ感じられて、イヤな感じがしたのである。

 そんな僕が一転して「インセプション」でノーランを評価したのは、作品の中にそんな「卑しさ」「痛さ」を感じなかったからだ。

 相変わらず雪上バイクの追跡場面などのヘタさは目立つものの、何となくアレコレと見せ場を詰め込もうという無邪気な熱意が感じられた。夢の中の夢にまた夢がある…みたいな設定が、複雑ではなくむしろ単純に描かれているのも感心した。

 中でも何より僕が高く評価したいのが、自分を「スゴイ」「えらい」と見せかけようとしていないことだ。

 誰でもが一見して分かると思うが、「インセプション」はハッキリ言って小中学生の考えた夢物語みたいなバカ映画である。パリの街並みが、グニャ〜ッと曲がって天に向かって折り畳まれていくバカバカしさを見よ。飛行機を使った作戦を実行しようという段になって、渡辺謙が真顔で「面倒臭いから航空会社ごと買っちゃいました(笑)」と言うあのアホっぽさを見よ。マジメになど到底見れない。

 でも、それでいいのだ

 そんなバカボンのパパ的なフレーズがよく似合うのが、この作品の最大の長所なのである。

 それまでノーランは自分をもっともらしく「偉そう」に見せるのに必死で、だから無理矢理「リアル」で「シビアー」に仕立てていたきらいがあった。ここでのノーランは、「バカでいいんだ」と開き直ったかの観がある。自分を「偉そう」に「スゴそう」に「頭が良さそう」に見せたいというオブセッションを、一気にかなぐり捨てたように見えるのだ。そんなノーランを、僕は好ましく見た。

 それでいいのだ。映画はバカでいいのである。

 さて、そんな開き直りを一度体験したノーランが、またまたバットマンの世界に戻ってどうするのか…僕の今回の作品への期待はその一点に絞られていた。「インセプション」であれだけスコ〜ンと突き抜けてくれたのである。今回だってきっとやらかしてくれるのではないだろうか。

 ところがまたまたゴッサム・シティが出てきて、暗い顔をしたクリスチャン・ベイルが登場するに至って、僕は少々考えが甘かったかな…と思い始めたのだった。

 

「ダークナイト」のイヤ〜な感じを引きずってのスタート

 当たり前の話ではあるが、バットマンが濡れ衣着せられたかたちでスタートする「ライジング」は、案の定、あの「ダークナイト」のイヤ〜な感じを踏襲するかたちでスタート。ドラマの進行とともにベインをはじめとする悪人陣営がどんどん猛威を奮い、それに従ってブルース・ウエイン=バットマンはどんどん劣勢になっていく。

 執事のアルフレッドは去ってしまう、全財産は失われてしまう、ゴッサム・シティを取り巻く状況はどんどん悪化する一方だ。ジワジワと真綿で首が絞まるような感じ。

 おまけに、アクションの方がイマイチ冴えないのも毎度のこと。例えば今回バットマンが一番最初に登場する、夜間の追跡シーンを見てみればそれはハッキリする。正直言って追う者追われる者の位置関係もハッキリしないし、部分的には何が起きているのかよく分からないところすらある。スゴいアクションが行われているにも関わらず、アクションの凄味は画面から伝わってこない。どうもこの監督は、いまだにアクション演出はうまくないようだ。

 さらにベインはバットマンを追いつめ、最後には肉弾戦でボコボコに痛めつけてしまう。そして悪人がゴッサム・シティを思う存分蹂躙する間、バットマンことブルース・ウエインはなすすべもなくどこかの見知らぬ土地の牢獄へと閉じ込められてしまうのだ。

 むろんドラマを盛り上げるために、ヒーローをドラマの中盤でメタメタに痛めつけるってことは作劇上「アリ」だ。というより、アメリカ映画に限らずそれは「王道」のストーリー展開だろう。しかし「ダークナイト」のイヤ〜な気分が続行中だから、何となくこちらは素直に見れない。またぞろクリストファー・ノーランが自分のシビアーなストーリー展開に酔って、自画自賛しているように見える。どこかの芸人の持ち芸じゃないが、シビアーなドラマを作っている自分が「ワイルドだぜぇ」とかテメエで言っているかのようだ。やれやれ、また始まったか…。

 そんなこんなでバットマンは完膚なきまでに叩きのめされ、正義の側がすべての打つ手を失ったところで、ベイン一派は自分たちの優勢を最も目立つかたちでアピールしようとする。

 ちょうどフットボールの試合が始まったばかりの、老若男女の客で満員のスタジアム。ボールを持って敵陣営にひた走る選手の足下から、物凄い勢いでフィールドが陥没していくではないか。敵味方両方のチームの選手たちが次々陥没していくフィールドの奈落へと飲み込まれていく中で、一人ボールをキープした選手だけが全速力で突っ走ったおかげで、陥没に巻き込まれる難を逃れる。ある意味、ベイン一派のゴッサム・シティへの脅威を決定づけるようなこの場面…しかしスクリーンを見守っていた僕は、これに衝撃を受けるというよりはまったく別の感覚を抱いていた。

 バカバカしくて笑っちゃう。

 ベインをはじめとする悪の陣営の凄さ、怖さに戦慄を覚えなければならないところなのだろうが、僕が感じていたのはそれと正反対の感覚。バカ映画に感じるおかしさだったのだ。

 

アッケラカンと突き抜けた「それでいいのだ」

 その後、ベイン一派のやることはどんどんエスカレートして、ゴッサム・シティ=ニューヨークを人質にして、マンハッタン島を犯罪者たちが支配する一種の「治外法権」の街に作り替えてしまう。これってどこかで見たことのある設定だな…と記憶を辿っていったら、あったあった。何のことはない、ジョン・カーペンター監督の快作「ニューヨーク1997」(1981)の設定と似たようなモノではないか。

 つまり、ズバリ言ってSF的なお話である。

 ただし、僕がこのように言っていることについて「何を今さら大発見みたいに言ってるんだ?」と不審に思われる方もいるかもしれない。

 元々がアメコミ…それもヒーローが活躍するような作品の映画化は、SFXを多用したSF映画的範疇にカテゴライズされるものだ。おまけにクリストファー・ノーラン監督が手掛けたこのバットマン三部作にしても、最初の「バットマン・ビギンズ」ではゴッサム・シティに高速モノレールが建設され、そこでのアクションが見せ場になっていたりしていた。かなりSF的な設定だ。

 しかし…第2作「ダークナイト」においては、クリストファー・ノーランはそうしたSF的道具立てをほとんど持ち出して来なかった。しかも「ビギンズ」ではあまりリアリティのなかったゴッサム・シティが、「ダークナイト」ではロケ撮影を多用することでリアリティのある大都会へと変貌を遂げていた。リアルな大都会を舞台にして悪役ジョーカーが行う悪事も、SF的なモノではなく割と現実的な「犯罪」だった。

 このように、クリストファー・ノーランのアプローチの仕方は、「ビギンズ」と「ダークナイト」では微妙に変わっている。「ダークナイト」ではあくまで現実と地続きのリアルな都会(確か、劇中に香港も登場してきたはず)を舞台にしており、そこで起きる事件や危機もあくまで現実に起こりうる範疇の出来事を超えていなかったと思えるのだ。あくまで現実世界のリアリティ、その中で凶悪な事件が起きる。

 これは…大げさに言ってみれば、アメコミの映画化にまるでシドニー・ルメット映画みたいなリアリティを持ち込んだかのように見える。それゆえ世間では高い評価を得たと言えるし、僕が前述したようなノーランの「オレすごい」的なアピールにもなってしまったとも言える。アメコミからこんなリアルでシビアーな映画を作るオレすごいってなもんだ。

 今回の「ライジング」はそんな「現実と地続き」なシビアーさを当然のごとく「ダークナイト」から踏襲しているように見えたから、僕はちょっと失望してしまった。そしてまたぞろ悪に関する「哲学的」な考察とやらを見せられるのか…結局のところはそれもすべてノーランの「オレすごい」という自己顕示欲でしかないのだが…とウンザリし始めたのだが…。

 いきなりスタジアム陥没(笑)。

 さらに強力な核爆弾になり得るニューエネルギーをタテにして、マンハッタン島に悪の砦を築いてしまう。これにはアメリカ政府も警察も手も足も出ない。マンハッタン島の中では、市民(警察を含めて)は忍従の日々を強いられてしまう。

 これはどう見たって「シドニー・ルメット映画」みたいなリアルな話とは言えないだろう。別にこういう設定があっても一向に構わないが、これは決してリアルな犯罪映画とは言えない。これはもはやSF映画に近いし、どちらかと言えば荒唐無稽なお話だ。

 そのスタイルの転換点の号令とも言えるのが、スタジアムの陥没

 一生懸命ボールを持って走るアメフト選手のすぐ後ろでは、どんどんボコボコとフィールドが崩れ落ちていく。もうその場面そのものがマンガだ(笑)。とてもリアリティを出したくてやっていることではない。誰がどう見たって、バカバカしさを狙ってやっていることではないか。

 そのバカバカしさって、ノーランの前作「インセプション」のバカバカしさに通じている。

 パリの街並みがグニャ〜ッと曲がって天に向かって折り畳まれていく、あのくだらなさ、バカバカしさ。ガキが考えつくようなふざけた趣向。それはリアルだとかシビアーだとか、あるいは「哲学的内容」やら「シドニー・ルメット映画」ふうのスタイルだとかとは、極北の方向に向いている。

 つまり今回のクリストファー・ノーランは、もう「オレえらい」とは言っていないのだ。

 そんなええカッコしいな素振りはかなぐり捨て、「ダークナイト」とは真逆の方向へと進んでいる。それは本作のラストを見れば一目瞭然だ。そこではブルース・ウエインを力業で救出し、正義の灯を別の担い手へと受け継がせている。そんな幕切れは、「現実はシビアーなんだぞ、オレってワイルドだぜぇ」みたいなことを言いたげな「ダークナイト」のそれとはまったく違う。

 大体、そもそも現実ってのは放っておいても元々がシビアーなものなのだから、それをシビアーでございますって映画の中で描いたところで、そこによっぽどのワザや芸がなければ描くに足るようなモノにはならない。そして単にシビアーでございますと描くだけなら、キツイ刺激の度合いを強めればソコソコ達成できてしまう。ノーランはそこを持ち前のハッタリで誤魔化して見せていたが、実はそれって本当は大したモノじゃなかったのではないかと僕は思っているのだ。

 実際にストーリーテリングや作劇で大変なのは、どう考えても絶望的で一見現実的な状況を解決し、なおかつ納得のいく結論へと導いていくことの方ではないか。今回の「ライジング」には、そんなノーランの「インセプション」を通過した上での「成熟」が反映しているように思う。

 とにかく、変にカッコつけなくなっただけでも違う。

 幕切れにおけるブルース・ウエインの顛末と若い警官(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)に関するエピソードを見れば、それはハッキリしている。ここでのノーランは、「哲学的内容」なんざ語ろうとはしていない。現実を見据えている「オレすごい」とも言っていない。

 ただ、「これでいいのだ」とアッケラカンと明言しているだけなのである。

 

 

 

 

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