「センター・オブ・ジ・アース2/神秘の島」

  Journey 2 the Mysterious Island

 (2012/05/21)


  

見る前の予想

 センター・オブ・ジ・アース(2008)の続編がやって来る!

 最近、これほど僕の心が躍ったニュースがあるだろうか。もう一度言おう。「センター・オブ・ジ・アース」の続編の登場だ。これを待望の作品と言わずして、何と言おう。

 前作「センター・オブ・ジ・アース」は、まだアバター(2009)で一気に火がつくまえ、ブームにそろそろチロチロと火が燃えさかり出した当初の「3D映画」の佳作だった。ブレンダン・フレーザーの主演でジュール・ヴェルヌの「地底探検」の何度目かの映画化を「3D」で行うというのがミソ。正直それほどの出来映えは期待していなかったものの、ソコソコ楽しめるんじゃないかと劇場に駆けつけた。

 結果は期待以上。高尚な映画サロンの方々にはバカにされるんだろうが、元々は映画の楽しさってこれだろう。冒険また冒険。3D効果も満点。お話はどうってことないモノだが、映画というメディアの特性を十二分に活かした演出に好感が持てた。

 念のために言えばこれはヴェルヌの「地底探検」の何度目かの映画化ではなく、「地底探検」をモチーフにした新作だった。しかし、かえってそれが作品を自由なモノにしていたと言えよう。ともかく僕は、たっぷり楽しんで劇場を後にしたのだった。

 その「続編」がやって来る!

 普通、続編というと鮮度が落ちるもの。しかし、そもそもヴェルヌ作品を下敷きにした映画なら、今さら鮮度もクソもない。今回は何かの都合でブレンダン・フレーザーが降りたらしく、本来ならそれが続編への期待感に水を差しそうなものだが…ブレンダン・フレーザーには大変申し訳ないものの、今回に限っては僕にとってこの主役交代はかえって嬉しかった。

 ドウェイン・ジョンソンの登場だ!

 ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンについては、僕はすでにファースター/怒りの銃弾(2010)感想文でも述べているから、ここでは繰り返さない。元々プロレスラーだった彼だが、演じさせてもなかなか役者なのだ。タフガイでユーモアがあって、おまけにデリカシーがある。冗談抜きで僕は、映画俳優としての彼を高く買っているのである。

 そして何より、彼が出演する映画はどこかがひと味違う。B級なのだが、どこか映画ファンの心の琴線に触れる映画ばかり好んで出てくれるのだ。抜群の企画選択能力を持っているのか。絶対分かっているね、彼は。SF仕立てのファミリー映画にも、すでにウィッチマウンテン/地図から消された山(2009)で参戦済み。今回だってまったく不安なしだ。

 しかもしかも…これは予想外の驚き! あのマイケル・ケインまで登場するというではないか!

 マイケル・ケインと言えば、1970年代に映画を見始めた頃から僕にとってのアイドルと言っていい。「探偵/スルース」(1972)でローレンス・オリビエと対等に主演を張ったイギリスの名優にして、ハリウッドで主演作も数知れずの大スター。「ハンナとその姉妹」(1986)とサイダーハウス・ルール(1999)で2度もアカデミー助演男優賞を獲得する超大物。しかし僕が最もマイケル・ケインを尊敬する点は、この人が作品をまったく選ばないことだ。

 何しろ彼は「ハンナとその姉妹」でオスカーを取った時、「ジョーズ'87/復讐篇」(1987)の撮影中で授賞式を欠席した(笑)というくらい。かつてアーウィン・アレンタワーリング・インフェルノ(1974)で大当たりをとった後に撮った、「スウォーム」(1978)、「ポセイドン・アドベンチャー2」(1979)の2大ガッカリ超大作にしっかり主演しちゃっているあたりも、彼の仕事の選ばなさを伺わせる。声がかかったら何でも出ちゃうんじゃないだろうか? これだけの大物にしてこの腰の軽さ。偉そうな大スターや名優がウジャウジャいる中で、これは本当に尊敬に値する。マイケル・ケインこそは僕の心の中で永遠のスーパースターだ。お座敷に声がかかったら惜しげもなくもったいつけずに出る。ホンモノってのはこういうのを言うんだよ。

 そのドウェイン・ジョンソンとマイケル・ケインが、あの「センター・オブ・ジ・アース」の続編で共演を果たすというのだ。おまけに泣く子も黙る「3D」。これは見なければ死んでも死にきれない。まさに映画界の「事件」。いくら期待してもし過ぎとは思えない。何だって? ラース・フォン・トリヤー? デビッド・フィンチャー? 寝言を言ってもらっては困る。そんなもの後にしてくれ。どこかのヒマな映画サロンの方々にお任せしてくれ。僕にとってこの「センター・オブ・ジ・アース2」は、今年最大の期待作に他ならない。これを見なけりゃ何を見るっていうんだ。僕が公開初日に劇場へと飛んで行ったのは、言うまでもないことだった。

 今頃感想文をアップしても、もはや公開は終わっているだろう。すべては僕の怠慢のせい。お許し願いたい。

 

あらすじ

 パトカーに追いかけられながら、夜中の住宅街を突っ走るバイク。乗っているのは一人の若者…あの「地底世界」の冒険から帰還したショーン・アンダーソン(ジョシュ・ハッチャーソン)だ。

 追いすがるパトカーを抜群のテクニックでやり過ごすショーンは、しかし最後はある家の庭にあるプールに落ちて御用となってしまう。警察に捕まったショーンを迎えに来たのは、むくつけきタフガイのハンク・パーソンズ(ドウェイン・ジョンソン)だ。そんなハンクに気づいたショーンは、何とも苦々しい表情になった。

 ハンクはショーンの母エリザベス(クリスティン・デイヴィス)の再婚相手だ。実の父が亡くなった今、ショーンの保護者として振る舞っている。この微妙な年頃の若者としては、ハンクに対して複雑な感情を持たざるを得ない。

 一方のハンクも、そんなショーンの反抗的態度を持て余し気味で、何とかしたいと思っていた。だからデリケートな事には触れないでいようとしてきたが、今日のこの「警察沙汰」は「父親」としては捨て置けない。ショーンが反発すると分かっていても、問いつめざるを得ないハンクだった。

 ショーンが警察に追われた理由は、人工衛星のレーダー施設に忍び込んだからだ。では、なぜそんな所に忍び込んだのか? 当然のごとく素直に口を割らないショーンではあったが、最後には渋々理由を打ち明けた。

 すべては、行方不明になっているショーンの祖父が原因だった。やっぱり血筋というものなのだろうか、ショーンの祖父はジュール・ヴェルヌの「神秘の島」が本当にあるはずだと探しに行ったまま、消息を絶ってしまった。ショーンはその祖父が自分に向けて連絡を送ってくるはずだと睨んで、メッセージを受け取るべくレーダー施設に忍び込んだというのだ。

 その理由を聞いて呆れたハンクではあるが、ショーンはあくまで真剣だ。そうなると、鼻で笑って一蹴するわけにもいくまい。さらにショーンがレーダー施設で手に入れたメッセージには、いくつかの興味深い言葉が含まれていた。それは「スティーヴンソン」「スウィフト」といった人の名前だ。ハンクはそれらが、「宝島」の作者ロバート・ルイス・スティーヴンソンと「ガリバー旅行記」の作者ジョナサン・スウィフトではないかと気づく。すると、今度はショーンが興奮する番だった。

 「宝島」や「ガリバー旅行記」に出てきた島は、ヴェルヌの「神秘の島」と同一の島で、それは実在していたというのではないか?

 さらに海軍で暗号解読を担当していたハンクは、ひとつの思いつきを実行に移す。「神秘の島」「宝島」「ガリバー旅行記」それぞれの本の巻頭にある地図を引きちぎり、机の上で重ね合わせてみたのだ。するとどうだ! 3つの島の地図は見事に重なり合い、ひとつの島の地図を形成するではないか。しかも地図の下の方には数字が現れて、ある緯度と経度を示していた。それは、南米パラオ島付近の位置だ。

 こうなると、ショーンは絶対行くと言って聞かない。そこでハンクは彼のパラオ行きに賛同する代わりに、自分もこの旅に同行するという条件を出した。それまでギクシャクしていたショーンとの関係が、これで少しでもうまくいけばと思ったからだ。エリザベスはそもそもショーンの祖父の言っていたことや、何やら発見したなどという話はハナっから信じていなかったが、ハンクにそう言われたら反対できない。こうして、思いがけない二人による、冒険の旅が始まった。

 早速、パラオ島に到着したハンクとショーン。こうなると鼻息ばかり荒いショーンは、いかにも「冒険のベテラン」みたいなドヤ顔で「ここからはボクが仕切る!」と息巻くので、ハンクとしては苦笑せざるを得ない。ところが現地の船乗りたちに例の緯度経度を知らせて同行を頼むと、どいつもこいつもイヤがって断ってくるではないか。これはやっぱりヤバイ場所なんだろうか。

 ところがたった一人だけ、ハンクとショーンの頼みを聞こうと言う奴が現れた。それはガバチョ(ルイス・ガスマン)が操縦するヘリコプター・サービス。しかしこの男は見るからに危なっかしそうだし、案内されたヘリコプターもガタガタのポンコツなのでもっと危ない感じだ。ハンクは冗談じゃないと引き換えそうとするが、ショーンががガバチョの娘でムチムチ美女のカイラニ(ヴァネッサ・ハジェンズ)に夢中になってしまったからいけない。結局、ハンクとショーンはガバチョとカイラニと一緒にこのヘリコプターに乗り込んで、問題の場所を目指すことになった。

 飛び立つや否や、ガタプスとイヤな音を出して舞い上がるヘリコプター。それでもショーンは、隣に座るカイラニに目がクギづけで気にならない。ところがそのうち一天にわかにかき曇り、見るからにイヤ〜な雲行きになってくるではないか。おまけに強風も吹いてきた。慌てて引き換えそうとするが、もう舵がきかなくなっている。目の前には巨大な竜巻が現れ、ヘリコプターは尾翼をもぎ取られて一気に巻き込まれていく…!

 気づいてみると、彼らはいつの間にか見知らぬ島の海岸に倒れていた。

 あんな危機に直面しながら、奇跡的に命拾いした4人。早速、ハンクやガバチョとカイラニ父娘は、この無人島からの脱出を考える。しかし、ショーン一人だけは脱出を考えていなかった。彼は海岸の岸壁に開いた洞穴を発見して興奮。一同をこの洞窟へと引っ張り込む。

 すると…そこは別世界だった!

 眼下には、豊かな緑に覆われた大地が広がる。遙か彼方には巨大な活火山。豊かな川や滝。こんなちっぽけそうな無人島のどこに、こんな広大な土地があったのか。

 しかし驚くべきはそこではなかった。周辺を飛び交う色とりどりのチョウの大きさに注目。すさまじくデカいのである。その逆に、足下にトコトコと歩いてくる象は子犬ほどの大きさしかない。

 この島こそ、ヴェルヌの書いた「神秘の島」なのだ!

 ショーンの祖父が言っていたことは正しかった。「神秘の島」は実在していたのだ。こうなってくると、この場所を探検しないのはナンセンスというものだ。

 島の奥へと歩いていくと、ヤケにデコボコしている大地に辿り着く。丸々としたデコボコの上を渡ってその大地を超えようとする一行だが、彼らは不意に、それらが何であるかを理解した。

 それらは一面に産み付けられた巨大な卵ではないか!

 こんな巨大な卵がこれだけ産み付けられているということは、ごく近くにこの卵を産んだ生き物がいるはず。すると、こいつはすぐに見つかった。無数の巨大な卵のすぐそばに、巨大トカゲがじっと目をつぶって眠っているように横たわっていた。これは、見つからないうちにサッサと通り過ぎなければならない。

 ところが運悪く、ガバチョの足下がグラグラと揺らいだ。

 アッという間に卵の殻を踏み抜き、卵の中に落ちてしまうガバチョ。中にはまだかえる前のトカゲの赤ちゃんがいて、ガバチョは思わず絶叫して卵から飛び出した。

 案の定、大トカゲが目を覚ました!

 さぁ、こうしてはいられない。もう、なりふり構わず逃げるしかない。屈強なハンクだって、トカゲだけは苦手なのだった。逃げて逃げてジャングルに入り込む一行だったが、むろんこの土地ではトカゲに分があるのは言うまでもない。危うくトカゲの餌になりかけた一行だったが…。

 突然何者かが、巨大トカゲを追い払った!

 あまりに早い展開に言葉もない一行の前に、一人の老人が仁王立ち。高らかに笑うこの老人を見て、ショーンが満面の笑みを浮かべたのは言うまでもない。

 その老人こそ、ショーンの祖父アレキサンダー・アンダーソン(マイケル・ケイン)だったのだ!

 

見た後での感想

 「センター・オブ・ジ・アース」の続編…と言っても、もう地底の中に入っていくわけではない。今度はヴェルヌ作品でも「地底探検」ではなく「神秘の島」のほうをやろうとしているということは、サブ・タイトルを見てもハッキリしていた。

 「神秘の島」と言えば、「地底探検」や「海底二万里」などと比べるとヴェルヌ作品の中では知名度は落ちるものの、やはりそれなりに映画化されている。

 その中でも一番有名なのは、レイ・ハリーハウゼンが特撮を手がけた「SF巨大生物の島」(1961)ということになるだろうか。

 この作品、日本では劇場未公開ながら、テレビ放映などで結構知られた作品。かくいう僕も、おそらく1970年代半ば頃にテレビで見た記憶がある。タイトル通り「巨大生物」が多数登場。それらがハリーハウゼンによるストップモーション・アニメ「ダイナメーション」によって動く動く。これには興奮した。ノーチラス号のネモ船長も登場するが、今回調べてみたら、まだピーター・セラーズが演じていた頃の「ピンク・パンサー」シリーズでクルーゾーの上司ドレフュス警部を演じていたハーバート・ロムだったとは! そんなこんなで結構見てオトクな映画である。

 さらに僕は未見ながら、公開されていたことは知っていた「ミステリー島探検/地底人間の謎」(1972)。実は映画雑誌「スクリーン」でストーリーを見て巨大生物が出てこないと知ったため、まったく見る気を失ったので未見のままだった。このお話から巨大生物をとったら何も残らないだろう。ではこの作品の売りは何かと言うと、ネモ船長役を大スターのオマー・シャリフが演じていること。しかし、それだけではとてもじゃないが食指はそそらないだろう。「スクリーン」の双葉十三郎先生のレビューでも酷評されていたっけ。どうやら元はヨーロッパで製作されたテレビ・シリーズらしく、それを2時間ぐらいの劇場映画に再編集、日本では20世紀フォックスが配給した。これは見なくて正解の作品のようだ。

 あとは僕は存在を知らなかったが、今回調べて分かったものが1本。これまたテレビ・ムービーらしき「ミステリアス・アイランド」(2005)。カイル・マクラカラン、ガブリエル・アンウォー、パトリック・スチュワートらキャストはそれなりに充実しており、監督もラッセル・マルケイと一応知られた人が手がけている。しかし、これも今ひとつ評判がよろしくないようで、「レイザーバック」(1984)、「ハイランダー/悪魔の戦士」(1986)といったダメ映画ばかり撮っていたラッセル・マルケイらしい出来映えだったようだ。

 こうなると「神秘の島」映画化作品はどちらかというとダメ映画の方が多いような印象が残るが、そもそも「スター・ウォーズ」(1977)公開以前はSF映画と言えば子供だまし映画だったわけで、イイ出来の作品の方がマレというもの。この程度の作品がゴロゴロしてしまうのも、ごく自然な成り行きだったように思う。むしろオマー・シャリフのような一応一流スターが出ていたことの方が驚きだったが、確かこの時期のシャリフにはロクなオファーが来ていなかったようなウワサを聞く。仕事に飢えていたのかもしれない(笑)。

 そんな「神秘の島」映画の末席に滑り込んだこの「センター・オブ・ジ・アース2」だが、本作は厳密には「神秘の島」の何度目かの映画化作品というわけではない。前作「センター・オブ・ジ・アース」が正確には「地底探検」のリメイクではなく、ヴェルヌの「地底探検」に書いてあった地底世界を発見する話…であったように、今回の「2」もヴェルヌの「神秘の島」に書かれた島を探しに行く話…だ。だからこそ、両者はショーン少年を主人公とするシリーズとして成立している。

 で、グダグダと屁理屈を並べて来たこの感想文だが、そろそろこの作品について僕が実際にどう思ったかを言わねばならないだろう。

 ハッキリ言おう。最高である。

 もう一回言おうか? 素晴らしい娯楽映画だ。こんなに楽しい映画はめったにない。僕は120パーセント楽しんだ。見ている間ワクワクしっぱなしだった。

 そして前作「センター・オブ・ジ・アース」もすごく楽しい映画だったが、僕としてはむしろ今回の方がより楽しく感じたと言わねばなるまい。

 とにかく僕は最近、映画を見ていてこれほど幸福な気分になったことはない。この映画を見ている間は、まさに至福の時だった。この映画サイコー!…でこの文を終わらせてもいいが、それじゃあ感想文にはならないだろう。以降、この映画のどこがそんなに気に入ったのかを、自分なりにアレコレ並べてみたいと思う。

 

今回の映画のどこがそんなに良かったのか?

 そんなわけでこの映画についてムチャクチャにベタホメの言葉を並べ立てたい欲求にかられる僕だが、この感想文を読んでいらっしゃる方々には、何で僕がこんな映画をこれほどホメているのかまったく腑に落ちない人もいらっしゃるに違いない。

 どう考えてもお子さま向け、あるいはファミリー・ピクチャーである。もっとレベルが高くて練り上げられたドラマだってあるだろうし、立派な作品だってあるだろう。なのに何が悲しくてFは、こんなガキ向けみたいな単純な映画をこれほどまでに持ち上げるのか?

 正直言って脚本は、お子さま向けらしくご都合主義もいいとこ。特に冒頭など、とにかく主人公を「神秘の島」へ旅立たせたくてしょうがないといった感じ。3つの作者も出版社も違う本(おまけに出たヴァージョンもバラバラなはず)の地図をひっちゃぶいて重ねたら暗号が出た…なんてムチャクチャな設定だ。しかし、ここではそれをいちいち揚げ足とっても仕方ないことだろう。バカバカしいと怒ってはいけない。とにかくこの映画では、「神秘の島」さえ出してしまえばいいのだ(笑)。

 そう。一旦、舞台が「神秘の島」に移ってしまえば、どんなヤボな観客だってゴチャゴチャ言わなくなる。何でチョウが巨大で象がミニサイズなのか、理由を問うことなど無意味だ。巨大なミツバチに乗って、飛行機のように「操縦」できることも何ら不思議ではない。この島は、「冒険のために作られた」島なのだ。

 それも登場人物のためではなく、観客の僕たちが映画を見ている間は完全に現実から逃避できるような、仮想テーマパークとしての島なのである。実はこのような映画を見に行く観客も、いち早く冒険の旅に出たいとウズウズしながらスクリーンと対峙しているのだ。だから「ご都合主義」大いに結構! この映画はそんな観客の欲求に、100パーセント真正面から応えているのである。

 そして今回は、前作にも増して3D効果が威力を発揮。今まで僕は「アバター」(2009)以来、市場に氾濫する3D映画の中で見るべきものがある作品は数少ないと繰り返し語って来た。実際のところ、それ以降「これは」と思わせる3D映画と言えば、トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン(2011)、サンクタム(2010)、そしてヒューゴの不思議な発明(2011)ぐらいしか見いだせなかった。しかし今回、それらの優れた3D作品群の戦列の中にこの作品を入れてもいいと、僕は本気で思っている。それくらい3D効果も満点。そして3D効果が、作品の楽しさを確実に倍増させている映画なのである。

 しかし今回の作品の最も素晴らしい点は、そんな不思議な生き物や島の雰囲気、さらにSFXや3D効果ばかりではない。というか、それはこの作品の魅力を倍増させてはいるが、魅力の中心となっているものではないのだ。

 実はこの作品の最も好ましく思える点は、出てくるキャラクターと人間関係なのである。

 出てくる登場人物たちが、どれもこれも楽しく好ましい。それらがお約束ながら、気持ちの良い描かれ方をしているから、映画を最後まで楽しく見ていることができる。これって簡単なようで、実はちゃんと出来ている映画を探す方が難しいくらいだ。その点だけでも、監督のブラッド・ペイトンや脚本のブライアン・ガンマーク・ガン(いとこ同士らしい)をホメたいくらい。そんな娯楽映画の基本をキッチリやってくれていることが、この映画の最大の魅力なのだ。

 そして、この映画のキャラクターの楽しさ…を語るとなると、間違いなくこの人のことから語らねばならないだろう。

 ザ・ロック様ことドウェイン・ジョンソンである。

 とにかくガタイの良さはプロレス出身なだけあってピカイチ。眼光するどくて逞しいこの人は、まさにアクション映画にうってつけ。しかしただコワモテで強いだけじゃない。あんなカラダして、ケロッとおかしなことを言うユーモア・センスもたっぷり。前述したように、「ウィッチマウンテン/地図から消された山」ですでにファミリー映画にも挑戦して、意外な相性の良さを見せている。

 筋肉だけで買われてタフガイ・スターとして映画入りしたと見えて、これでなかなか芝居もうまい。今回も登場人物の誰よりも暴力的でコワモテな外見を持っていながら、義理の息子との関係に手を焼く男を茶目っ気たっぷりに好演。「神秘の島」に着いてからは、老練なマイケル・ケイン演じるショーンの祖父アレクサンダーに頭を抑えつけられてムッとしっぱなしというおかしさ。ハンクという名前をちゃんと呼んでもらえなくてカリカリしている姿が、あのデカい図体を持て余しているようで何ともオカシイのだ。

 それがいよいよ危機に直面した時に、それまでハンクをバカにしていたアレクサンダーが彼をちゃんと「ハンク」と呼ぶ。その時のドウェイン・ジョンソンの「ハンクと呼んでくれたな」と答えるくだりといったら! 同じドウェイン・ジョンソンつながりで言えば、ワイルド・スピード MEGA MAX(2011)後半でそれまで敵対していたジョンソンとヴィン・ディーゼルがガッシと手を組む瞬間を思わせるような、まさに娯楽映画好きにとっては至福の時。僕はまさにこういう瞬間が見たくて、年に何十本も映画を見ているのだ。こういうのをバカバカしいという人もいるかもしれないが、そういう人たちは娯楽映画を見るべきではないし、ミヒャエル・ハネケかラース・フォン・トリヤーの映画でも見ていればいいのである。悪いがこういう映画サロンの人たちには、娯楽映画はもったいない。

 また途中で義理の息子ショーンに「女を口説く時にはな」…と伝授する「胸筋ダンス」の場面も絶品! 彼本来の鍛え抜かれた肉体を使って胸の筋肉をピコピコ動かすのだが、そのバカバカしさったらない(笑)。おまけに3D映画だから、その筋肉さえ立体感がある。その筋肉に果物を投げつけて跳ね返させるという、飛び出す3D効果を狙った趣向がまたまたくだらなくて素晴らしい(笑)。バックに流れるコンガを叩くようなアフリカ音楽もどきのBGMといい、中学生並みの発想のバカバカしさで最高だ。これはケナしではなく、本気でホメて言っているのだ。

 さらに今回はドウェイン・ジョンソンのファンのために、まさにスペシャルなアトラクションが用意されている。何と劇中でジョンソンがウクレレを弾きながら、歌を一曲披露するのだ。それも「サッチモ」ことルイ・アームストロングの名唱で知られる「この素晴らしき世界」とくるから、いやはや不敵というか無謀というか。ところが、これが実にうまいから二度ビックリ。原曲よりもテンポを上げて歌われるのだが、ドウェイン・ジョンソンのデカいカラダに小さいウクレレという対照の妙もあって、何ともユーモラス。それでいて、全体に慌ただしい運びのこの作品の中の見事なアクセントになっている。今までこの名曲はオリジナルの「サッチモ」版で「グッドモーニング・ベトナム」(1987)や「12モンキーズ」(1995)でも使われ、いずれも何とも言えないシンミリした味を出しているが、本作におけるちょっとアップテンポなドウェイン・ジョンソン版の「この素晴らしき世界」も、慌ただしいテンポのこの作品で唯一息のつける部分になっている。とにかくこのドウェイン・ジョンソンの歌のくだりの、見ている側の幸福感ったらない。そして映画を見た後でスカッと爽やか、イイ意味で何にも後に残らない作品のはずなのに、この歌のくだりだけは妙に心に残るのである。

 対するマイケル・ケインはと言えば、1970年代からの僕のアイドルだから、とても冷静には書けない。しかしこれだけの大スターで名優のくせに、基本的に仕事は断らない、仕事は選ばないという姿勢が素晴らしい。前述したように「ポセイドン・アドベンチャー2」(1979)、「ジョーズ'87/復讐篇」(1987)なんていかにも出涸らし感満載の続編でも主役を張っちゃうし、殺しのドレス(1980)では嬉々として変態演技を披露する。しかもローレンス・オリビエと演技合戦をしたこともあるこの名優は、「沈黙の要塞」(1994)でスティーブン・セガールとだって嬉々として共演しちゃうのだ。名優だからって共演者を色眼鏡で見ない、ホンモノの役者バカなのである。

 そんなケインだから、ドウェイン・ジョンソンをからかう茶目っ気が楽しい。嬉しそうに巨大ミツバチに乗っかってる様子も見ていて嬉しくなるし、ラストの革づくしのライダー・スタイルもまだまだカッコイイ。まさに千両役者。ドウェイン・ジョンソンとマイケル・ケインは二人とも好きな俳優だから、僕にとってこの二人の共演は何より嬉しかった。

 ジョシュ・ハッチャーソンヴァネッサ・ハジェンズの若手二人はフレッシュさが売りだから、まぁこれでいいのではないだろうか。ハッチャーソンは前作からの唯一オリジナル・メンバー。今回ちょっと「寄り目」が気になったものの、ちょっと単純おバカな男の子ぶりを見せる部分もあるので、これはこれでいいのかもしれない。ヴァネッサ・ハジェンズに関しては、意外なまでのムチムチ感には驚かされた。これも劇中に女性があまり出てこないから、これくらいのお色気サービスは必要なのかも知れない。

 さらに一行の中で唯一のコメディ・リリーフを務めるルイス・ガスマンは、終始泥臭いが楽しいユーモアを振りまく。大体こういう役どころの常として、毎度毎度みんなの足を引っ張ったり欲の皮を突っ張らせた愚かな行動に出たりするキャラクターに設定されているため、見ていてイライラさせられることが多い。ガスマンのキャラクターもその例外とは決して言えないのだが、終盤に金を取りに行ってみんなの足手まといになってしまう場面でも、それが娘の学費を稼ぎたいゆえ…という動機付けがきちんとしているから意外にイライラさせられない。しかもエンディングには、乗って帰って来たノーチラス号を見事にメシのタネに変えて成功させるというウルトラCで、見事に彼に救いを与えることに成功している。最後の最後まで、シッポに至るまでアンコが詰まった鯛焼きみたいにハッピー! こうなると映画の冒頭での乱暴なまでのご都合主義も、先刻ご承知の上での確信犯なのだろう。それもこれも含めて、脚本のしたたかさを認めてあげたい。

 ラストに「今度は月に行くぞ〜!」と言っているのを見ると、次の続編はヴェルヌの「月世界旅行」を取り上げることになるのか(笑)。そのあたりのアッケラカンとしたバカバカしさも含めて、この作品は映画本来の楽しさを満載した究極の娯楽映画であると断言したい。

 少なくとも僕は、この映画を見ている間くらい幸福だったことはなかったよ

 

 

 

 

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