「マイウェイ/12,000キロの真実」

 My Way

 (2012/02/13)


  

見る前の予想

 「シュリ」(1999)の大ヒットで知られる韓国の巨匠監督カン・ジェギュの新作である。

 カン・ジェギュと言えば「シュリ」に次ぐ朝鮮戦争を描いた「ブラザーフッド」(2004)がスゴかった。その「超大作」ぶりにも度肝を抜かされたが、何より戦闘場面の壮絶さが他の作品の比ではなかった。おそらくキューブリックの「フルメタル・ジャケット」(1987)やスピルバーグの「プライベート・ライアン」(1998)が切り開いたイマドキ戦争映画のリアル描写は、リドリー・スコットのブラックホーク・ダウン(2001)あたりが正しく踏襲してパワーアップしていると思われるが、「ブラザーフッド」の「それ」も勝るとも劣らない迫力。力でねじ伏せられるような圧倒的な演出力に、見た後でヘトヘトになった記憶がある。

 ところがそんなカン・ジェギュの新作がまたまた戦争映画ってのは…さすがに、「またあれをやるのか」と食傷気味な気分になってしまうのが正直なところ。「日本・ソ連・ドイツ、3つの軍服を着ることになった数奇な運命」…ってお話自体に興味が湧かないわけではなかったが、何となく「ブラザーフッド」の二番煎じ的な雰囲気が感じられて新鮮味が感じられない。

 おまけに主演が日本のオダギリジョーと韓国のチャン・ドンゴンの二人というのも、何となく微妙な感じ。ここだけの話、僕はあまりオダギリジョーが好きではない。それより何より、どうやら日本・韓国の2大スター共演による「友情」と「愛憎」の物語になっているというからユウウツだ。

 正直こういう映画の場合、妙に「日韓友好」みたいに絵に描いたようなステレオタイプの描き方をして、図式的なキレイごとになってしまう傾向がある。変に踏み込んだ描き方をすると誤解を招きかねないので、薄っぺらく上っ面だけで描かざるを得ないのだ。

 実際のところ、厄介なことに日韓の間柄は戦前〜戦中からの経緯があって微妙にこじれている。この映画ではちょうどその時代を描くというから、なおさらヤバイ。特に韓国側の日本への扱いは、そうなっても致し方がないし実際そうなんだろう…と、ある程度理解はしていても、少々過剰に叩く傾向がないとは言えない。少なくとも日本人である僕には時折そう見えてしまう。上っ面ではなく突っ込んで描こうとすると、今度は過剰に行き過ぎる危険性も高いのだ。それって韓国の人々の溜飲は大いに下がるのかもしれないが、やりすぎるとリアリティをブチ壊しにして歴史的事実すら逆に矮小化しかねない。

 そもそもこの「歴史的事実」とやらも評価が難しく、双方かなり極端な主張をぶつけてばかりいるのが現状だ。ぶっちゃけ、このあたりのことを日本人の僕が語ること自体がシンドイのである。大体、僕自身もその時代を生きているわけではないからだ。

 世の中には教養や義務で映画を見ている奇特な方々もたくさんいる。そういう方々にはまったく頭が下がるばかりだ。しかし正直言って、苦しんだりイヤな気分になりたくて映画を見ているわけではない僕としては、何とも扱い難い作品が来たと思わざるを得ない。それでなければ単に上っ面で「両国の友好」をうたいあげるヌル〜い映画になっているか。「マイウェイ」という投げやりなタイトルも…誰がつけたか知らないが鈍臭そうなイメージしか伝わって来ないし、どうにもイヤな予感しかしない。

 ただ、一応、韓国映画をずっと見てきた人間としては、カン・ジェギュの新作でチャン・ドンゴン主演と来れば見ないわけにいかない。見なきゃ見ないで悔いが残りそうだ。

 そんなわけで、例えは悪いが屠殺場に連れて行かれる牛のような重い気分で、映画館に足を運んだ次第。

 

あらすじ

 1948年のロンドン・オリンピック。「五輪の花」マラソン競技が行われている中で、未知の韓国選手がグイグイと追い上げて来る。にわかに注目を集めるこの韓国選手の正体とは…?

 それから遡ること20年。朝鮮の京城に、一人の日本人少年がやって来る。医師である父(佐野史郎)と母に連れられて引っ越してきたその少年の名は長谷川辰雄。これから辰雄と両親は、憲兵隊司令官である祖父(夏八木勲)の屋敷で暮らすことになるのだ。

 そんな彼ら一家を出迎えた人々の中に、使用人の息子であるキム・ジュンシク少年がいた。ジュンシクも辰雄も走りが得意と聞いた辰雄の祖父は、早速、二人を屋敷の前で競走させることにした。思えばこれが因縁の始まりになろうとは…。

 それからというもの、マラソンの大会という大会で常にお互い1着2着を交互に競い合う二人。特に京城に来る前はいつも「東京で1番」を誇って来た辰雄としては、拮抗する実力を見せつけるジュンシクの存在が面白くない。相手のジュンシクが「使用人の子」ということもあって、どうしても見下さずにいられない辰雄ではあった。

 そんなある日、辰雄のマラソン大会1位を祝う宴席で、奇妙な小包が届けられる。それを見た辰雄の祖父はその場にいた全員に伏せろと怒鳴ると、その小包の上にかがみ込んだ。

 次の瞬間、小包は爆発。辰雄の祖父は壮絶な爆死を遂げる。

 たまたまその小包を辰雄の祖父に持ってきたのはジュンシクの父親で、たちまち彼は憲兵たちに連れて行かれた。そして大好きな祖父を目の前で殺された辰雄は、一気にジュンシクたちや朝鮮人たちへの憎悪を燃やしていく。

 それ以来、辰雄とジュンシクの人生のコースは大きく変わってしまった。辰雄は医師の道を継いで欲しい父親の意向を無視し、拷問で父をボロボロにされたジュンシクはマラソンをやっている場合ではなくなった。

 そんな二人の運命が明暗を分けていた1938年、2年後に開催される東京オリンピックに向けて、京城でマラソン選手の選考会が開かれることになる。その日本代表選手の座を狙っているのは、もちろんあの辰雄(オダギリジョー)だった。

 最有力選手として記者会見の場に臨む彼は、余裕綽々でインタビューに応対。その頃、人力車引きをして稼いでいたジュンシク(チャン・ドンゴン)は、ある奇妙な客を乗せて走っている最中だった。ジュンシクを挑発して、早く目的地まで着けたらボーナスをやるとけしかける見知らぬ客。これに乗ったジュンシクは驚異的なスピードで突っ走り、客の度肝を抜いた。

 こうして辿り着いた目的地とは、何と辰雄がインタビューを受けていた記者会見場。そこに乗り込んだ例の客こそ、ベルリン・オリンピックで日本代表選手として金メダルを獲得、その後いろいろ物議を醸すことになった孫基禎(ソン・ギジョン)だった。

 孫は辰雄に向けて挑発的に発言。たまたま孫を会見場にやって来たところを記者たちに見つかったジュンシクは、アッという間に記者たちに取り囲まれることになった。それが久しぶりの辰雄とジュンシクの再会だった。

 その後、ジュンシク一家が住む掘っ建て小屋に孫がいきなり登場。孫は日本の陸連からもぎ取ってきた、オリンピック代表選考会への出場許可書を持ってきたのだ。マラソンをすっかり諦めていたジュンシクは、大先輩・孫の励ましに出場を決意。その場にいたジュンシクの人力車仲間イ・ジョンデ(キム・イングォン)たちも大喜びだ。

 こうして選考会当日がやって来る。

 ジュンシクの父はなけなしのカネで新しいシューズを手渡し、沿道にはジュンシクを応援する人々が集まってきた。そんな中で快調に飛ばしていく辰雄と、後方から追い上げてくるジュンシク。ところがゴール直前、日本人選手たちがジュンシクを妨害。それでもジュンシクは妨害をかわして追い上げ、ついに辰雄を追い抜いて1位となった。これには沿道の人々も大喜びだ。

 ところが会場に響き渡ったアナウンスは、意外な結果を伝えて来た。1位は辰雄で、ジュンシクは妨害行為があったから失格だというのだ。

 これに逆上したジュンシクとイ・ジョンデは、演壇にいた陸連関係者に詰め寄ってブチのめされる。同じく結果を不満とする人々も大暴れして、さながら暴動のような状況になった。そんな中、辰雄は何とも苦々しい表情で立ちつくすばかりだった。

 結果、会場で暴れた人々はジュンシクをはじめとしてことごとく逮捕され、全員が日本軍に徴用されることになる。

 徴用されたジュンシクは日本軍の軍服に身を包み、モンゴル国境のノモンハンの地で過酷な戦闘に駆り出されていく。彼とジョンデを含む部隊を指揮する高倉大佐(鶴見辰吾)は慈悲深い男だったが、曹長の野田(山本太郎)は何かと言えば威張り散らす典型的なパワハラ兵士。そんな古参兵と過酷な戦闘状況に苦しめられていたジュンシクたちは、ある日の戦闘でソ連軍の猛攻に撤退を余儀なくされる。

 そんな劣勢を跳ね返すべく、新たな司令官として一人の大佐が前線に投入された。

 やって来た大佐はジュンシクはじめ兵士たちに厳しく檄を飛ばし、「皇軍に撤退はあり得ない!」と力説。まず手始めに、撤退を命じた高倉大佐の降格と「名誉の切腹」を命じではないか。これには全軍に激しい緊張感が走った。

 その無慈悲で狂信的な大佐こそ、ジュンシクにとってまたしても久々の再会となる辰雄の変貌した姿だった…!

 

見た後での感想

 この映画の存在を知った時にまず僕が思ったことについては、この感想文の冒頭で前述した通りだ。

 カン・ジェギュ再びの戦争映画という鮮度のなさ、オダギリジョーが好きではないこと、「日韓友好」的バランスを取るためにとってつけたような内容になるか、あるいは日本が一方的に糾弾されるのを延々見せられる内容になるのか、そしていかにもやる気の感じられない「マイウェイ」という題名(笑)…。

 ここで蛇足の情報をひとつ付け加えると…実はかつて「マイウェイ」という邦題を持つ映画は他にもあった。厳密には「マイ・ウェイ」(1975)と表記するこの映画、何と珍しいことに南アフリカの映画だったが、見た人でそれに気づいたのは一体何人いたことだろう。この頃の南アフリカはアパルトヘイト政策の真っ直中。だから日本公開時にもそれはぼやかして宣伝されたように記憶している。出てくる登場人物も、それなりに恵まれた白人家族たちだ。僕はこの作品を見ていないが、どうやら「感動」物語として売られたらしい。頑固オヤジに家族みんながついていけなくなるのだが、最後に孤立したオヤジは一念発起してマラソン大会に挑戦。ボロボロになりながら自らの生き様を家族に示す…みたいなお話を、フランク・シナトラの歌唱でお馴染みポール・アンカ作曲のあの歌を主題歌にして綴る(ただし映画ではシナトラのバージョンは使われていなかった)…といったクサ〜い趣向の映画だったらしい。当時、「スクリーン」誌に連載していた双葉十三郎先生の「ぼくの採点表」でも、かなり酷評されていたように記憶している。

 ところが知らない役者と知らない監督によるこの南アフリカ映画が、それなりに日本でなぜか当たってしまったから不思議。今ではほとんど忘れ去られている作品だが、当時は意外なヒットとなってそれなりに話題にもなった。やっぱり日本では、こういうクサくてヤボったい田舎芝居映画が受けるんだろう。いかにもヌルそうな「三丁目のナントカ」がヒットするわけである(笑)。

 その「マイウェイ」で「マラソン」…という連想からも、今回の映画って微妙な感じが僕にはしていたわけだ。

 そして今回の作品を僕が知った時に、思わず連想してしまった映画がもう1本…。今ではすっかり鳴りを潜めたが、かつては韓国映画界のニューウェーブとして活躍していたイ・チャンホ監督の大作「ミョンジャ・明子・ソーニャ」(1992)がそれだ。

 「キルソドム」(1985)で知られる大女優キム・ジミ主演の作品で、ミョンジャという名の朝鮮人の女が日本占領下では明子と名乗らされ、さらにサハリンに流されてソーニャとして生きることになるという大河物語。コンセプトとして、今回の「マイウェイ」と共通するモノを感じさせる作品だ。しかしながらすでに韓国映画のメインストリームからはずれ始めていたイ・チャンホ監督の演出は元気がなく、今ひとつの出来に終わった印象がある。

 そして、この作品の大向こうウケを狙って大風呂敷を広げすぎてる雰囲気が、何となく今回の作品と共通するモノを感じさせるではないか。それも、僕が今回の「マイウェイ」に腰が退ける原因になっていたのだ。

 こういうネタで、こんな内容で「マイウェイ」。

 まぁ、どう考えたってヌルい企画か偏った企画になりかねない。いい「着地点」なんてどこにもなさそうだ。そのうちに予告編が劇場にかかり始めたが、何となく掴みどころのない出来映えで、これまた気持ちが萎えてきそうな雰囲気だった。このままだと、やっぱり「日韓友好」をうたいあげるヌルい映画になりそうだな…。

 そんなこんなの事情から、何となく時間切れで見逃し…を狙ってしまおうかと思っていた僕だが、たまたま変なタイミングで時間が空いた。そうなると、1本でも多く映画を見たくなる僕だ。結局いろいろ探してみたが、このタイミングで見ることのできる映画はただ1本…「マイウェイ」!

 こうして観念して映画館のイスに腰掛けた僕だったが…。

 開巻まもなくから何とも微妙な場面の連続で、僕は複雑な気分にならざるを得なかった…というのが正直なところ。これを何と言えばいいのだろう…。

 

底の浅さを露呈させる導入部

 イントロに、戦後まもなくのロンドン・オリンピックでのマラソン競技が登場。僕はそういう展開を予想していなかったので「おっ」と驚かされる。このあたりのケレン味は、さすが手練れのカン・ジェギュである。

 しかし、間もなく1920年代の京城へと舞台は移る。

 いきなり出てきた片方の主人公・少年時代の辰雄が、結構イヤなガキに描かれているのに再び「おっ」と驚かされる。実は映画の冒頭では、二人の主人公が日本人・韓国人の垣根を乗り越えて友情を育むが、戦火が二人を引き裂いて…という話になるとばかり思っていた。そして、僕は正直それでは「ヌルい」と思っていたのだ。「日韓友好」をうたいあげるならそういう展開もアリだろうが、実際のところはそれはあり得ないのではないだろうか。イイ悪いの話は抜きにして、日韓「併合」とは言っても対等の「合併」ではあり得ないだろう。言っちゃ何だが吸収合併なワケだろうから、当然のことながら力関係はまったく異なる。ましてそこの家の主人の孫と使用人のセガレでは、この時代なら対等な訳がない。変な意味ではなくて、この日本人少年が使用人の朝鮮人少年を見下してしまうのもあり得る話なのだ。だから、変に「友だち」なんて設定にならなくてよかった…と、正直言って僕はそう思った。

 ところがこの二人が青年期を迎え、東京オリンピックの選考会に出場するくだりになってくると…ちょっとこれは微妙だなと思わざるを得なくなった。

 オリンピック選考会で走ることになる、朝鮮人のマラソンランナー。ここらでようやく血の巡りが悪い僕も、カン・ジェギュはベルリン・オリンピックで金メダルをとった孫基禎(ソン・ギジョン)をお話の下敷きに持って来てるんだな…と気づく。そうなると、「なるほど」と着想の良さを認めたくなると同時に、これって微妙な話になりそうだなという予感もしてきたのだ。

 先ほども述べたように、孫基禎はベルリン・オリンピックで金メダルをとったマラソン選手だ。ところが時代は日韓併合時。孫基禎も「日本」選手としてこのオリンピックに出場している。このあたりが、韓国の人々にとってはかなりナショナリズムを刺激される点らしいのである。実際、当時の朝鮮の新聞社では、写真に写った孫基禎の胸の日の丸をはずしてしまって、警察の手入れを受けたりもしたらしい。

 その後の孫基禎に対する扱いも決してよいものではなかったらしいし、日本側としては出来れば「純国産」の選手でオリンピックに臨みたかったようで、いろいろ見苦しいこともやったようだ。

 だから、ジュンシクが優勝したのに取り消しになってしまう…というようなあからさまな八百長も、当時としては「あり得る」話ではあった。ここまでは僕も納得はする。

 しかし、競技中に他の日本人選手がジュンシクを妨害にかかる…となってくると、ちょっとこれは幼稚だし単純に過ぎる描写ではないだろうか。向こうの人がどう思うのかは知らないが、さすがに実際はここまではやらないのではないか。いかにも人格の卑しそうな日本人選手が安っぽいニヤ笑いを浮かべて妨害する様子は、映画を一気に貧しい気分に叩き落としてしまう。まして、まだ日本が太平洋戦争に至る前の段階である。これはいくら何でも「日本人は悪い」と描きたいがための、あまりに矮小化した描き方ではないだろうか。正直言ってこのあたりを見た僕は少々ドン引きしたよ。

 そして、それがキッカケで起きる暴動と、逮捕されたジュンシクたちがそのまま徴用されてしまうという展開…。これって史実的にいかがなものなのだろうか?

 この「いかがなものなんだろうか」には他意はなくて、本当に「どうなんだろうか?」と分からないのである。僕もこの時代に生きていないので、実際のところは分からないのだ。

 こういう話はすごくデリケートだし、実は僕は触れたくない。意見はどこまでも対立していて、どちらも相手が「歴史を学んでいない」「事実を曲げている」と主張し、妥協点のないままそれぞれの資料を積み上げる。しかし実際のところ、そうした主張を裏付けるための資料など、自分に都合のいい部分しか持ってこないから参考にならない。申し訳ないのだが、僕はどっちにも与したくないのである。

 しかしそういうスタンスで見てみても…この映画のマラソン選考会場面あたりは、選手の妨害などが描かれているあたりの稚拙さも含め、いささかバランスを欠いているのではないかと思わざるを得ない。日本を悪く描くからダメだと言っているのではない。当時の状況がどの程度のモノだったかを知らないので強気では言えないのだが、あんな「ガキのイジメ」みたいな矮小化した描き方をしてしまうのはどうだろう…と、どうしても思ってしまうのだ。

 しかも一方でこうした日本側の「強権」「非道」ぶりを描きながら、この映画はもう一方で矛盾したことも描いている。

 前述の金メダリスト・孫基禎を映画に登場させ、オリンピック選考会にジュンシクを出場させるべく暗躍させる。いきなり記者会見場に挑戦状でも叩き付けるように現れて、どうやったか知らないが陸連にジュンシクの出場を納得させる。まさに胸のすくような活躍ぶりである。

 それは大変結構なのだが、当時の京城は朝鮮の人々にとってはマラソン大会すら安心して走れる状態ではなく、人前で堂々と危害を加えられる状況にあった…と一方で描くのなら、ここで孫基禎がこんな大胆不敵な言動をできるように描くのは少々矛盾してはいないだろうか。そもそも実際の孫基禎は、ベルリン後はとてもマラソンをやっていける状況ではなかったようだし、本人もやる気をなくしていたようだ。実在の人物をトリックスター的に登場させることはさまざまな作品でも行われているし、この作品でもちょっとしたすてきなアイディアに思われないでもないが、片や日本の非道ぶりを強調したいがために白昼堂々極端な悪事が行われる設定にして、片や朝鮮の金メダリスト・孫基禎を堂々たる人物に描きたいがためにヒーロー化して大活躍させる…となると、いささか話が違うのではないだろうか。作者がそうしたい気持ちは分からないでもないが、それをやってしまっては映画が幼稚で底が浅く見えてしまう。ちょっとこれはやって欲しくなかったなぁ。

 僕がこのあたりにアレコレこだわるのには、ちょっとした理由がある。

 実は僕はこの1940(昭和15)年に開催予定されていた幻の東京オリンピックを、長年ずっと個人的に調べているのだ。

 このオリンピックは万国博覧会と一緒に、同年祝われるはずだった紀元2600年(神武天皇即位から2600年というメモリアル・イヤー)記念のイベントのひとつとして開催される予定だった。それらはアジアから欧米と肩を並べるべく頑張っていた当時の日本を象徴する、国際的イベントとなる予定だった。しかし、そこには当然無理もあったわけで、同時に日中戦争が始まっていたこともあって、結局は中止に追い込まれることになる。いずれこのあたりの事情を、集めた資料と写真を使って一冊の本にしたいと思っているのだが、それはまた別の話。そのへんの事情を僕なりに調べてもいるので、正直ちょっと引っかかってしまったわけだ。

 だから「映画ならではのウソ」といえども、前述した不自然さが気になってしまう。もっと言うと、当時の京城でわざわざ東京オリンピックのためのマラソン代表選考会が開かれるのも奇妙だ。さらにもっとどうでもいいことを言えば、1938(昭和13)年の時点ではオリンピックのマークも決定していて、それは映画に出てきたモノではなかった(下図参照)。まぁ、このマークについてはちょっとばっかしかじった事のある人間がガタガタ言っているだけで、実際はどうでもいい事なのだが…。

画像にある4つのマークのうち、正式マークに決定したのは一番上のもの。
映画に出てきたマークはハッキリ確認できなかったが、おそらく左端のものと思われる。
「報告書 第十二回オリンピック東京大會」第十二回オリンピック東京大會組織委員会
(昭和14年)より

 この映画の導入部分では、とにかく日本の非道ぶりを印象づけたいという作者の意図は分かった。実際のところ日本や日本軍をボロクソに描かれるのがイヤなら、戦争中を背景にしたアジアの映画など見れない。そして欧米映画におけるナチスドイツの描かれ方を考えてみれば、これにいちいち敏感に反応するのもいかがなものかとは思う。しかしながら今回は極めて特異な題材を扱っているだけに、そのあたりの扱いにちょっとバランスを欠いていたのではないかと思う。

 考えてみれば、カン・ジェギュは前作「ブラザーフッド」においても、映画の導入部である戦争前の場面では少々作劇に弱さを感じさせた。あまりに絵に描いたような兄弟愛、あまりに絵に描いたような平和で楽しい庶民生活を描いて、いささか底の浅さを感じさせていた。本題に入ってからの戦争の苛烈さと対比させて、効果を上げようという意図はよく分かる。しかしあまりに兄弟愛や庶民生活を図式的でパターン化されたキレイ事で描いてしまっているので、どうしても薄っぺらく感じられてしまうのだ。

 今回の作品にも、それと共通するモノを感じる。

 「ブラザーフッド」はその後戦争場面に入ってしまうので、このキズも目立たずに浅くて済んだ。しかし、今回と共通するウィークポイントを露呈していたのは否めない。このへんが、あくまで「通俗娯楽映画作家」であるカン・ジェギュの、ひとつの限界なのかもしれない。

 

戦闘場面の迫力で語り倒す馬力ある演出

 こうして舞台はノモンハンに移って、ジュンシクがどんどんツライ状況に追い込まれる最前線の描写になっていく。このあたりからは史実と同じか間違っているのかは分からないが、何となくかつての日本映画でイヤと言うほど見てきた「厭戦気分」満載の描写の連続なので、僕にはあまり抵抗はなかった。

 とはいえ、偉くなって赴任してきた辰雄がいきなり前任者の指揮官に切腹を命じるあたりには、「???」と思ってしまったりもしたが…。こんなことって実際あったのだろうか? それとも日本軍の「非人間的残虐さ」を強調するための創作か? このへんのことについては何とも言えない。戦争末期のジリ貧感の中では確かに度を超したムチャクチャさがあったはずだが、この時点でここまでやったんだろうか。

 このノモンハンで登場する中国人の女スナイパー(ファン・ビンビン)は、おそらく「フルメタル・ジャケット」の後半に登場するベトコンの女スナイパーをヒントにしたものだろうが、この女がライフルで戦闘機を撃ち落とした(!)のには驚いた。そんなこと出来るのだろうか。ちょっと荒唐無稽すぎやしないか?

 さらに一旦は逃げ出しかけたジュンシクが、ソ連軍の総攻撃を目撃して慌てて基地に戻るあたりも分かったようで分からない展開だ。おまけにジュンシクが戻ったところで全くの手遅れ。無駄としか言いようがない。ジュンシクが「奇襲だ!」と叫ぶ真後ろからソ連軍戦車がやって来るショットなど、これじゃまるで笑わせようとしているみたいだ。「奇襲」であることはわざわざ言われなくても分かってるよ(笑)。このあたりについては、脚本に目立つ穴があちこち散見されるのである。

 ところがお話がさらに進んで、主人公たちがソ連の収容所に連れて行かれるあたりから、ようやく映画は安心して見ていられるようになる。日本軍にいた時に日本兵にされた惨い仕打ちを、ソ連側についたとたんにそっくりそのまま自分が行う朝鮮人の兵士なども出てきて、なかなかシビア。作者の語り口のバランスもようやく安定するのである。

 こうして運命のいたずらからソ連兵として戦場に放り込まれる主人公たちだが、ここではスターリングラード(2000)や戦場のピアニスト(2002)にも負けないほどの、戦場の廃墟セットが登場して圧巻。あまりの大作ぶりに唖然となる。さらに主人公たちは今度はドイツ側につくことになり、運命のノルマンディーの海岸へとやって来るのだ。

 それにしても「史上最大の作戦」(1962)や「プライベート・ライアン」ですでに物量的にも映像的にも最大限に描かれ尽くしたノルマンディー上陸作戦を、ここであえて取り上げるとはカン・ジェギュもいい度胸だ。しかも、ここで描かれている戦闘場面のスケールや激しさは、決して恥ずかしいものになっていない。それどころか、かなりのハイテンションで見ていて圧倒される。これって制作費の面から考えて、韓国映画として大丈夫なのだろうか…とハタで見ていても心配になる。「ブラザーフッド」ですでに証明済みの戦闘場面の激しさが、さらにバージョンアップして再現されているのだ。

 実際のところ、前半部分であちこち散見された疑問点やおかしな部分も、後半に次から次へと展開する凄まじい戦闘場面で記憶から雲散霧消。正直言ってほとんどどうでもよくなってしまう。どうでもよくなってしまう…と言えば語弊があるかもしれないが、実際見ているとそんな気分になってくるのだ。そのくらい激しい戦闘場面であり、ボリューム感と強烈さがハンパない。戦闘場面の物量と激しさが、この映画の他の何よりも説得力を持っているというべきか…。

 主人公二人も最終的に友情を育むなんて出来るんだろうかと思わされるような対立関係だったが、これだけ激しい戦闘に次ぐ戦闘を経て再会すれば、それは感慨深い気持ちになってくるわな…と思わされる。大抵の無理のある設定でも許されてしまいそうな、それくらい激しい戦闘場面なのだ。このあたりは、さすがカン・ジェギュの面目躍如と言うべきだろう。

 オダギリジョーはイヤな奴の役だったせいか(笑)、今回は見ていて気に障らなかった。狂信的な軍人から変貌していく役ということで、オイシイ役どころだったとも言える。驚くべきはチャン・ドンゴンで、ハッキリ言って善人過ぎ誠実すぎで完全無欠のヒーローを、ちゃんとリアリティを持ったキャラクターに肉付けしているあたりは見事。これって沈まぬ太陽(2009)で渡辺謙が演じた完全無欠のヒロイックな役どころのウソっぽさを連想してみれば、いかに大変なことかが分かる。渡辺謙は自分がいい人ぶりたい、カッコつけたいだけにしか見えないが、チャン・ドンゴンは作品に貢献するためにやっていることが、見ている側にもちゃんと伝わってくるのである。そして、ロスト・メモリーズ(2001)やPROMISE/プロミス(2005)で培ってきた、国際規模の大作映画を支えるスケール感もさすがだ。圧倒的にスターとしての華とボリュームがあるのである。このあたり、凡百のチャラチャラした「韓流」イケメンスターなどとは一線を画していると言える。

 楽しかったのは、最近はもっぱら本業以外で名前を売っている山本太郎。下っ端兵士イビリを楽しげに行う日本軍兵士役を嬉々として演じていて、その「既視感」に嬉しくなった。「兵隊やくざ」などに代表されるような過去の無数の日本の戦争映画から、大島渚の「戦場のメリークリスマス」(1983)におけるビートたけし、イーストウッドの「硫黄島からの手紙」(2006)における中村獅童など、典型的な空威張りする日本の古参兵というキャラの系譜を踏襲していて見事なのである。

 そんなわけで前半にはいささか脚本のバランスの悪さや揺らぎで冷や冷やしながら見てしまう本作だが、それでも韓国人の監督として最大限バランスのとれた作品を撮ろうとした結果の苦闘の跡と見るべきなのかもしれない。しかも後半の戦闘場面のつるべ打ちで、そんな危うさを力づくで蹴散らしてしまっているのがスゴイ。大アクションとスペクタクルで、問答無用にお話を語り倒してしまっているのには驚かされた。これは大変な馬力だ。

 そして…だからこそ、少々無理があるサプライズなエンディングが成り立つ。事ここまで至ってようやく僕も、この映画が韓国人カン・ジェギュにとっては何とかバランスをとろうとした精一杯の努力の結果なのだということが理解できた。日本人である僕にとってどこか座りの悪いイスみたいなこの映画も、向こうの人にとっては目一杯配慮した結果なのかもしれないのだ。

 それが証拠に…カン・ジェギュ全力投球の「マイウェイ」は、韓国本国で興行的にコケてしまったと言うではないか。聞くところによると、内容が過度に日本側に配慮したように受け取られ、韓国人には嫌われてしまったとか。いやはや、向こうじゃアレでもまだダメなのかい。

 立場を異にする者たちが分かり合うことは、果たして可能なんだろうか。この映画を取り巻くシビアな事情を知るにつけ、改めて僕はそんなことを思わずにはいられないのだ。

 

 

 

 

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