新作映画1000本ノック 2011年2月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品

「RED/レッド」 「ウォール・ストリート」 「グリーン・ホーネット」 「リセット」(ヘイデン・クリステンセン主演) 「アンストッパブル」

 

「RED/レッド」

 RED

Date:2011 / 02 / 28

みるまえ

 引退したスパイや殺し屋が大暴れ…ってなお話しか知らない。しかしそこに登場するのがブルース・ウィリスをはじめ、モーガン・フリーマン、ジョン・マルコビッチ、そしてヘレン・ミレン…という豪華かつ異色の面々と聞けば、これは映画ファンとしては見ないわけにはいかないだろう。それにしてもウィリス、フリーマンまでは分かるが、そこにマルコビッチとミレンの二人が絡むっていうのは、確かに想定外の顔合わせで興味津々。どうやら向こうのコミックが原作らしいとか、そんな情報はチラホラ入ってきたが、この超豪華キャストのこと以外はほとんど知らない状態で映画館に出かけた。

ないよう

 ここはクリーブランド。とある一軒家に、謎めいた男が一人で住んでいた。その男フランク・モーゼス(ブルース・ウィリス)はタダモノじゃない几帳面さを持っていながら、来る日も来る日もやることがない。そんな彼は唯一楽しみにしているのは、年金の小切手が到着すること。といっても、別に金が入って喜んでいるわけではない。その小切手の郵送手続きを行っているカンザスシティの業者に電話をかけ、そこで年金係として働いているしがないOLに「年金が届いていないんだけど」と切り出す。むろんそんなのはウソだ。フランクはこの「馴染み」のOLと他愛のない話がしたいだけなのだ。そしてこんな仕事に飽き飽きしているOLのサラ(メアリー=ルイーズ・パーカー)も、このどこか小粋な男との会話を楽しんでいた。彼女は「ハーレクイン・ロマンス」のようなドラマティックな恋愛とスリルのある人生を求めていたのだ。人生に何かを求めていたのは、フランクも同じこと。クリスマスに近所の家がみんな飾り付けを始めると、負けじとチカチカ電飾の飾り物を取り付けてみるが、やっぱりどこか虚しい。そんなある夜、フランクの家に3人の武装した男が侵入してくるではないか。ところがそんな完全武装の男たちを、次々と葬っていくフランク。しかし、彼らは「先発隊」に過ぎなかった。3人からの連絡が途絶えたと知るや、家の周囲を固めた特殊部隊がフランクの家に一斉に雨あられと銃弾を浴びせる。しかし次の瞬間、特殊部隊はアッという間に生き残っていたフランクに片付けられてしまう。こうしてクリーブランドを去ったフランクが向かった先は、例のサラがいるカンザスシティ。シケた男とのデートに失望して帰宅したサラを、あのフランクが待ち構えていた。しかし、さすがに電話でのフランクとの語らいに親しみを感じていたとはいえ、突然家の中に潜んでいたら喜ぶわけにはいかない。かくしてサラはどう見ても不審者でしかないフランクに、無駄な抵抗を試みる。しかしサラの家の外には、案の定怪しげな連中が近付いてきた。そこでフランクはサラの口と両手足の自由を奪ったあげく、クルマに乗せてさらっていくのだった。こうして車中でサラに事情を話すフランク。しかし「自分が暗殺されかけたので、当然電話をかけた相手の君も狙われている」…などと言われても、信じられるわけもない。そんな二人がやって来たのはニューオルリンズ。フランクはサラをモーテルの部屋に縛り付けると、ある老人介護施設へとやって来る。そこにはかつての上司ジョー(モーガン・フリーマン)が末期ガンを患って収容されていたのだ。フランクからの相談を受けて、CIAの知人に手を回して襲撃者の指紋を調べるジョー。すると、記録に寄れば彼らは最近、ニューヨーク・タイムスの女性記者を殺した犯人だというではないか。その頃、サラは自力で自分を縛っていたビニールテープをほどき、警察を呼んでいた。しかし案の定、やってきた警官はサラを捕らえようとする。そこに間一髪、フランクが戻ってきて、サラを連れてパトカーで逃走。この期に及んでサラはフランクの言うことが正しいということを知る。そんなフランクを一心不乱に追っているのは、CIAの若き工作員ウィリアム(カール・アーバン)。しかし、そこは残念ながらキャリアの差。まんまとフランクとサラを逃がしてしまう結果となってしまう。そんなこんなでその後、ますます事件の核心に迫っていくフランクとサラは、フランクのかつての同僚で少々イカレ頭のマーヴィン(ジョン・マルコビッチ)と合流。さらに驚くべきことに、フランクはロシア大使館にかつての宿敵イヴァン(ブライアン・コックス)を訪ねて協力を依頼する。その後、フランクとサラは何と大胆なことにCIA本部に潜入して、資料室で超ベテランのヘンリー(アーネスト・ボーグナイン)から一連の事件の謎を解くカギとなるファイルを入手。しかしここで脱出に手間取って、腕にキズを負ってしまうフランク。そこで彼らは今は引退したイギリスの凄腕女性スパイ、ヴィクトリア(ヘレン・ミレン)を訪ねる。やがてそこに介護施設を脱出したジョーも合流して、事態は巨大軍需産業のトップであるダニング(リチャード・ドレイファス)や副大統領までが関わるとんでもない方向へと展開していくのだった…。

みたあと

 ウィリス、フリーマン、マルコビッチ、ミレン…だけでもスゴイ顔合わせだと喜んでいたのだが、実はこの映画、それどころではないオールスター・キャストだったとは…。見るまで気付かなかったのだが、何と御大アーネスト・ボーグナインが登場してきたのにはビックリ! この人、僕がまだ小学生の時に「ウイラード」(1971)で初めて見て、「ポセイドン・アドベンチャー」(1972)で忘れられない印象を焼き付けた人。失礼ながら、まだ生きていたとは本当に驚いた。いやもう、これだけで僕にはボーナスみたいなもの。そしたら映画の後半になって、何となんと悪役としてわがご贔屓中のごひいき、リチャード・ドレイファスまで登場するではないか! 今回は、ついこの前「ブッシュ」(2008)で見せたチェイニー副大統領役を彷彿とする怪演ぶり。いやぁ、ウレシイの何の。そこに華を添えるのがメアリー=ルイーズ・パーカーで、この人ってローレンス・カスダンの「わが街」(1991)や「フライド・グリーン・トマト」(1991)でスッカリ好きになった女優さんだったのだ。しかし、その後は今ひとつ。ハーバート・ロス監督の快作「ボーイズ・オン・ザ・サイド」(1995)でイイ味出していたのを最後に、ずっとパッとしない存在になっていたのだ。だから、こんな大作で目一杯目立つ大役をもらっているのがウソみたい。まるで自分のことのように嬉しい。そこに「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」(2002)などのカール・アーバンなども出ていて、これまたおトク。さすがにここまでの「豪華キャスト」は期待していなかったので、これは本当にゴキゲンになってしまった。しかもセンスのいい役者たちばかりじゃないの。分かってるねえ。

みどころ

 だから本作の最大の見どころは、こうした大スターたちが余裕タップリに見せてくれる、茶目っ気に満ちたキャラクターとそのからみっぷりにある。ジョン・マルコビッチはいつもヨーロッパ映画に出てきては「こういうアート系作品に出てるオレは違いが分かってる」と言いたげな顔で神妙な演技を見せているが、そんなのより今回のバカ演技のほうが何倍も素晴らしい。ヘレン・ミレンはすでに「ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記」 (2007)で楽しげに娯楽映画に出ていたから、こういう映画が実は好きらしいことも分かっている。その他の豪華スターたちもみんな何とも楽しそうなんで、見ているこっちまでハッピーになる。どっちかと言えばアクション映画としてはノンビリゆったり系なのだが、この作品はそれでいい。どんなアクション映画も「ボーンなんとか」みたいに、動体視力を鍛えなきゃ見れないような映画でなきゃならない理由はないだろう。しかもこの映画は、どっちかと言えば役者の楽しそうな芝居とその共演ぶりを楽しむ映画なのだ。ヤボは言いっこなしでいきたい。実際、映画としてのコンセプトはもういいトシこいた連中の大アクションという点で「エクスペンダブルズ」(2010)などと似ているが、あっちはなまじっかアクション専門の連中が揃ったせいで、余裕たっぷりに見せていながらどこか「必死」感が伝わってきた。その点、今回の作品は現場の楽しい雰囲気がダイレクトに伝わってくる出来栄え。しかも「オーシャンズなんとか」みたいにウチワだけ楽しんでいる自己満足風にも見えない。ちゃんとプロとして楽屋オチじゃなく作っているあたりはさすがだ。そういう意味で、あえてユルく映画をつくったロベルト・シュヴェンケ監督はエライ。前作があの「フライトプラン」(2005)であるとは思えないほどのゆったりした語り口。スターの魅力を最大限に引き出すことに全力を傾注していて、「フライトプラン」がウソのような娯楽映画作家ぶりだ。お見事…と言いたいところだが、一体誰がこの映画の監督にシュヴェンケを起用したのだろうか? まったく不思議だ。

さいごのひとこと

 豪華スターの中でも最重要VIPは、アーネスト・ボーグナイン御大。

 

「ウォール・ストリート」

 Wall Street - Money Never Sleeps

Date:2011 / 02 / 21

みるまえ

 作れば毎度毎度社会派問題作のオンパレード。それも毎回上から目線の告発や問題提起、おまけに少々独善的な押しつけがましい説教ばかり…となると、いいかげんどんな人でもイヤ気が差してくる。1990年代後半からのオリバー・ストーンってのは、そんな感じの存在になっていたのではないだろうか。「プラトーン」(1986)、「ウォール街」(1987)というチャーリー・シーンを主演に迎えた2作でググッと出世街道を駆け上がった彼も、その後チャーリー・シーンの足下が危うくなってきたのとまるで機を同じくするかのようにパッとしなくなって来る。僕の場合は、それは「JFK」(1991)のエンディングで主演のケビン・コスナーが、「悪いのは警察とマフィアと労働組合と…」などとアメリカの団体という団体、組織という組織の名を、いきなりコレという裏づけもなしに唐突に羅列し出した時に端を発していた。このオッサン、何でもテメエ勝手に決め付けるだけじゃないの?…という疑念が沸いてきて以来、出す映画出す映画、どれもこれも胡散臭くて説教臭くて見ていられない。たぶん世間も同じ思いだったようで、「ワールド・トレード・センター」(2006)あたりはヨーロッパの映画祭で失笑を買ったという話まで聞いている。そんなストーンを久々に見直したのが、ついこの前見た「ブッシュ」(2008)。まだ当時現職の大統領の話を映画化…ということからして危うい感じ。おまけに「JFK」、「ニクソン」(1995)と来てブッシュかよ…と、「またかよ」的なウンザリ感もあった。「政界そっくりショー」的な陳腐さも想像できた。ところが出来上がった映画は確かに「政界そっくりショー」的面白さはあったが、予想以上に厚みのある作品になっていた。オリバー・ストーンの作品で、久々にいいと思える出来栄えだったのだ。そして今度は、かつての成功作「ウォール街」の続編登場。もちろんマイケル・ダグラス再登場も楽しみだが、その周りに鮮度満点のイマドキのスターを配置。どうせ昨今のリーマン・ショック以来の世界不況を当て込んでの作品だろうと想像はつくが、それでもこれはちょっと見てみたくなる。というわけで、早速劇場に駆けつけた次第。

ないよう

 かつてウォール街のカリスマ投資家として鳴らしたゴードン・ゲッコー(マイケル・ダグラス)が、8年という異例の重い罪を償って刑務所から出所してくる。老いて髪も白くなった彼に、かつてのギラギラ感はすでにない。出所手続きの時に返された「携帯電話」の巨大さが、流れた歳月の長さを感じさせる。そんな彼を刑務所の外で待っていた人物は、たった一人もいなかった…。それからさらに時が流れた2008年のニューヨーク。ある投資銀行に勤めるジェイコブ(シャイア・ラプーフ)は、前途洋々の金融マン。恋人のウィニー(キャリー・マリガン)はニュース・ウェブサイトを運営する進歩的な女性で、ジェイコブのような金融マンとは世界観が違っていたが、二人は愛し合っていた。そしてジェイコブも地球に優しいニュー・エネルギー開発への投資を進めることで、自分なりの理想をカタチにしようとしていた。経営者ルイス(フランク・ランジェラ)からも見込まれて順風満帆…のはずだったのだが…。突如、彼の勤めていた投資銀行の株価が暴落し、国も支援を見放して破綻。ルイスは失意のどん底で地下鉄に飛び込み自殺。ジェイコブも自分の資産をすべて失ってしまうが、そんな中、あえてウィニーに求婚。彼女もそんな彼の思いを受け入れるのだった。そんなジェイコブが失業後に足を運んだのは、ある大学で開かれた講演会。それはウォール街で伝説的な人物、ゴードン・ゲッコーによる独演会だ。実はこのゲッコーは、恋人ウィニーの実の父親。しかしウィニーは悪名高き存在で家族を崩壊させた父親を恨み、一切の関わりを持たずに生きていた。彼女の前でゲッコーの名前はタブーだったのである。しかしジェイコブには狙いがあった。彼が勤めた投資銀行を破綻に追い込み、恩人ルイスを死に追いやった人物への復讐を心に誓っていたのだ。こうして初めて見たゲッコーは、さすがに往事のアブラっけは抜けたものの、まだまだエネルギーに溢れる男だった。満員の聴衆を前に堂々と独演。「かつて私は言った、欲望は善である…と。しかしいまや、欲望は合法だ」…そんな彼は現在の金融界の在り方を批判し、近い将来に大きな金融危機が到来することを予言していた。そんな講演会が終わった後、ジェイコブはゲッコーに接近する。「僕は娘さんと結婚します」…その一言に深い関心を示すゲッコー。彼はジェイコブの狙いを聞き、そのサポート役を引き受けることにする。その代わりにゲッコーが要求したことは、娘ウィニーとの仲を取り持つこと。これで両者の「取り引き」は成立した。しかしジェイコブのお膳立てで何とか父娘再会を果たせた夕食の席では、ゲッコーが「家族は大切だ、反省している」などと言う舌の根も乾かないうちに偶然レストランにやってきた有力者に声をかけてしまうというスケベ根性を出して失敗。ウィニーは激怒して帰ってしまう。どうやら関係修復は前途多難だ。一方、ジェイコブとゲッコーは、ジェイコブが勤めていた投資銀行を破綻させた人物が、ブレトン・ジェームス(ジョシュ・ブローリン)という金融界の大物であることを突き止める…。

みたあと

 映画としては間違いなく娯楽映画で、難解な作品でも何でもないお話だが、そこで語られていたディティールはサッパリ頭の中に入ってこないという作品が時々ある。僕にとってそういう作品の筆頭が、ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマン主演の「大統領の陰謀」(1976)。ウォーターゲート事件の真相に肉迫する新聞記者たちの姿を描いたこの作品、アレコレ事実関係が錯綜し、さまざまな人物団体名が飛び交うが、それらをちゃんと関係づけて見ていくなんてことは正直無理だろう。しかし悪党がニクソンで、現在それに迫るための虚々実々の攻防が行われているらしい…ってことだけは分かる。そういう意味ではこの作品はちっとも複雑でもないし、いわんや難解な映画などでもない娯楽映画なのだ。そして今回の作品の元となった「ウォール街」という映画も、まさにそんなような作品かもしれない。みなさんが元から経済通だというなら一笑に付して結構だが、僕は「ウォール街」を見ていて、具体的に何がどうなっているのかを分かったとはとても言えない。しかし誰が善玉で誰が悪党で、ともかく善が勝ったのだな…ということは分かった。しかも金融界の無駄な豪華さが目を楽しませたし、スターの共演も楽しめた。つまりは、やっぱりこれらはイイ意味で「ハリウッド映画」なのだ。今回の「ウォール・ストリート」も、まさにそんな映画だと言える。リーマン・ショックが起きたから「ウォール街」の続編…という企画の発想からしてヤマっけたっぷり。御大マイケル・ダグラスの脇にはスピルバーグの秘蔵っ子シャイア・ラプーフと「17歳の肖像」(2009)でいきなりオスカー主演女優賞ノミネートの新星キャリー・マリガン、さらに「ノーカントリー」(2007)で注目を浴びて、オリバー・ストーン作品には「ブッシュ」に次いでの出演のジョシュ・ブローリン…と「旬」のスターをぬかりなく配置する周到さも、そのあたりのしたたかさを感じさせる。キャストは他にもフランク・ランジェラ、スーザン・サランドン、イーライ・ウォーラックとなかなかに豪華。前作「ウォール街」がマイケル・ダグラス、チャーリー・シーンの主演コンビ以外にも、ダリル・ハンナ、ショーン・ヤング、ハル・ホルブルック、マーティン・シーン、テレンス・スタンプ…と、当時ではなかなか豪華な顔合わせを用意していたことを彷彿とさせる。今回も負けないくらいの豪華さでいきますよ…ということなのだろう。そして始まった本編は、予告編ですでにみなさんもご覧になった、ゴードン・ゲッコーの出所シーンで始まる。最後にドスンと返される巨大な「携帯電話」。そういやコーエン兄弟の旧作「ビッグ・リボウスキ」(1998)でも、すでに巨大携帯はお笑い種にされていたっけ。でも若い頃のオレは、あれを「トランシーバーみたいでカッコイイ!」と思っていたんだっけ(笑)。

みどころ

 一言で言うと、またまた元気いっぱいのマイケル・ダグラスに出会えて嬉しかった!…の一言。ジェイコブが初めてゲッコーと出会う講演会での堂々たる千両役者ぶりが素晴らしい。「トラフィック」(2000)以降はこれといった作品に恵まれていなかったダグラスだったが、久々のギラギラしたアブラギッシュ・オヤジ役は「待ってました!」と声をかけたくなるくらい。最近はガン闘病中との報もあったので、元気な彼が見れて満足だ。…というわけで、マイケル・ダグラスのゴードン・ゲッコー役を見た時点で、この映画を見る目的の半分ぐらいは果たしたも同然。これでお話をやめてもいいのだけど、もうちょっと語ってみるか。シャイア・ラプーフは伝説的ヒーローであるハリソン・フォードのインディをサポートした「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」(2008)に似た役回り。しかし正直言って、こいつってそれほどの役者なのか?…とまたまた同じ疑問をぶつけたくなる。僕にはこいつの魅力がサッパリわからんのだ。終盤のドンデン返しを考えて、あえて「格下」感が漂うラプーフを持ってきたのか…とも考えられるが、それにしたってこの程度の奴が「ハリウッド希望の星」では困ってしまう。こいつはいいとこ「トランスフォーマー」(2007)の主役どまりって感じだけどねぇ。そういう意味で言えば、御大ゲッコーを迎え撃つ悪役がジョシュ・ブローリンというのも少々軽量級。何せこの人も、「ウツワの小ささ」が売りの役者さんだからねぇ。最後ドツボにハマってブチギレ、壁にかかっていた絵をひっちゃぶくくだりなんざ、この人本来の「小物感」がムンムン。でも、それも「この程度の奴がマネーゲームを牛耳ってる」という意味での起用なら頷けないでもない。そういう意味で、ゲッコーは一枚も二枚も役者が違うのだ。若いジェイコブはゲッコーを利用して目的を遂げようと近付くが、ゲッコーはやっぱり「劇薬」で、効き目は強いが副作用もある。案の定してやられて恋人の金を持っていかれ、踏んだり蹴ったり。ただ僕らは「そんなに簡単にアブラっけが抜けるゲッコーじゃないだろう」と期待しているから、この展開に嬉しくなっちゃったりするのだが(笑)。そしてゲッコーがやったことが「悪」だとしても、恋人の金をアテにして事をやらかそうとしてる時点で、ジェイコブの思惑も五十歩百歩。さらに恩人を陥れたブレトンが「悪」だとしても、「不正」を行ってまで復讐しようとするジェイコブは、自分は「正義」のつもりかもしれないが所詮は「同じ穴のムジナ」。このあたりの脚本の妙は、ちょっと買える。結局、ブレトンの不正を記事にまとめて恋人のサイトでアップする…という展開には、「最初からそうすりゃよかったじゃん」と言いたくなるが、そうしちゃうとこの映画が成り立たない(笑)。最後の最後で結局はゲッコーも人の子、「家族が大事」という結論となるエンディングには「甘っちょろい」と思われる向きもあろうかと思うが、今の僕にとってはこれを「甘い」とは思えない。昔の若かった頃ならヌルいエンディングと感じただろうが、いやホント、これは今なら理屈抜きでそう思うよ。

さいごのひとこと

 ゲッコーのギラギラ注入でガン克服してほしい。

 

「グリーン・ホーネット」

 The Green Hornet

Date:2011 / 02 / 14

みるまえ

 この映画が制作されていること、そしてかなり難航していることは、何度か海外ニュースで耳にしていた。まぁ昨今では「特攻野郎Aチーム」(2010)だって映画になっちゃうご時世なのだから、このテレビシリーズだって映画にされてもおかしくはない。問題は、誰がやるか?…だ。当初の話としては何とチャウ・シンチーがハリウッド初進出、カトー役で出演して監督もやるということだったが、いつの間にか監督だけだったか出演だけだったかに話は変更され、最終的にチャウ・シンチーはこの話から降りてしまった。まぁ、「グリーン・ホーネット」といえばブルース・リーの「出世作」。聞くところによれば熱烈なブルース・リー・ファンらしいチャウ・シンチーならやりたいだろうな…と何となく分かるものの、彼がハリウッドの大作娯楽映画に出演・監督…というのは、あのどこか泥臭いテイストからいって正直想像ができない。だから彼が降りたのは妥当だったろうとは思ったものの、この企画自体も少々アヤ付きの印象となった感じがあった。それからしばらくして作品は堂々完成。カトー役は「頭文字<イニシャル>D」(2005)や「王妃の紋章」(2006)で好印象を残したジェイ・チョウが演じることになり、脇にはキャメロン・ディアズやタランティーノの「イングロリアス・バスターズ」(2009)で一躍注目のクリストフ・ヴァルツなどそれなりのにぎやかな顔ぶれ。肝心の主役は…知らない顔だしパッとしない白人のデブだがこれはどうでもいいだろう(笑)。ともかく今大流行の3Dで上映されるというんだから、ボケッと見てるぶんには退屈だけはしないんじゃないか?

ないよう

 リムジンに乗ったちょっとおデブの男の子。それがロスを代表する新聞社「デイリー・センチネル」の経営者の息子ブリットだった。そんな彼が「デイリー・センチネル」社内の社長室へと連れて行かれると、父親ジェームズ(トム・ウィルキンソン)が厳しい顔で待ちかまえていた。ブリットは連日学校で先生のお目玉を食らってばかり。ジェームズはそんな息子に怒り心頭だ。もっとも、ブリットにも言い分はある。正義感だけは人一倍の彼は、学校でいじめられていた女の子を救うべく、いじめっ子を殴って先生に怒られたのだ。しかしジェームズはそんな点に気をとめることもない。ブリットが遊んでいたスーパーヒーローの人形を取り上げると、その首根っこを引っこ抜いてゴミ箱に捨てるというテイタラクだ。これが幼いブリットの心に、深い傷を残したことは言うまでもない。さて、それから幾年月。街の新興ギャングがオープンした巨大クラブに、一人の男が入っていった。その男の名はチュドノフスキー(クリフトフ・ヴァルツ)。この街の犯罪組織を支配する男なのだが、見た目はいたって温厚で冴えない。そんなチュドノフスキーが単身でやって来たのを見て、新興ギャングの若いボスはすっかりチュドノフスキーをナメてかかった。「あんたはパッとしないしもう古い。オレが引退させてやるよ」…しかし物事はすべて見た目で判断してはいけない。電光石火の早業で、チュドノフスキーはあっという間に若いボスの手下を全員倒す。こうなると形勢逆転。若いボスが「まずかった」と悟った時にはもう遅かった。新興ギャングの開店したクラブは、チュドノフスキーが置いてきた爆弾で木っ端みじん。やる時はやる、情け容赦ないのがこの男のモットーだ。そんな街の状況など知らぬげに、今日も今日とてパーティー三昧なのが、成長して今は大人のブリット(セス・ローゲン)。バカ騒ぎに美女のお持ち帰り。昼近くになってようやく目覚めるこの男は、使用人がいれた絶品のコーヒーに舌鼓。そんなブリットのだらしなさに父親ジェームズが怒鳴り込んでくるが、ブリットにはうるさい戯言としか聞こえない。ところがまもなくジェームズは蜂に刺されてショック死。予想外の展開に、唖然呆然のブリットだ。そんな彼が朝のコーヒーを例によって口に運ぶと、いつもの味と違うので激怒。父親の死で使用人を整理した時に、いつもコーヒーをいれていた男も解雇してしまったらしい。かくしてこの男を再度呼び寄せたブリット。やって来たのはクルマの整備などを手がけていたカトーという東洋人の男(ジェイ・チョウ)だった。なぜクルマの整備をやっていた男がコーヒーを?…という疑問は、カトーが制作したオリジナル・コーヒー・マシンを見せてもらうことで氷解。この男、さまざまな発明や改造の才能があり、しかも武道に長けていた。しかも亡きジェームズの命令で、黒塗りのヴィンテージ・カーを武装ヴァージョンに改造。これを見たブリットは妙に興奮してきた。「一緒に面白いことをやろうぜ!」…それは夜中に墓地に進入し、忌々しい父ジェームズの銅像の首を切り取ることだった。ところがその最中、ブリットはたまたまゴロツキどもがカップルを襲う場面を目撃してしまう。そうなると、どうしても黙っていられないのがブリットの性分。その結果、自分が大勢のゴロツキどもに追われる羽目となってしまった。そんな危機一髪の瞬間、その場に同行していたカトーのカンフー・アクションが炸裂。あれよあれよという間にゴロツキどもはみんなボコボコにされていた。やがて警察がやって来たので慌てて逃げ帰ったものの、この夜の興奮はブリットの中に強烈に残る。ブリットはカトーに、「これから二人で悪党をやっつけないか?」と提案。テレビで自分たちが悪党をやっつけたことは報道されず、父の銅像の一件だけが流されたことにちょっとヘコむが、すぐに「むしろ悪党のふりをした方が行動しやすい」と発想を転換させる。こうしてカトーは黒塗りの愛車の改造にさらに磨きをかけ、ブリットは自分たちの正体を隠すためのお面づくりに汗を流す。そして「デイリー・センチネル」に乗り込んで、ジェームズの銅像を壊した謎の人物を大々的に報道するように命じた。その際に名付けた名前が「グリーン・ホーネット」。たまたま臨時でやって来た犯罪学に詳しい美女レノア(キャメロン・ディアズ)を雇い入れ、「グリーン・ホーネット」としての活動を本格的にスタートさせることにした。まずは目に付いた下っ端のヤクの売人を片づけ、存在感をアピールするブリットとカトー。しかし当然のことながら、これはロスを仕切る犯罪組織のボス、チュドノフスキーを大いに刺激する行為だった…。

みたあと

 まず、何から言えばいいだろうか。そうそう、3Dだ。この映画は3Dで公開されている。この映画の3D効果は、例えばリメイク版「タイタンの戦い」(2010)などのそれと比べると、かなり「飛び出してる」。昨今あれこれ多くの3D上映作品が市場に溢れていたが、それらの大半が正直言って大したことがなかった。しかしこの作品は、3D効果の点では失望することはない。そしてこの映画の監督だが…驚いたことにミシェル・ゴンドリーが担当していることに劇場で気がついた。この人にとっての初めてのハリウッド娯楽大作ってことになるんじゃないだろうか。この人の作品は「エターナル・サンシャイン」(2004)は素晴らしい出来栄えだったが、片や「恋愛睡眠のすすめ」(2006)という残念な作品もあった。そういう意味で、評価するには微妙な人と言わざるを得ない。で、今回はどっちだったのかと問われれば…やっぱり申し訳ないが「後者」だったと言わざるを得ないのだ。

こうすれば

 ぶっちゃけ言うと、僕は「主人公は僕だった」(2006)のウィル・フェレルだとか今回の映画のセス・ローゲンといった、「がんばれ!タブチくん」タイプ(笑)のポッテリ体型の白人男が苦手。こんな奴が映画の主役をやるなと言いたくなる。そしてこのセス・ローゲンがすこぶる付きの使えない男だから、見ていて余計うんざりなのだ。何の取り柄も長所もない。人一倍愚かでデリカシーもない。そのくせ偉そうで態度がデカい。バカで足を引っ張ることしかしていないのに、何の理由かカトーに上から発言続出。こいつはハッキリ言って「要らない」「使えない」「いない方がいい」存在でしかないのに、なぜかこの映画の主役をやっているから腹が立つのだ。愚劣そのもの。東洋人をバカにしているのか。このセス・ローゲンという見るからに頭の悪そうな男、どれほど有名人なのかまったく知らないが、この映画の脚本にまで手を出しているからタチが悪い。コメディとしてのコッケイ味を出そうとしているのかもしれないが、あまりに主役が愚かすぎて笑えない。こんなのはギャグでもユーモアでもない。これならチャウ・シンチーが降りたのも納得できる。こんな脚本を書いて自分で演じている時点で、セス・ローゲン自身のオツムの程度もハッキリしている。この脚本もセス・ローゲンの演じたキャラクターも、ついでにセス・ローゲン自身もクズだ。おまけにミシェル・ゴンドリーも元々どこか幼稚な体質があるから、この脚本の主人公の愚かさがマズイと分からなかったのだろう。この映画のブリットとカトーの関係を「友情」とか「名コンビ」だとか思っているとしたら、ミシェル・ゴンドリーはまったく人間を分かっていないアホということになる。こうなると「エターナル・サンシャイン」はマグレだったのかなぁ。キャメロン・ディアズも何のためにいるのか分からない。たぶん有名スターをキャスティングしなくてはならなかったのだろうが、これは彼女のキャリアの汚点だろう。唯一マシだったのはジェイ・チョウで、バカな役柄ではあるが彼自身の好感度にはキズがつかなかった。あとは3D効果ぐらいしか見るべきものがない。こんなにひどい映画も珍しいんじゃないだろうか。これは間違いなくゴミ映画だ。見るも無惨なポンコツ映画である。

さいごのひとこと

 カトーって映画にしたほうがよかったよ。

 

「リセット」

(ヘイデン・クリステンセン主演)

 Vanishing on 7th Street

Date:2011 / 02 / 07

みるまえ

 この映画のことは、たぶん年末に行った映画館で見つけたチラシで知ったはず。突然、人々が姿を消してしまい、主人公をはじめとする数人だけが残される。しかし残された人々も、どんどん広がる「闇」に脅かされていく…というようなお話だ。主演は「スター・ウォーズ/エピソード2:クローンの攻撃」(2002)、「同/エピソード3:シスの復讐」(2005)のアナキン・スカイウォーカー役でお馴染みヘイデン・クリステンセン。誰もいないハイウェイにクルマが何台も停まったままになった絵や、ガランとした大都会に飛行機が墜落していく絵が印刷されていて、「なかなか面白そう」な雰囲気が濃厚に漂っている。っていうか、こりゃあ面白いでしょう。なぜそんな「誰もいない」状態が生まれたのか、何で彼らだけが残ったのか、彼らはどんな危機に直面して、どうやって状況を打開するのか…何をどうしたって面白くしかならない設定だ。僕はこの手の「人類絶滅」テーマものが大好きで、「28日後…」(2002)、「アイ・アム・レジェンド」(2007)、「ビッグ・バグズ・パニック」(2009)などなど興奮して見た。誰もいなくなった「街」というビジュアル・イメージが死ぬほど好きなのだ。最近ではデンゼル・ワシントン主演「ザ・ウォーカー」(2010)が見れなかったのが心残り。この作品も何だか当たらなそうな感じが漂っているから、すぐに見ないと終わっちゃいそう。かくして、公開初日に慌てて飛んで行った次第。

ないよう

 シネコンの映写室で、頭にライトを付けて作業中の映写技師ポール(ジョン・レグイザモ)。客席ではコメディ映画に沸くお客の笑い声が聞こえるが、この部屋で一人ぼっちのポールは退屈。暇な時間には、彼は趣味のトンデモ話や怪談の満載した本を読むのが日課。その日もポールは、16世紀後半にロアノーク島で起こった怪事件について読んでいたところ。何でもこの島では、ある日突然島の住人全員が忽然と姿を消してしまったという。ところがその日は、ポールの身にいつもと違う出来事が起きた。いきなり映画館が停電に見舞われ、映写機が止まってしまったのだ。慌てて何とか復旧しようとするポールだが、なぜか映画館の従業員も警備員もやって来ない。しかも、客の声すら聞こえてこないではないか。やがて電源が復旧し灯りがともると、ポールはさすがに愕然とせざるを得なかった。あれだけ人がいたシネコンに、まったく誰もいなくなってしまったのだ。その代わり、あたりには人の着ていた服が散乱していた。当惑するポールだったが、どうやらこのシネコンのもう一人の「生き残り」である警備員を発見。しかし安堵するのもつかの間、彼は「何か」を目にして深追いしたあげく、またまた突然衣服を残して忽然と姿を消してしまったのだ。これには骨の髄まで怯えきるポール…。その頃、真っ暗になって灯りと人けのなくなってしまった病院内を、懐中電灯を持った理学療法士のローズマリー(タンディ・ニュートン)が走り回っていた。唯一灯りのある部屋を見つけて入ってみれば、そこは手術室。しかも医師たちが消えてしまったのか、胸を切開されたままで放置され鬼気迫る表情の患者が横たわっているのみ。しかし一瞬の停電の後に部屋が明るくなってみると、すでにその患者も手術台から消えていた。さらに、そんなローズマリーの後を人影のようなモノが追いかけてくるではないか…。さらに翌朝、自室のベッドで目覚めるテレビ・レポーターのルーク(ヘイデン・クリステンセン)。昨夜は何かの誕生日だったらしく、枕元にはキャンドルが灯ったまま。しかし、彼の恋人はいなかった。そして、テレビをつけようしても携帯の電源を入れようとしても、何もかも言うことをきかない。ともかく着替えを済ませてマンションの一階に下りても、いつも挨拶してくれる警備員の姿はいなかった。仕方なく手に取った朝刊を読みながら外に出ていくルークだったが、それは昨日の朝刊ではないか。唖然とする彼の目の前に、誰もいない街の風景が広がる。それは、あちこちに人々の衣服が落ちていて、道路にはクルマがぶつかったり停まったりしている状況だった…。それから72時間後、暗闇に沈む街を逃げ回るルーク。どうやら闇は人に襲いかかっては消してしまうモノらしく、身を守る方法は「灯り」を身につけていることのようだ。彼は街に停まっているクルマを片っ端から調べて、走れる状態のものを探していた。しかし、見つけられたのは拳銃一丁だけ。それでもルークは、何とか一台バッテリーが使えるクルマを見つけた。さらに街の一角に、ネオン看板と灯りがともるだけでなく、音楽が流れる一軒のバーがあるではないか。ルークは興奮して店の中に入って行くが、店の中は明るく電灯がともってジュークボックスの音楽が流れているものの、バーテンも客も一人もいない。調べてみると、地下室の発電器で電気をまかなっているようだ。ところがそんなルークの前に、一人の黒人少年がライフルを持って立ちはだかる。実はこの少年ジェームズ(ジェイコブ・ラティモア)は、ルークの先客。この店に母親が働いていたとかで、母親の帰りを待っていたのだった。さらにそんな二人の前に、例のローズマリーが迷い込んでくる。彼女の赤ん坊マニーが前夫にさらわれて消えたと思い込んでいる彼女は、少々精神的に追いつめられている様子だった。さらに外の様子を伺ってみると、ケガをしているらしい人物が街を彷徨っているようだ。それは映写技師のポールだったが、なぜか頭を負傷して血を流していた。ルークは何とか闇の攻撃を振り切ってポールをバーまで連れてくることに成功したが、その時に足首を怪我してしまう。そんなこんなで、不思議な縁でこのバーに集結した男女4人。一同の話を総合しても、人々がいなくなった理由や闇が広がっている理由は分からない。ただ一日の闇の時間は確実に長くなっており、使えたはずの電池や電源もどんどん使えなくなっていた。このバーの発電器もいずれダメになるに違いない。ルークは異変直後にテレビ局に調べに行った時、シカゴから発信されている映像を目撃していた。闇はワナを仕掛けてくる。それに乗ってはダメだ…。どうせこのままここにいてもやられるだけなら、ここを脱出してシカゴを目指すべきじゃないか…。

みたあと

 ワクワクドキドキしながら映画館で上映を待っている時、劇場で販売しているパンフをチラ見。その時になって初めて、僕はこの映画の監督が誰か…ということに気付いた。ブラッド・アンダーソン…その名前だけでは誰だかピンと来なかったのだが、「ワンダーランド駅で」(1998)、「セッション9」(2001)の監督だと知って、アッと思い当たった。「ワンダーランド駅で」は主人公男女が最後までまったく知り合わないという、異色の新機軸で描かれた恋愛映画。何とラストでやっと二人が出会うというユニークさだ。そして「セッション9」は廃墟となった巨大な精神病院で、アスベスト処理作業を行っていた男たちが恐怖に襲われるお話。怪奇現象も幽霊も怪物も何も出ない恐怖映画だ。どちらも発想がなかなか奇抜で目の付け所がいい。誰もが「こりゃすごく面白くなりそう」とワクワクしそうな映画だ。僕がここまで言ったら、お察しのいい方はもうお分かりだろう。「すごく面白そう」なネタやお話で、作品を見るまではお客をワクワクドキドキさせるのに…出来上がった映画はと言えば今ひとつ、いやいや、今ふたつみっつぐらいの残念さ。僕が見たブラッド・アンダーソン作品は、どちらもそんな非凡な着想と残念な仕上がりを見せていた。この設定、この題材ならもっと面白くなっていいはずなのに、なぜか不発。それで僕は、クリスチャン・ベイル激ヤセで話題になった次の作品「マニシスト」(2004)はパスしたんだっけ。こいつが監督なのか…。たちまちイヤ〜な予感に襲われる僕だったが、それでも乗り掛かった船だ。そんな事前情報にある程度覚悟を決めてスクリーンと対峙した次第。しかしながら…予想通りと言うべきか、やっぱり今回もブラッド・アンダーソンはブラッド・アンダーソンだった。ハッキリ言って、僕の大好きな「人類滅亡」テーマで、どうやったって面白くしかならないはずの設定なのに…見事にガッカリする出来栄えなのである。一体どうして?

!!!映画を見てから読んで!!!

こうすれば

 まずはどこから言えばいいのだろうか。普通こういうお話になった場合、原因を究明したり謎を小出しにしたりして、何が起きているのか観客に提示していくものだろう。しかし、この映画ではそれはまったくといっていいほどない。謎は謎のままでまったく解明されないのだ。何だか小松左京の小説を映画化した「首都消失」(1987)みたいに、作り手が説明に値いする理由を思い付かなかったから説明してない…としか感じられないのだが。おまけに実際にあった消失事件を引き合いに出して、原因を説明しないことへの言い訳にしたりしてるのがズルい。「だから何なんだ」と言いたくなるよ。まぁ、仮に「あえて謎を説明しない」という展開があってもいいかもしれないが、「敵」の正体が分からないから、主人公たちもせいぜい灯りを身につける以外に対処のしようがない。戦いようもなければ状況打開の試みもない。ただ、バーの中にずっといるわけにいかないから、外に出ていこう…ぐらいの対策と展望しかない。あとはほとんどやられっぱなしというアリサマで、見ていてまったく発展性がない話なのだ。しかも襲ってくる「敵」が、影がビロ〜ンと伸びてくる程度の襲いかかり方では、見せ場としてもショボすぎる。「人類絶滅」テーマにも関わらず、まるで台所でゴキブリを追い回しているようなセコい話に終始しているのだ。最もマズイのは登場人物に魅力がないことで、特にタンディ・ニュートンの女とジェイコブ・ラティモアというガキには終始イライラ。こいつらの言動には本当にムカつかされる。例えばジョン・レグイザモがケガを負ってフラフラしているのを見つけたタンディ・ニュートンは「助けに行かなきゃ」などと言い出すが、当然、危険なのでヘイデン・クリステンセンがブーブー言いながらも助けに行くことになる。で、結局、彼はこのせいで足首を負傷してしまうのだ。万事がこの調子で、タンディ・ニュートンとガキはそれぞれ赤ん坊と母親のトラウマ抱えているせいもあり、常に一同の足を引っ張る言動しかしない。で、この二人のおかげで他の人間が危険にさらされたり、実際に「影」にやられたりするのだ。特にラストのヘイデン・クリステンセンは、完全にガキのおかげで犠牲になったも同然。なのにガキが最後まで生き残るってのはどういうことなのだ。見ていてまったく納得がいかなかった。このガキさえいなければ…と、見ていて怒り爆発。そしてジョン・レグイザモも足手まといに終始し、何のために出てきたのか分からない役回りだ。おまけにこうした登場人物のトラウマ回想シーンが途中にやたら挟まってくるから、まるでウンコが出そうで出ないみたいにイライラさせられる。急いで脱出しなきゃならない時にシミジミ会話なんかしてるとか…まるでデキの悪い日本映画みたいだ(笑)。こんなことしてるヒマがあったら、原因究明でもしろと言いたい。それにしてもどうやったらこの題材でここまでつまらなく出来るのか、ホントに教えてもらいたいわ。

さいごのひとこと

 この映画と監督をリセットしろ。

 

「アンストッパブル」

 Unstoppable

Date:2011 / 02 / 08

みるまえ

 何と、こないだ「サブウェイ123/激突」(2009)が来たばかりと思ってたら、またまたデンゼル・ワシントンとトニー・スコットのコンビ作が登場。この二人、「クリムゾン・タイド」(1995)に始まって「マイ・ボディガード」(2004)、「デジャヴ」(2006)…と、いつの間にか名コンビっぽくなっているのにびっくり。しかも、こないだが地下鉄だったら今度は列車…って出来過ぎな展開。これが他の人たちの映画なら「安易だな」と呆れちゃうところだが、前作「サブウェイ123」はなかなかの快作だったから侮れない。おまけに突っ走る列車を何とか止めなければ…なんてストレートな題材なら、なおさらトニー・スコットの単純明快さが向いている。ここでハッキリ言っておくと、僕はそんなトニー・スコットの単純明快さが、決して嫌いではない。いや、むしろ好きだな。そもそも、突っ走る列車と映画って抜群に相性がいいではないか。これは見るしかないだろう。

ないよう

 ペンシルバニア州スタントンの街に朝が来る。一人の若い男がクルマの中から、一人の若い女の姿を観察している。その男の名はウィル(クリス・パイン)。彼は別居中の妻ダーシー(ジェシー・シュラム)に近付くことが許されておらず、こうして遠目で見ることしかできない。携帯で連絡を入れても、彼女からは返事はない。こうして鬱屈した想いを抱きながら、今日も出勤するウィルだった。彼の職場は、ブリュースターにある列車の操車場。彼はそこで新米の車掌として働き始めたばかり。そんなウィルがこの日一緒に乗務を命じられたのは、ベテラン機関士フランク(デンゼル・ワシントン)。しかしウィルはフランクとの乗務を命じられた際に、「気難しいから気を付けろ」と上司からクギを刺される。案の定、初対面からフランクはどことなくビリビリした雰囲気だった。それもそのはず、フランクのようなベテランは、会社でもリストラの対象になりつつあった。対して一家揃って鉄道員というウィルは典型的コネ入社。フランクにとって面白かろうはずもない。その頃、同じ州の別の操車場では、ちょっとしたトラブルが起きていた。巨大貨物車777号を移動させる際に運転士のデューイ(イーサン・サプリー)がちょっと運転席から離れた隙に、777号が無人で走り出して操車場を出ていってしまったのだ。その段階では大したミスでもないと思われていたが、777号は徐々にスピードを上げていった。しかも777号は全長約800メートル、39両の大編成で走る巨大な鉄の塊だったのだ。指令センターで報告を受けた操車場長のコニー(ロザリオ・ドーソン)は、事態が思ったより深刻なことに気付く。早速、彼女は付近にいる溶接工ネッド(リュー・テンプル)と連絡をとった。そのネッドはまだ出社もせず、常連のファミレスでウエイトレス相手に十八番の鉄道話に夢中。他のオタクと同じく、彼もまた自分が夢中なことに他人が同じくらい夢中ではない…という事実が分かっていないようだ。そんなところに、指令センターのコニーからの電話。野に放たれた777号を、先回りしてポイントで本線からはずしてほしい…との頼みに、慌てて現場へと向かう。その頃、旧式の貨物車に同乗していたフランクとウィルは、何とも険悪な雰囲気の中で仕事を続けていた。ウィルをコネで入ったハンパな新米と見なすフランクは、いちいち彼の仕事ぶりが気に入らない。そんなウィルはダーシーとのトラブルが裁判沙汰に発展。徐々に不利な立場に追い込まれていると兄からの電話で知らされた。どうしても心ここにあらずにならざるを得ない。運悪く余計な貨車を何台かつないでしまい、これまたフランクに小言を食らうネタとなってしまった。そんなフランクはフランクで、娘の誕生日をウッカリ忘れる始末。慌てて電話をしても出てもらえず、大いにクサるしかない。さて、ポイント地点にやって来たネッドだが、待てど暮らせど肝心の777号は来ない。どうやらすでにこの地点を通り過ぎたらしいと分かって、ネッドもコニーも777号に予想以上の加速がかかったことを知った。この時点でコニーは、777号がとんでもない「凶器」と化したことに気付いたのだ。早速、鉄道会社の責任者ガルビン(ケビン・ダン)と連絡をとるが、この男は自分では判断ができず、上層部の顔色を窺うばかり。大量の化学薬品とディーゼル燃料を載せている「走る凶器」なのに、事の重大さが分かっていない。777号を犠牲にするコストばかりを気にして、もっと大きい被害のことまで考えが至らないのだ。そんなことをやっているうちにテレビが騒ぎ出し、暴走の様子は全国ネットで放送。そして踏切で立ち往生したトレーラーが木っ端微塵になるという、あわや大惨事になりかけの事故も起きた。さらにコニーの忠告も聞かずガルビンの勝手な判断で、新たな作戦がスタート。爆走する777号の前に別の機関車を持ってきて、これで777号を受けとめて減速。そこにヘリコプターで吊り下げた運転士を下ろして、運転席に乗り移らせようという無茶なプランだ。案の定、これは無惨に失敗。ヘリから乗り移ろうとした運転士は跳ねとばされ、777号の先頭に立ちはだかった別の機関車は、脱線転覆して派手に爆発炎上してしまう。そんな777号の進路上には、フランクとウィルが乗る貨物車がいた。今ではあり余る時間のうちにお互いの境遇について語り合ったフランクとウィルは、親密とまでは言えないが先ほどまでの険悪な雰囲気はなくなっていた。そこにコニーからの連絡が入る。777号の進路上にフランクとウィルの乗った貨物車がいると気付いたコニーは、慌ててフランクに連絡を入れてきたのだ。こうしてコニーは二人が乗る貨物車を引き込み線へと誘導して待機させ、何とか事なきを得る。しかし777号をやり過ごした直後、フランクは自分たちの貨物車をバックで発車させ、全速力で777号を追いかけようと言い出す。これにはさすがにウィルも驚き、ムチャだと反論した。777号はパワーもあり、巨大な貨物列車だ。今では速度もフル・スピード。しかも行く手のスタントンの街には急カーブの高架線があり、現在のスピードで走れば脱線転落は免れない。その場所には燃料タンクが設置されているのだ。最悪の事態になる。こんな貨物車で止めようなんて無謀だ…と、ウィルはさすがにフランクに食ってかかる。そんなウィルに、フランクはズバリと拒みがたい言葉を放った。「行く手のスタントンには、オマエの嫁さんもいるんだろ?」…。

みたあと

 トニー・スコットと来ると、正直言って昔はスタイリッシュに絵を見せてチャカチャカ映像をつくるだけの、大味映画監督というイメージでしか見ていなかった。「トップガン」(1986)なんて映画で売れてきただけに、兄貴のリドリーとはエライ違いだとバカにしていたもんだった。何のプライドも考えもないみたいに「ビバリーヒルズ・コップ2」(1987)も撮っちゃうし、「デイズ・オブ・サンダー」(1990)も似たようなもんだし…作家的な骨を感じさせるリドリーとはデキが違う…。そんな僕のトニー・スコット観を一変させたのが、ロバート・レッドフォードとブラピ共演の「スパイ・ゲーム」(2001)。お馴染みチャカチャカ編集とカッコ付け映像を控えめにして、ここでトニー・スコットが見せたのは人間の行動とやりとりの妙味とキャラクターの個性で出す面白み。意外や意外。チャカチャカ映像専門と思いきや、キャラクターと語り口の妙味、役者の芝居で見せる映画を堂々とこしらえたのだ。そういえばトニー・スコットは、以前にも人間対人間の緊迫した芝居を、「クリムゾン・タイド」で見せていたっけ。その時は「たまたま出来ちゃったんだろう」と深く考えず、思わずスルーしちゃったのだった。しかし偶然は2度も起きない。このあたりから僕は、遅ればせながらトニー・スコットにもちゃんと作家としての「個性」があるに違いない…と気づき始めたのだ。そして前作の「サブウェイ123/激突」がまた、アクションよりキャラと芝居で見せる映画だった。何よりデンゼル、トラボルタ、ジョン・タトゥーロやジョン・ガンドルフィーニ…といった役者たちが、みんなイイ味出してる。このあたり、トニー・スコットのひとつの到達点ではないかと感心したものだった。そんな「サブウェイ123/激突」が気に入った人なら、今回のこの作品だって気に入るんじゃないだろうか。トニー・スコットとデンゼル・ワシントンの相性は抜群だったが、今回もバッチリ。いや、むしろ焦点を暴走する機関車に絞ったぶんだけ、今回の方が映画的で面白いかもしれない。予想通り、いや予想以上かも。余計なことをやらずやるべき事だけをやって、キッチリ入場料ぶん楽しませてくれるのである。いやぁ、他に何か言うことあるんだろうか? いや、ホント、これだけで感想文を終わらせたいよ。

!!!映画を見てから読んで!!!

みどころ

 今回の主演はお馴染みデンゼルと、新版「スター・トレック」(2009)でカーク船長を演じたクリス・パインという布陣。ベテランと若手の衝突という設定で、実際に予想通りなのだがそれでもうまい。二人ともそれぞれ葛藤を抱えていて…という設定だが、映画はそれ以上は深入りしない。それがこの場合は功を奏している。余計なゴチャゴチャでお話の進行を止めたりしないから、映画の「アンストッパブル」さが阻害されない。ストレートな緊迫感でお話が進むのだ。逆に言うと、その程度の手薄な描写でも人物の彫り込みができるように、デンゼルとクリス・パインのような確かな演技者が必要だったということか。あとはひたすら爆走する列車との戦いに絞った作りになっている点が、好感が持てる。実はこの映画のことを知った時、黒澤明がハリウッドで作ろうとしていた「暴走機関車」のリメイクではないか…と思った。実はこれはこれで「実話」ということなので別の企画らしいが、そのくらい設定が似ていたのだ。しかし、黒澤脚本を下敷きにアンドレイ・コンチャロフスキーが撮った「暴走機関車」(1985)は重苦しい人間ドラマが中心の作品になっていたものの、黒澤自身のコメントによれば本来はもっと機関車そのものの暴走がメインの話だったらしい。となると、実はまさにこの「アンストッパブル」にかなり近い作品だったのではないだろうか。そんなことを考えさせるほど、骨太で面白い作品になっているのだ。最初の頃の列車の暴走場面こそ怪物的迫力を感じさせるつもりか、トニー・スコット十八番のフィルム・スピード変化やコマ落としなどのチャカチャカ映像を見せているが、話が本題に入ってからはアクション場面もストレート一本槍。CGなども極力控えたようで、あくまでホンモノの列車の重量感で見せる迫力を前面に出している。そんな正攻法演出が今回は大成功だ。演技アンサンブルは「サブウェイ123」ほど演技陣が充実していないこともあってやや食い足りないものの、今回もロザリオ・ドーソンがイイ味出してる。主人公二人が頑張ってる姿をテレビで見ている同僚たちや娘たちが、「頑張れ!」「パパならやれるわ!」と大声援を送るあたりも、定石なんだけど熱くなる。最後の解決は、ずっと追いかけてきた溶接工がクリス・パインをクルマに乗り移らせ、そのまま運転席まで連れていって止めさせる…というもの。考えてみると、「そんなの最初からそうすりゃいいじゃん」…と言いたくなるような解決法なのだが、見ている間はその迫力で気にならない。それに、おそらく「実話」もそうだったんじゃないだろうか? ともかく、僕は文句を言う気にはならなかった。そのくらい見ていてスカッとする素晴らしさだ。

さいごのひとこと

 そういや前に「電車男」なんてのがいたな。

 

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