「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」

  The Three Musketeers

 (2011/11/28)


  

見る前の予想

 何で今頃「三銃士」…正直言って、最初この映画のことを知った時にはそう思った。

 「三銃士」なんてつい最近も作られたばかりではないか。何でまたそんな「ご存じモノ」を作るのか。よほどハリウッドはネタに困っているんだなぁ…。

 ところが、そんなことを思っていたら意外や意外。ちょっと毛色の違った作品でも10年前。正統に「三銃士」を名乗る作品が最後に作られてからは、何と18年ばかりの年月が経っているのであった。単に僕が歳をとって、10年ぐらいの年月を「ついこの間」レベルで感じるようになってしまっただけなのだ。いやはや、何ともお恥ずかしい。

 さすがに10年や20年経てば「三銃士」をまた作るタイミングになってもおかしくないかもしれないが、それにしても欧米の人々は、よほど「三銃士」が好きと見える。

 ところが今回の「三銃士」を監督するのがポール・W・S・アンダーソンと聞いて、さすがに僕も関心を寄せずにはいられなくなった。

 まぁ、世間じゃあのバイオハザード(2002)シリーズの監督として有名なんだろう。それはそれで間違いではない。しかし僕にとっては、いつまで経っても「イベント・ホライゾン」(1997)の監督さんだ。

 あの作品を見た時の衝撃は、今でも忘れることはできない。それ以来、またあの衝撃が味わいたいと、ずっと彼の作品を追い続けているのだ。実はそういう意味で、僕はそれ以降の彼の作品には必ずしも満足していない。もっともっとやれる人…と思っている。

 そんなアンダーソンが、それまでの主戦場だったSF映画の分野から時代劇に舞台を移して、あの「三銃士」を手がけるとは気になるではないか。

 ただ、この「三銃士」、オーランド・ブルームが憎まれ役を演じるとか、お馴染みミラ・ジョボビッチも出てくるとか…そんな話ばかり伝わってくるのに、肝心の銃士たちを誰がやるのかは一向に分からない。だから顔ぶれが豪華なんだか貧弱なんだか、何だかハッキリしない作品なのだ。

 そして今回の「三銃士」、なぜか飛行船が出てくるらしいのもビックリ。同時にイマドキはやりの3Dでの上映だということも分かって、ますます戸惑わざるを得ない。こりゃあ一体どうなっているのだ。確かにアンダーソン、前作の「バイオハザードIV/アフターライフ」(2010)で3Dを使っていたようだが、それで味をしめたのだろうか?

 タイトルもそのものズバリの「三銃士」の後に、「王妃がどうしたこうした、ダ・ヴィンチがどうたらこうたら」…と長ったらしいサブ・タイトルが付く。何だかテレビ東京あたりで放映される時のタイトルでもあるまいし…何なんだ、この安っぽいタイトルは。

 そんなこんなで、「???」となりながらも劇場に駆けつけたわけだ。

 

あらすじ

 17世紀、フランスは王ルイ13世がまだ若く未熟なため、その政治をリシュリュー枢機卿がいいように操っていた。諸外国とも揉め事が絶えず、国内も非常に不安定な状況になっていたのがこの時代だった。

 ある夜のこと、ここはヴェネチア

 水路から矢が放たれ、見張りの男が一瞬にして片づけられてしまう。水の中から現れたのは、潜水服を着た「三銃士」のアトス(マシュー・マクファディン)。そのアトスの一瞬の隙を狙って、短剣を突きつける者がいる。それは艶やかな美女のミレディ(ミラ・ジョヴォヴィッチ)。しかし彼女はアトスと意味ありげな笑みを交わすと、一緒に建物に入っていく。

 二人は「共犯者」だ。

 その頃、アラミス(ルーク・エヴァンス)、ポルトス(レイ・スティーヴンソン)といった他の三銃士の面々も、それぞれの方法で警備が厳重なある建物に忍び込む。合流した彼らが入り込んだのは、古文書がしまってある地下の宝物殿。当然のことながら罠が仕掛けられているが、ミレディは度胸と運動神経でその場を乗り切る。

 彼らが手にしたのは、ダ・ヴィンチが描いた飛行船の設計図。三銃士たちはこれを手に入れるためヴェネチアまでやって来て、警戒厳重なこの建物に侵入したのだ。

 しかし宝物殿の入口に警備兵たちが殺到。他に出口のない三銃士たちは袋のネズミである。ところが…。

 一気に入口からものすごい水が噴き出してきた!

 実は宝物殿から三銃士たちが穴を開けて、水路に脱出したのだった。こうして無事に彼らはダ・ヴィンチの図面を持ち去ることに成功したのだった。

 大成功で大喜びの三銃士とミレディ。そこでお祝いの乾杯をしたのが運の尽き…。実はアトスがぞっこんのこのミレディ、一同にシビレ薬を盛っていたのだった。グッタリして動けなくなった一同の元にやって来たのは、イギリスのバッキンガム公爵(オーランド・ブルーム)。バッキンガム公爵はカネの力でミレディをなびかせ、彼女を裏切らせたのだ。せせら笑いながらダ・ヴィンチ図面を持ち去っていくバッキンガム公爵とミレディを横目で見ながら、無念にも横たわったまま身動きできない三銃士たちだった。

 さて、それからしばらくして、若者ダルタニアン(ローガン・ラーマン)が、父母に別れを告げて今まさに郷里を旅立つところ。彼はパリへ行き、銃士になって名を挙げることが夢だ。

 ところがこのダルタニアン、鼻っ柱が強すぎることが玉にキズ。旅の途中でリシュリュー卿の手下であるロシュフォール隊長(マッツ・ミケルセン)と彼が率いる護衛隊の一団に出会い、ひょんなことから揉め事を起こして痛い目を見る羽目になる。

 この借りを必ず返すぞ…との思いを抱いてやって来たパリだったが、着いた早々、問題のロシュフォールを見かけたからたまらない。慌てて追いかけるそばから、あの三銃士のアトス、アラミス、ポルトスにそれぞれぶつかって、よせばいいのにそれぞれ別々に翌日の決闘の約束をするというテイタラク。生意気なのにも程があるというものだ。

 そんなこんなで、翌日の決闘の待ち合わせ場所。たまたま集まった三銃士の面々は、それぞれ自分の決闘相手が同じ小僧と知ってビックリ。ところがそんな折りもおり、あのロシュフォールらの一団がやって来た。早速、沸点の低いダルタニアンがケンカをおっ始めるが、なかなかの善戦ぶりに野次馬の庶民たちは拍手喝采。みんなリシュリュー卿やロシュフォール、護衛隊たちの横暴ぶりが腹に据えかねていたのだった。

 むろんそんな痛快な展開に、近頃何かとくすぶっていた三銃士たちの心にも火がついた。こうなりゃ「決闘」などどこ吹く風、4対多数の大チャンバラ。そんなこんなで護衛隊たちを蹴散らかし、ダルタニアンも三人があの「三銃士」と知って意気投合。おまけにダルタニアンは、ドサクサに紛れてその場に居合わせた美しい娘コンスタンス(ガブリエラ・ワイルド)を口説くアリサマだ。

 こうして三銃士のねぐらに招かれるダルタニアン。しかし憧れの三銃士は、例の任務失敗以来、お役ご免となってくすぶる毎日だった。そんな現実に、ダルタニアンもガッカリせざるを得ない。

 翌日、三銃士とダルタニアンは王宮に呼ばれる。三銃士を快く思っていないリシュリュー卿(クリストフ・ヴァルツ)が、護衛隊とのケンカを理由に若き国王からお灸を据えさせようと仕組んだゆえの招待。リシュリュー卿に仕切られているかたちの若きルイ13世(フレディ・フォックス)はオモテ向きは彼らに苦言を呈するかたちで接するが、実は40対4という多勢に無勢で堂々と勝った彼らに、心の中で喝采を送らずにはいられない。そこにやって来た王妃アンヌ(ジュノー・テンプル)の機転もあって、ルイ13世は三銃士とダルタニアンを罰するどころか、その勇気を讃えるというウルトラC的な展開となる。そんな意外な展開に苦々しい思いを噛みしめるリシュリュー卿は、王妃アンヌを「邪魔者」と見なすようになる。

 そんな一方、ダルタニアンは昨日出会ったコンスタンスが王妃アンヌの侍女であることを知った。

 さて、それから間もなくのこと、パリにイギリスの全権大使としてバッキンガム公爵がやって来る。フランスとの和平交渉のための訪問だったが、その登場ぶりがこの男一流のやり方。横取りしたダ・ヴィンチの設計図から作り出した飛行船で直接王宮に乗り付け、若きルイ13世をせせら笑いながら自らの伊達男ぶりを見せつける。これには三銃士たちも苦々しく思わずにはいられない。

 実はリシュリュー卿には、腹黒い狙いがあった。バッキンガム公爵からアンヌ王妃への手紙を捏造し、逆にアンヌ王妃のダイヤの首飾りをバッキンガム公爵の手元に送り込んで、二人の「不倫」を演出。これでルイ16世を怒らせて厄介者のアンヌ王妃を片づけるとともに、イギリスとの和平をブチ壊そうという魂胆だ。

 そんなリシュリュー卿の命を受けたミレディは、早速王妃の部屋から首飾りを奪取。まんまとリシュリュー卿の口車に乗せられたルイ13世は、5日後に開催する舞踏会に首飾りをしてくるようにアンヌ王妃に厳命する。当然、首飾りを盗まれたと知ったアンヌ王妃はリシュリュー卿の陰謀に気づくが、今さらどうすることも出来ない。さて、どうする?

 その晩、三銃士とダルタニアンがくすぶるねぐらに、あのコンスタンスが秘かに訪ねて来た。彼女はダルタニアンに助けを求め、王妃の首飾りの奪還を頼みに来たのだ。そう来れば、ダルタニアンだって男に二言はない。そして三銃士も、この話に乗らないわけにはいかない。

 そんな折りもおり、三銃士が乗り出すことを察知した護衛隊の一団が、彼らのねぐらに突然襲撃をかけてきた…!

 

西洋ご存じモノの筆頭「三銃士」映画群

 僕は先に、何で今頃「三銃士」…なんてことを言ったけれど、昨日今日映画を見始めた人でなければ誰しもそう思うのではないか。

 それくらい、欧米映画では「ご存じモノ」の筆頭だ。実は西部劇や海賊映画(こちらは最近ちょっとまた新作が作られたが)などと同じように、西洋チャンバラ活劇なんて映画の世界じゃとっくに廃れたジャンルだった。それなのに、「三銃士」だけこうも繰り返し作られるとは…。おそらく向こうの人たちの意識の中では、日本における「忠臣蔵」みたいな位置づけを占めているのではないだろうか。

 そうは言っても、さすがの僕もごくごく初期の「三銃士」映画は存在そのものからしてよく知らない。ダグラス・フェアバンクスがダルタニアンを演じた「三銃士」(1921)とか、ミュージカル・スターとして有名なジーン・ケリーがダルタニアン、怪奇映画スターとして知られるヴィンセント・プライスが悪役のリシュリュー卿、「ファム・ファタール」女優ラナ・ターナーが悪女ミレディ、キュートな清純スターのジューン・アリスンがコンスタンス…という布陣の「三銃士」(1948)も、見たこともないし、どんな位置づけの映画なのかも分からない。このあたりは、僕が映画ファンになる前どころか生まれる前の映画だから、ご容赦いただくほかはない。

 僕にとって最初の「三銃士」映画といえば、それはやっぱりリチャード・レスターが監督したオールスター・キャストの「三銃士」(1973)だろう。マイケル・ヨークのダルタニアンを筆頭に、オリバー・リード、リチャード・チェンバレン、フランク・フィンレイの三銃士、そして何と悪役リシュリュー卿にスペクタクル史劇のスターだったチャールトン・ヘストンというビックリな配役。他にも悪女ミレディにフェイ・ダナウェイ、コンスタンスにグラマー・スターのラクエル・ウェルチ…と豪華配役。ただし僕はこの映画を、公開時には見ていない。当時は中学生だったからお小遣いも許さなかったし、たぶん行く暇もなかったのに違いない。実物に対面したのは、それから10年以上経ったテレビ放映時だったと記憶している。今回の監督アンダーソンが挙げている「三銃士」映画もこの作品というのは、やはり世代的なものだろう。

 ところでこの「三銃士」には後日談があって、驚いたことにリチャード・レスターは撮影時に続編まで同時撮影。ほぼ1年後に「四銃士」(1974)として公開したからビックリ。しかし主要キャストはそんなことを聞いていなかった…というニュースが飛び交い二度ビックリ。宣伝のためのジョークだろうと思っていたら、出演料を巡る裁判沙汰があったとかなかったとか報道されたことを記憶している。これに監督のレスターや製作のサルキンド父子は味をしめたか、後にスーパーマンII/冒険編(1980)でまったく同じことをやらかしたというオチまでついた。なおこのレスター版「三銃士」には、後日談として「新・三銃士/華麗なる勇者の冒険」(1989)まで作られたのだから、よほどこのヴァージョンは大成功したと思われる。

 次に作られたのはそれから10年後、ディズニーが製作した「三銃士」(1993)。イマドキ映画ファンが覚えているとしたら「これ」ではないだろうか。この時の「売り」となったのは、「ブラットパック」版「三銃士」という点だ。

 この「ブラットパック」というスター集団を若い人たちに説明すると、当時、フランシス・コッポラの「アウトサイダー」(1983)やジョエル・シュマッカーの「セント・エルモス・ファイヤー」(1985)、そして一連のジョン・ヒューズの青春映画などに起用されたハリウッドの若手青春スター群のこと。このうち「アウトサイダー」に出た連中までこの手の若手スター群に加えるのは、この中にトム・クルーズなどもいることからいささか異論がある人もあるだろうが、広い意味で言えばこのあたりから前述したような若手スターたちが台頭してきたのは事実。少なくとも「セント・エルモ」とジョン・ヒューズ映画の主要キャストに関して言えば、間違いなく「ブラットパック」スターたちに入れていい。この手の連中が手を変え品を変え、微妙に組み合わせを変えながら起用された映画が山ほど製作されていた時期があったのだ。

 そのうち、ウォルター・ヒル製作のアクション・サスペンス「ブルー・シティ」(1985・日本ではビデオ発売のみ)にジャド・ネルソンアリー・シーディーが参加、ジョン・ミリアスがソ連に侵略されたアメリカの戦いを描く反共戦争アクション「若き勇者たち」(1984)にパトリック・スウェイジ、チャーリー・シーン、C・トーマス・ハウエルたちが参加…という風に、青春映画の範疇に留まらずにそれぞれの映画作家の個性が強い作品群に起用されるようになってくる。そんな中でついにビリー・ザ・キッドを主役にした「ブラットパック」西部劇として、エミリオ・エステベス、チャーリー・シーン、キーファー・サザーランド、ルー・ダイアモンド・フィリップスらが出演した「ヤングガン」(1988)まで登場。「ご存じモノ」の延長線上という発想の下、クリス・オドネルのダルタニアン、チャーリー・シーンのアラミス、キーファー・サザーランドのアトス、オリバー・プラットのポルトス、ジュリー・デルピーのコンスタンス…という若手スター中心の布陣で「三銃士」が作られたわけだ。正直言って僕などにとっては悪役のリシュリュー卿にティム・カリーとかミレディにレベッカ・デ・モーネイ、さらにアンヌ王妃にガブリエル・アンウォーという脇の役者たちの軽量ぶりがモノ足りなく感じて仕方なかったが、若い人たちにはそれなりにウケたらしい。そういう僕もアレコレ文句を言いながら決して退屈した訳ではないのだから、これは元々のアレクサンドル・デュマ原作がどう作っても楽しめるように書かれているとしか言いようがない。

 この後は「外伝」モノとしての「三銃士」映画ばかりとなっていくのだが、まずは本家フランスの「ソフィー・マルソーの三銃士」(1994)。あまりにあんまりなタイトルだったし、公開もひっそり行われていたため見ようとも思わなかったが、今回改めて調べてみたらベルトラン・タベルニエの監督作品ではないか! お話としてはフィリップ・ノワレの老いたダルタニアンの娘ソフィー・マルソーを主人公にした「後日談」にあたるようだが、「田舎の日曜日」(1984)や「ラウンド・ミッドナイト」(1986)の巨匠の作品だったら見ておくべきだったと悔やまれる。

 次にやって来たのが、「タイタニック」(1998)でスーパースター化した直後のレオナルド・ディカプリオ主演「仮面の男」(1998)。レオは暴君ルイ14世と双子の弟フィリップの二役というのが売りで、すでに引退していた三銃士たち…ジェレミー・アイアンズのアラミス、ジョン・マルコビッチのアトス、ジェラール・ドパルデューのポルトスにガブリエル・バーンのダルタニアンが、鉄仮面をつけられて幽閉されているフィリップを救出するというお話。デュマの「鉄仮面」のお話をよく知らなかったため、このストーリーは映画の創作だと思っていたら…実際に「鉄仮面」は「三銃士」三部作の3作目だったと知ってビックリ。驚いた私がバカでした。三銃士キャスティングだけ見ると、この作品が今までで一番重量感があって豪華かも。

 さらに前触れもなくいきなり登場した観があるのが、現代アクションの名手ピーター・ハイアムズ監督が初めて史劇に挑んだヤング・ブラッド(2001)。こんなタイトルだが紛れもない「三銃士」映画で、フランス女王にカトリーヌ・ドヌーブ、リシュリュー卿に「クライング・ゲーム」(1992)が忘れられないスティ−ブン・レイ…とそれなりに興味深い顔ぶれが脇を固めている。しかし肝心のジャスティン・チェンバースのダルタニアン以下三銃士の面々がパッとしない連中ばかりで、何となくB級かつこぢんまりしている印象は否めない。アクション派のハイアムズとしてはシャン・シンシンなる香港のアクション監督を連れてきて、東洋と西洋のアクションの融合を狙ったところが新しいと言いたいのだろう。しかしジャッキー・チェン映画みたいな軽業アクションを「三銃士」に取り入れることで、果たして付加価値をつけられたと言えるかどうか。それより全編に漂う安っぽさがどうにもならない観があり、ちょっと残念な出来映えだったと記憶している。

 いずれにせよ「三銃士」映画は、「外伝」モノ以外は当然ながらお話が変わり映えしないモノばかりだ。それでも、大抵ソコソコ面白くなっちゃうところがデュマ原作のスゴイところだが…そうなると演出の腕のサエとかを除いてみれば、そのお楽しみは「あの役をあの役者が演じる」というあたりに、かなりのウエイトが置かれるような気がする。

 …というわけで、長い長い回り道をしてしまったが、このあたりが「三銃士」映画の系譜と言ったところ。こうした映画の「伝統」を下敷きにして、今回の「三銃士」も存在していると考えた方がさらに楽しんで見れるのではないだろうか。

 

見た後での感想

 そんなこんなで見たこの映画、例えば前述の「三銃士」映画の系譜でいえば「ヤング・ブラッド」」でピーター・ハイアムズが東洋と西洋のアクションの融合によって新味を出そうとしたように、われらがW・S・アンダーソンが持ち込んだのが「3D」。これでイマドキ「三銃士」の気分を出すと共に、また改めて映画化する必然性としたかったのだろう。

 だから、冒頭から派手でスペクタキュラ−な見せ場が登場。予想通り、飛行船もそうした派手派手な3D化のための道具立てだった。3D映画としての飛び出しっぷりも、ポスト・プロダクションでの2Dから3Dへの変換ではなく最初から3Dカメラで撮影したものであることから、ダントツの3D効果でなかなか申し分ない

 「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」(2009)の主演も務めたというダルタニアン役のローガン・ラーマンは、いわゆるイケメンだがイヤミのないキャラクターで好感が持てる。普通イケメン役者は男から見て殴ってやりたくなるムカつくキャラ(笑)なことが多いのだが、彼はその希有な例外かもしれない。

 だが彼はまぁいいとして、それ以外が問題。「三銃士」を演じる役者たちが、3人が3人とも地味な役者揃いなのだ。華がないことおびただしい。これは少々マズイんじゃないだろうか。

 悪役陣営のイングロリアス・バスターズ(2009)でオスカー受賞したクリストフ・ヴァルツのリシュリュー卿、「バイオハザード」でお馴染みミラ・ジョボビッチのミレディ、そしてちょっと話題となったオーランド・ブルームのバッキンガム公爵あたりが「豪華スター陣」となるのだろうが、光ってるのがこのあたりのメンツだけってのはいかにも寂しい。そもそもミラ・ジョボビッチあたりじゃ「豪華」感が出ない。何となく冷え冷えしちゃうんだよねぇ。

 そんな中、アンヌ王妃を演じる若い女優が妙に目を惹くと思いきや、演じているのはミスター・ノーバディ(2009)で主人公の永遠の恋人を演じたジュノー・テンプルではないか! この子は絶対に頭角を現してくるねぇ、間違いなく。

 お話は一応面白いし退屈はしないんだけど、それは飛行船などの「付加価値」のおかげではなく、元々のデュマの設定が楽しいから。跳ねっ返りのダルタニアンと豪放・貫禄の三銃士たち、そして彼らのモットーである「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」ってのが、万国共通で見る者にグッと来るからだ。

 今回、アンダーソンが売りにしたがった3Dスペクタクル…それらを最大限発揮するための飛行船アクションが、意外にもショボく感じられてしまったのも誤算だろう。何となくB級感の方が強いし、スペクタクルというには見ていてスケール感が感じられない。SFXを駆使して3D効果満点な絵づくりをしても、なぜか「大作感」に乏しい。大作が持っている「ゆったり感」に乏しいのである。

 あとはミラ・ジョボビッチ演じるミレディが見せるアクションの数々が、まさに「バイオハザード」の焼き直しみたいなものばっかりだったこと。これを「楽屋落ち」と笑っていいのか、それともアンダーソンは「三銃士」に新味を与えたと大マジメにやっていたのか。これが新鮮味だとしたら、少々イタイ勘違いのような気がする。

 いろいろ考えると、キャストの層の薄さがモロに映画全体の「安さ」につながってしまっている。実は冒頭あたりにティル・シュヴァイガーも出ているのだが、サッと画面から退場させられて使い捨て。もったいないけど、今の彼ではこのあたりの扱いが順当なところなんだろうか。

 エンディングはいかにも「続編つくりまっせ」と言いたげな幕切れとなっているが、これはちょっと「とらぬ狸の皮算用」感が漂ってイタイ。今回の作品の出来栄えでは、ちょっと続編は難しいような気がする。

 ともかく大作感、豪華感に乏しいってのが正直なところ。これはいささか残念な結果なんじゃないだろうか。

 

近年のW・S・アンダーソン作品の弱点

 実はこの「三銃士」感想を書いているうちに、近年のW・S・アンダーソンの作品に共通して感じられることに気づいた。

 先にも述べたように、僕は快作「イベント・ホライゾン」によって彼を知った。実に怖かったし面白かった。その時、これからこの男はどこまでスゴイ映画を撮るだろうか…と、期待がメチャクチャふくらんだことを覚えている。

 しかしながらその後に発表された彼の作品は、いずれもソコソコどまり。「バイオハザード」1作目などは希有な例外だと言えるだろうが、それ以外はどれもソコソコ面白いし退屈しないんだけど、大きくハジケもしないしインパクトもない。そのあたりが僕には大いに不満だったのだ。

 そこに今回のご存じ「三銃士」。W・S・アンダーソンなりの新味を盛り込んで、彼がどうこのご存じモノを料理するのか…を大いに期待したのだが、残念ながら今回もソコソコどまり。これはちょっと問題あるんじゃないだろうか。いや、大問題だろう。僕にはいずれの作品にも共通する問題点があるように思えた。

 それは、この人ならではのものを作ろうとするクリエイティビティーの低下だ。

 「イベント・ホライゾン」には、典型的「お化け屋敷」映画を宇宙SFの世界に持ち込んだ斬新さ・大胆さがあった。それゆえ僕はこの監督に多大な期待を持ったわけだが、その後は斬新な作品を手がけたかと言うと、いささか疑問が残る。

 まずはゲームの映画化「バイオハザード」。これはそれなりの出来映えとなったので必ずも否定的にはとらえていないが、その後この作品の2作目、3作目のプロデュースと脚本にダラダラと携わっているのはいかがなものか。ついには4作目でまたまた監督に復帰する始末。ネタがないのかねぇ。

 「バイオハザード」以外は何をやっていたかと言えば、ご存じモノを2つぶっつけた「企画モノ」のエイリアンVS.プレデター(2004)。これはこれで面白かったけれど、映画としちゃ「ハンバーグ・カレー」みたいなお子ちゃま向けのシロモノと言われても仕方がない。さらには「デス・レース2000年」(1975)をリメイクしたデス・レース(2008)…と、これまた焼き直しモノだ。

 もちろん映画に元ネタや原作があることは、決して珍しくない。ボリス・パステルナークのロシア語の原作小説から「ドクトル・ジバゴ」(1965)を撮ったデビッド・リーンが「後ろ向き」かと言えば、僕だってそうは思わない。しかしそういう「視覚メディア」以外のメディアの作品を下敷きにして映画をこさえるのと、「マンガ」や「テレビ番組」や「テレビゲーム」…といったビジュアル分野の作品をネタにして映画をこさえるのとでは、根本的に何か違う気がする。正直言って後者は、イマジネーションやクリエイティビティーの点でかなり後退した行為だと思わざるを得ない。同様に外国作品や旧作映画のリメイク、シリーズ化なども語るに落ちた話だ。それらを悪いとは思わないが、毎度毎度となるといかがなものかと思ってしまうのが、僕としては本音なのである。

 テレビゲームの映画化に手を染めた後は、延々とそのシリーズ化に着手。さらにご存じモノの「VS」映画とリメイク映画…こんなのばっかり次から次へと手がけてるW・S・アンダーソンのその後の軌跡って、僕には単に才能の浪費にしか思えないんだけどねぇ。

 タチが悪いことに、それらは決して出来が悪くなくいずれもソコソコの出来になっている。それだけに、本人全然懲りてないところが病巣の根が深いところだ。おまけに決して悪くない出来ながら、傑出しているわけでもなくハジケてもいない。良くも悪くもソコソコどまりってことが最大の問題だと思う。そんなソコソコどまりで満足しちゃうようになったということが、この人の志が低くなってしまったことを伺わせて、とても残念に思えてならなかったのだ。

 だから本来なら、今回の「三銃士」への挑戦は喜ぶべき方向転換のように思えたわけだ。これは「イイ傾向だ」と思ったからこそ、僕もちょっとは期待したわけだ。

 だけどねぇ…これまた「ソコソコ」っていう結果に終わっちゃったってことは、これはかなり重症なんじゃないだろうか

 僕がすごく気になっているのは、「後ろ向き」な焼き直し作品を作り続ける「言い訳」として、W・S・アンダーソンが「新味」を注入している…と主張したげな姿勢を最近になって見せ始めていることだ。

 彼が「3D」という新たな武器を手に入れたのは、前作である「バイオハザード」シリーズ第4弾「アフターライフ」から。正直言って、いいかげんシリーズが賞味期限切れになりそうになったところで、最新兵器を投入したという感が強い。それである種の「新味」を出そうということか。僕はこの作品を見ていないのだが、第5作が準備されているということはそれなりの成功だったのだろう。しかしシリーズ4作目の監督って、わざわざアンダーソンが乗り出してやるべきことだったんだろうか。それに「バイオハザード」シリーズにとっても、「3D」投入って単なるドーピングというか延命効果の投薬でしかなかったんじゃないのか。

 今回の「三銃士」に再びその「3D」を持ち込んでいることにも、同様のドーピング的発想を感じる。

 ここで「3D」という新兵器を使うからこそ、古色蒼然とした「三銃士」を新たに作る理由が生まれる…。果たしてそんなことだけで、「三銃士」をまた作らなければならないんだろうか。っていうか、それしかリメイクの理由ってないんかい? 作家的な新しさなり、新しく新鮮な顔ぶれで作ってみましたとか…そういう「演出家」としての気概は何か持てなかったのか。

 「3D」のために本来「三銃士」に出てこない飛行船出してみました…って言うのなら、逆に、「三銃士」を「3D」で撮る必要はないんじゃないの?…って言われかねなくなってしまう。元々どう作ったって面白いお話なのに、「3D」のためにわざわざ飛行船を出さなきゃならないのなら、そもそも「三銃士」を「3D」化しなきゃならない理由がないのである。これこそ主客転倒もいいところだ。

 結局、アンダーソンは、これだってデュマ原作の映画化というより、リチャード・レスターやディズニーが作った「三銃士」映画のリメイクと考えているんじゃないのか。だからこそ、ドーピングとしての「3D」が必要と考えているんじゃないのか。

 しかしドーピングしなきゃ焼き直しの意義がない…ってのは、映画作家としていかがなものだろうか。単なる焼き直しでは足らないというところまで、彼のクリエイティビティーは劣化し始めているのか。

 そんなところにしか新たな映画化の価値や理由を見い出せないところに、「創作者」としてのW・S・アンダーソンの「弱体化」が見えるのである。

 

 

 

 

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