新作映画1000本ノック 2010年9月

Knocking on Movie Heven's Door


このページの作品

「トラブル・イン・ハリウッド」 「特攻野郎Aチーム THE MOVIE」 「ヤギと男と男と壁と」 「魔法使いの弟子」

 

「トラブル・イン・ハリウッド」

 What Just Happened

Date:2010 / 09 / 27

みるまえ

 こんな映画がつくられてるって、全然聞いてもいなかった。当然公開されることも知るわけがない。たまたまネットで新作公開情報を調べていて見つけたのだが、その出演者たちに驚いた。ロバート・デニーロ、ショーン・ペン、キャサリン・キーナーにブルース・ウィリスも出てくる。正直言ってその中心に立つデニーロその人が、近年著しく精彩を欠くのが気になるが…。ともかく、これでハリウッドの内幕モノを描くとなれば、ちょっとは見たくなるではないか。映画制作の裏話映画は、当サイトのタイトルをいただいた「アメリカの夜」(1973)を挙げるまでもなく、僕の大好きなジャンルだ。まったく巷で話題になっていないこと、上映されるのがエラく地味な渋谷のミニシアターであること…など不安要素が多々あるが、ともかく重い腰を上げて見に行ったというわけだ。

ないよう

 アメリカの有名誌「ヴァニティフェア」の選ぶ大物映画プロデューサー30人に選ばれたベン(ロバート・デニーロ)は、その記事のための撮影セッションで「大物」たちと一同に会しながら、その胸中は穏やかではなかった。その理由は、今から2週間前のある試写会にさかのぼる。彼のプロデュースしたショーン・ペン主演のアクション映画「フィアースリー」のスニーク・プレビューで、まず事件は起きた。映画会社のエグゼクティブであるルー(キャサリン・キーナー)から一般の観客までを集めたこの上映会。映画のラストで主人公ショーン・ペンが悪漢たちに銃口を向けられた直後、何と主人公の愛犬が無惨に射殺されるではないか。そのとたん、観客たちは思い切り失望の声を挙げてブーイングだ。むろん試写会後のアンケートも最悪。ベンは頭を抱える結果となった。結果、ルーに呼び出されたベンと監督ジェレミー(マイケル・ウィンコット)は、キツーいお達しを受ける。ラストを再編集して犬を救わなければ、映画も彼らのキャリアも終わりだというのだ。カンヌ映画祭にも招待されているが、むろんそれも白紙に戻さねばならない。芸術家気取りのジェレミーは地団駄踏んでグズるが、何とかベンは彼を説得して再編集させねばならない。やれやれ、世話が焼ける。ベンにとって世話が焼けるのは、ジェレミーだけではなかった。最初の妻との間に生まれた娘ゾーイ(クリステン・スチュワート)は何やらワケありな様子で、目を泣きはらしている。2番目の妻ケリー(ロビン・ライト・ペン)とも離婚していたが、ベンは何とかヨリを戻したいと頑張っている。何とかベッドまで連れ込んで関係改善に成功したかと思えば、携帯電話が鳴り出してすべてはオジャン。何とクランクイン寸前の映画で、主演のブルース・ウィリスがあごヒゲだらけで現場に来たというではないか。映画会社ではウィリスがあごヒゲを剃らなければ映画は中止と言い出すし、ウィリスは断じて剃らないと言うしで板挟み。ウィリスのエージェントであるディック(ジョン・タトゥーロ)に「何とかしろ」と迫るがのらりくらり。あっちもこっちも袋小路。どうにもならない状況に追い込まれたベンだったが…。

みたあと

 映画を見る直前に劇場パンフを買ったが、そこに思いもかけぬ名前を見つけてびっくり仰天。なんとこの映画、バリー・レビンソンが監督してたの? そう、最近めっきり名前を聞かなくなったが、一時期はそれなりにハリウッドの大御所となったあのレビンソン。その久々の作品だったとは。…と言っても、イマドキの映画ファンだったらその名前を知らない可能性もある。かく言う僕だって忘れかけていた。何しろここ最近の監督作はことごとく未公開(それも今回調べてみて初めて分かった)。結局ここまでの最新公開作ってケイト・ブランシェット主演の「バンディッツ」(2001)ということになるんだろうか。これは娯楽映画としては水準作だったが、特出した作品というわけではない。バリー・レビンソンっていうと、みんながピンと来る作品はやっぱりオスカーを受賞した「レインマン」(1988)ってことになるんだろうか。ただ、ここに至るまでにはレビンソンには長い脚本家としてのキャリアがあって、監督に進出してからもロバート・レッドフォードが野球選手を演じた「ナチュラル」(1984)やロビン・ウィリアムズ主演の「グッドモーニング、ベトナム」(1987)を発表してそれなりの地位をすでに築いていた。で、「レインマン」でオスカーのハクがついてこれから快進撃…と思いきや、実は凋落も速かった。ウォーレン・ベイティ主演のギャングもの「バグジー」(1991)はともかく、何だか幼稚な寓話みたいな「トイズ」(1992)は無惨な出来。次のマイケル・クライトン原作「ディスクロージャー」(1994)はマイケル・ダグラスとデミ・ムーアという「いかにも」な二人が主演した「セクハラ」ものとして宣伝されてて、クライトンといえばその当時「ライジング・サン」(1993)が「ジャパン・バッシング」映画として騒がれてたんで、これもそんなタイムリー企画か…と思われていた。ところが見てビックリ!  後半でCG映画の草分け(と言ってもイマドキの若いファンに分かってもらえるか)「トロン」(1982)みたいな、バーチャル・リアリティ世界を描いたSFアクション映画に変貌しちゃうトンデモ映画だったのだ。この珍品ぶりに僕なんかは驚喜したが、当然の事ながらついていけなかった人は多かっただろうし、正直いって作品としてはバランスを欠いたシロモノだった。そもそも「大家」となったはずのレビンソンがやることじゃなかった。その後、「スリーパーズ」(1996)、「ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ」(1997)と超大物がズラリならぶ豪華キャストの作品が続くが、どっちもどこかバランスを欠いていて、どっちも今になっては誰も覚えていない大味映画になってしまった。さらにトドメとも言えるのが、またまたクライトン原作の映画化「スフィア」(1998)。ダスティン・ホフマン、シャロン・ストーン、サミュエル・L・ジャクソンという豪華な顔合わせで本格SFに挑んだが、何とも残念な結果に終わってしまった。ホント面白くなりそうだったのでガッカリだったわ。そんなこんなで未公開作が何作か挟まり、「バンディッツ」を最後に作品が来なくなっちゃったというわけ。今回の作品もひとつ間違えばオクラだった可能性は大だ。なぜなら…な〜んとなくこの作品、全編に元気がないからなのだ。

みどころ

 そうは言っても、この作品やたらにキャストは豪華を極める。デニーロの主人公を筆頭に、前述のストーリー紹介にも書いたようにショーン・ペン、キャサリン・キーナー、ブルース・ウィリス、ロビン・ライト・ペン、ジョン・タトゥーロ、そして「イエロー・ハンカチーフ」(2008)に続いてまた登場の期待の若手クリステン・スチュワート、さらにはスタンリー・トゥッチ…と、お世辞抜きでかなりのメンバー。こうした面々がハリウッドを舞台に次から次に出てくるのだから、映画ファンとしては一応見ていて飽きない。中でも「シモーヌ」(2002)に次いでまたしてもハリウッドのエグゼクティブを演じたキャサリン・キーナーが、かなり感じを出しててグーだ。そもそも僕は映画制作の裏話がキライじゃないから、「大変だなぁ」と思いながらのんびり見ていられる。雰囲気的にはロバート・アルトマンの凱旋作となった「ザ・プレイヤー」(1992)、メリル・ストリープとシャーリー・マクレーンがデビー・レイノルズとキャリー・フィッシャー母娘を演じた「ハリウッドにくちづけ」(1990)、シャロン・ストーン主演の「ハリウッド・ミューズ」(1999)、ウディ・アレンの「さよなら、さよならハリウッド」(2002)…そこらへんの作品と共通するムードがたっぷり味わえるのである。

こうすれば

 しかしながら、それらの作品と共通するムードが味わえるのは確かだが…それら以外の要素が味わえない、この作品ならではの何かが感じられない…というのが、この作品のもっとも致命的な点だ。スターのわがまま、映画会社の横暴、芸術ぶって大人げない監督、制作現場は綱渡りで業界はすべて虚栄、私生活はボロボロ…こういう要素ってハリウッドを舞台にした映画では…いや、「アメリカの夜」あたりでも…ゲップが出るほど見せられてきたアイテムではないか。つまり、ひとつひとつは「トラブル」ではあるけど、この手の映画としては「お約束」。予定調和なトラブルだから、見ているこっちはあまりトラブルに感じない。想定内の「またやってるな」という程度のことでしかないのだ。それでも過去のそれなりの作品は、それぞれ独自の切り口や見せ方、あるいは映画作家の持ち味で見せて独自性を出していた。ところが今回の作品は、そんな「独自性」が皆無。だから、もうすでに見ちゃったような感じすらする。キャサリン・キーナーも「シモーヌ」に次いでいい味出してる…と言ったものの、それすら「もうすでに見ちゃった」感を増大させているように見えてしまう。考えてみればバリー・レビンソンって人は、好調だった「グッドモーニング、ベトナム」「レインマン」の頃ですら、強い個性や独自の意匠を見せてはいなかった。映画に自分の刻印をしない人だったのだ。それなりの「大家」になってから「トイズ」「ディスクロージャー」「スリーパーズ」「スフィア」…とこの人「らしくない」バランスの狂った作品や何をやりたいのか分からない作品を連発してしまったのも、この人に「これ」といったブレない軸足というか「本当にやりたいこと」がなかったからじゃないのか? だから今回も、すでにどこかで見たハリウッド内幕話以上のモノにはならない。そして近年の映画のハズしっぷりからも伺えるように、どうも「現役感」や「鮮度」が失われつつあるように感じる。だから映画全体に元気がない。おまけに主演がデニーロと来て、それでなくても近年鮮度が落ちている彼だから、ますますイキの良さがまったくない作品になってしまった。「ボーダー」(2008)を引き合いに出すまでもなく、どうも今の彼は「死んだ魚」みたいにイキが悪い。だからこれだけ豪華な顔ぶれを揃えているのに、映画全体に渡って峠を越えちゃった人ばかり出ている雰囲気が漂ってしまったのだ。

さいごのひとこと

 今じゃブルース・ウィリスだって「あがり」っぽいもんな。

 

「特攻野郎Aチーム THE MOVIE」

 The A Team

Date:2010 / 09 / 20

みるまえ

 ネタ枯れハリウッドが今ご執心なのは、懐かしのマンガやテレビ番組の映画化。それにしても、これが映画になるとは思ってもみなかった。「特攻野郎Aチーム」。番組の存在は知っていたけど、あまり見たことはない。ジョージ・ペパードとミスター・Tが出ていたことは知っていたが、まったく熱心な視聴者ではなかったのだ。そもそも、わざわざ映画化されるようなネタかいって思っていたが、こうして映画になっちゃうってことは、それなりにファンもつかんでいたんだろう。だが、僕はこの元のテレビシリーズ「特攻野郎Aチーム」には何の懐かしさもシンパシーもないから、これが映画化されると聞いても「へー」と思うくらいしか反応しようがなかった。大体、ミスターTの役はどうするんだ。「スパイ大作戦」を「ミッション・インポッシブル」にした時みたいに、役柄や設定を完全に変えちゃうしかないだろうと思っていた。やがてビジュアルが公表されて4人の主役たちの顔が露出するようになると…おお〜、リーアム・ニーソンが出るのか。本来、リーアム・ニーソンがこの手のアクション大作の主演っていうのはピンと来ないが、僕らはすでに「96時間」(2008)で大暴れする彼を見た後だ。あの作品での暴れっぷりがあんまり見事だったので、またやってくれないかなと思っていたところだ。うん、なかなかいいぞ。…それ以外のメンツはイマイチよく分からない奴ばかりだ…と思ってたら、実はつい最近「第9地区」(2009)で絶妙な味を見せた南アフリカのシャルト・コプリーなんて「旬」の映画人が出てるというではないか。こういうとこ、ハリウッドって何だかんだいって目ざといねえ。そしてミスターTの代役らしき人物は…僕は格闘技に疎いので全然知らなかったんだけど、その世界じゃ知られたランペイジ・ジャクソンなる男。てなわけで、普通の大作映画の豪華スター勢揃い的なキャスティングではないものの、それなりに興味の湧く配役がなされているようだ。というわけで、シネコンのオールナイトに潜り込んだ。

ないよう

 ここはメキシコ。薄暗い倉庫の中で、一人の初老の男が手錠をかけられながら、ぶちのめされて椅子でのびている。それを見ながらほくそ笑んでいるメキシコの警官二人。しかし彼らは間違っていた。二人が立ち去った後で初老の男は巧みに手錠をはずしてしまい、まんまと脱出に成功する。この男はアメリカ軍のジョン・“ハンニバル”・スミス大佐(リーアム・ニーソン)。実はメキシコの麻薬組織壊滅のため、彼は仲間と共に潜入作戦を展開中だったのだ。さてメキシコの荒野に飛び出したハンニバルは、たまたまそこを通りかかったワゴン車を停める。銃を突きつけて「クルマをよこせ」と脅したものの、その運転手は腕っ節も強そうで見るからにいかついモヒカン頭のB.A.バラカス軍曹(クイントン・“ランペイジ”・ジャクソン)。とてもじゃないが承服できない事に従う気配はない。しかし決定的だったのが、B.A.がレンジャー部隊出身だったこと。そうなりゃ仲間だ話は早い。こうしてB.A.はハンニバルの軍門に下り、共に「作戦」に参加することになった。実はハンニバル、先ほどの警官に探知機を付けていた。その信号から割り出して、捕らえられた仲間を休出しようというわけだ。その頃、荒野の果ての牧場では、一人のアメリカ男が縛りあげられ、絶体絶命の状況に陥っていた。何とこのヤサ男、犯罪組織のボスの女房に手を出したことと身元がバレたことで、今にも警官たちに火あぶり処刑をされようとしていたのだ。その男こそ例のハンニバルの仲間、フェイスことテンプルトン・ペック中尉(ブラッドリー・クーパー)。悪漢たちをナメきった態度でオチョクりながらも、実はそんな笑っている余裕もない状況だった。しかし、その場にいきなりワゴン車が突っ込む。たちまち派手な銃撃戦が展開。ハンニバルとB.A.はアッという間にフェイスを奪還、ワゴン車でその場を一気に立ち去った。しかし、それでは我慢ならないのが麻薬組織の連中。案の定、血相変えて彼らを追っかけて来る。さてワゴン車でとある病院にたどり着いたハンニバルたちは、そこでひとまずフェイスのケガの治療を行う。ところが、そこで彼のキズを縫っていた医師は…頭がイカレてるので入院させられていた「患者」のマードック大尉(シャルト・コプリー)。しかし、飛行機やヘリなどの操縦の腕はピカイチと知って、ハンニバルは迷わず彼を「復職」させた。というより、病院に追っ手が到着して選択の余地がなかったとも言える。病院ヘリコプターに乗り込んだハンニバル、B.A.、フェイスは、イカレ軍人マードックの操縦で空に舞い上がる。すると追っ手も負けじとヘリで追跡。そうなるとイカレたマードックの独壇場。宙返りやらミサイルの攪乱などお手の物。それでなくても空が苦手なB.A.の気分が悪くなったものの、まんまと敵のヘリを米国領空まで誘い込んでから攻撃。作戦は見事成功となった。満足げにハンニバルはつぶやく。「作戦は奇をもって良しとすべし!」…それが黄金のチーム、「Aチーム」の誕生だった。それから8年後、彼らは占領下のイラクにいた。さまざまな任務を終えてイラク撤退を目前にしていた彼らだったが、ハンニバルはCIAのリンチという男(パトリック・ウィルソン)から妙な話を聞かされる。テロリストたちが米ドル紙幣の原版を入手し、それをバグダッドから運び出そうとしているというのだ。それを阻止しようという動きはすでにあったが、なぜか任務は民間人の傭兵であるパイク(ブライアン・ブルーム)の仕事となっていた。ちょうどその頃、フェイスの元恋人で国防犯罪調査局の女性大尉のソーサもこの話を嗅ぎつけ、Aチームに手を出すなと牽制してきた。だが、胡散臭い傭兵どもにこの仕事を任せられるはずもない。ハンニバルは上官で戦友でもあるモリソン将軍(ジェラルド・マクレイニー)に直談判。パイクたちを出し抜いて、Aチームがこの原版奪還作戦を秘密裏に行うことが決定した。彼ら以外でこの件について知っているのは、モリソン将軍ただ一人。そんなこんなで、早速巧みな作戦行動が実行に移される。アッという間にテロリストたちから原版を乗せたトラックを奪い、基地まで運んで来たAチームたち。その報を聞いたモリソン将軍は、ジープに乗ってその場に駆けつけた。ところが、モリソン将軍を乗せたジープはAチームたちの目の前で大爆発。しかもトラックも爆発して現場は大混乱となった。「これはワナだ!」…原版はどこかに消え、これが「極秘作戦行動」だったことを知るモリソン将軍はこの世にいない。軍法会議にかけられたAチームたちは、全員有罪となってバラバラに軍刑務所に送られてしまう…。それから半年後、刑務所内で怒りを燃やし続けていたハンニバルの元に、あのCIAのリンチが面会にやって来る。何と例の原版を使って刷られたドル紙幣が、チューリッヒで見つかったというではないか。そしてあのイカサマ臭いパイクも、最近ドイツに出没していた…。

みたあと

 映画の構えは明らかに超A級。それなりの目玉大作としてつくられたことは間違いない。ただ、このキャスティングを見ても分かる通り、単に豪華な大作というわけでもない雰囲気だ。せっかくテレビから映画のスクリーンへと昇格したんだ。やろうと思えば、もっと知名度の高いスターを並べ立てて、大作ムードを盛り上げることだって出来たはずだ。しかしキャストの筆頭はリーアム・ニーソンで、言っちゃ悪いがその他の3人はちょっと「スター」としての華やかさには欠ける。監督はジョー・カーナハン…知らねえ(笑)。しかし実際の作品を見たうえでズバリと言うと、これが面白かった。何だかこれって映画サイトの感想文じゃないみたい(笑)。小学生の作文じゃねえよって言われそうだけど、ホントにそうだから仕方がない。そもそもクドクド言うような映画じゃないのだ。ただ一言いわせてもらうなら、今ひとつ豪華とは言いかねるキャストもちゃんと意味があった。質実剛健というか適材適所とでもいうか、派手さ豪華さよりもそのキャラクターに適しているか、何より全体のコンビネーションの中にハマっているか…を最優先したかのような形跡が見られるのだ。つまりは、相性がいいかどうかが最大の優先事項だったようなのである。

みどころ

 リーアム・ニーソンは「96時間」でアクション開眼した後だから、こういう映画も危なげない。そしてCG使ったりいろいろ派手にぶっ壊したりしてるけど、それはこの映画の面白さの最大の理由じゃない。この映画の面白さは、ニーソン以下「Aチーム」のチームワークにある。どちらかというと「名優」であるニーソンと南アフリカ出身でそれまで無名のコプリー、格闘界から来たランペイジ・ジャクソン…などと見事なまでにバラバラな連中なのに、映画を見ている限りは物凄くコンビネーションがとれた相性の良さを見せる。コレが見ていて実に好ましいし、気持ちがいい。リーアム・ニーソンが気持ちよさそうにアクションしているのを見ているのも楽しいし、「第9地区」のコプリーが予想以上の芸達者ぶりを見せるのも面白い。この映画はそんな出演者たちの気持ちよさそうな演じっぷりを楽しむ映画なのだ。派手な設定やら見せ場はそれなりに大したものだが、正直言ってそれほどオリジナリティがあるわけでもスゴイわけでもない。見た後でスカッとする気持ちの良さを味わえるのは、出演者たちの相性の良さと彼ら自身も楽しんでいるその楽しさが伝わって来るからだ。そういうわけで、作品の構えとしては金のかかり方といい見せ場のデカさといい超A級なのは間違いないのに、どこかB級作品っぽい「気楽さ」も感じられる。エンディングはいかにも「続編」を意識した感じだが、引き合いに出しては気の毒ながら「G.I.ジョー」(2009)なんかの続編を作るくらいなら、これの続編を見たいと本気で思う。またこいつらに会いたい…と思わせるものがあるからだ。ドラマってのはアレコレ言ったところで、基本的にはキャラクターだといえる。だとすると、この映画はその根本的なところで成功していると言えるのだ。

さいごのひとこと

 暴れぐせがついたリーアム・ニーソン。

 

「ヤギと男と男と壁と」

 The Men Who Stare at Goats

Date:2010 / 09 / 13

みるまえ

 占領下のイラクに、米軍の超能力部隊が送り込まれていた…というお話を、ジョージ・クルーニー、ユアン・マクレガー、ジェフ・ブリッジス、ケビン・スペイシー…という豪華な顔ぶれで映画化。何とコレが「実話」との触れ込みだが、タイトルがタイトルだからこれはコメディとしての映画化なのだろう。イラクが舞台というと、「スリー・キングス」(1999)、「シリアナ」2005)など砂漠づいてるジョージ・クルーニーらしいって気もする(笑)。何だか分からないけど顔ぶれはにぎやかだし、面白そうだ。これは見たい!

ないよう

 ここはどこぞの米軍基地。自分のデスクで仕事をしていたホプグッド将軍(スティーブン・ラング)は、「隣の部屋へ行く」と一言告げると何を考えたかいきなりカベに向かって全力疾走。当然のごとく壁に正面衝突して倒れ、痛々しいうめき声をあげる…。お話というのはこうだ。2003年のこと、ミシガンの地方紙の記者をしているボブ・ウィルトン(ユアン・マクレガー)が、ある男に取材したところから始まる。その男は米軍で「超能力者」として活動していたという、いわゆるアレな人。こいつは目をギラギラさせてトンデモ話を語り、「軍で2番目に強力な超能力者」として「リン・キャシディ」なる名前を口走ったが、当然ボブはそんな言葉を真に受けるわけもない。それだけなら、ボブは平穏無事な人生を歩んでいられたはずだ。ところが彼の妻が編集長と密通。心破れたボブは、こういう時に男たちがすることをした。つまり、戦場を志願したのである。戦争が始まったばかりのイラクへ飛び、すべてを精算したいと思ったのだ。まずはクウェートでイラク入国を待つ。しかしいきなりポッと出の田舎記者に、声をかけてくれるような人はいない。どうしたもんかと悶々とするある夜、ボブはホテルのレストランで一人のアメリカ人セールスマンと出会う。しかしボブは、この男が差し出した名刺に釘付けになった。「リン・キャシディ」…どこかで聞いた名だ。ややっ? 米軍の超能力兵士のナンバー2がこのイラクに? こうなってみると、あのアレな男の話もまったく妄想の産物とは言えないのではないか? 思わずリン(ジョージ・クルーニー)の後を追いかけるボブだったが、リンは当然ながらそんなボブに警戒を露わにする。ボブがそんなリンに「名刺代わり」にミシガンでの例の男の話をすると、ようやくリンはポツリポツリと口を開いてくれた。何とリンは米軍の超能力部隊「新地球軍」のメンバーだったというではないか。やっぱりあの話は本当だったのか? リンもまた、ここで彼らのことを知っているボブに会ったのは「何かの縁」と感じたようだ。かくして明朝、クルマでイラクに向かうリンに、ボブも同行することになる。その道中、ボブはリンから「超能力部隊」についての話をアレコレ聞かされる…。ベトナムで九死に一生を得た陸軍小隊長ビル・ジャンゴ(ジェフ・ブリッジス)が、人生観を一変させて帰国。それから「自分探し」なのか放浪の旅に出て、「何か」を会得して軍に戻ってきた。ヒッピーのように髪を伸ばしたビルが軍に提出したのが、「ジェダイ計画」なるプロジェクト。それこそが「新地球軍」創設の提案だ。ところがこの突飛な提案を支持するホプグッド将軍のような者もいて、何とこれが具体的に動き出すことになる。この秘密部隊では「愛と平和」の精神によって、超能力を磨くという任務が行われた。軍にもかかわらず、彼らはみなヒッピーのような長髪を伸ばし、自由な気風の下で能力を育んでいった。そんな中に、若き日のリンもいた。彼はビルの庇護の元でメキメキ頭角を現し、その能力を遺憾なく発揮していく。ところがいいことは続かない。新たに入隊してきたラリー(ケビン・スペイシー)という野心家が、すべての元凶だった。能力でリンに敵わないラリーは無茶なトラブルを起こし、その罪をビルになすりつけて軍から追い出してしまった。挙げ句の果てに、ヤギを精神力で殺す実験をさせられるリン。そんなこんなでリンもまた、失意の中で軍を去ったのだった…。そんな打ち明け話を聞いているうちに、クルマでイラクに近づくリンとボブ。しかし行く手にはナゾの賊が立ちはだかり、派手な市街戦が展開する。果たしてリンとボブの旅の行く手には、何が待っているのだろうか…?

みたあと

 知らなかったんだけど、劇場パンフを読むと、これ実話だったらしい。え? 実話? そう、ホントに米軍は「超能力部隊」をつくっていたらしいのだ。これは単なるコメディではなく、実話の映画化なのである。とはいえ、映画のタッチは完全にコメディ。これ見ただけで、実話だなんて思う奴はいないわな。ジョージ・クルーニーがユアン・マクレガー相手に真顔で「ジェダイ」なんて言ってるあたり、完全に「狙って」ます。ハリウッド本流のベタなコメディではなく、ちょっとひねったオフビートな笑いだ。この「実話」をこういう映画にしようとした発想が、「成功だったかどうかは別にして」とにかくユニーク。というか、実話からして冗談みたいな話だったのかもしれないが。

みどころ

 元々、ジョージ・クルーニーは「バーン・アフター・リーディング」(2008)などコーエン兄弟の作品などで、アチャラカ演技はお手のもの。今回も大まじめな顔をしてバカなことをしている様子が抱腹絶倒だ。そうそう、この映画のすっとぼけた笑いは、コーエン兄弟の作品の「それ」などに似たオフビートなものだ。だから、クルーニーもジャスト・フィットしているのである。純朴な顔をして終始キョトンとした顔を押し通すユアン・マクレガーも絶品。彼らの芝居のおかげでこの映画は楽しめる映画となった。あと笑っちゃったのが、懐かしのロックバンド、ボストンのヒット曲「宇宙の彼方に」が大音響で流れること。いかにもな選曲で爆笑してしまった。

こうすれば

 しかし…大いに楽しかったはずなのに、実はここで僕はひとつ告白しなくてはならない。何と珍しいことに、僕は途中で睡魔に襲われたのである。ここだけの話、一瞬記憶がとぎれている部分もある。それで感想なんて書くのはおこがましいのだが、一応お話のつじつまは合っているのだから「ほんの一瞬」だったのだろう。それにしても…面白かったはずなのに、何で眠ってしまったのか。なぜそうなってしまったのかを説明するのは難しいが、実はそれってこの映画が何を描いた映画なのかを説明するのと同じくらい難しい。何を描こうとした映画なのか、いまひとつ見ている人間に伝わってこない。ジョージ・クルーニー以下「超能力部隊」の面々がマジメもマジメ、大まじめにやればやるほど、現実と食い違ってきちゃう哀しみを交えたおかしみ。あるいは彼らまで利用してしまう戦争の…あるいは米軍の恐ろしさや浅ましさ。「愛と平和」の精神で軍隊としての活動を行おうとした矛盾のおかしさ。ラストでイラクの囚人を解放しているあたりを見ると、反戦テーマもあるように思える。…それらのうちどれを描こうとしたのか分からないし、そのどれもすべて描こうとしたのかもしれないが、どれもこれも描かれた「お話」から僕がその「意図」を類推したテーマでしかない。これらのテーマは、画面からダイレクトにはなかなか伝わって来ないのだ。だから、何を描こうとしたのか、何を描きたかったのか一向に分からない。何だか映画全体にわたって、ガラスごしに見ているような印象がある。これは僕が眠かったから…じゃないような気がするのだ。もうちょっとこのあたりについて、上っ面をなでるんじゃなくてもっと直接的に描けなかったのか。「グッドナイト&グッドラック」(2005)ではプロデュースと脚本を手がけたというグラント・ヘスロヴ監督は、ちょっとハイブロウな気取った描き方ではなかったか。もっとズケズケズバズバ描かないと、見ている人に届かないんじゃないだろうか。先ほど、“「実話」をこういう映画にしようとした発想が、「成功だったかどうかは別にして」とにかくユニーク”…といういい方をしたのは、こういうワケだったのである。こうなってくると、そもそも笑っちゃう映画にすべきだったかどうかも怪しいとさえ思えてしまうのだ。

さいごのひとこと

 久しぶりにボストンを聞きたくなった。

 

「魔法使いの弟子」

 The Sorcerer's Apprentice

Date:2010 / 09 / 06

みるまえ

 ジェリー・ブラッカイマー印の新作は、またしてもニコラス・ケイジ主演。タイトルが「魔法使いの弟子」…ってあたりで、「見たい!」となる人はあまりいないんじゃないだろうか(笑)。タイトルがタイトルでヌルいし、おまけにディズニーだもんねぇ。いかにブラッカイマー好きでニコちゃん好きの僕でもコレはあまり食指をそそらなかった。だって「魔法使いの弟子」だよ(笑)? ところが久々に手に入れた休日に映画館に行ってみれば、海外旅行や帰省から帰ってきた連中が溢れかえっているじゃないか。何だオマエら十分休んでいるくせに、まだ休み足りない遊び足りないのか、オレがたまに手に入れた休みをジャマするんじゃねえ…と言っても仕方がない。結局、目当ての映画はどれも見れずに、この「魔法使いの弟子」しか時間が合う作品はなかった(涙)。決してこの作品が空いていたワケではないが、これなら何とか入れる。そんな消極的な理由で見ることになったこの作品、申し訳ないがそもそも期待値はかなり低い中で見たことを御承知いただきたい。

ないよう

 紀元740年、イギリス。偉大な魔法使いマーリン(ジェームズ・A・スティーブンス)の下には3人の弟子たちがいた。ところがそのうちの一人、ホルヴァート(アルフレッド・モリーナ)が突如裏切って、邪悪な魔法使いモルガナの軍門に下る。これによって世界の秩序は風前の灯火となった。モルガナは隙をついてマーリンを殺害。死者たちを甦らせて世界を破滅させようと目論むが、その行く手を阻んだのが残りの弟子二人…バルサザール(ニコラス・ケイジ)とヴェロニカ(モニカ・ベルッチ)。バルサザールがホルヴァートを「グリムホールド」という入れ子式人形の中に封じ込め、ヴェロニカはモルガナの魂を自らの中に吸い込んで動きを封じたが、それは自分をモルガナもろとも「グリムホールド」の中に封じ込めることでもあった。こうして世界の破滅こそ免れたものの、一気に師匠も仲間も失ってしまったバルサザール。彼はマーリンの後継者を求めて、何百年も世界中を旅することになった。それから幾年月。西暦2000年のニューヨーク。小学校の遠足で友達とニューヨークにやって来たデイブ少年(ジェイク・チェリー)は、同級生の可愛い子ベッキー(ペイトン・リスト)の気を惹くのに夢中。その甲斐あってか、彼女もまんざらではないみたい。「友達になる? それとも彼女?」と尋ねたメモを友達から友達へと回してもらったが、生憎その回答を戻してもらう時に、メモは風にさらわれてしまった。そのメモを必死に追いかけているうちに、デイブはニューヨークの知らない横町へと導かれていく。最終的にメモの紙が辿り着いたのは、古びたビルの骨董屋だ。コワゴワ中に入ってみると、そこにいたのは髪を振り乱した妙な男…バルサザールだ! 彼はデイブがここに入ってきたことを偶然とは思わなかった。それどころか、マーリンの後継者が得るべき竜の指輪を渡してみると、指輪はデイブの指にしっくりハマったではないか。この少年が待ち望んでいた後継者か! 喜び勇んだバルサザールが彼に魔法の指南書を渡そうと探している隙に、デイブはうっかりあの「グリムホールド」からホルヴァートを解き放ってしまった。かくして古びた骨董屋の店内で、魔法を使った激しい攻防が展開。デイブが危うく殺されそうになったところで、バルサザールはホルヴァートを抱き込んで大きなツボの中へ。デイブは泣きそうになって、もうひとつの「グリムホールド」を抱えて店の外に飛び出したが、動転のあまりその「グリムホールド」を店の外に放り出した。そこに、彼を捜しに来た先生や友達たちが到着。魔法がどうの…と慌てふためいてしゃべるデイブのことなど、誰もマトモに扱うわけもない。おまけにあまりの恐怖で小便までチビったもんだから、みんなの前で赤っ恥もいいところ。むろんそんな恥ずかしい場面は、あのベッキーにも見られていた。かくして、またまた長い年月が過ぎる。今や大学生になったデイブ(ジェイ・バルチェル)は、ニューヨークの大学で物理を学ぶオタクな学生。内向的で周囲と溶け込まない性格は、あの「魔法」のトラウマゆえ。彼にとっては、アレはなかったことにしたい出来事だった。そんな彼は、ひょんなことからあのベッキー(テリーサ・パーマー)と再会することになる。実は彼女も同じ大学にいて、放送部でDJをしているのだった。幼い日の汚名挽回をしたいデイブは、おずおずと彼女に接近する。一方、バルサザールとホルヴァートを閉じこめていた例のツボは、とある老夫婦が自宅に飾る骨董品になっていた。それが何かの兆しを感じたか、激しく振動を始めるではないか。まずツボから飛び出したのはホルヴァート。彼は先に飛び出したのが自分だと知るや、バルサザールが甦らぬように、ツボを窓から放り投げてしまう。しかし間一髪、ツボが地面に落ちて割れる直前、バルサザールもツボから飛び出した。バルサザールはクライスラー・ビルの装飾に生命を吹き込み、巨大な鋼鉄のワシを生み出す。そしてこのワシに飛び乗ったバルサザールは、成長したデイブの元へと急いだ。しかしすでにデイブの元には、彼の息の根を止めるべくホルヴァートが訪れていた…。

みたあと

 というわけで、現代っ子のデイブがマーリンの後継者として、バルサザールの「魔法使いの弟子」になる…というお話。で、どこかで聞いたようなタイトルだなぁと思っていたら、いやぁお恥ずかしい。デイブがラクしようとして自分の隠れ家を掃除する際に、ホウキに魔法をかけて自分で動くようにするくだりを見て…やっとこ思い出した! 「ファンタジア」(1940)の中の挿話…ミッキー・マウスが出てくる「魔法使いの弟子」というエピソードを。この「魔法使いの弟子」というエピソードは「ファンタジア」の象徴的存在らしく、アイマックス映画として製作されたリニューアル版「ファンタジア2000」(1999)でも再録されていた(この映画については個人的思い出もあるのだが、ここでは割愛)。これはそのエピソードを元ネタにした長編実写劇映画というわけ。「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」(2003)とか「ホーンテッドマンション」(2003)…なんてディズニーランドのアトラクションを映画化し出したディズニーが、いよいよ「ファンタジア」の挿話なんてトコまで手を出して切り売りを始めたってことなのか。そこまでハリウッドはネタに困っているのか。ただ、映画そのものはジェリー・ブラッカイマー映画だからして、退屈するような映画にはなっていない。ブラッカイマーにニコラス・ケイジとジョン・タートルトーブ監督という「ナショナル・トレジャー」(2004)のチームだから、安心して楽しめる内容にはなっているわけだ。

みどころ

 だからこの映画も、いきなり大昔のイギリスからスタートする大げささ。このもったいつけ方がブラッカイマー映画だよね(笑)。相変わらずニコラス・ケイジの演技も、さらに輪をかけて大げさ(笑)。そこにアルフレッド・モリーナとかモニカ・ベルッチとか、無駄に贅沢なキャストがどんどん投入されているあたりもスゴイ。そこへ来て、ニューヨークって街は大都会のくせに、妙に古い建物なんかが残っていたりするから、こういう魔法の戦いが起きそうなムードも漂っている。ともかくディズニーとブラッカイマーらしい、健全に面白い大作娯楽映画になっている。これは簡単なようで結構難しいのだ。

こうすれば

 しかし…やっぱりというか結局というか、最初に「魔法使いの弟子」ってタイトルがヌルいって感じた予感は当たっていたし、実はそれこそがこの映画の感想の「すべて」でもあった。いろいろ豪華だし面白くつくっているし、手を抜いているわけではないが、やっぱりどこかがヌルい。実はお話の作り方にもちょっとだけ問題があって、一旦現代に入って魔法使いたちも復活、「選ばれし者」も登場したのに、また「それから10年後」って話を飛ばす必要はなかったんじゃないか? 最初にデイブがバルサザールが出会うのを大学生の時点に設定しておけばストレートにドラマが進んだわけで、デイブの子ども時代の話ってなかった方が話が早かった気がする。このまどろっこしさも気になるのだ。しかし、そんなことは些細なキズ。ニューヨークを舞台にした超自然的スーパーパワーものでコミカルな映画っていえば、「ゴーストバスターズ」(1984)をはじめとして枚挙にいとまがない感じ。おまけに頼りなさそうな現代風若者が「選ばれし者」だと言われて邪悪なパワーと対決する映画なんて、イマドキ腐るほどつくられている。しかも題名がまるっきり頭に浮かんで来ないが、つい最近もドンピシャに「まんま」な映画が公開されたばかりじゃないか?…調べてみたら、「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」(2009)ってのがそうじゃないかと思うが…つまりねぇ、一応話は面白いし役者も豪華、見せ場も派手で金もかかってる、それなりにハラハラドキドキもさせてくれるんだけど、この映画全体にわたって「すでにどこかで見ちゃってる」感が充満しているのが最大の難点。これでもいいんだけど、何もこれじゃなくたってまったく問題ない。この映画は残念ながら、観客にとって唯一無比の映画には絶対になれないのだ。もっと簡単に言えば、鮮度がゼロなのだ。これは一生懸命つくったり金をかけたりしても、どうにもなるもんじゃない。基本的な発想やコンセプトの問題なわけだ。もうディズニーランドのアトラクションや過去のアニメからの切り売りなんか、してる場合じゃないんじゃないか?

さいごのひとこと

 鮮度ゼロならこの夏の暑さで腐っちゃうよ。

 

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