「エクスペンダブルズ」

  The Expendables

 (2010/11/22)


  

見る前の予想

 もうすっかり落ち目になって消えちゃったと思ってたシルベスター・スタローンが、ロッキー・ザ・ファイナル(2008)を携え忽然とスクリーンに帰って来たのは、まさに衝撃以外の何者でもなかった。

 全く予想外の復活。そして作品的にも第1作に匹敵する出来栄え。これにはホントに驚かされた。しかし素晴らしいとは思ったが、おそらくスタローンが「ロッキー5/最後のドラマ」(1990)で尻すぼみした「ロッキー」シリーズに、その金看板に見合った幕切れを用意したくてつくった作品だと感じていた。

 その直後に「ランボー/最後の戦場」(2008)まで作るに至っては「悪ノリ」だと思ったものの、こっちもこっちでオトシマエがつけたかったんだろうな…と感じてもいた。だから…正直言ってスタローンが本気で第一線に帰ってくる気があるとは…僕は夢にも思っていなかった。映画人生最後の花道を飾りたかったんだろう…と勝手に考えていたのだ。

 ところがスタローンは、まったく引退しようなんて気はなかったようだ。それどころか、意欲満々の新作をブチ上げた。それが今回の「エクスペンダブルズ」だ。

 しかし今回のこの新作、キャスティングを知るや…「ご隠居」スタローンが年寄りの冷水的につくった作品ではなく、かなり鮮度の高い作品ではないかと思えてきたから不思議だ。共演にジェイソン・ステイサムジェット・リー、懐かしいお仲間「ロッキー4/炎の友情」(1985)のドルフ・ラングレンがいるのはご愛敬だが、レスラー(2008)でいきなり第一線に復帰したミッキー・ロークがゲスト的に参加しているあたりも作品の「現役感」を増している。これは見るべき映画なんじゃないかと思えて来たのだ。

 僕は長い間かかった仕事に何とかケリをつけると、とりあえず劇場に飛び込んだのだった。

 

あらすじ

 ここは真夜中のソマリア近海。停泊中のタンカーに、小型ボートが秘かに接近していた。

 一方、船内では怪しげな連中が、さつぐつわををさせられた人々を銃で脅しながら追い立てていた。この連中は悪名高い海賊で、追い立てられていたのは人質にとられた人々。身代金がなかなか届かないのにシビレを切らし、ビデオで人質の処刑を録画して送りつけようとしていたのだった。

 ところが危機一髪のその時!

 海賊たちをレーザーの照準が狙い、彼らの前に銃を構えた6人の男たちが姿を現した。

 その男たちとは…リーダーのバーニー・ロス(シルベスター・スタローン)、その片腕リー・クリスマス(ジェイソン・ステイサム)、カンフーの達人イン・ヤン(ジェット・リー)、タフガイなのにナイーブなトール・ロード(ランディ・クートゥア)、デカい銃器を持たせたら右に出る者のいないヘイル・シーザー(テリー・クルーズ)、そして腕は確かだが薬物に手を出してちょいとアブないガンナー・ヤンセン(ドルフ・ラングレン)といった面々。この6人の男たちは、人質救出のために雇われた傭兵軍団だった。

 まずはバーニーが身代金を放り投げるが、海賊たちはフテブテしく値上げを要求。自分たちの方が数も多く、しかも人質を押さえているということから出た強気だったが、それが何ともマズかった。いきなりキレたガンナーが銃を乱射。こうしてたちまち派手な銃撃戦が始まってしまう。

 しかし、そこは「し損じナシ」の傭兵軍団。海賊たちを的確に仕留めて、無事に一件落着かと思いきや…またまたガンナーがやってくれた。海賊の死体を見せしめに吊そうなんて趣味の悪いことをやろうとするので、バーニーたちから大ヒンシュク。止めようとしたイン・ヤンとも対決モードになって、すんでのところを止められるアリサマ。毎度毎度のお荷物状態に、バーニーとしても「こいつとはこれきりか」と言いたくもなる。

 ともかくこうして彼ら専用の水陸両用飛行艇で帰国したバーニーたちは、平時にいつもタムロしているバー「ツールズ」で今夜もツルむ。ここは、かつてバーニーたちと一緒に戦っていた同僚ツール(ミッキー・ローク)の店。彼が副業として営んでいる入れ墨屋で、みんなは自分の鍛え上げたカラダにチームとしての証の絵柄を彫り込んでもらっていた。

 そんなチームの名前は「エクスペンダブルズ」…消耗品どもというコワモテなネーミング。

 確かにタフでマッチョな連中ばかりで、お楽しみとくればバイクとナイフ投げという物騒なもの。だが顔を合わせれば「チビ」「ハゲ」とお互いの身体的特徴をオチョクった憎まれ口を叩くか、好きな女の話をまくしたてる他愛のない連中だ。いかつい顔のクリスマスなどもたまに国に帰ってきたら、惚れた女(カリスマ・カーペンター)を他の男に取られたりしていて、ショッパイ思いを噛みしめている普通の男にすぎなかった。

 そんな彼らもいつまでも遊んでいるワケにはいかない。そこで仕事の依頼をもらってバーニーが出掛けた先は、人けのない教会。そこで彼を待っていた男は、自らをチャーチ(ブルース・ウィリス)と名乗った。さらにバーニーが驚いたことには、かつて彼の仲間であり、今は別の傭兵チームを擁する商売ガタキのトレンチ(アーノルド・シュワルツェネッガー)まで現れたこと。この仕事は「競り」をかけるほどオイシイ仕事なのか、はたまた難度が高いのか。

 バーニーはその内容を聞いて、すぐに理由が分かった。南米の軍事独裁制を敷いている島国ヴィレーナに潜入して、独裁者ガルザ将軍(デビッド・ザヤス)を暗殺するというのが仕事。ハッキリ言って難度高過ぎのヤバイ仕事なため、トレンチはアッサリ降りてその場を去った。結果的に、この仕事は巨額のギャラでバーニーたちのモノとなる。

 とりあえずバーニーとクリスマスが様子見に現地入りすることになるが、その前に危ういガンナーを仕事からハズしたことは言うまでもない。

 こうして野鳥保護の会と身分を偽って、例の水陸両用機でヴィレーナにやって来たバーニーとクリスマス。彼らは入国早々、乱暴狼藉の限りを尽くす軍隊の非道を目の当たりにする。

 そんな二人の連絡役としてやって来たのは、サンドラ(ジゼル・イティエ)という女。彼女は反政府活動を地下で行っている活動家だが、実は何とガルザ将軍の娘でもあった。圧政で民衆が痛めつけられているのに見かねて、父親に反旗を翻した活動に身を投じたのだ。

 しかし将軍の砦などを偵察していた時に兵士たちに見つかり、早速大立ち回りが始まる。こうなると、サッサと脱出しないと命がない。サンドラが手配してくれたオンボロのピックアップ・トラックで島内を逃げ回るが、軍の連中に次々連絡が飛んで、バーニーたちはどんどん追いつめられていく。

 そんな追っ手の中に、明らかにアメリカ人であるジェームズ・モンロー(エリック・ロバーツ)の姿もあった。どうやらガルザ将軍もこの男に操られているようなのだが…。

 ともかく何とかかんとか水陸両用機が停泊している港まで辿り着いたバーニーたちだが、一緒に国外に逃がそうとしたサンドラは「ここに残って戦う」と去っていった。こうして何とかギリギリで離陸し逃げ出すことに成功したバーニーとクリスマスだが、どうにも腹の虫は収まらない。かくしてわざわざもう一度港に機首を向け、その場に集結した政府軍たちに銃弾を浴びせ尽くし、すべてを焼き尽くしてから立ち去ったのだった。

 だが…それにしたって溜飲が下がったわけでもない。

 仲間たちとの打ち合わせの結果は、「この仕事からは降りた方がいい」というもの。確かにバーニーもそう思った。だが一方、ヴィレーナに置いてきたサンドラのことが、どうにも気にかかる。

 結局、単身でヴィレーナに戻ることを決意したバーニーだが、その頃、仲間はずれになっていたガンナーが、なぜかモンローの軍門に下っていた…。

 

見た後での感想

 正直言って僕はスタローンの「ランボー」シリーズがあまり好きではない。

 独善的な正義感と悲壮感漂うマッチョ、「一匹狼」が独りよがりに大暴れする映画…というイメージがあって、その反ソ右翼的メッセージ以上に映画としての有り様についていけなかった。とにかく何かと言うと「ぬおおおお〜っ」と口をへの字にひん曲げてド根性の押し売り。その押しつけがましさがイヤだった。

 だからヘタすれば今回もその二の舞かも…と腰が退けていたのだが、さすがにスタローンは昔犯した失敗を繰り返すほどバカじゃなかった。

 何より今回新しさを感じたのは、スタローンが単独戦でなくチーム戦を選んだこと。むろんこのキャスティングを見ればそれは想像ついたものの、「これほど」とは思っていなかった。

 何しろかつてのスタローン映画と言えば、「スタローン、ランボー」とか「スタローン、コブラ」とか…名字だけをタイトルと拮抗する大きさの太字でポスターにど〜んと出していた男。これは当時、シュワが「シュワルツェネッガー、コマンドー」などと同じようにやっていたことを踏襲しただけなのだろうが、要は徹底的ワンマン映画だったわけだ。

 しかし、さすがにスタローンももはや自分にそれほどのスター・バリューがないことも分かっているし、アクション俳優としても年齢的に一人でもたないことが分かっている。それより何より「一匹狼」「独善」「独りよがり」がいいかげん鼻についてきたことを分かっているのだ。今回のチームプレイ・キャスティングは、むしろ3つ目の方のニュアンスが強い。

 しかもこのキャスティングが、一見アクション馬鹿力俳優たちばかりを集めて来たようで、結構バランスを考えているからニクい。こっち側にトランスポーター(2002)などで頭角を現したジェイソン・ステイサム、カンフーの世界からハリウッドに来たジェット・リーという「現役感」漂う連中を置き、一方でゲストとして伝説的なマッチョ・アイコンのシュワダイ・ハード(1988)でアクション映画に一時代を築いたブルース・ウィリスを置く。そしてセンターは「ロッキー」「ランボー」にオトシマエをつけたばかりのスタローン自身…という構図。いま、思わず「センター」なんて「AKB48」っぽいイマドキな言い方をしてしまって自分にドン退きしちゃったが(笑)…ともかくスタローンのホームグラウンドである1970〜1980年代アクションの世界から現代までの、アクション映画の系譜が一望できるという欲張りな布陣。明らかにキャスティングに単なる「豪華」以外のコンセプトを感じさせているあたりが、常に馬鹿力っぽかったスタローン映画としては新しい。単に派手なアクションを見せるぞ、オレの十八番のアナログ・マッチョでいくぞ…にとどまらない、それ「以上」を感じさせているあたりがうまいのだ。

 先にも述べたように脇に復活まもない「今いちばんホット」なミッキー・ロークを置いているあたりも、この映画が「懐かしのマッチョ・アクション映画大会」に陥ることを防いでいる。

 柄にもなく緻密な作戦を立てているあたり、スタローンなかなかやるではないか。

 

硬直した悲壮感よりも「男の子」っぽさ

 そして今回最も注目すべき点は、この作品が猛烈なマッチョ・アクションとして作られていながら、「ランボー」などのように硬直した悲壮感やら正義感とは無縁であるところ。

 映画後半の軍事独裁政権との戦いには多少その色合いが感じられないでもないが、これが「ランボー」だったらもっと悲壮感でガチガチになっていただろうし、スタローンも青筋立てながら「ぬおおおお〜っ」と吼えていたことだろう。しかし今回の映画では、スタローンは民主活動家の女を助けたいと立ち上がりはするが、必要以上に血圧を上げたりはしない。

 例えばスタローンとステイサムが水陸両用機でこの島を逃げ出す際に、港の桟橋にいる政府軍に機銃掃射を浴びせたあげく、ガソリンをまいて一気に爆発炎上させるくだりがある。この場面も怒りに燃えて政府軍に復讐するというよりは、まるで「アメリカン・グラフィティ」(1973)で不良たちがパトカーをぶっ壊すイタズラをしたような、ガキの「仕返し」みたいな雰囲気が濃厚だ。このガキっぽさ、男の子っぽさこそ、今回の作品のミソなのである。

 先に述べたチームプレイ・キャスティングも、スタローン・ワンマン映画臭をなくす効果ばかりでなく、この「男の子」っぽさを出すために大いに貢献している。彼らは戦っていない時でも常にミッキー・ロークのバーでツルんでいて、「チビ」とか「ハゲ」とかお互いをバカにし合っている。あるいはナイフ投げを競ったりバイクで街に繰り出したり、さらには惚れた女の話をしたり…と、ほとんど修学旅行気分

 今年はインセプション(2010)、特攻野郎AチームTHE MOVIE(2010)、ミックマック(2009)…とチームワークを強調した作品が多く、この「エクスペンダブルズ」もこうした流れの中に位置する作品ではあるのだが、こっちの作品に特に顕著なのは「男の子」っぽさ。全体のストーリー展開にはほとんど関わりがないのに、全体のバランスを崩してまで語られるジェイソン・ステイサムの恋模様など、この「男の子」気分を出すため「だけ」に描かれたとしか思えない。

 こうした「男の子」っぽさのおかげで映画は結構激しい暴力や残酷描写も描かれているのに、後味は意外にも爽やかなものになっている。他愛のなさやバカバカしさに溢れていて、全編がユーモアと軽さに満ちている。だから全編を気持ちよく楽しむことができる。これはスタローンの進歩と言っていいのではないだろうか。

 当然これまでのスタローン・マッチョ映画とは一線を画して、「独善」や「独りよがり」も一掃されているのだ。これはなかなかうまい作戦だと認めざるを得ない。

 

見た後の付け足し

 というわけで、男の心意気を描いたアクション映画を大好きな僕としては、まったく問題なしと言いたいところ。結構好感を持って見たのは間違いない。

 しかしながら唯一ちょっと注文を付けさせていただくなら…やっぱり、この映画の最大の美点である「男の子」っぽさも「程度問題」…という点だろうか。

 確かに一種の男の子らしいガキっぽさ、バカっぽさは見ていて楽しいのだが、それも「過ぎたるは及ばざるがごとし」の部分がなくはないのだ。

 いい歳してカラダはマッチョ、タトゥーなんか入れてるコワモテのくせに、平時はいつもみんなでツルんでナイフ投げ遊びにバイク転がし。果ては女の話というガキっぷり。それが微笑ましく感じられる点は同意できるが、「男ってガキみたい」って部分をテメエたちであまり全面肯定して押し出して来られると、それはそれでちょっと押しつけがましくもある。「男ってカワイイ」ってところを男の側から過度に開き直ってアピールされても、ちょっとドン引きしてしまう。

 前述のジェイソン・ステイサムと恋人のエピソードなども、あまりに「男の理想」「願望」みたいなモノを前面にムキ出されて恥ずかしくなる。男の身としてはウッカリ同意したくなりそうなのだが、ジュゼッペ・トルナトーレじゃあるまいし、自分で自分の首筋にキスしようとしてるみたいに「男ってカワイイ」をテメエで言ったら気持ち悪いだろう。

 このへん、もうちょっと「ほどほど」にしていただけたら嬉しいのだが。

 

 

 

 

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