「(500)日のサマー」

  (500) Days of Summer

 (2010/02/22)


  

1日目

 でも、正直言って私は女性と映画を見に行くなんてこの10年来全くなかった。しかも私が過去つきあってくれた女たちには申し訳ないが、彼女は映画館で私の隣に座った女性の中でも一番のルックスであることは間違いない。完全にあがりっぱなし(笑)。トホホ。

 

1928日目

 僕も自分の思い出を「なかった事」にはできない。

 だが正直言って、そこに戻りたいとも思わない。

 この映画の最後の最後に来るセリフ…「それでいいじゃないか」という言葉は本当の事だと思いつつ、正直な話それが言えない時だってあるとも思う。…むしろ言える時の方が少ないはずだ。なかなか言えないからこそ、そこには計り知れない価値があるんだろう。

 そんな言葉を、僕もいつか言えたらいいと思う。

<「エターナル・サンシャイン」感想文(2005/04/11)>

 

 

 実はこの映画、2月の6日にはすでに見ていたのに、感想文はまるで書くことができなかった。

 いや、それを言うなら1月9日には東京で公開になっていたのに…そして予告編などを見て「これはきっと素晴らしい映画に違いない」と思っていながら、およそ1ヶ月の間、まったく劇場に近づけなかった。

 忙しかったから? それもある。でも、他の映画は時間をやりくりして見に行っていた。だったら、なぜ?

 この映画ってきっといいだろうとは思っていたけど、それがひょっとしてアダになるのではないか…という懸念があったからだ。

 この映画は、ある男の子が女の子と出会って、付き合って、うまくいっていたはずなのに事態が暗転して、結局ドツボにハマって別れるお話だ。それくらいは、チラシや予告編で何となく分かる。

 そんなお話ならばありふれすぎて、この世に掃いて捨てるほど存在してる。しかし、それを真に「実感」を込めて描いている作品は極めて少ない。

 この映画は、それを「実感」を込めて描けてる作品ではないかと思えたのだ。

 だとすると…情けない話だが、ひょっとしたら僕にはシャレにならない映画かもしれないと思った。見たらトラウマかもしれないと、本気で心配になった。だから怖くてなかなか映画館に近づけなかった…というのが真相だ。

 いやぁ、ホントに情けない、恥ずかしい話だ。いい歳して何やってるんだとおっしゃられても、返す言葉がない。こんな「若い者」の惚れたハレたの話の映画でそんなになっちゃうなんて、一体オマエいくつなんだと言われそうだ。一般の普通の人ならそうだろう。だから好きなだけ笑い者にしてくださって結構。だってホントのことだから。

 実際、僕としてはもうとっくの昔に立ち直った、もうすっかり忘れたと思っていたんだが、実は本当はそうじゃなかったようだ。つい最近になってようやく、本当にその影響から脱せたことを改めて実感できた。そして、そうなって初めて…そこまでずっと「昔の彼女」のことを潜在意識の中で引きずっていたのを自覚したのだ。

 かといって、僕は別にそれまで童貞だったわけでもないし(笑)、当然これが初めての女との関わりだったわけでもない。実はこの女と別れた後だって、女と付き合わなかったわけではない。しかし…こう言っちゃ何だが、あの女は僕の人生の中で、ちょっと特殊な位置を占めていたと言わなくてはいけないだろう。

 今ではハッキリ言ってこっ恥ずかしい言葉だが…当時はあれこそが「理想の彼女」、「運命の女」だと思っていたのだった。

 

 

255日目

 僕が彼女と出会ったのは、寒さの厳しいある冬の日だった。信じられないかもしれないが、たった一度会っただけで僕には彼女がずっと自分が求めていた女なのだとハッキリ分かったんだね。

<「U-571」感想文(2000/09/11)>

 

451日目

 そんなこんなで女はコリゴリって思ってたら現れたのが最後の超大物。これは珍しく俺としては積極的にいった。だって、彼女は今までになく僕が理想とする女だったから。そして彼女とうまくいったんだけど…って話。おいおい、一体おまえ何が不満なんだよ!

 そうだ、僕もロブにあやかって自分の心底愛した彼女のいいとこトップ5を挙げてみようか? この感想文のラストには、これがふさわしい。

 まずナンバー1、信用できるとこ。これって一番大事だよな。

 ナンバー2、偉そうにしない。ハッキリ言って謙虚な人だった。

 ナンバー3、忍耐強い。俺とつき合えるなんてそうでなきゃ無理だったろう。

 ナンバー4、フェアだ。自分の悪いところは悪いと思える彼女は偉かった。

 ナンバー5、モノの見方がユニーク。僕は彼女を通して日常を見ることで、まるでこの世界を再発見しているようだった。

<「ハイ・フィデリティ」感想文(2001/03/26)>

 

1137日目

 その出会いが「運命的」なものだったことは、実は今でも僕は疑っていない。彼女の存在が僕に残したものは大きい。彼女に出会わなければ、僕はきっと全く違った人生を歩むことになっただろう。つき合っていた期間が喜びに輝いていただけではない。彼女は僕という人間そのものを変えたのだ。

 結局のところ彼女と「縁」があったのかどうか、僕には分からない。やっぱり「縁」はなかったのかもしれない。だが、それでもいい。そのことは、もはや問題ではないのかもしれない。そこから僕が何かプラスになるものを得たこと自体が重要だ。願わくは彼女も僕との関わりの中で、何かを得られたであろうことを…。

<「猟奇的な彼女」感想文(2003/02/10)>

 

 

 いやいや、確かに笑っちゃうかもしれない。僕自身だって笑っちゃいそうだ。だって、笑いでもしなけりゃ恥ずかしくって死にそう。

 「理想の女」、「運命の女」ねえ…。

 だが、その時は本当にそう思えたのだから、それを見栄張ってウソついても仕方がない。男ってのは、しばしばそんなコトを思ったりするものなのだ。もちろん、そうじゃない奴だっているだろう。オレは最初から「大人の対応」をしてたって奴…確かにアンタはおっしゃる通りなんだろう。結構なことだ。たぶんアンタは生まれた時から童貞じゃなかったんだろうて(笑)。

 それから、「男って理想の女とか運命の女とか言いたがるのよね」と女性が言うのも…まぁ、確かにそれが愚かなことだと今なら認めるし、図星だから仕方がないとはいえ…自分のバカさを思い知らされるみたいで、そういう指摘はぶっちゃけあんまり聞いていて愉快ではないのだ。こう言っちゃ大変申しわけないとは思うけど。きっと本当のことを指摘されているから、余計イヤな感じがするのかもね。

 僕は恥ずかしい話、それを気づくのに時間がかかった。たぶん他の男たちより時間がかかっただろう。頭が悪かったか世間知らずだったか、その両方だったのか分からないが、とにかくそうだった。そして、かなりの授業料を支払ってそれを学んだのだった。

 じゃあ世間の大半の男たちは、本当に「それ」が分かっているのかって?

 まぁ、いいじゃないか。当然みんなソレが分かっている…ということにしておけば。言わせておけばいい。しかるべき時が来れば、誰にだってそれが分かるさ。どんなに遅くたって、エンマ様の前に引き出される時には分かるだろう。

 いやはや、やたら遠回りをしてしまった。

 この映画の主人公、トム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が、まさにそんな男だ。この映画のヒロイン、サマー(ズーイー・デシャネル)と出会って、「ここで会ったが百年目」と思った。つまりは、彼女こそ「運命の女」だと確信したのだった。

 もうちょっと「映画の感想文」らしいことを書かなくちゃいけないな。実は、今回いざ感想文を書こうと思って、なかなか気乗りがしない点がそこだった。

 だって、この映画の期待値と物語と制作者や出演者たちの背景を書いて、僕なりの感想を書いて、それで良かった悪かったでオシマイ…って、この映画に対してどうよ?

 おっと、またまた脱線だ。つまりは、トムは元々が建築家志願だったがその夢が叶わず、手っ取り早くグリーティングカードを作る会社に就職していたわけだ。待てよ、これってどこかで聞いたような話だな。そうだ、これこれ…。

 

 まだ社会に出るか出ないかの頃、世間のオトナたちがみんなやりたい仕事に就いているわけではないし、仕事を面白いと思っているわけでもないとは聞いていた。だから理想は理想としてあっても、大半はやりたくもない仕事を黙々とやるのが「現実的選択」であると思っていた。そして不満は私生活で発散すればいいと思っていた。そんなふうにモノ分かりよく、自分は「分かっているつもり」になっていた。大体、そっちの方がリアルで本当のことに思えたものだ。「やりたい仕事など就けるわけもない」と安易に仕事を決めた。

 しかし実際には、そんな「現実的選択」で手痛いしっぺ返しをくらう羽目になる。

 本当にやってみて初めて分かるが、人間そうそう興味もないし面白みもないし、やりたくもない仕事で身を立てていけるもんじゃない。それではちゃんと仕事をやり遂げられない。そもそも長くは続かない。「やりたい仕事、面白みのある仕事に就けるほど人生甘くない」というセリフは一見リアルに見えるが、実際には「やりたくもない仕事に就いて、やっていけるほど人生は甘くない」というのが正しいのである。ついでに言えば「仕事そのもの」がそれほど甘くない。自分としては辛口で現実的な選択をしたつもりで、むしろまったく逆に甘っちょろいことを考えていたのである。僕は一種の「耳年増」だったのだ。

<「脳内ニューヨーク」感想文(2009/11/23)>

 

 …ってことは、さっきの「理想の女」の話とどこかダブって来そうな話でもあるが、これやってるといつまでも話が進まない。

 ともかくトムは先ほどの会社に勤めて、そこでカードのコピー書きとディレクションみたいなことをやっていた。そこに突然、降って湧いたように現れたのが、秘書として新たに入ったサマーだった。トムはひと目見てすっかり魅せられたものの、正直にその気持ちをオモテに出すなんてとてもとても。なぜならサマーはあまりに魅力的過ぎて、それに引き替えトムは別に格好良くもすぐれてもいない。だから気にはなるけど、当初思い切った行動に出ようとは思っていなかった。

 予想外の展開の始まりは、ある日のエレベーターでのこと。トムが乗っていたところに、サマーが入って来た。二人きりのエレベーター。だからと言って、別に何かドラマティックなことが起きたわけじゃない。ただトムのヘッドフォンから漏れる音を聞いて、「私もそのバンドが好き!」と言ってきた、ただそれだけ。

 しかし、趣味が同じってことは相性もいいってことだ。

 ホントかよ? 一体誰がそう決めたんだ? だが、トムはそう思ってしまった。ついでに言えば、この僕も「同じ映画好き」と勝手にシンパシーを感じてしまった。考えてみれば、これが誤解の始まりだった。

 実は、あんまり関係ないんだけどね、そういうこと(笑)。

 それでどんどん親しくなっていって、向こうも親密さを見せてきて、トムも徐々に大胆になって…ただ、何となくサマーには、恋愛に対する不信感があるようだ。

 「真剣につきあわなくてもいい?」

 そう言われても、トムはもうどうであっても、ともかく彼女と「先」に進められるのならば何でも「イエス」だ。男ってのはこうなっちゃう。ズルい言い方をしちゃえば、とりあえずここは「イエス」で先に進んじゃえば、後はどうにかなるだろう…的な考えになっちゃうのだ。いや、そんなことすら考えていない可能性が高い。僕は経験者だからよく分かる(笑)。

 

 

1081日目

 だけど彼女は、僕のそんな言葉をいつも軽く笑い飛ばしていた。全然運命的な出会いとも、そういう相手とも僕を思っていなかった。ま、それはイイとして、つきあい始めてすぐの頃から「どうせいつかは別れるに決まってる」なんてことばかり言ってた。

 だから、いつの間にか僕もそんなことを言わなくなっていったんだね。そして、最終的には彼女の言っていたことが正しかったと証明されてしまった…。

<「セレンディピティ」感想文(2002/12/16)>

 

 

 あぁ、頭がイタイよ。でも、ショーは続けられなければならない(笑)。

 サマーとベッドインしてからのトムの有頂天な様子は、まったくパッパラなバカさ加減で、脳天気で、女なら絶対アホだとここぞとばかり笑い飛ばすだろうし、男だったら誰でも思い当たるフシがあって100パーセント笑い飛ばせない。何だかんだ言っても、男にとってセックスは恋愛におけるひとつのゴールだからねぇ。男はとりあえず、本能としてそこを目指すものだ。女性には申し訳ないけど、これはマジでそうだと思う。オレはそうじゃないって言う男がいるとすれば、それはウソつきか偽善者と思って間違いない。女性のみなさんには、そういう男の方こそ信用できないと忠告しておこう。こう言っちゃ悪いが、男だって本気を出せば、やり口の汚さでは女に負けてないのだ(笑)。

 ところが、いつの間にか二人の関係はギクシャクしてしまう。うまくいかない。トムはそれでも何とか頑張れば元に戻るのではないかと思うのだが、実はそれは無理な相談だということが分かっていない。あれだけうまくいってたんだから、ダメになるわけないと思っている。イヤな結末は信じたくない。僕もそうだったよ。そうなんだ、本当にそうなんだ。でも、やればやるほど、ますますうまくいかなくなるものなのだ。

 

 

605日目

 現実に疲れてしまった時に、僕はつい投げやりになってしまいたくなる時がある。愛している人親しい人のことを、つい悪く思いたくなる時がある。どうせうまくなんかいきっこない、人の世なんてそんなものという手垢のついた言葉を吐き捨てながら。でもそれじゃあいけないんだよな。人生も世の中もそれじゃちっとも良くなんかなりっこない。せめて自分は信じなくてはいけないんだ、愛する人とともに満たされた幸せをかみしめる日が来ることを。

 点子ちゃん、その時が来たら僕も何も言えないんだろうか、胸がいっぱいで。

<「点子ちゃんとアントン」感想文(2001/08/27)>

 

885日目

 だけど、僕個人がこんなに確かな「幸福」を感じた時ってのは、実は生まれてこのかたなかったかもしれない。煩わしいことや苛立つことがあったとしても。それもすべて幸福の一部なんだと思えるなんて、そんなことは稀だろう。

 しかし、実はそれも脆弱で微妙なバランスの上に立ってるものかもしれない。そしてそれを維持していくには、いろいろな現実的問題が絡んでくる。一つひとつをほぐしていけば解決出来ないことでもないだろう。そして、自分なりに解決しようと一人努力もしている。だが、それは決して楽なものではない。確実にほぐしきれるかどうかも分からない。かつて何とか「欠けた月を満月に出来ないか」と頑張ってたこともあるけど、それだけで人生の前半戦を棒に振ってしまったからね。確かにちょっとシンドい。そんな「欠けた月を満月にする」ようなことを、いともたやすく実現してしまう方法がどこかにないだろうか…。

 そう思うとつい考えてしまう。今乗っている飛行機が落ちたらどうだろうと。

<「バーバー」感想文(2002/06/03)>

 

 

 結局は、考え得る最悪のコースを辿って二人の関係は瓦解。トムはミジメの極みとなる。このどん底の時期にトムがそれまでの職場を辞めるくだりは、一見すると自暴自棄になっての行動に見えるが…先の「理想」と「現実」に関する「脳内ニューヨーク」感想文あたりを参考に見ていただければ、ちょっと違った見方ができるのではないかな。

 「理想」と「現実」…この両者の違いって、実はみんな分かっているようで分かっていない。太平洋戦争に突っ込んでいった時の日本人だって、当時はおそらくほとんどの人が「現実的選択」をしていたつもりだったんだろうからね。人間ってのは自分が見たい現実、自分に都合のいい現実しか見ようとしない。「現実的な考え」と思っていたことが「妄想」だってのはよくあることだ。…おやおや、またまた脱線かい。

 コトがある程度一段落した頃、トムは思い出の場所でサマーと再会する。しかし彼女の指には、人妻になった印の指輪がはめられていた。このあたりの、自分がゆっくりノコギリか何かで引き裂かれていくような感じは僕も忘れはしない。

 しかも、サマーは決定的な一言をトムに告げた。いやぁ、それはもうダメ押しとしか言えない一撃。最後に残った夢のかけらまで吹っ飛ばしてしまう一言だった。

 「今なら私も運命を信じる。でも、それはあなたではなかったの」

 

 

2978日目

 そんなこんなで迎えた本当の別れは、正直言って正真正銘の悲惨な結末となった。そして悲惨だからこそ、僕も踏ん切りがついた。彼女に対する未練や美しい思い出が影も形もなく消え失せてしまうような、それは情け容赦のない決裂だったのだ。

<「ラスト、コーション」感想文(2008/02/25)>

 

1725日目

 そのうちに、相手の態度は徐々に変わってきた。無茶や勝手を押しつけてきたし、罵詈雑言も飛んできた。「恥ずかしくてあなたを友達に見られたくない」「本当だったらあなたなんかと付き合わない」「お金のない人とはやっていけない」…なぜそれほど言われても、僕はじっと黙っていたのだろうか? 一つには、出逢った時の彼女は打ちのめされ、ひどく不幸な思いをしていたからだ。そんな彼女だからこそ、自分はどんな事も受け入れようと思っていたに違いない。また、お互いの年齢や立場がかけ離れていた事もあろう。そして何より、彼女は僕に本当によくしてくれた。その最初の頃の事を考えると、多少目に余る言動が出てきたからといって、僕はここで態度を豹変する事は出来なかった。他人を信用する事のなかった僕が、初めて心底信用した人間だ。今のこの彼女は、きっと少し我を忘れているだけだ。「ホントの彼女」はこうじゃない…。

 いや、カッコつけるのはよそう。きっと僕はただの愚か者だったのだ。

 僕には、奈落の底へ落ちていく自分を見つめているしかなかった。自分の金が底をつくまで…そして、「今のこの彼女」こそが本当の姿なのだと分かるまで。

<「誰も知らない」感想文(2004/09/20)>

 

 

 いやいや。まさに尋常ならざる「実感」。

 僕は自分のことを描かれているのかと思ったよ。それくらいリアル。で、映画って第三者的にそれを眺められるから、自分のアホさ加減も分かる。だから、そのまんまだと居たたまれないんだけど、主人公トムを見る目にシビアな視線や冷たい観察眼ではなく、思いやりや愛があるから救われるのだ。

 しかし「思いやりや愛」はあるかもしれないが、トムの愚かさを描き出す手つきにはまったく手加減というものがない。アホはアホ、バカはバカと描かれる。

 そのあたり、例えばウディ・アレンの自己憐憫なんかとは一線を画していると言えるだろう。

 この作品、バカな男の恋の顛末と未練と後悔を描いている点で、明らかにアレンのアニー・ホール(1977)の影響下にある作品だ。例のベッドイン翌朝のミュージカル的趣向やら、アニメの鳥が飛んだり「理想」と「現実」が左右に分かれたスプリット・スクリーンで描かれるあたりは、現実と妄想が交錯する「アニー・ホール」のスタイルを踏襲している。破れてしまった恋を一方的に男の視点のみで見ていく語り口もしかり。そこはかと漂うホロ苦さも、どこか共通するものを持っている。公開当時、まだ若かった僕は大いに共感したものだった。

 しかし今になって振り返れば、アレはアレで「いい気なもんだ」という感がなきにしもあらず。結局、アレンは「オレがバカだった」「オレが悪かった」と言いながら、実はちっとも自分がバカだなんて思っていないんじゃないだろうか。ましてや、本気で自分が悪いなんて思っていやしない。昨今の「偉くなってから」のアレン作品を見ていくうちに、そんな気持ちがどんどん強くなっていった。少なくとも「バカなオレ」なんてポーズをつけていられるアレンは、最終的にまだまだ余裕たっぷりなのだ。

 でも、こっちの主人公のトムは、相当にカッコ悪い。ミジメだ。

 そして、大半の男どもの本当の姿はこっちだろう。それもこれも、主人公が甘やかされていないからだ。だから「いい気なもんだ」感がない。

 それでいて、作り手が火の見櫓にひとり上がって、高みの見物を決めてかかっているわけでもない。偉そうにトムも観客も見下していない。それがこの映画の最大の美点なのである。

 そうそう、もうひとつのこの映画の特徴は、時制がメチャクチャに分解されていること。この文章中では一応物語を時系列で並べたが、実際の映画ではバラバラに分解されている。だからサマーと知り合って「1日目」が映画の冒頭に出てくると、次にはもうオシマイになっちゃっている「400何十日目」かの場面が出てくる。最初は見ていると混乱する人がいるかもしれない。「(500)日のサマー」とタイトル内の日数にカッコがついているのは、そういうわけなのである。

 しかし、それも決して奇をてらってやっているコトではない。

 そうやると何となく意味ありげだとか変わってるとかではなく、ちゃんとそれなりの意図があって行われている。それは今回、自分でこの感想文を書いてみてよく分かった。

 恋愛の渦中では脈絡がちゃんとあると思っていたことが、意外に後で振り返ってみると錯綜していたり混乱していたりするものだ。僕も今回、かつての自分のミジメな体験を映画感想文で拾ってみて驚いた。いつまで経っても終わった話をグチュグチュ繰り返してるのにも情けなくなったが(笑)、ホントに話が前後していたり、混乱していたりするものなのだ。今では完全な誤解や勘違いだったことを、自信たっぷりに断定口調で言い切ったりしている(笑)。言ってることが前後して矛盾していたり、まったく逆になったりしている。それは一旦すべてが終了した後で、バラバラにバラしてみなければ分からないことなのだ。この映画の、まるでトランプの神経衰弱やカルタ大会みたいな構成は、そのためにあえて選択されたものなのである。

 そのあたり、この映画は一見クリストファー・ノーランの出世作メメント(2000)と似ているようで、実は大きく異なる。「メメント」は公開当時は大いに感心したものだが、その後のノーランのイカサマ臭い映画づくりを見てしまうと、もはやあのゴチャゴチャ構成なんぞにはダマされない。あの構成は、ああでなければならない必然性などない。むしろお話自体は凡庸なサスペンス劇でしかないものを、ゴチャゴチャにかき回すことでいかにも「意味ありげ」に「大げさ」に見せかけたに過ぎない。言ってしまえばドラマの「粉飾決算」だ。東京地検がどうしてクリストファー・ノーランを調べないのか不思議なくらい(笑)。

 そのあたり、「サマー」の作り手は志がずっと高い。そして何より偉そうな態度をしない。大げさに見せかけようとしていない。監督のマーク・ウェブも、脚本を書いたスコット・ノイスタッターマイケル・H・ウェバーも知らない名前だが、この映画を見たら今後が気になってたまらない。たぶんこの先何十年も、この作品って恋愛映画の金字塔になるんじゃないだろうか。

 そう、まったく素晴らしい。面白いし身につまされる。DVDが出たら買って私蔵したい。そのくらい、僕はこの映画が凄く気に入った。

 それだけだったら、「映画ってホントにいいもんですね」(笑)ってことだけでオシマイなのだが…。

 

 

3181日目

 だが、僕はここでもうひとつの真理を得た。それは「理想の女」が必ずしも幸福を与えてくれるわけではないということだ。

 あんなに求めていた「理想」が現実に現れるなんてことだけでも、マンガか物語の中でしかあり得ないことだろう。しかも僕の場合は、それが自分の手の中に転がり込んで来た。

 だが、そんな「理想」が転がり込んで来たというのに、それは僕を幸せにはしてくれなかった。一時的に喜びを与えてはくれたが、それは長続きするものではなかったのだ。まるで針のムシロ。そして別れに至る半年間は、文字通り身を切られるほどツラかった。失ったものも大きかった。別れた時には、銀行預金もスッカラカンだった。

 それが「理想」の正体だったのか。

<「天安門、恋人たち」感想文(2008/09/15)>

 

 

 僕がなぜこの映画になかなか近づかなかったのか。そして見た後でかなり感銘を受けたのに、なぜすぐに感想文を書けなかったのか。

 ここまでの文中でそれに説明を試みたが、実はそれはまだ十分なものではなかった。それだけが理由じゃなかった。

 またまたお恥ずかしい話だが、今の僕はちょっと微妙な状況にある。

 「例の女の影響からようやく抜け出せた」…というようなことを先に書いたのも、そういう事情があったからだ。長かった。長かったけれど、それだけの時間が必要だったと言えるだろう。

 この映画でも、ラストでカウンターが「500日」から再び「1日」にリセットされる。あれはすごく分かるね。新たな出会いがなければ、リセットされないというのは確かに分かる。

 ただ、さすがに僕もかなり慎重になっている。正直言ってコリゴリだしコワイ。そんなことさえなければ、しごく平和で平穏な人生だ。それを手放すのはコワイ。もっと言うと、相手は僕以上に慎重になっているから、まぁどうなるか分からない。実際、これがアップされる頃には消えてなくなっているかもしれぬ。そうなっても、ちっともビックリしない。思った通りなんぞいきはしないと、さすがにもう分かっているからね。

 そういうもんだよ人生は。人と人との縁も淡くはかないものだ。何があってもおかしくないし、何が何でもどうにかしなきゃとも思わない。何かの勘違いかもしれないしね。そもそも絶対とか永遠なんてものはこの世にはない。

 むろん、さすがに僕ももう「理想の女」だの「運命の女」だのと騒ぐ気がしない。

 今となっては、僕だって「男なんて運命、運命って分かってないわねえ」…みたいな訳知りコメントと同意見だ(笑)。別にシラけている訳ではないが、確かに今自分がこうなっているのも「たまたま」。「運命的な出会い」だったらそりゃスゴいだろうが、残念ながらそんな大層なシロモノではない。だから、どうなるか皆目見当がつかない。

 ただ、そういう言い方をすると斜に構えたシニカルな感じがするけど…僕は何となく、そういうのともまたちょっと違うんじゃないか…という気がしていたのだ。

 だからこの映画のラストで、トムが新たな出会いをする場面が胸にストンと下りた。

 サマーにバッサリやられた前の恋の結末で、トムはさすがに「運命なんてない」とうめくしかなかった。それが、実に忌々しくも苦々しいが現実というシロモノだろう。

 ここでのトムがシニカルにならざるを得ない気持ちはよく分かる。

 そのままで終わったら、ある意味で韓国映画の春の日は過ぎゆく(2001)にも似た、思い出すだけで吐き気がしてくるようなイヤ〜な後味だけが残りかねない。あの映画のストーカーすれすれ男ほどひどくはないが、トムもまた痛々しい結末を迎えたかもしれない。

 だがトムはラストの新たな出会いを経て、人生の新たな段階に足を踏み入れるのだ。いわく、「運命なんてない、これは単なる偶然に過ぎないのだ」

 えっ? さっきのシニカルなコメントとどこが違うんだって?

 確かに言葉の上では同じ。「運命なんてない」ってことに変わりはない。しかし、そこで語られているニュアンスは天と地ほども違う。

 運命なんてモノはない。それは頭でっかちな男どもが、自己陶酔の中で作った妄想に過ぎない。すべては単に「たまたま」そうなった偶然に過ぎないのだ。

 しかし、すべてが「たまたま」だとしたら、それは結果によっては何と素晴らしくも驚くべき「偶然」なのか。「偶然」だとしても、否、「偶然」ならば「偶然」なだけ、それは希有で価値があるものではないのか。

 たかが「偶然」、されど「偶然」。

 「運命なんかない」という言葉を、ニヒリズムではなくむしろ人生への圧倒的肯定として語る。これは実に非凡な結論ではないか。これはまさにウルトラCと言うべきか、コペルニクス的転回ではないのか。この映画が凡百の恋愛映画から突出して、長く人の心に残る作品となり得たのは、まさにこの一点において…だと言っていい。いや、それだけではない。

 それは今ひとつ煮え切らない僕の背中をポンと押してくれた、ささやかだが力強いメッセージなのである。

 

 

129日目

 何も決まっちゃいないんだ。ルールが決まってるなんて思うのは傲慢だ。結果は確かに最悪にだってなり得る。だが何も決まっていないのなら、今よりマシってことだってあるだろう。どうせ思った通りになんかなりっこないんだ。ならばゲームはやってみる価値がある。

<「イグジステンズ」感想文(2000/05/08)>

 

 

 

 

 

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