「沈まぬ太陽」

  Shizumanu Taiyo (The Sun That Doesn't Set)

 (2009/11/30)


  

見る前の予想

 僕にとって、どうしたって無視できない映画ってのはある。

 そのジャンルの映画を欠かさず見たいと思っていることもあるし、この俳優、この監督の作品だったらとりあえず押さえておかねばと思っていることもある。この国の映画なら見たいと思っていることもある。中には役者や監督、題材、その他に関わらず、雪や氷、砂漠などが出てくるから見たい(笑)…という、他の人からは理解されにくいだろう理由で見たいこともある。ともかく「これ」があるから見たい…という映画は、確かに必ず存在するものだ。

 今年の場合は「これ」なんだろうなぁ。山崎豊子原作の映画化「沈まぬ太陽」

 まず申し上げれば、決して渡辺謙主演だから見たいというわけではなかった。別に渡辺謙をキライというわけではないが、何だか近年妙にハリウッド・スター然として扱われるのは、正直言って少々ウソ寒いものを感じずにはいられない。だから今回の映画でも、ポスターに「KEN WATANABE」などとデカく書いてあるのを見て、まるでケビン・コスナー主演「守護神」(2006)の広告なんかに「SHUGO-SHIN」などと書かれていたのと同じくらい退いた(笑)。確かこの「守護神」ネタはすでにどこかで一回使った気もするが…。ともかく、もう「ケン・ワタナベ」勘弁してくださいって感じで、その時は見るのをやめようかなとも思った。

 おまけに大長編3時間22分、途中インターミッション(休憩)あり…とくる。いやぁ、もう「ベン・ハー」か「十戒」かよって言いたくもなる。日本映画でこれはちょっとさすがにキツイんじゃないか。

 しかも監督は若松節朗…って、誰なんだそいつは?

 何とあの織田裕二主演のホワイトアウト(2000)の監督ではないか。そりゃあ安心だ…ってなことは残念ながらまったく思わなかった

 確かに「ホワイトアウト」の感想文ではあの映画をホメたつもりだったが、今読むとホメてるんだかケナしてるんだか分からない(笑)。面白さのほとんどの部分を「原作の設定」じゃないか?…と書いている。あとは結構すきま風が吹いていたと、今でも僕は記憶している。結局、日本では珍しい冒険アクションを、スケールでっかく作ろうとした意気を買った…という点が強かったように思うのだ。

 だとすると、この監督ではなぁ…とてもこんな大長編の、しかもオトナの本格ドラマが支えきれるとは思えない。大体がテレビ屋だろう? 大丈夫なのか、こんな監督で。

 だから何度もメゲそうになったんだけど、やっぱり見ずにはいられない

 じゃあ、オマエ何でこの映画見たいんだ…と言われれば、そりゃ、その、まぁ…やっぱりアレですよ、何というか。

 そこらへん、察してもらえませんかね?

 

あらすじ

 1985年、日本を代表する航空会社(ナショナル・フラッグ・キャリア)である国民航空の35周年記念パーティが盛大に催される。

 各界のVIPが大勢招かれているなか、ケニア大使の世話係として会場にやって来た恩地元(渡辺謙)。彼はなぜか身内である国民航空の幹部連中から疎まれ、会場から追い出される羽目になる。そんな彼の脳裏に浮かぶのは、広大なアフリカの大地だ。彼はライフルのファインダーを凝視し、近くに佇む巨大な象に照準を合わせる…。

 だが35周年パーティが華々しく開催される一方で、壮絶な悲劇が繰り広げられようとしていることを、今は誰も知らない。

 同じ国民航空のジャンボ機が羽田空港を離陸して間もなく、操縦不能に陥って絶望的な飛行を続けていたのだ。激しく揺れる機内で、乗客は迫り来る恐怖と戦っていた。そしてコクピットでは、運航乗務員たちが懸命に飛行機をコントロールしようと努力していた。しかし、抵抗もそこまで。

 ジャンボ機は凄まじい衝撃で大地に叩き付けられた。

 明けた翌日、悪夢のような墜落現場に救援隊の人々が到着する。旅客機が墜落した山の麓には、乗客の家族たちが今や遅しと詰めかけていた。そこに国民航空側の被害者お世話係として駆り出されたのが、あの恩地だった。しかし何の情報も被害者家族に与えることができない恩地に、家族のひとり…孫を含む息子の家族全員が遭難した阪口(宇津井健)の激しい叱責が飛ぶ。「そんなことで、お世話係なんて務まるのかっ!」

 毎日毎日、麓の学校の体育館には次から次へと無惨な遺体が届く。来る日も来る日も被害者家族の確認に立ち会い、酷い遺体と家族の悲嘆ぶりに直面するうちに、恩地の心も激しく疲弊し消耗していく。居たたまれぬ恩地の脳裏に、遠く過ぎ去った日々が甦る。

 それは1962年のこと。恩地は国航労組の委員長として、職場環境の改善を求めて会社側と戦っていた。難攻不落の会社側は、何をどうしても首をタテに振らない。そんな会社側に労組が突きつけたのがストの決行。それを聞いた社長の桧山(神山繁)は、スト予定の日取りを聞いて青ざめる。何と帰国のための首相特別機を飛ばす日ではないか。それでも折れない会社側に、突っぱねる恩地。恩地の同期で副委員長の行天(三浦友和)はこれを聞いて腰が退けるが、最終的には恩地の度胸勝ち。労組は見事要求を勝ち取るのであった。

 その夜、勝利の美酒に酔いしれる組合員たち。恩地はまるで英雄のように、書記長の八木(香川照之)たちの喝采を浴びた。しかしそんな大騒ぎの席から、いつの間にか行天はヒッソリと消えていた。それに気づいた組合員のスチュワーデス・美樹(松雪泰子)は、ほろ苦い敗北感に包まれる行天に寄り添う。

 そもそも、スト戦術を持ちだしたのは行天であった。それが肝心な時に腰が退ける。みんなの人心も掌握しきれない。そんな自分を自嘲気味に語る行天を、美樹は優しく受けとめるのだった。

 やがて、恩地にとんでもない話が降りかかる。パキスタンのカラチへの赴任。それは、どう考えても報復人事としか思えない仕打ちだ。怒り狂う恩地が社長室に乗り込んで直談判すると、桧山社長は「2年で戻すから」と彼に確約するのだった。

 一方、行天は労務担当役員の堂本(芝俊夫)や取締役の八馬(西村雅彦)に呼び出され、会社側に就くことを誘われる。その際に、恩地がカラチ赴任の代わりに昇進を確約させた…と聞かされ、行天の心は大きくグラつく。

 こうして始まった恩地のカラチ赴任だが、一緒について行った妻・りつ子(鈴木京香)や長男・克己、長女・純子の心労は大きかった。しかも「元・労組委員長」である恩地には同僚の目も冷たい。それでも、2年間だけ…との思いで、何とか日々を耐えている恩地だった。

 その頃、日本ではすべてが様変わりしていた。行天は堂本、八馬と結託して労組切り崩しに荷担。会社の御用組合である第二労組を作り上げ、元の労組の組織はガタガタになっていた。

 そんなある日、カラチの恩地のもとに一通のテレックスが届く。何と今度はイランのテヘランへの転任が決定。2年で帰国の約束は、アッサリ反故にされてしまった。片や行天は、その頃サンフランシスコに赴任と明らかな出世コースに乗った。ここでかつての盟友・二人の明暗は、ハッキリと分かれたのである。

 テヘランには他の日本人社員などいない。すべて自分でやらねばならない。そんな生活に疲れ果て、妻りつ子と子供たちは帰国していった。

 しかし、恩地の「流刑」はまだ終わらなかった。次には国航の路線などまだ存在していない、ケニアのナイロビに赴任が決まったのだ。これこそ真の孤独。それでも日本とケニアとの航空路が出来るまで…と、必死に営業活動を続ける恩地。ところがある日、国航本社とケニア政府との航空交渉が打ち切りになったと知り、恩地は愕然として錯乱状態に陥るのだった。

 そんなこんなで苦節9年。恩地は何とか東京の本社に戻ってくる。しかしかつての労組の仲間たちは、みな悲惨な境遇に追い込まれていた。去っていった長い月日と運命の流転に、苦い思いを噛みしめる恩地。

 そんなところにいきなり飛び込んできたのが、あのジャンボ機墜落の大混乱である。被害者家族のお世話係として、恩地はやり切れない思いで毎日被害者家族と対峙し続けるのだった。

 そんな折りもおり、国民航空の内情を憂慮する声が高まるなか、総理大臣の利根川(加藤剛)は同社の立て直しを図るために大ナタを振るえる人材を探していた。運輸大臣の道塚(小野武彦)ら運輸族議員の横ヤリを排除して、官邸主導で国航改革を進めなければならぬ。そう考えた利根川は副総理の竹丸(小林稔侍)の力を借りて、関西紡績の会長として労務問題に辣腕を振るった国見(石坂浩二)に白羽の矢を立てた。国見もまた、ジャンボ機墜落事故で亡くなった尊い犠牲に報いるためにも…と、火中の栗を拾う決心をした

 こうして国民航空の新会長として乗り込んできた国見は、改革の「司令塔」として会長室を発足させることを決意。そこに最適な人材として恩地を抜擢するのだった…。

 

航空と僕の長く微妙な付き合い

 この映画を語るときの決まり文句として、「不可能と言われていた映画化」だの、「困難を克服しての完成」だとか、とにかく映画化がいかに大変だったかが必ず語られる。

 確かに長大な原作を1本の映画にまとめるのは困難だっただろうし、そもそも3時間を超える作品を制作するのも大変だ。そして制作費も莫大にかかった作品であろうことは想像に難くない。

 しかしこの映画の「決まり文句」を見るときに誰もが脳裏に浮かべる「映画化にあたっての困難さ」は、おそらくそんな普通の映画作りにまつわる困難さではないはずだ。

 この映画は日本のナショナル・フラッグ・キャリアである、ある巨大航空会社内の暗闘を扱ったものだ。

 いやいや…ここで曖昧に語ったところで、おそらく日本中の誰もがシラジラしく思うに違いない。きっと誰一人疑わない。この映画が日本の実在の航空会社、JALこと日本航空を扱ったものであるということは。

 映画館にも劇場パンフレットにも映画の冒頭にもクドクドと「フィクション」と断っているが、そんなことを言ってみたところで…いや、アレコレ言わねばならないことからして、これがとても「フィクション」とは言い難いことを物語っている。大体、御巣鷹山にジャンボが墜落して、それが123便だなんて、他にどこの航空会社が考えられるって言うのだ。

 そんな日本を代表する大企業のひとつ、日本航空をほぼ名指しで、しかも激しく糾弾する内容となれば…ここから先は多くを語らないが、並々ならぬ覚悟が要ることは間違いなかろう。今まで原作である山崎豊子の小説に何度も映画化の話が持ち上がりながら、今まで実現を見なかった理由は、たぶんその一点に尽きるだろう。

 それが日本航空に関する論議が連日マスコミを騒がしている今、まことに「絶妙」なタイミングで完成・公開となったのは、何とも皮肉なことだ。…というか、こう言っては何だが、それくらい日本航空自体の力が弱まっていることの証明なのだろう。それもまた、不思議な巡り合わせというものだろうか。

 ここまで語れば、このサイトをご愛読の皆様には、僕がこの映画を見たがったわけがお分かりだろう。

 僕は社会人になって以来、不思議な縁で航空業界とつかず離れずの関係を保ってきた。個人的にも飛行機が好きだし、それをメシのタネにしたこともある。だからこそ、この映画に関心を寄せずにはいられなかった。

 未曾有の不況で職があるかどうかという立場にある今の若い人たちに比べれば、僕らが就職した当時は天国ってことになるんだろう。しかし、そんな時代にだって多少は好不況の波はあった。僕はそのどちらかといえば就職難気味の時期に職探しをしなければならなかった。

 むろんイマドキは職そのものがあるかどうかという厳しさだから、僕らの厳しさなんて知れたもの。それでも僕は意中の会社に入れず、年末になっても悶々としていた。まぁ、そもそも意中の会社、職種なんてモノが本当にあったかどうか、今となってはかなり怪しいのだが…そんな僕がやっとありついた職が、とある航空代理店の仕事。そこの貨物部門の輸出部に、なぜか勤めるようになったのだ。

 そんなわけで、そこに就職したのはほんの偶然の産物。別にやりたかった仕事でもない。それでもそこにすがったというのは、どこか自分の好きな「飛行機」に関わる仕事…という気持ちがあったからだろうか。もっともそこでの仕事はハンパじゃなくキツかったし、僕自身まるで使い物にならない営業マンだったため、実は飛行機に乗って海外に行けたのは会社を辞めた時…というテイタラクだったが。

 それでもそこでの仕事は、僕にとって航空の世界を身近なモノにしてくれた。それまでは「好き」だと漠然と思っていたくらいのモノだったが、マニアやファンとは言わないまでも、ちょっとばかりの航空の知識を与えてくれたのだ。

 そしてその会社を辞めて1年。再就職が思うに任せない僕に仕事のクチを与えてくれたのも、またまた航空だった。輸送関係の業界紙で航空に関する記者を募集していて、たまたまそこに僕が引っかかったのだ。幸運なことに、ちょうどこの業界紙では航空担当が辞めたばかり。僕は記者として使い物になるかどうか分からないものの、多少なりとも航空の知識があるものと思われて採用されたのだった。今改めて思えば、それが僕の「物書き」としての始まりだった。

 しかし新米記者のくせに、誰も社内に僕の記事をチェックする人がいない怖さ。結局一人として航空のことなど知らないのだ。だから何かヤバイことをタレ流してしまわないかと日々ビクビク。おまけにその業界紙自体の業績が低空飛行で、僕は昼飯を官庁の食堂での格安定食でしのぐ日々だった。

 こりゃヤバイと思い始めたある日、声をかけられたのが…何と日本航空の貨物部門のPR誌の仕事だった。ある女社長がつくった小さな会社でこの貨物PR誌を作ることになり、当時、航空貨物記者クラブのデスクだったベテラン記者が引き抜かれた。僕はその人から声を掛けられ、記者歴およそ1年で転身を図ることになったわけだ。それが、その後次から次へと立て続けに転職を繰り返す始まりだったとも知らず…。

 当時、日本経済も日本航空も絶好調だった。この仕事はやっていて楽しかったし、たぶん儲かってもいたはずだ。ところが良いことは続かない。ちょうどまたまた1年を数える頃、僕に声をかけてくれた元ベテラン記者とこの会社の女社長が何かと衝突。そして元ベテラン記者は秘かに独立を模索し、その時に問題の貨物PR誌を持っていってしまおうと画策したのだ。

 そうなれば、この会社に僕の居場所はない。元ベテラン記者は、ある日、僕にこう言い放ったのだ。「オマエはどうするんだ? 連れて行ってもらいたければ、オレにやる気を見せるんだな」

 コレが、僕の神経にカチンと障った。

 元々がこの人の口車に乗って転職した僕だ。口車に乗った僕も悪かったが、乗せた当人がコレはないだろう。この時、僕は初めてこの人に不信感を持った。

 それに、こうも考えた。仮にこの人についていったとして、それでは僕は生涯この人のお抱え運転手みたいになってしまう。男芸者か腰巾着か。それは一人前の男として誇れるアリサマではあるまい。

 そもそもどんな事情があれ、その女社長がどんな人であれ、そして元ベテラン記者にどんな正当な理由があったとしても、結局人の仕事を横取りして持っていくなんざホメられたことではあるまい。そんなことをした人間は、きっといつか同じ目に遭うに決まっている。大体が、それってオレの流儀じゃない

 僕は社長にも元ベテラン記者にも黙って、必死に転職活動を続けた。そして「お客さん」である日本航空の担当者たちに秘かに必死に頼み込み、自分の転職が決まるまでPR誌の移籍を待ってくれるように懇願した。今思えば、担当者のみなさんはぺーぺーの僕に親切にしてくれた。黙って僕のワガママを聞いてくれたのだ。日本航空という会社がどうあれ、その後どんなことがあったとしても、少なくとも僕は直接担当者だった彼らには恩義がある。それは何があったって、なかったことには出来ないのだ。

 次の職が決まったと報告した時の、元ベテラン記者の顔は忘れることができない。「オマエを連れていこうと思っていたのに!」と今さら言ったこの人は、僕に「恩知らず」とも言った。後で日本航空の人から聞いた話だが、どうやら「以前と同じ二人のスタッフがそのまま作ります」というのが日本航空への「売り」だったらしい。また、最初に僕を脅したのは人件費の節約を狙ったからだ…という話も聞いたが、こちらは真実かどうか分からない。ともかく僕はこの元ベテラン記者と同時にその女社長の会社を去り、別の道を歩むことになった。この会社は、目玉の仕事がなくなって間もなく閉鎖となったと聞く。

 だが、悪いことはできない

 日本航空が始まって以来の業績不振にみまわれたのは、それから間もなくのこと。もちろん不振と言ったって今の日本航空の苦境とは比べモノにならないが、それでも当時は未曾有の危機と言われた。例のPR誌にも、当然のごとくしわ寄せが来た。オールカラー4色で16ページの豪華冊子が、たちまちペラペラの綴じのない4ページ、たったの2色にスケールダウン。最終的には廃刊となったと聞くが、独立した元ベテラン記者の会社がどうなったか、僕はもう聞く気にもならなかった。

 今思えば、この時の僕の日本航空を舞台にした「暗闘」(笑)は、それこそ個人的には「沈まぬ太陽」どころの問題じゃなかった。人ごとじゃない自分のことだから、それこそ緊張感が漲った。言っちゃ悪いが、これに比べりゃ「沈まぬ太陽」なんてチョロいよ(笑)

 そこで飛行機との縁は切れるかと思いきや、まだまだそうはならなかった。僕が初めてコピーライターとして働いた会社で、ANAの子会社の会社案内パンフレットを作ることになった。その会社はANAの地上サービスを手がける会社だったが、ここでまたまた過去の経験が活きることになった。それから何年か後には広島空港の業務案内パンフレットも作ることになったのだから、人生巡り合わせってのはあるもんだ。

 それから歳月は流れ、僕も会社から会社へと流れ流れた末、つい2005年から書籍の編集を手がけることになる。今度こそ飛行機との関係は完全に断ち切れたと思いきや、意外や意外なかたちで「それ」は僕の目の前に現れた。

 以前にこのサイトでご紹介した、プロが教える飛行機のすべてがわかる本ヴィンテージ飛行機の世界は、そんな不思議な縁で作ることになったものだ。やっぱり僕は飛行機と縁がある。どこかで一生関わっていくのかもしれない。そんな気がするのだ。

 だからこそ、この映画についてはどうしたって無視できない

 そして、そんな経歴を持つ僕だから…この映画に対しては複雑な気持ちを持っている。僕なりに知っていることもあるし感じていることもあり、見たり聞いたりしたこと、考えたこともある。僕なりの意見や感想もある。言いたいことも言えないこともある。言っちゃいけないこともある。

 だからここで他の映画のように、気楽に批判したり賞賛したり、同意したりすることはできない。というか、するべきではない。決してJALシンパでもなければアンチJALでもないが、航空業界とそれなりの関わりを持ち続けてきた人間だから、少々他とは事情が異なるのだ。

 また、この僕の映画感想文を読んでいただくにあたっても、みなさんには以上のような事情を考慮に入れて読んでいただきたい。これはあくまでこういうバックグラウンドを持った人間の言っていることだと、あらかじめ知ったうえで読んでいただきたいのだ。

 ただ僕は、上記のように航空業界と関わりを持ってきたこととは関係なく、山崎豊子の原作には関心もあったし、部分的に読んでそのボリュームやスケール、内容の濃さに感嘆もしていた。その上であえて一言いわせていただくならば、これだけJALとハッキリ分かってしまう対象を批判する内容なのに、最終的には「フィクション」という言葉の後ろに隠れてしまうというのは、ちょっとアンフェアなんじゃないかな…とは思っていた。ただし、これはあくまで極めて個人的な「蛇足」だ。

 そんなアレコレをここで明らかにしたうえで、僕はここで扱われているに等しい日本航空のことはあえて抜きにして、できるだけ単なる1本の映画として評価をしたいと思う。できるかどうかは難しいところだが、それでもあえてそうしたい。僕はそうしなければいけないだろう。

 この映画の主人公である恩地は、劇中で自分の「矜持」という言葉を持ち出すし、映画の関係者もそれを連発する。そんな重い言葉を大安売りするのもいかがなものかとは思うが、そう言わせてもらった上であえて僕も発言させてならば…そんな今回の感想文に関する「立ち位置」をハッキリさせることこそが、僕なりの「矜持」じゃないかと思うのだ。

 おっと、忘れちゃいけない。上記の映画館主・Fの身の上話は夫馬信一の人生をもとに書いたフィクションです。登場人物・団体は全て架空のものであり、実在の人物・団体等とは関係がありません(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターミッション(休憩)

ここからは映画を見た後で!


1960年代のJALの花形機DC-8

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 実はこの映画、平日の午後に新宿歌舞伎町に見に行ったわけだが、そこそこ入った客の年令が高いこと! どこを見渡してもおじいさんとお婆さんばかり。実際のところ、観客の中で僕が一番若いくらい。コレには正直言って驚いた。まぁ、平日の昼間という時間帯にもよるんだろうが、目一杯「昭和」な企業内のドラマとなると、実際関心を寄せるのも高年齢の人ということになるのだろうか。もっとも、僕ももはや高年齢の域に入りつつあるのだから、人のことは言えない。僕もこの映画の観客としては、順当なところということになるのだろう。ただし、土日の観客層については僕の知る限りではない。実は若い人も結構来てるのかもしれぬ。

 さて、肝心の映画だ

 映画が始まってすぐに、国民航空創立35周年パーティの様子とアフリカでの恩地の猛獣狩りのショットが「混在」して登場する

 何だか変な言い方で大変申しわけない。しかしこう言うしか正しい表現のしようがない。創立記念パーティとアフリカの猛獣狩りは、カットバックというワケでもなく平行して描かれるというワケでもなく、雑然と「混在する」という言い方しか出来ないかたちで交互に出てくる。

 何じゃあこりゃあ?

 むろん、まったく異なる場所と時制のショットを交錯させたり、後になって出てくる場面をインサート・ショットとして織り込んだりする手法はよくあるやり方だ。それを否定しようとは思っていない。しかしこの映画の場合、それが全然うまくいっていない。しかも、あまりそうする必然性も感じられないのだ。うまくいっていない理由は、両者の画質の違いなり編集処理の仕方に問題があるのかもしれない。ともかく、一見していただければお分かりになると思うが、えらくヘタクソに感じられるのだ。

 しかし、実は見ている僕としては、そんなことにはあまり構っていられなかった。なぜなら国民航空の35周年記念パーティが開かれているということから、すぐに例のジャンボ機墜落が起きると分かったからだ。

 白状すると、僕はこの長大な原作をいまだちゃんと全編は読んでいない。だからどんな順番で話が出てくるのかも分からないし、それらがどんなバランスで語られるかも知らなかった。むろん映画はかなり原作を解体して語り口を変えているようだが、ともかくこの映画の展開については予想がつかなかった。ただ、主人公が海外の僻地へと追いやられるくだりは長そうでシンドそうだったし、どう考えてもお話の最大のインパクトがジャンボ機墜落であることは間違いなさそうだった。だから、それらがどんな順番でどんな長さで出てくるのかが、まず気になったわけだ。

 すると、巻頭いきなりジャンボ機のエピソードが登場

 出発前の乗客のスケッチ描写から始まるのだが、言っちゃ悪いが描き方があざとすぎる。甲子園観戦に一人旅することになった小学生の息子を、清水美沙の母親が見送る場面のこれ見よがしの寒さ。ここで安易に比較すべきではないが、ユナイテッド93(2006)の抑えた描写を考えると雲泥の差だと言わざるを得ない。それにこの空港ロビーの場面全体が、セットのせいか照明のせいか、やけに安っぽく見えるのだ。

 さらにマズイのが、事故が発生して激しく揺れる客室内の場面。どう考えてもセットがミエミエのカメラ・アングルで撮影されているのだ。コクピットのやりとりが実際のJAL123便のボイスレコーダーでの録音より大げさでハイテンションなのは仕方ないとしても、この監督はリアリティってものをどう考えているのか?

 そしてまたまたアフリカの猛獣狩り。何と撃たれた象が崩れ落ちるように倒れる様子とジャンボ機の墜落とを、カットバック的にダブらせて見せようという趣向。これのために、しきりにアフリカ・ショットを突っ込んでいたのか。しかし、こりゃあ「地獄の黙示録」(1979)のマーロン・ブランド刺殺と牛の生け贄場面のカットバックじゃあるまいし、ちょっといかがなものだろうか。申し訳ないが、僕にはこのセンスついていけない。

 ここでタイトル登場。時間にして数分に満たないが、冒頭部分だけでこんな状態。これがあと3時間半。一体どうなっちゃうんだこの映画。これじゃ先が思いやられるよ。

 

意外や意外、長さを感じさせない展開

 ところが映画というものは、全編見てみないと分からない

 冒頭はヘロヘロでガタガタ。こりゃどうなっちゃうんだ…と大いに危惧されてしまう出来栄えだったが、実はそこから本題に入ってからがビックリ。見違えるように面白いではないか。

 ま、要するに、監督や脚本家といった映画の作り手が余計な小細工をしなくなったとたん、映画そのものは俄然面白くなってきたのだ(笑)。

 まずは恩地がカラチを皮切りに、長期の海外「流刑」に飛ばされるくだり。当初から僕が、イヤな予感を持っていたエピソードだ。

 これは「流刑」の長さを観客に感じさせるためにも短い時間でかたづけるわけにはいかないだろうし、制作者側としても大々的な海外ロケまでして撮影した場面である。こうなっちゃうとなかなか切れるものではない。どう考えたって、日本映画ではこの手の場面は冗長にダラダラと続いてしまうはずだ。たぶん…だからこその、この3時間半という上映時間なのではないか?

 例えば、かつての角川映画「復活の日」(1980)における、終盤の南米ロケ場面を思わず連想してしまう。地震による核ミサイル発射を回避できなかった草刈正雄扮する主人公は、その後、髪ボウボウひげボウボウでボロ雑巾みたいにヨレヨレになって、杖をつきつきアメリカ合衆国から南米大陸を歩いて南下していく。そんなことが実際に出来るのかどうかはさておき、このボロボロ草刈が南米をほっつき歩いている場面が、ともかくいつまで続くんだと思われるほど長い! あの切れ味鋭い深作欣二監督作品とは思えぬ冗長さ。見ていてウンザリするほど長いのだ。カメラは今年「剣岳 点の記」(2009)で監督デビューした木村大作で、南米の高山で例によって得意の見事な実景撮影を繰り広げている。それはいいんだけど、いくら景色がキレイだからといって、延々見せられれば飽きてくる。高い金出して苦労して撮ったから切れなかった…というようなところなんだろうが、これにはホントにまいったものだ。早く終わってほしかったよ。

 で、今回の恩地の海外赴任場面も、この「復活の日」よろしく延々退屈な絵を見せられ続けるのだろう…と、僕は覚悟して見ていたのだ。

 しかし、これが意外に退屈しない

 当然この海外場面が映画全体の長さの秘密だろうと思っていたら、これが案外そうでもなかった。で、この海外赴任場面が致命的なキズになっていないためか、映画全編も意外にダレない。だから3時間半という長尺にも関わらず、一気に見終えてしまえるのだ。これには正直驚いた。退屈しない。いや、結構面白く見れるんだこれが。

 そもそも映画全体は、巨大組織の中にうごめく魑魅魍魎たちの暗闘の物語だ。割とデフォルメされたカタチではあるが、骨太構造の物語がダイナミックにズケズケと展開。こういう映画が日本映画にはあまり多くないだけに、結構見応えがあるのである。渡辺謙扮する主人公が徹底的に美化されすぎた男であるあたりは少々シラケるし、人物配置もかなりステレオタイプではあるが、話に力があるから面白く見ていられる。パワーゲームの話に結構迫力がある。

 劇中に出てくる「悪役」側に振られた人物たちが、一様に「のう、三河屋。オマエも相当のワルよのう」的なテレビ時代劇みたいな会話をやらかすあたりが「安っぽくてリアリティがない」と言いたいところだが…実は現実もこんなモノなんだから文句が言えない。僕も50年も生きているといろんな人物に出会い、いろんな場面に遭遇しているが、実際に「ワル」な立場になった人物というものは、結構あの手の会話をしちゃっているものだ。あれって不思議なんだよねえ。だって実人生においては、そいつは自分が「悪役」だなんて思っていないはずだろう。しかし、確かに悪いことをやっている上司やらおエライさんやら客やらって連中は、決まってあの「三河屋」的会話をやっている。というか、そもそも「オレはエライ」とお互い思ってる連中がする会話ってあんなものだ。つまりは男どもがロクでもないことをやっている時に、自然と出てくる口調らしいのだ(笑)。これは実に奇妙だ。誰かにその理由を説明してもらいたいくらいだ。

 そういや劇中に国民航空にたかる御用ジャーナリストみたいな奴が出てくるが、実は僕も航空記者時代、同じ航空記者仲間のある人物が、しきりにいろいろな航空会社にチケットをたかっていた…とのウワサを聞いたことがある。そういう話って現実にあったのだ。だから、このあたりも決して笑えなかった。

 そんなこんなで、この映画は組織に所属していたことのある人間なら、誰しも思い当たるフシがあるお話になっている。そのあたりも見ていてオモシロイ点なのかもしれない。

 また、何だかんだ言っても「御巣鷹山の例の事故」が、物語の重低音のように全編に低く響いているのも大きい。本来ならちょっと本筋から離れたエピソードなんだろうが、コレがあるからお話の重みは確実に増しているのだ。

 ただし実際のところ、この映画の出来栄えについて僕は決して万々歳だとは思わない

 例えば渡辺謙が娘の結婚相手の両親相手にタンカを切るくだりなど、かなり不自然な場面がある。普通どんなことを言われたとしても、こんな場面でケンカ腰で直言する親なんていないだろう。ハッキリ言って頭悪すぎだ。また三浦友和の「悪役」が渡辺謙に対して「娘の縁談どうなってもいいのか?」的な、まるでヤクザの恐喝まがいに脅しをかけてくる場面もある。しかし渡辺謙はそれに対して対抗手段を取った形跡もなく、ただ息子と牛丼を食いに行くだけ(笑)。肝っ玉がすわっていて無視しているというわけでもなく、その脅しの一件は何となく消えてしまう。これは一体どうなっちゃっているのか? 結構いいかげんではないか。

 ついでに出演者について少々言及すれば、渡辺謙の役どころはあまり面白みが感じられない。それは前述したようにお話の中であまりに美化されすぎているからで、それでは厚みもうまみも出しようがないからだろう。エンディングで再びアフリカに飛ばされると聞いても、「オマエなら全然大丈夫なんじゃない?」という気がして同情すら湧かない。ハッキリ言ってケン・ワタナベって立派すぎなんだよ(笑)。どちらかと言えば「負」の要素を抱えた三浦友和とか香川照之のほうが魅力的に見えてしまうのは、映画としては仕方ないだろう。

 そんなイタイ部分はあちこち散見されるのだが、全体を通して見るとお話はパワフルでダイナミック。決して退屈せずに見ていられるのである。

 これは映画がどうのというより、元々の原作が持つ物語の力なんだろうか。

 

見た後の付け足し

 ところで僕は、徹底的に会社に冷遇され「流刑」的扱いを受ける主人公が必死にそれに耐える姿を見て、いささか違和感を持ったことを告白しなくてはならない。

 個人の矜持だの何だのとお題目を持ち出しているこの作品だが、それにしてはあまりに犠牲を払いすぎる。正直言って、こんな目に遭わされるならサッサと会社辞めちゃえばいいのに…と、シラ〜っと見ちゃったところもあるのだ。

 ただし、物語の背景となった時代は、まだまだ終身雇用が普通だった時代。実際には転職はかなり珍しかったし、難しかったのかもしれない。だからこそのこのようなストーリー展開…と思っても、それでも現代の観客にとってはかなり違和感があるだろうと思っていたのだ。

 しかし、先日ある映画ファンの知人に「いや、むしろ今の方がピンと来る」と言われて、思わず目からウロコ…の思いがした。

 現在は猛烈な不況で、職に就いているだけでありがたいという時代。リストラされ職を失った人たちはゴマンといるし、職に就けない人だって多い。まして、自分から辞めるなんてとてもとても。そんな時代だから、あの主人公が会社を辞めずに居残るシチュエーションに違和感を感じない…と言うのだ。

 それは確かにそうかもしれない。僕なんかいつまでもバブルの残照みたいなモノを引きずっていて、だからあんなに甘ったれた転職を続けたのかもしれない。そういう意味では、この作品の今の観客への「見え方」というものが気になった。この、すべて「会社ありき」の生き方って、本当のところ今の人にはどう見えるんだろう?

 それはともかく、意外なほど見応えがあったこの作品。しかし何より僕にとって見応えがあった点は、やっぱりあの某航空会社そっくりショー的要素だろうか。

 実際にあんなカタチでの暗闘があったかどうかは知らない。それは、外部をちょいとウロついただけの僕らなんかにはさすがに分からない。そんなところでなくて、国民航空のロゴやスチュワーデスのユニフォーム、バッジやらカレンダー、チケットなどのアイテムそれぞれを、妙にどこかJALを意識したデザインにしてあるところが嬉しかった。マニア心をくすぐられたのだ。そういう点では、みんながみんな僕みたいに楽しめるかどうかは分からない。

 それと、お話がお話だから仕方がないのかもしれないが、これほどの大長編にしてまったくユーモアのカケラもないのにはちょっと閉口した。これほど長い年月にまたがる、多くの人々が関わる物語。ちょっとしたユーモアひとつないというのは、いささか不自然じゃないだろうか。あまり生真面目すぎて、物語の厚みやコクが乏しい。そんな気もする。

 また、見ていて結構気になったのが、主人公も周囲の人物もイランとかケニアのことを「あんなトコ」呼ばわりしていたこと。確かに航空会社の出世街道から見たら明らかな「引き込み線」なんだろうし、当時の人々の感覚としてはそれが正直なところなんだろう。だが単に言葉のアヤとかでなく、映画の作り手も誰もかもアフリカを完全な僻地…地の果てというか文化果つる場所と明らかに見なしてるってのは、ちょっとばっかりマズくはないだろうか。僻地って言えばそうなんだろうけど、何となく作り手たちの無神経な「上から目線」が感じられたのが気になった。これはオレだけだろうか。

 そして何より、航空会社を扱ったお話なのに、あまり飛行機が出てこないのは寂しい。

 それにはいろいろ事情もあるだろう。特定の「航空会社」というより、どこの日本企業・団体でもあり得る話としての普遍性を出すために、あえて航空会社臭を消した…ということはあるだろう。また、実際問題としてこの映画をつくるために航空会社の協力は得られないだろうから、飛行機は控えめにチョコチョコ出す以外にはやりようがなかったとも言えるだろう。

 それでもCGでもミニチュアでもいいから、もっと飛行機が見たかったと個人的には思う。日本の航空史的にも興味深い時代を扱っているのだから、ここは何とかしてもらいたかった。

 僕にはその点だけが心残りなのである。

 

 

 

 

 

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