「ハッピーフライト」

 (矢口史靖監督作品)

  Happy Flight

 (2009/01/05)


  

見る前の予想

 あの快作スウィングガールズ(2004)の矢口史靖監督の最新作がやって来る。そう聞けば、誰だって「見たい」と思うんじゃないだろうか。

 むろん僕だって見たい。邦画音痴ということになっている僕でも、この人の最新作なら見たい。もっとも、むしろ邦画好きよりも外国映画好きこそ、この人の映画に反応するんじゃないだろうか。

 なぜなら、この人の映画には良質のハリウッド娯楽映画の味があるからだ。

 イマドキの衰弱したハリウッドからは失われた、長い伝統に裏打ちされた娯楽映画の方程式。それが「スウィングガールズ」には生きていた。未熟者の成長、負け犬のリターンマッチ、目的に向けてのバラバラな集団の連帯…それらはすべて、フランク・キャプラなどが確立した往年のハリウッド娯楽映画の中に含まれていたものだ。しかもそれらを暑苦しい情感や湿っぽいセンチメント抜きに、極めてドライなウィットやユーモアに包んで見せている。おまけにストーリーテリングの手法はあくまで合理的。そこが、僕などには非邦画的センスと感じられるのだ。

 まぁ、今日び邦画と言ってもアフタースクール(2008)の内田けんじ監督みたいにドライで合理的でウェルメイドな語り口の映画作家がドンドン出てきている。だから、それをことさらモテはやすなんてナンセンス…などと邦画ファンならそう言うかもしれない。しかし一方で樋口真嗣日本沈没」リメイク(2006)みたいな、一見コロモは新しいけど中味は古色蒼然とした作品が平気で「A級大作」ヅラして横行したりしている以上、まだまだとてもじゃないけど邦画には油断できないと思っている僕なのだ。むろんよく出来た作品が多く出現していると認めた上でのことだが。

 閑話休題。僕は何もここで、邦画ファンと喧嘩をしようと思っているわけではない(笑)。僕が言いたいのは、矢口史靖という監督は日本映画でも珍しい、ハリウッド伝統の娯楽映画メソッドを身につけた映画作家である…ということなのだ。だから、元々はハリウッド保守本流の映画ファンである僕としては、矢口監督の新作に大いに期待したいところなのである。

 そこに来て、今回は飛行機の世界を描くという。

 実は僕は元々飛行機がすごく好きで、おまけに過去に飛行機関係の業界の末端にいた人間だ。僕の人生において「飛行機」「北海道」は、節目節目に顔を出してきて大きなインパクトを残してきた2大アイテムなのだ。その片方を扱った映画となれば、これは気にならないわけがない。

 おまけに今回はANAの全面協力で、ジャンボの実機を使って撮影されたという。例えば「スウィングガールズ」では、出演者に実際に楽器を修得させ演奏させて撮影した矢口監督。それはハリウッド映画などならごくごく当たり前のことなのに、邦画ではごく一部でしか行われてなかったような事だ。そして仮に行われていたとしても、「巨匠」の恐ろしく気張った作品で、悲壮感にあふれ犠牲的精神のもとで行われたような感があった。早い話がやたら「大げさ」に取り扱われていた。しかし矢口監督は、およそ大した事もないと言いたげに、さりげなく当然のこととして「それ」をおこなっていた。そこが、矢口監督の最大のセンスの良さだ。

 だから矢口監督、今回だって当然のごとくジャンボの実機を使って撮ったに違いない。ごくごく当ったり前のことなんである。当然そうなるだろう。そんな矢口監督の飛行気映画なら、絶対見ないわけにはいかないのだ。

 ただ、なぜだろう…何となく今回の作品には、どこか食指がそそらなれない感じがした。

 例えばキャスティング。田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか、吹石一恵、寺島しのぶ…と、こう並んでみてもどうも「見たい気」が起きてこない。申し訳ない。これでググッと来る人は来るのかもしれないが、僕は個人的にあまり食指がそそらない。田辺誠一は快作ハッシュ!(2002)があったから結構期待できそうな気もするが、まことに申し訳ないけど、時任三郎寺島しのぶってあまり好きなタイプの役者さんじゃないのだ。スミマセン。

 CA役の綾瀬はるかってのもビミョーな感じ。別に彼女のことは好きでもキライでもない。むしろどんな役者さんだかピンと来ないという印象しかない。見た目で判断させてもらえれば、彼女の目ってどこか表情が乏しい気がしてしまう。おそらくはこの人、かなり近眼や乱視など目が悪い人なんじゃないだろうか。いつも「どこを見ているのか分からない」印象がある。

 そんな彼女の出演作は目白押しだが、なるほど「僕の彼女はサイボーグ」(2008)のサイボーグやら、「ICHI」(2008)の女座頭市など…いずれも目の表情の乏しさを逆手にとって活かした役柄ばかり。なるほど映画の制作者ってのはやっぱりよく見ているのだ。

 そんな彼女がフツーの人、しかもハツラツ(だと思う)CA役ってのは大丈夫なんだろうか。どう考えても器用だったり芝居がうまそうに見えないだけに、かなり厳しい予感がしてしまう。

 お話自体もちょっと耳に入ってくる情報によれば、新人CAの綾瀬はるかが大ベテランの寺島しのぶにシゴかれハラハラとか、昇進がかかった副操縦士の田辺誠一が大ベテラン機長の時任三郎に睨まれドキドキとか、何だかもうすでにどこかで聞いたような話に思えてしまう。例えば「スウィングガールズ」の話を聞いた時に感じた、あの「面白そう!」って感じが全然してこないのも不安だ。

 ケチつけついでにもう一つ挙げれば、今回は映画の主題歌としてフランク・シナトラ「カム・フライ・ウィズ・ミー」を使っているというのが「売り」らしいが、これってついこの前、スピルバーグのキャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)で使われたばかりではないか。

 それもディカプリオがパイロットに扮してスッチーたちを従え、堂々警察やFBIの前を通って逃げおおせてしまうという痛快かつ印象深い場面。昔の映画で使われていたり、最近の映画でもどうでもいい使われ方ならまだしも、これだけ最近の話題作で鮮烈に使われちゃっているものを、カネの力でか何でかは知らないが、また性懲りもなく「飛行機」という「まんま」のコンセプトで使っちゃう発想は、いささか「痛い」と言わざるを得ないんじゃないだろうか。どうせ矢口監督はスピルバーグ映画からの発想ではない…とか往生際の悪いことを言いそうだが、まずはウソだろう(笑)。あとは、確かANAはかつてパリ線就航の折りにシナトラをCFMで起用していたから、その連想だろうか。

 どちらにせよ…リュック・ベッソンが「TAXI」(1996)で、タランティーノの「パルプ・フィクション」(1994)冒頭で使われた曲をそのまんま流しちゃったという「もっと恥ずかしい前例」(笑)があるから、それと比べりゃマシと言えなくもないが、これはちょっと冷え冷えしてくるよなぁと思わざるを得ない。シナトラ流して「粋」なつもりなんだろうけど、ちっとも粋じゃないんじゃないか。

 それと、「ハッピー・フライト」って言えば、グウィネス・パルトロウがCAやってる映画(2003)がすでにあったよなぁ…という、どうでもいいイチャモンまで付けたくなる。

 そんなわけで、本来だったら「待望の新作」のはずの「ハッピーフライト」に、僕はいささか不安なモノを感じていたのだ。そしてその他にも…。

 僕がこの作品に複雑な感情を抱くことになる要素がもうひとつ…。

 

この作品に複雑な感情を抱かざるを得ない個人的事情

 もうすでにどこかでちゃんと語ったかどうか忘れたが、僕は2005年以降、本の編集とライティングを生業としている

 どんな本をつくっているかと言えば…それこそ「女にモテる方法」だとか「ブログの作り方」だとか「大学受験の極意」だとか…およそ僕が語るにふさわしくなさそうな題材もあれば、「日本全国の遺構巡り」みたいな趣味を前面に押し出した本もある。まぁ、こちらは商売だから何でもやるわけだ。

 そして2008年、僕に持ち込まれた新しい仕事は、オールカラーでつくる雑学図解本だった。

 出版元は、最初に一気に3冊出したいとの意向を持っていた。与えられた題材としては、「自動車」「船」「飛行機」のすべて…というもの。その中で、僕が迷わず「飛行機」をとった理由については、もはや繰り返して説明するまでもあるまい。内容としては、飛行機の製造工程を説明したり、飛行機が飛ぶ原理を説明したり、飛行機の構造を紹介したり、さまざまな飛行機の種類や飛行機に関わる仕事、さらに空港について紹介したり…というものだ。しかもそれらを文字だけでなく、あくまでビジュアルで表現するというのがミソ。これには僕も、久しぶりに興奮した。

 大好きな飛行機を、仕事として大っぴらに追っかけ回すことができる!

 現在、世界最大のジェット旅客機となったエアバスのA380について、その製造工程を中心に詳しく紹介するのは楽しかった。これで実際のA380に乗ることができたらもっと楽しかったのだが(笑)、残念ながらその機会は訪れなかった…。

 その代わりと言っては何だが、政府専用機に乗り込むことができた時は、さすがの僕も興奮を隠しきれなかった。航空自衛隊の千歳基地に停まっている専用機を撮影しまくり、自衛官のみなさんの面白い話に聞き入って大満足。これも役得と言えよう。生きててよかった。

 僕一人で解説するのはいささか心許なかった「飛行の原理」「飛行機の構造」については、この分野でかなり知られているらしい東大の教授にご登場願った。この先生がとても素晴らしい方で、その名を出すとどんな航空会社でも航空関係のメーカーでも「あぁ、あの先生ですか」と通ってしまうくらいのポジションにいるにも関わらず、僕の厚かましいお願いを喜んで受け入れてくれた。何が素晴らしいって、この分野においてかなり知られているはずのこの先生が、僕だけに飛行機に関する個人講義を3時間にわたって開いてくれたのだ…それも4度も! こんな贅沢が他にあるだろうか。その間、僕は「フラップってどんな時に下がるんですか?」などと質問したりしていたのだから、いやはや厚かましいにも程がある(笑)。ところがこの先生も、失礼を承知で申し上げれば飛行機が大好きな少年がそのまんま大人になったような方で、本当に嬉々とした表情で懇切丁寧に教えてくれたのだ。逆に僕が取材先で「こんなことがありましたよ」などとお話をすると、これまた実に楽しそうに聞き入ってくれた。これぞまさに飛行機好きにとっては至福の時。この仕事やっててよかったよ。

 しかしその一方で、なかなかスムーズにいかないことも多かったと白状しなくてはならない。

 例えば空港関係の取材は、セキュリティーの関係で極めて厳しかった。情報はあまり出してくれない。支給の写真は極端に少ない。撮影しようにも制限が多くて実現できない。例えば成田空港などはその当初から過激派の攻撃を受けたりしているので、このあたりにはかなり過敏になっている印象は否めない。おまけに「9・11」以降は、航空関係者の誰もが用心深くならざるを得なかった。

 そんなわけで、あちこちでさまざまな制限に遭い、それをあの手この手奥の手でクリアしていくという、パズルのような作業が続くことになった。当初は出版元も我々も、どこかに協力を取り付ければ後は大概のことはパ〜ッと片づくと考えていたが、実際にはまったく想定通りにはいかなかった。あっちこっちで通せんぼをくらって回り道を繰り返し、ねばり強く交渉をしながら個別の問題をクリアしていくしかなかった。

 それでも、雑学図解本の分野では類書がゴマンとあるので、生半可な内容では太刀打ちできない。だからよその本では実現できない、見ることのできない内容をめざして制作していくしかない。そんなわけで先に語った政府専用機への取材やら、成田空港の管制塔に乗り込んでの取材を行ったりした。

 そして航空会社では…最終的には日本航空などいろいろの会社のご協力をいただいたが、出版元の意向でメインはANAでいくことが最初から決まっていた。

 ANAの広報室で対応してくれた方は、話を持っていった時からとても協力的だった。だがこちら側から提示した取材内容は、いきなりハードルが高かった。さまざまな機材の写真や各分野の仕事に関する写真が必要で、それも地上支援から整備に至るまで…を詳細に紹介したい。さらにはコックピットに乗り込んでパイロットが飛行機を離陸させてくプロセスを紹介したい。CAの仕事ぶりを離陸前から巡航中、そして離陸まで一連の流れで見せたい。

 「それはちょっと難しいですね」

 実際の話、それはどこの航空会社にもっていても無理な相談だったと今なら分かるが、それでも「誰もが見たい知りたいと思っているが、どこの本にも載っていない」ことを取り上げなければ、この本はつくる意味がないと思っていた。商売上の話ではない。これは「僕が」つくる本なのだ。やれなきゃマズイだろう。

 それからの作業は、正直に言って決してスピーディーに進んでいったとは言えない。それは、安全運航を第一に考えねばならない航空会社としては当然のことだったのだが、本をつくるこちらとしては申し訳ないがシンドかった。さらにもどかしいことに、他にこちらの進行を遅らせていると思える要素も存在していた。

 ANAは、当時、映画の撮影協力を行っていたのだ。

 何でも実際のジャンボを借り切って、撮影隊が映画撮影を行っているとのこと。それがウワサに聞く矢口史靖監督の新作だということは、すぐに想像がついた。広報部の人々も夜通し駆り出されていたり、かなりかかりっきりである様子が伝わってきた。

 その一方でこちらの本の進行は、ベタ遅れに遅れていた。

 後々で考えると必ずしもANAの問題ばかりでなく、他の取材や資料入手についても遅れていたし、そもそも当初の見通しが甘かった。しかしながら、元々の発売予定が8月中旬。それなのに、7月に入っても取材が終わる気配がない。どう考えても予定通りに終わるとは思えなかった。ANAの取材は7月一杯で終了したものの、資料や画像の手配やさまざまなチェックも必要だ。他の部分の遅れやこちらの事情もいろいろ絡んで、遅れが遅れを呼んでズルズルと本の完成は遠のくばかり。結果的にはすべての作業は12月までもつれこんでしまった。

 その間、ほぼ4月からずっと休日返上という事態に追い込まれ、連日、深夜の作業になだれ込む始末。もちろん朝からキチンとやればいいのだが、何だかんだでどんどん時間が遅れてズレていき、生活時間帯も夜型になってしまった。それらがANAのせいだったとは到底言えないが、正直言って遅れの一端にはそれが関わっていなくもない。偉そうに言うつもりはサラサラないが、今年ばかりは「過労死」という言葉を真剣に考えずにはいられなかったよ。

 そんなヘトヘトの状態も限界に近付きつつあった11月。矢口監督の問題の新作「ハッピーフライト」が公開された。

 本来ならば両手放しで大歓迎。見たいと思うところだ。公開直後に劇場に飛び込んでいることだろう。だがその当時、僕は映画を見るのもやっとこの状態だった。精神衛生上、できるだけ気分転換に映画を見ようと心がけてはいたが、そんなにあれもこれも見るわけにいかなかった。

 その中で「ハッピーフライト」には真っ先に飛びつく気がしなかった

 世評が好評であることは分かっていた。しかもANAの全面協力で、かなり突っ込んだ取材や撮影も行っているらしいと知っていた。ならばなおさら…僕としては「先を越された」悔しさもあったし、「何でこっちはこんなに難航しているのか」と思わざるを得なかった。もし僕らがやれなかったことを彼らがやれていたら、正直言って愉快ではないだろう。そして伝え聞く評判から察するに、かなりその可能性は高い。フジテレビと電通が付いていれば何でもオッケーなのかよ…と、ぶっちゃけグチのひとつも言いたくなる。こっちはちっともハッピーなんかになれねえよ。

 そんなわけで、何だかかんだと見るのが延び延びになってしまった。問題の飛行機の本の作業がすべて終了した後も、なかなか劇場に足を運ぶ気になれなかったのだ。

 気付いてみたら、2008年も残りわずか。さすがにこの作品を僕が見ないわけにいかないし、見るのだったら2008年中に見なければマズイ。そんな12月の30日に、すでに上映している劇場も少なくなった「ハッピーフライト」を、わざわざ池袋の劇場まで行って見ることにした。ちなみに、この作品が僕が2008年に見た最後の映画になったわけだ。

 そんなわけで、11月に公開された映画を何で翌年の最初の更新で紹介するハメになったのか、これでみなさんもお分かりいただけたと思う。長い長いグチに、最後まで付き合わせてしまって申し訳ない。

 

あらすじ

 東京・羽田空港。ANAでボーイング747の副操縦士を勤める鈴木和博(田辺誠一)は、機長昇格のための乗務実地試験を目前にしていた。機長への昇格がかかった今日のホノルル行きの乗務は、教官となる機長((小日向文世)が優しい人物で有名とあって、余裕をかましている鈴木。ところが彼が羽田のオペレーション・コントロールに出勤してくると、問題の機長は風邪でダウン。代わりに乗務することになった機長は、ニコリともしない原田(時任三郎)ではないか。よりによってこんな時に…と思っても後の祭り。鈴木はいきなり緊張でコチコチに固まる。

 一方、これまで国内線勤務だったキャビン・アテンダントの斉藤悦子(綾瀬はるか)も問題のホノルル行きで国際線デビューを果たすことになっていた。同僚は同乗のチーフパーサー山崎麗子(寺島しのぶ)の厳しさを評して「水をたくさん飲んだ方がいいよ、涙が枯れちゃうから!」と語っていたが、元々呑気な性格の斉藤は動じない。それでも朝の打ち合わせに遅刻していきなりこっぴどく斉藤たちに叱られると、今回は今まで通りにはいきそうもないと思わざるを得なかった。おまけに先輩CA田中真里(吹石一恵)も、やたらとツンケンつらく接してくる。改めて緊張するものの、緊張すればするほどドジを連発する悦子だった。

 その頃空港のグランドスタッフである木村菜採(田畑智子)は、先が見えちゃった感がある仕事に限界を感じて、辞めたい辞めたいとそればかり考えていた。こんな所にくすぶっていて出会いもない。おまけに後輩の吉田美樹(平岩紙)はやる気がないわ覚えが悪いわで足ばかり引っ張る。そして仕事はとびきりシンドイ。今回も一部の乗客の席をエコノミーからファーストに変えなければならなくなって、いかにも温厚そうな中年男に変更を頼み込む。ところがこの乗客が思いの外デカい手荷物を持ち込んだのがトラブルの元。おまけに出発間際にトイレに立てこもる新婚夫婦がいたりして…何とか「定刻」での出発をめざすスタッフを脅かす。

 さらに出発を前にした航空機周辺でも、てんやわんやは起きていた。ちょっとした行き違いから、整備士(田中哲司)が不要と判断した整備を若い整備士(森岡龍)が開始してしまう。「定刻」出発までもぅ時間がない。「7分でやれ、出来なきゃやるな!」という頭ごなしに言われて、憮然とした若い整備士は意地で作業を進める。

 そんな状況と比べれば、ここはまだノンビリしているかもしれない。例のオペレーション・コントロール。オペレーション・ディレクターの高橋昌治(岸部一徳)は、隅っこの喫煙室に籠もって、煙を吐きながら背中をかいている。パソコン音痴でダラダラやってる高橋の姿を横目で見ながら、ディスパッチャーの中島詩織(肘井美佳)は今日も溜め息をつくばかり。

 しかし、ここオペレーション・コントロールがのんびりムードに浸っていられるのも今のうち。実は例のホノルル行きジャンボ旅客機に、これから思いもしなかったようなトラブルが襲いかかるのだった!

 

見た後での感想

 まず、最初にこれは言わなくてはいけないだろう。

 面白い! 悔しいけれど面白い!

 日本映画で珍しい航空映画としてももちろんだが、アメリカ映画などの航空映画と比べても、遜色ないどころか群を抜いた出来だ。ひょっとしたら旅客機を扱った航空映画で、真の意味で「航空映画」と呼べるものはこの作品以外ないんじゃないだろうか。

 これはマジメにそう思っている。これでもいろいろ外国映画を見てきて、なおかつ…何ともシャクながら、今回飛行機の本をつくるために航空業界の裏側をかい間見た僕だからこそ、これはハッキリと言い切れる。たぶんこの映画、民間航空を描いた映画としては最高峰と言っても過言ではないのではないか。

 その美点は何より、おそらく誰もが指摘しているだろうが、その素晴らしい取材力。そして取材に裏打ちされた構成にある。

 航空映画といえばパイロットとCAばかり光が当たるのが定石だが、ここではそれらだけでなく、航空機にまつわる様々な職種の人々が登場する。ただ登場するだけでなく、それらがすべてほぼ等しい比重で扱われる。こんな映画は日本…いやいや、ハリウッドでもなかったんじゃないだろうか。

 しかし実際に航空の仕事を見せてもらうと、パイロットやCAの仕事の重さもさることながら、それを取り巻くさまざまな人々の仕事も負けず劣らず重要だ。これは美辞麗句や上辺の言葉でなく、実際にそうなのだ。我々が見ている航空の仕事は、そのホンの一端に過ぎない。1機の飛行機を飛ばすためには、大勢の人々の英知と努力が必要なのである。これは決して偽善やキレイ事で言っているのではない。

 僕も今回の本の取材で、それをイヤというほど思い知らされた。だからスペースに限りがあるものの、何とかそれらの仕事について取り上げたつもりだ。この映画は、まさにそこのところをリアルに描いているのである。

 そして今までなら事故や爆発やら犯罪やら…そんなこんなでパニック発生というのが十八番なところだが、この映画では(多少、トラブルらしきものは描かれるものの)そんな大事件は起こらない。日常の運航業務が淡々と描かれる。そして、そんな日常の運航業務こそが、何よりスリリングでエキサイティングなのだと語っているのだ。

 いや〜、もう書いているそばから、「それってオレがやろうと思ってたのに〜!」と言いたくなる展開。何とも悔しい。悔しいけれども面白い。僕は間違いなくこの映画のDVDを買うだろう。買ってディティールをチェックせずにはいられない。そしてまたまたグチるだろう。

 「それってオレがやろうと思ってたのに〜!」

 何より、実際の羽田空港やジャンボで撮ってるのが強みだ。つまりは「スウィングガールズ」で、ズブの素人の主人公たちが、実際に演奏を行ってしまうのと同じだ。当たり前のことだが、それがなかなか出来ない。それをしっかりやっているから、この映画は素晴らしいのだ。

 それでも、何でもかんでも実物で撮れるわけではあるまい。この映画ではいくつかのシークエンスを特撮でカバーしており、それらにはミニチュアが使われているように見受けられる。しかし、それらも実機撮影部分と遜色がない。それはまさにセンスの問題で、以前どこかで「ガメラ/大怪獣空中決戦」(1995)の特撮をホメたのと同じに、またウォルフガング・ペーターゼン監督の出世作「U・ボート」(1981)について言及した時と同じように、ミニチュアをスタジオの照明ではなく太陽光線下に出して撮影したから得られたリアリティなのだ。ミニチュアを精密にするとかデカくするとか、そういった問題ではないのだ。何度も言うけど、あくまでセンスの問題なのである。

 あと、何をホメてなかったっけ? そうだ、キャスティングだ。

 あれだけクサした配役だが、映画ばかりは実物を見なければ分からない。これが実にアンサンブル・キャストとしてうまく機能しているのだ。いちいち細かく指摘はしないが、田辺誠一をはじめとする俳優陣はいずれも出過ぎず引っ込み過ぎずの程の良さ。これは口で言うほど簡単なことじゃないと、僕もそれなりに分かっているつもりだ。みんなのバランスが実に良いのである。そしてこの映画はそうでなくてはいけない。1機の飛行機を飛ばすためには、大勢の人々の英知と努力が必要…という作品のテーマは、これでなくては伝わらないのだ。

 他には「アフタースクール」でもなかなか良かった田畑智子とか、目に付く人はたくさんいるが…オペレーション・ディレクターを演じた岸部一徳には心の底から嬉しくなった。普段は見事に昼行灯を絵に描いたような冴えないオッサンが、すわ非常事態となるととたんに人が変わって冴えわたる。そして事態が収拾すると同時に、また元の昼行灯に戻る変わり身の鮮やかさ(笑)。いやぁ、ホントにこれは素晴らしかった。

 当初、疑問視していた綾瀬はるかについても、僕の不明を恥じなくてはならない。正直言って僕は、やはり昨年公開された日本航空の協力による「フライング・ラビッツ」(2008)での石原さとみと、ANA協力の本作の綾瀬はるかで、日本の2大航空会社の代理戦争としてのいわゆるスッチー・コスプレ対決ってあたりを目論んだのが正直なところだろう(笑)と思っていた。ところが…そんな関係者の思惑があったかなかったか知らないが、そして石原さとみの出来栄えはどうだったかも分からないが、この作品の綾瀬はるかはこの人しか出来ないと思わせる好演を見せるのだ。

 シチュエーションだけ見ると、副操縦士の田辺誠一とCAの綾瀬はるかは、「いくら何でもドジ過ぎないか?」と思わせる失態の連続。娯楽映画としてこれくらいやらないと、後半の立ち直りが際だたないと分かっていても、設定だけ見ると「やりすぎ」感が漂わないでもないし、実際結構ヒヤヒヤギリギリものの部分もなくはない。

 そのうち田辺誠一に関しては、この人本来のものである軽〜い持ち味でクリアしているので危なげないが、綾瀬はるかに関してはひとつ間違うと「バカ」と見られかねない。結構きわどい場面の続出だ。だが、そこで例の「どこを見ているか分からない」目が効いてくるのである。

 目の表現が乏しいということは実はかなり役者としてはハンデなはずで、いわゆる「うまい」芝居は「目の演技」で演じられる場合が多い。その「目」に多くを期待できないとなると、「うまい」芝居をさせることは難しいとなってしまう。「うまい」芝居必ずしも「目」の演技ではないだろうという向きがあるだろうことは百も承知ながら、一般的に考えるとこれが真理であろうこともまた事実。つまり、普通に考えると単なる「大根役者」になってしまう危険性があるわけだ。

 ところがこの作品の綾瀬はるかは、なぜかそこから免れている

 実際には前半部分のドジの数々は、僕でも「いくら何でも」と思わされるものが少なくない。単なる「バカ」じゃないのと思われてしまうところまで、あとわずかの危険水域に入っている。正直な話、ひとつ間違うとわざとらしくて寒々しくなりかねない設定も多い。なのにこの映画の綾瀬はるかは、そんなあざとさとは無縁に見えるのだ

 それは、おそらく「目」の演技が乏しいからこそ…ではないだろうか。

 先ほど僕は、「うまい」芝居イコール「目」の演技…などと暴言を吐いたが、これもひとつ間違うと諸刃の刃で、やりすぎればうまい「お芝居」ぶりが鼻につく恐れがある。

 逆に言うと、能弁な「目」を封印することによって、そんな「作為性」を乏しくすることもあり得るのではないか。

 綾瀬はるかがそこまで演技設計を計算してやったとは到底思えないが(笑)、彼女の「目」の寡黙さが、彼女の演技に一種のリアリティ=真実性を生みだした可能性はある。だから結果的に、彼女はこの登場人物を、イマドキ珍しいほど素直でストレートな人物と見せることに成功している。さらにそれは、冒頭近くで航空機に搭乗直前の彼女が両親とバッタリ出会う場面、チーフパーサーから罵倒を浴びて意気消沈する場面…あたりを見れば明らかだ。

 それらの場面ではどちらも、綾瀬はるかは目に涙を溜めている

 それまで「目」に芝居をさせていなかった彼女だが、ここでは「涙」という…誰にでも見て分かる極めて映画的なアイコンを付加させているのだ。

 そして、それまで芝居におよそ作為的なものを加えていないから、一気に観客はそこに彼女の「感情」を見てとるのである。これは実に巧妙な作戦だ。

 逆に言うと、綾瀬はるかが巧みに目を使った芝居を演じていたら、おそらく前半部分のドジぶりはわざとらしくて見るに耐えなかったのではないか。これはぶっちゃけ本当のことだ。シチュエーションが結構あざとかったことを考えてみても、正直言って僕はそう思う。こう言っては申し訳ないが、今回の矢口脚本にはいささかスベってる部分がある。そこを綾瀬はるかに巧まずして助けられていたと考えるべきだろう。うまい女優さんでは決してないだろうが、うまくなかったからこそ良かったのである

 そんな演技アンサンブルの中で唯一何か注文をつけるとすれば、ベテラン機長役の時任三郎だろうか。見るからに厳しそうな雰囲気を漂わせながら、実はすっとぼけたおかしみがある…という役どころながら、残念ながら厳しそうな雰囲気も中途半端なら、すっとぼけた味もうまく出ていなかったような気がする。だから脚本が本来要求していたような味が正直言って乏しかったんじゃないだろうか。しかし、それもこの映画の中では大したキズのうちではない。

 だから幸福な2時間弱が過ぎ去った時には、もはやシナトラの歌がどうしたこうした…なんてことはどうでもよくなっている(笑)。この作品は、そんな稀な幸福感を味あわせてくれる映画なのだ。

 

見た後の付け足し

 というわけで、この映画については完全に「やられた」としか言いようがない。映画ファンであり航空ファンである僕としては、まさに至福の時だった。

 ところで、僕がANA広報室の担当者に最初にお願いしたいろいろな課題がその後どうなったか、と言うと…。

 結局、僕は当初建てたプランについて、ほとんど妥協せず本に載せることができた。最初は難色を示されたものの、結局それをほとんど実行してしまったのだ。それらを何とかして実現しようとしたからこそ時間も労力もかかったわけで、ともかくこれまでにない航空雑学本ができたと自負している。

 もちろん実現に漕ぎ着けるためには、さまざまな工夫や発想の転換も必要だった。だがそんなことより何より、これにはANA広報室の担当の方のご尽力に感謝しなくてはなるまい。僕から出てきた無理難題、勝手なワガママを、ともかく最終的に各方面を調整した上で実現してくれたのだ。この担当の方にとっても、僕に付き合わされたこの半年は悪夢でしかなかっただろう。この場を借りてお詫びしておきたい。元々性格がネチッこいストーカー気質の僕に捕まったのが、運の尽きでした(笑)。

 他にも取材に参加していただいたみなさん、特にB777のモックアップ(実物大模型)で撮影に協力してくださったCAの方には、本当にお世話になってしまった。またANA以外の関係各位にも、多大なご協力をいただいた。こちらについても、ただただ感謝感謝だ。

 今回の映画を見ると、僕の本の取材に協力してくれた方の顔が、あちらこちらにチラホラと見え隠れしている。そんなあたりも、僕にとっては見ていて実に感慨深い。…って、これは映画の感想文じゃないな(笑)

 ともかく半年以上の時間をかけて、飛行機好きの僕がつくったこの本は、いよいよ今月半ばに書店に並ぶことになった。ここからは宣伝だが、たぶん「ハッピーフライト」を見た方が読めば、二度オイシイのではないだろうか(笑)。発売された折りには、ぜひ書店の店頭で冷やかしていただければありがたいと思う。 

 

 

 

 

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