「天安門、恋人たち」

 頤和園 (Summer Palace)

 (2008/09/15)


  

完全に過去のものとなった「あの日々」

 もうあれから30年も経っているなんて、とても信じられない。

 大げさに思われるかもしれないが本当だ。僕が大学に入学した年から、今年でちょうど30年。なるほどトシをとったものだ。

 何でそんなことを思ったかと言えば、つい何ヶ月か前に、この大学時代の友人たちと会ったから。もっともそれはあまり良いことじゃなかった。友人の父親が亡くなり、その葬儀に出た事がキッカケだったからだ。

 考えてみれば、最近は誰かの葬儀がないと疎遠になった人物と再会することもない。情けないけど、これが真実だ。ついつい日々の忙しさにかまけて、人と会うことがなくなってしまう。

 その時も突然の訃報で仲間うちで連絡を回して、何とか3人だけでも顔を揃えることができた。久々に再会を果たした僕らは、葬儀もそこそこに近くの居酒屋にシケこんだわけだ。

 懐かしい会話は本当に楽しかった。その日、僕が電話で呼んだ男とは、もう20年ぶりぐらいだろうか。彼は「今度はみんなで集まろう」と言っていたが、それはかなり難しいだろうなと僕は思っていた。

 みんなそれぞれ仕事がある。家庭だってある。事情もある。だが、その男はちょうど転職する寸前でヒマがあるらしく、今ならみんなとの再会はありがたい…などと言っていた。

 それから間もなく、休日に職場に出ていた僕のもとに、その男から電話がかかった。どうやら僕に、大学時代の仲間たちを集めてもらいたいらしい。しかし、そいつはいささか無理な相談だった。

 僕は休日出勤までして、目下の仕事を終わらせなければならない状況にいた。先日の葬儀は、「葬儀」だったからこそ無理しても出たのだ。その僕にみんなに連絡しろと言われても…。

 僕が快く返事できずにいたところ、この男は怒ったらしく電話を切ってしまった。僕のことを冷たい…と思ったのだろうか。しかし僕は先にも述べたように、休みも返上しなくてはならない身だった。それを冷たいとか水くさいとか言われても、僕だって困る。それに「転職する寸前でヒマだ」と言っていたのだから、自分で連絡をすれば済むことではないか。

 僕はその時、彼らとは「これまで」なのかな…と思った。

 寂しいとは感じたが仕方がないとも思った。冷たいのかもしれないが、それが現実だ。そういえば葬儀の夜、帰りの電車で一緒になったもう一人の仲間にも、こんな言葉を投げかけられたっけ。

 「そんなに仕事をする意味ってあるの?」

 何をどういう意味で言ったのかは分からないが、こんな言い方を僕は友人にはしないだろう。人には人の事情がある。僕はこの仕事をやりたくてやっているし、時にはやりたくない時もあるが、だからといってやらないわけにはいかない。そんな恵まれたポジションにはいない。

 この男は外資系の会社に勤めていたから、アメリカナイズな発想で僕の仕事ぶりを眺めていたのかもしれない。だがそれは、あえてキツイ言い方を許してもらえれば…大きなお世話というものだろう。いや、それは言い過ぎかもしれない。もはや住む世界が違うってことなんだろうか。

 寂しいし辛い。でも、それが現実ってものなんだろう。

 久々の再会は懐かしいし楽しいけれど、なぜか最近は苦くて胸が痛むことの方が多い。職場で電話を切った僕は、今や完全に「あの日々」が過去のものになったことを悟ったのだった。

 

地味な存在ながらも忘れられないロウ・イエ作品

 本当に不思議なんだけど、どうしてこの人の映画っていつもこんなに扱いが地味なんだろう?

 ロウ・イエ。

 僕も最初は知らなかった名前だから、あまり偉そうなことは言えない。それでも公開がとっくに終わってからDVDで見せられたふたりの人魚(2000)は、その名を僕の中で不動のモノにするだけのインパクトがあった。その感想を一言で言い表すのは難しいが、とにかく見た後で圧倒的にメランコリックな気分になったのは忘れられない。その時に僕が置かれていた状況が多分に作用したものと分かっていても、あの尋常でない身につまされ方は何と言ったらいいのだろう。

 この不思議な味わいを持つ監督の作品を、もっと見たいと熱望していたある日、忽然と現れたのが危情少女 嵐嵐(1995)。ごくごく初期の雇われ仕事とのことで、確かに「ふたりの人魚」の味わいを期待しちゃうとかなりヌルい出来栄え。それでも中国にしては珍しいホラー・タッチのサスペンス映画に、この人なりのユニークな狙いが感じられた。

 そしてしばらくぶりに登場した新作パープル・バタフライ(2003)も、政治サスペンスのダイナミックさを持ちながらデリケートな肌触りをも感じさせる作品だった。どうしてもステレオ・タイプに描かれがちな日中戦争を背景に、こんな複雑な味を持つ作品が中国映画から現れるとは…これにはまたまた驚かされた。僕はますますロウ・イエという監督の作品が好きになったわけだ。

 何よりロウ・イエの作品は、「夢と現実」、「虚構と事実」が錯綜する複雑な構成が魅力だ。それらが渾然一体となって区別がつかなくなるような構成が、見る者に一種の陶酔感のようなものすら感じさせる。習作的な「危情少女 嵐嵐」ですらこの傾向が見られたのだから、この「夢と現実」、「虚構と事実」はロウ・イエの意匠のようなモノと思っていいだろう。それが彼の作品を、何とも忘れがたいものにしているのだ。

 しかしながら、彼の作品は扱いがあまりに地味だ。

 「ふたりの人魚」がアート・シアター系なのは仕方ないとして、チャン・ツィイー仲村トオル主演という豪華スター共演の「パープル・バタフライ」ですらミニミニ・シアターとでも言うべき劇場での公開となると、どうしてこの人の映画ってこんな扱いなの?…とボヤきたくもなる。そんなこんなだから、彼の作品が映画ファンの間で話題になるわけもないのだ。

 そんなロウ・イエの新作がまたまた登場したと聞けば、胸騒ぎを覚えずにはいられない。しかも題名に「天安門」とくる。おまけに全編かなり大胆なセックス・シーンが連発するという。これはかなりの野心作ではないか?

 さらに現代史・政治絡みの青春編でおまけにセックス・シーンがドッチャリと聞けば、日中戦争と天安門時事件ではかなりの差があるとはいうものの、アン・リーの近作ラスト、コーション(2007)が頭に浮かぶ。あれも圧倒的にメランコリックで大好きな作品だ。まさかロウ・イエ、「ラスト、コーション」の向こうを張って…ということはないだろうが、それでも見る前から期待が高まるではないか。

 そういや「ラスト、コーション」って、どこか「パープル・バタフライ」を連想させる作品だった。ひょっとしてロウ・イエとアン・リーって、お互いにどこか意識し合っているのだろうか?

 それはともかく、今回の新作…またしても公開は地味〜なアートシアター1館だけ。みんなこの映画やってるの知らないんじゃないだろうか? 実はこの人の映画って常に国際映画祭で注目されているし、ここ何作かは常に海外資本で製作されているほど。なのに、どうしてロウ・イエって日本ではいつもこんなに冷遇されちゃうの?

 時間がなくてなかなかチャンスがなかったが、この映画だけは見逃すわけにはいかないのだ!

 

大学時代のあの開放感とは?

 なぜだろう。大学に入った時にあれほどの開放感を感じたのは?

 他の仲間たちと違って僕は地方から出てきた訳ではないし、一人暮らしを始めた訳ではない。それなのに、あれほど開放感を感じた訳が分からない。一浪していたから、受験勉強から脱出できたことで感じた解放感だったのだろうか? それとも、これで「若者」らしいことができると思ったからなのか?

 そうかもしれない。

 僕はどっちかといえば奥手で野暮天なタイプ。酒もタバコもいろいろな遊びもまだだったし、ついでに言えば大学入学時には女も「まだ」だった。そもそも極端な照れ屋だったので、女と付き合うとか口をきくのもツラかった。およそ世間で言われていた、当時の「若者」像からかけ離れていたのが自分だった。

 でも、何とかそんな「人並み」レベルに追いつきたいとは思っていた。それが浪人でさらに1年も延ばされたのだ。何らかの焦りを感じない訳がない。

 そこで大学に入った最初の年、僕はハジケにハジケまくったような記憶がある。

 大学に入れば毎晩のように友だちとツルんでいたし、酒も飲んでいた。夏は海に行き、冬はスキーに行き、柄にもなくテニスまでやろうとした(笑)。似合ってもいない服も買った。江ノ島に女の子たちと一緒に出かけて、砂浜でフリスビーを投げるなんて恥ずかしいこともやった(汗)。何人も女の子を口説いては、ことごとく失敗した。信じられないことにナンパまでしようとした。

 これまた、うまくいこうはずがない。

 それでも何でもやりたくなるのが、あの時代の不思議なところだった。

 うまくできる気がしたのだろうか。いやぁ、自分がそういう事が苦手だってことは、自分が一番よく分かっている。あわよくば…という気持ちがあったことは認めるが、その反面、自分の口説きなんかになびく女がいるとは思えなかった(笑)。スキーだってテニスだってカッコよくやれるとは思えなかった。でも、やらずにいられなかったし、そうしないといけないと思った。

 あの無駄な努力、無駄なパワーって何なんだろう? 説明はできないが、あの時の僕は、間違いなく人生で初めて絶対的な「自由」を手に入れた気がしていた。それが、「どこまでもできる」「何でもやれる」という気持ちを僕に奮い立たせた原動力だと思う。

 ただ、それもやっぱり最初の1年で力尽きてしまったような記憶がある。いろいろやってはみたものの、それはほとんど実らなかった。柄にもないことはうまくいくはずもない。おまけにやっていてちっとも楽しくない。僕は元々大好きだった映画館通いにさらに精を出すとともに、8ミリ映画づくりに専念するようになっていった。結局、そこが自分の「巣穴」だと気づいたからだ。

 それでも、今度は「巣穴」を決めてそっちへ邁進していったパワーは、やっぱり「若者」らしい若さバカさだったと言えるかもしれない。あれを今やろうったって出来やしない。やりたくもない。

 ついでに言えば、あの頃は誘われて「反核集会」などにも足を運んだのだった。それこそ柄でもないし、僕は左翼でもない。だがあの頃は、何でも経験したかった。何か面白いことや刺激を求めていた。どこかに「祭り」はないかと探し求めていたのだ。

 僕はあの「反核集会」の出店で売っていた、ポーランドの「連帯」のロゴが入ったTシャツが欲しかった。イマドキの人はあまり分からないかもしれないが、「連帯」とはポーランドがまだ共産国家だった頃に民主化に向けて立ち上がった、ワレサ率いる自主管理労組の名前だ。そのへんの事情はアンジェイ・ワイダ監督の「鉄の男」(1981)に描かれているが、結局は戒厳令を敷かれて当時の政府につぶされてしまう。それが復活するには何年もかかってしまうのだが、それは別の話。今はどうかは知らないが、僕が大学生だった当時は「連帯」は抵抗の象徴だったのだ。だから、ちょっと応援したいって気持ちがあった。いやいや、白状すると単にカッコよさそうってだけだったんだけどね。

 ただ、当時はそれを買って往来で着る自信がなくて、ついに買わなかった。だが、その時にTシャツを買わなかったことについては、実は今でも後悔している。「ソリダリノスチ」ってポーランド語のロゴで描いてあるTシャツは、なかなかカッコよかったからね。

 閑話休題。今にして思えば、当時の僕のやったことは無駄だしバカなことばかりだと思うが、それでも楽しかったと思っている。大学最初の年に自分が経験した「柄でもない」ことにしたって、今はまったく後悔していない。それどころか、やっておいて良かったと思っている。

 どれもこれも「あの時」でなければ出来ないことだから、とにかく人生のうちで一度はやっておけたことが、僕にとって良かったと思える。

 これで「連帯」のTシャツさえ買えていたら、完璧だったんだけどねぇ。

 

花の北京のキャンパス・ライフで運命的な出会い

 1987年、北朝鮮国境近くの中国の田舎町。

 郵便配達のシャオ・ジュン(ツゥイ・リン)は、ウォークマンで流行りの曲を聴きながら働くイマドキのアンチャンだ。彼は局に届いた郵便物の中に、自分の恋人宛の封書があることに気づく。彼はバイクでそれを届けることにした。

 その彼女ユー・ホン(ハオ・レイ)は父と二人暮らし。ユー・ホンはシャオ・ジュンの届けた封書を見て、狂喜乱舞した。なぜなら、その封書は北京の名門・北清大学からの入学通知だったから。これで彼女は念願の大学進学、花の北京のキャンパス・ライフを謳歌できるのだ。

 しかし、それは故郷の恋人シャオ・ジュンとの別れを意味していた。

 そんな事は二人とも一言もいわなかったし、シャオ・ジュンもおくびにも出さなかった。しかし「大学進学=別れ」はもはや既成事実だった。ユー・ホンとの待合い場所に遅れてやって来たシャオ・ジュン、たまたまそこでサッカーやっていた連中の真っ直中にバイクで突っ込んでしまったことから小競り合い。多勢に無勢でボコボコにされてしまうというテイタラクも、何だか無駄なエネルギー有り余っている若さとバカさゆえなのか、それとも黙ってはいても目前に迫る彼女との別れに焦り狂っての振る舞いなのか。

 そんな二人は押し黙ったあげく、日が暮れて暗くなっていっても黙ったままほっつき歩いているばかり。そのうちお互いに激しく求め合い、殺風景な空き地で服を脱ぐのももどかしげに抱き合うに至る。いささか貧寒な風景とはいえ、ラブホもない田舎町とあっては仕方がない。それは最後の思い出づくりなのか、はたまたシャオ・ジュンへの別れ・お詫びの契りだったのか。

 しかし、それから間もなく憧れの北清大学のキャンパスを闊歩しているユー・ホンには、もはやそんな故郷への未練のかけらもなかった。

 全国各地から意気揚々と学生たちが集まる北清大学キャンパス。その女子寮に部屋を構えたユー・ホンは、しかし毎日憮然とした表情を見せていた。それは地方出という点を見透かされないようにとの強気か、それともウブな小娘たちとは違うというところを見せたかったのか。

 ユー・ホンを慕うあまりトイレまでついて来かねないほど女学生気分が抜けないトントン(ツアン・ホイメイツ)にもつれない態度。その他の寮のルームメイトとの付き合いもそこそこに、斜に構えてタバコをふかしていたユー・ホンだったが、そんな彼女に目を付けたリー・ティ(フー・リン)だけは訳が違った。

 どこか大人っぽくて知的で「分かっている」雰囲気。どこかイケてる彼女に誘われ、いつも行動を共にして着るモノも同じになったユー・ホン。

 そんなリー・ティの恋人ローグー(チャン・シャンミン)が、留学先のドイツから帰国するという。彼を歓迎する飲み会で、ユー・ホンはローグーの友人チョウ・ウェイ(グオ・シャオドン)を紹介される。思えばこれが運命的な出会いというべきだろうか。

 どんどん親しさを増していくユー・ホンとチョウ・ウェイ。彼女も彼のことを理想的な恋人だと思った。そんなある日、リー・ティの心遣いで寮内に「二人きり」の場所を手に入れたユー・ホンとチョウ・ウェイは、たちまちお互いを激しく求め合う。

 あまりにも激しい結びつきは、かえってユー・ホンを心配にさせた。ある時はユー・ホンが訳もなく「別れたい」と衝動的に切り出し、ある時はチョウ・ウェイが気詰まりから他の娘に手を出す。ある時にはユー・ホンが「教授と寝た」とウソかマコトか分からないことを口走り、ある時は彼女がチョウ・ウェイの暮らす男子寮に乗り込み大騒ぎを演じる。そんなこんなで徐々にすれ違いと傷つけ合いを繰り返す二人の関係は、微妙なものになり始めた。

 そして「これ以上付き合いきれない」と、別れを告げるチョウ・ウェイ。

 ところがそんな折りもおり、青春を謳歌する学生たちの身に大きな変化が降りかかる。キャンパスの中から外から、自由と民主化を求める風が吹いてきたのだ。キャンパス内はビラと立て看板であふれ、熱く語り合い歌い合う日々が始まる。

 チョウ・ウェイやリー・ティと共にユー・ホンも他の学生たちとトラックの荷台に乗って、意気揚々と天安門をめざしたりもした。これには驚くなかれあの奥手なトントンまでが参加したのだから、いかに当時の学生たちがみんな参加したのかが分かるだろう。夜通し歌ったり練り歩いたり…それが民主化運動だったのか全く無駄なエネルギーの発散だったのか何だったのかは分からないが、その時は間違いなくそれが彼らの望むものだったしやりたいことだったのだろう。

 しかしそんな熱気の日々も、突如暗転することになる。

 ごく個人的なことでいえば、夜のキャンパスで熱に浮かされたようにお互いを求め合っていたチョウ・ウェイとリー・ティが、学校当局に見つかってしまうというスキャンダラスな事件が起きる。

 そしてもっと大きなことでいえば…「あの夜」のことを挙げないわけにはいかないだろう。政府がついに学生たちの蜂起に対して、武力を持って鎮圧に乗り出したのだ。何がどうなっているのかは分からないが、どこかで銃声が鳴り出した。沿道に集まっていた数多くの学生たちは、阿鼻叫喚の中でドッと逃げ出す。大混乱の中には、チョウ・ウェイやリー・ティ、チョウ・ウェイの姿を探していたユー・ホン…そしてユー・ホンの身が心配になって、遠い故郷から駆け付けた郵便配達のシャオ・ジュンらも巻き込まれていた。

 そんな彼らの前に立ちはだかったのは、銃を持って威圧する兵士たちの姿。その夜から、何もかもが変わってしまった。

 それから間もなく、トントンが泣き叫びながらチョウ・ウェイの寮の部屋に駆け込み、ユー・ホンが大学を辞めて故郷に帰ったことを告げに来る。

 青春の祭りは終わった。

 それから間もなく、「軍事訓練」に駆り出される学生たちの中に、あのチョウ・ウェイの姿が見られた。完全に敗北し、日和ってしまった我が身への嫌悪感からか…間もなく彼はリー・ティと共に、ローグーの手引きでベルリンへと旅立つ。

 そして故郷へ帰ったユー・ホンは、そこにも居着くことができずに各地を転々。様々な男たちと不毛な関係を続けていた。

 そんな彼らをよそに、中国や世界はさまざまな変化を見せていた。ベルリンの壁の崩壊、ソ連の崩壊、香港返還…。しかし、今のユー・ホンとチョウ・ウェイは、すっかり時代からも世界の気分からも取り残されてしまっていた。

 チョウ・ウェイは、夫婦同然のローグーとリー・ティと共にベルリンに根を下ろしたつもりだった。しかしローグーには内緒で、リー・ティとの関係は秘かに続いていた。それが後ろめたいことは、むろん言うまでもない。だがそれ以上に彼がやりきれないのは、そんなリー・ティとの関係によっても満たされないものがまだあることだった。

 あちこち転々とするユー・ホンも、そんな飢餓感と倦怠感を募らせていた。肉欲に溺れて不倫にのめり込み、純情な青年の求愛に一瞬心傾いても、すぐにそれを手放してしまう。結局、彼女も忘れることができないのだろうか。

 あの輝かしい日々と、そこで出会った「運命の人」のことを…。

 

「理想の職場」とそのはかない終焉

 大学時代は、いわば僕にとって「若者」らしい生活を送ることのできた最後のチャンスだった。

 それまで大して遊んでもいないし女の子の尻を追い回してもいなかった僕、そしてその後もあまりオイシイ思いなどしていない僕が、何となく今でも「若い頃はやることやったからな」などと思えるのも、結局はこの大学時代の無駄な日々があったからだと思う。あれは僕の人生にとっての「救い」のひとつなのかもしれない。

 だが大学時代が終わろうとする頃に、否応なく現実が襲いかかってきた。まさに「リアリティ・バイツ」。僕は自分に社会人になるためのスキルも理論武装もコネも何もかも、まったくないことを気づかなければならなかった。

 就職活動などにやたら詳しいヤツもいたし、早々から活動しているヤツもいた。だが、僕はそういうことにはめっぽう疎かった。だから出遅れたし、就職活動を始めても自分が何をやっていいか分からなかった。

 そんな調子でありついた仕事がうまくいくわけもない。いろいろ紆余曲折あったものの、やっとこ必死の思いでありついた職場も3年半程度で手放すことになる。

 でも、僕はこれでひとつの真理はつかんだ。なるほど世間が言うように、「やりたい仕事につける」ほど世の中甘くはない。しかし「やりたくもない仕事をやり通せる」ほど甘いわけでもないのだ。

 しかし辞めてみたところで仕事が向こうからやってくる訳もない。僕はあちこち出向いては断られる毎日を繰り返し、あちこちウロウロすること約1年。やっとのことでコピーライターとやらの仕事にありつくことができた。

 この仕事、サイコーだった

 何しろ職場が開放的だった。先輩や同僚も「クリエイティブな仕事をするには勉強をしなくては」などと、仕事中でも展覧会などを精力的に見に行った。遊びや趣味や映画や芝居の話を、マジな顔して語り合った。職場では仲間内の作品の品評会。ライターの「ラ」の字にもなっていないような素人同然駆け出しの僕も、まるで対等みたいな発言ができた。分かったような事を言い、いっぱしの顔をするようになった。自分がクリエイティブ(笑)な気がしてきた。

 まさに「理想の職場」

 その時、僕は初めて社会人として一人前になれたような気がしたし、職業人として生きていけそうな気がした。大人の発言をしてもいいと思えたのだ。

 この時が、僕が絶対の「自由」を感じた第2の時期だろう。

 だがそのうち、僕はたちまち不安に苛まれるようになる。自分が本当は「井の中の蛙」なんじゃないかという気がしてきたのだ。そんなの当たり前だと笑わないでいただきたい。この職場以外の「クリエイティブな現場」を知らない僕は、マジメにそう考えてしまったのだ。

 そして迫り来る「バブル終焉」の声。世の中何かと厳しくなると聞かされているうちに、僕は大した経験もなく、ここでのんびりヌクヌクとハマっていていいんだろうかと悩み始めた。自分がいっぱしのクリエイターになったと思いこんでいたのも、ハタから見たら相当痛くて恥ずかしいことかもしれないと思えてきたのだった。

 さらにその「バブル終焉」の煽りをくって、あれだけ開放的でやりたい放題だった職場が、何となく殺伐としてきた。展覧会なんか見に行ける雰囲気は、あっという間になくなった。「理想の職場」としての環境は、はかなく消えた。

 仕事も功利主義や売り上げ重視のムードになって、何となく息苦しくなってきた。キャリアはあったけどあまり仕事をしなかった長老格のコピーライターは、長期休暇の果てにリストラされた。元よりこの職場だけしか知らないのは「井の中の蛙」だと思っていた自分は、ここから出ていろいろ経験した方がいいと考え始めていた。職場に漂うイヤ〜なムードは、それの格好の引き金になったのだった。

 そこで「ザ・エージェント」(1996)のトム・クルーズみたいに一席ぶって退職願を出した僕。「理想」を追い求める気分はゴキゲンで自分としては志高く船出したつもりだったが、会社がまったく引き留めなかったのがチト気になった。

 実は、僕の評価なんてそんな程度だった。

 僕の認識が甘かったなんてことは、会社の外に出てすぐに分かった。どこも僕なんて必要としていない。未経験の僕でも拾われたのは、「バブル」によって生まれた気まぐれに過ぎなかった。世の中、あれからずっと厳しさを増していた。僕も「世の中厳しくなるから、ここでヌクヌクしていてはダメだ」とばかり、志高く出ていったつもりだが、「世の中の厳しさ」の認識がまだまだ甘すぎた

 そもそも、僕は職場が「ずいぶん世知辛くなった」と嘆いていたが、実はそっちの方が普通の職場というものだろう。かつての自由さの方が異常だったのだ。それはあくまで「バブル」期が生んだ徒花だったのだ。

 世の中厳しい、みんなこんな会社でヌクヌクしてちゃいけない…そんな気持ちで飛び出した志や良し。しかし良かったのはそこまで。実は僕自身がそんな会社のヌクヌクの恩恵で、思いっきりボケまくっていたのだ。僕は手にしたはずの自由をたちまち失って、毎日街をさすらうことになる。

 30代の半ばから40代の半ばという、男が仕事の面で最もアブラの乗っている時期。僕はこれといった仕事もできず、職場も定着せず、もちろん大した収入を得ることもできずに悶々とすることになる…。

 

青春の「祭り」をリアルな実感を込めて描いた作品

 やっぱり最高だ。さすがロウ・イエ!

 この映画を見た時には睡眠不足と疲労の極地だったので、決して体調がいいわけではなかった。しかしスクリーンと対峙した僕は、思わず食い入るように見てしまった。

 いやいや、そうじゃないな。スクリーンと同化したというのが適切だ。

 もう人ごととは思えない。セックスの場面が多いなんてことは、この映画の本質じゃない。

 いや、本質かな?

 むしろ、セックスを描かなければ、あの「若さ」「バカさ」の時代、熱に浮かされたような時代の気分は描けない。あの年代の頃は、男も女もセックスすることばかり考えていたはずだ。いや、ワタシは違うなんて言わせない。もしそうなら、あなたのアソコは若いうちから枯れて、すでに上がっちゃっていたことになってしまう(笑)。あの年代の男女は、とにかく何だかんだ言って盛りがついた動物みたいなものなのだ。とにかくひとつ部屋に入れておくと、すぐに交尾する。いやいや、これは失言。

 それはともかく(笑)、この映画には若さとバカさが充満している

 それは冒頭から明らかだ。付き合ってる女が上京して大学に行こうという前にデートに行こうとする男。それが、なぜサッカーやってた連中とモメてケンカしてるのか。この無駄なパワー。意味がないよ(笑)。頭の中がアレで一杯になっていたから血が上っていたのかもしれないが、何でそこでケンカする? それが若さでありバカさなのだ。僕だって覚えがある。

 この映画には、あの高揚した若い時代の若さとバカさがリアルに匂い立っている。

 ヒロインを演じるハオ・レイが、特別チャーミングでも美人でもないが、どこか男好きする顔であることや、ちょっとムッチリした身体つきなのもこの映画のリアルさを増している。僕らが若かった当時も、こんな感じの女の子はいっぱいいた。おそらく今だっているだろう。そんな感じの子だし、そういう役づくりだ。これはリアルな青春映画なのである。

 「天安門」が題材として出てくるから、この映画は中国国内で上映禁止だそうだが、これほどバカな決定はない。中国共産党ってそこまでアホなのか。

 この作品のおかげでロウ・イエは向こう5年間中国国内で映画が撮れないらしい。それに引き替え、北京五輪開会式で口パクにCGまで動員し、中国共産党に大いにウケが良かったチャン・イーモウって一体…、まぁ、あまりこんなこと言いたくないけどね(笑)。

 確かに天安門事件は重要なファクターとして出てくるが、この映画は政治的ステートメントではない。それは決して作者の方便ではなく、本当にそうだ。

 天安門に乗り込むために、トラックの荷台にギッシリと載った若者たちを見ていただきたい。彼らはそれぞれ思惑はあるだろうが、どう見たって高邁な政治的意図があるように思われない。むしろみんなが熱に浮かされたように、何だか分からないけど「行かなきゃ」という気持ちに突き動かされて行った…というムードに描かれていることにご注目いただきたい。

 当時の実際を知るよしもない僕だが、映画で描かれたアレは本当だったろうと思われる。たぶんあの当時の学生の大半は、当時参加するチャンスを逃すことのできない、青春の「祭り」に参加するつもりで出かけていったのだ。

 僕がテニスやスキーをやらなきゃ、ナンパをしなきゃと思ってしまったあの感情の流れに突き動かされて、彼らも何か分からないまま行動したのだ。それを「自由」と言うなら、確かにそうだろう。ただしそれは、政治的な用語である「自由」…例えば「自由民主党」の「自由」なんかじゃない(笑)。何でもできそうで、何でもやれそうで、やれないことなんてないような開放感を意味する…多分に感情的で感覚的な「自由」なのだ。

 だからそれが思い切りしぼんでしまうのも、痛いほど分かる。

 別に、中国共産党の弾圧を正当化するつもりなんかサラサラない。だが、おそらくアレがなかったとしても、すぐに「自由」の限界やら正体は見えてしまっただろう。「祭り」はいつかは終わるし、終わってしまえば後に残るのは寂しさか空しさだけだ。

 中国の彼らの世代にとって不幸があるとすれば、それが理不尽な暴力によって「断ち切られてしまった」ということだろうか。映画ではその後の中国と世界に起こったさまざまな出来事…ベルリンの壁の崩壊、ソ連の崩壊、香港返還…などが描かれ、見ている僕らも思わず胸が熱くなる。

 ただ、この映画の本当に描きたいことは、そんな政治的なことじゃない。それは見た僕が保証する。

 そしてその「自由」は「理想」と言い換えてもいい。ましてヒロインにとっては、この当時出会った運命の恋人もまた「理想」だった。だから民主化の「祭り」と恋人とは渾然一体となって、彼女の中ではイコールになって切り離せなくなっている。それがヒロインと恋人の不幸といえば不幸だろうか。

 ともかくこの映画では確かに天安門事件が大きなファクターにはなっているものの、それが映画のすべてではない。何しろ天安門が終わってからも、映画はまだまだ続く。そう、どんな事件の後も人生は続く。イヤでも続いてしまう。そのあたりのどうしようもないメランコリックな気分が、あの僕が愛してやまないロウ・イエ作品ならではの味なのだ。

 ただし今回の彼の作品は、「ふたりの人魚」や「パープル・バタフライ」にあったような複雑な構成を持った物語…「夢と現実」、「虚構と事実」が錯綜するようなお話ではない。

 この映画で描かれているのは、たぶん手に入れかけたと思っていたのに、結局手から滑り落としてしまった「自由」や「開放感」や「理想」についての思いだ。そして失ったそれらを取り戻そうとして、そのオブセッションに苛まれながら長い年月にわたって抱く焦燥感だ。

 そして、その「自由」や「開放感」が実際には何だったのか…それに気づくことについての苦い苦い結論でもある。その結論は、長い年月を経てヒロインとその恋人が再会を果たすくだりで我々観客にも提示される。それはそれまでのロウ・イエ作品とはひと味違う、誰もが身につまされるようなリアルな実感溢れる物語だ。そこに甘酸っぱく苦い「追憶」と「現実」はあっても、「夢」や「幻」や「虚構」はない。

 だが、僕はここまで感想文を綴ってみて、思わずハタと気付いた。

 いや、むしろこの映画で描かれているものこそ、ロウ・イエがこれまでの作品で追求してきたテーマではなかったか?

 

「人生」という賭け金を無謀に注ぎ込んで

 「バブル」が引き潮になっていくちょうどその時に、これといったスキルもない自分を売り込むなんて無謀極まりなかった。当時の僕がそれを知っていたら、あんなに無茶な辞め方はしなかっただろう。僕はそのツケをイヤというほど支払わされるハメになる。

 それから僕はあちこちの職場を転々とした。どこも不満ばかり感じる職場だったし、どこもケンカ別れ同然で辞めた。あれから僕は、あの充実していた「理想の職場」の再現を夢見ていたのかもしれない。しかし、そんなものはどこにもなかった。何かが欠けているか、そもそも何も「理想」に値するモノがなかったりした。常にどこに入っても失望を覚え、ひどい時には自社のロゴ入り封筒がないってだけで難癖付けて辞めたりした。そんなことをやっているうちに日本経済はどんどん悪くなり、僕の年齢はどんどん上がっていった。僕を雇いたいなどという会社は、ますます減っていくばかりだった。当然雇われても、その条件は悪くなる一方。バカだよねぇ。

 この時期に僕が何とか自分を滅ぼさずにこれたのは、おそらくネットで映画のホームページをやるようになったからだろう。

 軽い気持ちで始めたことは、前にも話したはずだ。当時仕事の場に恵まれず、十分に「書く」ことができなかったので、ここで穴埋めしようとしたというのも本当だ。

 ひとたびホームページを始めると、僕はすぐに夢中になった。それまで周囲に映画好きがあまりいなかったから、映画の話などしたこともなかった。それが今度は映画好きばかりを相手にするわけだから、言いたい放題という具合。今までいろいろなコピーを書いたりしてもロクに反応なんかなかったし、自分の署名も書かれなかった。それがネットだと、僕に対して反応がダイレクトに返ってくる。ホメられりゃブタも木に登る(笑)。コピーライターになったとはいえ、僕はいつまでも自分の書いたものが印刷物になっただけで嬉しい人間だったから、この「署名感覚」はこたえられなかった。

 そして北海道から九州・沖縄まで、ヘタすりゃ海外まで自分の声が届くということが、僕にとっては何より魅力的だった。出版社や放送局を経営しているようなものだ。これこそ究極の「自由」ではないか。

 そう、ネットとの出会いが僕にとっての第3の「自由」だ。

 そしてこのネットが、僕にある女性との出会いの機会を与えてくれた。それは…こんなことを言っても誰も信じてくれないだろうが、僕がまだ子供の頃から夢見ていたような「理想のタイプ」の女性との出会いだった。しかも、それが映画ファンだというのだから、これほどの幸運があるだろうか?

 そしてほぼ3年間、僕は彼女に溺れた。そして、それ以外の現実に目をつぶった。それはそれなりに楽しかったと今なら言える。

 だが、僕はここでもうひとつの真理を得た。それは「理想の女」が必ずしも幸福を与えてくれるわけではないということだ。

 あんなに求めていた「理想」が現実に現れるなんてことだけでも、マンガか物語の中でしかあり得ないことだろう。しかも僕の場合は、それが自分の手の中に転がり込んで来た。

 だが、そんな「理想」が転がり込んで来たというのに、それは僕を幸せにはしてくれなかった。一時的に喜びを与えてはくれたが、それは長続きするものではなかったのだ。まるで針のムシロ。そして別れに至る半年間は、文字通り身を切られるほどツラかった。失ったものも大きかった。別れた時には、銀行預金もスッカラカンだった。

 それが「理想」の正体だったのか。

 同じ頃、僕は仕事の面でも現実に直面していた。いつまでも「理想」を追い求めたところで、それは「幻」でしかないということに、遅ればせながら気づき始めていたからだ。たぶん僕が思っていた「理想の職場」は、現実にはこの世にはない。そもそも「ある」と思っていたこと自体が幻影だった。そして僕が「理想」と思っていたものは、単に自分が楽しくてオイシイ思いをして都合がいいってことだけだったんじゃないか…と、今さらながらに気づき始めた。

 もうそんなことは、世の中の賢明なみなさんならとっくに気づいているんだろう。だが僕はそれを気づけなかった。頭では分かっていたのかもしれないが、心と身体で痛いほど思い知るには、長く苦しい10年という歳月が必要だったのだ。

 そして僕に「自由」を約束してくれたネットも、いつの間にか僕に苦々しい思いをさせるものへと変わりつつあった。ハッキリ言って、そこでは不愉快な思いもした。ネットで知り合った人々も、みんながみんないい人ばかりじゃなかった。ネットのつながりや波及力が僕に何かの恩恵を与えてくれるのではないかと思ってみたものの、そこまで辿り着くには道が遠すぎた。その頃には、僕もいいかげんネットが「いいことづくめ」なモノじゃないと気づかずにはいられなかった。

 それでもネットから手を引かなかったのは、僕の不遇時代を支えてくれた「借り」があったからだ。

 たぶんあの時代にネットとの出会いがなくて、あの女性と知り合わなかったら、僕はくじけてしまっただろう。そういう意味では、あれは神様のプレゼントだったんじゃないかと今では思う。彼女との関係はシンドくもあったが、正直言ってイイ思いもした。実は白状すると、僕にロウ・イエの「ふたりの人魚」をDVDで見せてくれたのも彼女だった。確かに失ったモノも多かったが得たモノだって少なくはなかったのだ。

 だから僕は、今でもネットと関わりを持ち続けている。それは僕に多くの恩恵を与えてくれたから。しかし、それに対する思いは今では昔と微妙に違う。

 そんなこんなで「理想」が「幻影」であると気づいた頃、僕は現在の職場に拾われた。

 現在の僕はとにかく忙しい毎日だし、不満もないではない。別に収入もよくはないが…それでも時々、僕は今までのあれこれを振り返って「これでよかったんだ」と思う時がある。高い授業料を払わされたが、それを払わなければ分からないことだってある。少なくともこの僕は確かにそうだった。痛い目に遭わなければ分からないことはあるのだ。

 女のことはさておき(笑)、仕事との関わりについてもネットについても、僕はようやく「自由」や「理想」との折り合いをつけることが出来たように思う。

 だが、それはひょっとしたら誰もが出来ることじゃないのかもしれない。

 今回この「天安門、恋人たち」を見ていたら、ふとそんなことを思ってしまった。「自由」や「理想」と自分の実人生に折り合いをつけることって、本当はすごく難しいことかもしれないのだ。そのためには、長い年月がかかるし何度も深い失望を味わなければかもしれない。いや、仮に年月をかけて失望を味わっても、それでも折り合いがつけられないかもしれない。その「理想」や「自由」の記憶が強烈なら強烈なほど、そこから逃れるのが難しいからだ。今回の映画で描かれているのは、まさにそれだろう。

 「あの輝かしさ」を手に入れかかった人間は、いつまで経ってもそれを忘れることができない。そして心のどこかでは、それを取り戻そうとする。それが自分に約束されたはずのものだと思えるからこそ、取り戻そうとしないわけにいかないのだ。

 でも、それはヘタなバクチ打ちが失った賭け金を取り戻そうとして、よせばいいのに賭け続けてジリ貧になっていくのに似ている。「取り戻そう」とするからどんどん賭け金はデカくなるし、ますます負けが込んでくる。

 あるいは賭け金を取り戻そうとして悪あがきするくらいなら、まだいいのかもしれない。ひょっとしてゲームに参加しようとする気持ちすら失って、呆然と手持ちのカネが減っていくのを見ているように、ただただ人生を無為に費やしてしまうことだってある。「天安門、恋人たち」で描かれていたのは、むしろそっちの方だろうか。どっちにしろ僕らは時として、「人生」という賭け金を無謀なバクチに注ぎ込んでしまうものなのだ。

 だとしたら、僕はまだ幸せだったのかもしれない

 例えそれで人生の盛りを空しく費やしてしまったのだとしても、まだ死ぬ前にそれに「気づく」ことが出来たのだから。

 

 

 

<追加>

 この感想文を何とか仕上げてネット上にアップした夜、たまたま僕は10数年ぶりぐらいでブルース・スプリングスティーンのCDを手にした。それは本当に偶然でしかなかったのだが、中に収められていた「ザ・リバー」という曲を聴き始めたとたん、僕は今回の「天安門、恋人たち」を見た時に感じた「何か」が、たちどころに自分の中に甦ってくるのを感じた。僕がこれだけの文字を費やしてもうまく語り尽くすことのできなかったものを、ブルース・スプリングスティーンはわずか5分間で表現してしまう。もし僕がこの感想文で語りたかったことがよく分からなかったなら、それはあなたの理解力が及ばなかったわけではない。その場合はすぐにCDショップに行って、ブルース・スプリングスティーンの「ザ・リバー」のCDを買っていただきたい。もちろん「天安門、恋人たち」の映画も見ていただきたいのは言うまでもないことだが。

 

 

 

 

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