観客は判ってくれない
あるいはスタローンとロッキーが受けた重たい400発

The 400 Blows against ROCKY

含・「ロッキー・ザ・ファイナル」感想文
featuring : Review of "Rocky Balboa"


 

「ロッキー」と共に始まったスタローンの軌跡

 

 スタローンと言えば「ロッキー」、「ロッキー」と言えばスタローン。そのくらいシルベスター・スタローンという映画スターと「ロッキー」は不可分の関係であり続けて来た。それはおそらく映画ファンなら誰もが認めるところだろう。

 そもそも、スタローンの映画スターとしてのキャリアが「ロッキー」第一作(1976)で始まっているのだ。それまで「デス・レース2000年」(1975)などの出演歴はあるにはあったが、正直言って映画ファンの記憶には全く残っていなかった。一般の人々にとって、スタローンとは「ロッキー」一作目で彗星のごとく登場したスターなのだ。

 特にドラマティックだったのは、その登場の仕方が出世作「ロッキー」のストーリーそのものだったこと。まったく市井の無名の人間が一気に全米の注目を浴びる…というドラマ性が、主人公を演じるスタローンの実人生にかぶってくる。まさに「事実は小説よりも奇なり」を地でいく展開だ。「ロッキー」の脚本をスタローン自身が書いていたということも、そんな実人生イコール・ドラマのイメージを膨らませたわけだ。

 さて普通、スターというものは出世作のイメージが強ければ強いほど、そこからどう離れるかが課題となる。ところがスタローンは、終始自ら生みだした「ロッキー」のイメージを引きずってスター人生を歩むことになる。そのあたりが非常に特殊な立ち位置を持ったスターなのだが、それにはそうならざるを得ない理由があったのだ。以下、そのへんの事情を整理して説明していこう。

 その後、「ニュー・スター」スタローンは大いに期待されて、主演第2作「フィスト」(1978)に出演。今度は巨匠ノーマン・ジュイスン監督の作品ということで、既存のスター街道を歩み始めたのが分かる。唯一他のスターたちと違うのは、彼が脚本にも参画していたこと。この時点では、スタローンは脚本も書くことから、多少クリエイティビティーのあるスターだと思われていたきらいがあった。例えて言えば…全然俳優としてのタイプは違うが、エドワード・バーンズなどのように思われていたフシすらあるのだ。だから次いで出演した「パラダイス・アレイ」(1978)は、脚本・監督・主演の三役を兼ねた作品となった。それも、「クリエイティブ側にも回れるスター」としては何ら意外ではない展開だった。

 一方これらの作品でのスタローンの役どころがどれもフィジカルなものでなかったのは、今日のスタローンを考えると意外なことに思えるかもしれない。それもこれも、世間の「スタローン=ロッキー」イメージが「貧しい中から這い上がる男」でしかなかったこと、別にタフガイとは認識していなかったことを意味している。実際「ロッキー」一作目でのスタローンはそれほど筋肉質にも見えないし、ことさら力強さを誇示してはいなかった。むしろアポロを前にするとひ弱そうに見えたはずだ。

 このように、スターになりたてのスタローンは「成り上がり」ではあっても決してマッチョではなかった。むしろヘタをすると、脚本も書くインテリジェンス(…というのはいささか大げさだが)で売っていた可能性すらあるのだ。

 だが残念ながらこれらの挑戦は、いずれも興行的には成功しなかった。誰もが「ロッキー」のスタローンの個性を十分に分かっていなかったのだ。そんなこんなで「一発屋」で終わりそうな雰囲気が漂って来た時、シリーズの続編「ロッキー2」(1978)が登場する。

 今度は監督も兼任。だが、何せ十八番のロッキーだけに危なげのない演出ぶりだった。というか、実はシリーズのフォーマットは第一作でジョン・G・アビルドセンが完璧に確立していたのだ。こう言ってはスタローンに申し訳ないが、よっぽどの事をやらない限りハズす訳もなかった。

 案の定、この作品は大成功。これでスタローンの地位も確立した。ただし、「やっぱりロッキーでないとダメか」…との声が挙がったのも事実。だからこそスタローンは、この時点からより一層ロッキーとイコールで語られることになったわけだ。

 そんな彼にとっての救いは、「勝利への脱出」(1980)の成功だろう。巨匠ジョン・ヒューストン監督の作品への出演、マイケル・ケインマックス・フォン・シドーなど他の演技派スターとの共演、第二次大戦中の収容所でのお話…と、一見、スタローンにはもう「ロッキー」に頼らないでもやっていける自信がついたように見えた。

 しかし彼自身は、それと全く逆のことを感じ取っていたのではないか。なぜならこの作品は、共演者には俳優ならぬ元サッカー選手のペレがいたり、クライマックスがリアルなサッカー場面で成り立っていたり…と、実はフィジカル要素たっぷりで出来上がっていたのだ。つまり…この作品も何のことはない、マッチョでスポーティーな映画「ロッキー」の延長線上ではないか…。スタローンはそんな思いを強く抱いたのではないか。

 だからこそ、スタローンは次にメタルフレームのメガネをかけヒゲを生やし、マッチョではない知的な刑事役に挑戦した。それが異色の刑事アクション「ナイトホークス」(1981)だ。

 最近でこそあまり言われなくなってきたが、1970〜1980年代のアメリカ映画の男性スターにとって、刑事役や私立探偵役はスターとしての必須条件であった。スティーブ・マックイーン、ポール・ニューマン、クリント・イーストウッド、チャールトン・ヘストン、ジーン・ハックマン、ジャック・ニコルソン、エリオット・グールド、バート・レイノルズ…などなどなど。アメリカ映画の名だたる男性スターは、みんなみんな刑事か探偵を好んで演じていたのだ。つまりスタローンはこの作品で、「普通のスター」になるための通過儀礼に再び挑戦したわけだ。

 で、出来上がった作品はといえば、サスペンス・アクションとして快調そのもの。僕はかなり気に入ったし、スタローンも好演だと思った。キース・エマーソンのシャープな音楽も冴え渡り、オランダから渡って来たばかりのルトガー・ハウアーの悪役ぶりもスゴ味満点。硬質なサスペンス映画としてかなりの出来栄えだと思う。実際、未見の方にはオススメの最高にカッコイイ作品だ。

 だが、残念ながらそれが興行成績には結びつかなかった。「スタローン=ロッキー」を打破するほどに、圧倒的な成功作にはならなかったのだ。実はこの「ナイトホークス」の不発が、その後のスタローンのスター人生に暗い影を投げかけることになった気がする。そういう意味では、彼はちょっと運がなかったような気がするのだ。

 だからスタローンはまるで母の胸の中に戻っていくように、またまたシリーズ第3作「ロッキー3」(1982)に回帰する。しかもこの作品あたりから、露骨にステロイド剤を多用したような異様な身体づくりが始まるのだ。今までの気持ちを吹っ切ったような、極端なまでのマッチョ。奇しくもこの年には、まだ爆発的興業力を発揮していないものの「ランボー」(1982)の第一作が登場しているのも象徴的だ。このあたりからスタローンは、自らをマッチョ・スターと開き直って作品づくりを始めた。

 そんなスタローンの方針転換について、僕はおそらく彼自身は不本意だったんじゃないかと思っている。実は彼自身は当初からエドガー・アラン・ポーの伝記映画をつくりたいと語っており(これは「ロッキー・ザ・ファイナル」来日キャンペーンでも語っていたから、もう30年越しぐらいの懸案なはずだ)、正直言ってそれが彼に向いている向いていないは別にしても、ともかく当人はそっちをやりたがっていたはずだ。しかし実際には、時代の波に押し流されていくように正反対にへと向かわざるを得ない。スタローン自身は内心忸怩たるものがあったように、僕は思うのだ。

 実際、「ロッキー」もこの「3」に至っては、内容は形骸化の一途を辿っていた。スタローンの身体の筋肉が盛り上がれば盛り上がるほど、作品の内容は空疎になる。おまけに「3」ではサバイバーとかいう三流バンドの「アイ・オブ・ザ・タイガー」という主題歌が挿入され、当時大流行だったMTV的な演出が持ち込まれた。「演出」と言えば聞こえがいいが、ハッキリ言えばカラオケ・ビデオのようなシロモノだ。

 元々「ロッキー」には中間部分にロッキーが特訓を重ねる場面があり、そこが現実音なしの音楽パートになっていた。だから、「ロッキー」シリーズにMTV的演出を持ち込むのは比較的にたやすかったわけだ。しかし、当然の事ながら、これが作品の白痴化を促進することになってしまった。「ロッキー」シリーズは基本的に同じパターンのリフレインで構成されているから、よっぽど毎回細かい匙加減や設定の工夫がないと作品が形骸化する。ところがスタローンは、その一番悪い方向を選択してしまったのだ。

 ところが、これがウケた

 今考えてみると、このあたりからアメリカは(ということは、グローバル的にも)単細胞化したし幼稚化した。そして強けりゃいい勝てばいいの、刹那的な気分に包まれていったのだ(それはバブル時代に日本にも到来して、小泉時代に完全に定着してしまった)。その風潮に「ロッキー」とスタローンもまんまと乗ってしまったのだろう。

 そして「ロッキー」シリーズも、実はすでに「2」でそっちに舵取りを始めていた。あの有名なロッキーの特訓場面…ジョギングするロッキーの回りに、まるでヒーローを崇めるように子供たちがついて回るではないか。ロッキーってこんなに晴れがましい存在じゃなかったんじゃないか? そしてエンディングにロッキーが勝ってしまうのも、僕には大きく違和感を感じさせる要素だった。主人公が勝たないスポーツ映画だからこそ、「ロッキー」はあんなにもユニークで感動的だったのではないか?

 だが誰が何と言っても、勝った方が善だしウケた方が正しい。「ロッキー」大成功の後も模索を続け、彼なりに「良心的な映画づくり」を試みていたのに、ちっとも報われなかったスタローン。確かに役者としての幅は極端に狭そうだしスキルもなさそうだが、それにしたって、彼の「良き映画人」としての試みはあまりに省みられなかった。

 そんな彼が、ひとたび開き直ってマッチョ化してステロイドを使い、何の工夫もやめてワンパターンで単純で馬鹿力的でMTV的映画づくりに突っ走ったとたん、世の中は彼を支持した。それならば、それはスタローンでなく誰だって勘違いしてしまうだろう。いや、あるいはそれは一種のフテ腐れだったのかもしれない。

 スタローンがこう考えたとして、一体誰が責められよう。

 「どうせ世間や大衆はこっちの方をお望みなんだ、彼らがクズでもいいって言ってるなら、徹底的にこっちの方を押し進めてやればいいじゃないか」…と。

 

 

 次ページへつづく

 To Be Continued...

 

  


 

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