「ストーン・カウンシル」

  Le concile de pierre (The Stone Council)

 (2007/06/25)


  

見る前の予想

 前から何度もここで言ってるように、僕はフランスの娯楽サスペンス大作が好きだ。

 フランス製といえばハリウッドよりずっと高級かと思えば、さにあらず。アート系の作品ならいざ知らず、娯楽サスペンス大作となると、ハリウッドとはまた別の意味で大味であり安っぽい。おまけにインチキくさいのだ。だからクリムゾン・リバー(2000)、クリムゾン・リバー2/黙示録の天使たち(2004)、ルーヴルの怪人(2001)、「ジェヴォーダンの獣」(2001)、エンパイア・オブ・ザ・ウルフ(2005)…などなどなど、この手の作品は総じて映画ファンからは評判が悪い。大体「つまらない」「くだらない」と酷評がゴロゴロ並んでしまう。

 だが、実は僕はそうしたフレンチ娯楽サスペンス大作が大好き。その安っぽさ、大味さまでが好き。この手の映画が劇場にかかると、どうしても見ずにはいられないのだ。

 で、ある日のこと。新聞の映画上映欄を見ていたら、5センチ四方の小さい広告で、「ストーン・カウンシル」という見慣れない映画のタイトルが書いてあるではないか。その広告を見ると、タイトルと主演のモニカ・ベルッチの名前、そして原作者が「クリムゾン・リバー」の ジャン=クリストフ・グランジェで、制作費がかなりかかった大作…ということぐらいしか分からない。だが、それだけで僕はオッケーだ。それだけで、僕が見たくなる要素は全部入っている。

 上映館は…といえば、ここで封切ったら即上映終わってすぐにビデオ発売決定…ってな作品ばかりを、好んで公開しているような小さな映画館。いかに周囲から期待されていない映画かよく分かる。でも、こういう映画こそ見ずにいられない。それに、この映画ってきっとすぐ終わっちゃうに違いない。僕は慌てて劇場に走ったのだった。

 

あらすじ

 深刻な顔をした男女が、暗い建物の中を右往左往している。なぜかコソコソしているこの男女、ある部屋から東洋風の老人を助け出すと建物から飛び出した。外は雪。男女と老人は停めてあったクルマに乗り込んだが、生憎エンジンがかからない。そのうち建物から出てきた人物が、車中の男女に向けて銃を構えるではないか。

 やがて血だらけになった女が一人、地下のマンホールの中に投げ込まれる。虫の息の女は、目の前に落ちているペンダントを見つめた。そこに仕込んであるのは、一人の男の赤ちゃんの顔写真。女は必死にペンダントに手を伸ばすが、ついに力つきて息絶えるのだった…。

 それからしばらくして、シベリア・イルクーツクの孤児院に、一人の外国人の女がやってくる。ショートヘアのその女ローラ(モニカ・ベルッチ)は、流ちょうなロシア語を操るが、明らかに外国人だ。彼女はその孤児院で一人の東洋系の男の赤ちゃんを譲り受け、自分の子供として連れて行った。その男の子の名はリウ=サン。子供を抱きしめ幸せ一杯のローラだったが、去って行く彼女を見つめる孤児院の所長の目つきは明らかに怪しい。

 さて、それから幾年月。ここパリではローラと少年に成長したリウ=サン(ニコラ・タウ)が幸せに暮らしておりましたとさ。ただしローラとしては、つい最近まで同棲していたリュカ(サミ・ブアジラ)との仲がこじれて別れてしまったため、必ずしもハッピーとは言い難い。おまけに、このリュカがしつこく付きまとってくるのもウンザリ。それでもいろいろ経緯はあっても仕事のつながりはあるため、ローラも彼を無下にできない。

 そんなローラではあったが、ルームメイトのクラリス(エルザ・ジルベルスタイン)など友人に恵まれ、結構楽しくやっていた。またローラはロシア語通訳の仕事でロシア大使館とつながりがあったが、最近大使館に赴任してきたセルゲイ(モーリッツ・ブライブトロイ)という男が、ローラのことを気に入ったのか何かと言い寄ってくる。だが、それも「いい女」の勲章だ。つき合ってやろうなどという気持ちはこれぽっちもないが、正直言って悪い気はしなかった。

 ところが、そんなローラのありふれた生活に、ちょっとした変化が起き始めた。いつの間にかリウ=サンの胸に、妙なアザのようなものが浮かび始めたのだ。しかも奇妙なことに、リウ=サンとローラは毎夜同じ夢にうなされるハメになる。ローラは「こいつは妙だ」とかかりつけの医者に相談するが、彼は気にするなと一笑に付す。だが、この医者何となく怪しい感じだ

 おまけに、あのリュカから突然の仕事の依頼だ。いきなり「外国へ行け」との指示に困ったローラは、その間リウ=サンを知人のシビル(カトリーヌ・ドヌーブ)という女に預けることにする。

 シビルは有名な医学博士で、孤児のための国際的財団を主宰する人物。その財団が経営する孤児院は世界各地にあり、実はローラがリウ=サンをもらったシベリアの孤児院もこの財団管理のものだった。つまりローラは、シビルの口利きでリウ=サンを養子に迎えたわけ。

 そんなこんなで、ローラは人里離れた森の中のシビルの屋敷にリウ=サンを連れて行く。だがその帰り、置いてけぼりを嫌がったリウ=サンは、チャッカリとローラのクルマに忍び込んでいた。「あなた何やってるの?」とローラが驚いていると、今度は走るクルマのフロントグラスにワシが一直線に飛び込んで来るではないか。これでローラがハンドル操作を誤ったため、そのままクルマは横転。リウ=サンも大ケガというアリサマだ。

 こうして病院に収容されるリウ=サンだが、かなりな重傷で絶対安静の身となる。そこでローラは寝ずの看病をするため付き添うが、疲れのためか巨大なヘビに襲われる悪夢を見る。

 しかし、それは果たして悪夢だったのか?

 というのもその直後、病室のローラを刑事たちが訪ねて来たのだ。そして、病院の駐車場でリウ=サンかかりつけの例の医者が殺されていたと告げる。おまけにこの医者は、なぜかリウ=サンの病室の番号をメモした紙を持っていた。一体なぜ医者はこの病院を訪れ、一体なぜ殺されたのか?

 おまけに重傷だったはずのリウ=サンは、驚異的な回復力で治っていく。ただただ驚くばかりのローラだったが…。

 

 

 

 

 

 

 

念のため映画を見た後で

 

 

 

 

 

 

 

  

 

見た後での感想

 思った通りの内容。「クリムゾン・リバー」「エンパイア・オブ・ザ・ウルフ」と同様に(というか、両方とも原作があっちのベストセラー作家ジャン=クリストフ・グランジェ)、オカルト・超自然ホラーの味付けを備えたミステリー・サスペンス。その意味ではこのグランジェって人は、日本で言えば横溝正史に似ている。ただし、日本の横溝氏はオカルト・超自然はあくまで味付けにすぎず、お話はあくまでミステリーの範疇の中に収まるものだが、グランジェの場合それはしばしば逸脱してしまうようだ。

 そんな超自然現象描写とお話がどこかスペクタクル性を持った大がかりなものが多いためか、CGを多用したスペクタキュラーな映画になるのも、「クリムゾン〜」「エンパイア〜」と本作の共通点だろう。早い話が、すごく娯楽映画向けな原作なのだ。

 で、前述したように、このグランジェという人はしばしばミステリー・サスペンスというジャンルから逸脱してしまう。単なる味付けだけでなくて、本当にそっち…オカルトや超自然の方に行ってしまう。しかも今回は、どんな傷や病も治してしまうモンゴル人伝承の超能力とそれを狙う科学者の悪の組織が出てくるという設定だから、ちょっとSFじみたところもあるのだ。もう、何でもアリ(笑)。

 そのくせヒロインが素人探偵よろしくアレコレと調べるあたりは、どう考えてもリアリスティックなミステリー仕立てだ。このどっちに行くにしても中途半端な腰の据わりの悪さが、気になると言えば気になる。正直言って反則と言えば反則だし、その一方でいきなりスピリチュアル・パワーで蛇が出てきたりワシが飛んできたりクマが現れたり…ってお話の展開は見ていて「どうなってんの?」って気にもなってくる。

 さらに、終盤は森の中に捨てられた放射能汚染の廃墟で展開するが、ヒロインが放射能障害でやられる以外はみんな平気ってのがイマイチ納得できない。やっぱり被爆国に生まれ育った日本人以外は、みんな放射能の怖さってあんまり分かっていないのかねぇ。

 そんな無茶苦茶な展開だから、登場人物の心情の描き方など二の次三の次。ベルッチ扮するヒロインは、ルームメイトから元カレ、さらには恩人の女科学者までがみんなグルで悪漢。ラストには「自分はずっと利用されていただけだった」…と判明する訳だからさぞかし大ショックではないかと思われるが、そんな苦悩など一向に描かれる気配はない。普通の人なら一気に人生観狂っちまいまっせ。

 まぁ、見ている僕らもそんなものをこの映画に期待しやしないが(笑)。

 

こういう映画に幸せを感じる(笑)

 そんなわけで、元々この映画を見に行くような人は、そんな細かいケチなことには目くじら立てる訳もない。ならば、何が起きてもオッケーだ(笑)。パリからシベリアのモンゴル人居住地に至るまでの、大スケールな大ボラ話を無責任に楽しめばよい。ここではモンゴル人がまるで原始的な超能力者みたいに描かれているが、そのへんも堅いことを言うべきじゃないだろう。

 ともかくスケールでっかい娯楽大作だから、ヨーロッパ映画には珍しくスターがゾロゾロ大挙出演。モニカ・ベルッチブラザーズ・グリム(2005)とかよりこっちの方が、出てくれて嬉しい感じ。

 ベルッチは今回全編ショートヘアで化粧っけなし、ロシア語ペラペラの知的な役どころで、走り回ったり這い回ったりで体当たり演技を披露。キレイでセクシーなばかりじゃないトコを見せようとしている気持ちは分かるが、見ているこっちは「じゃあ何でベルッチなの?」との疑問が終始つきまとっていた。そしたら…やってくれました! 終盤近く、放射能に冒された彼女がモンゴルの老祈祷師の「治療」を受けるあたりで、スパッと全裸になってくれました(笑)。この場面があるから彼女が起用されたのか…。

 ベルッチ本人は気づいていたかどうか分からないが、おそらくプロデューサーあたりの彼女の起用意図は明白だろう。これほど大スターになってもいまだに売りが「脱ぎ」ってあたりで、僕はぐっと親近感感じて嬉しくなった。もっとも、ベルッチ本人はそんな事で僕に親近感を抱かれても嬉しくないかもしれないが…(笑)。それと、一緒に老祈祷師までフルチンになってたのはチト余計だった(笑)。

 そして何と今回の悪役は、天下の大女優カトリーヌ・ドヌーブ! さすがに貫禄付きすぎで顔が恵比寿さまみたいにエラ張っちゃってたが、それでもベルッチとドヌーブ共演となれば有り難みが違う。それにしても大御所ドヌーブもアホな役をよくやったなぁ。見直しました(笑)。

 ベルッチに思いを寄せるロシア大使館の男には、ラン・ローラ・ラン(1998)、「ルナ・パパ」(1999)、そして近作素粒子(2006)のモーリッツ・ブライブトロイ。こいつが単純にいい人の役というのも可笑しい。ベルッチに思いを寄せているのをいいことに彼女にいろいろ頼まれるが、どうもベルッチからの評価は「いい人」以上にいかなそう…ってあたりも笑える。さらにベルッチのルームメイト役に、「ミナ」(1993)でのダリダ口パク歌マネ場面が忘れがたいエルザ・ジルベルスタイン。こういう「昔なじみ」が大勢出てくれてる…ってだけで、映画ファンとしては嬉しいのだ。

 こういう連中が、大マジメな顔してバカ話を演じてくれるのを、ボケッと見ているだけで楽しい。自分はいま暇つぶししているって気がする。映画なんて暇つぶし以外の何者でもないのだから、それでいいのだ。こういう映画をダメだのクソだのって口汚く罵る人もいるけれど、それはちょっと違うと思う。僕はこういう映画を見ている時こそ、心の底から幸せ感じてしまうのだ。オレってこんな無駄な時間の使い方をして贅沢してるよなぁ…って思って(笑)。

 それに何だかんだ言って、僕は結構楽しませてもらった。だから文句はないなぁ。

 

見た後の付け足し

 そういやモンゴルといえば、先日のモンゴリアン・ピンポン(2005)は中国のモンゴル自治区だったけど、この映画にはロシア・シベリアのイルクーツクにおけるモンゴル人の居住地が出てくる。残念ながら僕はこっちの方にまったく詳しくないが、ニキータ・ミハルコフの「ウルガ」(1991)に出てきた荒野は、この映画の舞台と近いのだろうか。それとも全然違うのか。気になる。

 

 

 

 

 

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