王<キング・コング>の帰還と
ピーター・ジャクソンの「指輪」後

After the RINGS - The Return of KING KONG


 

病めるアメリカを告発、時代が生んだリメイク版

「キングコング」(ディノ・デ・ラウレンティス製作)

 

 そんな「コング」だが、もうこの時点で唯一無二の「古典」としての地位を確立。「風と共に去りぬ」をリメイクしようとするバカがいないように、「コング」にもそんな大それた事を考える映画人は現れないと思われた…そんな矢先。何とこの怪獣映画の最高峰に挑戦しようという男が現れたから驚いた。

 その名はディノ・デ・ラウレンティス

 イタリアが生んだ大プロデューサーのデ・ラウレンティスは、かつてはフェリーニ、ヴィスコンティなどの巨匠と組んで数々の名作を生みだしながらも、一方でヨーロッパ制作のハリウッド大作「戦争と平和」(1956)や「天地創造」(1966)などをつくって、徐々にアメリカ映画界への足がかりをつくっていった。そして「バラキ」(1972)あたりから一気にアメリカ本土に上陸。次々とアメリカ映画の大作・話題作をつくっていく。そんなデ・ラウレンティスのハリウッドでのキャリアの頂点であり、その地位を確固たるものにしたのが、このリメイク版「キングコング」(1976)だ。

 なお、このデ・ラウレンティス版の邦題は「キング」と「コング」の間に「・」が入らない。「キングコング」は、もはや一つの単語として認知されていたという事なのだろうか。逆に今回のピーター・ジャクソン版は「・」が入る事で「原点復帰」を表していると言えなくもない(笑)。

 デ・ラウレンティスはこの後もジョン・フォード作品のリメイク「ハリケーン」(1979)、スペース・オペラの映画化「フラッシュ・ゴードン」(1980)…といかにも「アメリカン」な超大作を連発。「コング」リメイクは、そんなデ・ラウレンティスの「ハリウッド根付き」宣言とでも言える作品だったのだろう。

 監督にはタワーリング・インフェルノ(1973)大成功直後のジョン・ギラーミンを起用。大作としての人選には抜かりはない。当時はこの映画のために実物大のコンピュータ制御によるロボット・コングをつくったと大いに宣伝されたため、僕らも大いに期待した。

 お話は基本的にオリジナル版と変わりないが、時代背景はリメイク制作当時の「現代」1976年に設定された。今回は南海の島に行く理由が映画製作ではなく、油田探査というのがいかにも「時代」だ。初代「コング」が1929年から起きた世界大恐慌の影響下にあるのに対して、リメイク「コング」は1973年に起きた第一次オイル・ショックをその背景に抱えているのだ。

 そこで前作の映画監督カール・デナムの役どころが、石油利権を巡って南海探査を試みる巨大企業ペトロックス社のエグゼクティブ=ウィルソンに変更される。これを演じたのがコメディ俳優のチャールズ・グローディンだ。ヒーローのジョン・ドリスコルに相当する役は動物学者プレスコットで、これはジェフ・ブリッジスの役。そして前作のアン・ダーロウに相当するドワンという売れない女優役には、まだ当時は無名だったジェシカ・ラングが抜擢された。

 基本的にはオリジナル版と変わらないと先に述べたものの、改めてオリジナル版と比較すると印象はかなり違う。まずは最大に違うのが、オリジナル「コング」のカール・デナムとリメイク版のウィルソンのキャラクターの違いだろう。デナムはカツドウ屋バカ一代の男で、ムチャはやるが卑劣漢ではない。ところがウィルソンは完全な企業人間で利益第一主義。つまりは完全な「悪役」としてこの映画に登場する。

 このためオリジナル版では船乗りドリスコルだったヒーローも、今回動物学者プレスコットに変わってキャラクターがかなり大幅に変更された。彼がペトロックス社の仕立てた船に「密航」するというあたりからして全然違う。そもそもプレスコットが学者だという時点で、「知性」のレベルが段違いになっているのは言うまでもない(笑)。

 この男がどちらかと言えば人道主義意識や環境保護意識を持った人物として描かれているから、当然企業人間ウィルソンとは対立関係の構図となるわけだ。演じるジェフ・ブリッジスは、この時点で「ラスト・アメリカン・ヒーロー」(1973)や「サンダーボルト」(1974)などアウトロー的な若者臭がムンムン。この「コング」での出で立ちも長髪に無精ヒゲという「反体制的」イメージではあった。まぁ、このようなタイプの人物がこんな娯楽大作のヒーローとなったのには一種「時代の要請」的な側面もあったのだが、それについては後にゆっくり述べる。

 そしてオリジナル版では野獣コングとまったく意志の疎通が取れていなかったヒロイン=アンだが、このリメイク版のジェシカ・ラング扮するドワンは、コングに少なからず好意を抱いているように見える。コングもまた野獣の本能と言うより、どこか感情的な要素でドワンを守ろうとしているように描かれるのだ。

 そんな訳で、かなりオリジナル「コング」とは印象の異なるリメイク版。だがその最大の違いは、作品の狙いにあるだろう。それは今回の作品が「美女と野獣」物語というより、「アメリカ文明」批判の色彩をかなり濃くしたものだからだ。

 何しろ「悪役」ウィルソンが代表するアメリカ巨大企業ペトロックス社のロゴは、モロに星条旗をデザイン化したもの。ニューヨークでコングが見世物にされる時に、このペトロックス社のロゴがコングのオリに「いかにも」な感じで描かれているから、あたかも唯物主義で俗悪な「アメリカ文化」が純粋素朴なコングをさらし者にしている観が強い。しかも、今はなき世界貿易センタービルに上ったコングに襲いかかってくるモノがこれまた象徴的。完成前から露出していたポスターでは、貿易センタービル上のコングが戦闘機をわし掴みという迫力の絵柄が描かれていたのだが…実際にコングに襲いかかるのは米軍の戦闘用ヘリコプター。それも機関銃を装着した「おなじみ」のヤツだ。そう!…我々が「地獄の黙示録」(1979)や「プラトーン」(1986)でイヤというほど見た「あの光景」。ヘリコプターによるアメリカ軍の攻撃とは…間違いなく忌まわしくも汚れた戦い=ベトナム戦争のメタファーだ。南洋の未開の地からやって来た素朴な「異邦人」コングは、まるでベトコンのように米軍のヘリコプターに攻撃され、悲痛な叫びを上げて血まみれになっていく。あたかも「ソンミ村の大虐殺」の様相を呈していく終盤では、完全に「米軍=悪者」の構図に見えてくる。この場面に「ワルキューレの騎行」が流れないのが不思議なほどだ。今となっては舞台となるのがあの「世界貿易センタービル」というのも、あまりにピッタンコでシャレにならない。

 これは一つには、デ・ラウレンティス版が公開された1970年代という時代が影響したと言えるだろう。アメリカン・ニュー・シネマの余韻もまだ生々しいアメリカ映画界では、「病んだアメリカ」的な題材や「ベトナム後遺症」ものが盛んにつくられていた。「コング」も、またその影響下にあったわけだ。

 そしてつくったのがデ・ラウレンティスというのも大きかったはず。何と言っても異邦人だったデ・ラウレンティスは、当時のアメリカ映画の事情に乗っかりながら「アメリカ批判」映画を娯楽映画として連発した。ハリウッドにすり寄ったとは言え、やっぱりこの人は根本がヨーロッパ人なのか。「シンジケート」(1973)、「セルピコ」(1973)、「狼よさらば」(1974)、「コンドル」(1975)、「マンディンゴ」(1975)、「ラグタイム」(1981)…などの作品群には、どこかに「病んだアメリカ」への批判めいた雰囲気が漂っていた。「コング」もそうした傾向の中でつくられたと見るべきなのだろう。まぁ「病んだアメリカ」と言いつつも…それに気づいているだけ今時よりはずっとみんなの精神が「健康的」な時代だったのだ。

 だが公開当時、このデ・ラウレンティス「コング」はかなりの酷評を浴びた。それは別に「病んだアメリカ」批判を指摘された訳ではなく、あくまで映画としての体裁が問題だった。

 まずは売り物の「コンピュータ・コング」がイカサマだったこと。確かに原寸大のロボット・コングをつくったものの、そんなデリケートな動きが出来るわけではない。結局数カットに利用されただけの宣伝用デク人形に過ぎなかったのだ。そしてその代わりに画面を闊歩したのは、何と着ぐるみコングリック・ベイカー制作、かつベイカー本人が実際に演じた着ぐるみが、ほぼ全編出ずっぱり状態だったのだ。

 着ぐるみ怪獣と言えば日本のお家芸で、だから僕らは全く抵抗がないが…どうも欧米の映画観客や映画人の見方からすると、ストップモーション・アニメと比べればやや「格オチ」の観は否めないらしい。確かに技術的な面やかかる手間と費用を考えると、いささか着ぐるみは安易な方法ととられても仕方がないかもしれない。

 しかも、前作からすでに時代は40年近く経っていたのだ。それで技術的に進歩が見られないとなれば…何でリメイクなどしたのか?と問われても文句は言えない。せっかく動きがスムースな着ぐるみを採用しながら、コングがロクに建物を破壊しないのも興ざめだ。前作では島に恐竜やいろいろなモンスターが出てきたのに、今回はシケた大蛇一匹というのもシラケる。つまりはSF映画として見せ場と面白味に欠けるのだ。

 そんなわけでボロクソ叩かれたデ・ラウレンティス「コング」だが、今にして見ればその後ビッグ・スターに順調に育ったジェフ・ブリッジス、大きく化けたジェシカ・ラングが出ていただけでも価値がある。決してダメ映画という訳ではないと思うのだ。蛇足を付け加えれば、コングがジェシカ・ラングの服を脱がせてバストを見せるというサービス・アトラクションがあるのも、ぐっとポイントが高いと言える(笑)。

 ただこれに味をしめたのかその後ジリ貧になったのか、デ・ラウレンティス=ギラーミンのコンビが調子に乗って「キングコング2」(1986)までつくってしまったのはいただけない。僕は見ていないが、死んだはずのコングが人工心臓で生きていた…というムチャクチャなお話らしい。「ターミネーター」(1984)の主演で花が咲きかかったリンダ・ハミルトンは、この作品の主演で沈没した。デ・ラウレンティスも一時の勢いを失って失墜。ギラーミンも元々のB級監督に戻っていったのはご存じの通りだ。

 


King Kong

(1976年・アメリカ)

ディノ・デ・ラウレンティス・コーポレーション、パラマウント映画 制作

監督:ジョン・ギラーミン

製作:ディノ・デ・ラウレンティス

脚本:ロレンツォ・センプル・ジュニア

出演:ジェフ・ブリッジス、ジェシカ・ラング、チャールズ・グローディン、ジャック・オハローラン、ジョン・ランドルフ、ルネ・オーベルジョノワ

 

 

 次ページへつづく

 To Be Continued...

 

 


 

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