新作映画1000本ノック 2006年11月

Knocking on Movie Heven's Door


 このページの作品

「ナチョ・リブレ/覆面の神様」 「父親たちの星条旗」

 

「ナチョ・リブレ/覆面の神様」

 Nacho Libre

Date:2006 / 11 / 20

みるまえ

 アクの強さでめきめきとのし上がって来た男ジャック・ブラックの新作。何とメキシコのレスラーについての映画だなんて、誰に想像がついただろう? とにかく「濃さ」で売る彼に打ってつけの題材と思えなくもないが、あまりに異色の題材ではある。「スクール・オブ・ロック」(2003)のように万人受けはしにくいんじゃないか。ともあれ、ジャック・ブラックが大好きな僕としては、何とも見たくてたまらないのだが。

ないよう

 メキシコのど田舎の孤児院…ナチョ(ジャック・ブラック)はそこで孤児として育った。太っちょでイタズラっけ満点のナチョは、孤児院からアレコレくすねては自分のリング衣裳をこしらえ、メキシコのプロレス「ルチャ」のレスラーを気取っては修道士たちから罰を受ける日々。大きくなっても行き場所のないナチョは、そのまま修道院の料理番として暮らしていた。そんな彼の殺伐たる毎日に変化が起きたのは、ある朝のこと。新しい修道院の先生としてやって来た目元涼やかな美女、シスター・エンカルナシオン(アン・デ・ラ・レグエラ)の登場だ。一目惚れのナチョは何とか彼女の気を惹きたい一心。だがナチョをバカにして目の仇にする修道士のギレルモ(リカルド・モントーヤ)はジャマをするし、元々ナチョもドジな上にテキトーな性格ゆえ失敗ばかり。「本業」の料理の方も、財源の乏しさゆえにひどい食事ばかり作らずを得ない。おまけに食材のチップスを取りにお店の裏口に行けば、いきなり貧相なヤセ男(ヘクター・ヒメネス)に襲われてチップスを奪われてしまう始末。そんなミジメな帰り道に「ルチャ」のスター・レスラー、覆面のラムセス(セサール・ゴンザレス)の派手なチヤホヤぶりを見せつけられるにつけ、ますます落ち込むナチョではあった。そんなある日、チップス抜きにまで至った食事を「最低」とギレルモ修道士に罵られたナチョはついにブチギレ。元々「ルチャ」への情熱を抑えかねていた彼は、レスラーとしてのデビューを決意する。ただし修道院では「ルチャ」は罪であり御法度。そのためナチョは、修道院に隠れて「覆面」を被らざるを得なかった。またタッグ・パートナーを必要としていた彼は、例のチップスを盗んだヤセ男を捕らえて無理矢理説得。我流の怪しげなトレーニングの末に、場末のリングでデビュー戦に漕ぎ着けた。しかし結果は散々。終わった後、ヤセ男などは「二度とごめん」と息巻くアリサマだ。しかしそんな二人を待っていたのは、予想以上のファイト・マネー。「負けっぷり」の良さがウケたとは、人間何が幸いするか分からない。おかげで修道院のメニューも、一気に豪華さを増した。こうしてますます「ルチャ」の世界に深入りしていくナチョだったが…。

!!!映画を見てから読んで!!!

みたあと

 元々、メキシコにはルチャとかいうプロレスがあって、あちらではそれが大受けしているという話は聞いていた。だが、そんなものをハリウッド・メジャー映画が題材にするとはビックリ。実はそれだけでも興味津々なのだ。そこにあのジャック・ブラックと来る。このルチャというメキシコ・プロレスにジャック・ブラックを持ってこようという発想は、ちょっと普通には浮かんで来るもんじゃない。果たしてこれはいかなる映画になっているのだろうか。宣伝文句には「人間一度は光り輝く時がある」なんぞと書いてあったりする。すると、これはまたまた「スクール・オブ・ロック」のように、しょーもないヤツだった男が猪突猛進するうちに何かを手に入れる…という、バカバカしくてパワフルな笑いの中にもチラッと一振りのスパイスのように感動させる要素を持つ、ハリウッド伝統の娯楽映画のセオリーを踏襲している映画ではないか? …そんなふうに思っていた僕は、いささか甘かった。ハッキリ言ってバカバカしい笑い…までは予想通りだったが、いつまで経ってもそのまんま。「一振りのスパイス」なんてここにはない。「人間一度は光り輝く時がある」なんてシロモノではない。終始一貫してくだらない。確かにジャック・ブラックのテメエ勝手ぶり、思い込みが強くて猪突猛進で、だけど愛すべきキャラ…は共通しているものの、ここに「スクール・オブ・ロック」を期待したら大きくハズされる。たぶんお客さんの大半はアレを期待して見に来くるんだろうから、みんなかなりハズされてしまうのではないだろうか。

こうすれば

 実はお話の展開からギャグの一つひとつに至るまで、卓抜したものやユニークなものは何一つないと言っていい。どれもこれも凡庸スレスレのシロモノ。お話も幼稚。ちゃんとした劇映画というよりテレビのコメディ番組風のお手軽感もチラついている。おまけに時々少々ハズしてもいる。途中で出てくる主人公たちの特訓場面などを見れば分かるように、中にはどこが面白いのか分からない困った場面まで出てくるのだ。たぶん普通ならば、これは全く笑えない映画かもしれない。ひとえにこの映画がそれなりの面白さで成立しているのは、中心にジャック・ブラックがいるからだ。相手がグウィネス・パルトロウだろうとキング・コングだろうと、こいつだけは常に変わらないという揺るぎなさが、今回の映画では最大限に活かされている。というか、どんな映画に出てもジャック・ブラックはジャック・ブラックなのではないか。彼が出ている限り、確実に「ジャック・ブラック」だけは楽しめる。そのおかげで、かろうじてマトモなコメディ映画として成立しているという感じだ。ただ僕はそれで楽しめたけれど、大半のお客さんは少々退くんじゃないだろうか。パンフを見るとこの監督ジャレッド・ヘスって相当に期待されてる若手有望株のようだが、どこがそんなにいいんだか分からない。注目を集めるキッカケになったらしい前作「バス男」(2004)って作品も、本当に面白いのかアヤシイ気がする。

みどころ

 ただし、最初からくだらない映画だと腹をくくってのんびりと見ればそれなりに楽しめる映画で、おまけにそこにジャック・ブラックが乗っかってくるから好きな人には面白がれる映画なのだ。太めの身体を縦横無尽に動かして大活躍するのも嬉しいし、何があってもめげないキャラも彼らしい。途中で「スクール・オブ・ロック」の再現みたいな即興ロック・バラードまで歌ってくれるサービスぶり(笑)。あの昔のジャーニーとかスティーブ・ペリー風の大げさでコケおどしで空疎な歌いっぷりは笑える。僕はこれだけで入場料の元はとった。超大作「キング・コング」(2005)出演の後にやる映画じゃないって気もするが、あえてコレをやっちゃうあたり頭が下がる。そして全編に漂うメキシカンなテイストも楽しい。シスター役で出てくる「清純派」女優アナ・デ・ラ・レグエラも「掃き溜めに鶴」的な拾いモノ。彼女に限らずほとんど全員メキシコ勢で固めたキャストも面白い味を出しているし、どこか安っぽくて怪しげで危なっかしい感じが、既存のハリウッド・コメディにない魅力になっている。何となく変なヤツがいっぱい出てきて、何となく変な設定で、何となく変な話…という掴み所のなさが、この映画の魅力でもあるのだ。そうなってくると、そこがジャレッド・「バス男」・ヘス監督の狙いだった…と言われるかもしれないが、それはちょっと買いかぶりだろう(笑)。

さいごのひとこと

 逆さにすればブラック・ジャック、し損じナシはダテじゃない。

 

「父親たちの星条旗」

 Flags of Our Fathers

Date:2006 / 11 / 20

みるまえ

 いきなりクリント・イーストウッドが「硫黄島」での戦いを映画にすると聞かされ、正直言って僕は「何でまた」…と思わずにいられなかった。いや…確かに戦争映画というものは、繰り返し繰り返し映画化すべき題材ではあるはずだ。だが、今やる意味があまりピンと来ない。何しろ「戦争映画」自体が廃れている。しかも「日米戦争」は、ハリウッドにとって魅力的な題材ではないはずだ。何となく企画自体が危うい気がしてしまう。しかもイーストウッドは、この後に「硫黄島からの手紙」という作品を立て続けに撮影している。こちらは「日本側の視点」で撮るということで、渡辺謙などのキャストもちゃんと日本人で固められている。だが、アメリカ人イーストウッドに、果たして「日本側の視点」で撮るなんて芸当ができるのか? それで「公平に戦争が描ける」って訳にはいかないはずだ。いかにオスカー監督イーストウッドと言えども、さすがにこればっかりは勝手が違うんじゃないだろうか? それより何より…すべてに間違いのないデキの作品になっていたとしても、安心するのはまだ早い。この作品が「戦争の空しさ」や「戦争の非人間性」を結論とする事は、誰の目にも見る前からハッキリしている。その結論には何の異存もないものの、そんな「分かり切った」ことをクドクド映画から語られるなんて、それだけでこの映画が一気に凡庸なモノに成り下がらないか…。一事が万事こんな調子で、正直言って不安要素ばかりが目に付く作品。良心的で言いたい事も分かるし力のこもった作品ではあるだろうとは思うものの、何の驚きも面白みもない作品…そんなハズした作品になっていないか、コワゴワ見に行った僕だったが…。

ないよう

 真夜中のこと。葬儀屋を営む一人の老人が、胸の発作に襲われる。彼はいまわの際に胸をかきむしりながら、苦しげな声で思わず叫ぶ。「あいつは? あいつはどこなんだ?」…苦しみの中で、老人の意識は50年近く前の「あの夜」に引き戻される。

 それは1945年のある夜のこと。太平洋戦争最後の激戦地・硫黄島での戦闘中のことだった。若き日の老人…ジョン・“ドク”・ブラッドリー衛生兵(ライアン・フィリップ)は相棒の若い兵士イギー(ジェイミー・ベル)と塹壕に隠れ、緊張感におののいていた。闇の中から、日本兵が音もなく襲ってくる。それらを倒して一息つくと、どこからともなく衛生兵を呼ぶ悲鳴。味方兵士が傷ついて倒れているに違いない。イギーが止めるのも聞かずに塹壕から飛び出し、声の呼ぶ方へと駆けつける。案の定、そこには砲撃で腹が裂けた米兵が倒れていた。だが、もはやドクの「治療」などでどうかなるレベルのキズでない事は確か。彼は気休めの言葉とモルヒネで負傷兵を楽にして、元の塹壕に戻る。だがそこにはイギーの姿はなく、見知らぬ味方兵士が隠れているばかり。ドクが目を離している間に、どこかに連れ去られてしまったのか。やたら勇ましい事ばっかり言ってはいたが、調子ばかりよくてマヌケなイギー。自分が何とか庇って守り通そうと思っていたのに、結局守り通せなかったのか。「イギー! どこにいるんだ、イギー!」

 戦争の中では、時に「戦況を変える一枚」とでも言うべき写真が存在するものだ。硫黄島での戦いでは、「この一枚」。6人の兵士たちが擂鉢山の頂上に力を合わせて星条旗を立てようとしている、あのあまりにも有名な写真がそれだ。偶然撮影された「この一枚」は、たまたま軍の上層部の目にとまった。他にこれといった写真も見あたらない中で、特に優れているわけでもないが圧倒的インパクトを持った写真。それはたちまち各新聞社に配信され、全国民の目に触れることになる。ある家庭では顔も見えない兵士の尻を見ただけで、「息子だ」と言い当てる母親もいたほどだ。ともかくこの写真は、泥沼のように長引く日本軍との戦いにイヤけが差してきたアメリカ国民に、「大丈夫だ、勝てる!」という元気を与える役割を果たすことになった。

 3人の兵士たちが、黙々と小高い丘をよじ登る。やがて丘を登り終えてそこに星条旗を立てた3人の前に広がったのは、巨大なフットボール・スタジアムとそこを埋め尽くす観客だった。降り注ぐ爆弾と思われた火花は、景気づけの花火。満場の観客の歓声に応える3人の兵士たちとは、先程のドクと陽気なレイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード)、そして先住民族出身のアイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ)。彼らは例の「一枚」に写っていた6人の兵士たちのうち、たまたま生き残っていた3人だった。そんな彼らを軍は「英雄」として祭り上げるために、硫黄島での戦闘も終わっていないのに急いで帰国させた。そしてあちこちで彼らを使ったイベントを実施していった。今回のこのスタジアムでのパフォーマンスも、その一環だ。

 最初この話をレイニーから聞かされたアイラは、「冗談じゃない」と怒り狂った。それにはいくつかの理由があったが、何より彼がこの島での戦闘を誇りに思えなかったことが最大の理由だった。アイラはいつになく激しい怒りを露わにして、自分の名前を軍の上層部に告げないようレイニーを口止めした。だが「英雄」となることを名誉と素直に受け止めたレイニーは、彼の名前を黙っていることができなかった。

 こうして本土に引き戻され、政府から派遣されて来たバド・ガーバー(ジョン・スラッテリー)から「イベント」への協力を頼まれる3人。政府は「英雄」3人たちの力を借りて、戦争継続のための国債を売るキャンペーンを企画していたのだ。だが、これに素直に喜んだのはレイニーだけ。ドクはただ口をつぐむだけで、アイラに至っては否定的態度に出た。「申し訳ありませんが、ハッキリ言ってこれはクソです」

 まず、実は彼らが挙げた星条旗は、最初に硫黄島に翻った旗ではなかった。そしてマズイことに、公表されている6人の兵士の名前は間違っていて、中の死んだ1人は別人と取り違えられていた。これらの「真相」を聞かされたガーバーは苦虫を噛みつぶすような顔をしていたが、それでも何とか「任務」を遂行しようと一歩も退かない。そんなガーバーに、アイラはさらに畳みかけるように言った。「我々はとても英雄なんてもんじゃない。英雄がいるとすれば、マイクがそれです。我々じゃない」

 硫黄島での作戦の直前に上司から昇進を告げられるが、「部下を見捨てられない」とそれを断って硫黄島に上陸。壮烈な戦士を遂げたマイク・ストランク軍曹(バリー・ペッパー)。その姿を思う時、母国で「英雄」扱いされる自分に後ろめたさしか感じられないアイラだった。

 だが、すべてはもうお膳立てされていた。アイラ一人が逆らってもどうにもならない。行く先々でチヤホヤされ、時に死んだ戦友の母親とも対面させられる彼ら。「セレブ」扱いを受け入れ大いに楽しんでいるレイニーを見るにつけ、アイラの気持ちはさらに暗くなる。そして激しい感情や反発を見せず、ひたすら沈黙を守るドク。自分を許せず酒浸りになるアイラを、ドクは優しく庇うのだった。

 だがそんなドクも、決して硫黄島の地獄を忘れることはできなかった…。

みたあと

 ハッキリ言うと、予想外なモノは何もない映画だった。ストーリーは巷で聞いていた通り。硫黄島での残虐な死闘に身も心も傷ついた若者たちが、母国で「写真のあの英雄」として祭り上げられて再び傷つけられる物語。戦闘場面はひたすら「戦争の悲惨」と「愚行」をこれでもかと描き尽くし、母国に戻っての宣伝活動に従事させられる主人公たちを通して「戦場のヒロイズム」のバカバカしさをえぐり出す。全く思った通りの作品だ。意外性ゼロ。いや、この映画に意外性があるとしたら、それはいつもの「クリント・イーストウッドらしさ」があまり見あたらないという事か。確かに…時折、静かに低い音でギターやピアノのポロンポロン…という音楽が入るあたりはイーストウッド作品らしさと言えなくもない(笑)が、それって監督作としてのスタイルとは違うだろう。イーストウッドが出ていないという事をさっ引いても、この映画は例えば「スペースカウボーイ」(2000)や「ミスティック・リバー」(2003)や「ミリオンダラー・ベイビー」(2004)のような、イーストウッド作品としての必然性を感じさせない。そして、実はもっと意外なことがある。この映画に意外な点や意外な要素がまったく皆無なのにも関わらず、見ている僕らは映画の上映中まったく退屈せず、むしろ身じろぎもせずスクリーンを見つめさせられるということだ。

みどころ

 確かに「プライベート・ライアン」(1998)以来の視覚効果や音響効果の発達で、僕らはこの作品においても猛烈な戦闘場面の迫真性を体感できることができる。米軍がスンナリと硫黄島に上陸できてホッとしていた直後に訪れる激烈な日本軍の反撃場面は、まさに悪夢と言ってもいい。でも、こんな直接的「刺激」はしばらくやっていれば慣れるし、アッという間に飽きる。現に「プライベート・ライアン」では、後半にスッカリ飽きられてしまってダレてしまったではないか。刺激はいくらでもエスカレートできるものの、いくらエスカレートしたところでキリがないのも確かだ。それをイーストウッドは知ってか知らずか、悪夢のような戦闘場面を集中的に見せた後でサッと切り上げ、後はむしろ淡々とした描写に切り替える。さらに時制を崩した上で硫黄島の戦闘と本国での国債キャンペーン・ツアーとを平行して描くため、戦闘の緊張感はたびたび寸断される。この映画は、その手の戦争の「刺激」で観客を揺さぶる映画ではないのだ。むしろ硫黄島と本国のツアーの間に、さらにドクの息子が「真相」を探る現代のエピソードを絡ませ、ミステリー要素さえ盛り込んでいく。このあたり、さすがに「クラッシュ」(2004)のポール・ハギスが脚本に絡んでいるだけある構成の妙で、例えば硫黄島の激戦場面かと思いきやフットボール場での硫黄島を再現したアトラクションだったという場面転換の面白さで観客をハッとさせたりする。だがそれらはあくまで副次的なもので、この映画のミソはそこでもない。映画は静かに、主人公たちが硫黄島で何を見たのか、その後の経験で何を得ることになったのか…について語っていく。ただし、それも「彼らはこれを見た」「彼らはこんな目にあった」…とハッキリ提示される訳ではない。むしろそれらの答えは観客に委ねられている。中には何が起こったのか、彼らが何を見たのかよく分からないエピソードまである。全く押しつけがましさがない、不思議な戦争メッセージ映画になっているのだ。で、だからこそこの映画は全く意外性のない題材と意外性のないテーマを持ちながら、実にユニークな作品に仕上がっている。何でこの映画が感銘深く出来上がっているのか、正直言って僕には説明するすべがない。情けないけど僕にも分からないのだ。これほど意外性がないのに非凡な印象を与える作品は、他にちょっと見あたらない。だから僕もこの作品を語るにあたって、「イラクが云々」なんて性急な断定は避けたい。そしてその「語らない」秘密は、ひょっとしたら主人公ドクが握っているように思われる。この人物は最初からこの映画の主人公には間違いないのだが、なぜか自らの気持ちや意見を一切語らない。怒りも悲しみも何もかも、胸の内に秘めたままという極めて珍しい主人公なのだ。この難しいキャラクターを演じるライアン・フィリップの演技も傑出。見た目アイドル顔なフィリップではあるが、なぜか作品選択は「Re:プレイ」(2003)だの「クラッシュ」だのとクセモノ揃い。その中でも、今回の作品は群を抜いている。作中ただただ沈黙を守り通して、語らないことで語っているフィリップの演技は心に残る。ひょっとしたら、無口なガンマンを演じ続けたイーストウッド直伝の「沈黙」なのだろうか。

さいごのひとこと

 沈黙は金。

 

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