「007/カジノ・ロワイヤル」

  (ボンド・シリーズ版)

  Casino Royale

 (2006/12/11)


  

見る前の予想

 正直言ってこの作品の前評判はあまり芳しいものではなかった。

 特に新ボンド役者ダニエル・クレイグに対する風当たりの強さたるや、海外サイトなどではボロクソ。何もそんなにコキ下ろさなくても…僕は弁護したものの、正直言って僕自身クレイグが適任とは思えなかった。何せ前任者のピアース・ブロスナンが良かったからね。

 「ゴールデンアイ」(1995)、「トゥモロー・ネバー・ダイ」(1997)、ワールド・イズ・ノット・イナフ(1999)、ダイ・アナザー・デイ(2002)と続いたブロスナン・ボンド映画は、かなりマンネリ化していたこのシリーズをある程度活性化してくれたように思う。ブロスナン起用と同時にジュディ・デンチが登板して、女性となった「M」というのもいいアイディアだった。いささかオールドファッションな英国紳士ブロスナンと女性「M」の食えないやりとりなど、珍妙な漫才みたいで楽しめた。シャレて洗練されててユーモアもあるブロスナンこそ、21世紀のボンド像だと思われた。

 だからブロスナンが降板すると聞いて、僕だけでなく多くの人々がショックを受けたはずだ。

 その後、新ボンドとして何人もの役者の名が挙がったが、いずれも帯に短し襷に長し。唯一クレイグ・オーウェンが候補として取りざたされた時だけは「いいんじゃないの」と思ったが、これからの順調なキャリアを約束されているオーウェンが、役柄固定の危険性のあるボンド役を引き受ける訳もない。かくして舞台裏でアレコレと検討されたあげく、ダニエル・クレイグが選ばれたわけだ。

 だが、クレイグ批判に躍起になるボンド・フリークはともかく、僕もこの人選には少々複雑な気持ちになった

 スチール写真の顔を見てもピンと来なかったが、それだけで文句をつけているわけではない。実はボンド映画の前に、僕らに「動くダニエル・クレイグ」を見る機会が訪れたのだ。それはスピルバーグのミュンヘン(2005)でのことだ。イスラエルが報復のために組織した秘密集団…その中のメンバーの一人がクレイグの役どころだった。

 ところがこれがまたイメージの悪い役どころで、差別意識丸出しで単純な暴力マッチョ男。キレやすく危ない男。口元に漂う卑しさなんか絶妙。いや…絶妙と言っても、これはあくまで「ミュンヘン」のあの役どころだから言えることだ。言っちゃ悪いが、とてもじゃないがタキシードをキメてシャレた言葉を吐き、美食家で洗練されたダンディ…冷静な「大人」の権化たるジェームズ・ボンドを演じられそうな男ではない。これは絶対にジョージ・レイゼンビー以来の失敗ではないかな…と思わずにはいられなかった。

 そもそも、あのプンプン漂う安っぽさ。何よりガツガツしていて余裕なさすぎではないか。あくまで役柄の上でのことではあっても、この顔と風貌は替えようがない。そうなると、どうしてもダニエル・クレイグのイメージがボンドのキャラクターと重なるようには思えない。

 それと同じ頃、ボンドの新作は元々のイアン・フレミング原作ではボンドもの一番最初の作品となる「カジノ・ロワイヤル」だと聞かされ、またまた驚いた僕だった。

 確かこの作品だけはボンド・シリーズが始まる前に映画化権が別に売れてしまい、その後ボンド・シリーズが大当たりしたために、原作をメチャクチャに解体して全く違うパロディ映画としてつくられた。その映画化権を、ボンド映画専門に制作しているイオン・プロダクションズがようやく買い戻したのだろうか。

 だとすると、今度のボンド映画はシリーズ初のリメイク作品(!)ということになる。

 まぁ、そんなこんなで心配になりながらも興味津々な新作ボンド映画。劇場にかかり始めた予告編では、相変わらず貫禄不足のクレイグ=ボンドが登場。どうやら原作の「カジノ・ロワイヤル」にある程度忠実につくっているらしく、クレイグは「駆け出しボンド」として出てくるようだ。それを知ったとたん、僕はちょっとは安心した。そういう設定なら何とかなるかもしれない。しかし…何と言ってもボンドだからなぁ。あのクレイグの安っぽさで大丈夫なのだろうか?

 たまたま公開前にこの映画を見る機会を得た僕は、心配半分楽しみ半分で見に行ったわけだ。

 

あらすじ

 チェコのプラハ。人けのないビルの中を歩いている中年男の姿があった。彼は事務所の一室に入っていくが、そこで自分を待ち構えていた人物に気づいてギョッとする。部屋に入って来た中年男は英国情報部チェコ支部の幹部。そして彼を待ち構えていた人物は…英国情報部でも最近メキメキ頭角を現して来たスパイ、その名もジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)という男だ。

 ボンドの出現に焦り狂う中年男。それも無理はない。こんな夜中に情報部の事務所に入り込んで、良からぬ事を企んでいる現場を押さえられてしまったのだ。お察しの通り、彼はダブル・スパイだった

 「私を殺すつもりか、ボンド君? だが、まだ君には殺しのライセンス…<ダブル・オー>の階級が与えられてはいないはずだが…」

 そう言い終わるや否や、中年男は勝ち誇ったように隠し持っていた銃をボンドに向ける。だが、生憎と引き金を引いても弾丸は出ない。すでにボンドが弾丸のカートリッジを抜いておいたのだ。

 「結構やるだろ?」

 「<ダブル・オー>になるには、二人は殺さなくてはいけないんだぞ」

 「もうすでに一人殺してる」

 確かにボンドは、すでに一人の男を手にかけていた。それはこの中年男の協力者だ。彼をトイレで待ち構えていたボンドは、抵抗する男に手こずりながらも何とか目的を果たした。それは決してスマートとは言えない「ミッション」だった。

 「君に殺しができるのか、ボンド君?」

 その時、ボンドの持っていた消音銃が鈍い音を放ち、中年男はもんどり打って倒れた。

 「…二人目はずっと楽だな」

 

 場面代わって、ここはアフリカはウガンダ。ジャングルの中のゲリラ部隊の巣窟に、場違いなフランス男が降り立った。そのどこか神経質そうな男こそ、泣く子も黙るル・シッフル(マッツ・ミケルセン)。この男は世界のテロリストから資金融資を受け、その金を運用して「テロリスト専門の金融業」を営んでいた。ル・シッフルは商談をかたづけた後で、手持ちの株を売り飛ばすべく国際電話をかけた。

 そしてボンドも、そんなテロリストたちの闇の資金源を追っていた。仲間とアフリカのとある街に現れたボンドは、組織の下っ端男を張り込み。こいつを捕らえて、組織についてアレコレ聞きだそうと計画を立てていた。だが計画というものはたびたび狂うもの。仲間のドジから下っ端男に悟られ、たちまち逃げ出される始末。慌てて街中を上を下への大追跡劇を演じるハメになるが、まんまと下っ端男に大使館に逃げ込まれるテイタラクだ。だが、ボンドはそんなことでめげたりはしない。何と大使館内に乗り込むと、ここでも大立ち回りを演じるアリサマ。最終的に男の持ち物をかっさらうと、「もう用はない」とばかりブチ殺してその場を立ち去った。

 だが派手な立ち回りの一部始終を、大使館の監視カメラに見られていた。当然のことながら、英国情報部の幹部連中はカンカンだ。

 むろん「M」(ジュディ・デンチ)も苛立っていた。現場の苦労もしらない官僚連中に文句を言われるのは耐え難いが、それにしたって今回のボンドの振る舞いは利口とは言えない。<ダブル・オー>への昇進は早すぎたんじゃないかとボヤかずにはいられない。ところがそんな「M」が自宅に戻ったところ、部屋には先客がいるではないか。

 「ボンド! 何で私の家が分かったの?」

 「M」に対して悪びれもせず言い訳もせず、平然と立ち去るボンド。だが、彼が「M」の自宅に来た理由をは明白だった。ボンドは「M」のパソコンからアクセスして、今度の一件の黒幕を探ったのだ

 その黒幕の一端は、ル・シッフルの一味の一人ディミトリオス(サイモン・アブカリアン)。ボンドは彼の投宿しているマイアミのホテルに赴き、ホテルのポーカー・ゲームでディミトリオスをスッテンテンにした。あげくディミトリオスの妻をタラし込んで情報を得ると、何と奴は空港に向かったと言うではないか。一体、何のために?

 一路、空港に向かったボンドは、そこでディミトリオスらが怪しげな動きをしているのに気づく。連中の狙いは、今夜お披露目予定の新型旅客機にあった。この新型旅客機を爆破しようとする一味を相手に、単身孤軍奮闘するボンド。空港狭しと大暴れしたあげく、何とかかんとか旅客機を無事守り切ることができた。

 ところがこのボンドの働きのおかげで、ル・シッフルは大損こくハメになっていたのだ。ル・シッフルは今までもこのような手段で、株価を思い通りに操作していた。それによって手持ちの金を増やし、「テロリスト専門の金融業」として利益還元を行っていたのだ。だが、今回の企みは失敗に終わり、儲かるはずだったル・シッフルはアテがはずれた。アテがはずれただけならいいが、ヘタをすればテロリストたちに損をさせて怒りをかってしまいかねない。こうなると、ル・シッフルは何としても短期に確実に儲けなければならなかった。

 ル・シッフルが選んだのは、「カジノ・ロワイヤル」でのポーカー勝負だ。

 元々ル・シッフルは数字に異常に強い。だからポーカーでも負ける気がしない。彼にとってこれはギャンブルではない。むしろかなり手堅い投資なのだ。

 こうなるとイギリス諜報部も見て見ぬ振りはできない。モンテネグロにある「カジノ・ロワイヤル」での勝負に、こちらもボンドを代表に立てて参加しない手はない。ここでうまいことル・シッフルから賭け金をまき上げられれば、余計な事をする手間が省ける。むろんこの勝負には国のカネをつぎ込むのだから責任重大だが、ボンドにはその自信があった

 てなわけで、一路モンテネグロに向かう列車内にボンドはいた。ところがそのボンドの前に、一人のイケてる美女が現れる。

 「私がマネーよ!」

 謎めいた笑みを浮かべながら現れた美女は、イギリス財務省から派遣されたヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)。国家はボンドに賭け金1500万ドルを委ねたが、それも彼女の承認なしには自由に動かせない。この「お目付役」の登場に、どうしたって皮肉な態度をとらずにいられないボンド。だがヴェスパーは、そんなボンドに一歩も退かない度胸としたたかさを持っていた。

 「知的な態度とビシッとしたスーツで完全武装していても、殊更に構えた態度が内心の不安を覗かせる…さては、君は孤児だな?

 「そういうあなたこそやけに自信過剰に見せてるけど…そっちこそ孤児じゃなくって?

 こんな調子で、ボンドの辛辣な言葉に間髪開けずに切り返すヴェスパー。どうやらお互いの素性の探り合いは、どっちも図星の痛み分けのようだ。お互い剣もホロロのやりとりを続けていたが、彼らは自分たちが思っている以上に「同類」同士だった。だがボンドもヴェスパーも、まだそんなお互いに気づいてはいない。

 やがて現地の協力諜報員マティス(ジャンカルロ・ジャンニーニ)と合流したボンドとヴェスパーは、颯爽と「カジノ・ロワイヤル」に乗り込んだのだが…。

 

ボンドの「原点」にして「番外編」

 いきなり映画が始まるや否や、MGM映画のマークの後にコロンビア映画のマークが登場して度肝を抜かれる。

 昔からボンド・シリーズと言えばユナイテッド・アーティスツ…というのは今は昔で、ユナイテッド・アーティスツがMGMに買収されてMGM/UAになってからは、冒頭にあのライオンのマークが出てくるのが恒例となった。ところが前作「ダイ・アナザー・デイ」に至っては、MGMの日本における配給が20世紀フォックスに移ったため、いきなり20世紀フォックス・マークで始まって驚かされたものだ。だから今さらコロンビア映画のマークが出ようと何が出ようと驚きはしないが、今回ばかりはちょい訳アリ。僕自身のおさらいも兼ねて、このあたりから整理して語った方が良さそうだ。

 そもそも本家ボンド・シリーズの一方で、「番外編」と言うべきボンド映画が2本あるところから話を進めた方がいいだろう。

 その2本のうち1本は、「ネバーセイ・ネバーアゲイン」(1983)という作品だ。

 「サンダーボール作戦」(1965)のリメイク権を手に入れたプロデューサーが、「ダイヤモンドは永遠に」(1971)を最後にボンド役から降板していたショーン・コネリーを担ぎ出した作品だが、なぜ「サンダーボール作戦」のリメイク権が本家ボンド・シリーズを制作しているイオン・プロダクションズ以外に流出したのかについては、この手の話に詳しいマニア諸氏にお任せしたい。ちょうどロジャー・ムーア主演のボンド・シリーズがいささかダレて来た頃の作品で、コネリー・ボンドの復活は大いに歓迎されたと記憶している。「二度とやらないなんて言わないで」という人を食ったタイトルを付けるあたりシャレっけも満載。ボンド・ガールとして登場したキム・ベイシンガーの出世作でもあり、すごく面白いとは言わないがソコソコ楽しめる映画になっていた。

 では「番外編」2本のもう1本は…と言えば、これが何と本作と同じ「007/カジノ・ロワイヤル」(1967)だ。

 もっともこれがシリアスなボンド映画ではなくオチャラケたパロディ映画だということは、もう多くの方がご承知のことだろう。そもそもイオン・プロダクションズがボンド原作の映画化権を独占する前に、ボンド・シリーズの最初の原作「カジノ・ロワイヤル」の映画化権だけがすでに売れちゃってたのが事の発端。その後、本家ボンド・シリーズの世界的大ヒットに刺激されつつ、これをマトモにやったら勝ち目はないと「ロワイヤル」プロデューサーが踏んだのか、原作をメチャクチャに解体して超豪華かつバカバカしいパロディ映画に仕立て直したのがこの映画だ。

 何と監督はジョン・ヒューストンほか総勢5人が担当というムチャクチャぶりから見てもお察しの通り、正直言って作り手にマジメにつくろうという気はまったくない。デビッド・ニーブンがボンドというところからして真剣に受け取ったらバカを見る映画だが、この作品では他にピーター・セラーズウディ・アレンまでボンドを名乗るから笑ってしまう。他にデボラ・カーやらオーソン・ウェルズ(この作品では彼がル・シッフル役)、ウィリアム・ホールデンからジャン=ポール・ベルモンドまでチョイ役出演している無駄な豪華さといい、バート・バカラックの快調なメロディといい、まるっきりユルんだくだらない映画ではあるが、僕は不思議にこの作品が気に入っている。

 この映画が「オースティン・パワーズ」(1997)のヒントになった…という意見には僕も意義はない。付け加えるなら、それ以前にビートルズ主演作「HELP!/4人はアイドル」(1965)がパロディ版「カジノ・ロワイヤル」のヒントとなったのではないかと僕は思っている。本家ボンド・シリーズでも「私を愛したスパイ」(1977)などセルフ・パロディに傾斜した作品をしばしば発表するように、この手のバカ映画はイギリス娯楽映画の伝統なのかもしれないが…それを断言するほどイギリス映画に関する知識もないのでここは先に進む。

 ともかく…この時のパロディ版「ロワイヤル」の配給が、コロンビア映画だった。で、おそらく「ロワイヤル」の映画化権はまだコロンビアにあったのだろう。そこをどう交渉したのかは分からないが、本家イオン・プロとコロンビア映画の合作…というカタチで今回の新「ロワイヤル」制作となったのが真相ではないだろうか。ここらへんの事情も、きっとマニアが詳しいに違いない。ともかくそんな訳で、今回はソニー・ピクチャーズの配給となる。

 確かボンド・シリーズは、ピアース・ブロスナンが起用された「ゴールデンアイ」(1995)からイアン・フレミングの原作がなくなり、まったくのオリジナルとなった(もっともボンド・シリーズの場合、タイトルこそ同じだが、映画版はストーリーをまったく入れ替えたシロモノだったが)。そういう意味では、ボンド・シリーズは今回久々に「原作モノ」に戻ったわけだ。

 しかも前述の事情を読んでいただければお分かりのように、今回の「ロワイヤル」はボンド・シリーズ初のリメイク作品ということになる。そんなこんなで今回の作品は、ボンド・シリーズとしてはかなり斬新な要素を最初から持っているわけだ。

 幸か不幸か…ちょうど絶妙のタイミングで、大好評を博していたボンド役者ピアース・ブロスナンが降板した。新ボンド=ダニエル・クレイグ登場のために、これらの新鮮な要素は絶好のお膳立て…と言いたいところだ。

 ところがそのクレイグの評判が、映画が出来る前からすこぶる芳しくない。ハッキリ言うと芳しくないどころではなくボロクソに近い。そして先にも述べたように…白状すると僕ですら、ダニエル・クレイグはマズイと思っていた。映画は見てみなければ分からない…とはよく言われることだが、そうは言っても「分かるものは分かる」。どう考えても、クレイグのボンドはうまくないよなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

念のため映画を見た後で

 

 

 

 

 

 

 

  

見た後での感想

 結論から言うと…やっぱり映画は見てみなければ分からなかった(笑)。

 ダニエル・クレイグが、すごくいい!

 オマエ、今まで何本映画を見てきているんだ…と言われても仕方がないが、そもそも世界中にこの成功を確信していた人間が何人いたことだろう。おそらくイオン・プロのほんの一握りの人間しかそう思っていなかったんじゃないか?

 ここで僕が開き直っていても始まらないが(笑)…このダニエル・クレイグのボンドは、今年の映画界最大のサプライズ。しかも、嬉しい驚きだ。これはホントにビックリした。

 映画は恒例のオープニング・タイトル前のサービス・アトラクションから始まる。

 …と言っても、今回の「それ」は「男はつらいよ」シリーズの夢シーンみたいな、毎度お馴染みの趣向とはひと味違う。何しろいきなりモノクロ場面であることからしてビックリだ。またまた付け加えれば、これもシリーズ初のモノクロ場面ではないか?

 そして…いつもは派手でバカバカしくもおめでたい「007ここにあり」的な趣向で始まるイントロが、今回ばかりはまったく様相を異にしているのだ。それが何より、今回の作品の性格をよく表している。

 そこにいるボンドは、自信たっぷりシャレっけたっぷりのボンドではない

 何よりいつもの大胆不敵な行動で現れず、暗闇に潜んで敵を待っている。そして敵に思いっ切りナメられている。「オマエ、まだ<ダブル・オー>じゃないんだろ?」とバカにされている。いつもだったら、どこへ言ってもハリー・ポッターみたいにVIP待遇なのに、今回は「ボンド」と聞いても敵はまるでたじろがないのだ。

 あげくの果てに「ちゃんと殺しを済ませたのか?」と敵に言われて「殺したさ」と答えるボンドは、まるで女に「アンタやったことあるの?」と言われて「あるさ」とドギマギしながら見栄を張って答える童貞坊やみたい(笑)。しかも回想シーン(そういえば回想シーンもこのシリーズでは稀だ)で描かれるその「殺し初体験」たるや、場所からして選びも選んだりの汚ったねえ便所で、やたら手こずってなぶり殺すテイタラク。やっとこ殺したはいいがヘロヘロ。およそスマートさもカッコ良さもない殺しだ。このあたりから、今回のボンドがいつものように自信たっぷりの大人のスパイではない事が僕らにも飲み込めてくる。

 つまりこれは、ボンド初めての作品「カジノ・ロワイヤル」の、原作に極めて忠実な映画化なのだ。

 こりゃあいつもと様子が違うわい…と思うや、お話はいきなりアフリカに飛ぶ。ル・シッフルを紹介する短いシークエンスの後に、またしてもボンドが登場。これがなかなかスゴイのだ。今までもボンド・シリーズではいろいろスーパー・アクションを見せられてはいたが、これまでは完全無欠スパイが余裕でかますアクションだけに手に汗なんて全く握らない。お菓子を食いながらボケッと見ていられるアクションだった。しかし今回はそうはいかない

 跳んだりはねたりの激しいアクションがつるべ打ちに続くが、それだけなら従来と変わらない。ところが今回のボンドは、あっちこっちぶつかったり結構痛そうなのだ。しかも演じるダニエル・クレイグの表情も必死。大変そうなアクションを、楽チンにではなく実際に見合った大変さで演じている。イマドキCGを使っていない…使っていなくはないのだろうが、おそらくメインは肉体アクション…そのことだけで興奮させられるのに、演じるクレイグ自身がマジで大変そうな顔をしてやってるから、見ているこっちはずっと緊張を強いられてしまう。こんなにハラハラして見たボンド・アクションは初めてだ。これが延々続くから、見ているこっちはいいかげんヘトヘトだ。

 もうこのあたりで、僕らはクレイグ=ボンドの世界に引きずり込まれている。こんなハードなボンドもいいな…と思わされているのだ。

 このアクションは大使館内での乱闘で幕を下ろすが、こんなムチャをやらかしたボンドに不評さくさく。「ダイ・アナザー・デイ」の前半のボンドも不評をくらっていたが、こんな「未熟」呼ばわりはされなかった。それなのに、いきなり「M」の家に忍び込んだりするムチャを繰り返すボンド。それがいつものボンドの余裕…とは見えず、自信過剰やら焦りによる無理と見えてしまうのが今回のクレイグ=ボンドの新味だ。むろん、ここではホメ言葉で言っている。

 ド派手アクションは前半にもうひとつあって、それがマイアミ空港での大立ち回り。これもかなり手こずって解決させているが、だからこそ見ている方はドキドキする。しかも、骨身惜しまぬ運動量。これはアクション映画の基本でしょう。素晴らしいとしか言いようがない。ブロスナン=ボンド第1作「ゴールデンアイ」もさることながら、あの手に汗にぎる山岳アクションバーティカル・リミット(2000)をつくったマーティン・キャンベル監督ならではの猛烈アクションだ。

 こうしてカジノ・ロワイヤルに乗り込むボンドだが、その前に宿命の女ヴェスパーことエヴァ・グリーンが登場するあたりで、ちょうど映画の真ん中ぐらい。ドリーマーズ(2003)での衝撃的な登場の後、キングダム・オブ・ヘブン(2005)でも頑張っていたグリーンだが、「ボンド・ガール」はいかがなものか…と、実は僕は思っていた。まだションベン臭い小娘だろう…。

 案の定、ボンドも彼女を小娘扱いしてコケにする。しかしながら、そういうボンド自身が「童貞坊や」(笑)。どっちもどっち、コワモテにスゴんでは見せるがお互い同類であることが明らかになっていくのだ。このあたりが、実は今回の作品の最も味わい深いところだ。

 興味深いのは、ヴェスパーとの皮肉っぽいやりとりで、二人とも実は孤児らしいと暗示されること。特にボンドが「孤児」である…という設定は、本来イアン・フレミングの原作にあった要素かもしれないが、僕にはひどく斬新なモノに感じられた。ならば今回のボンドが殊更にコワモテに振る舞い、やたらに自信過剰に見せたがるのもうなずける。彼はまだ経験不足で、どこかもろく不安を隠している。だからこそムチャもやるしスゴんでもみる、そうせずにはいられないのだ。

 ヴェスパーが用意したタキシードをコワゴワ着てみるボンドの姿は、だから少々微笑ましくもある。彼は最初からタキシードを着て生まれてきた訳ではない。最初は慣れなかったし着こなしもヘタだった。おそらく酒や美食についても詳しくはなかっただろう。そんなところまでが、このボンドには透けて見えるのだ。

 せっかく偽名を決めているのに、大胆さを見せたくて正体を見せびらかす「これみよがし」の態度。「オレはル・シッフルのクセを読んでいる」とゴキゲンにしゃべる思慮のなさ。だがそんな「マッチョ」ぶりは弱さの現れだ。だからすべてを賭けた勝負で、ル・シッフルにゴッソリやられて思い切りヘコんでしまう。おまけに毒を仕込んだマティーニを飲んで死にかかるというヘマもやらかす。でも、ガックリ落ち込んだ「ボンドらしくない」ボンドを見ても、僕らは失望はしない。むしろだんだん共感が湧いてくる。

 そして初めて殺しを目のあたりにして動転するヴェスパーを、優しく抱きしめるボンド…。そんなボンドのこれまた「らしくない」姿には、彼の繊細な一面が見えてくる。それまで「オレは人妻しか抱かない」などと聞いたふうな「遊び人」風情のセリフを吐いていたボンドの、隠されていた本音がチラついてくる。きっとボンドは女にキズつきたくなかったんだ…と、見ている僕らに分かってくるのだ。これはボンド・シリーズにして、かつてないほど人物の陰影に富んだ脚本ではないか。

 実は今回の脚本には、ミリオンダラー・ベイビー(2004)や父親たちの星条旗(2006)などの最近のイーストウッド作品、そして自ら監督も兼ねたクラッシュ(2005)などを手がけた脚本家ポール・ハギスがかんでいる。僕は最初、なぜボンド・シリーズにポール・ハギスが絡むのか?…と何とも不思議な気がしていたのだが、この映画を見てナゾが解けた。彫りの深いボンドの人間像を描くには、ポール・ハギスのような脚本家が必要だったということか。

 演じるダニエル・クレイグもアッパレで、僕が最初マイナスに考えていた要素はすべてプラスに転じた。キャパの狭さも経験不足で荒削りなボンドにはもってこいだし、一種のハングリーさに見えてくる。おまけに鍛え抜かれたあの身体だ。それだけでも、アクションスターとしては及第だろう。

 素っ裸にひんむかれて拷問を受けるボンド…という危機一髪ぶりも、ダニエル・クレイグだからこそ似合っている。そこで虚勢とハッタリかまして「タマがかゆいぜ!」と吐き捨てるあたりも、気品と格が足りないクレイグだからハマってる。

 いや、彼でしか出来ないボンド像ではないか?

 

見た後の付け足し

 途中で登場するジャンカルロ・ジャンニーニは一体何をしに出てきたのかよく分からない(笑)が、この後ボンドの友人となるはずのCIAエージェント=フェリックス・レイター役に、芸達者のジェフリー・ライトを持ってきたのは嬉しくなった。シリアナ(2005)、ブロークン・フラワーズ(2005)、レディ・イン・ザ・ウォーター(2006)と絶好調の彼だが、ひとつとして同じような役がないというのもスゴイ(笑)。

 実はこの映画は後半に入ると、少々流れがユルくなってくる。前半のタイトな展開が、いささかダレてくる気がするのだ。それが少々残念と言えば残念。それというのも…後半ではボンドとヴェスパーの愛情物語となってくるからだが、これはこれで致し方ないのかもしれない。ともかくボンドの恋愛模様の要素は、今回の映画には不可欠のモノなのだ。

 その後の展開は見てもらえれば分かるが、ボンド映画にして最大の悲痛な結末が待っている。そして、あのボンドが男泣き。それも…それまで散々コワモテな言動を繰り返し、「オレは人妻しか抱かない」などと寝言をホザいていたボンドだからこそ泣けてくる

 そして最後の手がかりを得たボンドは、自らの心に封印すべく…女への愛のオトシマエを付けるために立ち上がるのだ。

 そんなラストのラスト…ついに出てくる極め付きの「あの一言」には…さすがに僕もシビれた。それはこの映画の物語の通りに、ボンドの「名実ともに文句無しの007襲名」を意味するものだ。だが映画を見ている僕らにとっては、もっと別の意味がある。ダニエル・クレイグという新顔俳優の、「名実ともに文句無し007役者襲名」をも意味していることは言うまでもないのだ。

 すると…不思議なものだ。そこにはもう、みんながボロクソに言っていた無名役者はいない。いかにもキャパが狭そうで卑しい印象の俳優はいない。そこにはまさに華も実もある千両役者、カッコイイ男性スターに生まれ変わったダニエル・クレイグが立っている。

 これぞ何より、いつも僕らが見たいと願っている映画のマジックではないか。

 

 

 

 

 

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