大穴狙い「第19回東京国際映画祭」

  Seeking for the Dark Horses in TIFF 2006

 (2006/11/06)


 

毎年毎年「大穴」狙いに徹すると決めている東京国際映画祭。実は今年は忙しくなって来た仕事の真っ直中と聞いて、イヤ〜な予感がしてはいたのだ。それでも何本かは見れるだろうとタカをくくっていたら、予想以上に厳しい状況になって、結局買っておいたチケットも何枚はフイにするハメになってしまった。それでも何とか1本だけ見て、今年も「参戦」することはできた次第。以下はその報告である。


 

10月26日(木)

「ガブラ」

 Gubra

 

見る前の予想

 毎年「大穴」狙いで「アジアの風」というコーナーの映画ばかり見ている僕だが、昨年見たマレーシア映画細い目(2004)ほど衝撃を受けた作品はない。

 そう思ったのは僕だけじゃないようで、たまたま映画祭で見る機会のあった人々から口コミで、「細い目」の素晴らしさは大いに語られることになった。昨年の東京国際映画祭では「最優秀アジア賞」を獲得するというオマケつき。コンペ作品でもないのに何で賞が?…という運営上の疑問は多々あるものの、この映画に賞を与えること自体には何の疑問もない。むしろこんな良質な作品が…しかも「映画祭」的良質さとか「シネフィル」的良質さではなく娯楽映画としての良質さを持った作品が、まったく日本の一般のスクリーンにかからないのはどうも合点がいかない。アジア映画でも「韓流」じゃないからなのか?

 何しろ大好評のためか、今回の映画祭では監督ヤスミン・アハマドの単独コーナー「ヤスミンの物語」がわざわざ設けられ、上映される4本の作品の中に再び「細い目」がラインナップされているという具合だ。しかし、それならどこかのミニシアターででも上映したらどうなんだ。これは配給会社の問題じゃなくて、日本の映画ファンのレベルの問題なんだろうか。

 それはともかく、そんなこんなで「東京国際映画祭に来るお客さんの一部」の間では一躍熱い注目を集めるに至ったヤスミン・アハマド監督が、文句なく今回の「アジアの風」の目玉。本当は「ヤスミンの物語」の作品を全部見たいところだが、手持ちの時間の少なさがそれを許さない。絞りに絞った作品数でも、仕事上での「客の段取りの悪さ」ゆえに全部パーになってしまった今回は、「これ」1本見るのがやっとだった。

 そして、そうまでしても見たかった1本。それがこの「ガブラ」という作品だ。何でも「細い目」の忘れがたいヒロイン=オーキッドが出てくるお話らしい。では、「細い目」の続編なんだろうか? アメリカ映画など続編ばやりでウンザリさせられる昨今だが、この続編なら世界で一番見たい。「細い目」を愛する人なら、そう思わない人はいないはずだ。

 

あらすじ

 まだ外が暗い早朝、祈祷師パク・ビラル(ナムロン)の若妻は、一生懸命パンに何かを塗って朝食の支度をしている。だが起き出してきたパクは、「時間がない」とそそくさと出ていこうとする。そんな夫にパンを一切れ食べさせる若妻。幸せな若夫婦の一コマだ。

 さて、急ぐパクが出会ったのは、 中年女のテマー(ロジー・ラシッド)と若いキア(ジュリアナ・イブラヒム)の売春婦二人組。ちょうど「商売」を終えての帰り道だったが、若いキアは顔にアザをつくって明らかにブチのめされた様子。どうも彼女、暴力を振るうので悪名高い客を相手にしたらしい。「どうしてあんな客をとるんだ」とテマーはたしなめられても、キアは「カネ払いがいいから」と動じない。そんな彼女たちも決して祈祷師パクには礼を失しないし、パクも彼女たちを分け隔てなく扱う。そしてパクは町の祈祷場にやってくると、いつものように明かりを付けて人々がやって来るのを待つのだった。

 一方、ここにも「若夫婦」が一組。自分抜きで夫アリフ(アドリン・アーマン・ラムリー)がシャワーを浴びたとフテるオーキッド(シャリファ・アマニ)は、まだ娘気分が抜けきってないような若妻だ。そんな二人が早朝からシャワー・ルームでキャッキャとイチャついていると、突然電話がかかってくるではないか。電話はオーキッドの実家からだ。何とオーキッドの父パク・アタン(ハリス・イスカンダール・ムーサ)が病気で倒れたという。突然の報に、慌てて家を飛び出すアリフとオーキッドだった。

 二人が病院に駆けつけてみると、母マク・イノム(アイダ・ネリナ)や太った家政婦カク・ヤム(アディバー・ノール)、そして運転手として勤めている男が待合室で疲れ果てていた。母は大泣き。だが彼らが病室に通されてみると、父親は元気を取り戻して冗談を言う始末。まずはめでたしだ。

 そんなこんなでオーキッドがホッとして病院内をウロついていると、何やら彼女を呼び止める東洋系の男がいる。最初はストーカーかと怯えたオーキッドだが、反撃してとっちめてみて驚いた。何と彼こそ、あのオーキッドの初恋の相手、今は亡き「ジェイソン」の兄アラン(アラン・ユン)だったのだ。

 オーキッドは「ジェイソン」の兄アランのことなど、会ったこともないので知る由もない。だがアランの方では、彼女の顔を写真でずっと見ていた。それゆえ「親しみ」すら感じて声をかけたわけだ。

 そうなると、オーキッドの方もアランに格別の親近感を感じる。実はアランがこの病院にいるわけは、父(トー・カー・ホン)が負傷してここに入院したから。車椅子暮らしのこの父親は、ひどく偏屈でワガママな男だった。そんな夫の態度にガマンしきれなくなり、アランの母が突き飛ばしての負傷というわけ。この日もじっと堪え忍ぶ妻にワガママ言い放題。その言動には周囲の患者も家族もあきれ顔というアリサマだ。

 そんなこんなの事情もあって、オーキッドと二人で楽しげに語り合うアラン。彼にはかつてシンガポール人の妻がいたが、今では別れて独り者。そんな事もあってか、オーキッドに惹かれるものを感じるアランではあった。またオーキッドも、そんなアランに屈託のない態度で応える。夫のアリフは仕事で一足先に病院を離れてしまったため、オーキッドはアランの車で家まで送ってもらう事にした。

 さらに二人は何となく離れがたく、午後も一緒に時間を過ごすことになる。ところが…仕事で遠出したはずの夫アリフが、若い女とカフェでダベっているではないか。それも、見るからに「訳アリ」の雰囲気だ。これにオーキッドはいきなり爆発。「二人の世界」に入っていた夫アリフの前にズカズカ乗り込んで、単刀直入に彼らの「関係」を訊ねる。夫はシラを切り通そうと必死だが、女の方は素直に「関係」を認めた。すっかり怒り心頭のオーキッドは、その場を離れるとすぐに帰宅。着るモノ一切合切をタンスから引っ張り出し、力任せに荷造りし始めた。やがて彼女を追って帰宅した夫アリフは、必死に彼女の説得を試みる。しかし、何を言っても空しい言葉ばかりで、余計オーキッドを頑なにさせるばかりだ。

 一方、こちらは最初の頃に出てきた中年売春婦のテマー。彼女は一粒種の息子が可愛くて仕方がない。今日もいつものように幼い息子の下校時には迎えに行き、帰宅途中で診療所に検査を受けに行った。いつもと変わらぬコース。だが、それがこの日一気に暗転してしまうとは…。何と彼女はあの「不治の病」の検査で「陽性」と出てしまったのだ。もう、いつその病気が牙をむいて彼女に襲いかかるか分からない。そう思うと、可愛くて仕方ない息子を抱きしめ、泣き崩れるより他なかった。

 そんな彼女は祈祷師パク・ビラルの若妻に頼み込み、心の平安を得るためにコーランについて教えを請おうとするのだった…。

 

見た後での感想

 確かにこの映画は「細い目」のヒロイン・オーキッドがそのまま出てきて、その後日談を語るお話になっている。ただし、これが「細い目」の続編かと言われると、そうは言い難い点も少なくない。何より、これはオーキッドの「その後」の物語であるだけではない。お話の一方ではイスラムの祈祷師パク・ビラルと売春婦たちなどその周辺の人々の物語があり、それらも同じくらいの比重を持って描かれる。そして、なぜかこの両者は終始まったくつながりを持たずに、完全に平行線のまま描かれていく。何しろ映画が始まって最初の何分間かは、ずっと祈祷師や売春婦のお話なのだ。オーキッドが出てくるのは映画が始まってしばらく経ってから。それも全く別のお話として唐突に出てくるから、見ているこっちは多少まごつかないでもない。

 ただオーキッドのお話になるとさすがに「細い目」の監督。独特のユーモアを散りばめて、大いに楽しませてくれるのだ。僕らはすでに「細い目」でオーキッドとその周辺の人々に親しんでいるから、彼らとの再会も嬉しい。何より世界の映画史に残る最高にチャーミングなヒロインの一人、オーキッドを演じるシャリファ・アマニという女優さんが今回も何とも素敵。彼女の魅力は今回もますます健在なのだ。それだけで、見ているこちらは幸せな気持ちになる。

 今回の映画は一言でいうと、「愛」を巡る集団群像劇だ。昔の腐れ縁男にまとわりつかれ、エイズらしい不治の病に蝕まれながらすべての愛情を幼い息子に捧げる中年売春婦。ひたすらカネのために客の暴力に堪え忍ぶ若い売春婦と、そんなカネで買った女を痛めつける事でしか満足を得られない男。一方で、神に仕える祈祷師とその若妻との慎ましやかで幸福そうな暮らし。さらに病気で倒れた夫と心配で胸が張り裂けそうになる妻との、長年培って来た真実の愛。さらに悪口雑言ブチまけてワガママ放題にやって来た夫とそれにじっと耐えながら不満爆発寸前妻との、初老を迎えての夫婦の再出発。あるいは逞しくも肥え太った家政婦とやせ細った頼りなささげな病院従業員男との意外性の愛。ここにはあらゆる階層に生きる、さまざまな形の愛の形が描かれる。夫に不貞をはたらかれるオーキッドのエピソードは、実はこの中でほんの一角を占めるに過ぎない。

 そういう意味で、完全に「細い目」の再現を望む人が見たら、多少の不満を感じるのは仕方ないかもしれない。しかもさまざまな人々が錯綜する物語で、大きな太い幹となるオーキッド周辺の話と祈祷師の話が最後まで交わらないという構成からも、すべてのエピソードを軽くなぞっていく印象は否めない。一人ひとりの感情や置かれた境遇に、深く突っ込む余裕は元からないのだ。だから、残念ながら多少散漫な印象を受けてしまう。太い幹のようなストーリーラインでお話が進む、「細い目」の明快さと感動を望むのが無理というものだ。

 しかし、だからこそ…前の映画では描けなかったような何か重層的なモノを感じさせもする。

 ハッキリ言ってこれらの登場人物が関わる「愛」は、どれも順風満帆とは言い難い。それは社会的な理由で損なわれているかもしれないし、個人の問題によるものかもしれない。単に運命のいたずらであることもしばしばだ。人生はうまくいかない。例えばオーキッドが「ジェイソン」と一緒に夢を見ていた頃のようには、物事はうまくいかないのだ。

 もっともそんなオーキッドと「ジェイソン」ですら、純粋な愛の絆に結ばれ理解者に恵まれていたにも関わらず、無惨にも挫折してしまったのだが…。

 だから、人生はうまくいかない。現実は厳しい。愛は成就しない。成就した愛は永遠には生き延びない。幸せはいつか消える。すべては空しい…。

 そんなこの映画の終盤に、登場人物たちが一心に祈る場面が連続で出てくるのは、実に象徴的だ。

 ある人々はイスラム式に、ある人々は中国式に、ある人は他の人々と一緒に礼拝堂で、またある人は自宅で…そのシチュエーションとやり方は違えども、それぞれ一心に真剣に祈る。彼らが祈るのは、彼らが幸福を望んでいるからだ。祈ったからと言って幸福が保証される訳ではない。だが、彼らは祈らずにはいられない。そして「祈り」という希望の灯は、決して絶やしてはいけないのだ。どんなに殺伐として絶望的で空しい世の中でも、期待が裏切られる人生でも、人はその希望を失ってはいけない。

 ラストに出てくる文言…「それぞれ灯りは違えども、光であることに変わりはない」というフレーズは、たぶんそういう事を言っているんだと思う。その切実さに、僕はやっぱり「細い目」の監督ヤスミン・アハマドならではの誠実さを見た。

 しかも…結構深刻な部分も含む映画ながら、語り口にお客さんを楽しませようという姿勢が感じられることに好感を持った。ユーモアと笑いがたっぷりで、何より今回も「面白い」映画なのだ。やっぱりヤスミン・アハマドは、今も世界の映画の最前線に立っていることは間違いない。この人の映画は、引き続き今後も見つけ続けていきたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

念のため映画を見た後で

 

 

 

 

 

 

 

見た後の付け足し

 実はこの映画のラストには、「細い目」のファンには突然のサプライズというか、思わず嬉しくなってしまうサービス・アトラクションがある。

 ただ最初にそのシーンを見た時は、「これって一体どういう意味なんだろう?」と首をかしげた。確かに嬉しいことは嬉しい趣向なのだが、ドラマ的に何の意味があるのか分からないし、唐突でまったくリアリティのないショットなのだ。

 だが、それもよくよく考えてみると、この映画のテーマと無縁ではない

 そのショットはオーキッドが眠っている場面だ。そして彼女にとっても「細い目」が大好きになった僕らにとっても、まるで夢のような場面だ。そして…本当に「夢」なのかもしれない。

 オーキッドがここで「あと5分だけでいいから寝させて」と言っているのは、かなり暗示的だ。

 おそらく僕らがそこで見ている素晴らしい光景は、「夢」なのだろう。だから目を覚ませば消えてしまう。現実と対峙したとたんに消えてしまう。そういうものなのだろう。

 だからこそ、夢を持つこと、祈ることは大切なのではないだろうか。

 

付け足しの付け足し

 僕は仕事の関係で、作品の上映が終わったらそそくさと立ち去らねばならなかったが、どうもその後ティーチインが行われたようだ。ヤスミン・アハマド監督自身や出演者がやって来たようで、これを見られなかったのは痛恨の極み。劇場を立ち去り際に、チラリとオーキッドことシャリファ・アマニの可愛らしい顔が見えただけでも良しとすべきだろう。できれば彼女の素敵な素顔や声にじかに接したかったのだが、それは次の機会にとっておこう。いやぁ、これは本当に悔しかったよ。

 

追加:

…と思ったら、僕が主演女優シャリファ・アマニだと思ってた女の子は、何と彼女の実妹だというウソのようなホントの話が発覚。いやぁ、ビックリした。


ティーチインでの関係者:一番左は
主演女優シャリファ・アマニの実妹(?)、
その後ろはヤスミン監督写真提供:Mayさん

 

 

 

 

 

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