「ピンクパンサー」

  The Pink Panther

 (2006/05/29)


  

見る前の予想

 ハッキリ言って「ピンク・パンサー」シリーズなんて好きでも何でもないし、面白いと思った事もない。いくらピーター・セラーズが名優だからって、映画は低レベルのドタバタでしかなかった。劇場で見たのもたったの一本だけ。それが何でまた、あれほどポコポコつくられるのか、まったく理解できなかった。アレのどこが面白いの?

 だからリメイクったって昨今のハリウッドの傾向からいって驚きもしなかったが、同時に興味なんて全くなかった。見る気もまるでなし。

 ただし…主演がスティーブ・マーティンと聞いたら話は別だ。

 なるほど、考えたなぁ。マーティンのクルーゾー警部? それなら見るしかないでしょ。あのスティーブ・マーティンの久々本格コメディと来れば、それだけで見たくなる。そこへ来て、マーティンがくだらないとはいえ、あのクルーゾーという名物キャラをどう料理しているのかも興味が尽きない。

 おまけに脇のドレフュス警視役にケビン・クライン? 分かってらっしゃる! これはもう絶対見なければ!

 

あらすじ

 ジャック・クルーゾー(スティーブ・マーティン)はフランスの小さな街のマヌケな巡査。とにかくすこぶる付きのアホだが、そんな自分が分かってないから始末に負えない。彼の行くところ、いつも傍迷惑な大騒動が持ち上がる。どう考えても、いつまで経っても陽の当たる場所に出られる人材ではない。

 ところが、そんな彼に青天の霹靂が起きた。事の起こりはフランス対中国のサッカー試合での出来事。フランス・チームの有名なコーチであるグリュアンが、婚約者で世界的ポップスターのザニア(ビヨンセ・ノウルズ)やスタジアムを埋め尽くしたファンの前で、中国製の毒矢によって暗殺されたのだ。そして、その指に輝いていた巨大なダイヤモンド「ピンク・パンサー」も紛失した。

 この事件で見事手柄を挙げて、功労者として表彰されたいフランス警察のドレフュス警視(ケビン・クライン)は考えた。まるで見当違いな捜査官によってマスコミの目をくらましながら、見事自分が事件を解決して手柄を得ればいい。そこで、低脳でマヌケな勘違い男クルーゾーが必要になる。ドレフュス警視はクルーゾーをパリに呼んで警部に昇進させ、このグリュアン殺人事件の捜査に当たらせる事にした。さらにクルーゾーの動きを逐一報告させるべく、ベテラン刑事ポントン(ジャン・レノ)を相棒に付けた。

 早速張り切ってパリにやって来たクルーゾーは、たちまち見当違いな活躍を開始。メガネ秘書ニコール(エミリー・モーティマー)の応援やポントン刑事の当惑をよそに、なぜか周囲に迷惑を振りまきながら事件の核心へと近づいていく…。

 

ピンク・パンサーとスティーブ・マーティンの接点

 この作品、始まっていきなり20世紀フォックス・ロゴに続いてコロンビア映画ロゴ、さらにはMGMロゴと立て続けに出てくるのに唖然呆然。こんな事になったのは、この作品がMGM映画とコロンビア映画の合作で、MGM作品が現在20世紀フォックスによって配給されているから。それにしても「ピンク・パンサー」ってMGMとかコロンビア映画の作品だっけ?…と気づいたあなたは立派なオールド映画ファン(笑)。実は元々「ピンク・パンサー」シリーズは、ユナイテッド・アーティスツ映画から配給されていた。それが左前になってMGM映画に吸収されてしまったので、こんな事になってしまったわけだろう。ん?…いや、ユナイテッド・アーティスツって社名はまだ残っていなかったっけ? ま、そのへんについては、誰か業界通が詳しく説明してくれるだろう(笑)。僕は「通」じゃないし。

 考えてみると、1970年代後半から1980年代前半のユナイテッド・アーティスツは「シリーズ映画」で稼いでいた映画会社だった。今でこそヒット映画は必ず続編をつくり、さらに「3」「4」…とシリーズ化していくのが当たり前のハリウッドだが、当時はシリーズ映画は今ほど一般的な流れではなかった。柳の下のドジョウを狙って続編をつくっても、ほとんど当たらない。シリーズ化なんて考えもしないというのが当時の常識。それが覆ったのは「ダーティ・ハリー2」(1973)とか「ゴッドファーザーPART II」(1974)あたりからだが、実はこのユナイテッド・アーティスツという会社、かなり早い段階からシリーズ映画で稼ぐシステムを確立していたのだった。その最も古株に当たるのが、イギリスのイオン・プロダクションズが制作していた「007」シリーズ。これを筆頭に、1970年代後半には「ロッキー」シリーズも登場。フランス製のコメディ「Mr.レディ、Mr.マダム」なんてのまでシリーズ化されて3作目までつくられた。そんなユナイテッド・アーティスツのシリーズ映画の稼ぎ頭のひとつが、ここで話題の「ピンク・パンサー」シリーズだ。

 だが冒頭にも述べたように、僕は「ピンク・パンサー」シリーズなど面白いと思った事がない。すべった転んだの類の泥臭いドタバタ・ギャグで幼稚。ピーター・セラーズブレーク・エドワーズという才人がつくっていながら、どうしてこんなにくだらないのかと呆れていた。当のセラーズ自身もウンザリしていたらしい事は、彼の伝記映画ライフ・イズ・コメディ!/ピーター・セラーズの愛し方(2004)でも描かれていたから、ご記憶の方も多いと思う。それでもシリーズが続いたのは、何だかんだ言って映画がヒットし続けたからなんだろう。

 元々はデビッド・ニーブン主演のコメディ「ピンクの豹」(1963)の脇で出てきたクルーゾー警部を「スピン・オフ」させて出来たと言うべきシリーズ。そんな出どころのいい加減なシリーズだけに、その後のつくられ方も行き当たりばったり。セラーズ亡き後も未使用フィルムや過去の映像をつなぎ合わせての「ピンク・パンサーX」(1982)とか、ニューヨーク市警のドジ刑事(テッド・ワス)を主演に迎えた「ピンク・パンサー5/クルーゾーは二度死ぬ」(1983)、さらにあのイタリアの喜劇俳優ロベルト・ベニーニを主演にした「ピンク・パンサーの息子」(1994)なんてシロモノまでつくったからビックリ。そんなに面白かったのかねぇ。だからリメイクと聞いても驚きはしないが、到底見たいとは思えないのが正直なところだった。

 だが、スティーブ・マーティンがやると聞いて、ビックリすると共に「なるほど!」と納得もした。クルーゾーは徹底的な「いっちゃってる」キャラ。これをキチンと演じられるコメディ俳優は、そうはいない。マーティンならそれが出来るはずだ。

 アメリカのコメディ映画は、そのすべてが日本で公開されている訳ではない。僕も向こうのコメディ映画やコメディアンの事情に、さほど詳しい訳ではない。そしてスティーブ・マーティンもまた、実は日本ではあまり恵まれた状況には置かれていなかった。かつての出演作の多くは、劇場公開されずにビデオ発売がいいとこ。僕も元々ビデオはあまり見ていなかったから、彼のその手の作品を見てはいない。ウワサに聞く「四つ数えろ」(1982)とか「二つの頭脳を持つ男」(1983)、「オール・オブ・ミー」(1984)などは、だからいまだに未見のままだ。

 結局、日本で彼の名を高めた作品が、「愛しのロクサーヌ」(1987)や「L.A.ストーリー/恋が降る街」(1991)、「花嫁のパパ」(1991)といったペーソス路線のコメディであったり、あるいは彼としては完全に例外的な「わが街」(1991)のようなシリアス映画だったことから、マーティンの真価は発揮されないまま…。いやいや、偉そうな事は言えない。僕自身がスティーブ・マーティンの「真価」とやらを知っているとは言えない。実はここでマーティンについて語るというのも、いささか恥ずかしいものがあるというのが正直なところだ。

 ただ、僕でもそんな片鱗をかい間見たことがない訳じゃない。そのうちの一つがミュージカル版の映画化「リトルショップ・オブ・ホラーズ」(1986)。彼はここでゲスト出演だったが、サディストな歯医者を演じて「いっちゃってる」キャラを大熱演。これには僕も驚いた。この映画の監督フランク・オズとは相性がいいのか、マーティンはこの後もマイケル・ケイン共演の「ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ」(1988)やゴールディー・ホーン共演の「ハウスシッター/結婚願望」(1992)でイイ味を出していた。

 さらに彼には、未公開ながらビデオで見ることが出来た快作ビッグムービー(1999)がある。エディ・マーフィーと共演したこの作品は、本当に奇跡的としか思えない傑作だ。これが劇場公開されなかったのが、まったく信じられない程の面白さ。見ないと損とはこの作品のことだ。

 この「ビッグムービー」に限らずマーティンの初期コメディ作品の多くは、彼が脚本も兼任というケースが多いらしい。つまり作って演じるコメディの才人。この人は、そういう意味でのセンスの良さもあるのだ。

 これで僕が新クルーゾーにスティーブ・マーティンと聞いて、食指を伸ばした気持ちがお分かりになるだろうか? あのメチャクチャなクルーゾー警部のキャラを踏襲しつつ、所詮は低俗ドタバタに過ぎなかった作品をそれなりに見れるモノに出来うるセンスの持ち主は、スティーブ・マーティン以外にいないと確信してのことだ。これを他の奴がやったら、見るに耐えないモノになっちまうだろう。

 正直言ってセラーズが生きててもう一回やったとしても、僕が見るのは御免被る。

 

見た後での感想

 というわけで見始めた新作「ピンクパンサー」。形式的には一作目「ピンクの豹」のリメイクって事になるんだろうが、当然ピンク・パンサーという名前の「お宝」の位置づけも、物語そのものもまったく違う。それでもヘンリー・マンシーニの有名なテーマ曲とアニメーションが始まれば、やっぱり毎度お馴染みの雰囲気が漂ってくるからスゴイ。完全に確立しちゃったブランドなのだ、ピンク・パンサーって。

 そんなわけでスティーブ・マーティンがクルーゾー警部役で出てきても、やっぱりあの「クルーゾー」。何ら変わらないかのように思える。確かにこれが並みのヒット映画のリメイクならば、これは大歓迎な事なんだろう。以前のオリジナル作を見事に踏襲しているのだから。

 だが、この「ピンクパンサー」の場合はそれではいただけない。それって、かつてのあのドタバタ泥臭コメディと何ら変わらないように見えてしまうからだ。あの才人スティーブ・マーティンをもってしても、「ピンク・パンサー」シリーズの呪縛は解けないのか。またしても幼稚なドタバタ・ギャグ。

 やっぱり何だかヤボったいコメディだなぁ…。

 …と最初は思っていたのだが、それでも妙に面白く見れてしまうのは、今回クルーゾーを取り囲む脇の人々が実に楽しい面々だからだろう。猟人日記(2003)などで達者なところを見せたエミリー・モーティマー、またまたハリウッド映画登場のジャン・レノ、そしてそして…「ワンダとダイヤと優しい奴ら」(1988)でコメディ開眼して以来、すっかりコメディづいているケビン・クライン。こうした面々がちゃんとマーティン=クルーゾーのドタバタを受け止めてくれるから、こちらは安心して見れる。

 確かにそういう意味では、オリジナル「ピンク・パンサー」よりは大分マシなようだ。最初はクルーゾーの相変わらずのドタバタぶりに少々辟易しながら見ていた僕だが、芸達者たちの共演ぶりを見ているだけで楽しめる…と、結構満足度が高まって来た。

 ま、あのどうしようもなかったクルーゾーの再映画化なんだ。ここまでやれてれば、結構うまくやってる方じゃないか。これだけ出来れば上等な部類かもしれないぞ。ま、ソコソコいってる方ってとこか。

 ところが途中から、スティーブ・マーティンのクルーゾー警部ぶりそのものも少々変貌してくる。

 「ハンバーガー」の発音を巡るクドいまでのやりとりやら、ジャン・レノを交えてのなまくらカンフー。…特に後者のなまくらカンフーは、あの傑作「ビッグムービー」の終盤で彼とエディ・マーフィーが見せたカンフーを彷彿とさせる至芸。だんだん調子が出てきたのか(別に順撮りしてるわけではないから関係ないはずだが)、クルーゾーのキャラをスティーブ・マーティンそのものの芸にグイグイ引き寄せてる観が強くなってくるのだ。

 こうなってくると映画はどんどん面白くなってくる。おまけにケビン・クラインのドレフュス警視がイヤな奴ぶりを遺憾なく発揮してくれるから、彼がマーティン=クルーゾーにメチャクチャな目に遭わされる場面が心おきなく気持ちよく笑える。映画全体が爽快なカタルシスに包まれていくのだ。このクラインの俗物ぶりは素晴らしいの一言。この人いつからコメディの人になっちゃったんだか分からないが、あまりにハマったキャスティングだ。オイシすぎる。憎々しげに楽しげにセコい悪事を企む様子、それがアダとなってクルーゾーにメチャクチャにされるくだりのドタバタは、クラインだからこそのおかしさだ。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらにこの後も、映画はますますスティーブ・マーティンの土俵に引き寄せられていく。特にクルーゾーがドレフュスのワナにハマって特権剥奪、自分の間抜けさ加減を思い知らされて意気消沈…という展開は、クルーゾーを徹底的に無自覚な人間と設定して不条理ドタバタ・ギャグだけを連打した旧来のピーター・セラーズ=「ピンク・パンサー」シリーズではまず考えられないはず。

 いや、それを通り越して…旧来のピーセラ「パンサー」シリーズが「いい」と思っているファンにとっては、これではウェット過ぎると受け付けられないかもしれない。

 だが、娯楽映画のセオリーから言えばハッキリこっちの方が王道。脚本にも参画したマーティンは分かっているのだ。人は誰でも挫折した事の一つや二つあるから、ただの無自覚で無神経な迷惑野郎には感情移入できないかもしれないが、ガックリ落ち込んだクルーゾーには味方したくなる。ここでマーティンはうなだれるクルーゾーを演じて、観客の心を一気にわしづかみだ。

 そう、マーティンの隠れた傑作「ビッグムービー」を見た方なら思い出すはずだ。ガックリ挫折した後の、歓喜に向かっての盛り上がりを。

 だから、そんなクルーゾーが汚名挽回の大活躍を見せるヤマ場が楽しい。ジャン・レノやエミリー・モーティマーといった愛すべき脇のキャラクターが、一生懸命クルーゾーを盛り立てる様子に嬉しくなる。

 特にジャン・レノはいまやハリウッド映画出演も数知れずだが、今回はRONIN(1998)以来のハリウッド映画での好演ではないか。無骨で無口な彼の持ち味が十二分に活かされて、今回は実にイイ味を出しているのだ。

 真面目くさった表情で結構バカバカしい事をやらされてるジャン・レノは、その一生懸命の奮闘ぶりが何とも楽しい。スティーブ・マーティンが「隙あらば」とかかってくるのを一瞬にして撃退してしまうというギャグのしつこいまでの反復、またマーティンと間抜けなコスチュームに身を包んで真剣な表情でのバカ踊り…などなど、元々がルビー&カントン(2003)でも「ボケ」役を達者にこなしていただけに、彼はこの手の役が向いているのかもしれない。それでいて、失意のクルーゾーにそっと優しい言葉をかける無骨男の心意気は、ジャン・レノにとっても久々の儲け役だったのではないか。

 また、最近何かと目立つエミリー・モーティマーも、今回が今までで一番いい。とってもキュートでコメディ・センスがある。彼女には今後も要注目というところだろう。

 そして今回の新作「ピンク・パンサー」には、もう一つ従来版と異なる点がある。それは、実はクルーゾーってそれなりに優秀な警察官かも?…と思わされる事件解決のくだりだ。

 この点については、旧来ファンならずとも「???」となってしまうかもしれない際どい部分かもしれない。実際に僕もちょっとばっかり戸惑った。

 だが今回のスティーブ・マーティン版ならば、ここはこうならねばならないだろう。あえて大胆な改変を断行した、スティーブ・マーティンの決断が正しかったと思う。少なくともこの展開、このドラマトゥルギーなら映画の展開上こうなる。やっぱり今回の映画は、達者な役者たちとともに脚本の質の高さが大きく貢献していると思える。

 僕は名前を知らなかったが才人らしい監督ショーン・レヴィの腕前もさることながら、ここはやっぱり脚本に加わったマーティンのセンスをほめるべきではないだろうか。

 

見た後の付け足し

 というわけで、マーティンの至芸と脇の役者の充実ぶりで大いに楽しめる新作「ピンクパンサー」。実は今回はこれだけではなくて、殺されるサッカー・チームのコーチ役にジェイソン・ステイサムとか、006なる007もどきの諜報部員にクライブ・オーウェンとか、なぜか無駄に豪華なゲストスターが顔を出している。このへんも、お遊びとしての楽しさが大いに感じられるところだ。

 いや〜、ハリウッド映画はこうでなくっちゃいけないね。

 

 

 

 

 

 

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