「フライトプラン」

  Flightplan

 (2006/02/06)


  

見る前の予想

 この映画の予告編は、大分前から見ていた。ジョディ・フォスターの最新作。何とパニック・ルーム(2002)に次いでサスペンス映画に挑戦。お話は…どうやらジョディ扮するヒロインが、フライト中の飛行機の中で幼い一人娘を見失う話らしい。見つからないでジョディが騒いでいると、何と「娘は最初からいなかった」という事が発覚。まるで自分の妄想のごとく決めつけられてしまったジョディだが、もちろん彼女には娘がいた確信があった。かくして飛んでいる飛行機の中で、彼女の孤軍奮闘が開始される。

 いやぁ、これはなかなか面白そうな発想だ。最後までこの話で引っ張れたら大したもの。巨大な旅客機という「密室」で、どうやって娘がさらわれるのか? 大好きな飛行機が出てくるというだけでも僕の中ではポイントが高いのだ、これはともかく見なければ…。

 だが…そう言いながらも、公開がどんどん迫ってくるとイマイチ見たい気分が盛り上がって来ないのに気づく。なぜなんだろう?

 一つには…たぶんどこか「リッパ」すぎるスター、ジョディ・フォスター主演というのが引っかかっているのかもしれない。何せオスカー2度受賞の「大女優」だしなぁ。正直言ってサスペンス映画ってのは、どこかいかがわしかったり際どかったり、ケレン味があったりするのが楽しいはず。ジョディ・フォスター的「正統派」なごリッパさが、どうもサスペンス映画の醍醐味を殺しそうな気がする。

 それと…この映画でヒロインが追い込まれるであろう孤立無援状態が、観客として見るに耐えないということもある。娘がいなくなるという非常事態なのに誰も彼女を信じてくれない、頭がオカシイと決めつけられて厄介者扱いという針のムシロ状態…って事になるのは間違いないだろうが、それを見せられるのがツライ。僕は子供の頃から裏切られたりダマされたりのあげく、悪くもないのに悪いと決めつけられたり、ワナにハマって周囲がみんな敵になったりしたから、こんな孤立無援状態が人ごとではないのだ。それを映画でまたもや見せられたくない。昔ならそれでも気にせず見に行っただろうが、最近そんな要素でも映画から足が遠のいてしまう。貴重な時間を割いてまで、居たたまれない思いをすると決まってる映画を見たくはないのだ。

 そもそも飛行中の旅客機から子供をさらうなんて出来るのか? 周囲の誰もが見ていないと証言し、乗客名簿からも脱落。ひょっとしてこれは乗務員から周囲の乗客までが全部グルって事なのだろうか? …と思ったら機長があのショーン・ビーンではないか。ここんところ、どんな映画に出ても基本的に同じキャラばかり演じているショーン・ビーン。これで彼が悪役の一人なのは、すでに「決定」だ(笑)。そんなあまりの「分かりやすさ」も興ざめだねぇ。

 そして…公開間際になって、僕はあの予告編にイヤな臭いを嗅ぎ取っていた。どう考えても、突然飛行機という閉ざされた空間の中で子供が消えるというのは無理がある。おまけに乗務員から乗客までがグルってのも、普通に考えれば苦しいものがあるではないか。おまけに爆破シーンまであるようだ。飛行中の飛行機で爆破? 一体この映画って、お話は大丈夫なのか。そもそもリアルなストーリーになっているのか。ひょっとして脱力系のSFか何かではないのか? 一体どんなオチなんだ。

 まさか、これってフォーガットン(2004)みたいな映画じゃないだろうな(笑)?

 

 

 今回の感想文は、ジョディ・フォスター・ファンの方はお読みにならない方がいいかもしれません。また、今回の「あらすじ」は最近当サイトで行っている役名による表記ではなく俳優名での表記で書かせていただきます。ご了承ください。

 

 

あらすじ

 ドイツのある街。精神不安定そうで悲しげなアメリカ女ジョディ・フォスターが、地下鉄駅で一人の男と落ち合う。それは優しい彼女の夫。安心したような微笑みを浮かべるジョディは、降りしきる雪の中を夫と共に自宅へと戻る。だが、ジョディは一瞬自宅の中に入るのを躊躇する。「中庭でちょっと話でもしない?」

 中庭には小さなベンチがひとつ。夫がそのベンチに積もった雪を払うと、気配に驚いたのか近くの木にとまっていたカラスたちが一斉に飛び立つ。

 夫がいない。

 先ほどまでそこにいた夫がいない。だがジョディには薄々分かっていたのだ。夫の姿は幻影であるということが。夫はこのアパートの二階から転落死して、先ほどその遺体も確認したばかりだ。それは果たして自殺だったのだろうか…? 夫の胸の内をまったく察していなかったジョディは、ずっと後悔にさいなまれていたのだ。そして明日には遺体を棺に納めて、一緒に飛行機に乗ってニューヨークに帰る。まだ幼い娘マーリーン・ローストンも、健気に悲しみに耐えていた。

 ふと…向かいの家の窓から何者かが様子をうかがっているように見えたのは、ジョディの気のせいだろうか? きっと気のせいだろう。

 さて空港から飛行機に乗り込むジョディ母娘。娘は自分たちが乗り込む巨大旅客機を見て、ジョディにこう告げる。「あれ、ママのつくった飛行機?」

 実はジョディは飛行機の設計者だった。この最新鋭のジャンボジェット機こそ、ジョディ自慢の最新作だ。さすが万能レディ。普通マコーレー・カルキンみたいに落ちぶれる「子役上がり」なのに大女優に大成。アホっぽい芸能人なのに名門イェール大学出だし、オスカーだって2回取ってる。男無しで母親にもなった。人の助けなど一切借りずに何をやっても一流、ワタシに出来ない事はない。周りもまわりでヘイコラして、彼女を終始一貫崇め奉ってヨイショし続けた。子供の頃からこうやって生きていたジョディが、どうしたっていつの間にか人を見下してしまうのも、それは致し方ない事だと言えるだろう。

 こうして席に着いた母娘だが、客席は意外に空いていた。父親を喪って虚ろな心を埋め合わせようとでもしているのか、飛行機の窓を息で曇らせ、指でハートの絵を描く幼い娘。そんな悲しみ疲れの娘を気遣ってか、ジョディは後ろの空き席で休むように促した。

 そして、ジョディも眠りに落ちた。

 どれくらい眠っただろうか? 目が覚めてみると幼い娘がいない。トイレでも行ったんだろうと探してみてもいない。どこを見回してもいない。客室乗務員エリカ・クリステンセンに声をかけて手伝ってもらっても見つからない。そもそもみんな、娘の姿を最初から見ていない。見かけたはずなのに覚えていないのだ。するとジョディは持ち前の態度をいきなり炸裂。

 「アナタの前を通ったんだから、ちゃんと見ていたでしょっ!」

 一体乗客が何人いると思っているんだジョディ。だが彼女にかかると相手の立場なんかお構いなし。自分が居眠りこいて娘から目を離した事は棚に上げ、クリステンセンをおっかない顔でにらみつける。では娘の搭乗券はどこへ行ったか?…と問われても、なぜかジョディのポケットから紛失している。それどころか、娘のリュックも消えている。ところがテメエに都合が悪くなるや否や、この手のオンナにありがちなパターンでジョディは逆ギレ。あくまで「お願いします、探してください」ではなく、最初から高飛車に命令口調なのがジョディ流だ。

 勢い余ってもう一人の浅丘ルリ子激似乗務員ケイト・ビーハンに聞いてみると、何と乗客名簿に娘の名前はないと言うではないか。するとジョディは例の調子でわめき散らす。「アンタら雑魚じゃ話にならないわ! 機長を呼んできて機長を!」

 細木数子だってもうちょっと謙虚かもしれないと思えるほどの剣幕に、さすがに手を焼き始める乗務員。そんなシラケ返った雰囲気を察知したジョディは、何を血迷ったのかいきなり操縦席に突進した。

 「機長おぉぉぉ〜〜っ! ちょっと出てきなさいよおぉぉ〜〜っ! オスカー2回受賞で名門イェール大学出のジョディ様が話があるって言ってんのよおぉぉぉ〜〜〜っ!」

 ところがそんなジョディを羽交い締めにする、胸のすく行動に出た奴がいたから頼もしい。それはつい先ほどまでジョディのすぐそばに座っていた乗客…と見えて、私服航空保安官のピーター・サースガードだ。

 「おやめなさい! あなたは航空機の安全を脅かす行動に出ている!」

 さすがにこれにはどうする事も出来ないジョディは、ようやく大人しくなった。で、落ち着いたところでようやく出てきたのがこの飛行機の機長ショーン・ビーンだ。むろんオスカー2度受賞、名門イェール大学出のジョディとて、ここ飛行機の上では機長に手も足も出ない。ところがこのジョディ、なまじっか飛行機の知識があるからタチが悪かった。「お〜ら、航空法があるでしょ航空法が。乗客の頼みを無視できんのアンタ? 早くみんなに探させたらどうなのよおぉぉぉ〜〜!」

 やれトイレは閉鎖しろベルト着用の指示を出せ廊下を探してみろ貨物室は調べたか。

 いいかげん乗客はイヤになってくるがお構いなし。おまけにバカバカしくなった乗務員がふざけているのをジョディに見つかり、またしても怒りの炎に油をさすテイタラク。「ったく! ナメてんじゃないわよおぉぉ〜! 機長を呼びなさい機長をおぉぉぉ〜〜っ!

 こうなるとさすがにショーン・ビーン機長も限界。「私たちは他のお客様も放ってあなたのためにやってるんですよ」と文句の一つも言いたくなる。だがジョディは屁のカッパ。

 「他の乗客が何よ? 私はジョディよ。オスカー2度受賞、名門イェール大学出のジョディ・フォスター様なのよ。超セレブのVIPなのよ。分かった? ド、ユ、ア・ン・ダ・ス・タ〜〜ンド? 分かったら早く言う通りにしなさいよおぉぉ〜〜!」

 さらに何を勘違いしたか保安官サースガードを従えての客室巡回。そこでジョディ様の目がギラリと光る。「あの男っ!」

 客席に座ったアラブ系の男が怪しい。あの男は、アパートの向かいの部屋の窓にチラリと見えた顔だわ。そう考えると、ジョディは「自分の勘違いではないか」とか「あんなチラリと見ただけで分かるか」とか、そういう冷静かつ妥当な判断を吹っ飛ばして男に高圧的に挑みかかる。何せ「自分が間違ってるはずがない」という発想のオンナだ。

 「アンタが犯人よ!」

 さすがにいきなりの言いがかりにアラブ男も怒る。そこに何を勘違いしたかアラブ=テロと短絡的に結びつけるアメリカン右翼男もしゃしゃり出るではないか。「アラブ野郎め、アメリカに逆らうな! ついでにジャップもアメリカが牛肉を食えと言ったらナマでも食え! 米兵に一人ぐらい殺されたって文句を言うな!

 こんなところでアメリカ右翼とツルむとは、図らずもリベラル・インテリづらしていたジョディの正体見たり的な瞬間もチラつきつつ…ジョディの無茶苦茶な言いがかりは続く。これにはアラブ男も黙ってられない。「アンタちょっとおかしいんじゃないの?」

 「なっ、何ですってっ? わっ、私はオスカー2度受賞、名門イェール大学出のジョディ・フォスターなのよっ? フランス語もペラペラでフランス映画にも出てるのよっ。子供だって人工授精でつくったのっ。ワタシほどになると、男なんざどれもこれもカスで精子のネタでしかないのっ。それくらい頭脳明晰で優秀なワタシが犯人って言ったら、誰が何と言おうと犯人に決まってるでしょおぉぉぉ〜〜〜っ!

 これにはウンザリしたアラブ男、自分のアリバイを証明すべくホテルのレシートを見せた。サースガードがこれを確認。こうなるとどうにもジョディは旗色が悪い。一旦は頭を下げさせられて男の前から立ち去りかけたものの、元々が子役時代から一度も人に頭を下げた事のないジョディとしては、腹の虫が収まろうはずもない。たちまちすごい形相でとって返すと、いきなりアラブ男につかみかかってわめき散らすからマトモではない。

 「子役上がりだからってバカにしてえぇぇ〜〜っ! 私はオスカーを受賞してるのよっ。それも主演女優賞よっ。しかも2度もっ!」

 こうなると、本当に子供が心配なのかどうなのか分かったものではない。単に自分のエゴを爆発させてるヒステリー女にしか見えない。第一、パチンコ屋で夢中になって遊んでいるうちに子供をさらわれた母親と五十歩百歩のくせに、いちいち言うことやること態度がデカ過ぎる。そんなジョディに再びショーン・ビーン機長が駆け寄ってくる。「ちょっとお話したいことが…あちらに行きましょう」

 「なぁによ? コソコソしないでここで言えばいいじゃないの? 第一あっちへ行けって一体誰に命令してるのよ? ワタシはジョディ・フォスターよ! 超セレブでオスカー2度受賞、名門イェール大学出の…」

 「あなたの娘は死んでいるんだ!」

 

 が〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!

 

 「病院に問い合わせましたところ、あなたのご主人と一緒に病院でお亡くなりになったらしいのです…」

 ワタシはジョディ・フォスター…ワタシはセレブ…ワタシは名門イェール大学出…ワタシはオスカー受賞者…しかも2度受賞…。

 「おそらく娘さんを飛行機に乗せたというのは一種の幻覚では…」

 ワタシはジョディ・フォスター…ワタシはセレブ…ワタシは名門イェール大学出…ワタシはオスカー受賞者…しかも2度受賞…。

 「お気の毒です。しかしこのような事情なので、これ以上の捜索はもう…」

 ワタシはジョディ・フォスター…ワタシはセレブ…ワタシは名門イェール大学出…ワタシはオスカー受賞者…しかも2度受賞…2度受賞…2度受賞…2度受賞…そうよ、そうよおぉぉ〜〜っ! ワタシは2度も受賞してるのよおぉぉ〜〜っ!

 「うぉりゃああああ〜〜〜〜っ!」

 いきなり逆ギレして客室の廊下を突っ走り始めるジョディ。これには一同ビックリ。こうなると一体何をするか分からない。「誰かあのオンナを止めろっ!」

 「よしきたっ!」

 ここぞとばかり足を突き出すアラブ男。思わず蹴つまづいてひっくり返るジョディは、その拍子に思いっきり顔面を強打。ここで飛行機の客室およびアメリカ以外の国の映画館の客席から、思わず万雷の拍手が沸き起こる。

 激痛の中で、ジョディは徐々に意識を失っていく。

 ワタシはジョディ・フォスター…ワタシはセレブ…ワタシは名門イェール大学出…ワタシはオスカー受賞者…しかも2度受賞…2度受賞…2度受賞…2度…2度…2度…2度…。

 

 目が覚めると…ジョディは手錠をはめられて座席に座らされていた。隣には保安官のサースガード。そして見慣れない眼鏡の女。この女、何とセラピストだという。セラピストに言いたい事を言えば、少し精神的に落ち着くのではないか…という配慮からだ。

 「ついつい寂しくて、亡くなったお嬢さんを生きてると思ったのよね

 「ええ。たぶんそう…」

 弱気になってセラピストに言われるままに答えるジョディには、徐々にすべてが幻覚のように思えてきた。娘は飛行機に乗っていない。そもそも生きていない。ひょっとしたらイェール大もオスカーも幻なのかも。しかも2度も…。

 そう思って飛行機の窓に視線を移すと…そこにはハート・マークが描かれているではないか!

 娘がいないはずはない…絶対に飛行機の中でさらわれたのよ!

 ワタシはジョディ・フォスター、ワタシはセレブ、ワタシは名門イェール大学出、ワタシはオスカー受賞者、しかも2度受賞…。

 ワタシはジョディ・フォスター、ワタシはセレブ、ワタシは名門イェール大学出、ワタシはオスカー受賞者、しかも2度受賞…。

 ワタシはジョディ・フォスター、ワタシはセレブ、ワタシは名門イェール大学出、ワタシはオスカー受賞者…。

 しかも2度受賞! 2度受賞! 2度受賞よっ!

 この際、やっぱりオスカー2度受賞のサリー・フィールドが完全に消えてしまった事は問題外。彼女を見張る周囲の目を巧みに欺きながら、ジョディは反撃のチャンスをうかがい始めた…。

 

何となくごリッパすぎるジョディ・フォスター

 「タクシー・ドライバー」(1976)、「ダウンタウン物語」(1976)と早熟な天才子役として登場したジョディ・フォスターのことについては、ほぼ同時代的に成長を見続けて来たカタチになる。古くはシャーリー・テンプルにはじまり、その後もテータム・オニール、クリスティ・マクニコル、リンダ・ブレア、リッキー・シュローダー、ヘンリー・トーマス、さらにはマコーレー・カルキン…と、見渡せば屍がゴロゴロの子役たち。やっぱり小さいうちにチヤホヤされるからダメになるのか、成長過程でのイメージチェンジが難しいのか、およそ大成する方が数少ない。しかも身を持ち崩す連中が多いから悲惨だ。

 あまたいる子役出身組の中では今回のジョディとドリュー・バリモアがその例外だが、そのうちドリューについては「一回地獄の中をくぐっての奇跡的生還」という感じで、彼女もいろいろ辛酸はなめている。ひょっとするとそのままダメになった可能性もあるのだ。そうすると、まったくの土つかずで汚れずに大人の女優に育ったのはジョディだけ。しかもそれがトップスターで2度のオスカー受賞に輝くともなれば、まさに他に例を見ない大成功と言っていいだろう。

 その成功の秘訣は何か…と問うてみても分からないだろうが、一つだけ挙げるとすれば…彼女が映画の一線から退いて学業を優先した時期だろうか。ここで彼女は「普通人」の感覚とクレバーな考え方を学んだのだろうが、そこで彼女が進んだのが名門イェール大というところが非凡な点。そしてここから、ジョディ・フォスターの「才女伝説」がスタートする事になる

 「告発の行方」(1988)と「羊たちの沈黙」(1991)での2度のオスカー受賞が彼女を押しも押されもせぬ大女優へと押し上げる事になるのだが、今考えてみるとジョディの「才女伝説」はこれにてほぼ完成の域に達したのではないだろうか。実は個人的には大人になってからのジョディの主演作に「これは」と思えるものを見いだせていない僕なのだが、それは彼女がこのあたりで「リッパ」すぎてしまった事も一因のような気がする

 大好きなSFのジャンルに挑戦しても、「コンタクト」(1997)は全体的にリッパでついつい見上げてしまう感じ。それと同時に、SF映画が持ついかがわしくもトホホな愛すべき味わいやワクワク感が失われている。ジョディ・フォスターが出られるSFとは、ほとんど文芸大作やフェミニズム問題作みたいに「リッパ」でなければならないみたいだ。猟奇サスペンスなんていかがわしさの極地ながら人のスケベ心を刺激してワクワクさせるジャンルに挑戦しても、「羊たちの沈黙」は何とアカデミー作品賞をとってしまうほどの「正統派」映画に仕上がってしまう。その格調の高さがそのまま持続してか、ジョディはもう出ていないのに続編ハンニバル(2001)は正義のヒーローものみたいになってしまうテイタラクだ。

 まぁ、アカデミー賞受賞はまさにめでたい話だ。だがこの手の猟奇サスペンス映画は、本来いかがわしいところがミソだろう。あるいはインチキ臭さが身上なのに、何とも敷居が高そうな映画になってしまう。それもこれも、ひとえにジョディ・フォスターという女優が主演しているから…と言ったら言い過ぎだろうか。

 フランス語もペラペラらしくて、何とアメリ(2001)のジャン=ピエール・ジュネ監督のロング・エンゲージメント(2004)にフランス女役でチョイ役出演。確かに本物のフランス俳優と伍して大したもんだったが、別にジョディが出てくる必要はあるまい。フランス女優で全く問題なかったはずだ。ほとんどカメオ出演の扱いだったが、そんな事をするのもどこかイヤミだ。結局「私はこんなにフランス語がうまい」と言いたかったんだろうか。ちょっとこれって見苦しくはないか。

 そしてここへ来ての「サスペンス路線」。前作「パニック・ルーム」(2002)と今作「フライトプラン」はどちらも趣向としては面白そうなのだが、どうもジョディ・フォスター主演と聞いて食指がそそらなくなる。誤解していただいては困るが、僕はジョディ・フォスターが嫌いな訳ではない。ただ彼女が主演すると、映画の敷居が妙に高くなってしまう。それが今ひとつ気になるのだ。

 本来だったらサスペンス映画も大好物の僕だが、きっとジョディが出ただけでリッパになっちゃって、今ひとつよそよそしくなりそう。おまけにこのジョディ「サスペンス路線」には、変なご立派テーマが絡まっているのがイヤだ。…それは「母の愛と強さ」

 確かに母の愛は強し。だが、そういうもっともらしいテーマを持ち出してくるのが、またいかにもジョディらしい。単に怖がらせでハラハラする「サスペンス路線」だけじゃダメなのか。何だかそれって「芸術的必然性があれば脱ぎます」って屁理屈言ってる女優みたいでさぁ…。おまけに「母の愛と強さ」じゃ意義申し立てのしようがないってところも嫌らしい。絶対正義の錦の御旗みたいなところが、どうにも偉そうに感じられるんだよね。

 だから、またしてもの「サスペンス路線」映画である「フライトプラン」がまたまた「母の愛と強さ」と来たのを見て、正直ゲッソリした。結局この作品も「サスペンス映画」が本来あるべき姿であるお客さんを喜ばすという目的ではなく、「ジョディは偉い」とうたいあげる映画になっちゃってるのではないか。

 それにしても、ジョディ・フォスターはなぜここへ来て2作連続で、「母親」をやけに強調した映画をつくったのか。むろん年齢的に母親役が回ってくるというのは分かる。だがこの2作での役柄は単に母親役ではなく、子供を全力で守る母親だ。いかに子供を愛しているかが前面に出ている。もっと言えば…子供を守るという目的のためなら、何をやっても許されるポジションの役柄。何だかなぁ…。

 ひょっとしてジョディ・フォスターは、実は母親としてあまりうまくいってないんじゃないだろうか? あるいは子供との関係に何か支障でもあるんじゃないか? そうでもなければ、これほど自らの「母親」たるアイデンティティーを必死にアピールしたがる訳もあるまい。

 大体…人間が何かを必死に主張したがる時は、得てしてそれが思ったように実現していないものだ。自分が優秀だとことさらに強調するサラリーマンは、おそらく社内で大して評価されてはいまい。自分がモテモテだと言いたがるオンナには、かなりの確率で遊ばれてるだけでちゃんと付き合ってくれる男がいない。英霊に祈りを捧げていると言ってる政治家こそ、ホントはそれを利用するだけで実は侮辱している。自分の正しさを主張する奴に限って、どこか後ろめたい事があるものだ。ならばジョディも、自分の母親ぶりに何らかの不安を抱いてはいるのではだろうか?

 さもなきゃ、何でこんな映画ばっかり出なきゃいけないんだろう? まずはそこが僕の素朴な疑問だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 まず、ハッキリさせておかねばなるまい。この映画はいわゆる「フォーガットン」的なオチを持つ作品ではない(笑)

 飛行機の中から子供がいなくなる、なのに誰もその子供を見ていない、しまいには元々いなかった事にされる…なんて事が、現実に起きる事はまずない。そのためには乗務員から乗客全員がグルだとか、そんな設定を用意しなければならない。少なくともリアリスティックな設定では考えにくい。そうなると、この映画の行き着く先は宇宙人の仕業だとかタイム・スリップだとか異次元に行ったとか、あるいは幽霊の仕業だとかみんな幽霊だとか…つまりはSFかホラーしか持っていきようがなくなる。あるいは最悪のパターンとしては、「全部夢でした」という夢オチだ。幸いな事に、この映画はそんな無茶なところに結論を持っていかない。だから最悪の事態は回避出来ている。だが…だからこそ、どう考えても無理に無理を重ねた展開にならざるを得ない。

 映画の前半はジョディの正気を疑わせるような描写もあり、なかなかドキドキさせないでもない。そして飛行機という「密室」がこんな恐怖を生むのかと、ちょっと感心もした。先に「フォーガットン」の名前を出したのは、トンデモな設定…から挙げたのだが、それだけでなく「いたはずの子供が消えた」「そもそも子供は主人公の妄想かもしれない」…という二重の恐怖で物語を進行させているからだ。

 だが今回の「フライトプラン」は、「旅先での連れの消失」という一点に限れば「フォーガットン」よりも別のテレビ・ムービーの方が発想的に近い。それはおそらくほとんど知られていない、恐怖のレストラン/Dying Room Only(1973)という作品だ。「ラスト・ショー」などのクロリス・リーチマン、「脱出」や「スーパーマン」などのネッド・ビーティが主演のこの作品は、人里離れたハイウェイ沿いのダイナー兼モーテルが舞台。クルマの長旅の途中でたまたま立ち寄った夫婦が、とんでもない災難に巻き込まれる物語だ。その内容は…。

 妻(リーチマン)がトイレに行って戻ってみると、夫が姿を消していた。ダイナーの店員(片方がビーティ)は夫の行方を知らないと言い張る。妻は取り乱してあちこち探させるが、夫の姿はどこからも出てこない。しまいには保安官まで呼んでくるものの、おざなりな捜査しかしてくれない。それどころか、夫は妻のヒステリーに愛想尽かししたのでは…とまで言われる始末。店員を含め全員が胡散臭く、全員が妻をバカにした態度なのも何ともたまらない。そんなサスペンスが、アメリカの田舎の怖さや鬱陶しさの中でどんどん増殖していくあたり巧みな構成。カネなんて全然かかってない作品だが、とにかくアイディア勝負でかなり面白かった記憶がある。原作・脚本はスピルバーグの「激突!」の原作者でSFホラーの名手リチャード・マシスンだから、うまいのも当たり前の作品だった。

 だから今回「フライトプラン」を見ても、「ははぁ、元ネタはアレだな」とすぐに見当がついた。おそらくこの推理は間違ってないと思う。「フライトプラン」が最初に「恐怖のレストラン」に目を付けたのは、狙いとしては正しいと思う。

 そして巧みなのは、そのキャスティング。最初から怪しいショーン・ビーンは、その今まで培って来たイメージを逆手にとっての起用。どっちとも取れる曖昧さのピーター・サースガードも、ナイス・キャスティングと言うべきだろう。

 そうそう…「グッドモーニング・バビロン!」(1987)や「ア・マン・イン・ラブ」(1987)などで大いに売り出し、一時はハリウッドで「推定無罪」(1990)にも出演した国際女優グレタ・スカッキが、眼鏡をかけたセラピスト役で久々に顔を見せていたのも嬉しかった。

 だが、個人的に最もツボだったのはジョディ・フォスターその人。彼女が最も絶妙なキャスティングだったから驚いた。

 実は僕は冒頭にも書いたように、ヒロインが孤立無援になってつらい思いをする事になったらイヤだな…と思っていた。僕も子供の頃から今まで何度も、理不尽な事で孤立させられた事があった。楽しむための映画でそれが思い出されたら、見ていて居たたまれないではないか。思い切りヒロインに同化して、胃が痛くなりそうだ。

 ところが…このヒロインには全く共感できない(笑)

 何せジョディ・フォスター演じるヒロインは、最初から子供がいなくなっても偉そう。「すみませんが探していただけます?」とか「お手数をおかけします」とか、そんな言葉の一つも出ない。おまけにテロリストじゃあるまいし機長室に突進。あげくいきなり「航空法では…」と高飛車に自分の主張を押し通す。いくら何でも…子供を思う親なら何でもやっていい…って事にはならないんじゃないか? それがジョディ・フォスターという元々どこか高飛車に見える女優のイメージと相まって、何とも不愉快で偉そうなヒロイン像に結実。このヒロインがどんなに孤立しようと、みんなから冷たい目で見られようと、観客は全く同情も共感もせずに済むのだ(笑)。むしろ「ざまあみろ!」と溜飲が下がるほど。これには僕は個人的に大変助かった。

 まぁ、それがサスペンス映画として「いい」事なのかどうかは、何とも言い難いところだが(笑)。

 

見た後の付け足し

 まぁ、そんな訳で前半部分はそれでもサスペンスが持続している「フライトプラン」だが、中盤に差しかかるや、いきなり犯人を割ってしまうから驚く

 もっともこのネタでは犯人探しでは話をもたせられないと踏んだのだろう。その読みは確かに正しい。すぐに観客の目の前にさらされる真相には、さすがに誰もが唖然としてしまうだろうからね。さすがに宇宙人が出てきたりはしないが(笑)…「それ、本気で言ってるの?」という感じ。

 何しろこの男は一種の偽装ハイジャックを行ってカネをせしめたいがために、とんでもなく回りくどい事を行っている。それをいちいち挙げていったらキリがないが、ザッと考えてみただけでも次のような具合だ。

 

ジョディの夫を自殺を装って殺害 〜 葬儀屋を抱き込んで棺に爆薬を仕込むことができる 〜 棺なら問題なく機内に持ち込める 〜 妻のジョディの精神状態を不安定にすることができる 〜 妻のジョディは飛行機の設計者だから構造を熟知 〜 何かあったらジョディは飛行機内を好きなように移動かつ行動することが可能 〜 棺を開ける暗証番号を知っているのはジョディだけ 〜 精神的に追いつめられているジョディなら、娘が行方不明になった時に飛行機内で実力行使をするはず 〜 ジョディは娘の行方を探して貨物室の棺を開くはず 〜 開けっ放しの棺から爆薬を取り出すことができる周囲は精神不安定なジョディを狂人と見なす 〜 ジョディが爆弾を使って脅すくらいやりかねないと思う

 

 …とまぁ、ちょっと考えてみただけでもこれだけの回りくどさ。むろん段取りが複雑になればなるほど不確定要素が加わり、先行きがどう転ぶか分からないことは言うまでもない。普通こんなヤバイ橋ばかり渡って、リスキーな犯罪を行う奴はいない

 映画はこうした部分を「ご都合主義」で乗り切るのがお約束なのだが、1つや2つならともかくこうも要素が満載だと、どう考えても辻褄が合わないのがミエミエだ。

 そもそも…「ジョディの夫を自殺を装って殺害」…って時点からして、すでに殺害がバレるリスクを犯している。もしここで見つかって捕まったりでもしたら、元も子もないではないか(笑)。これを乗り切ったにしても、次に葬儀屋を抱き込むリスクがある。さらにジョディが予定通りに精神状態が不安定になるかどうか分からない。すでに夫婦仲は冷え切っているかもしれない。娘が飛行機内でいなくなっても、あれほど大騒ぎはしないかもしれない。設計者だからと言って、必ず飛行機内を右往左往する保証はない。もっとヤバイことを言えば、ジョディが棺の中を見たとして…フタを開けっ放しにしてくれなかったらどうなるのだ(笑)? まったくもって、この計画は穴だらけだとしか思えない。正直に言うと成功率はかなり低いと考えた方がいいだろう。

 おまけに、乗客を数える数えないは浅丘ルリ子似の乗務員(笑)を抱き込んでいるからいいとして、乗客名簿から子供の名前を抹消するのはどうやったのか? 地上と連絡を取った末に娘は死んでいるという狂言を打ったのはどうしたのか? どっちも浅丘ルリ子の仕業なのか? もし事が終わった後でジョディの娘が死んでいなかったことが発覚したら、どう言い逃れするつもりだったのか? 何だかこのあたり、いくら考えても腑に落ちないではないか

 そもそも…この映画には、その根幹に関わる重大な欠陥がある。

 映画の終盤を思い出していただきたい。格納庫のような場所に待機中の乗客たちは、いまや疑いが晴れたジョディを見ても謝罪の一つもない。一時は捕らえられ手錠の彼女に乗客が万雷の拍手を送るという屈辱的な瞬間もあったというのに、まるでテメエたちは悪くないとでも言いたげな様子だ。ひどい事に、今頃「私は娘さんを見たと言ったのよ」などと言わずもがなの事を口走るオバハンまでいる始末だ。何といい加減な人間たちよ。

 この場面は「集団」としての人間のいい加減と醜悪さを描き、まさに「衆愚」とでも言うべきイメージをハッキリ打ち出して印象深い。正直に言うと僕も人間なんてこんなもの…と思っているから、この場面には個人的に大いに賛同した。他人などというものはこんなものだ。人なんかどうなったっていいと思っているし、下手すればどんな目に遭わせても構わないと思っている。…ともかく人とはこういう生き物なのだ。そしてどうやら作り手の脳裏にも、僕と同じくこうした考えが支配的にこびりついているらしい。

 その事自体は賛同もするし、僕も他人などは信用できないと思っているからまったくオッケーだが…その事と、その「考え」だけで映画の構造の根幹を構築する事とは大きく違う。

 娘が連れ去られても、周囲の人は誰も気づかなかった。娘のリュックが持ち去られても、誰も気づかなかった。それどころか、娘が最初からいたかどうかも分からなかった。それについて「犯人」はこう自信満々でうそぶいた。

 「他人なんてそんなものさ」

 確かにそんなものだろう。それは僕も大いに認めるが、それが100パーセント思った通り機能するかどうかは、かなり偶然性に左右されるものになってしまうのではないか? 娘を連れ出す時に、リュックを下ろす時に、完全に人に見られずに済む保証はない。それより何より…それに至る前に娘の存在を誰かに覚えられたらオシマイではないか。そういう時に限って、「他人なんてそんなもの」とは都合良く機能してくれないのではないか。そんな脆弱な要素に、これほど大きな犯罪計画の根幹を委ねていいのか。あまりに行き当たりばったりでいいかげんな、バクチ同然の計画ではないのか。

 監督はこれがハリウッド上陸の、ドイツ出身ロベルト・シュヴェンケ。前半を見る限り、いろいろ問題を抱えながらもサスペンスを醸成する事には長けているようだ。だがいかんせん脚本がズサンすぎる。書いたのはピーター・A・ダウリングビリー・レイの2人。そのうち後者のビリー・レイについては、過去の脚本作品にサスペクト・ゼロ(2004)…の名前を見つけて「なるほど」と納得する向きもあるかもしれない。あれもそう言えばザルみたいな映画だったっけ。

 確かに「フォーガットン」みたいなトンデモ映画ではなかったものの、ある意味ではあれ以上に酷いお話と言えなくもない。巨大なハイテク旅客機という舞台装置や道具立てが大げさなだけ、これでは余計に不毛な気がするんだよね。

 

付け足しの付け足し

 そんなこんなでボロボロの構造を持つ「フライトプラン」だが、それでも突っ込みながら見ていればそれなりに楽しめないでもない。元々こういう映画はそんな部分を持っているものだ。それなら罪のないお楽しみと言えなくもないが…。

 最後の最後、何ともイヤ〜な気分が残るんだよね

 まずはショーン・ビーン機長がジョディに土下座だ。機長としてはジョディを疑っていたわけで、それに対しての謝罪はあってしかるべしかもしれない。だが一方で乗客の安全を預かる機長としては、あのジョディの言動は極めて不適切で危険なモノだろう。機長としては、ジョディの身を拘束しようとした事は正しい判断だったはずだ。何も謝る道理はない。僕はそう思う。まずはこの部分でイヤ〜な気分がこみ上げ始める。…だが、それでも機長の件はまだいい。やっぱりサービス業だから仕方がない。何となく納得しようと思えばできる。問題はその後だ。

 ともかく機長は謝った。ならば…「誰か」も「誰か」に謝るべきではないのか?

 どんどん映画が終わりに近づいている事が分かる。なのに「誰か」は一向に謝る気配がない。正直言って、物語の本編よりもこっちの方がサスペンスがある。早く謝れよ、謝っちまえ、早くしないと映画が終わっちゃうぞ!

 すると最後に…ヒロイン=ジョディが向き合うのは、自分が濡れ衣を着せた上につかみかかったアラブ男だ!

 そうだ、それでいいんだ。こいつには謝るべきだ。頭を垂れて、詫びて許しを請うんだジョディ。分かってないと思ったら、ちゃんと人の真心持っているじゃないか!

 ところがジョディは謝らない。明らかにこの女が悪い事をしたのに謝らない。それどころかアラブ男の方がへりくだって、ジョディはフンぞり返って「毅然とした態度」のまま。

 何考えてるんだこの勘違いオンナ!

 一体オマエ、名門イェール大学で何勉強してきたんだボケ! どれだけインテリで頭がいいか知らないが、人として最も大事なモノが欠けてるとは思わないのか。あんなに人に失礼な事をして、人の心をキズつけておいてこのテイタラク。それで人の親とかしつけとか言ってほしくない。ただ授精すりゃ親ってもんじゃない。これは決して言いがかりではなくて…ジョディほどの発言力を持ったスターが、こんな脚本で良かれと思っている事自体が問題だ。オスカー2度受賞のインテリ大女優なら脚本を自分の意向で書き直させる事も可能だし、むろんそれだけの脚本読解能力を持っていなけりゃオカシイ。直してないとしたら、本人が「それでいい」と思っていたからだ。知らなかった気づかなかったじゃ済ませねえぞ。

 映画の作り手は「ジョディ様エライ」でヨイショして終わらせてるつもりだろう。そんな御輿に乗せられていい気になってるジョディもジョディだ。観客の中でも勘違い人種たちは、「何があっても謝らないで毅然としてなくちゃね」とか溜飲を下げるのかもしれない。ひょっとしたら「オンナが威張る」というだけでフェミニストは大賛成かもしれない。まったくハタ迷惑な話だが、そんなバカが巷にはウヨウヨいるからね。だが、これだけは人間として最低限守っていただきたい。いいか、耳かっぽじってよく聞いてろよ。

 悪い事をしたら謝るんだ。

 総理をはじめ閣僚や政治家連中がどれほどいいかげんをやりながらシラばっくれていても…これは人間の基本として絶対に守らねばならない。落ち度があったら責任を取る。それが出来ない奴は「人間」とは言わない。何千年も前から、それだけは洋の東西を問わず決まっていたはずだ。

 悪い事をしたら謝れ。そんな簡単な事を、いい大人がなぜ分からないんだ。

 

 

 

 

 

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