ルーカスVSスピルバーグ最後の頂上決戦

WAR of the WARS

「宇宙戦争」"War of the Worlds"

「スター・ウォーズ/エピソード3:シスの復讐」
"Star Wars - Episode 3 : Revenge of the Sith"


 

Review 1

「宇宙戦争」

War of the Worlds

(スティーブン・スピルバーグ監督作品)その1

(2005/07/11)


 

見る前の予想その1

 僕がこの「宇宙戦争」リメイク映画の話を最初に聞いたのは、いつの事だったろうか?

 ともかくそれは、スティーブン・スピルバーグの前作ターミナル(2004)の時には現実のモノとなっていた気がする。最初はこの話を聞いて、正直言って半信半疑だったからね。

 あのスピルバーグがあのトム・クルーズと組んで、あの「宇宙戦争」

 なぜ半信半疑だったかと言えば、いろいろ理由がありすぎるくらいだ。自分でも少し事情を整理しないと、うまく説明が出来ない。以下、自分なりに感じた当惑を一つづつ検証してみると…。

 

(1)スピルバーグがまたぞろSFサスペンスを撮る

 詳しく後述するつもりだが…E.T.(1982)以降のスピルバーグは、ファンの目から見てもかなり長期低迷傾向にあったと思う。それはいわゆる彼の「大人向けシリアス作品」の模索に端を発していたと僕は考えているが、ここで言う「大人向けシリアス作品」とは…超自然的題材やらマンガ的発想からの脱却を意味していると受け止めていただきたい。

 ともかく、どうやらスピルバーグはその「大人向けシリアス作品」とA.I.(2001)あたりから折り合いをつけ始め、キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)でそれを決定づけてみせたように思う。続く「ターミナル」も「キャッチ・ミー〜」の延長線上の作品だ。

 この手の作品に確かな手応えを感じたであろうスピルバーグが、今さら「ジョーズ」(1975)から「E.T.」あたりまでに相当する、SF〜ファンタジー系列の作品に立ち戻る事は考えにくかった。…否、僕は考えたくなかった。スピルバーグのその傾向の作品でファンになった僕だからこそ、それからようやく脱出して次の段階に入ったとおぼしきスピルバーグが、また再び元の世界に戻って混迷を繰り返すような事はやって欲しくなかったのだ。

 

(2)スピルバーグが再びトム・クルーズと組む

 このハリウッドの二大ビッグ・ネームが組むというのも本来驚きなはずだが、それが実現してしまったマイノリティー・リポート(2002)からわずか3年しか経っていないで、再度コンビが実現するとは何とも奇妙な気がする。しかもその「マイノリティー・リポート」を僕はそれなりの出来と評価しているものの、他のスピルバーグ、クルーズの代表的作品のクオリティーに匹敵するものであるとまでは思われない。つまりこの両者が組む事で、その魅力がさらに大きく膨らむところまでには至っていない。世評も興行も圧倒的なモノではなかったはずだ。それがなぜ、こんなに間を置かずに実現してしまったのか。

 

(3)スピルバーグが「スター映画」を撮る

 上記「トム・クルーズとのコンビ」への疑念とダブるが、そもそもスピルバーグは元から「スター」を起用しない監督だった。「レイダース/失われたアーク<聖櫃>」(1981)でのハリソン・フォードも、あの時点ではフォードの地位はいまだ不確定なモノだったように記憶している。それが…いつの間にかスター起用が毎度の事になった。ファンの目からするとスピルバーグがスター起用を恒例化したのと、彼の作品が長期低迷傾向に入ったのとはほぼ同時に思われるのだ。そしてスピルバーグ作品では最も「スター映画」の権化である、ロビン・ウィリアムズ、ダスティン・ホフマン、ジュリア・ロバーツを起用した「フック」(1991)の、無惨としか言いようのない出来映え…。スター起用が真に成功しているのは、新傾向の定着に成功した「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」からだと思っている僕は、かつてのスピルバーグ作品の臭いが濃厚な「宇宙戦争」へのトム・クルーズ起用は、どう考えてもうまくいかない気がしてならなかったんだよね。

 

(4)岐路に立っているトム・クルーズ

 実はトム・クルーズは、スターとしての地位を確立して以来ずっと、単一イメージを繰り返し演じ続けてビッグになっていった希有なスターだ。そのイメージとは…素質や才能には恵まれているが、それゆえ図に乗って調子こいてる青二才が、挫折を知って一旦叩きのめされながら、這い上がってさらにビッグに成長していく…というのが基本フォーマットだ。

 ところが、近年のトム・クルーズはそんなスター像にブレを生じさせている。

 具体的にここでそれらに触れる事は出来ないが、実は彼が順風満帆にスターとしてのステータスを肥大し維持出来ていたのは、バニラ・スカイ(2001)あたりが最後ではなかったか。ラストサムライ(2003)も作品的には評価出来ると思うが、本国では興行的に今ひとつであったと聞く。そこでガラリとイメージチェンジを図ったのが前作コラテラル(2004)という訳だが、これまた僕は作品的には買っているものの、本国では圧倒的な興行を見せた訳ではなさそうだ。

 そんな「軸足がブレてきた」トム・クルーズ起用が、この作品にとって「吉」と出るとは考えにくい。しかもブルー・カラーのバツイチのオッチャンという、いつものクルーズ・キャラとはあまりに違った役柄。果たしてこれで大丈夫なのか?

 

(5)今なぜ「宇宙戦争」なのか?

 単にSFサスペンスを撮るというだけなら不安も少ないが、それがSF小説の古典、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」となると話は別だ。なぜ、かくも有名な題材を手がければならないのか? しかもこの原作は、すでに有名なジョージ・パルの映画化作品(1953)を生んでいる。しかもしかも…ほとんどその現代版リメイク同然のカタチで、あのローランド・エメリッヒが「インデペンデンス・デイ」(1996)まで制作されている。改めてスピルバーグが何かを付け加える事なんて、何も出来ないのではないだろうか?

 元々の原作にしても、ジョージ・パルの映画にしても、もはや現実の科学知識の前では古色蒼然としたものだ。まさか今さらタコ型の宇宙人を出すわけにもいかないだろうし、何より「火星人」の侵略という設定が無理だ。しかもこのへんをどんどんハズして現代化した話にすると、物語は限りなく「インデペンデンス・デイ」に近づいていってしまう。どう考えても、スピルバーグが何かをやれる余地なんてないように思えるのだが…。

 

 こういろいろな疑念を挙げていくと、どう考えても「よせばいいのに」…という企画に思われてしまう。どこを取っても、イヤな予感しか浮かんで来ないんだよね。

 だがそんな僕の疑念が、一気に晴れる時がやってきた…。

 

 

つづく To Be Continued

 


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