「ブレイキング・ニュース」

  大事件 (Breaking News)

 (2005/12/19)


 

見る前の予想

 ついこの前PTU(2003)を見たばっかりだと言うのに、早くもジョニー・トーの新作がやって来るとは今年はツイてる。何しろ僕はザ・ミッション/非情の掟(1999)を見て以来、彼の作品にはゾッコンだ。僕にとって、今いちばん新作が待ち遠しい監督だと言っていい。それが、こうもすぐに新作にありつけるとは

 もっとも「PTU」は日本公開までやたらめったら長くかかってるから、これで彼の作品の制作ペースを云々するのはナンセンスだ。それにジョニー・トーの作品自体、それでなくても毎年ウジャウジャつくられている。それらすべてが日本まで辿り着く訳でもないが、それでも毎年何本かは必ず公開されているのだ。またまた新作が公開されたからと言って、別にビックリするような事ではあるまい。

 ただし香港映画に詳しい人に言わせると、ジョニー・トーがやたら数に任せて乱発している作品は、契約やお金稼ぎのためのモノだと言う。そしてこれらの作品で稼いだカネと信用で、「ザ・ミッション/非情の掟」や「PTU」のような「自分が本当に撮りたい作品」をつくっているという話だ。だからジョニー・トーの作品は、やたらクールなアクション映画があるかと思えば楽しいラブコメあり…といった具合に、「これが同じ映画作家の作品か」と思わされるほどバラエティに富んでいるらしいのだ。つまりアンディ・ラウとサミー・チェン共演のラブコメ痩身男女(2001)や「Needing You」(2000)、金城武の恋愛映画ターンレフト・ターンライト(2002)は、こうした「カネ稼ぎのための映画」という事になるらしい。

 だがジョニー・トーのこうした「カネ稼ぎ」作品群は、それぞれが決して手を抜いたつまらないモノになってないから大したものだ。どれもこれもちゃんと面白くつくってある。このへんは、さすがに職人の面目躍如だろう。

 では今回の「ブレイキング・ニュース」はどうだ…と言うと、ケリー・チャンなどのジョニー・トー「らしくない」キャスティングだけ見ると一見「カネ稼ぎ」作品群と思われるらしいが、内容は結構硬派なアクション・サスペンスになっていて、かつ構成にも野心的な点が見受けられるらしい。…とすれば、「ザ・ミッション/非情の掟」や「PTU」と同様に、ジョニー・トーの作家的野心を満足させるための作品ではないか。

 ならば、何を置いても見なければならない。見なければ映画ファンの名がすたるというものだ。

 

あらすじ

 汚ったねえ香港の下町。そのゴミゴミした建物の一角に、いかにも怪しげな男たちがうごめく。彼らはユアン(リッチー・レン)率いる強盗団。今まさに銀行強盗を決行しようとしているところだ。だがそんな裏町にひっそりと溶け込みながら、息を潜めて強盗団の動きを見つめている者たちもいた。彼らはチョン警部(ニック・チョン)率いる特殊捜査班の面々。笑福亭鶴瓶激似のオッサン刑事とともにクルマで身を潜めているチョン警部は、どうやら強盗団に何か動きがあると感づいていた。案の定、強盗団の「先乗り組」がクルマを調達。連中が隠れていた建物の前に乗り付けてきたまではよかったが…。

 よせばいいのに、木っ葉警官二人組がこのクルマに近づいてきた。それも駐車違反だの何だのとくだらない事で難癖つけに来たからたまらない。これから折角大きなヤマを挙げようという時に入ったとんだジャマに、見張っているチョン警部は思い切りイラだった。「あいつらをどけろ!」

 たちまち潜入捜査官たちが、警官の目を惹くための狂言ケンカをおっ始める。それに気を取られた二人組警官の片割れがケンカを止めに行き、駐車違反の方は「まぁまぁ」という事で落ち着きそうな気配になった。これで万事めでたしと思いきや、よせばいいのに警官の一人がクルマの後部座席に目をつけたのが運の尽き。

 「アレは何だ?」

 たちまち始まる銃撃戦。空気が読めなかった警官二人組が真っ先に銃弾に倒れたのは当然としても、何しろふんだんで威力抜群の重火器に勝る強盗団の連中は、最初から捜査班の連中に対して押せ押せムード。飛び交う銃弾の中、チョン警部以下はロクに身動きも出来ないアリサマ。おまけに応援の警官隊を乗せたミニバスを乗っ取られ、まんまと強盗団にこの裏町から脱出されてしまう。逃がしては警察の沽券に関わると追いかけるチョン警部たち。すると香港名物大渋滞にとっつかまって、ミニバスは道路のど真ん中で立ち往生ではないか。恐る恐る近づいて見てみると、もはやバスの中身はもぬけのカラ。チョン警部はコソコソと脱出する強盗団の連中を見つけて、またまた白昼堂々交差点のまっただ中で銃撃戦の火ぶたが切られる。そこに通りかかった警官が、またしても犯人たちの銃口の前に立つ羽目になってしまったからたまらない…。

 「お助けを〜〜〜っ」

 思わず犯人に対してお手上げ状態で、ひれ伏してしまう警官。たまたまその場を目撃していたテレビの取材クルーが、この衝撃的な構図を撮影していた。強盗団はその場に停車していた救急車を乗っ取って脱出。収穫ナシの上に例の「お手上げ」警官の映像をテレビで繰り返し繰り返し放映されるという間の悪さで、香港警察の威信はまさに地に落ちる結果となった。巷の人々の話題でも、警察の不甲斐なさや情けなさが槍玉に挙げられる始末。かくして副総監(サイモン・ヤム)の下、香港警察の幹部が招集される。だが彼らとて「犯人逮捕に全力を挙げる」…などなどありきたりの事しか言えるはずもない。幹部連中の中で最も最近昇格した若手レベッカ(ケリー・チャン)を除いては…。

 「警察の動きを逐一メディアに流させてやりましょう。犯人逮捕というショーを見せてやるんです

 「ショーか! それでいこう!」

 実はこの副総監とレベッカとの間には、何やら訳ありの雰囲気も漂う。そもそも「犯罪捜査のショーアップ」という邪道を嫌う幹部連中にとっては、一番の若手のくせになぜか態度がデカく傲慢なレベッカのこの発言は面白かろうはずもない。だが副総監のツルの一声とあらば、渋々でも従わない訳にはいかない。かくして機動部隊「PTU」の隊員たちはレベッカの号令一過、すべてヘルメットに超小型ワイアレスカメラを装着。捜査の過程を逐一映像として中継する事となった。

 一方そんな警察上層部の思惑をよそに、チョン警部率いる刑事たちのチームは文字通り地を這いずり回って強盗団たちを探していた。何しろ折角の手柄がフイになっただけでなく、メンツまるつぶれのテイタラク。汚名返上を…の思いから、チョン警部の執念も思い切りヒートアップだ。レベッカとしては全警察の動きを自らの手中に収めたいところだが、チョン警部はそんな彼女の思惑など構ってやしない。そもそも強盗団の連中もあれから居場所がなくなっているはず、絶対に見つからない訳がない…とまぁ、こんな思い込みと独断で奔走独走暴走。こうして街中をシラミつぶしに探し回ったあげく、老朽化した巨大高層アパート群の一角に「その臭い」を嗅ぎつけたチョン警部だった。

 そんなところにまんまと出くわした強盗団一味の男…。

 たちまち始まったドンパチと追跡劇。チョン警部たちの動きを遠目に見張っていた別の捜査班も、これに慌ただしく動き出した。連絡を受けたレベッカたちは、ただちにPTUたちを高層アパートに出動させる。たちまち辺りは警官隊と野次馬とマスコミ陣たちでごった返す始末だ。

 そんな巨大高層アパートの内部では、ユアンたち強盗団が二手に分かれて逃げる事になった。PTUたちもアパート内になだれ込み、たちまち大捜索が始まる。そのすべてを、付近に停めた中継車内でレベッカたちが見ていた。何台ものモニター・テレビの前に陣取って、あたかもテレビショーを演出するかのようなレベッカ。片腕の女広報担当(マギー・シュウ)を使ってあれこれと指示を飛ばす彼女は、確かに事件と捜査をプロデュースしているかのように見える。映像はすべて録画され、警察によってメディアに提供される。だがそれらは「事実」ばかりとも言えない。警察に都合良く、まずいところは編集された状態で発信される情報だ。だが今こそレベッカは、傲慢そのものの態度ですべてをコントロールしようとする。そんな彼女にとって目の上のタンコブは、何と言っても勝手な行動ばかりするチョン警部のチームだ。チョン警部はレベッカからの「撤退」命令を完全に無視。アパート内狭しとあくまで犯人をどこまでも追いつめようという勢いだ。

 そのうちあまりの危険さに、アパート全体の住人に避難命令が出る。一部屋一部屋PTU隊員が見て回って、安全確認してから避難させていく。その整然とした避難ぶりに、メディアによる警察評価は一転して好意的になった。早速レベッカのメディア戦略が図に当たったのである。

 だがそんな住民避難をよそに、ユアンたちは逃げようとした住人イップ(ラム・シュー)と二人の子供を人質にとり、彼らの家に籠城した。さらにそれだけではない。この大騒動に燻り出されるように、一連の事件とは全く何の関係もない訳アリ男チュン(ユウ・ヨン)とその相棒も、慌てふためいて隠れていた部屋から出てきた。一体何をやったか企んだのかは知らないが、彼らは自分たちの素性がバレたのではないか…と戦々恐々だ。

 さて、このてんやわんやの「ショー」は果たしていかなる決着を見るのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 映画が始まってすぐ、何分間かのワンカット・ノンストップ・ショットに度肝を抜かされる。まるでブライアン・デパーマのスネーク・アイズ(1998)…というより、デパーマが意識したオーソン・ウェルズの「黒い罠」(1958)の方が元ネタか? ともかく刑事の張り込み、強盗団の暗躍からドンパチへ…と冒頭いきなりの長回し一発撮りシーンに嬉しくなってしまう。このケレン味たっぷりの一場面だけ見ても、ジョニー・トーが「やる気」だと分かるではないか。僕はこの最初の場面だけでワクワクしてしまった。

 確かに「ザ・ミッション/非情の掟」や「PTU」などのクールでスタイリッシュなアクション映画をジョニー・トーの「作家映画」と考えると、この作品はかなり趣が違う。何よりカメラは手持ちのアクティブな動きが大半だし、夜の場面がないというだけで大違いだ。だが冒頭の長回しに代表されるように、野心的な試みがいろいろ行われているあたりに「お仕事」でない気分が濃厚ラム・シューサイモン・ヤムなどの常連俳優の起用(…そう言えばマギー・シュウも「PTU」に引き続きの出演)を見ても、そんな雰囲気は伺える。どう考えてもこの作品は、ジョニー・トーの作家的意欲を満足させるための作品だと見るべきだ。

 それにしても僕はこの人のコンパクトな作品ばかり見てきたので、「こんな大がかりな作品もやれるんだ」…とビックリ。その大風呂敷の広げ方に本当に驚かされた。ビデオを大胆に活用したリアルな描写にも興奮させられる。だがこの映画の真の面白さは、やっぱり「男たち」のキャラクターなのだ。

 人質をとって籠城するあたりでの強盗団リーダー(リッチー・レン)と殺し屋(ユウ・ヨン)の心の通い合いの描き方には、「ザ・ミッション/非情の掟」以来のジョニー・トー節がにじみ出る。これにどこまでも犯人を追うド根性刑事(ニック・チョン)も加えての「男が男同士を認め合う」構図はなかなか泣かせる。脱出しようとする強盗団リーダーと殺し屋、それを追う刑事の三者がエレベーター・ダクトで睨み合う場面のやりとり…「オマエもなかなかアッパレな奴だな。強盗になれるぜ」「オマエこそ刑事になればいい」…という台詞の応酬には、アクション映画ファンならちょっと酔わされてしまうだろう。だからこそラストで強盗団リーダーと殺し屋が、お互いに相手が完遂出来なかった「仕事」を自分が代わってやってやろうとする「男の流儀」にグッと来る。このあたりは、やっぱり「ザ・ミッション/非情の掟」や「PTU」の監督ならではの味だ。

 そして緊迫したアクションとサスペンス、男たちのダンディズムの合間を縫ってチラつくトボけたユーモア。ジョニー・トー作品お馴染みの目立つキャラ…ラム・シューの楽しさもさることながら、何よりド根性刑事のニック・チョンが笑える。確かにどこまでも犯人を追いつめようとする気迫が最初は迫力に見えるのだが、映画の後半になっていくとあまりに根性ありすぎ(笑)で何となくユーモラスに見えてくるのだ。あまりに執念深くて、犯人たちすら感心を通り越して呆れるほどの根性ぶりだ。

 リッチー・レンが捜査陣の指揮を執っていたケリー・チャンを人質にとって、ミニバスで逃走する場面を見よ。ミニバス車内で二人が緊迫したやりとりをしている間も、ブッ壊れたバスの窓の向こう…クルマの後方から、バイクでニック・チョン刑事が追っかけてくる様子が見えている。最初は豆粒大で何だか分からなかった姿が、徐々にハッキリ見えてくる。だがリッチー・レンが彼に気づいて銃で応戦。これでバランスを崩したニック・チョン刑事はバイクで転倒、追跡を断念すると思いきや…またもや緊迫したやりとりを続行するリッチー・レンとケリー・チャンの後方=窓の外に、バイクにまたがったニック・チョン刑事の豆粒大の姿が見えてくるではないか! さすがに驚いたリッチー・レンが「あいつ根性あるな、大した奴だ」とつぶやくと、ケリー・チャンが「バカだけどね」と答える台詞にも大爆笑。そんな台詞のやりとりの最中も、二人の後方にバイクにまたがって必死のニック・チョン刑事が同一フレーム内で見えているからさらに笑える。このあたりの演出ぶりは、さすがにジョニー・トーの老練ぶりが光っている。

 だがここでのニック・チョン刑事は見ていて笑えるが、決してケリー・チャンの台詞のようには作者にバカにされている訳ではない。前述したように強盗団のリッチー・レンも殺し屋ユウ・ヨンも、「あいつ大した奴だ」と結構感心しているのだ。ここでのニック・チョン刑事が笑えるというのは、むしろ彼らの行為が「正義」とか「悪徳」とか「暴力」とかいったシャチこばったものとは異なるものだ…と描きたいが故なのだろう。それはどこかスポーツや遊びにおける夢中さ…何かに熱中する無償の行為=「男の子」っぽい無邪気さすら感じる。そんな点こそ常に「男気」を描き続けるジョニー・トー「らしさ」なのだろう。

 だから今回のジョニー・トー作品としての新味は、アクションを真っ昼間に引っ張り出して、手持ちカメラでアクティブにとらえたことではない。そんな「男たちの流儀」に何とも無粋なカタチで土足で割り込んでくる、「ショーの演出家」ケリー・チャンという存在…さらには彼女が象徴する「現代」という時代、どこか下品で美しくない社会に照準を合わせて描いたことが新しいのだ。

 ここでのケリー・チャンは警察のイメージアップのため、何から何までショーアップしようとする。それはテメエたちの「都合のいい」「カッコいい」部分を拡大してこれみよがしに見せつけるとともに、テメエたちの「都合の悪い」「見せたくない」部分を隠してしまう行為だ。

 それは結局「スタンドプレー」や「ええカッコしい」であり、ウソと虚勢と言い訳でもある。そこには「男のダンディズム」も「美学」もない。エゲつなく見苦しい打算しかない。いずれにせよ、「男たち」がいちばんやりたくない…やってはいけない事だろう。だが最終的には「男たち」は敗れてしまう。警察側の現場の指揮官はケリー・チャンに終始やりこめられているし、強盗団のリーダーも殺し屋も銃弾に倒れる。そしてド根性刑事ですらケリー・チャンに利用されて「ヒーロー」に仕立てられる。その記者会見でのニック・チョン刑事の憮然たる表情こそ、現代という時代における「男のダンディズム」の敗北を象徴している

 それこそが「小泉劇場」みたいな「これみよがし」なモノがのさばって、世間の多くの連中もそれを支持するようなグロテスクな時代なのだ。あるいは明らかにミスであることが明白なのに誰かの大損につけこんで儲けようと画策する、ジェイコム株を買い漁ってボロ儲けするような奴らが闊歩する時代なのだ。あるいはどの国もテメエのナショナリズムばかり振り回しているような時代なのだ。おそらくそれは全世界的にそうなのだろう。この世の中は下品だ。美しくない。ジョニー・トーは明らかに、そんな時代を苦々しく思っている。

 僕もそんな下品な世の中は大キライだ。

 

見た後の付け足し

 そんな現代の下品さを象徴するようなケリー・チャンが最高。ファンには申し訳ないが、僕は彼女の顔が大嫌いだ(笑)。その大嫌いなケリー・チャンがクソ生意気な女を高飛車に演じていて、何ともハマってるんだよね。おそらくジョニー・トーも彼女が嫌いなんじゃないだろうか(笑)

 ところでとても興味深かったのは、今回の映画の雰囲気がどこかタイの大作アクション映画「デッドライン(2004)に似ていたこと。特に悪漢一味がミニバスで逃走、大都市の目抜き通りで銃撃戦…というくだりに共通するムードを感じた。これは果たしてどっちが先に出来ていて、どっちがどっちを意識してつくられたのだろう? ヒントを与えるという事については決して出来の良さが関係するわけではないから、実はひょっとしたらひょっとするかもしれない。

 そんな「ひょっとする」点をもう一つ挙げれば、今回のケリー・チャンのキャラクターや警察組織の描き方に、意外にも日本映画の「踊る大捜査線 THE MOVIE 2/レインボーブリッジを封鎖せよ!」(2003)の影響を感じたこと。これについてはジョニー・トーのファンや香港映画のファンは決して認めたくないところだろうし、僕も「踊る〜2」については「お寒い映画」という印象しか持っていないが、今回の映画でのケリー・チャンの設定には多分に「踊る〜2」での真矢みきのキャラクターが影響を与えているように思える。確かに「踊る〜」は香港でも公開されたようだし、出来はともかく日本での派手な興行成績は話題になったかもしれない。そう言えばジャッキー・チェンの快作香港国際警察(2004)でそのジャッキーを支える若い「刑事」に扮していたニコラス・ツェーの出で立ちは、確かに「踊る〜」の織田裕二のそれを思わせるではないか。だからと言って「踊る〜」みたいな愚作を映画として再評価しようなんて気はサラサラないが(そもそも「天国と地獄だ〜」とか「砂の器〜」とか劇中人物に台詞で言わせることがパロディだと思っているセンスのなさが致命的だ)、出来はどうあれこうしたアジアの諸作がそれぞれ相互に影響を与え合っていると思われる事実は興味深い。

 香港映画人が日本で日本のお話をつくってしまった頭文字<イニシャル>D(2005)みたいな作品やらロスト・メモリーズ(2002)、パープル・バタフライ(2003)、「PROMISE/無極」(2005)…などのアジア作品における日本人俳優の起用、あるいはそれこそ「SAYURI」におけるアジア俳優のミックス起用も含めて、こうした「相互乗り入れ」状態は今後大いに注目すべきところかもしれない。

 

 

 

 

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