「ダニー・ザ・ドッグ」

  Danny the Dog

 (2005/07/18)


 

見る前の予想

 前にも何度か言っていた事だが、僕は巷の映画ファンにはあまり評判の良くない、リュック・ベッソン・プレゼンツ映画が結構好きである。

 もちろんそれらが「大傑作」だなんて思ってもいない。だが彼の「監督作品」がどんどん大作化し肥大化するに従って、あまり感心しない出来上がりになっていったのを考えると、彼が「製作」や「脚本」だけ手がけた作品はどれも何となく好ましく思える。例えば彼の監督作「フィフス・エレメント」(1997)やジャンヌ・ダルク(1999)などは大した事もない事を描いている作品のくせに、構えだけは大げさでエラそうなのが鼻についてならなかったが、製作・脚本だけを手がけた「TAXI」(1998)などは最初から構えが「大した事のない映画」とハッキリしている。つくってる本人もそう思ってるし、お客にもそう分かるように作っているんだよね。だから「これみよがし」のハッタリやら「こけおどし」がない。肩の力が抜けた良さがあった。

 元々フレンチ娯楽映画の、どこか泥臭くて安っぽいところが好きだった僕としては、こうした一連のリュック・ベッソン・プレゼンツ映画をキライになれないわけ。

 一方、僕はジェット・リーが欧米映画界でつくってきたアクション映画も好きだ。

 これまた「少林寺」(1982)から香港映画あたりまでの「本場」での彼の主演映画を好きな人からすれば、ハリウッド・デビューして以来の彼の映画は「邪道」という事になるんだろう。とりあえず、彼らはそう言わない訳にはいくまい。映画を見なくたってなぜかケナしはするはずだ。チャン・イーモウという中国映画の巨匠に起用された英雄/HERO(2002)も気に入らないらしい。何かと言えばアクションのキレが…とか、アクションの撮り方が…とかゴチャゴチャ言ってるが、そもそもオレは映画好きであって「格闘技評論家」でも何でもないから、そういう「キレ」とか言われても分からねえんだよ(笑)。第一、アクションの撮り方がダメとか言ってる奴の言い分聞いてても、何がどうダメかが全然分からない。カメラのアングルなのかフレームなのかオペレーションなのか、編集なのか振り付けのタイミングなのか、分かる言葉で言ってくれ。ちゃんと言えないのなら、ジャリは大人しく黙っていろ。…ようし、いい子だ。

 結局これらは欧米映画に出たからダメ、巨匠の映画に出たからダメと言ってるとしか思えないケナしだ。「堕落」だとでも言うのだろうか。何となく昔のチンピラ仲間が堅気になっちまったもんだから、ねたんで足を引っ張ってるタチの悪いゴロツキに似ている(笑)。まったくどうしてアジア映画ファンってのは、どいつもこいつもこうも不毛なんだろうねぇ。

 別に僕はそんな事を思って見た事はないし、そんな変なこだわりさえナシに見れば、ハリウッド・デビュー以後のジェット・リー映画もそれなりに楽しめた。というか、かなり楽しめたと思うんだよね。

 最初のリーサル・ウェポン4(1998)は、彩りというか賑やかしとして呼ばれた感じ。ここでのジェット・リーの扱いはさすがにちょっと…と思ったが、まずは顔見せだからね。まさか僕は、これからジェット・リーが欧米映画で主演作をバンバン撮るとは思ってもいなかった。そしたらすぐにロミオ・マスト・ダイ(2000)がやって来るではないか。

 これは何となく「バカ映画」(これはホメ言葉で言っている)の楽しさに溢れた快作だったが、次のキス・オブ・ザ・ドラゴン(2001)が意外にもさらに良かったから、映画ってのは分からない。リュック・ベッソンとジェット・リーの出逢い…なんて最悪の結果になりそうなものだが、これが意外に相性が良かった。両者の持つどこか「駄菓子屋」みたいな味が、うまく解け合った感じなんだよね。

 そんな両者がまたまた顔合わせするというから、これはちょっと楽しみではないか。その映画こそが「ダニー・ザ・ドッグ」

 もちろん多大な期待は禁物だ。何せモノはリュック・ベッソン映画だから、どうせ偏差値はかなり低そうだ(笑)。おそらくはどうせバカ映画だろう(笑)。

 だが、いつもの「プレゼンツ」作品のようにエラそうな構えさえ見せていなければ、今回だって楽しめるはずだ。否、ジェット・リーの味を最大限活かせるのは、ひょっとしたら欧米ではベッソンしかいないかもしれない(笑)

 最大の注目点にして懸念すべき部分は、今回何と名優のモーガン・フリーマンを起用したこと。モーガン・フリーマンがジェット・リー映画…リュック・ベッソン映画になんてよく出たものだと驚いたが、これが果たして吉と出るか凶と出るか。ジェット・リーとの顔合わせが楽しみな気もするし、これが勘違いのベッソン「エラそう」路線の復活になりかねない可能性もある。

 果たして今回はどうか?

 

あらすじ

 その男は「犬」だった。

 「犬」と呼ばれていた…のではない。本当に「犬」だった。首輪を付けられたその男ジェット・リーは、満足にしゃべれもせずにただ立っているだけ。「飼い主」の悪徳高利貸しボブ・ホスキンスに連れられて、「取り立て」に付き合わされる日々。もちろん借りた方だって海千山千だから、大人しく返してくれる訳もない。するとホスキンスはジェット・リーの首輪をはずす。それが彼にとっての「合図」だ。

 「やっちまえ!」

 すると突然ボ〜ッと立っていたジェット・リーが豹変。ただの「犬」が「狂犬」と化す。襲いかかるチンピラどもをアッという間に叩きのめし、まるで手加減をいうものをしない。たちまち借りた金を踏み倒そうとした輩は、ビビりまくってホスキンスにカネを差し出すのだ。

 そんな危険極まりないジェット・リーも、首輪をハメれば再び大人しくなる。そうなった時の彼は、今度は去勢された「犬」そのものだ。

 次の取り立て現場へ向かうクルマの中で、くだらないバカ話に興じるホスキンスと手下の男たち。そこでもジェット・リーは首輪をされたまま無言でいる。なぜなら、彼は「犬」だから。ずっとこういう扱いを受けてきた。それが当然と思っている。だから苦痛にはならない。

 キズつけられても、誰も手当てなどしてくれない。首輪を付けられ、オリの中に戻される。そして缶詰の粗食を餌として与えられる。唯一人間らしい持ち物は、幼児に「ABC」を教えるための絵本。それを見つめる時、彼はまるで幼子のように素朴な顔つきになる。

 ある日の取り立ても、そんな風に無難に終わるはずだった。ジェット・リーを取り立て先のオフィスに連れて行って得意満面のホスキンス。だが相手は意外にもビビりはしなかった。そして大胆にもこう切り返してくるではないか。

 「で、こいつは首輪さえハズさなければ大人しい訳だな?

 ホスキンスがマズイと気づくのが一瞬遅かった。ホスキンスも手下たちもジェット・リーから引き離され、たちまち取り立て先の手下たちにボコボコにされる。だが、どんなにホスキンスたちが痛めつけられようとも、ジェット・リーはただ見ているだけ。首輪がついている限りは、借りてきたネコ同然なのだった。

 取り立て相手は勝ち誇ったように奥に引っ込む。これで勝負あった…と思いきや、ホスキンスが猛然と相手の手下どもをブチのめすや、ジェット・リーの首輪をひっぺがしてこう告げるではないか。

 「やっちまえ!」

 たちまち形勢は逆転。敵の手下はアッという間に倒された。さらに奥に引っ込んだ取り立て相手のところまで追いつめ、一気にジェット・リーの猛攻で借りを返すホスキンス。「生憎だったな、この際、高い利子も払ってもらうぜ!」

 だがこの一部始終を、客としてこの場にたまたま訪れていた紳士がジッと見ていた。この紳士は、ジェット・リーの暴れっぷりを食い入るように見つめる…。

 さて、次の取り立て先はある骨董倉庫だ。そこでジェット・リーは、ピアノがたくさん置いてある倉庫で待っているように指示される。そして赤いランプの点滅で合図する小さい装置も、その場に残された。合図があったらそこを飛び出してオレたちのところまで来い。それまではピアノの倉庫で一人で待ってろ…。

 だがジェット・リーは、なぜかピアノに心を奪われる

 指示を受けている時から、どうもピアノに気が散って仕方がない。ピアノに近づきたくて仕方がない。ピアノの音色を聞きたくて仕方がない。ところがそんなピアノ倉庫に、一人のサングラスの初老の男が入ってくるから驚いた。

 それはこの倉庫主から依頼された調律師モーガン・フリーマン。彼は目が見えなかったが、そこにジェット・リーがいる事はすぐに感づいていた。フリーマンはそんなジェット・リーに怯えず、それでいて何も深い詮索をせず、まるで旧知の仲のように親しげに扱った。「君もピアノが好きなようだな?」

 そんなフリーマンにおずおずと…そして言葉少なに答えるジェット・リー。それでも彼は心惹かれるピアノに触れられる事から、至上の喜びを感じていた。そのせいなのか、フリーマンにも珍しく心の警戒を解いていたジェット・リー。そんな時…。

 例の赤いランプが点滅しているではないか!

 いつから点滅していたかは分からない。ついウッカリしていたジェット・リーは、慌ててそこを飛び出して指示された部屋へ。だが、すでに事はすべて片づいていた。血だらけになりながらも、ホスキンスたちは相手を何とかねじ伏せていたのだ。すべてが終わってから駆けつけたジェット・リーには、当然の事ながら冷たい視線が浴びせられる。特にホスキンスの怒りは一段と激しかった。「この犬めが!」

 こうしてジェット・リーはまたオリに閉じこめられたが、憤懣やる方ないホスキンスの元に、突如一人の来客が現れる。それは…先に取り立て先でジェット・リーの暴れっぷりに注目していたナゾの紳士だった。

 この紳士は何を言うかと思いきや、ホスキンスにカネになる話があると切り出す。何とこの紳士、地下の非合法な格闘技イベントの主宰者だったのだ。各界の選りすぐられたセレブたちが見守る中で、情け無用のバトルが展開されるイベント。そこでのルールは何もない…ただ相手を殺るか殺られるか。勝者には大金が転がり込むビッグ・チャンス。敗者には死あるのみだ。

 早速この話に乗ったホスキンス。こうしてやって来たイベント当日。相手には連戦連勝の堂々たる体躯のマッチョ男。そこに連れてこられたジェット・リーは首輪をはずされ、ホスキンスに耳元で囁かれる。

 「やっちまえ!」

 ひらりとマッチョ男の前に降り立ったジェット・リー。観客が瞬きする間…ほんの何秒かで勝負は決まった。意気揚々とジェット・リーを連れて帰るホスキンスに、例の紳士が静かに告げる。「この次は、もっと“見せ場”をつくってくださいよ」

 こうしてクルマでゴキゲンに引き揚げる一同。車中で上機嫌のホスキンスは、ジェット・リーに「何か欲しいモノをやる」と言い出した。それに対するジェット・リーの答えはたった一つ。

 「ピアノが欲しい」

 呆気にとられながらも大笑いのホスキンス。だがジェット・リーには、それはかなり切実な願いのようだ。そんな一同を乗せたクルマが街を走っていたが…。

 突然、横からトラックが突っ込んできてクラッシュ!

 大破したクルマに、今度は銃弾の雨あられ。撃ってきたのは、先日ホスキンスが取り立てでブチのめした相手の一味だ。これにはさすがにホスキンスたちも血まみれ。もはや誰もピクリとも動かない。

 ところが物陰に隠れて…ジェット・リーだけは無事だった。深手は負っていたものの、何とかクルマからは這い出した。そんなジェット・リーがヨロヨロと歩きながら辿り着いた場所は…。

 そこはあの骨董倉庫。何台ものピアノが並ぶ部屋。そこでモーガン・フリーマンはジェット・リーが入って来た気配を感じ、まるで何事もなかったかのように彼を迎えた。「やあやあ、また戻って来てくれたね」

 ところがジェット・リーはそんなフリーマンの声を聞いて安心したか、そのまま床に倒れて失神してしまうのだった…。 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 この映画については、ここまでストーリーを紹介すればもういいだろう。

 後は大体、みなさんが想像する通りのお話が展開する。ハッキリ言ってマンガだ。マンガそのものの極端と定石が満載されたお話。さすがリュック・ベッソンの脚本だ(笑)。

 SF作品「フィフス・エレメント」で露呈したそのバカっぽさ。ハッキリ言ってベッソンって、中学生ぐらいの精神年齢しかないのだろう。その後発表する作品は、どれもこれもストーリーだけ見れば「少年ジャンプ」とかに載ってそうな感じだ。だから今回も映画会社の宣伝コピーにある、“「ニキータ」「レオン」以来の感動大作”…な〜んて言葉を鵜呑みにしてはいけない。もっとも今考えてみれば、「ニキータ」「レオン」そのものからして、元々は中学生発想のような気もするが…(笑)。

 幼い頃から「犬」として育てられた男、それに人間の心を与えるのは「盲目のピアニスト」…その世界中の誰だってレイ・チャールズを連想してしまう黒人の盲目ピアニストに、これまた昨今「典型」演技に磨きがかかるモーガン・フリーマンと来た。ミリオンダラー・ベイビーでのボクシング・ジムのオッサン役以来の、まさしく絵に描いたような典型キャラクターだ。笑っちゃうほど「いかにも」な役。

 だが…それもここまで堂々と押し通されてみると、ちょっと抵抗できないくらい、文句が言えないくらいにハマってしまうんだよね。

 そもそもジェット・リーが、ダニー役にハマり込んでいる。「犬」のような男と言えば何ともとんでもない役だが、実はこの役って彼の持つ両面をフルに活かせる役なのだ。それは「犬」は「犬」でもただの犬じゃない…「狂犬」と「子犬」だ。

 ものすごい「狂犬」ファイターならば、元々が武闘派アクション・スターとして出てきた彼のこと。今までこの手の凶暴な役を演じてない彼でも、激しくやれない事はないだろう。そしてもう一方の「子犬」…これこそがジェット・リー演技の面目躍如たるところで、今回彼が最も素晴らしい演技を見せてくれるところなのだ。そもそもジェット・リーは現在相当な年齢にも関わらず、いつまで経っても童顔だ。だから「ロミオ・マスト・ダイ」でもイタズラ坊主みたいな帽子をかぶらされてしまうし、ブラック・ダイヤモンド(2003)でオープンカーにサングラスとキメてみても、ちっともLAの街に溶け込めない(笑)。そんなジェット・リーの童顔と鈍くさそうな純朴さが、今回の役で十二分に引き出されている。しかもそこに「戦える」となれば、この役はジェット・リー以外出来ない役と言っていいだろう。

 そんなジェット・リーを取り囲むのは、これまたマンガのキャラみたいに「典型」人物ばかり。それを…意外性がカケラもないくらい適役な芸達者にふっているから、まったく作品世界にブレがないのだ。モーガン・フリーマンは先に述べた通りだし、今回の「悪役」たるボブ・ホスキンスも、憎まれ役なら何度も経験済み。何よりイギリスの裏の世界に精通するヤクザでデリカシーのない中年男と来れば、善人役ではあるが「モナリザ」(1986)でも本領発揮していた彼の十八番だ。し損じる訳がない。

 映画はここにフリーマンの養女であるケリー・コンドンなる新人女優も交えて展開するが、このジェット・リー、フリーマン、コンドンの三人によって形成される「疑似家族」が、それぞれ黄色人種、黒人、白人…と振り分けられているあたり、これまた絵に描いたような「人類はひとつ」的理想主義だ。そこらへんの単純さやおめでたさは、やっぱりベッソンの中学生発想たる所以だろう。こういう「ボーダーレス」的発想による映画を、「キス・オブ・ザ・ドラゴン」WASABI(2001)、トランスポーター(2002)…とベッソンは執拗につくり続けているからね。志はいいんだけど、ちょっと単細胞過ぎてデリカシーに欠ける。そこがベッソンらしさと言えば言えるだろう。

 それでも今回ばかりはそれらがイヤミにならず、むしろ好感が持てるから不思議だ。それもこれも、すべてはジェット・リーの純朴さがうまいカタチで生かされたからだろうね。今回の彼は「俳優」としても実に良かったと思う。

 監督のルイ・レテリエは前述「トランスポーター」の人。あの作品は「うまみ」は全くない映画だったけど、「余計なモノ」もなかった。まずはお金を払ったぶんだけ楽しませてはくれた。そういう意味では今回もソコソコやる事は予想されたけど、ここまでイヤミなくうまくつくれるとは思わなかった。

 もちろんこの映画を「傑作」…などとバカな事は言うまい。だが今回は、さすがに「うまくやったな」と言わずにはいられない。通俗の極みではあるが、実に身の丈が分かってる。決してこれが傑作でも大作でもないと分かっている。そういう「大衆娯楽講談」の楽しさがあるんだよね。

 

見た後の付け足し

 そもそも今回は…大味が身上のベッソン・プレゼンツ作品なのに、「いかにも」づくしの典型的大衆娯楽作品なのに、妙に細やかな気配りすら感じられる

 例えばフリーマンの養女たるケリー・コンドンの扱いがそれだ。

 典型的「美少女」キャラにして本当にマンガにしてしまう手もありながら、この映画の作り手はそうはしていない。可愛らしいフレッシュな女優を使いながら、その歯にブレスを付けてちょっとだけ「引かせて」いるあたりが絶妙なのだ。

 今回の映画が…相も変わらぬ大味ベッソン娯楽映画なのになぜか好感度が増しているのは、たぶんそんな事の積み重ねではないだろうか。

 

 

 

 

 

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