「スカーレット・レター」

 (ハン・ソッキュ主演)

  The Scarlet Letter

 (2005/06/06)


見る前の予想

 ハン・ソッキュと言えば、シュリ(1999)でわが国における韓国映画が一気に認知されて以来、こちらでもヒットメイカーとして知られるようになった。何でもあちらでは「不敗神話」があるとかで、出る映画出る映画大当たりすると言う。実際「シュリ」の後を追うようにすぐ公開されたカル(2000)も大ヒットとあって、なるほど確かに向こうじゃ「スーパースター」なんだな…と改めて認識した次第。

 だが、そんなハン・ソッキュ「不敗神話」も、ついに崩壊する日がやってきた。「カル」から久々の新作にあたる「二重スパイ」(2003)が、ついにコケてしまったからだ。

 ちょうどそれと前後して、日本には「韓流ブーム」の波が押し寄せていた。好むと好まざるとに関わらず、わが国における韓国映画は新たな段階に入ってしまったのだ。その中で、「スーパースター」ハン・ソッキュもさすがに「過去の人」になってしまったのかもしれない。

 本人にはまことにお気の毒ながら、そんなジリ貧感漂う中で…ハン・ソッキュは早くも次の作品を撮り終えたという。その作品「スカーレット・レター」なるタイトルを聞いて、「アレッ?」と思った人は僕だけじゃないだろう。「スカーレット・レター」(1995)と言えば、ちょっと前にデミ・ムーア主演で公開されたナサニエル・ホーソンの「緋文字」の映画化作品ではないか。さては…ラクロの「危険な関係」を朝鮮貴族社会に持ってきたヨン様主演「スキャンダル」(2003)なんて映画があるくらいだ。これは韓国版「緋文字」なのだろうか?

 それにしても…「緋文字」とはおよそ古色蒼然とした題材を持ち出してきたものだ。何を今さら…と思っていたら、この「スカーレット・レター」はどうやら「緋文字」の映画化ではないらしいと分かる。それではどんな映画だろう?…と思っていたら、今度は何と青天の霹靂の出来事が起こってしまったではないか。

 共演者の女優イ・ウンジュの自殺事件だ。

 僕もこの女優については多くを知らないが、昨年あたりから作品を何本か見て、ちょっと気になる存在にはなっていたんだよね。だから、この突然の死はとても衝撃的だった

 これについてはゴシップもいろいろ飛び交ったが、何でもこの「スカーレット・レター」も自殺に一役買ったフシがあると言う。これはまた何ともスキャンダラスな話題を振りまく映画になってしまった。韓国じゃ「スーパースター」とは言え、毒や色気を振りまく方はトンと期待できそうにないハン・ソッキュ。これはいかにも不本意なことではなかったろうか。

 それはともかく、この作品自体もどこかスキャンダラスな題材だと聞いて、多少内容が気にならずにはいられなかった。ハン・ソッキュというスターの今後の動向を占う上でも、これは微妙な作品となろう。おまけに…これは作品にとっては気の毒なことになってしまうが、どうしたってイ・ウンジュの遺作として見ない訳にはいくまい

 「韓流ブーム」がいまだにわが国の映画市場を席巻する中…それとはひと味違うこの作品を早速見に行ったのは、そんな事情からだ。

 

あらすじ

 おいしそうな実がなる木があった。女はその実を取って食べた。共に夫にもその実を与えたので、夫もまたこれを食べた…。

 郊外をクルマで爆走中の男が一人。この男ハン・ソッキュは、自信満々のやり手刑事だ。今も携帯に事件発生の連絡が入っていながら、余裕綽々でカーステのオペラに耳を傾ける。

 事件は、とある写真館で起きた。ここの主人が頭をカチ割られて、写真館内で死んでいたのだ。発見したのはこの男の妻ソン・ヒョンア。彼女は血まみれになりながら、半ば錯乱状態で警察に通報を入れたのだった。

 死因は鈍器によるものと思われたが、殺人現場に凶器は見あたらない。犯人がどこかへ持ち去ったのでは?…と推察する新米刑事に、ハン・ソッキュ刑事は尊大とも言うべき態度で言い放つ。「いいか、メモっとけ! 鈍器が凶器だった場合は、犯人は犯行現場からは持ち去らない!

 当然のように妻ソン・ヒョンアは容疑者と見なされた。取り調べのために警察署へと連行された彼女。だがハン・ソッキュ刑事がコーヒーを取りに行っている間に、彼女は取調室のソファで眠り込んでいた。あまりに無防備な姿で…。

 どこか男好きするような風情の、この女。

 「ブルー・ノート」のステージで、バンドを従えて歌う女性シンガー。彼女の名はイ・ウンジュだ。歌う彼女のまなざしの先には、たった今店内に入ってきたハン・ソッキュ刑事の姿があった。ステージを終えた後、たちまち激しく愛し合うイ・ウンジュとハン・ソッキュ。

 妖しく男心をそそる、この女。

 そんなハン・ソッキュも、自宅に帰れば妻オム・ジウォンの良き夫として振る舞っていた。妻のお腹に新たな命がすくすく育っているとなればなおさら。夫ハン・ソッキュに幸福な家庭を約束してくれる、貞淑で従順を絵に描いたような妻オム・ジウォン。

 男に安らぎと平安を与えてくれる、この女。

 例の写真館殺人事件は、あまりと言えばあまりに型どおりの展開を見せていた。妻ソン・ヒョンアは夫に内緒で何度も中絶を繰り返し、夫に多額の保険金を懸けていた。また張り込み中の刑事からの報告で、彼女がゴロツキに金を渡していたという事実も発覚する。

 「要するに男と女とアレとカネよ!

 上司はあまりに実もフタもない決めつけ方をするが、実際このままではそのものズバリの結論に落ち着きそうだ。だが、どうもハン・ソッキュ刑事は納得できない。

 そんなハン・ソッキュが妻オム・ジウォンを伴って病院へ行くと、看護婦が意外な言葉を告げるではないか。「もう中絶しないようにしてくださいね」

 「もう」…では、今まで何度か中絶した事があるのか?

 そんな悶々とした思いを抱えながら、ハン・ソッキュ刑事は今日も写真館へと足を伸ばす。当然、被害者の妻ソン・ヒョンアに揺さぶりをかけるためだ。確かにこの女は何かを知っている。それとも…自分はどこかこの女に惹かれているのだろうか?

 そんな最中、ハン・ソッキュ刑事の携帯に電話が入る。面倒くさげに電話に出たハン・ソッキュは、まるで職場からかかってきた電話のように応対してぞんざいな切り方をする。だがそんなハン・ソッキュに、ソン・ヒョンアはまるで何もかもお見通しのようにズバリと告げる。「後でちゃんと電話してあげてくださいね。“彼女”、きっと待ってるはずですから

 ギョッとするハン・ソッキュ刑事。確かに電話の相手は“彼女”…イ・ウンジュだった。

 彼女は曲の練習中に激しい吐き気を催し、自分が妊娠している事に気づいた。その相談のために、ハン・ソッキュとぜひとも話がしたかったのだが…。

 だがハン・ソッキュから、折り返しの電話はなかった。

 そんなある日、警察署に被害者の妻ソン・ヒョンアがやってきた。彼女が持参したのは、彼女本人を盗み撮りした写真。撮影したのは、例の写真館の常連客であるメガネ男だ

 このメガネ男は写真館に足しげく通ううち、ソン・ヒョンアに惹かれるようになったらしい。そんな彼の態度に、ソン・ヒョンアの方も悪い気はしなかった。いつしか彼がやってくるのを心待ちにするようになる。

 「毎日写真館に一人でいると、とても退屈なんです」

 だが現像のために持ち込まれた写真の中に、ソン・ヒョンアの盗撮写真を発見した夫は逆上。口論になったソン・ヒョンアが外に飛び出し、しばらく経ってから帰宅してみると…。

 その頃イ・ウンジュは、自宅に投函されていたクラシック・コンサートの招待状を手にしていた。そのコンサートは、チェロ奏者でもあるオム・ジウォンの出演するものだった。舞台が終わった後に夫ハン・ソッキュとにこやかに語らうオム・ジウォン。そこに花束を持ったイ・ウンジュも駆けつけ、オム・ジウォンを祝福する。何とオム・ジウォンとイ・ウンジュは、学生時代からの親友同士だったのだ。

 その席上で、イ・ウンジュはオム・ジウォンの妊娠を知らされた。

 そんな打ち上げパーティーの最中に、イ・ウンジュは携帯でハン・ソッキュと秘密の会話を交わす。ジワジワと追いつめていくイ・ウンジュと、進退窮まってきた事に焦るハン・ソッキュ。そしてお互い携帯で会話を交わしている事がミエミエの二人を見つめるオム・ジウォン。

 そんな三人三様の思惑が、水面下で怪しげに交錯して…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 ここまでストーリー読んだ方は、この映画がすごく面白そうな展開になると思うんじゃないだろうか?

 そして一番オイシイ部分でストーリーを切ったな…と、そう思われるに違いない。それは確かにその通りだ。お察しの通り。

 なぜならこの後、ドラマとしてはほとんど発展がないからだ。

 主人公の刑事と愛人の女性シンガー、そして妻の三人の関係は、このまま煮詰まった状態で後半までネチネチと持ち越してしまう。実はここまでで提示された以上のモノは、これ以降「ヤマ場」まで出てこない。

 そして話のもう一本のタテ糸である写真館殺人事件は…もっとつまらない展開を見せる。犯人じゃないかと思われていた人間が、やっぱり犯人でした…という結論だ(笑)。ハッキリ言って、ミステリーとしては最悪の展開。まぁ、見ている側だって最初から最後までそれを疑わないだろうし、大して面白みもないエピソードでしかない

 この殺人事件の「オンナは怖い」的な意味合いが、主人公の刑事を中心にした三角関係と二重写しになってくる…というのは、湿っぽい日本の刑事ドラマなどにありがちな展開だ。ところが実際のところ、この殺人事件はこれ以上メインの物語とは絡んで来ない。そもそもが殺人事件も「これだけ」の話でしかないから、「オンナは怖い」以上の絡みようもないのだ。

 大体が「凶器はどこへ行った?」なんて、冒頭からマヌケな話が出てくる始末。それが当の写真館に置いてある事は、見ている観客の誰もが即座に分かることだろう。冒頭に出てくる血まみれの妻の姿、殺人現場にブチまけられたモヤシ…どれをとっても最初から結論はミエミエ。大げさにカッコつけて見せているだけに、余計アホくさく見えてくる。よっぽど観客は勘が悪いとでも思っているのだろうか?

 さらにメインのお話も、先に述べたようにどん詰まりだ。

 一応、昨今の韓国映画恒例の「どんでん返し」が用意されているものの、実はそれって話の中盤にすでに割れている。かつてミケランジェロ・アントニオーニの旧作で同趣向のオチが出てきた時には、それなりに衝撃もあったんだけどね。ここでは「どんでん返し」のサプライズを用意するためのあざとさしか感じない。

 正直言って始まって最初の30分は、なかなかカッコよかったんだよね。意味ありげだが意味不明な湖畔のクルマのショットが出てきて、オペラをガンガン流してクルマを爆走させるハン・ソッキュ、血まみれの殺人事件、そして物憂げに歌う女性シンガー=イ・ウンジュのライブ、絡み合う二人の肉体…などなど、映画滑り出しのくだりはムードもテンポもまことに快調。こりゃすごく面白くなりそうだと思っちゃったよ。まさか、そこからほとんど物語が発展しないとは思わなかった。

 もっとも後々考えてみると、この時点でヤバさの芽みたいなものはチラついてるんだよね。その最たるものはクルマを走らせているハン・ソッキュ。ヴェルディのオペラなんかに陶酔しちゃってる様子は、ちょっとスカしてるような気がしないでもない。

 おそらくこの場面のヒントとなったのは、アメリカ映画処刑人(1999)に登場するエキセントリックなFBI捜査官ウィレム・デフォーだろう。確かにあのキャラ…ウォークマンでオペラを聴きながら捜査に赴く、やたら芝居がかったポーズのエリート捜査官という役柄は何とも傑作ではあった。本作のヤマ場でハン・ソッキュが汗だくで汚物にまみれヨレヨレになってしまう点も含めて、「処刑人」のデフォーが原型である事はほぼ間違いないと思われる。だがハン・ソッキュのこの場面は、ハッタリ感はすごくあるけど現実味はゼロだろうねぇ。ズバリ言えば、気取りすぎなのだ。

 考えてみればオペラ愛好者のスゴ腕刑事の妻がチェロ奏者で、愛人がジャズ・シンガー…ってのも、そういう奴らが現実にいたっていいけど、まずはいないだろう(笑)。そのスゴ腕刑事ハン・ソッキュが拳銃の分解組み立ての時間を計る場面が何度か出てくるが、それってお話にはまるで絡まない。おまけにこいつの刑事になった志望動機が、拳銃が撃てるから…ってのはどういう事だ。そういうシチュエーションやキャラクターが映画に出てきてもいいが、これってそんなお話じゃあないだろう。

 結局凄惨なラストに至って、カッコつけだけで拳銃をひけらかしてた主人公が、銃というモノの持つ忌まわしさを思い知る…という仕掛けなのかな? だけど…この銃に関する意味づけって、見ている側にはそこまで到達しない。そもそも、そんな事で警察志望する刑事ってあまりにガキ過ぎないか? それもこれも、実際のところ単なる思いつきにとどまってしまっている。

 思い切りカッコつけてる割には、先の写真館での凶器の件と同様、笑っちゃうほどのバカバカしさが覗いてしまう。もちろん作り手は、客を笑わそうとしている訳ではないはずだ。

 監督・脚本はピョン・ヒョクなる人物。今回の作品を見るまでは忘れていたが、こいつの映画は前に一本見ている。それは「八月のクリスマス」(1998)や「カル」(1999)でおなじみ、今は引退したスター女優シム・ウナ主演の「Interview」(2000)だ。

 フランス帰りの映画監督イ・ジョンジェが、デジタル・ビデオカメラを使ったドキュメンタリー映画を制作する。それは有名無名、さまざまな人々に「愛」についてのインタビューをする映画だ。その一人としてたまたま撮影したのが、シム・ウナ演じる普通の女の子。監督イ・ジョンジェは彼女に惹かれて、公私混同でどんどん深入りしてしまう。だが、実は彼女には秘密があって…というお話。

 実はこの監督ピョン・ヒョク自身がフランスで映画を勉強してきたとかで、だからこの作品もどこか私小説的内容なのだろう。だが…ハッキリ言って「おフランス帰り」をひけらかしているようにしか見えない(笑)。本人は気取ってるつもりなのだろうが、それがかえって恥ずかしく見えてしまう。そもそも「愛」についてのインタビューって…あまりに漠然として芸のないテーマからして、青臭くて見てられない。イマドキ田舎の高校の映研だって童貞坊主だって、そんな幼稚な題材で映画撮らねえよ

 この映画はラース・フォン・トリアーが提唱した「ドグマ」のアジアにおける一作目とのことだが…そもそも「ドグマ」って時点でもうダメダメだ(笑)。

 劇中には確かパリでアンドレイ・タルコフスキーの墓参りをする場面もあって、本人はオマージュかリスペクトのつもりなんだろうが、見ている方は北風ピュ〜ピュ〜で寒くてしょうがない。おフランスの気取りとその割に…というか、おフランスがカッコいいと思っている時点で実はかなり鈍くさく野暮ったい。さらにはビックリしちゃうほどの青臭さ幼稚っぽさ…。そういや今回の映画とどこか似通った点があるよね

 今回も冒頭に出てくる聖書の引用、ヴェルディのオペラ、「ブルー・ノート」でのライブ…と来て、ホーソンの小説を持ち出す大げささ。だが、これがまたわざわざタイトルにするまでもない、実にしょーもない引用なのだからトホホな気分になる。本当なら“主人公たちのドロドロ関係”〜“写真館殺人事件の夫婦関係”〜“ホーソンの「緋文字」”…ついでに言えば“ヴェルディのオペラ”も…が不可分にリンクし合って、相乗効果で「愛の地獄」を盛り上げるべきところなんだろうが、何よりそれぞれの「愛の地獄」が何となくの連想と思いつきで貼り付けられているだけだから、あまり深い関わりもなければ絡みもない。ただポ〜ンと放り出されるだけで、それぞれがあまり関係なくなっちゃってるんだよね。

 そして何よりカッコつけて大げさに主人公たちの三角関係やら殺人事件を盛り上げたものの、元々が思いつきだけで描くべき部分があまりないからすぐに尻すぼみになってしまう。お話に発展性がないというのは、おそらくそういう事だろう。

 冒頭30分が結構面白そうだっただけに…どんどん煮詰まって話が先に進まなくなってからがツラかった。特に殺人事件なんてどうでもよくなって来ちゃったからね。

 

見た後の付け足し

 そんなお話は、結局クルマのトランクの中にハン・ソッキュとイ・ウンジュが閉じこめられての「愛の地獄」…という何とも八方塞がりのヤマ場を迎える。

 まぁ、そこで煮詰まって錯乱状態になる様子は主役二人の大熱演でそれなりの見せ場になっているものの、これがこの思わせぶりの物語の帰結点なのか…と思うと、やはり少々失望せざるを得なくなってくる。

 何より問題は、ハン・ソッキュを巡る「愛の地獄」がイマイチ見る側に伝わって来ない事だ。

 あまり偉そうな事は言えないものの、こんな僕だってミニミニ版・プチ「愛の地獄」のスモール・サイズぐらいなら多少経験していない訳でもない(笑)。そんなお恥ずかしい限りの貧弱な個人的体験から思い起こすと…「地獄」が「地獄」たるゆえんは、何より平凡でフツーと思っていた自分がありふれた日常の中で、当たり前の恋愛というなりゆきの中で狂っていくところにあったと思うのだ。

 凡人を絵に描いたようなつまらない人物であり、テメエの事なら知り尽くしているはず…と思っていた自分。それが慣れ親しんだ毎日の営みの中で、自分でも思いもかけない「知らない人間」の顔を見せていく。普通に毎日暮らしていく中で、幸せを約束してくれるはずの愛が引き金になって自分が壊れていく。そんな平凡と日常の中に忽然と現れる、自分ではどうにもコントロール出来ない思いがけない「狂気」が怖いのだ。あの時に僕は、「何でこの人が」…と思われるような人物が、誰にも説明出来ない理由で犯罪やら殺人やら自殺を犯してしまう理由が、ハッキリと自分の事として理解出来た。僕がどんな罪も犯さず無事に生還できたのは、単に運が良かったからに他ならない。僕はただただラッキーだっただけなのだ。一つ間違ったら本当に奈落の底だった。それでも人生破綻の一歩手前までいっちゃったからね。

 ところがこの映画では、いきなりヴェルディのオペラを芝居がかったポーズで歌う男…とくる。そんな腕利き刑事とチェロ奏者とジャズ・シンガーのトライアングル…って、一体この設定のどこにリアリティを感じられるのだ。ならばそれもよし…作り話なら作り話でいっそウソで面白くコテコテに盛り上げて欲しいところを、元々が発展性のない物語はどんどん先細っていく始末

 リアルさか濃い派手派手さか…いっそどっちかにしてくれよ。

 おそらくはこの監督、自身で「愛の地獄」を経験した事はあるまい。想像する事さえ出来ないだろう。単に思いつきで持ってきただけで、他の映画やら本やらから引っ張ってきてこねくり回してつくったんだろう。そもそも前作で「愛」についてのインタビュー…なんて、寝言ホザいてるあたりからして分かってないよね。

 ハン・ソッキュは「二重スパイ」の失点を挽回しようとしてか、ガラにもなくふてぶてしい男を全編にわたって大熱演。男の思い上がりとスケベ根性とアホらしさを分かりやすく表現して、なかなか頑張ってるな…とは思うけれど、残念ながら彼の顔ってこの役のタイプじゃないんじゃないだろうか? そもそもイケメン「韓流ブーム」の到来と共に退潮現象を起こしたあたりからして、大変お気の毒ながら彼の時代が一つの終わりを見た気がしてしまう。もし彼が出直すとしたら、本来の彼の個性に合ったものでリスタートすべきような気がするのだが…。これ一作で結論を下すのは早いが、今のところはそれが僕にとっての正直な印象だ。

 そして問題のイ・ウンジュだが…自殺原因と噂されたヌードの濡れ場にしても至っておとなしいし、演じるキャラクターの「愛の地獄」的展開も前述した通りあまりリアリティを感じない。この映画に出演したからと言って、とても自殺を選ぶとは思えないのだ。もし、仮にそうだとしたら…コミカルなオー!マイ DJ(2004)は別にして、つい先日ようやく公開された「バンジージャンプする」(2001)、そして永遠の片想い(2002)、ブラザーフッド(2003)…その他にも日本未公開の作品などで、立て続けに死ぬ役を演じ続けたそのあたりこそを問題にすべきではないだろうか。

 そんなこの映画でのイ・ウンジュはそれまでの彼女のイメージとはガラリ様変わりして、なかなか雰囲気を出していたように思う。実際に冒頭近くでの「ブルー・ノート」でのライブ場面は見もので、ザ・コアーズの歌をうたう彼女は、うまくはないかもしれないが「いかにも」なムードを醸し出していた。実際映画が後半にどん詰まりな展開になってからは、こんな事なら彼女のカッコいいライブ場面をもう一つぐらい欲しかったと思ったくらいだ。

 そういう意味では…この「スカーレット・レター」が女優イ・ウンジュの最終作とは、何とも惜しいなと思わずにはいられないんだよね。

 少なくとも…“コレ”で終わりはないだろう。

 

 

 

 

 

 to : Review 2005

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME