「PTU」

  PTU

 (2005/05/02)


 

見る前の予想

 とにかく僕は、香港のジョニー・トー監督にシビれてしまったクチだ。

 ただし大きな声じゃ言えないが、以前はジョニー・トーなんて名前はまったく知らなかった。こちとら香港電影について大して詳しい訳じゃなかったからね。ただ親しい人からジョニー・トーという名前と、その監督の撮ったザ・ミッション/非情の掟(1999)という作品の存在を聞いて、見に行かなければ…と思ってはいたのだ。だがいかんせん、都内でもどっちかと言えば辺鄙な場所で一館だけの上映。ウカウカしている間に公開は終わってしまった。

 それでもこの映画の事は、僕の記憶の隅にずっと残っていた。勧めてくれた人の尋常でない推しっぷりが、この映画をタダモノでないと感じさせたんだよね。

 そして僕としては異例な事に、DVDが発売されたら見てもいないのに買ってしまった。そして見て驚いた!

 カッコよすぎる!

 本当にこれにはショックを受けた。その日は立て続けにDVDを三回見た。だって一番おいしかった頃のウォルター・ヒルと同じくらい…いや、もっとスゴイ映画を撮っていたんだからね。本当にトコトン惚れ込んでしまったよ。そして劇場で見なかった不明を恥じた。

 ところで僕はそれが初めてのジョニー・トー体験かと言うと、実はそうじゃなかった。2001年の東京国際映画祭で、僕は痩身男女(2001)なる映画を見ていたのだ。

 ところがコレってアンディ・ラウとサミー・チェンがデブの特殊メイクを着けて登場する爆笑コメディで、ハンパな付け焼き刃ではなく本格的に笑わせてくれる快作なのだ。どう考えてもクールな男の世界をストイックなまでに見せる「ザ・ミッション」との落差がデカ過ぎる。

 その後いろいろ聞いてみると、ジョニー・トーという監督は自分が本当にやりたい企画をやるために、いくつもの金稼ぎ映画をつくっているのだとのこと。そういう監督は確かにいろいろいた。アナーキーな「馬鹿宣言」(1983)やアバンギャルドな旅人<ナグネ>は休まない(1987)を撮るために、エロ映画「膝と膝の間」(1984)やスポ根マンガ映画「外人球団」(1986)を撮っていた韓国のイ・チャンホもそうだった。「地獄の黙示録」(1979)や「ワン・フロム・ザ・ハート」(1982)でスッカラカンに金を使いきったあげく、「ペギー・スーの結婚」(1986)や「友よ、風に抱かれて」(1987)で小遣い稼ぎをしたフランシス・コッポラもしかり。だが彼らの金稼ぎ仕事は、一見してハッキリ「お仕事」と分かる仕上がりだった。どう見たってノッてやってないのがミエミエ。見る側もそれが分かった上で見ている…という、「お約束」の映画である事が多かった。

 ところがこのジョニー・トーの映画は、金稼ぎのはずの映画も尋常ではない面白さだから困る。

 そんな訳でその後もジョニー・トーの映画を何本か見た僕だが、それらの作品「Needing You」(2000)もターンレフト・ターンライト(2002)も、ちゃんとそれなりに面白く出来てはいた。実は後者はちょっとイマイチだったのだが、「ザ・ミッション」でイイ味出してたラム・シューがゲスト出演していて、見ている方としては嬉しかったりした。あと僕は見逃してはいるが、アンディ・ラウが再び特殊メイクで筋肉マン化する「マッスル・モンク」(2003)なる映画も来た。

 だが、これらは明らかに「金稼ぎ」の映画。そろそろ彼の「本気」の方が見てみたい。実はそんなウワサの映画「PTU」(2003)が、一昨年の東京フィルメックスに上陸していたらしいのだ。だが、どうもフィルメックスと僕とは相性が良くない。結局この作品は見れずじまいで、一般公開に望みを託すしかなかった。

 それから待って待ち続けて…やっと「PTU」が劇場にかかった!

 これは見るしかないだろう。世の中にはきっと、見なきゃいけない映画というものがある。今の僕にとっては、まさにこの映画がそれだ。

 

あらすじ

 香港警察機動隊(PTU)メンバーがパトロールのために、今まさにクルマで街中を運ばれているところ。ラジオからはやたら物騒なニュースが流れている。それは今朝起きた強盗事件のニュースだ。何でも事件を起こしたのは武装した4人組。この事件で警官一人が射殺され、凶悪な犯人一味は依然として逃走中だと言う…。

 PTU若手メンバーたちはこの殉職のニュースをサカナに冗談を飛ばすが、そんな若造たちを隊長サイモン・ヤムはピシリとたしなめる。「やめろ、身内の事じゃないか

 後に続けるように紅一点隊員マギー・シュウも続ける。「大切なのは、無事に生きて帰ることよ」

 実際この混沌とした香港の街は、夜になったら何が起きるか分からない。それが誰であろうと、まったく予断を許さないのだ。だから、決して油断してはならない。もし、あなたが生きて帰りたかったなら…。

 さて、そんな香港の喧噪の中、繁盛している一軒の中華料理屋があった。そこに乗り込んで来たのは、肩で風切る若造の一団。リーダー格のポニーテイル男のツラからして、どう考えてもワルでしかあり得ない。

 こいつらは奥の空いている卓に案内されるが、たちまちそこを離れて隣の卓へ。そこでは長髪のアロハ男が一人でメシを食っていたが、ポニーテイル一味はそんな事はお構いなしだ。逆に慌てて駆け寄って来た店長に向かって、やたらスゴんでくるからタチが悪い。「あっちの席は空調から水が垂れるぞ、フザけんな!」

 こうして居心地も悪くなってきたし店長には頭を下げられるしで、長髪アロハ男は仕方なく席を替わる。彼が席を移るや、ポニーテイル一味はガハハとデカい態度で飲み食いを始めるテイタラクだ。

 ところが…そこにもう一人の男が入ってくる。一見サエないオッサンに見えて、夜の街に睨みをきかす男。香港警察・組織犯罪課のラム・シュー刑事だ。

 ラム・シュー刑事はポニーテイル一味に目をつけると、わざわざ連中の卓に割り込んで座り込む。これにはポニーテイルもムッとするが、相手が刑事だけに手が出せない。結局また店長を呼びつけてポニーテイル一味は隣の卓に移り、またしても長髪アロハ男が追い出された。店長はアロハ男に平身低頭だ。「申し訳ない、ちゃんとビール付けるから」

 やがてポニーテイルの携帯に電話がかかり、彼は手下を店の外へと向かわせる。次にはラム・シューの携帯が鳴り出し、捜査の呼び出しを受けて彼は店を出た。

 すると…店の前に停めたラム・シューのクルマを、あのポニーテイルの手下がキズ付けているではないか。

 「野郎っ!」

 ラム・シューは手下を追って慌てて走り出す。その様子を見ていた別のチンピラが、日頃の鬱憤晴らしとばかりラム・シューのクルマに黄色いペンキをブチまける。だが当のラム・シューは、ポニーテイルの手下を追ってダッシュの真っ最中だ。

 さて、卓に一人残って食事を続けるポニーテイル。隣の卓には、例の長髪アロハ男がまだメシを続けていた。そんなアロハ男の携帯にいきなり電話だ。「はい、了解しました」

 電話を切ると、アロハ男がいきなり立ち上がる

 ポニーテイルの背中から胸を貫通して、デカい包丁がブッ刺さる

 長髪アロハ男は、そのまま何食わぬ顔で料理屋を出ていった。ポニーテイルは唖然呆然としていたが、やがて事態に気づいて慌てて店を飛び出す。

 包丁が刺さったまま、タクシーを拾うポニーテイル。「病院だ、急げ!」

 だがタクシーの運転手は、いきなり包丁が刺さった男の出現に動転。慌ててクルマを飛び降りてしまう。仕方なくポニーテイルは、自ら運転席に移ってタクシーを発進。胸に包丁が貫通したまま、夜の街にタクシーをブッ飛ばす。

 その頃ラム・シュー刑事は、ポニーテイルの手下を追って息も絶え絶えになっていた。ただし向こうもすでにヨレヨレ。何とか物陰に隠れはしたものの、もはやラム・シューの手の届く場所にいるはず。

 ところがこいつはワナだった。他の手下たちと一緒に物陰に隠れて、ラム・シューがやって来るのを手ぐすね引いて待っていた。

 ところがこういう事なら一日の長があるのがラム・シュー。彼は連中を迎え討ってやろうと、反対側から回って来た。

 そんなラム・シューが、バナナの皮で足を滑らせる!

 誰かが倒れた音を聞きつけ、連中が慌てて駆けつける…!

 それからしばらくして、パトロール中のPTU隊員たちが現場に駆けつけてみると…ラム・シュー刑事は難を逃れたとは言え、ボコボコにされて血だらけ。それでもベテラン刑事の沽券に関わるのか、スベって転んだだけ…と主張するばかり。そんなラム・シューの気持ちは、サイモン・ヤム隊長もよく分かる。なかった事にしてやろう…と思ったその時!

 何と、彼の拳銃がない!

 果たして、ポニーテイルの手下たちに奪われたのだろうか…。これはエライ事になってしまった。報告しなければ大変な事になる。PTU紅一点マギー・シュウが連絡しようとしたその時…サイモン・ヤム隊長が彼女を止めた。

 ラム・シュー刑事も必死で頼み込む。「来月昇進がかかっているんだよ…」

 サイモン・ヤム隊長は、そんなラム・シューを見捨てられなかった。彼もまた自分たちの「身内」だ。せめて今夜いっぱいまで、ラム・シューが拳銃を探す猶予をやろう。そして自分たちも出来る限り探してやろう…。

 隊長自らにこう言われてしまうと、さすがのマギー・シュウも他の若手隊員も文句が言えない。こうして彼らPTU隊員たちも、ラム・シューの拳銃探しに協力する事になった。

 まずはポニーテイルの手下が怪しい…と聞いて、ポニーテイルの従兄弟をシメ上げる事にするサイモン・ヤム隊長。ゲーセンにタムロするポニーテイル従兄弟の一味を包囲したPTU隊員たちは、まずはイキがるパシリ野郎をシメる。首筋に入ったタトゥーを「汚れてるから拭け」といきなり無理難題だ。

 さすがにこれは本気だ…とビビるポニーテイル従兄弟。サイモン・ヤム隊長はそんな彼を思いっ切り脅しまくる。

 「今すぐポニーテイル野郎と連絡を取れ」

 さらに彼が電話をかけるまで、例のタトゥーのパシリ野郎をボカスカと痛めつけ放題だ。そしてパシリに、ひたすら首筋のタトゥーを無理矢理指で拭わせる。これにはポニーテイル従兄弟もたまらない。慌てて携帯に電話を入れるしかない。

 だが…携帯は通じない

 あのポニーテイル男はタクシーを運転したまま出血多量で失血死し、停車中のクルマに頭から突っ込んでしまった。奴は結局病院までたどり着けなかったのだ。携帯はそんな奴の足下に落ちて、今も虚しく受信音を鳴らしていた

 だがサイモン・ヤム隊長はまったく手を止めない。タトゥー・パシリをボカスカ痛めつけ続ける。焦るポニーテイル従兄弟は、再び携帯に電話を入れる。

 だが…携帯は通じる訳がない

 サイモン・ヤム隊長はそれでも手を止めない。もはやイキがる気力もなくしてヒーヒー泣くばかりのパシリ。ずっと指で拭い続けの首筋は、もはや皮膚がめくれて血がにじんでいる…。

 さて、夜の街に飛び出したラム・シュー刑事の方は、いきなり交通事故現場に居合せビックリ。それはあのポニーテイルが死んだ現場だった。警察もやって来て現場検証の真っ最中。その現場で、ポニーテイルの携帯がやかましく鳴り続けている。それを見ていたラム・シューは、電話に出たくて出たくてたまらない。ひょっとしたら、何か拳銃の手がかりがつかめるかもしれぬ。こうして何とか現場の刑事たちの目を盗んで、「証拠品」の携帯を手に入れたラム・シューは…。

 「何だ、あんたか」

 何の事はない、電話の向こうに出たのはPTUサイモン・ヤム隊長だ。双方とも妙にホッとする一瞬。だがポニーテイルが殺されたという事は、拳銃はその仇討ちに使われる可能性が出てきた。改めて血の気が退くラム・シュー刑事。

 ともかくヤム隊長はポニーテイルが殺された事を知って、やっとこ従兄弟をシメるのを止めた。さて…拳銃の手がかりは一体どこにあるのだろうか。

 そんな頃、例のポニーテイルの事故現場にいきなり新顔が現れた

 キレ者女刑事ルビー・ウォン率いる香港警察特捜班(CID)の面々だ。もちろん彼らは言わずと知れたエリート集団。担当刑事たちをも見下すような態度で、現場を思うがままに仕切始めた。

 ところがそんな女刑事ルビー・ウォンが、「証拠品」の携帯の紛失に気づいたからいけない。不正があると来れば身内とて容赦しない特捜班のこと、たちまち色めき立ったのは言うまでもない。ところが次の瞬間、ラム・シュー刑事が「証拠」を持って登場だ。「何だ、ダメじゃないかこんな所に落としちゃ」

 だが、彼の態度はあまりにも不自然だ。どう考えても怪しい。女刑事ルビー・ウォンは、早速ラム・シューを疑いの眼差しで見つめる。

 一方、別働隊としてパトロール中の紅一点マギー・シュウをはじめとする隊員たちは、裏町で奇妙な光景を見つける。路上に駐車してあるクルマの窓ガラスが壊され、そのまま放置されているのだ。しかも、少し離れたところには、また別の窓を壊されたクルマが…これは一体…?

 そんな真夜中の街を、キコキコと自転車を漕いで走る幼い男の子が一人…。

 その頃サイモン・ヤム隊長たちは、たまたま通りかかった挙動不審者を「尋問」。早い話がまたぞろイタぶって、何とか泥を吐かそうとしていた。だが痛めつけ方が勢い余って、突然チンピラの呼吸が止まる。慌てふためいて人工呼吸を始めるサイモン・ヤム隊長だが…。

 たまたまそこに「PTU」別隊の隊員がやって来るではないか。

 この男、退屈しのぎにヤム隊長の隊のパトロールを志願した…と言う。これには大慌ての一同。もし拳銃を紛失した事、それを一同が黙っていた事、こうして不正捜査を行っている事…が外にバレたらエライ事になる。幸いチンピラは息を吹き返し、何とか別隊の隊員の目も誤魔化してセーフ。このチンピラから、例のポニーテイルの手下たちのアジトも聞き出せたのはラッキーだった。

 だが事ここに至っては、ラム・シューの一件にこれ以上関わり合っているのはヤバ過ぎる。若い隊員たちも、さすがについていけなくなりそうだ。「隊長、もういいかげん手を引きましょう。これが限界ですよ」

 だがサイモン・ヤム隊長は、一歩も退こうとはしない。「ならばオマエたちは好きにしろ」

 そう言われてしまうと、彼らとて隊長だけに行かせる訳にはいかない。ともかく一同は、連中のアジトへと急ぐ事になった。事情を知らぬ別隊の隊員を、何食わぬ顔で同行させながら…。

 その頃ラム・シュー刑事は、まるで「スター・ウォーズ」のジャバ・ザ・ハットみたいな暗黒街の事情通ウォン・ティンラムと接触中。彼の情報によって、ラム・シューにも何となく一連の事情が読めてきた。

 殺された例のポニーテイル男は、「ハゲ」と言われる大ボスの息子だ。この「ハゲ」の組織と敵対する組織のボスが「ギョロメ」なる人物で、当然今回のポニーテイル殺害でも疑いを持たれている。だが「ギョロメ」はこの一件には関係ないらしい。奴の手下が暴走したのかもしれないが、「ギョロメ」自身はそれを命じていないと言うのだ。

 それでも「ハゲ」は、あくまで「ギョロメ」が犯人だと決めてかかっている。このままでは報復されるのが必至の「ギョロメ」は、警察の保護を求めてラム・シューと連絡を取りたがっている…と言うのだ。

 ならば当たって砕けろ。ここは直接「ハゲ」に尋ねてみるしかないだろう。ラム・シューは携帯で「ハゲ」と直接連絡を取った

 だがそんなラム・シュー刑事の後を、女刑事ルビー・ウォンたちが追っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た後での感想

 やっぱり面白かった!

 困ったな、他に言いようがないよ。とにかくあれよあれよの展開でダレる間もない。それもそのはず。この映画は90分を切っているというコンパクトさ。贅肉なんてこれっぽっちもないシェイプアップされた映画なんだよね。

 そもそも、全編夜の街で展開されるクールなアクション映画なんて、往年のウォルター・ヒルの「ザ・ドライバー」(1978)あたりしかパッと頭に浮かんで来ない。かと言って、過度にスタイリッシュだったりええカッコしいだったりもしていない。何しろ主役の一人があの「ザ・ミッション/非情の掟」にも出ていたブタっ鼻のオッサン、ラム・シューだからねぇ(笑)。ええカッコになりようもないが。

 とにかく次から次へと予想外のアクシデントが発生。当事者の思惑が錯綜して、先がどうなるか全く読めない。真夜中の香港の街を舞台に、主人公たちにとってはまさに悪夢のような一夜が繰り広げられるのだ。伏線を張りまくったこの脚本も見事なら、夜の街の得体の知れなさを漂わせる、シネマスコープ・サイズを活かしきったカメラも素晴らしい。いや、困ったな。この映画を評するのには、言葉はあまりに無力なのだ。情けない事に、僕はとりあえずスゲエスゲエと言うしか他にないんだよね。こんな事ってめったにないよ。

 ただ、そんな中にもそれなりに目に付く点はある。

 今回の主人公たちは確かに刑事やら機動隊員などその道のプロではあるが、「ザ・ミッション」の主人公たちのようにスタイリッシュだったり、ストイシズムを感じさせる男の美学だったり、プロフェショナリズムだったり…そういう余人の追随を許さないような規範を持った人物たちにはあまり見えない。元々、出動要請をもらってるのにクルマをキズつけられちゃってチンピラを深追いする刑事が出てきたり、その刑事が拳銃を失った事を報告しなかったり、機動隊員がパトロールそっちのけで刑事の拳銃を探してやったり…と、「規範」は最初っからハズれっぱなしだ。

 彼らは別に「規範」を無視するつもりもないし、その大切さも重々承知している。だがどうしても、どこかでそこから逸脱してしまうのが人間だ。そういう意味で今回の映画の主人公たちは、以前の「ザ・ミッション」よりも人間臭い連中…誰しもが共感出来る余地を残した連中のように見える。

 その映像のカッコよさ、演出のクールさ、アクションのキレ、ハードボイルドな脚本の見事さ…は「ザ・ミッション」をそのまま踏襲していると言っていいが、上記のちょっとユルい「人間臭さ」だけは違う。そしてそんな「人間臭さ」こそが、今回の作品の最大の特徴だと言えるのである。

 

見た後の付け足し

 こんなストイックなまでに寡黙でクールな映画に、ガタガタごたくを並べるのはヤボだ。それでもこの映画の提示するテーマのあまりのタイムリーさに、ついつい屁理屈を言わずにいられない。以下はくだらない余計な事…と承知の上で読んでいただきたい。

 何だかんだ言っても、前述したようにこの映画の主人公たちはどこかユルい

 しかも彼らは「法の執行者」でもある訳だから、そのユルさは「不正」と紙一重のところにある。そんな危うい線ギリギリのところで、彼らは不測の事態が次々起きる悪夢の一夜を過ごす事になる。

 その結果の鮮やかさはぜひ映画本編で味わっていただきたいが、興味深いのは作者がこの人間の持つ「ユルさ」をどう見ているかという点だ。

 ラム・シュー刑事が拳銃を奪われたのを報告せず、自らの手で見つけだそうとする事は…厳密な意味では「不正」だ。間違った事だ。彼はそのために…モデルガンを拳銃に見せかけたり、「証拠」物件である携帯電話を拝借したり…という、言わば二重、三重の「不正」を積み重ねていく。その末には事態は良くなるどころか、ますます悪くなっていく一方だ。しまいには拳銃を奪還したいばっかりに、敵対し合う大ボス同士をハチ合わせさせるという無茶もやらかしてしまう。これは刑事としてやってはいけない事である上に、片方の大ボスをダマした訳だから二重の「不正」であるとも言える。確かにすべては悪い事…間違った事だ

 だが、本当にそうだと言えるだろうか?

 それらすべては、何よりも無事に「拳銃を奪還する」ため。その目的にウソはなかった。だとすれば、決まり切ったモラルやら法律やらを一旦保留すれば、それらはすべて彼の側から見れば肯定されるべきモノとも言えないだろうか。

 PTU隊長のサイモン・ヤムも親しいラム・シュー刑事の窮状を見るに見かねて、拳銃紛失を見て見ぬふり。しかも拳銃を取り戻す手助けをするため、悪党とは言え無茶な拷問や脅しのし放題。あげくパトロール任務も放ったらかしだ。これが良い訳がない。間違っている。

 だがこれとても、「身内」を大切に思う彼の真情からすれば肯定される事かもしれない。それでなくても命を的にして精神的にすり減らされている「身内」たちではないか。「身内」が「身内」を守る弾力的な考えがなくては、とてもやっていけないではないか…。

 一方そんなラム・シュー刑事たちに疑念を抱いて追いかける特捜班女刑事ルビー・ウォンは、どんな理由があろうと法の運用に一点の揺るぎもあってはならないと信じている女だ。だから「証拠」を拝借したらしいラム・シュー刑事、拳銃を紛失したのに報告していないらしいラム・シュー刑事が許せない。まったく同情の余地も見いださず、容赦なく狩り立てようとしている。彼女にとってはどんな理由があろうと、どんな背景があろうと関係ない。それが法なのだ。決まり事が最優先事項だ。

 そして作者がそんな人物たちをどう捌き、自らをどの立場に置くのか…は、すべてが一気に収束していく結末で明らかになる。

 どんどん不測の事態で首が絞まっていくラム・シュー刑事は、最後にその不測の事態に助けられる。一方そんな彼を告発すべく追いつめていた女刑事ルビー・ウォンは、彼女がまったく予想だにしない突発事に…何とそれまでのコワモテの顔をかなぐり捨て、思いっ切りビビってしまうのだ。彼女は明らかにエリートで、冷徹かつ冷静な人間だ。それを押し通して周囲からも恐れられている人物だ。それが誰も予想しない突発事の真っ直中で、何をどうしていいのか判断停止に追い込まれる。いきなり銃を投げ捨て、クルマの中に縮み込んでしまうのだ。

 これは結局、その人物に自らの「個人の規範」があるかないか…という違いではないか?

 ラム・シューは数限りなく「不正」をやらかした。だが、それも…いささか都合のいい点がない訳ではないが、自分の拳銃を取り戻したい、取り戻さねば…という強いモチベーションゆえのこと。先ほどこの映画の登場人物を「ユルい」と評したものの、実際のところそれらは単に「ユルい」訳ではなかった。少なくとも彼には「こうしたい」「こうすべきだ」「こうしなければならない」…という個人なりの規範がちゃんとあったのだ

 それに引き替え女刑事ルビー・ウォンは…正義を行わねばならないというタテマエはあるが、「法の順守」という言わば「借り物」であり「人ごと」である「規範」があるだけ。それを後生大事に守ろうとして、何が何でもラム・シューを告発しようとする。それは自分のオリジナルなモチベーションでも何でもない。自分が「どうしたい」か「どうすべき」か「どうしなければならない」か…については、実は完全に思考停止しているのだ。

 だからそんな「借り物の規範」しかない彼女は、いざ何が起きるか分からない現実の「実戦」の場に投げ込まれた時、ひたすらビビりまくるしかなくなる。自分の「信念」や「規範」でもないものに、人は自らの命を賭けられはしないのだ。

 こうなると…まるでこの映画は、「法」や「正義」よりも「不正」を…あるいは「超法規」を肯定しているかのように見える

 確かにここまでの結果を見ると、一見そう取られても仕方がない。法を犯していくラム・シュー刑事を肯定して、彼に法の裁きを受けさせようとする女刑事ルビー・ウォンを突き落としてしまうのだから。これだけ見ると、そのように見えてくるのも無理はない。

 だがこの映画の作者は、ハッキリ言って「法」や「正義」が悪だなどと言っているわけではない。「不正」こそが善だなどとも、決して言ってはいないのだ。この映画における善悪のモノサシは、単に「個人の規範」に基づいて行動しているのか、あるいは「借り物の規範」か…の違いでしかない。だから「法」が「個人の規範」と合致すれば肯定されるし、逆に「不正」が「借り物の規範」にのっとっている場合には断罪される。決して「ユルきゃいい」なんて言ってはいない。行動の「規範」が「個人」のものか「借り物」か? 自分の頭で考えているか…この映画のルールは唯一そこにある。

 それは、サイモン・ヤム隊長の場合を見れば分かる

 彼は「身内」を助けねばならない…という「個人の規範」に忠実だった。だから危ない橋を渡っても、彼の言動はまったくブレない。ならば結果的に「不正」であっても、それを貫く事が彼のすべき事だ。

 ところがサイモン・ヤム隊長は、最後にそんな言動を覆す

 ラム・シューの頼みを聞き入れるのを止めて、PTUとしての任務を全うすべくあえてヤバい現場に出向くのだ。本来彼の「個人の規範」に忠実ならば、ラム・シューの言うとおり見て見ぬ振りをすべきではないか。それがいきなり「法」の方向へと、180度スタンスを変えてしまう。そして結果的には、それが事態を決定的に好転させる。…それは一体なぜか?

 確かにサイモン・ヤム隊長の「個人の規範」は正しいように見える。「身内を守る」という一点において、ラム・シュー刑事を庇うのは間違っていないように見える。だが若手PTU隊員にズバリと痛いところを突かれて、彼はハッと正気に返るんだよね。

 「このままでは連帯責任になってしまう。我々だって“身内”なんだ!

 そう…サイモン・ヤム隊長は遠い「身内」を守る事に汲々として、身近な「身内」を危機に追い込もうとしていたのだ。それでは彼の「個人の規範」を全うするように見えて…実は全く逆をやってしまう事になるではないか

 何が何でも「身内を守れ」…ではいけない。なぜ「身内を守らねばならない」のか、どうやって「身内を守るべき」なのかを…自分の頭でしっかり考えろ!

 その時、一見彼の「個人の規範」と見えていたものは、単なるお題目…つまりは「借り物の規範」になり果てていたに違いない。

 かくも本当の「個人の規範」と「借り物の規範」…もはや形骸化してしまった「カタチだけの決まり事」…との違いは、非常に微細なものだ。そしてこの映画では、形骸化した「借り物の規範」にしがみつく者は見事なまでに敗北していく。

 大ボスの息子であるポニーテイル男は、自分が何度も邪険にどかしていたアロハ男に暗殺される。彼がアロハ男をどかしていたのには何の必然性もない、自分が「大物」であると誇示するだけの意味しかないからだ。それは無意味であり、テメエでは何の器もない「借り物の規範」だ。ゆえに彼は、何度も自分がどかしていたアロハ男当人に殺されてしまう。

 また息子ポニーテイル男を殺された大ボスの「ハゲ」は、息子の仇と決めつけた「ギョロメ」への復讐の場で命を落とす。だが本当のところ、息子の死は「ギョロメ」のあずかり知らぬ事。だから「ギョロメ」への復讐も、実は意味のない事でしかない。それは「ハゲ」のメンツと意地だけの…必然性のないものなのだ。そんな空疎な復讐の正当化は、まさに「借り物の規範」だ。ゆえに「ハゲ」は撃ち合いの中で自滅する。

 さらに「ギョロメ」とて…映画の中で事情はあまり説明されないからハッキリ分からないものの、本当に暗殺に責任がなかったかどうか怪しいモノだ。それを自分だけが保護されて助かろうとは、セコい了見と見られても仕方ない。どこにも「個人の規範」など見つけられるはずがない。この男もまた命を落とすだけの理由があった訳だ。

 つまりこの映画は僕が前述した「ユルい」印象とは裏腹に、「ザ・ミッション」以上に人間の「規範」というものを重要視した作品なのだ。むしろその徹底ぶりはさらに厳しさを増し、終始一貫して「個人の規範」に基づいて行動すべき…と描かれる。そうでないものは自滅する。

 考えてみれば…今ほど人間にまつわるあらゆる「規範」が揺らいでいる時代もあるまい。

 「法」「モラル」だけではない。「常識」「既成概念」「思想」「宗教」「理想」「哲学」…それら何もかもが、今の時代にはひどく危うくなって来ているように思える。「正義の御旗」の下に乱暴狼藉を働く「悪人」なんて存在はザラだ。「法」はしばしば悪人のためにある。歴史の中で善悪は何度も二転三転する。たちまち攻守逆転する世の中で、どっちが被害者でどっちが加害者なのかを問う事にも不明瞭なモノを感じる。むしろ何が正しく何が間違っているか…などという事を探り始めてしまうと、まるでレイクサイド・マーダーケース(2005)の教育問題やら親子関係やら夫婦の在り方などと同じに、グルングルンと出口のないスパイラル状態に陥るのがオチだろう。今回の「PTU」の舞台…不測の事態が次々発生する悪夢のような香港の夜とは、そんな今の世の中そのものの一種の縮図と見るべきではないだろうか。そんな中で、結局すべての人間がつくって来た「決まり事」…「規範」は、もはや形骸化した「借り物」になり果ててしまった…。

 だから今の世の中で、そんなモノにしがみついていたら判断を誤ってしまう。

 結局そんなものは何の頼りにもならない。頼りになるのは一つだけ。個人一人ひとりが心の底から実感として持っているモノ…そんな「個人の規範」以外に信じられるモノはない

 正しいと言い切れるモノがこの世に存在しない以上、人ごとの決まり事に頼らず、ちゃんと自分の頭で考えろ。せめてテメエだけは後悔しないように、テメエの掟に従って行動しろ…。

 この娯楽味たっぷりなこの映画がどこか厳しいモノを感じさせるのは、作者の「既成のモノサシ」への不信感が、全編にベットリと色濃く塗り固められているからに違いないのだ。

 

 

 

 

 

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