「ボーン・スプレマシー」

  The Bourne Supremacy

 (2005/02/28)


  

見る前の予想

 1960年代あたりに多作されたスパイ映画もいつしか下火になり、冷戦が終わったとたんに雲散霧消してしまった。まぁ、物語の成立基盤がなくなっちゃったんだから無理もない。

 そんな中でも細々とつくられているスパイ映画はあって、もうほとんどインディ・ジョーンズ化している007シリーズは別にしても、ジャック・ライアンものやトニー・スコットのスパイ・ゲームなど、見るべきものも少なくなかった。そんな中に、マット・デイモン主演のボーン・アイデンティティーもあったわけ。

 「青春スター」だったマット・デイモンがスパイ映画、しかもハード・アクションなんて大丈夫なのか…?といささか心配になったがこれがビックリ。結構サマになってるじゃないか。それも物量とSFXでゲップが出そうな昨今のハリウッド・アクションに背を向けるかのように、あくまでアナログな姿勢を貫くあたりも嬉しいではないか。そんなどこかストイックな姿勢といい、ヨーロッパ・ロケを中心した典型的スパイ映画のスタイルといい…僕のような1960〜1970年代映画ファンにとっては、「ボーン・アイデンティティー」って久々に本格的に「アメリカ娯楽映画を見た」って気にさせる作品だったんだよね。

 そんな「ボーン・アイデンティティー」に続編が出来た。元々、原作小説はシリーズになっているらしいが、本当にシリーズ化するとは思わなかった。でも、この作品なら続編を見てみてもいいね。

 またあのどこか硬質で懐かしさのある、コリッと歯ごたえあるアクションが見れれば儲けモノだ。

 

あらすじ

 CIAの殺人兵器として鍛え抜かれ、それゆえに危険な存在として当のCIAに追われるハメになったジェイソン・ボーンことマット・デイモン。彼は「オレを追うな、追ったら殺す」…との言葉を残して姿を消した。

 それから2年。ここはインドのゴアの街。デイモンは前作で運命を共にしてくれた女性フランカ・ポテンテと共に、この場所でヒッソリと姿を隠して暮らしていた。しかし連夜お決まりのように彼を責めさいなむのは、「任務」の時に植え付けられたらしい悪夢。

 かつての上司クリス・クーパーの声が「これは任務ではない」…と告げている。ホテルの部屋にいる男女は、おそらくデイモンが手に掛けた人物に違いない。そして可愛い女の子を真ん中にした幸せそうな夫婦の写真…。おそらく自分はとてつもなく非道な事をしてしまったのだ…。そんな自責の念に、今夜も汗びっしょりで飛び起きるデイモン

 一転して、ここはドイツのベルリン。ベテランのエージェントであるジョアン・アレン率いるCIAの特殊チームが、今まさに任務を遂行中だ。それは…かつてCIAの資金が何者かに奪われた件で、重要な手がかりとなる内通者のリストの入手。今夜あるビルの一室で、CIAエージェントと情報提供者が落ち合い、リストと金を交換する手はずになっていた。ところが突然停電が発生。実はその時、ナゾの人物…カール・アーバンがビルに忍び込み、配電盤に爆弾を仕掛けておいたのだ。さらにアーバンは、暗闇に乗じてエージェントと情報提供者を殺害。問題のリストを盗み出す事に成功していた。

 さて配電盤に仕掛けられた爆弾には、一個だけ不発弾があった。そこに幸運にも指紋が残されていた事から、犯人には容易にたどり着けるもの…とジョアン・アレンは期待を膨らませる。だがCIAのデータベースはなぜかアクセス拒否。「トレッドストーン計画」関連の情報ゆえ部外者には見ることが出来ない…と表示される。これにはジョアン・アレンも憤懣やるかたない。

 だが問題の指紋は…アーバンによってシールで故意に貼り付けられたものだった。

 またしてもインドのゴア。デイモンは街で追われている事に気づき、ポテンテを見つけてクルマで街を脱出しようとする。追ってくるのは、あのカール・アーバンだ。息もつかせぬカー・チェイスの果て、アーバンは追跡を諦めるとライフルを取り出す。そして橋に差しかかったところで、デイモンとポテンテの乗ったクルマを銃撃した。

 銃弾は運悪くハンドルを握っていたポテンテに命中。そのままクルマは川へと転落した。どんどん沈んでいくクルマ。デイモンは必死にポテンテの蘇生を試みるが、すでに彼女は息絶えていた…。

 こうして川に沈んだままのクルマを見つめながら、アーバンは満足げな表情でその場を立ち去った。

 そんなアーバンがヨーロッパ某所で落ち合ったのは、ロシアの石油利権を握る大物。「リスト、指紋、マット・デイモン…三点セットを片づけたから金をくれ」…こう言ってアーバンは、石油利権男から金をせしめたわけ。

 だが、デイモンが大人しく死んでいるわけもない。「オレを追うな、追ったら殺す」…こう念を押していたにも関わらず、寝た子を起こした愚かな奴ら。しかも愛するポテンテを亡き者にしたにっくき連中。彼はCIA時代に持っていたいくつかのパスポートと、スパイの小道具を持ってインドから姿を消した。

 さてジョアン・アレンはCIA本部へ出向き、「トレッドストーン計画」について探りを入れ始めた。そしてついにデータベースにアクセスし、指紋の持ち主がジェイソン・ボーンことマット・デイモンである事を突き止める。

 さらに勢いづいたアレンは、「計画」の総責任者であるブライアン・コックスにブチ当たる。事実を打ち明けるのをシブりにシブっていたコックスだが、執拗なアレンの追求に重い口を開き始めた。

 今回の事件に「トレッドストーン計画」のメンバーだったデイモンが関わっているとすると、かつてCIAの資金が盗まれた事にも、「トレッドストーン計画」が何らかの関わりを持っているのか? それは今はすでに死んでしまったデイモンの上司、クリス・クーパーによるものなのか。ともかく事は急を要する。こうしてアレンとコックスは、今回の捜査の拠点であるベルリンへと飛んだ

 その頃、デイモンはイタリアのナポリにやって来る。だが空港でパスポートから足がつき、部屋に監禁されてアメリカ領事館員の取り調べを受ける事になる。この報を受けたアレンは急遽ナポリへと駆けつけるが、彼女が領事館員の携帯に連絡を入れたのが運の尽き。初は大人しくしていたデイモンだが、連絡が入った直後に態度を豹変。たちまちこの領事館員と見張りの警官を叩きのめしてしまう。さらに領事館員の携帯に発信装置を秘かに装着すると、デイモンは素早くオモテに出た。こうしてチャッカリとデイモンは逃走、しかも領事館員が携帯でアレンと連絡をとったため、デイモンは労せずして必要なデータを入手する事になった。今、自分を追っている人間が、「CIAのジョアン・アレン」なる人物である事も…。

 デイモンが予想以上に手強い相手と知ったアレンは、かつての彼を知るもう一人の人物を呼び寄せる。それは「トレッドストーン計画」のメンバーの一人で、最後に彼に会った人物ジュリア・スタイルズだ。

 一方デイモンは、「トレッドストーン計画」の別のメンバーを訪ねてベルリンへ。彼を狙うのは「トレッドストーン関係者」に違いないと思い込んでいたデイモンは、このメンバーに問いつめるが要領を得ない。結局この人物と死闘を繰り広げたあげく、命を奪うハメになる。しかもこの人物は、デイモンとハチ合わせする前に気配を感じ、事前に通報を入れていた。たちまち駆けつけるパトカー。だがデイモンは一足先に、まんまとその場を逃れていた。

 いやいや…それどころか余裕綽々。現場に駆けつけたアレンを逆尾行して、彼女たちが捜査本部を設置したビルを突き止める。こうなれば余裕だ。捜査本部のあるフロアが丸見えの、向かいのビルの屋上へと移動する。窓からはアレンもコックスも、さらにはパリから連れてこられたジュリア・スタイルズも見えていた。そしてデイモンは、おもむろに携帯で連絡。領事館員の携帯からアレンの携帯番号は入手済みだ。

 突然のデイモンからの連絡に、さすがに驚くアレン。だが彼女もデイモンと話したいのは山々だ。待ってましたとばかりに話に乗る。

 「どうしてオレを追うんだ?」

 「ベルリンで二人殺したでしょ?」

 ここでデイモンは、妙に話が噛み合わない事に気づく。どうやらコレは、何らかのワナにハマったようだ。ここでデイモンは、自分とアレンをつなぐ連絡係として、かつて知ったるジュリア・スタイルズを指名。それに対してアレンは、彼女を連れてくるまで時間がかかる…とスットボけた返事をする。だがデイモンから返って来た答えは、アレンの肝を冷やすに十分なモノだった。

 「手間はかからない、彼女は君の隣にいるだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

  

見た後での感想

 前作「ボーン・アイデンティティー」も面白かったけど、今回の「スプレマシー」もすこぶる評判がいい。その前評判は、決して評判倒れじゃなかったよ。

 今回もキビキビした演出で見せる見せる。何しろインドに始まってベルリン、ナポリ、パリ、さらにはモスクワ…と、舞台は汎地球的にスケールでっかく展開。ナゾがナゾを呼ぶ展開で息つくヒマがない。退屈ってものを感じる余裕のない映画だ。

 で、今回もマット・デイモンが身体を動かして大活躍。ここまでやればリッパだろう。ヌルくてタルいオーシャンズ12なんて出てる場合じゃない。こういう映画でちゃんと本気出してるんだから、あんなもんに出ちゃダメだよ。自分の価値を落とすだけだからね。

 ドイツのフランカ・ポテンテも前作に続いて登場…と聞いて喜んでたのだが、何と出てきてすぐに退場とは残念。彼女には頑張って欲しいので、ちょっともったいなかった気もするよね。

 脇も「ロード・オブ・ザ・リング」で売り出しのカール・アーバンが出てきたり、貫禄の悪役ブライアン・コックス、前作「ボーン・アイデンティティー」に引き続いてのジュリア・スタイルズの他、ジョアン・アレンが重要な役で出てきたり…と顔ぶれもさりげなく豪華。それぞれちゃんと見せ場があるのも嬉しい。

 今回の監督ポール・グリーングラスの作品では、ケネス・ブラナーとヘレナ・ボナム・カーター主演の「ヴァージン・フライト」ってのを見てるけど、大して記憶には残っていない。出世作となった「ブラディ・サンデー」なる作品は見ていないが、元々がドキュメンタリー畑の出身らしいようだ。

 そのせいか…今回の映画全編に渡って、すごくリアリティのある描写が連発する。

 手持ちカメラの多用ってのはイマドキありふれた技法で、手ブレ気味のラフな映像がリアリティを増す…なんて事は、そろそろ手垢がついた観がない訳でもない。実際この映画でも終始手持ちが使われているのは、そんなドキュメント・タッチ重視ゆえだろう。それは特に驚くまでもない。

 ところが…どう言ったらいいのだろう? この映画では常にカメラがアクションの真ん前…最前線にいるような感じなのだ。実際にカメラと被写体の距離がどうなのか、レンズは何を使っているのか…そこらあたりはしかとは分からない。だが望遠レンズでも多用しているかのように、ヤケに距離感がないのは間違いない。ともかく目の前でど派手な事が起こっているから、見ている側はずっと慌てふためいた状況のまま。何だか分からないまま、興奮と混乱の坩堝に巻き込まれていくのだ。

 だからもう見慣れたはずのカー・チェースですら、恐ろしく激烈なものになる。モスクワ(…という設定)のカー・チェース場面の激しさなどは特筆もの。いいかげんクルマの追っかけを見飽きた人でも、これはスゴイと思うんじゃないだろうか。

 しかもデイモンが運転するクルマは、従来のカー・チェースのようにカッコよく突っ走ったりしない。華麗なドライビング・テクニックを見せつけて、スイスイと危機を乗り切ったりしない。間一髪の際どいところですり抜け、抜群のハンドルさばきで他のクルマをやり過ごしたりしない。ガンガンと別のクルマにぶつかっちゃうし、壁にこすっちゃったり引っかけちゃったりする。クルマは満身創痍。まるっきり華麗で熟達したテクニックなんかじゃない。結構ブザマでボコボコになっちゃうハードな走りなのだ。でも、そこが何ともリアリティを醸し出すんだよね。そして実に「痛そう」だ。

 この「痛そう」ってのは今回結構あって、デイモンは高い所から飛び降りて足を捻挫するし、銃で撃たれて血だらけになる。いかにも生身なんだよなぁ…という痛みを感じさせている。

 まぁそんな訳で、前作「アイデンティティー」に次いでのアナログ感溢れるアクションといい、デイモンの身体の張りっぷりといい、映画全体の迫真性は十分。まさに言う事なし…と言いたいところだが、一つだけ難があるとすればやっぱり例の「手持ちカメラ」

 とにかく何かと言えば手ブレするから、見にくいと言えば見にくい。おまけに今回のアクション場面は、カメラが被写体真っ正面・ど真ん前に陣取っているかのようなアップの連打。これでブレられるとさすがに目が疲れる。ましてスピード感満点のカー・アクションでは、さすがに何が写ってるのか分からないガチャガチャなショットも連発。ちょっと目に毒だと言わずにはいられない。そういう撮り方だからこその効果もある…と百も承知の上で、それでもいささか閉口したと白状せざるを得ないだろう。

 それよりむしろ、今回の映画のリアリティーに貢献したのはディティールの確かさだ。

 マット・デイモンが反撃に出てからの行動の、緻密さや細かさには感心してしまう。瞬時にアレコレ行っている細かい事柄の一つひとつが、後々ですべて活かされる。それも…部分的にはハイテクに頼っている部分もあるが、多くは普通に手に入るモノで行うような、ごくありふれた工夫だったりする。それらの緻密な積み重ねで、効果的に目的に接近し成果を上げてしまう。これには素晴らしいと言うしかないね。

 例えばかつての「トレッドストーン計画」のメンバーの自宅に忍び込んで、この人物との死闘を演じた直後の行動を見よ。すでに通報されており、すぐに警察が駆けつけるのは分かっている。そこでデイモンは、まずは慌てず騒がずガス管を破壊。さらに部屋に置いてあったトースターに着目し、パンフレットなど紙束を突っ込んで電源を入れる。こうして即席の時限爆弾をつくり、駆けつけた警官たちの目の前で爆発させて注意をそらすのだ。何もスゴイものは使っていないし、大した手間もかけていない。それなのに最大の効果を挙げている。どんな「秘密兵器」や「テクノロジー」を用いるより、ずっと「プロ」を意識させる好場面だよね。

 他にも主人公のデイモンは、映画全編でこうした小さな工夫を数多く見せる。実は大がかりな見せ場やカメラワークより、こうした小さなネタの方がよっぽどリアリティを感じさせているんだよね。この映画の非凡なところは、むしろそんな点にあると思うよ。

 

見た後の付け足し

 そもそもが懐かしい「スパイ映画」というフォーマット、しかもアクション場面に濃厚なアナログ風味、そしてドキュメント・タッチの演出…この「ボーン・スプレマシー」という映画は、前作「アイデンティティー」共々どこか懐かしい味がある。それって実は、ドラマの展開からしてそうなのだ。

 自分を助けてくれた女…一緒に静かに暮らしていたその女を、突然の凶弾に奪われる主人公。お話はそこから始まる。この映画は僕が映画を見始めた頃の1970年代娯楽アクション映画のお約束…「復讐劇」のカタチをとっているんだよね。そのあたりの事はパニッシャーマイ・ボディガードの感想文でも述べたと思うが、「復讐劇」のカタチをとるアクション・ドラマってところからしてすでに懐かしい。

 ところが…その仕上がりは大きく違っている

 主人公はベルリンでのかつての同僚のアパートでは殺しをせざるを得なくなるが、その後は…復讐する相手ですら殺してはいない。「トレッドストーン計画」の総責任者も自らの手では殺してないし、ロシアの殺し屋にも手を下してはいない。結果的に彼らは死んでいるが、主人公は殺めようとはしなかった。

 「復讐劇」にも関わらず、これは一体どうした事だろう?

 それは「トレッドストーン計画」総責任者に迫った時の、主人公のセリフがすべてを物語っている。絶体絶命で逃げられないと悟ったこの総責任者は、主人公に「殺せ」とわめく。だが主人公は銃を置いて、静かにこう言うのだ。「そんな事はしない、彼女が喜ばないからね」

 彼女…それは映画冒頭で殺された、主人公が愛した恋人の事だ。

 映画の終盤、主人公は命を懸けて単身モスクワへと乗り込む。激しいカー・チェイスの果て、満身創痍になりながら…主人公が辿り着いたのは一人の若い女の子の家だ。それは、彼が「任務」と言い聞かされていたとはいえ、自ら手をかけて亡き者とした政治家夫婦の娘だった。

 そこで主人公は、自らの贖いきれない罪を告白する。そしてこの娘に、両親に着せられた不名誉な汚名が濡れ衣だったと明かすのだ。それをすべて語るにあたって、主人公は娘にまずこうつぶやく。「愛する人を失うつらさは、自分もよく分かる」

 引き金を引いて相手を殺すのは簡単だ。だがそれらの「殺される者」には、誰にもみな「愛する人」がいる。一人「殺す」という事は、その人を「愛する人」の心まで「殺す」事になる。そして一度「殺して」しまったら、もうどうしても取り返しがつかないのだ。「殺す側」がその痛みさえ知っていれば、決して安易に「殺す」なんてバカな事は思わないはずなのに…。この結論に至って、ナイーブな「青春スター」として売ったマット・デイモン起用がグッと生きてくる。

 「生かせ、殺すな」…のメッセージは、あのターミネーター2でも掲げられていたよね。それは最も単純な「不戦」のメッセージだ。

 「ボーン・スプレマシー」が何となく懐かしさ漂う作品である事は、ここまでで何度も述べた通り。そこでは肉体を使ったアクションを筆頭に、どこかぬくもりみたいなモノまで感じられる。その意味では、イマドキあまり見かけない人間臭いアクション映画だ。だがそんな味わいは、決して手ブレ映像とか至近距離のカメラとか、ディティールの積み重ねとかだけで生まれるものではない。

 「殺される側」「奪われる側」の気持ちに立った、極めて珍しいタイプのアクション映画だからだと思うんだよね。

 

 

 

 

 

 

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