第27回:野望と挫折、ダニエル・オルブリフスキー

Daniel Olbrychski, An Ambition and a Breakdown

(2003/10/20)


ポーランドが生んだ巨匠アンジェイ・ワイダ。その評価を決定づけたのは言うまでもなく傑作「灰とダイアモンド」(1957)だ。主役を演じたサングラスの屈折ガイ、ズビグニエフ・チブルスキーとともに大いに脚光を浴びたワイダ。これでずっと黒澤&三船のように手に手をとってやっていくかと思いきや、チブルスキーは急死(列車に飛び乗り損なって死んだ…って、一体どういう死に方なのか?)。不幸にも名コンビを築くまでには至らなかった。では、その後のワイダは自らを体現するような俳優を得られなかったのか? いや。その後ずっと日本に作品が入って来なかったので長らくの間知られてはいなかったが、ワイダはチブルスキーに代わる得難い相方俳優を得ていたのだ。結果的にはその名コンビも、ある不幸な出来事から断ち切られてしまうのだが…。今回はそのワイダ中期作品を支えた相棒にして、地味めな印象を与えるポーランド映画界が生んだワルっぽさとギラギラした輝きを持つスターらしいスター、ダニエル・オルブリフスキーを取り上げてみたい。

 

「約束の土地」 Zeimia Obiecana (1974)

前置きでは盛大にブチ上げたものの、実は僕にワイダを語る資格なんてないんだよね。第一「灰とダイアモンド」をリアルタイムになんて見てやしない。何しろ生まれる前だもんね。この時期、ワイダを筆頭にポーランド映画がちょっと注目されて日本でも公開されたみたいだけど、それもつかの間。ホール上映みたいなのはあったかもしれないけど、劇場での一般公開は長らくされない状態が続いたみたいだからね。

だから僕がワイダ作品を初めて見たのは、ワイダ作品の久々の日本公開となった「大理石の男」(1977)から。しかも、これって岩波ホールで公開されたのは1980年で、僕が見たのはロードショー終わってからの名画座でのこと…と、もう大分後になってからのことなんだよ。「灰とダイアモンド」見たのもその後。だから、偉そうなことを言えないってまずここで白状しなくてはいけない。

例のチブルスキーが死んで云々ってのも、後から本で読んで知った「耳年増」状態なんで、実はここで語るのはいささか恥ずかしい。話を先に進めるね(笑)。

ま、そんなわけでオルブリフスキーがワイダ作品の「ミフネ」だったとは、僕は知るよしもなかった。「大理石の男」がたまたまオルブリフスキー主演作じゃなかったということもあるんだけどね。

実はこれも後から知ったんだけど、「クロサワ=ミフネ」的に考えると、ワイダ=オルブリフスキーにとってはこれに先立つ「ヴィルコの娘たち」(1979)ってのが「赤ひげ」に相当するような位置付けになるみたいで、二人のコラボレーションには一応ここでケリがついていたみたいなんだよね。それまでほとんど毎作品組んでいた二人が、このあたりから別行動を始め出した。それは前述した「ヴィルコの娘たち」が二人のコラボレーションとしては一種の達成を見ていたからなのではないかとの推測も成り立つが、僕には何とも言えない。

僕にはそれよりむしろ、二人のコンビが「解消」してしまったいきさつには、オルブリフスキーの「国際スター」化があったんじゃないかと思うんだよね。ワイダ作品での大成功によって、オルブリフスキーもヨーロッパ全域で人気が爆発した。そうすると、ポーランド俳優としては異例なことに、海外からの出演依頼が殺到したと思うんだよ。現に1980年代にはオルブリフスキーは海外出演作を激増させている…と言っても、これにはある不幸な事情もあるんだけどね。これについては後述する。

“本家”「クロサワ=ミフネ」のコンビ解消も、もちろん黒澤いわくの「やれることはやりつくした」という達成感もあったんだろうが、三船への相次ぐ外国映画出演依頼、三船自身のプロダクションでの映画やテレビ作品出演などの諸々のことが、そのコンビ続行を妨げたんじゃないかと僕は思っているんだよね。あるいはイングマール・ベルイマンとマックス・フォン・シドーの場合もしかり。名匠監督の作品で国際スター化した俳優が、そのために当の名匠と組めなくなるという皮肉な話って、いくらでもあるんじゃないか。俳優としてはギャラのいい「スター」の仕事が欲しいし、名匠は自分の都合がきく俳優を使いたがる。こうして素晴しかったコラボレーションがいくつも台なしになってきたんじゃないかな?

余談が過ぎた。ともかく、そんな僕にとっては未知の「ワイダ=オルブリフスキー」作品の真価を思いっきり見せつけてくれたのが、この「約束の土地」だ。

これがなかなかの大河物語で超大作なんだよね。時代は19世紀末。ポーランドのウッジという工業都市を舞台にしているんだが、この当時のポーランドは、ロシア、オーストリア、プロイセンに分割統治されていたという。まぁ、お話の背景にはこういったポーランド悲劇の歴史が横たわっているのは、ワイダ作品のいつものお約束。だが、それが分からなくても一向に構わない。いや、構わないと言っては言葉が過ぎる(笑)が、それで映画が楽しめなくなるほどワイダ映画はヤワじゃないのだ。

お話はこの街の若者、ポーランド人のオルブリフスキー、ユダヤ人のヴォイチェフ・プショニャック(後にワイダ作品「コルチャック先生」でタイトルロールを演じた俳優)、ドイツ人のアンジェイ・セベリン…の三人が力を合わせて製糸工場を建設すべく頑張る青春編。なかなかみずみずしい三人の交友ぶりを描く前半は、さすが「青春映画」撮らせればバツグンのワイダらしい素晴しさ。そして、ここでのオルブリフスキーが実にいいのだ。

甘いマスクに抜群のスタイルのこの男。実業家をめざすくらいだから野心も満点。清純な恋人がいながら、色気満点の年増女とのただれた情事にもついつい手を出すワルっぽさ…決して「いい人」じゃない、誰にも御されることがない、男くさくもエレガント、知性もあるが野性もある…と、なかなかの「いい男」ぶりなんだよね。これじゃ人気出るわ。

世の中の常として、出るクギは打たれる。新興勢力の三人に風当たりは厳しい。旧態依然とした街の権力者たちには睨まれるものの、そこは若い者の向こう意気。そんなものも何のそのでついに自分たちの工場を建ててしまう。だが好事魔多し。原因不明の放火によって、三人の夢を乗せた工場はみるみるうちに焼け落ちる。この挫折の場面は衝撃的だ。この時にオルブリフスキーは不実を知った恋人にも別れを告げられ泣きっツラにハチ。

だが本当の挫折は、実はそんなものではなかった

それから年月が経って…三人は再起を果たしたか、いつの間にかそれなりの地位にいる。では彼らは念願を果たしたのか? 折りしも勃発した労働者の一斉蜂起に対して、彼らはかつて自分たちが対抗していた権力者たちのごとく警官隊を導入して発砲を命じる。何のことはない、彼らは自分たちが戦っていた支配階級に、まんまと取り込まれてしまったのだ。挫折とは工場を燃やされてしまったことではない、こうして「成功者」となってしまったことだ…と描くワイダの主張にはさすがにショックを受けたね。つまり、「少年老いやすく学成り難し」

後にフランシス・コッポラに招かれて「ドラキュラ」の音楽も担当することになるヴォイチェフ・キラールのテーマ曲が何とも甘く切ない。これを見ると、やっぱりワイダって「青春」描かせると天下一品と強く言いたくなるね。「政治」は関係ないよ。

ところがこの作品、1975年のアカデミー外国語映画賞にノミネートされた時に、ユダヤ人を強欲に描いたとイチャモンがついて受賞を逸したとのこと。そりゃユダヤ人コミュニティのハリウッドだから、そう言われたらオシマイだろうけどねぇ。この映画をよく見りゃそんな作品じゃないことが分かりそうなものだろうに。仮に「ユダヤ人を強欲に描いた」ところで、強欲なユダヤ人だっていることはいるだろう? 「ベニスの商人」でシェイクスピアを批判するかい? まったくバカバカしいとしか思えないねぇ。オスカー特別賞をワイダにあげたくらいで、チャラになったと思うなよハリウッド!

 

 

「愛と哀しみのボレロ」 Les uns et les autres (1981)

先にも述べたように、海外仕事が殺到したオルブリフスキー。フォルカー・シュレンドルフの「ブリキの太鼓」(1979)を皮切りに国際スターとしての活躍が始まるわけだが、そんなこの時代の彼を象徴する作品が、この「愛と哀しみのボレロ」だ。

ところでこの映画の話をする前に、ちょっと脱線しなくちゃいけない。先にオルブリフスキーの海外進出について語った時にチラッと出した、「ある不幸な事情」についてだ。実はオルブリフスキー、海外からの殺到する仕事にハシャギまくって、ワイダや本国での仕事に背を向けたわけではない。むしろ彼には、どうしてもそうせざるを得ない事情があった。

1981年に起きたポーランドの戒厳令がそれだ。

「大理石の男」がポーランドの自主管理労組「連帯」の蜂起を予想するような作品となり、その続編「鉄の男」はモロに「連帯」とワレサ議長を登場させるセミ・ドキュメンタリー風な作品となるなど、アンジェイ・ワイダはこの「連帯」の運動を全面支援して、ともに歩むかたちで活動していた。そしてオルブリフスキーもまた、「連帯」への支持を公然と表明した映画人であった。

そんな「連帯」への政府側の反撃が、この戒厳令だったわけだ。

これについては諸説いろいろある。この頃はまだお元気だったソ連が睨みをきかせており、このまま「連帯」を野放しにしているとソ連軍の介入を招くことになったので、仕方なく政府は戒厳令を敷いた…云々。僕は国際政治には疎いから(国内には強いのか?…なんて揚げ足とらないでネ)、この話はこのへんにするけどね。ただ理由はどうあれ、当然「連帯」メンバーとその支持者には受難の日々が始まった。アンジェイ・ワイダは自身の映画製作プロダクション「フィルムユニット・X」の代表を解任され、しばらくの間は映画を製作する術がなかった。戒厳令が落ち着いてからも「ダントン」(1982)、「ドイツの恋」(1983)と外国映画か海外資本主体の作品しか撮れなかった。ワイダのポーランド映画への復帰は、1986年の「愛の記録」まで待たねばならなかった。

そして、ダニエル・オルブリフスキーは“その時”国外にいた

そのまま故国に帰れずにフランスを拠点に仕事を続けたので、この時期のオルブリフスキーの仕事は海外のものばかりになっているのだ。だがそれは最初の頃はともかく、戒厳令で海外在留を余儀なくされてからは、彼としては不本意なものだったろう。何しろ、彼は日本のテレビドラマにすら出演しているんだよ! 金城武じゃないんだから(笑)、おそらくはこの時期、彼は金のためと割り切ってかなりの仕事をこなしていたんではないか? だから、オルブリフスキーはもっともっとすごい実績を国内でも海外でも残せたはずなのに、今日その足跡を振り返ってみると意外にイマイチな結果に終わっている。俳優として一番アブラの乗った時期を、「政治」の波に飲み込まれて過ごさざるを得なかったという点で、彼もまた気の毒な俳優と言えるだろうね。

さて、「ボレロ」に話を戻すよ。

この時はまだ戒厳令が影もかたちもない頃。海外の大作映画にさまざまな国際的オールスターとともに招かれて共演とあって、たぶんオルブリフスキーはまだこの時点では、期待に胸踊らせて出演していたと思う。たぶん、国際スターの野心もギラギラだったんじゃないか? やったるぜ〜って感じ。

映画はご存じクロード・ルルーシュの三時間を超す大作。アメリカのジャズミュージシャンのジェームズ・カーンと妻ジェラルディン・チャプリン、ソ連のバレエダンサーのジョルジュ・ドン(実は20世紀バレエ団のスター・ダンサー)、フランスのピアノ弾きロベール・オッセンと妻ニコール・ガルシア、ドイツのクラシック音楽家オルブリフスキーの運命を、第二次大戦を挟んで戦前から現代まで描く。これだけ見ても、すごいスケール、すごい顔触れではあるよね。この他にもなぜかジャン=クロード・ブリアリとか、エディット・ピアフを模したと思われるフランス人歌手役のエヴリーヌ・ヴィックス(のちルルーシュの妻となり、本物のピアフ役で「エディットとマルセル」に起用される)やら、この後にトリュフォー作品「隣の女」でブレイクするファニー・アルダンとか、「奇人たちの晩餐会」で怪優ぶりを発揮するジャック・ヴィルレとか、錚々たるメンツが登場するわけ。当然戦闘シーンやらゴージャスなショーのシーンやら、お金と時間はふんだんにかかっているっぽい。当然ヨーロッパで第二次大戦とくればナチが登場。ルルーシュは自身がユダヤ人ということもあって、やはりここではユダヤ人として辛酸をなめつくし、収容所で命を落とすロベール・オッセンのドラマに力を入れている。

でもって、こうした登場人物がなぜかパリで一同に会する。彼ら(あるいは彼らの子供たち)がパリのど真ん中でラヴェルの「ボレロ」をパフォーマンスするクライマックスは、お話がどうのとかテーマがどうのとかどうでもよくなるほど、ジョルジュ・ドンの踊りがすごくて圧倒されてしまう。で、「それでいいのだ」ってバカボンのパパ的発想の映画なんだよこれは(笑)。

まぁ、ルルーシュって「男と女」で大成功を収めた当初ならいざしらず、その後は決して評価が高くないね。何を撮っても「男と女」のお話でワンパターンとか、フランシス・レイの音楽垂れ流しで内容空疎とか(実際あれマネしようってしても、なかなか出来ないとは思うけどネ)…作品はそれなりに当たって儲かってるんだろうけど、評価はボロクソだった。今回の「ボレロ」も予想通りで、「深みがない」とか「ワンパターン」とか叩かれていたっけ

だけどワンパターンなのは、この人の一貫したテーマなんだからねぇ。それにルルーシュ作品にいつも深みがないのは確かだけど、今回は事情が事情だからね。これだけめいっぱい大風呂敷広げて、さっきニューヨークだと思ったら今度はモスクワ、次はベルリンで後はパリ…ってな感じで話が飛べば、深みもクソもあるはずなんてない。そもそもこの映画はそう見るもんじゃないだろう。壁紙とか壁画とかをバ〜ッと遠くから見渡していくような、そんな映画じゃないか。この映画に対する上記にようなケナしは、ハッキリ言ってピントはずれな気がするけどね。元々ディティールで勝負しようという映画じゃない。それを大味だと言うなら、もちろんこれほど大味な映画もあるまい。でも、これは元々深みを求めた映画じゃない。僕はこの映画を見ていて楽しんだけどね。ケナす人はつまらなかった? それともいちいちチマチマとした人間ドラマが見たかった? それにはあと上映時間が5時間ほどいるぜ。

ただ、今回は軟弱フレンチポップスなフランシス・レイの音楽をベチャ〜ッと乗っければいいってもんじゃなかった。それだけの時代と国を背景にしちゃうと、音楽的教養ってものが必要になる。そこでミシェル・ルグランの出馬。ジャズもクラシックもポップスも、果てはバラライカ音楽までオーケーなオールラウンド・プレイヤーのルグランだからこそ、この映画は可能になったのだ。

そしてひとつだけ戸惑ったのが、この映画での役者の二役出演。これだけ多くの出演者がいて物語の進行に合わせて老けメイクをしていく上に、途中で子供の代になったら子供まで同じ俳優が二役やったりするので、ちょっと混乱してきちゃうのは否めないかもね。

個人的には、思い切り肩の力を抜いてバカンス気分で出演したかのような、グレン・ミラーを思わせるジェームズ・カーンが嬉しかったね。実は正規でギャラ払ったら莫大な金額のハリウッド・スターであるカーンは、「続・男と女」で組んだルルーシュへの友情出演ということでノーギャラだったとか。たぶん彼はパリに遊びに行ったつもりだったんだろう(笑)。でも、この男気こそが僕らファンが期待しているカーンそのものなんだよね。ジャズを演奏する楽団を前にノリノリで嬉しそうにただ肩を揺すってるだけのカーンは、ほとんど芝居してるとは思えない(笑)。でも、こんな陽気なヤンキーのカーンが僕は見たかった!…おっと、何でジェームズ・カーンの話をしてるんだ(笑)?

ここでの主役はオルブリフスキーだった! 彼もこれらの中で重要人物を演じている。カラヤンとかフルトヴェングラーとか、戦時中ナチに協力した音楽家を象徴するかたちで登場しているのだ。ベートーベンのピアノ・ソナタ「月光」を弾き、ヒトラーに絶賛されて出世するオルブリフスキー。ここからの野心ギラギラ、ドイツ占領軍の楽隊を率いてパリに進駐してくるあたりの得意満面ぶりこそが…これこそ「約束の土地」でも見せていた、ちょっとワルくて鼻っ柱が強く、カッコよくてちょいと傲慢なオルブリフスキーの独壇場だ。女房マーシャ・メリルがベルリンにいながらパリでエヴリーヌ・ヴィックスにツバつけるあたりも、この人らしい手クセの悪さ、ワルっぽさ。だがこの映画でのオルブリフスキーの真価は、ずっと後の初老期に入ってから如何なく発揮されるのだ。

戦後、大指揮者として世界的に有名になるオルブリフスキー。そのアメリカでのデビューの日、切符が完売したはずのカーネギーホールには聴衆が誰もいない。アメリカのユダヤ人たちによる抗議行動だったのだ。だがオルブリフスキーは無表情を装うと、楽団員たちに何食わぬ顔で演奏を命じる。

この無人の聴衆を前にしての指揮シーンはすごい。このシーンではカメラは指揮棒を振るオルブリフスキーの表情に固定。一曲ぶんまるまる長回しノンストップで撮影する。そこでのオルブリフスキーの指揮ぶりは実にサマになっているが、ここではそんなことを言いたいわけではない。

ここで観客は、何分間も音楽とともにオルブリフスキーの表情だけを見せられる。ただ、それだけ。それなのに、見る者は片時も退屈を感じない。この男の秘めたる苦悩、隠した後悔…にも関わらず決して崩そうとしない毅然とした態度、そして芸術家としてのプライド、さらに今演奏している音楽への陶酔。これらすべての感情を、セリフ一つ使わずに表現してしまうオルブリフスキーはすごい。若き日の野心の代償…それにしても大音楽家となってからのこの辱めはただツラいだけでなく、悔やみつつも激しい憤りをも燃やさずにいられない仕打ちではある。だが脳裏にさまざまな思いがよぎりながらも、ドイツ芸術の担い手として演奏に手は抜けない。さらに没頭しているうちに芸術が自分の心を埋め尽くしていき、例えどんなことがあろうと自分にはこれしかない、これでしか世間に分かってもらう術はないのだと思い至る。屈辱、悲嘆、達観、威厳、自負、孤高、傲慢、耽溺…これら胸中で千千に乱れる思いを、手にとるように観客に納得させてしまう。そこまで理解できない観客がいたとしても、このオルブリフスキーのドラマティックに刻々と変化する表情を見てとても退屈はできまい。見ているうちに、ふとやはり同じナチ協力者だった芸術家レニ・リーフェンシュタールの心境まで考えさせてしまうほど、その演技には説得力と迫力がある。一体この映画を「大味」の一言で片付けてしまう人って、この場面をちゃんと見たのかねぇ。

ただ、今僕がこの場面をビデオで見ると、この指揮者の思いがどうしてもオルブリフスキー自身のそれとダブるんだよね。この映画出演当時のギラギラ野心と、その後思うようにいかなかったキャリアに対する複雑な感情と…何か自分の運命を予感しているかのような演技にさえ見える。

その後、オルブリフスキーは「ドイツの恋」でワイダ作品に久々の出演を果たすが、それはあくまで小さい脇役でしかなく、今後の二人の共同作業の発展を思わせる何物をも感じさせなかった。もはやワイダ=オルブリフスキーのマジックはどこかに消え失せてしまったのだろうか。

いや、そうではなかった

1999年、世界もポーランドも変わった。万を持してワイダが取り組んだ大作「パン・タデウシュ物語」、そこにあのオルブリフスキーが助演ながらもキャスティングされていると聞いて、俄然見る気になった。ところが映画を見て二度ビックリ。あの男前でクールな二枚目、カッコよさとワルっぷりで売ったオルブリフスキーが、何と坊主頭のいかつくてムサい初老のオッサンに変貌しているではないか!

ところがこの彼が実にいいんだよ。そして結構重要な役だ。主人公たちと敵対する一家の重臣、お話の上では仇役側ということになるんだろうが、これが悪辣で陰険で…といった仇役ではない。悪ガキのツッパリとでも言おうか頑固で野太くて豪放。男気に溢れて意地もある。一度ロシア人と一戦交えるとなったら、敵味方はひとたび置いておいて一糸乱れず協力する心意気。一言で言って、奇しくも往年の「三船敏郎キャラ」とでも言うべきだろうか。男くさい、何とも男くさい男の中の男を演じて、これはまさに彼の新境地と言っていい。あんなにカッコいい二枚目だったオルブリフスキー、そんな彼が、ええカッコかなぐり捨てて熱くなってるさまが何とも微笑ましい。まるで、待ちに待った師匠ワイダからの久々の誘いに、「待ってました」とばかり一も二もなく取るものも取らずに駆けつけたって気がしてくるよね。

この「パン・タデウシュ物語」、ワイダ作品としては正直言って僕はイマイチなのだが、オルブリフスキーとのコンビ復活を目撃できただけでも僕は嬉しかったよ。

 

 

 

 

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